#12
送別会の翌日、朝。
俺と恋は、城門の前に来ていた。霞や華雄をはじめとする武官、唯さんをはじめとする文官たち、そして街のみんなが見送りにきてくれていたが、月と詠はまだ来ていなかった。
「はい、呂布ちゃん。ウチの肉まんいっぱい詰めといたから、道中で食べてね」
「…楽しみ」
「ほらよ、奉先の嬢ちゃん。ウチのシューマイも持ってけ!」
「…ありがと」
先ほどから恋はこんな調子で、街の屋台や食事処の店主から、様々な食べ物を貰っている。一人ひとりにきちんと返事をするあたり、恋らしい。恋もすっかり人気者だな。
俺?俺はといえば、街の女性たちに詰め寄られ、そして言い寄られ、それを霞や唯さんにからかわれていた。
と、人垣が割れていく。何が起きたかとその方向を見ると、月と詠がそれぞれ2頭の馬を連れて、歩いてくるところだった。
「お待たせしました」
「あぁ、月、詠。部屋で二度寝してるのかと思ったよ」
「そんなわけないでしょ!」
「あはは、冗談だよ。…それで、その馬は?」
「はい、私たちからの一刀さんへの贈り物です。つい先日見つかった馬たちなんですが、涼州でもここまで素晴らしい馬は珍しいですよ?」
そう言われて、俺は2頭の馬を見上げた。確かに、これまで練習で乗っていた馬よりも一回り大きく、そして毛並みの艶も美しい。
「うっわぁ!めっちゃええ馬やん!ウチも欲しいわぁ」
「何言ってんのよ、霞。アンタには相棒が既にいるでしょ?」
「せやけどさぁ…こんな馬見たら乗ってみたくなるのはしゃぁないやろ?」
「我慢しなさい。次見つけたら、アンタにも紹介してあげるから」
霞も一目で絶賛するほどだ。俺が思っている以上にすごい馬なのかもしれない。
「それで、月…本当にいいのか?」
「はい、どうぞ旅のお供に連れていってあげてください。名前はまだないので、よろしければ、一刀さんたちがつけてあげてください」
「そうか…ありがとう………」
俺は再び馬に視線を向ける。月が手綱を引いている方は漆黒の毛並みを揃え、陽の光を反射してうっすらと虹色に輝いて見える。一方詠が引いている馬は、その毛並みは紅く燃え、戦場を駆ける様は、まるで焔のようだと想像できる。
紅く?………決まりだな。
「よし、今日から、お前は黒兎馬、そしてお前は赤兎馬だ。これからよろしくな」
俺が名前を告げ、鼻面を撫でてやると、ぶるるっと一声息を吐いた。
「ふふ、馬たちも気に入ったようですね。どうぞ大切にしてあげてください」
「ほぅ…いい名前だな。さながら戦場を駆ける姿はまるで黒と紅の炎のように見えるだろうな」
「ええなぁ一刀…次に会う時は絶対ウチにも乗せてぇな?」
「はは、わかったよ、霞」
俺が馬の手綱を受け取ると、住民たちと別れを告げた恋がそばに寄ってきた。
「………一刀?」
「あぁ、恋。もう挨拶はいいのか?こいつらはな、これからの旅の仲間だ。こっちの黒いのが黒兎馬で、こっちの紅いのが赤兎馬だ」
「………セキト?」
恋はそう言って、俺の脚にじゃれ付くセキトを見る。
「違う違う。こいつも赤兎って言うんだ。俺が名づけさせてもらったんだけど、どうしてもこの名前がよくてね」
俺がそう言うと、恋は赤毛の馬の目をじっと見つめる。
10秒ほど見つめ合ったのち、ぼそりと呟いた。
「ん…セキト二号」
恋は一度馬の首をさすると、赤兎馬もとい、セキト二号へと飛び乗った。セキト二号は嫌がる素振りもまったく見せず、落ち着いている。
「さすが恋ね…この馬にも分かるんでしょうね」
「ん?何がだ?」
「あのね、この馬もともと凄く気性が荒くて、月以外に懐かなかったのよ。厩の兵も一度噛まれたしね」
「えっ!?そんな馬を寄越そうとしたのか!?……まぁ懐いてくれたからよかったものの。そう言えば、さっきは詠も手綱引いてたよな?」
「あれは月がいたからね。月がお願いして、ボクに引かせてくれたのよ。能力もそうだけど、そうとう賢いわよ?この子たち」
「そうか………改めて礼を言うよ、月。大切にする。そして約束の時が来たら、こいつ達に乗って必ず行くからな」
「はい。お待ちしています」
俺は月に礼を述べると、セキトを二号に跨る恋に渡し、俺自身も黒兎に飛び乗った。
内心ヒヤヒヤしたが、こいつも大人しく乗られてくれた。
「じゃぁ、そろそろ行くな。恋、準備はいいか?」
「…ん」
恋はセキト二号の項を撫でながら頷く。
「では一刀さん、恋さん。また会える日を願って」
「そうよ。あんなこと言ったんだから、必ず来なさいよ!」
「北郷、世話になったな。お前のお陰で、私も更なる高みに至ることができるやもしれん」
「気ぃつけてな、一刀、恋」
「道中お気をつけて。一刀様、恋様」
みんなが声をかけてくれる。恋は、それを嬉しそうに聞いていた。
「ん…みんな………また」
「あぁ………」
「…?どうしたんですか、一刀さん?」
「………そうだな。最後に街のみんなと月たちにプレゼント…贈り物でもしようかなって」
「何々、一刀?なんかくれるん!?」
「いや、悪いけど物じゃないよ。………月、詠。あとでみんなにちゃんと説明してやってくれな?」
「はい?」 「へっ?」
俺は黒兎の背に乗って見送りに来てくれた街の住民たちを見渡した。
そうだよな…ここから始まるんだ。景気づけくらいしてもいいだろう。
俺は一つ深呼吸をすると、息を大きく吸って叫んだ。
「みんな、聞いてくれ!俺と恋はここを出て行くが、不安に思うことはない!みんなには月をはじめとする、優秀な人間たちがそばについている!!
