#14
「うわぁ…こりゃすごいな………」
「………初めて見る」
「………ハッ…………ハッ」
天和たちと別れてから二週間。一刀たちは、呂奉や月たちのところでは見なかった木々の生い茂る、密林に来ていた。
よくテレビの特集で見るような、南国に生えていそうな木々がところ狭しと乱立している。ほとんどの気は丈が高く、地上から数メートルは蔦が絡まるくらいて枝葉分かれていない。木の幹に止まる虫は他所よりも大きく、また珍しい形をしている。木霊する鳥の鳴き声は、種々様々で、中には、二人にとって初めて耳にするものもあった。
「それにしても暑いなぁ…むしろ熱いな」
「セキト…だいじょぶ?」
「………ハッ………ハッ」
さすが南蛮。一刀はとうの昔に外套を脱いで黒兎の背にかけ、制服の上着も脱いで腰に巻き、上半身は制服の下に着ていた黒いTシャツ一枚になっていた。恋が不安そうに声をかけたセキトはと言えば、さすが犬である、だいぶ前からぐったりとして、黒兎の上に腹這いに寝そべっている。
「暑いもんな。…犬だし」
なぜセキトが黒兎に乗っているかと言えば、単に、恋と一緒だとそれだけ当たる風が減ってしまうからである。一刀は、二頭の馬の前に立ち、生い茂る蔦を刀で斬り捌きながら、道を作っていく。
「さて、そろそろ休憩しようか。黒兎たちも午前中ずっと歩きっぱなしだったもんな」
どのくらい歩いただろうか。太陽が真上に上がろうかという頃、一刀は立ち止まった。そこそこ開けた場所を見つけるとそこへ黒兎と赤兎を誘導し、セキトを馬の背から抱き上げて、地面に下ろした。
黒兎の背に比べて、ひんやりとした草が気に入ったのだろう。先ほど以上に地面にべったりと寝そべった。
恋も二号の背から降りる。荷物から水の入った竹筒と平椀を取り出すと、セキトの前に水を出してやる。セキトはだるそうに顔を上げると、力なく水を飲みだした。
一刀は黒兎の背に積んだ荷物から干し肉を出す。恋はよほど楽しみなのか、一刀をじっと見つめている。
「ほら、恋。そんなに多くないけど、昼飯だ」
「………………………………………………」
「ん、どうした?」
「………………長い」
「ん?何が?」
「………にょろ~」
「にょ、にょろ!?」
そこで初めて一刀は、恋が自分を見ていないことに気がついた。恋の視線の先、つまり自分の後方を振り返ると、一刀は絶句する。
「………………………………………」
うむ、確かににょろ~である。
そこには5メートルは超えると思われる巨大な蛇が、大木に巻きつきながら、舌を盛んに突き出していた。
おそらく蛇にとって久しぶりの獲物なのかもしれない。その暗く光る眼からは、どのように一刀たちを飲み込もうかと算段を立てているように見える。
大蛇は勝利を確信していた。
だがしかし―――
「恋…」
「………なに?」
―――相手が悪かった。
「今日の昼飯は…蛇の蒲焼だ。醤油と塩、どっちがいいか考えておけ」
「っ……(じゅるり)」
もし蛇の鳴き声を聞いたことのある人間がいるのならば、ぜひ、どのように鳴くのか教えて欲しい。捕食者の立場かと思われた大蛇は、一転して獲物へと成り下がったのである。
「―――――――――――――――――――――っ!!!」
ひょっとしたら自分が食われていたかも知れなかったセキトは、水を舐めながら、その声なき叫びに、ただ同情していた。
パチ…パチ……。
「いやぁ、意外と食えるもんだなぁ」
「………おいしかった」
「わんっ!」
いま、一刀たちは食後の一休みをしている。黒兎たちも草を十分に食べ終えたのか、脚を曲げて、休んでいる。
周囲に木の燃えカスが弾けるほとが鳴る中、ふと、二頭の馬が、ピクリと耳を動かした。
