#13
天水を発ってから2週間ほどが経過した。一刀たちはその間に立ち寄った街で賊討伐をしたり、単に困っている人を助けたりしていた。
あえて『天の御遣い』を出しはしなかったが、服装は賊討伐時には、自警団の士気を上げるために学園の制服を着て、それとなく『天の御遣い』を匂わせていたし、この頃は、御遣いの噂自体もかなり広まっていたため、自然と一刀が御遣いではないか、と考える人たちが出始め、憶測は確信へと変わっていった。
それぞれの街では1日2日くらいしか滞在していないが、その噂をさらに広めるには、十分であったらしい。
そしてこれが一刀の狙いであった。
今後月たちを救うためには、名前を明かさない方がよいと判断したのである。
『天の御遣い』=北郷一刀であることを知るのは、天水の人間だけである。それ以外の人々は、『天の御遣い』は知っているが、それが北郷という名前の人間だということは知らない。
こうして噂だけが一人歩きをすることによって、いずれ月たちに加勢する際に、役に立つと踏んだのだ。
もちろん旅の商人などから噂を聞くこともあるだろうが、そのくらいなら構いはしない。あえて不確かな情報の方が、効力を発揮することもあるものである。
そうして旅を続けていた一刀たちが次の街に立ち寄って、屋台で食事を摂っていたときのことである。
「―――ちゃ~~ん!」
「―っと、来ないでよ!」
「――なこと言わないでさぁ~」
そんな声が路地から聞こえてきた。恋も食事の手を一旦止め、一刀を見上げる。
「…行くぞ」
「………(コク)」
一刀のその言葉に、恋は頷き、二人は声の聞こえて来た方へと走り出した。
「アンタ達なんて知らない、って行ってるでしょ!?」
「そうよそうよ!」
「そんなこと言わないでさぁ…俺たちずっと応援してあげてたんだから、少しくらいご褒美貰ってもいいだろ?」
「何わけわかんないこと言ってんのよ!」
路地裏では、三人の少女が男たちに迫られていた。三人ともが美少女と言っても過言ではないほどの美貌の持ち主であり、男たちに言い寄られるのも理解できないでもない。
しかし、その方法が間違っていた。明らかに下卑た笑いを浮かべる男たちの目は、欲望に妖しく光っている。
「ど、どこかに行ってください!でないと、人を呼びますよ!?」
一番背の低い、眼鏡を掛けた少女が冷静に返そうとするも、その声は上擦っており、そのことが余計に男たちを興奮させる。
「へっへっへ…こんなとこ、警備兵も来ねぇよ。どうせ楽しいことするんだからさぁ、天和ちゃん達も楽しまなきゃ損だぜ?」
その言葉に、他の男たちも下品な声を上げるが、そこに一つだけ、異なる声音が響いた。
「そうか…だったらその『楽しいこと』とやらに、俺も参加させて貰ってもいいかな?」
その言葉に男たちが横を向くと、ちょうど少女たちと男たちの間に一組の男女が現れた。
「なんだぁ、テメェは!?」
「どうした?楽しいことをするんだろう?俺たちも混ぜてくれよ」
「………っ」
突如現れた、黒い外套を纏った青年の言葉に、少女たちは身体を震わせる。男たちは青年の言葉を理解したのか、再び厭らしい笑みを浮かべた。
「なんだなんだ…兄ちゃんも参加したいのか?一番最後でいいならいいぜ?」
「なんだ、最初じゃないのか…じゃぁいいや」
「おいおい、いきなり入ってきて初物を奪うとか、社会の常識を分かっちゃいねぇなぁ…そんなんじゃ―――」
その言葉と共に、男は崩れ落ちた。
「っ!?て、テメェ、何しやがるっ!!?」
「あ?嫌がる女を襲って興奮するようなクズ共に社会の常識を説かれたくないんでね。ちょっと黙ってもらったよ」
「くっ、舐めた真似してくれやがって!…やっちまぇ!!」
そう一人の男が叫んだかと思うと、周囲の男たちが飛び掛ってきた。
「やれやれ…だからお前たちはクズなんだよ………」
しかし青年は慌てる風でもなく、鞘に収まったままの長刀を腰から抜くと………その場から姿を消した。
「さて…残るはお前だけだな」
「ひぃっ!」
青年の周囲には、数人の男たちが倒れている。ピクリとも動かないところを見るに、全員気絶しているらしい。
「な…なんだテメェは!ば、化けもんか!!?」
「喚くな。…そう言えばお前がコイツラを仕切っていたな。………ならば責任者であるお前には、コイツラより重い罰を与えないとな?」
そう言う青年のニヤリと笑うさまに恐怖を煽られたか、男は壁際まで後ずさる。