…これから先、辛いことや、苦しいことがあるだろう!だがみんなは知ったはずだ!官も民も関係ない!みんなが手を取り合えば、どんな困難だって乗り越えることができるんだと!!」
先ほどまで騒がしかった皆が俺の言葉を聞いてくれる。俺はいっそう声を張り上げた。
「ただし、それでも、ちょっとやそっとでは乗り越えられない壁が立ちはだかることもあるかも知れない!こんな時代だ!何が起きるか分からない!
だがしかし!俺は、みんなならいつかはきっと乗り越えてることが出来ると信じている!!なぜなら―――」
俺は纏っていた布を大きく振り払った。
「―――皆には『天の御遣い』がついているからだ」
数瞬の静寂。
人々は皆俺を見ていた。その目に俺の姿を焼き付けて欲しい。これから天の御遣いとして、俺は世に出る。…この腐った世を変えてやるんだ。………二度と、あんな悲しみを抱かないために。
そして。
「「「「「「「「「「――――――――――――っっ!!!」」」」」」」」」」
言葉にならない鬨の声が、天水の街に響き渡った。
「よし、恋、行くか!」
「ん」
俺たちは振り返らなかった。後ろでからは「どういうことですか!董卓様!?」「隊長!本郷さんは『天の御遣い』なんですか!?」といった声と、月たちの慌てふためく声が聞こえてくる。
俺は黒兎の胴を挟む脚に力をこめると、一気に走り出した。恋もそれに合わせてついてくる。
これでもう、今度こそ後戻りはできない。…覚悟は決めた。俺は………
………『天の御遣い』だ。
語りside
「なっははははは!やるなぁ一刀のやつ!こらもう伝説に残るやろ!」
「おい張遼!笑ってないで民たちを抑えるのを手伝え!」
「ふふふ…最後まで格好いい方でしたね。それにしても、本当にお優しい方です」
唯の言葉に、霞が首を傾げる。
「街の改革の立役者とも言える方がいなくなるのです。今は送り出す雰囲気が勝ってますが、これからは、気がつけば、みなが一刀様のことを思っていたでしょう」
「まぁ…そやろな」
「それを、自らの正体を明かし、人々を鼓舞することで、『別れの日』ではなく『始まりの日』にしてくれたんです。
………これから、事あるごとに、皆が一刀様のことを思い出す、それは変らないでしょう。しかし、その中身は大きく違ってきます。
我々には『天の御遣い』がついている。彼が変えたこの街をもっとよくしてやる。いつ帰ってきてもいいように、この場所を守り続ける。
………そんな思いをこれから、皆がするのでは、と私は思うのです」
「なんや難しいけど、まぁ一刀のためにも、この街をもっとよくしていこうや、って話やな。
な、月?」
「へぅぅ…よくわからないですけど、助けてくださいぃぃぃ………」
月たちは民たちに説明を求められ、もみくちゃにされていた。
霞や唯は笑い、華雄はいくら注意しても聞かない民たちに戦斧を振り回そうとしているところを隊員に抑えられ、月と詠は、まだ止まぬ質問責めにあって、目を回している。
しかし、そこには確かに、一刀や月たちが求めた笑顔が溢れていた。
天水の街が背後の地平線に消えた頃、一刀と恋は馬の速度を緩めた。
「やっぱり速いなぁ!風が気持ちよかった」
「ん…セキト二号も、黒兎も、すごい…」
「なぁ、恋。…さっきのはちょっとカッコつけ過ぎたかなぁ?」
そう一刀は苦笑する。
「大丈夫。…一刀はいつもかっこいい………」
「………あはは、ありがとな」
一刀はそう言って馬を寄せて腕を伸ばし、恋の頭を撫でた。
撫でられている恋も、気持ちよさそうにしている。
「さて、恋。次はどこに行ってみようか?」
「………わかんない」
「そっか…じゃぁどんな所に行ってみたい?」
「…暖かいとこ………月たちのとこ、夜はちょっと寒い」
「そう言えばそうだったよなぁ。昼間はいいけど夜がなぁ………」
確かに、涼州はかなり内陸に位置するし、気温差も激しかった。朝は恋が布団に潜り込んできていたから目覚めはよかったが、夜はそれなりの寒さがあったことを一刀は思い出す。
「だったら、次は南蛮に行ってみるか?」
「…わかんないけど………一刀が行くなら、恋も一緒」
「よし、じゃぁ次は南蛮に向かうぞ!」
「…おー」
南蛮はかつて(この時代では今後だが)、劉備が領地拡大のために治めた土地である。いずれ重要な土地になるからと、一刀は南蛮に思い至った。
馬を進める一刀と恋。
さて、これから先、どのような出会いが待っているのだろうか。
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