No.189075

恋姫異聞録95 -画龍編-

絶影さん

ごめんなさい、風邪で倒れていた為
投稿が遅くなりました

えー今回は、特に説明要りませんね
しばらく画龍編は説明する必要が無いように思えます

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2010-12-11 11:42:21 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9393   閲覧ユーザー数:7397

櫻の木の元、舞い踊る男に老兵は無理やり腕を回し、地面に座らせ手に持つ酒を無理やり男へと進める

男は笑いながらそれを受け、一気に飲み干し、返杯とばかりに杯に酒をなみなみと注ぐと老兵は

嬉しそうに男と同様に一気に飲み干す

 

そんな様子を周泰は嬉しそうに眺めていた

最初はいきなり市でうろつく男に振り回され、ようやく追いついたと思えば酒を大量に手渡され

広場の桜へと運ばされ、頭の中は疑問と不安で一杯になってしまっていた

一体何をするのだ、呉でもし男の身に何かあれば、友と呼んでくれた男の国とどうなるか解らないと

 

周泰の心配を他所に男は老人と共にフラリと現れて折れた桜の枝を一振り拾うと舞い始めた

 

舞は実に美しく、手に持つ桜の枝がまるで一人の人間、一人の小さな子供のように見えるほどで

周泰は何時の間にやら男の美しい舞いに眼を奪われてしまい、集まる人々のざわめきに気が付かされるまで

魅入ってしまっていた。周りを見回せば多くの呉の人々、みなの顔は敵に対する殺気だった顔など無く

皆が皆、男の舞に笑顔で手を叩き共に踊りだすものまでいたのだから

 

「周泰殿、兄者は何時もこんなですから、我等は昼食をとるとしましょう」

 

男の義弟は、男が謁見前に酔いつぶれやしないかと口だけで心配しつつ出店から買ってきた

魚や肉を周泰にさしだし、目の前の酒盛りの輪に手を引き加わりながら昼食代わりに食していた

 

きっと何時も同じように舞いで沢山の人たちと交流しているのだろうと義弟の慣れた行動に

周泰は少しだけ笑い、頷き、手を引かれるままに皆と共に舞や音楽を楽しんでいた

 

楽隊が音楽を奏で、周りでは赴くまま、気の向くままに舞を舞う人々、舞を肴に酒を飲む人々

舞い散る桜の木を囲むように人々は歓喜の声を上げる

 

そんな中、一人だけがその空間で拳を握り締め、中央の蒼天の外套を纏う男を睨みつける

とめる事等出来ない、兵を呼び寄せこの騒ぎを鎮圧することは容易いだろう

だがそんな事をすれば民の不満など解りやすいほどに上がるだけ、それどころか客人を楽しませているのにと

此方が失礼な振る舞いをしているように取られるだろう

 

「大丈夫よ、こういうときは一緒に楽しんじゃえば良いんだから」

 

顔を強張らせ立ち尽くす冥琳の肩を、いつの間にか追いかけてきた雪蓮がぽんと叩く

そして手には酒の入った徳利をぶら下げ、手をヒラヒラと振ると人の輪を掻き分けて

男の元へと歩いていってしまう

 

冥琳は驚きとっさに止めようとするが、人ごみの中を「ごめんねー、ちょっと通してね」

等と声をかけながら冥琳をその場に残して真っ直ぐに進んでいってしまう

 

人々は、王が孫策様が来たと更に声を上げ、更に声は賑やかなものに変わり

冥琳は王の登場で集まる人々に阻まれ、男達の居るところから完全に遮断されてしまっていた

 

「此処いい?」

 

「どうぞ、良い国ですね」

 

有難うと一言答え、孫策殿は俺の隣へと座る。どうやら騒ぎを聞きつけたと言ったわけでは無いようだ

普通に面白いものを見つけたから楽しみに来た、と言った感じしか受けない

俺から注がれた酒を一気に飲み干し「あ、これちょうだい」と目の前に用意した肉団子を指で一つつまんで

ヒョイと口に放り込み、モクモクと美味しそうに租借する。それに合わせて俺が酒を孫策殿の持つ器に注げば

気が利くわねと俺に笑顔を向けてまた一息に酒を飲み干してしまう

 

フフッ、面白い娘だ。行儀やなにやらと言うのに縛られたりはしない自由と言う文字をそのまま

当てはめたような娘だ。華琳と似ている部分はあるが、こういった部分はまったくの正反対だな

その場の空気、それをありのままに楽しむ、コレはこの娘の根底を表しているのかも知れない

 

確か、真名は【シェレン】だったか?なるほど、レンは蓮だろう・・・泥より出でて泥に染まらず

現実を泥とするならば、この娘は泥を知りつつ、泥にまみれなお美しい花を

理想を咲かせようとしているのかもしれない

 

シェは雪か?神聖であることと清めることを意味するはず。罪や罰に対して厳しさを見せる顔も持つのではないか?

