#8
「いやぁ、それにしても恋はすごいなぁ~。さすが北郷が『最強を示せ!』て言うただけあるわ」
「そうだな。見事な仕合だった。北郷の実力を確かめたあと、今度は私と仕合おうではないか!」
そう言って戻ってくる恋と張遼と入れ違いに華雄は練兵場の中心へと移動し、準備運動代わりに素振りを始めた。斧が振るわれる速度、そして離れているこちらまで聞こえてくる音からは、華雄が史実通り、相当の使い手であることがわかる。
「おう、今度は北郷の番やな!しかし華雄も強いでぇ?あれだけ重い斧やのに速度は相当のものや。そんなほっそい剣だとすぐ折れてまうかもしれへんで?」
「あはは。無理しない程度に頑張るよ…」
余程恋との仕合が楽しかったのだろうか。興奮冷めやらぬ張遼に対し、俺は苦笑した。確かに先ほども思ったが、力も速度も兼ね備えている。対する俺は野太刀と小太刀の二本が武器だ。………折られるわけにはいかないし、ここはやはり日本刀での戦いでいきますかね。
俺がどう華雄を攻略するか考えていると、いつのまにか恋が傍にきていた。
「ん?どうした、恋?」
「恋勝った。…ご褒美」
「へ?…ご褒美って言っても、俺にあげられるものなんてないぞ?」
「頭…なでなで」
「あ、あぁ…それでいいんだ………」
珍しく食べ物以外をねだる恋を微笑ましく思いながら、俺は恋の頭を撫でてやる。恋は、頭を差出し、日なたで眠る猫のように気持ちよさそうな顔をしてくれる。これだから恋の頭を撫でるのはやめられないんだよな。
「おい、北郷!さっさとやるぞ!!私はさっさと終わらせて呂布と戦いたいんだ!」
おっと、待たせすぎたらしい。俺は軽く伸びをして身体をほぐすと、華雄の元へと向かう………前に、恋に問いかけた。
「なぁ、恋。恋は、俺が勝ったら嬉しいか?」
「…一刀が怪我しなければ、恋は嬉しい。でも………」
「でも…?」
恋は俺の眼を見つめて答える。
「………一刀が勝ったら、恋はもっと嬉しい」
「…………………………」
俺はその言葉に返事はせず、一度だけ恋の頭を撫でてやると、今度こそ華雄の元へと向かった。
「やっと来たか」
「お待たせ。仕合を始める前に、一ついいかな?」
「なんだ?言ってみろ」
「華雄は俺に勝つことが当然だと思ってるようだけど………残念ながらそうはいかないから」
そう言う俺の頬は、無意識の内に緩んでいたようだ。
俺の言葉を聞き、華雄は呆気にとられていたが、すぐに意味を理解し――――笑った。
「くっ…くくく………あっはははははは!!おもしろい、北郷!そこまで言うからには、この私を負かせてみせろ!張遼だけでなくこの華雄まで負けてしまったら、董卓様に顔向けできないからな!」
「あぁ、やってやるよ」
俺は一言返すと、左腰の野太刀を抜く。
「どうした?そのもう一本の獲物は抜かないのか?私を負かすと豪語する癖に手の内を隠すとは、舐めてるとしか思えないのだが?」
「そうだなぁ…華雄は戦の時、どんな戦法をとる?」
「もちろん突撃あるのみだ!」
この辺りは史実の華雄に近いな。だから猪武者と言われるのだろう。俺は若干の呆れを隠しながら、返す。
「それだけ?賈駆の戦略は突撃だけなの?」
場外から「そんな訳ないじゃない!そこの猪と一緒にしないでよ!!」と賈駆の怒号と、「まぁまぁ」と彼女を宥める董卓の声が聞こえてくる。
「な?軍でも一対一でも戦い方はいろいろある。何が言いたいかというと―――」
俺は刀を右手に持ち、身体の左後方へ下げて答えた。それを見て華雄は、ようやく開始かと言わんばかりの闘気を放ちながら、俺と鏡の映しのように戦斧を身体の右後方へと構えた。
「―――使わないことも、一つの闘い方だ、ってことだ」