「た、助けてくれ…頼む………」
「………助けて欲しいか?」
その言葉に、男の目が見開かれた。差し込む一筋の希望に安堵するのも束の間、一転して、その両目は恐怖に震え出す。
「ならば誓え。二度とこの娘たちには近づかないと。誓え。二度とこのような悪事は働かないと。さもなければ―――」
「ひぃっ!」
「―――次はないぞ?」
青年の殺気の篭められた視線に、男は堪らずガタガタと震え出す。青年はそんな様子を気にも留めず、言葉を続けた。
「返事はどうした?それともここで―――」
「ひぃぃっ!!誓う!誓うよ!だから見逃してくれぇぇ!」
「そうか、誓うか。なら―――」
どすっ
「―――お前も眠ってろ」
「ふぅ…これで片付いたな」
青年がふっと息を吐くと、周囲に満ちていた緊迫した空気が弛緩する。
その雰囲気にやっと状況を理解できたのか、少女たちが次々と尻餅をついた。
「大丈夫か?」
「ん…おっけー」
「そうかそうか。…君たち、危ないところだったね。怪我とかはない?」
青年の言葉に少女たちはぶんぶんと首を縦に振って肯定の意を示した。
よく見ると、姉妹なのか、どことなく似た顔をしている。水色の髪をした少女と、紫の髪をした眼鏡の少女は、いまだ真ん中にいる桃色の髪をした少女に抱きついて震えている。
「そうか…よっぽど怖かったんだね………俺の名は北郷一刀。もう大丈夫だ」
そう言って一刀は両端の少女の頭を優しく撫でた。
「ぅ、ぅぅ…」 「ぅ…っく………」
「大丈夫だよ。もう危害を加えようとする奴はいないから」
一刀の言葉に、今度こそ自分たちの置かれた状況を理解したのだろう。二人の少女は声を上げて泣き出した。
「君は…この娘たちのお姉さんかな?もう大丈夫だよ。頑張ったね。だから…その手に持っているものは、もう必要ない」
見ると、桃色の髪の少女は両手で短刀を構えている。よほど緊張ているのか、あまりに強く握り締めているその手は白く染まり、なかなか柄を離そうとしない。否、離すことができない。
一刀は優しくその手を撫でて、一本一本、指を剥がしていく。そして最後の一本が離れた頃。
「ぅ、ぅぅ…ぅわぁぁぁああん!怖かったよぅぅ…も、もう、駄目かと思って、地和ちゃんも人和ちゃんも、いるから、お姉ちゃんが…が、頑張らないと、ってぇ………うぇぇぇえええん!」
「あぁ、よく頑張ったね」
一刀はそう言って、少女の頭を撫でて、その胸に抱き寄せた。
隣にいる少女も恋に頭を撫でられ、反対側の眼鏡をかけている少女は、セキトがその涙を一生懸命舐めている。
しばらくの間、路地裏に3人の少女の鳴き声が静かに響いていた。
「あの、本当にいいんですか、こんなにご馳走になってしまって」
「気にしないでいいよ。ほら、恋なんかこんなに食べてるし…それに、君のお姉さんたちも凄い勢いで食べてるよ?」
いま、一刀たちは、表通りに店を構えるカフェテラスのような店で飲茶をしていた。恋はいつも通り桃まんや胡麻団子などをすごい勢いで口に突っ込んでいる。卓の反対側を見ると、桃色の髪の子と水色の髪の子も、恋に負けない勢いで甘味を口に運んでおり、それを見た残りの一人は顔を赤くして俯いてしまう。
「まぁ、少し前までとある城で働いていたから、路銀は十分にあるからね」
「そうですか………では、その…いただきます」
「あぁ。召し上がれ」
少女は顔を赤らめながらも、胡麻団子に箸を伸ばし、一口噛むと、ほっと笑顔になる。
一刀たちの団欒は過ぎていく。
一頻り食べた後、思い出したかのように、長女らしき娘が頭を下げた。
「えと、遅くなっちゃったけど、助けていただいた上に、ご馳走までしていただいて、本当にありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
「いや、気にしなくていいよ。それより、まだちゃんと自己紹介をしてなかったね。俺は北郷一刀。で、こっちにいるのが―」
「恋は、呂布…こっちがセキト…」
よく出来ましたと、一刀は恋の頭を撫でた。
「はい。私は張角です。こちらは、妹の張宝と張梁です」
その言葉に一刀は、表情には出さないが、愕然とする。その名前こそ、月たちに伝えた事件へと通じるものであったからだ。
しかし、怯えて泣き出した3人、こうやって幸せそうにお菓子を食べていた3人をふと思い出し、一刀は隠している知識を更に心の奥底へと押しやった。