俺の真名に似ているかもしれん、風に真名の説明を受けた時、俺の叢雲は群がる雲という意味以外もう一つあると

 

業を刈り取る雲、それが叢雲だと

 

「如何かした?私の顔に何か付いてる?」

 

「いえ、孫策殿は面白い人ですね」

 

俺の言葉に大笑いして、呉に来て自分に会うよりも先に市で酒盛りしている俺のほうが面白いと言われてしまった

確かにその通りだ、しかもこんなに大きな騒ぎにしてしまったと騒ぎについて謝罪をすれば

待たせた私も悪いんだから気にしないで、おかげで仕事を抜け出せたとまた笑っていた

 

器も申し分なく大きい、コレは同盟を組んだ後が楽しみだ。是非孫策殿と友になりたいものだ

酒を飲むのも、舞を舞うのもこの人が居ればきっと楽しいだろう

 

「はっはっはっ、策殿が気に入ったか?」

 

笑い声に視線を向ければ、いつの間にか目の前に座っていた城壁で見た白髪の女性

隣に座る老兵はゆっくり酒を女性の持つ器に注ぐと、孫策殿とおなじように一息に飲み干し

俺を見ると楽しそうに笑っていた

 

俺は一瞬体が震える、この女性はいったい何時から居たのだ?

隣の老兵を見ればその仕草から随分前から居たようだが、背中にゾクゾクと冷たいものが伝う

今まで俺の眼で気が付かなかった人物は真名に風を持つ人間だが

コレほどまで目の前に居ると言うのに気が付かないなど風を持つものですら無い

 

驚く俺を他所に孫策殿は、目の前の女性と共に酒を次々に煽っていた。二人ともどうやらザルというヤツらしい

俺もそこそこには飲めるし、強いほうだと思っていたがこの二人に比べたら赤子のようなものだろう

 

しかしこの女性は一体何者だ?孫策殿を策殿と呼んでいるあたり近しい者であることは確かではあるようだが

会っていない人物であるならば甘寧、陸遜、黄蓋、程普、それとも江東の二張のどちらかか・・・

 

俺が彼女が一体何者なのかを探ろうと声をかけようとした時、徐に孫策殿は立ち上がり

徳利を振り、屋台の店主が持ち込んだ酒甕を覗き込み、二つとも空だとわかると

酒が切れたので解散、と一言

 

酒屋の店主がまだあったはずだと甕を覗けば全て空になっており、孫策殿は腰に手を当てて笑っていた

俺が少し考えをめぐらしていた間に二人で飲み干したと言うのか、孫策殿が来た時はまだ相当の量の酒があったはずだ

 

人々は酒が切れてしまい尚且つ王が言うならば仕方が無いと散々騒いだ後片付けを始める

本当に慕われている人物なのだなと感心してしまう

 

「さて、それじゃ行きましょ」

 

「ええ」

 

孫策殿の手招きに応じて立ち上がろうとすれば、目の前に居たはずの女性はまたいつの間にか消えており

その場には手酌で残った酒を煽る老兵が一人居るだけだった

本当に一体何者なんだ?眼が合っても考えが読めないどころか、これほど容易く見失うなんて

 

周りを見回しながら、白髪の女性のことを探したが何処にも姿は見えず

結局その場で立ち止まる俺の手を急かすように孫策殿が掴み、ひぱられ

引かれるままに俺はその場を立ち去るしかなかった

 

引かれながら、人がまばらになり一馬の姿を見かけた俺は声をかければ共に居た周泰殿は孫策殿の姿に驚いていた

どうやら彼女達が居た場所からは孫策殿が見えなかったようだ

声が上がったのはまた俺が舞ったのかと思っていたのかも知れないな

 