そして―――
「こっちの方からいい匂いがするにゃぁ!」
「「「にゃーにゃーにゃー」」」
―――一刀は耳を疑った。
「にゃにゃにゃっ!!?なんにゃ、お前たちは!?」
「「「なんにゃー!」」」
そこに現れたのは、小さい象の人形(?)を乗せた猫耳、猫ハンドそして語尾に『にゃ』をつける少女と、そのお供らしき、虎柄のかぶり物や服を身につけた3人の少女たちであった。
「あぁ!いい匂いがすると思ったら、お前たち、何か美味いものでも焼いたのにゃ?美以たちにもお裾分けするにゃ!!」
「「するにゃ!」」 「…するにゃ」
「って、この匂いは………まさか!?」
「「まさか!?」」 「………まさか」
「お前たち…この密林の魔王を………食ったにゃ!!?」
「「にゃ!!?」」 「………zzz」
一刀たちが呆気にとられていると、その猫娘(仮)たちは、勝手に話を進めていく。ただし、うち一人はだんだんとタイミングがずれ、最終的には眠ってしまったが。
「なかなかやるみたいにゃ!…そうにゃ!お前たちを美以の部下にしてやるのにゃ!!」
「「やるのにゃ」」 「……はっ?………にゃ」
いや、すぐに目を覚ました。
ようやく状況に追いついたのか、恋は口を開く。
「………かわいい」
「にゃ?なんにゃ?………こら、勝手に美以の頭を撫でるでないにゃ!」
かの天下無双が、こうも簡単に陥落してしまうとは、恐ろしきかな、猫娘(仮)である。
4匹(人?)を一通り撫でた恋は満足したのか、一刀に声を掛けた。
「一刀………連れていっても、いい?」
「………………………………………………………………」
「…一刀?」
「………………………………………………………………………………にゃ」
「……にゃ?」
「にゃーーーーーーーーーっっっ!!」
一刀は壊れていた。
「なんだこれ?何これ?何なの、この可愛い生き物!?え、猫?猫っ娘?マジで存在したの!?ちょ、うわ、かわいーなー!!ってかモフモフ!ちょーモフモフ!!肉球!テラ肉球!!マジでぷにぷにしてる!!よーし、恋、こいつらも連れていくぞ?何、大したことはない。俺ががっつり稼いでまとめて養ってやんよ!ほら、お兄さんは怖くないよ~?ごろごろ~。うわぁ、めっちゃモフって―――」
「…ふっ」
ドゴッ!!
「―――がっ!!?」
「「「「にゃっ!!?」」」」
とめどなく喋くり倒し、猫っ娘たちを撫でくりまわしていた一刀は、恋の一撃のもと、地に平伏した。
一刀が気絶したのを確認すると、恋は少女たちに近づいていく。
「…だいじょぶ。一刀は…たまに壊れる」
「にゃ…お前、強いにゃ…………」
「「「にゃ…」」」
結局、一刀が目を覚ましたのは、空が次第に紅くそまり、そろそろ陽も暮れようかというときであった。
「う……あ、あれ?」
「…起きた」
「あれ?なんで俺寝てるんだ?」
「…ご飯食べて…昼寝した」
「そう、だっけか?…まぁいいや。……寝違えたか?………首が痛い」
と、ここでようやく、一刀は気がついた。見ると、隣に座っている恋の周りに4人の少女がいることに。
「あれ、その娘たち………どうしたの?」
「…一刀が寝ている間に、仲良くなった。美以と、ミケと、トラと、シャム」
「ふぅん…まぁ、友達が増えてよかったな」
一刀はそう言って、恋の頭を撫でてやる。恋は気持ちよさそうに頭を撫でられながら、少女たちの頭を撫でている。そうしているうちに、一人だけ、服装の違う少女が目を覚ました。
「…ふにゃぁ。よく寝たにゃ~~」
「あはは。大きな欠伸だね」
「にゃっ!?」
一刀が声をかけると、その娘は驚いて恋の後ろに隠れてしまった。