「(まさか、こんなところで黄巾党の首謀者と出会えるとはな………)
あはは、そんなに畏まらなくてもいいよ。言葉遣いなんて大した問題じゃないし、さっきは普通に話してくれたじゃないか」
俺がそう言った途端、張角は破顔し、すぐに言い直した。
「ホント?じゃぁ普通にするね?お姉ちゃんは、真名は天和って言うんだ。助けてくれたし、こんなに美味しいものご馳走になっちゃったし、北郷さんなら真名も許しちゃう!」
「そうね。ちぃは地和よ。真名として呼ばせるのは姉さんと人和以外にいないんだから、感謝しなさい!」
「ちぃ姉さん…そんな言い方しないで………私は三女の人和といいます」
まさに『役満』という言葉が似合う真名である。一刀はそんな3人へと、自分には真名がないことを伝えた。恋は特に気にする風もなく真名を許していた。
「それで、天和たちは、どうしてあんな所で襲われていたの?」
「それがねー、お姉ちゃんたち、今、歌の旅芸人として旅をしているんだけど、お姉ちゃんたちのおっかけがひどくて、あんなことになっちゃったの」
「そうよ!ただ応援してくれるだけならいいんだけどね。まさかちぃたちに色目を使うなんて、百万年早いんだから!」
天和の言葉に、地和もぷんすかという擬音が似合いそうな様子で怒っている。
「いつの時代でもストーカーっているんだな…」
「すとぉかぁ?」
「いや、度を越したおっかけのことだよ。それでどうなんだ?興行の方は上手くいってるのか?」
「ん~それがね?最近なんかマンネリ化しちゃったというか、お客さんのノリがあんまり良くなくて困ってるんだぁ」
「そうそう!折角ちぃ達が聴かせてあげてる、っていうのに、なんかノってこないのよね」
「そうなんですよね…何かこれまでとは違うことが出来たらいいんですが………」
そう言って黙り込む3人。一刀は少しの間考える。
「(さすがに、この天和たちが黄巾党なんて賊の集団を興すわけないよなぁ………だったら少しアドバイスでもしてみるか)」
そんな様子の一刀に気がついたのか、人和が声をかけた。
「あの、どうかしたんですか…?」
「いや…よかったらなんだけど、俺の国にあった、歌を盛り上げる方法でも教えようか?」
がたたっ!!
予想もしなかった言葉に、天和たちは椅子や卓を鳴らしながら立ち上がった。
「そんな方法本当にあるの!?」
「一刀って漢の人間じゃないんだよね!?だったら教えて欲しいかも!!」
「そうです!教えてください!!」
「っ!?…ぉ、おう………」
こうして一刀は、天和たちに、アイドルとしての教授を行うことになるのだった。
………その間、恋は、一刀にもたれ掛かって眠っていたとか。
「例えば、歌い始める前とかどうしてる?」
「そうだねぇ~、人が集まる前は適当な場所で歌ってて、人が集まってきたら、次の曲の説明を人和ちゃんがする感じかな~?」
「うん。普通はそうなんだけど、歌の合間合間に、コール…掛け声をかけてみるとかね」
「…具体的には?」
「そうだな…例えば、男の人がいれば『おにいさん達、楽しんでるー?』とかお年寄りの客が聴いてれば、『おじいちゃん』とか『おばあちゃん』とかそんな感じかな?あとは………」
「「「?」」」
一刀は一瞬迷ったが、これも彼女たちのためだと、口を開いた。
「………みんな大好き?」
一刀はそう問いかけて、天和を指さしながら、マイクを傾けるジェスチャーをする。
「………てんほーちゃん?」
「みんなの妹?」
「ちーほーちゃん!!」
「とっても可愛い?」
「れ…人和ちゃん………」
天和の切り替えしに、一刀の意図に気がついたのか、地和がノリノリで声を上げる。そして人和は顔を赤らめながら、答えた。
だがしかし、一番恥ずかしいのは一刀だ。
「とまぁ、こんな感じで。ただ、三人のことを知らないお客さんもいるだろうから、ちゃんとこのコールをする前に、説明が必要だけどね。あと、その前にお客さんが盛り上がっていないと意味がないし」
「その辺はバッチリよ!ちぃ達の歌を聴いたら、みんな元気になるんだから!!」
「そうか、なら心配はいらないな。でも、コールをすることによって客たちに一体感が生まれるし、その声を聞いた他の人たちも、何か楽しそうなことをしている、って新たに来てくれるかもしれないしね」
「………すごいです、一刀さん。私たちはただ歌の練習をして、いい歌を作ろうとしていただけなのに、こんなことを考え付くなんて」