人ごみから抜け出したところで一馬は孫策殿に繋がれる俺の手を見て理由を話し、離してほしいと言えば

孫策殿は素直に謝罪をして手を直ぐに離してくれた。その行動に一馬は心底驚いたと言う表情を見せていた

まさか謝罪されるとは思っていなかったのだろう。なぜならば彼女はこの地の王なのだから

普通は軽々しく謝罪や、頭を下げる真似を他国の一介の将にするわけが無いのだから

 

「お待たせした夏侯昭殿。部屋に迎えに行った所、市に来ていると聞いたのですが。まさか民と酒盛りをしていようとは」

 

「周瑜殿、お久しぶりです。申し訳ない、市から良い匂いが漂ってきたものでして、昼食をと思ったのですが

何時の間にやら酒盛りになってしまいまして」

 

後ろから声をかけられ振り向けば、其処には黒髪の眼鏡をかけた女性が一人

 

周瑜殿だ

 

今来た風に装ってはいるが、額に僅かに汗が滲んでいる。恐らく孫策殿の勘を聞き此方に走ってきたと言う所か

そして手を見れば、余程強く握り締めていたのだろう、手が白くなっている

手を開けばそこには爪が食い込んだ後も窺えそうだ

 

其処から導き出されるのは、彼女は俺が民と交流を深めたことを良く思っていないと言うことだ

嫌がるのも当たり前だ、これから同盟を組むのかそれとも敵対するのかわからないと言うのに

こんなことをされては同盟を断るとなった時に断りづらいだろう

民からも不満が出ててしまうだろうしな、緒戦は俺の勝ちという所か?

特に考えてやった訳では無いが、十分効果的だっただろう

 

更に周瑜殿の考えを読み取りたいとは思うが、急ぎこの場で周瑜殿の目を見ることも無いだろう

この後すぐに話し合いが行われるのだから、その時ゆっくりと周瑜殿の考えを見せてもらおう

 

俺は軽く挨拶をして、謁見の間。つまりは玉座のある場所へと赴く前に、荷物を取りに行く旨と

此処まで案内をしてくれた周泰殿も共に話し合いの場に連れて行きたいと申し出ると孫策殿は快く頷いてくれた

孫策殿は俺の考えをわかっているようだ。あくまで間者ではなく、使者を迎えに来た案内役だと言うことを

理解し、頷いてくれたのだ

 

そのことに感謝を述べれば、孫策殿はにっこり笑って「やっぱりウチに来ない?」などと言われてしまった

どうやらこの人はあの董卓連合の時から俺を気に入ってくれているようだ

 

お互いの真名が近い意味を持つからだろうか、孫策殿に対してはやはり嫌な感じは一つも受けることが無い

何よりも、彼女は真っ直ぐ俺の眼を見て話すのだ、恐らくはその鋭い勘で俺の眼を見ることの危険性を理解

しているはずであろうにも関わらずだ

 

自分の心さえも相手にさらけ出すことを厭わない、彼女の姿勢は潔く、その生き方は何処か義姉の春蘭を思い出させた

 

俺は一つ頭を下げ、周瑜殿に玉座の間までの案内をして貰うことを告げ、今回の為に用意した

偽の生首と美羽の服を取りに荷物を預けた厩へと足を進める

 

周瑜殿とすれ違う瞬間、彼女の瞳が俺を貫くように鋭い光を放っていた

 

 

 

 

「失礼いたします」

 

荷物を二つとも一馬に持たせ、周泰殿に案内されるまま朱塗りの柱に囲まれた玉座の間へと案内された

朱と白を基調とした部屋の作り、俺が案内された客間と同じ色調の部屋から俺が案内されたのはやはり

それなりに良い客間であったようだ

 

ざっと見回すが兵が隠れているような場所が無い、コレは華琳の玉座とはまったく違う、中央に低く玉座が設けてある

己自身の腕に自信がある証拠だ、孫策殿の武はそれほどのものなのか、兵を隠す箇所など無く

むしろ開けた場所で、柱などが少ない、迎え撃つ気が満々だと獣の如き瞳が言っている

 

俺は父、馬騰との違いを見比べながら歩を進め、玉座の前へと立つ

玉座の間にはたった二人だけ、孫策殿は楽しそうに笑顔を浮かべ

その隣では余裕を取り戻したらしい周瑜殿が無表情で立っていた

 

驚いた二人だけとは、これは本当に楽しんでいるだけだな

殺気や覇気、身体が震えるような気迫がまるで感じられない

 

「改めて、魏よりの同盟の使者として参りました。夏侯昭でございます」

 