俺が言い放つと同時に華雄が飛び込んできた。
華雄は一刀を間合いに入れると、初撃から思い切り振りぬく。右から左へと振るわれる斧に合わせて、一刀もまた左から右に野太刀を抜き、戦斧の動きに合わせ、添えるようにその軌道を上方へと変える。
斧を持ったまま左腕を肩まで払われた華雄との間合いを一刀は更に詰め、右から左へと刀を払う。
「ふっ!」
しかし、華雄はそれを読んでいたかのように左の手首を返すと、左に飛びながらその斧を真下に振り下ろす。
「くっ」
このまま振ってしまっては刀を折られると一刀は振るわれる刀よりも早く右前方へと跳び、斧の刃の内側へと滑るように入り込むと、刀の柄を華雄の腹へと叩き込んだ。
「がぁっ!」
さらに追撃をかけようとする一刀に対し、華雄は全力で後方に飛ぶと、お互いの間合いを外した。そして右腕を伸ばし掌を一刀に向けると、「待った」をかける。
「………どうした?」
「いや、まず謝っておこうと思ってな………私や張遼と打ち合えるのは呂布だけだと言ったが、お前も十分に私たちと同じ高みにいる」
「そうかい。ありがとよ」
「だから………ここからは私も舐めた考えを捨てて、全力でお前を打ち倒したいと思う」
「………………………………………」
華雄はひとつ深呼吸をすると、高らかに叫ぶ。
「我が名は華雄!董卓が一の矛!貴殿、北郷一刀を一流の武人と認め、我が全力を持って倒してくれようっ!!」
「なんや、華雄の奴。『董卓が一の矛』とか抜かしおって…。戦績ならどっこいどっこいやないかぃ………」
と霞は頬を膨らませて面白くない顔をする。
「ふふっ…華雄さんも霞さんも、あたしの大事な家族ですよ。どちらが優れているとかないんです。強いていうなら、二人とも…そして詠ちゃんも私にとっては一番なんですから」
「ゆ、月ぇ」
「あぁん、もう!月っちは可愛いなぁ!な、恋もそう思わん!?」
「ん…董卓は、可愛い」
「へぅ…そんな話じゃなかったはずですよぅ………」
と、和やかな雰囲気と思いきや、霞は表情を真面目なそれに変えると、恋へと問いかける。
「なぁ…恋はどっちが勝つと思う?ウチはなんやかんやで、結局は華雄が勝つと思うんやけど………」
「………一刀」
「…ほう?で、その理由は?」
「恋が『勝って欲しい』って言ったら、頭撫でてくれた…」
「…へ?それだけ?」
「…ん。あと、一刀はもしかしたら………恋より強いかもしれない」
「はぁ!?それ本気で言うとんの?いや、確かにさっきの見てても、北郷もなかなかの腕やと思うけど、それでもさっきの恋ほどやないと思うで?」
「…………………………………………………」
しかし恋は霞のその言葉に返事をせず、それきり戦っている二人の方を向いて黙りこんだ。
華雄を包む雰囲気がガラリと変わった。つい先ほどまでの闘気も凄かったが、今はそれ以上である。董卓に格好悪いところを見せられないと思ったのか。あるいは武人としての誇りがそれをさせるのかは分からない。
しかし、今の華雄は宿敵を討つ者の眼をしている。
「(ちょっと挑発しすぎたかな…)」
しかし一刀はその闘気にあてられることもなく、苦笑する。
「悪いが華雄…俺も格好悪いところを見せるわけにはいかないんでね。ここからは仕合ではなく、死合のつもりでいかせてもらうよ」
「面白い…ならばかかって来い!!」
俺は先ほどとは左右対称に、華雄と同じ構えで刀を持つ。ただもう一つ、今度は両手でその柄を握っていた。
華雄の言葉通り、今度は一刀から攻める。右下から刀を切り上げる一刀に対し、華雄も同様に戦斧を振る。
ガギッ!
ひとつ、金属音が放たれたかと思うと、すぐに重ねられる音によってそれは掻き消された。
ガガ、キンッ!ガガガギギィィン!!