人和が感心したように、一刀を褒める。
「いや、さっきも言ったろ?俺の国での方法だ、って。ただ、知ってるだけだよ。
どちらにしてもさ、歌がよくなければそれも意味がなくなるから、人和たちがしてきたことは決して無駄なんかじゃないよ。
要はきっかけや、一つの方法があるだけで、物事ってのはガラリと変えられるものだ、ってことなんだ。三人が気に入ったなら試してみるといいし、そうしてる内に、別の方法も見つかるかもしれない」
一刀のアイドル講座・中級編はその後も、数刻に渡り、続いていった。
「ありがとうね、一刀!」
「気にしなくてもいいよ。今度歌でも聞かせてもらえればいいから」
「そうですか?だったら姉さんたち………」
人和が天和・地和に問いかけると、二人は彼女の意図を察したらしく、頷くと、身体でリズムを取り始めた。そして―――。
「「「~~♪~~~~♪………」」」
―――3人は歌い始めた。
リズムも伴奏もない、3人だけのアカペラの歌。
透き通るような声音は空気を泳ぐように伝わっていく。ユニゾンで始まったそれは、途中から枝分かれして美しいハーモニーを奏でる。合流したかと思えば再び分岐し、最初は天和が本流だったのが、地和の旋律が、そして人和の歌声が交互に本流に合流し、その流れを入れ替える。
「………?」
その声が耳に届いたのか、眠っていた恋とセキトがむくりと起き上がった。
「起きたか、恋?今天和たちが歌ってるから、静かにな」
「…ん……きれい」
「あぁ………」
彼女たちの歌声は続いていく。その流れは空気を伝播し、すぐに店の客や従業員も話や動かす手を止めてこちらを向いている。
気がつけば、テラスの柵の外にも老若男女問わずに人々が集まり、群集は、観客へとその姿を変えた。
「~~♪………」
「「「「「「「「「「―――――――――――――――――――――っ!!!」」」」」」」」」」
歌が終わると、一瞬の静寂は、すぐに喝采へと姿を変える。
「「「みんな、ありがとーーー!!」」」
天和たちは店の内外問わず、観客へと手を振っている。
天和は言っていた。「最近は観客のノリが悪い」と。ところがどうだ?この空気はそう簡単に作れるものではない。
一刀は天和たちの目指す目標の高さに、軽く驚きを覚えた。
「ねぇねぇ一刀!ちぃ達の歌はどうだった?」
「あぁ、すごくよかったよ。ありがとう。………ところでさ」
「なになに~?」
一刀は先ほどから、こちらに何かをジェスチャーで伝えようとしている店長に向かって頷くと、言葉を続ける。
「店の人ももっといいって言ってるし、もう1、2曲歌ってみたらどうだ?」
「えっ!ホント!?」
そう言って天和が振り返ると、店主は笑顔で頷いた。
「でさ、ちょうど盛り上がってるところだから、さっき教えたコールを実践してみたらどうかな?」
「コール…ですか?」
「え~と、『みんな大好き?』ってやつ?」
「いいね、それ!ほら、姉さん、人和!さっそく実践あるのみよ!!」
「あ、でさ。一つだけ、歌が終わったあとに付け加えて欲しいんだけど―――」
「みんな~私たちの歌を聴いてくれてありがと~~」
「それでね、今日は皆にもちぃ達と一緒に盛り上げて欲しくて、お願いがあるの!」
「今から説明するね。まず―――」
そう言って人和が説明を始める。意外なことに、男性の客だけでなく女性もノリノリであった。…みんな娯楽に飢えているんだな。
「みんなわかったかな~!?」
「「「「「おぉぉぉおぉぉおおおおおっ!!」」」」」
「じゃぁいっくよー!?………みんな大好きーーー?」
「「「「「てんほーちゃーーん!!!」」」」」
「みんなの妹―?」
「「「「「ちーほーちゃーーーん!!!」」」」」
「とっても可愛い?」
「「「「「れんほーちゃーーーーん!!!」」」」」
「ありがとーー!じゃぁ、次の曲、いっちゃうね!みんな盛り上がっていってねー!!」
「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉおおっ!!」」」」」
こうして、天和たちの即席ゲリラライブは盛況のうちに終わった。
「じゃぁ最後に!今日は、ちぃ達このお店で飲茶してたんだけど、どのお菓子もお茶も、とーーっても美味しかったから!みんなも是非食べていってね!!」
「そうだよ~~?お姉ちゃんたちのお気に入りにするんだから~~」