「わざわざ遠い場所からご苦労様です。我等呉は貴方の来訪を歓迎いたします」

 

礼をとる俺に孫策殿に代わり、周瑜殿が前に進み出ると歓迎の言葉を述べてくれた

王を隠すように立つのは俺の眼を警戒してのことか、どうやら俺の眼がどういう物かある程度は理解しているようだ

 

「そんな堅苦しいのは良いから、せっかく魏からわざわざ来てくれたんだし、何か面白い話を」

 

「王よ困ります。夏侯昭殿は遊びに来たわけでは無いのですから」

 

玉座から乗り出すようにして俺に期待の眼差しを向けるが、周瑜殿にぴしゃりと止められ

更には周瑜殿が少し睨むと、孫策殿はつまらないとばかりに口を尖らせて拗ねてしまっていた

 

なんとも自由奔放な方だ。つい笑みを零せば、孫策殿は「む~」と俺に不満気な顔を向けてきた

 

「失礼した。先ずは御礼を、何時も物資を贈っていただき感謝しております。呉がこの乱世で領土を広く持つことが

出来たのも魏の、舞王【夏侯昭】殿のおかげ、呉と王に代わり礼を申し上げます」

 

「いえ、これも孫策殿の御力があればこそ。私がしたことなど大したことではありません」

 

「天子様に慧眼と呼ばれる貴殿にそのように言っていただけるなど、王に仕える者として嬉しい限りです」

 

深く頭を下げる後ろでは孫策殿が周瑜殿に対し、舌を出していた

そのことに気が付き、手で口元を押さえるが噴出してしまい、周瑜殿は不思議な顔をしていたが

直ぐに後ろを振り向き、孫策殿に後で覚えていろといった目線を送っていた

どうやら俺の反応で孫策殿がしたことを解ったようだ、随分とお互いを理解している

これが断金の交わりというやつか

 

「して、今回の来訪はどのようなご用件で?」

 

「はい。既にご存知かとはございますが、我等魏と同盟を組んでいただきたく参りました」

 

周瑜殿はわざとらしく「ほう・・・」と息を漏らし腕を組、顎に手を当てると俺のほうを意外そうに見つめてくる

中々面白い、俺を真っ直ぐ見つめるような仕草だが、その目線は完全に俺から外れている

感情を読まれないように、そして俺に対し礼を失さぬように

 

「この呉に同盟を。フフッ、間者を送り込んだ隣国と同盟を組もうなどとは信じられませんな」

 

「間者?間者など何処に居りましたか?」

 

両肘を抱えるように腕を組み変えると、周瑜殿は少し微笑む

自分から間者を送り込んだと言うとは、俺が周泰殿を咎められるのが嫌だと解っていて言ったな

俺に間者など居なかったと言わせることでこの件に関してもう追求することは出来ない

 

「これは申し訳ない、間者を送り込んだのは蜀に、でありました。で、和睦にいらっしゃったと言うならば

魏王から、曹操殿からの書状をお持ちで?」

 

「いいえ、書状はありません」

 

周瑜殿の眉間に僅かに皺が寄り、表情が少し険しくなる。和睦に来たと言うのに王からの書状すらないのかと

下手をすれば俺の戯言、もしくは魏王が呉王を見下し、書状など不要だと思われるかもしれないような

行動だ、周瑜殿の反応は最もだろう

 

「書状代わりに私が此方に伺った。そう思っていただきたい」

 

「書状代わり・・・なるほど、魏王と同列。王と同位の者が兵も付けずに此方に来たこと

それ自体が呉に対する信頼と誠意と言うことでしょうか?」

 

頷く俺に納得がいったのか、口の端を釣り上げ軍師特有の冷めた笑みを作る周瑜殿

どうやら俺が来たと言う意味を理解してもらえたようだ

本当は華琳に書状を書いてくれと言ったら「勝手に進めたのだから全て自分でどうにかしなさい」と言われ

書いてもらえなかっただけなんだが。単に困る俺の顔が見たかっただけだろうなあれは

 

「我等呉としましても大国であり、天子様を奉戴する魏と同盟が組めることは民に安心を与え

早期に大陸に平穏をもたらすことが出来ましょう」

 

「ええ、魏王もそう考えております。天子様は聡明であられますし、蜀の掲げる漢帝国の復興は既に

成されたと言っても過言ではございません。呉との同盟が叶えば蜀と戦をする事無く大陸を平穏に導けるでしょう」

 