一刀もまた、先ほどの恋のようにただただ刀を振るい、華雄を攻めたてる。ただ、恋と違うのは、一刀はすべて計算された剣撃を放っているということであった。
右から斬り上げ華雄の斧を払いのけると、左手を柄から離し、左手を更に振るって勢いそのままに身体を回転させて、華雄が体勢を整える前に左回し蹴りを放つ。
「ハッ!」 「ぐぅっ!?」
顎を正確に狙うその脚を左腕で防ぎながら、華雄は右手だけで右から左へ斧を振り下ろす。
いつの間に持ち手を換えたのか、左手にもった刀で一刀はその軌道を逸らし、腰の筋肉を急激に縮め、その反動を利用して逆に斬り払う。華雄は柄でなんとかその太刀筋をずらすも、体勢は崩されてしまう。
一刀はその隙に刀を肩の高さに水平に構え切っ先を華雄に向けると、上半身のバネを利用し水平突きを放った。
「(マズイ!)」
華雄の戦斧の持つ長い柄に狙いを定めたそれは、一点に力を凝縮させ、たやすく華雄の武器を折ってしまうだろう。
そのことを一瞬で悟った華雄は、自身の身体に土がつくのも気にせず地面に転がることで、なんとかそれを避けるのだった。
「はぁ、はぁ…はぁ………」
「………………」
急激な回避運動に息を切らす華雄に対し、一刀の呼吸はまったく落ち着いている。
「(これは、マズイな………このままでは防戦一方だな)」
華雄は熱くなりながらも冷静に状況を分析し、勝つための手段を模索する。
一方、一刀の心は純粋に驚愕と賞賛に染められていた。
「(まさか今ので決められないとはな。一つ間違えたら肉を突き破ってるぞ。命を守るために武器を捨てるかと思ったが………まさに武人とか言いようがない。勝つためならなんでもするその心意気は素直に感嘆ものだけどな)」
だがしかし、一刀は内心焦りも感じている自分に気づいた。
「(だがこのままだと勝負は着きそうにないかな。なんだかんだで全部躱されてるし、これ以上は怪我をさせずに終わらせる自信がない………仕方がない。ここは搦め手でいくか)」
一刀は左手を腰の小太刀に伸ばしかけた。と、その様子に気づいた華雄は問う。
「どうした?そろそろ隠し玉を使うか?」
「…それもありかな、って思ったけど、やっぱりやめとくよ。ちょっと疲れるんでね。それより、このままだと終わりそうにないし、次で決めたいんだけど、どうかな?」
「…そうだな。ならばお前を倒し、私の勝利で終わらせるとしよう」
「………(言うと思ったよ…けどな………)」
そして二人は再びそれぞれの武器を構えると、一息に間合いを詰めた。
一足で間合いを詰めた一刀と華雄はお互いの右から左へと獲物を振るう。そして刃どうしが触れ合った。
ガッ!!
その瞬間、一刀はほんの少しだけ、刀を握る手の力を、緩めた。
まともに打ち合ったらそれこそ一振りで一刀の刀は折れていたであろう。これまで欠けることなく刀が振るわれていたのは、一刀がほんの僅かに華雄の戦斧の軌道をずらしていたからだ。
だが今回、一刀はそれを「しなかった」
そうして振られた刀は華雄の斧に力負けをし、一刀の手を離れる。
「獲った!!」
武器がなければ何もできない。仮に最初のように拳や蹴りが入っても、動けなくなるほどではない。
華雄は、正直に、なんとか喰らいついてはいるものの、自身の速度が一刀のそれより劣ることを認めていた。だからこそ、この一撃は避けられ、そしてもう一本の短い剣を抜くよりも速い徒手空拳で、何かしらの攻撃を加えてくることは分かっていたのだ。
そして華雄はまた、一刀の筋力が自身より劣ることも理解していた。身体つきからも、先ほど腹に受けた一撃からもその事実はわかる。一刀の一撃をあえて受け、それでいて勝負を決めようというのだ。
華雄の予想通り、一刀はさらに斧をかいくぐって間合いの内側に飛び込み、彼女は勝利を確信した。そして―――
――――――刹那の後、華雄が斧を振り切った瞬間、一刀は………消えた。
「なっ!?」
「動くな」
華雄の首筋に、切っ先が触れるのが感じられる。そこに籠められた殺気と、何が起きたのか理解できない恐怖で、華雄の体中から汗が吹き出る。
「俺の…勝ちだな」
観客は誰も口を開かない。いや、開けない。武人ではない董卓や賈駆には結果である今の二人の体勢しか見えていないが、生粋の武人である恋や霞には、何が起きたのかを理解できていた。
そして理解していたからこそ、言葉を発することができなかった。
数秒の沈黙の後、二人の武人が、ようやく口を開いた。
「………あんなん反則やろ」
「びっくり…」
仕合を見ていた4人の目には、斧を振り切った状態の華雄と―――
―――斧の分厚い刃の上に片膝をつき、小太刀を首筋に突きつける一刀の姿が映っていた。
Tweet |
|
|
159
|
19
|
追加するフォルダを選択
#8