「…だいじょぶ。もう変身しない」
「……ほ、ほんとにゃ?」
「ほんと……一刀、ホントは優しい」
「………にゃ」
恋が執り成してはくれるが、なかなか一刀への警戒心を解こうとしない少女に、一刀はあることを思いついた。
近くの地面に生えている『それ』を引き抜くと、根の方を持って先端を少女へと向ける。少女の注意がその先端に向かうと、一刀は徐々に『それ』を揺らし始めた。
「………」
「にゃ……」
「………………」
「にゃぁぁあぁっ!」
少女はその先端に飛びついた。
「にゃっ!にゃっ!なんで!身体が!動くにゃ!?」
「あっはっはっは!可愛いな~。ほれ、ほれ!」
「にゃっ!にゃにゃ!」
一刀はその草を揺らしながら、だんだんと少女を誘き寄せる。そして―――
「捕まえた!」
「にゃにゃっ!!?」
―――一刀の間合いに入った瞬間、少女は一刀に捕獲された。
「よしよし。怖くないからね」
「にゃにゃにゃぁぁああ!」
「なでなーでー…」
「にゃにゃぁ!…にゃ!………ふにゃぁ」
最初は抵抗を試みるものの、徐々に抜け出せないことに気がつき、そして頭を撫でる感触に、少女は屈するのであった。
「恋とはもう挨拶をしたんだよね。俺は北郷一刀。真名がないから、一刀って呼んでくれればいいよ」
「美以は孟獲!真名は美以にゃ!一刀は撫でるのが上手いし、恋の友達だから、真名を許すにゃ!」
「あはは、ありがと」
「それで、こいつらは美以の部下のミケとトラとシャムにゃ!というか、シャム!さっきからお前ばかり一刀に乗って、ずるいにゃ!!」
「「ずるいのにゃ!」」
「……………ずるくないにゃ」
「あはは。喧嘩しないの(それにしても、南蛮大王である孟獲がこんな女の子とはな………天和たちもそうだったし、こりゃ俺の知識は当てにならないかもな)」
喧嘩を始める4人を宥めつつ、一刀は考える。登場人物は同じであるが、どうも三国志の世界とは、歴史の流れが違うのかもしれない。だが、一刀はその懸念を振り払う。
「(ま、本来、先のことなんてわかんないし。それに、旅の目的はその相違を確かめるためでもあるからな)」
そんなことを考えていると、喧嘩をやめて美以たちが声をかけた。
「そういえば、恋から聞いたにゃ!一刀があの『魔王』を倒したらしいにゃ!」
「魔王?」
「………にょろ~」
「あぁ、あの蛇か。いやぁ、旅の途中だったから、少しでも食料を節約しようと思ってね。ちょうどいいところに現れたから、狩らせてもらったよ」
「な、なんという奴にゃ!実は、あの『魔王』は、ちょくちょく美以たちの邑を襲ってたにゃ!その度に美以が、この虎王独鈷で追い払うんだにゃ。でも……」
美以はそう言って、目を伏せると、手にもつマジックハンドを撫でる。
「何人か魔王に絞め殺された仲間もいるんだにゃ………」
「………そうか」
「…かわいそう」
美以の言葉に、ミケ・トラ・シャムも涙ぐむ。一刀と恋はそれぞれ美以とトラ、ミケとシャムを抱き上げると、膝に乗せて頭を撫でてやる。
「大変だったな。でも、仇は俺たちがとったから、安心してくれ。もう、襲われることもないだろう」
「ん…安心」
「ありがとにゃ、一刀、恋」
「「「ありがとにゃ~」」」
そういって微笑む美以たちに、和むかと思いきや、美以の言葉に、そんな雰囲気は霧散した。
「でもにゃ?『魔王』は死んだかもしれにゃいけど、まだ『大魔王』がいるんだにゃ………」
「……………………………………………………………………………………え?」
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