周瑜殿は眼を伏せ頷くが、はっと気が付いたように腰に手をあて、額を指先で押さえて首を振る

そして心底心苦しそうに俺を見て、自分の胸に手のひらを当て俺に控えめに訴えるように言葉を放つ

 

「我等もそうなればどれほど良いかと思っております。ですが幾つかの事がこの胸に爪を立て

快く頷くことが出来ません。それ故、私には我が王に同盟を進めることは出来ないのです」

 

「幾つかの事、というのは同盟後の事でしょうか?対等な関係を築けるのかと」

 

彼女の言わんとしていることは解っているがあえて外す

態々演技までして俺との会話で俺を知ろうとしているのだ、それほど俺を知りたいのなら教えてやる

戦を回避できるのならばこの程度安いものだ、我が魏には俺など足元にも及ばない軍師達が居るのだから

俺一人知られた所で何の痛手もない

 

「勿論それもあります、夏侯昭殿は許貢をご存知か?」

 

「噂は耳に、何でも孫策殿が討ち取りその遺族が復讐を誓い各地を回っていると」

 

「ええ。許貢の遺族、娘の許靖が我が王を狙い、魏に伏しているとの噂が耳に入りまして」

 

先ずは許靖から来たか、蜀から魏に渡ったという話は既に耳にしているのならば

魏から先の足取りが消えたことに疑問を持つのが当たり前だ。普通に考えれば魏で何かがあったと考える

軍師ならば何通りか考え、そのうちもっとも最悪の事を思い浮かべるはずだ

許靖が魏に降り、魏で孫策殿を、王を討とうとしていると

 

俺を試すような顔で僅かに瞳をずらして視線を送る周瑜殿

悪いが俺は感情が顔に出やすいという欠点は既に克服済みだし、交渉という場所では俺も仮面くらい被れる

 

「それは確かに気掛かりでございましょう。ですが許靖に関しましては既に解決をしています」

 

「ほう、それはどういった意味でしょう?」

 

俺は一馬の持つ正方形の紫の布で包まれた木の箱を受け取り周瑜殿に差し出す

差し出された箱を受け取り【開けても宜しいか?】と首をかしげる周瑜殿に俺は一つ頷く

 

周瑜殿は片手で箱の底を持ち、器用に縛られた布をもう片方の手で解き、箱の蓋を開ければ

中は塩をきっちりと敷き詰められ、塩の中から覗く許靖の特徴的な桃色の髪の毛

 

「これは。許靖の首、でしょうか?」

 

「ええ、どうぞ御納めください。我が魏に来た時に捕らえ、呉に仇名すと聞いておりましたので早々に首を撥ねました」

 

そう答える俺に周瑜殿は「検めても?」と表情を変えずに聞いてくる

疑っているのは当たり前だろう、その首が本物かどうか、よく似た他人を捕らえ身代わりに

など良く考えられる手だ。俺は周瑜殿の真似をするように表情を変えずに一つ頷いた

 

俺の反応を見ると、周瑜殿は詰められた塩をゆっくり指先で掻き分け、その桃色の髪の出元をたどる

そして生首の頭皮に指先が当たると箱を下に置き、箱に収められた生首を軽く持ち上げる

 

表情は変わらない、いや、少し笑顔がきつくなった

それで気取られないと思ったつもりか?崩さなかった顔、その中で眉根だけがピクリと微かに動いたのを

自分で気が付かなかったか?周瑜殿、貴女の癖は眉間に皺を寄せることのようだ

 

恐らく魏に許靖が居ると、しかも生存していると踏んでいたのだろう

周泰殿から俺の性格は大雑把に伝わっているはずだ、其処から俺が許靖を殺せないと思っていたのだろう

 

首を確かめるその眼は鋭い光を持つ。特徴である髪は本物だ、それ以外も華佗が細かく指示をして作ったのだ

そう簡単に見破れるはずは無い。手触りでさえ本物の肌と変わらないのだから

 

「確かに、これは許靖の首ですな。魏の誠意ある対応を心より感謝いたします

これで我が王も枕を高くして眠れることでしょう」

 

首を孫策殿に手渡し、にっこりと満面の笑顔を見せる周瑜殿

俺も笑顔を返すが、嫌な笑顔だ。無理やり作った人形のような笑顔

それほどまでに俺達を、魏を警戒していると言うことか

それも仕方が無いことか、単純に比べれば俺達の半分ほどの領土と兵、下手に出て良いことなど何も無い

 