「みんなも、もしかしたらまた私たちに会えるかもねー?」
「「「「「うおおおぉぉおぉおおおっ!!」」」」」
「(ぐっ!)」 「(ぐっ!)」
一刀と店長は親指を立てて、天和たちの功績を称えあった。
「お疲れさま。すごいよかった。正直、感動したよ」
「ありがとー一刀!」
「一刀さんのおかげですね」
「まぁ、ちぃ達にかかればこれくらい軽いわよ!」
そういう地和も、天和も人和も、輝くばかりの笑顔で卓へと戻ってきた。
「それにしても、ノリが悪いなんて、全然そんなことないじゃないか。コールなんかしなくても人が集まって来てたしな」
「そういえば、そうよね…。昨日は今日ほどの盛り上がりは見せてなかったのよね」
「んー…お姉ちゃん思うんだけど、二人とも、さっきは一刀たちのために歌おうとしてなかった?やっぱり、歌唱力や盛り上げも大事だけど、心が大事だと、お姉ちゃんは思うんだよね~」
天和がそう言うと、二人も思うところがあるのか、押し黙った。確かに、音楽はやはり、心が大事だ。どれだけ上手に演奏できていても、演奏者の心が聴く人に向いていなければ、それは拙いものへと変わってしまうだろう。
「そうだな。聴かせる人に楽しんで欲しい、喜んで欲しい、っていう心を忘れちゃいけないな」
一刀はそう言うと、隣にいた地和の頭を撫でた。
「ふ、ふんっ!そんな事ちぃだってわかってるわよ!!」
「あー、地和ちゃんいいなぁ~!一刀、お姉ちゃんもー!」
「………恋も」
「姉さんたち………」
5人(と一匹)は、和やかに話しながら、残ったお茶を空にするのであった。
翌日。
「それじゃぁ、3人とも、頑張ってね」
「ちぃ達は絶対に大陸一の歌手になるんだから!」
「そうだよ~?そのときは、一刀たちを招待しちゃうんだから」
「そうですね。でも………本当にいいのですか?食事代や宿代を出してもらっただけでなく、路銀まで頂いて……」
実は、昨日今日で、かなりの出費があった。話を聞けば、最近は収入がほとんどなかったため、昨日なんか野宿をするつもりだったらしい。
あんな事件に巻き込まれた後だ。流石にそれは可哀想だと、一刀が5人で入れるような大部屋をとり、3人を誘ったのである。
「そんなに気にしなくてもいいよ。実は、昨日の店で、天和たちのおかげで客が倍増した、って店長が俺たちの代金をもってくれたんだ。だから、浮いた分で宿を借りた、って思ってくれたらいいからさ」
「でも………」
一刀は笑顔で答えるが、それでも人和は申し訳なさそうにする。その姿を見た一刀は、軽く笑うと、人和の頭を優しく撫でた。
「ひゃっ!?」
「だったらこうしようか。もし、人和たちが大陸一の歌手になることができたら、俺たちを最前席に招待してくれないか?大陸を制覇するんだろ?もしそうなったら、最前席は相当の価値がつくぞ。…それでいいんだよ」
「そうだよ、人和ちゃん?」
「そうよ!ちぃ達がものすっごい人気者になったら、一刀たちにお返しすればいいのよ!」
「…そっか。………わかりました、一刀さん。それでは、このお金は一時お借りします。十倍くらいにして返しますので、楽しみにしていてくださいね?」
「あはは!言うなぁ、人和!」
自分で言ってみて恥ずかしくなったのだろう。人和は顔を赤くして俯いてしまった。
一刀はもう一度人和の頭を撫で、それから天和と地和にも同様にすると、別れを告げる。
「じゃぁ、3人とも、気をつけて。いつか必ず会おう!楽しみにしてるよ」
「………また」
見送る3人の笑顔を目に焼き付け、一刀たちは馬を歩かせた。
街を離れてしばらく経った時―――。
「………」
「ん、どうした、恋?」
じっと一刀を見つめる恋への質問に、彼女は答えず、右腕を一刀の口元へと伸ばした。その手は、何かを握っている形を作っている。
「…………………………………………………………………………………………一刀大好き?」
「………………………………………………………………………………ほ、奉先、ちゃん」
「………ん」
恋はそれ以上何も言わず、軽く微笑むと、二号の背に寝そべっているセキトとじゃれ始めた。
「(何が…したかったんだ……………?)」
一刀は、先ほどの恋の微笑みを思い出しては顔を赤くするということを、何度も繰り返すのであった。
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