首を手渡された孫策殿は話に参加できず、つまらなそうに生首を興味無しとばかりに一瞥すると

塩の詰まった箱に直ぐに戻すようにと周瑜殿に返してしまった

 

横をちらりと見れば、一馬が生首を扱う孫策殿と周瑜殿を見て腰帯をぎゅっと握り締めていた

まったく、こういった時は堂々としていろと言ったのだが、どうやらまだまだ駄目のようだな

 

「では、失礼ついでにもう一つだけ宜しいか?」

 

「この際です。両国の憂いは払拭いたしましょう」

 

「そういって頂けると在り難い、私も王に魏との同盟は受けるべきだと快く進言いたしたいものですから」

 

首を箱に収め、紫の布を綺麗にかぶせ、包み、孫策殿の茶を飲むための台だろうか、其処へゆっくりと置くと

また人形のような笑みを俺に向ける。次に言うことは解っている

 

それが一番に引っかかることだろう、孫家に民に関わる重大な事柄だ

 

 

 

 

周瑜殿は自分の身体を抱きしめるようにすると、少しだけ歯を食いしばるような仕草を見せる

 

「ある所から魏には我等の宿敵、袁術が降っているとの話を耳にしまして。我々はご存知の通り

袁術の不当な待遇に長くに亘り民と共に苦渋を舐めてきました。ですから」

 

眼を伏せ、顎を引き、顔を悲しみで染めると少しだけ顔を上げて、俺を覗くように見てくる

コロコロと表情、そして仕草を変える周瑜殿は随分と交渉ごとをしてきたのだろう

言葉と動きで俺の反応を見ようとしているようだが、まだまだだな

 

男は表情を一切崩す事無く、終始その場に自然なまま立ち、落ち着いた雰囲気を纏うだけ

 

「おお、そうでございましたか、それならば丁度良かった。袁術は我等が魏で没しました」

 

「本当でございましょうか?それが真実だとするならば、少々複雑でもあります」

 

「自分達で手を下したかったと?」

 

「ええ、我等の民と王の苦しみはとても言葉では表せません」

 

そう言うと、手を祈るように胸の前で握り締める。今度は驚くほどにわざとらしい

次第に彼女のフリが大げさになってく、何故先程からこれほど大げさに表現をするのだろうか

何か理由があるはずだが、一体何を狙っている?

 

俺は表情を崩さないまま、一馬の持つもう一つの荷物である布袋を受け取り

紐で縛られた袋の口を開いて中から一枚の服を取り出す

 

それは新城を出る際に美羽から貰った金の糸で紡がれた黄色の服、紫の腰帯

孫家の宿敵である袁術を表す特徴のある服を目の前に差し出す

 

「それは、袁術の着ていたものでしょうか?」

 

「ええ、証拠にとお持ちいたしました。恨みを己が手で晴らすことは出来なかったことは口惜しいでしょうが

死んでしまった者に何時までも囚われるような事は賢いことではありません」

 

驚き、信じられないと言った表情で俺の手の中の服を見る彼女は手渡そうとするが

首を振り、その服をなんとも複雑な顔をして見つめていた

 

「なぜ袁術は死に至ったのでしょうか?」

 

「我等の優秀な医師の話によると、牢獄に閉じ込められ気が触れたとの事です」

 

「牢獄に、どうりで魏に降ったという噂が流れるわけです。袁術は最後に何と?」

 

「蜂蜜が舐めたいと」

 

その言葉に袁術らしいと呟き、顔を曇らせる

感慨深いものがあったのだろう、恨みなどは簡単に消せるものではないからこそ心に食い込み残り続ける

それは相手が死のうと死ぬまいと関係は無い

 

しかし周瑜殿はこんな人物であっただろうか?俺が始め見たときはこんな人物では無かったはずだ

確かに恨みを晴らすことができず、顔を曇らせることはわかる

だが俺の眼に映った彼女はこんな事で表情を変えるような女性ではない、コレではまるでか弱い・・・

 

しまったっ!コレはっ!!

 

俺が気が付いた時はもう既に遅かった、フリを徐々に大きく、表情を変え、自分をか弱い女性に仕立て上げ

少しずつ刷り込みを行った理由はこれだ

 

彼女は酷く冷たい、極寒の冷気のような笑みをたたえると懐から紫の布を取り出す

その布には袁の文字の刺繍

 

美羽はそんな物は持っていない、髪につけたリボンも袁の刺繍など入っていない勿論腰帯にもだ

 

だがそれを俺に見せても意味は無い。俺に見せたのではないのだから

本当の狙いは俺と共に来た者、一馬だ

彼女は最初から俺を崩そうとは思って居なかったのだ

連れてきた一馬の不器用で生真面目な性格を見抜き、狙いを俺から一馬に変えたのだ

俺に話しかけながらも、一馬にか弱い自分を刷り込み、表情を変え、一馬の動きや癖を読み取っていたのだ

 

表情、言動、仕草で油断、そして同情をさせ。警戒を解いた隙に喉元に鋭い刃を突きつけられたような感覚を

一馬は感じただろう

 

横目で一馬を見れば先程生首を扱った時のように、いや先程よりも強く腰帯を握り締めていた

 

・・・やれやれ

 

「如何なさいましたか?お連れの方の顔色が悪いようですが」

 

「いえ、長旅で疲れが出たのでしょう。ところで其れは?」

 

「ええ、コレは魏に送り込んだもう一人の者から受け取ったものです。袁術は生きていると」

 

・・・・・・まったく

 

「ほう、我が国に間者を。ですが自国を守る為には情報が何よりですからね、しかしその布を持ち帰った者は

嘘を吐いておりますね」

 

「嘘、この袁と刺繍された布と報告が虚偽であると?」

 

・・・・・・しょうがないヤツだ俺は、一馬に気が付いていたと言うのに

 

「袁術が死したことは我が目でしっかりと確認したことです。その者が一体何処で袁術を見たのか

他人の空似というヤツではありませんか?」

 

「ふむ、夏侯昭殿は他人だと申されるか」

 

もう一度、自分の口から間者を送りこんだと言ってきた

彼女は恐らく情報が不確定で何も無いままこの話をごり押ししてくるはずだ

一馬の表情や動きで袁術が生きて、魏に居ることを確信してしまっている

しかもそれに対して俺は言及できない、すれば周泰殿を裏切ることになる

 

なら、こういった手を使うとしよう

 

「ええ、そもそもその布は何の証拠にもなりませんでしょう」

 

「フフ、これは異な事を。間諜の調べたことは十分証拠として扱えます。それとも夏侯昭殿は

自軍の間諜の情報を信用しないとでも?」

 

「そんなことはありません。唯、その布と私の持ち込んだ服では大きく違うと言うことです」

 

一切動じず、そのままやれやれと首を振り、こんなことも解らないのかと周瑜殿と同じように

大きなフリで呆れてやった。その行動に周瑜殿の眉根がピクリと動く

 

思ったとおりか、軍師という職業の為か、それともこの周瑜殿の硬い性格か、恐らく後者だろうな

孫策殿に対する言動と、一番最初に見た時の印象。この人は少し挑発に乗りやすいようだ

俺の広場での行動で手をあれほど握り締めたのだ、煽りやからかいの耐性が低い

自尊心を汚されるのを嫌う性質だろう

 

ならば攻め場所は此処だな

 

「同じですが大きく違います。この服は袁術にのみ着られるように設えた物、このように装飾や金の糸など

ちょっとした豪族や貴族などではとても手に入る物ではありません」

 

手に持った服を前に突き出し、服の縫い目を指差して彼女に眼で訴える

貴女の持つ布に刺繍された糸は金糸ではなく、色を黄色に染めた色糸だろう?

見て解らないのか?それとも貴女の眼はそれすら区別がつかないのでしょうかと

 

実に解りやすい挑発をする俺に彼女は余裕の表情で腕を組みながら受け流す

様に見えるだけ、実際は眉間が微かに動いている

 

この変化は隣に居る一馬や直立で話を聞き、不穏な空気の流れるこの場に顔を白黒させる周泰殿

には解らないだろう。何故ならばそれほどに彼女の表情の変化、癖はわかりづらいからだ

恐らくは、鏡を見て何度も自分の表情を隠す訓練をしたのだろう。

 

それだけで彼女がこの国を王を支えようと、自身を律してきた姿勢が窺える

 

「ふむ、仰ることは解ります。ですが我等が袁術の食客で在った時にこの布は私自身が見ておりましてな

袁術の持つものの中で、唯一コレだけが何故か金糸を使われていない、ですからより記憶にも濃く残っており

証拠として私にとっては信憑性のあるものです」

 

「ほう、私は袁術が我等が魏に捕らえられてからその布は見たことが無い、となれば周瑜殿は我等を誑かす御つもりか?」

 

「誑かす?何を仰るか、誑かそうとしているのは夏侯昭殿の方ではありませぬか」

 

少しきつめの口調で俺に言葉を返す周瑜殿

だが俺は表情を崩さない、変わらず同じ姿勢で接する

周瑜殿は辛かろう、一度一馬を嵌める為に表情を崩して話しているのだ

俺のように無表情に近い顔で、淡々と接しているわけではないからな

ある程度は感情的に話さねば如何にも一馬を嵌める為に先程は大げさなフリをしました

と言っているようなものだ

 

そして、自尊心を傷つけられ漏れ出す感情のまま自分の記憶だけに頼る言い方をしてしまった

気が付いていないだろう、フリをしながらそのフリのままこぼれてしまった言葉を

証拠が無いのだから仕方が無いだろうが、この交渉は魏の優勢で終われるかもしれん

 

「これは異な事を、周瑜殿が見たのは袁術の食客であった頃、ですが捕らえた我等は持ち物からそれを見ていない。

となれば周瑜殿が食客であった頃、袁術から奪ったものか。それとも言葉は悪いですがでっち上げとしか取れません」

 

「何を・・・ならば連れの方が表情を曇らせたのはどう説明するおつもりで?」

 

もう詰まってしまったか、一馬のことを口に出すとは

早めに交渉は終わりそうだ

 

俺は少し残念に思いながら、美羽の服を一馬に手渡し、やれやれと溜息を吐いてしまう

 

「先程申したとおり、長旅での疲れです」

 

「申し訳ないが、そうは思えませんな。表情、動作、どれを取っても疲れなどではなく驚きと緊張」

 

一馬を狙った時は一杯食わされたと思ったが・・・こんなものか、周瑜とは

 

「我が義弟、劉封は魏国の警備兵、副隊長です。自国の警備に穴があり、間者の侵入を許してしまったと

考えれば顔を曇らせるのは当然。もし一馬が副隊長である事を疑うおつもりならば、案内してくださった

周泰殿に聞いていただければご理解いただけるかと」

 

「・・・・・・」

 

「何なら我が国に案内いたしましょうか?袁術を埋めた場所まで案内いたしましょう」

 

少しだけ笑顔を見せ、いかがでしょうか?とばかりに少し首を傾げれば周瑜殿は顔を伏せてしまう

そして肩を震わせ、手を硬く硬く握り締める

 

それほどやり込めた訳ではないのだが、彼女の自尊心を深く傷つけてしまったのだろうか

もしそうならば、同盟を組んだ後、彼女との交流が難しくなってしまう。それは残念だ

 

「クッ・・・ククククッ・・・・・・アハハハハハハハハッ!!」

 

等と考えていれば、急に顔を上げ堪えきれんとばかりに腹に手を当てて笑い出す

いきなりのことに隣に居る二人もあっけに取られ、俺自身も大声で笑い出す彼女に驚いてしまっていた

 

「いや、失礼。フフッ、なるほど交渉に貴方をよこす理由が解りました」

 

「呉の大都督、周瑜殿にそう言って頂けるとはありがたい。では?」

 

「その前に、実は夏侯昭殿に紹介したい友人がおりまして。是非その慧眼で彼女の才を見ていただけませぬか」

 

「勿論構いません。周瑜殿が紹介したいと仰られるほどの人物ですから余程素晴らしい方なのでしょう」

 

「ええ、きっと喜んで下さるかと」

 

散々大笑いした後、彼女は俺を見て軽く笑顔を見せると手を叩き、待機する侍女を呼び寄せ二言三言

指示を聞き、下がる侍女は俺達が入ってきた玉座から正面の門を開ける

 

「紹介しよう」

 

観音開きの扉が開かれた場所には、見覚えのある特徴のある小豆色の帽子、首元にある二つの鈴

金色の短い髪、腰に撒かれた薄緑の腰帯は背後で蝶のように縛られている

 

俺はそこに立つ人物を見て理解した。呉は、周瑜殿は始めから同盟など組む気は無く

 

この交渉自体、唯俺を計る為、もしくは俺を殺す為に用意されたモノだったのだと

 

「諸葛孔明殿だ」

 

 


 
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