<注意!!>
この作品はいわゆる“女性向け作品”です。
なので、そういった類のものが苦手な方は速やかに閲覧を止めてください。
この作品を読んで不快になられたとしても作者は責任は取れません。
また、この<注意!!>のも、今回で最後の忠告とさせて頂きます。
なので、読んでもだいじょーぶ!!な人のみ閲覧をお勧めします。
それでは本文をどうぞ!!
Color3
孝宏が働くBar〈YAGISAWA〉は都心にあるにもかかわらず実に落ち着いた雰囲気の漂うバーであった。
孝宏に案内され、陽介は店内に入る。
「……この人がこの店のオーナー、八木澤さんだよ。」
「孝宏から話は聞いてるよ。今日はよろしくね。」
「……よろしくお願いします。」
陽介の目の前にいる八木澤という男はにこやかに笑顔を見せた。
陽介も慌てて頭を下げた。
「……しかし、写真でも男前だけど、実物はもっと男前だな……。」
「そんな……。」
「……どう?うちで永久就職しない?」
「?」
八木澤の畳み掛けるような言葉に圧倒され、陽介は何も言えなくなる。
「……ちょっと、オーナー。陽介君が困ってますよ。…てか永久就職の意味間違ってません?」
「……すまんな。寺内君。」
「…いえ……。」
深々と頭を下げる八木澤に困惑しつつ、陽介は仕事の事を口にする。
「…あの、僕って何をすればいいんですか?…あまり詳しくは聞いてないんですけど…。」
「……孝宏から聞いてないのか?」
「いえ……今日休んでしまった人の代わりにピアノ演奏をして欲しいと言われて…。」
「……??」
八木澤は陽介の質問の意味が理解できず、首をひねる。
「…なんだ、聞いてるじゃん。」
「……いえ、そういう意味ではなくて…その…。」
「……?」
「……どういった曲を弾いたらいいんですか…ね?」
「……まぁ、落ち込むなよ。」
「ですけど……。」
あのあと、陽介は八木澤に大爆笑をされた。
陽介はこういった場所で飲んだこともないし、演奏して事もないので、とりあえず雰囲気がつかめなかった。
「……ま、オーナーは陽介君の好きなように演奏していいって。」
「……それが一番困るんです…。」
「??」
「…僕は、コンクールとかじゃないと上手く弾けないんです。」
「…どういうこと?」
「……注文されたことは忠実に…むしろそれ以上に表現はできるんです。」
「………。」
「でも……僕は注文されない限り、上手に弾けないんです。」
陽介は幼い頃から『音』に触れ、『音楽』をしてきた。
だがそれは大人が寄って集って積み上げられたものでしかなくて、陽介自身のものではなかった。
音楽の才能はあるかもしれないが、それでしかない。
「僕は……天才なんかじゃない……だれか操作してくれる人がいないと駄目なロボットなんです…。」
「………。」
陽介自身がそれを一番理解していて、そしてそれを受け止めて生きてきた。
今までも、これからも。
「……すみませんっ……こんなこと…。」
陽介はっと我に変えると自分の言ってしまったことを後悔した。
「…すみません…がっかりしましたよね。」
恐る恐る陽介は孝宏を見上げた。
「………。」
孝宏は何も言えずに立ち尽くしていた。
この事実を知った人の全ての人の反応。
予想通りの反応に陽介は一息ついて、無理矢理話題を変えた。
「…で、制服とかあるんですか…っっ。」
「………。」
何かの力で後ろに引っ張られたかと思うと、陽介は孝宏に後ろから抱きしめられていた。
甘い香水の香りが鼻をくすぐる。
「……ちょっと…小鳥遊さん…。」
「そんなことない…。」
「え……。」
耳元で紡がれる言葉一つ一つに熱がこもっているのが陽介は肌で感じた。
「陽介君は…誰かに操作されないと駄目なロボットなんかじゃない…。」
「………。」
「陽介君じゃないとできない音楽は、あるよ。」
噛みしめるように孝宏は言葉をつなげてゆく。
陽介もあっけにとられるように言葉を失い、自分の前で組まれた手を振り払うことすら忘れた。
「……それに、俺は君の演奏に感動した。」
「!!!」
「……音楽に興味なさそうに思われてるかもしれないけど…、俺は君の演奏を初めて聞いた時、今までで一番感動したんだよ。」
「………。」
「あの感動は一生忘れないよ。」
なにか大切なものを愛でるように、慈しむように孝宏は陽介に言い聞かせた。
「……陽介君がそう思ってるなら、今ここで探してみなよ。……できるって俺、信じてるからさ。」
「………。」
「………っあ!!ごめん!いきなり抱きついたりして!!。」
「……っぷはははっっ!!」
いきなり真剣になるかと思ったら人格が変わったようににいつもの調子に戻る孝宏を見て、陽介は思わず吹き出してしまった。
「な、なに!?」
「……いや、出会ったときから思ってたんだけどさ、小鳥遊さんってすごい表情がくるくる変わる人だなぁって……。」
「……悪いかよ?…俺だって、陽介君がこんなにうじうじ虫だったなんて想像つかなかったよ!!。」
「………。」
「……まぁ、でもここでようやく初めて俺と出会って笑ってくれたね。」
「!!。」
陽介は反射的に自分の口元に手をあてる。
「……最近、あんまり心の底から笑ったことなかったでしょ?…筋肉が緊張してるよ?」
孝宏の言った通り、陽介の笑顔は実に引きつったおかしな笑顔となっていた。
「……ずいぶんと時間がかかったじゃない!!。」
案の定店内では八木澤が目を吊り上げて二人を叱った。
「……すみません…彼に合うサイズの服が見つからなくて……。」
「用意しといたんじゃないのか?」
「思っていたよりも、細かったので…。」
「………。」
更衣室でのやり取りでの遅刻でもあるのだが、制服選びにも時間がかかったのは事実だ。
孝宏は陽介と会う前に制服を選んでおいてくれたそうなのだが、思った以上に陽介が細くなかなかピッタリな服が見つからなかった。
「…まあ、いいや。……じゃああそこにピアノがあるから…。」
「はい。」
「……10時だよね?」
「ええ……そのあとは…。」
こういった店はもっと夜遅くまで営業するものだと思っている陽介は自分の後の演奏者のことが心配で仕方がなかった。
いくらBGMといっても無いと無いとでなかなか物寂しい。
「あぁ…それは大丈夫。別の人が来るからさ。」
「………。」
「ま、そういうことだからアルバイトよろしく!!」
そう八木澤は言い残すと、仕事場所に戻って行ってしまった。
「………。」
「じゃ、俺も仕事場戻るから…。」
「はい……。」
そのあと孝宏も自分の持ち場へと戻って行ってしまった。
陽介もピアノが置いてある場所まで移動し、ピアノ椅子に腰かける。
「………。」
一息ついて先程の孝宏の言葉を思い浮かべる。
「(……信じてる…ね…。)」
そして、純白の鍵盤の上で指を滑らせる。
「……今日のBGM、なんだかいいわね。」
「……そうですか。ありがとうございます。」
大胆に胸元を開けたドレスに身を包んだ女を目の前にして孝宏はいつものように言葉を返した。
「(……なんだ…できんじゃん。陽介君。)」
心の中で噛みしめるように孝宏は笑みを浮かべた。
陽介の音楽は駆け抜ける風のように店内を満たしてゆく。有名な曲もそうでない曲も人の心にすんなり入り込む。
上手いとか下手だなんて、聞かなくてもわかる。
「……あ、そうそうピアノって言ったら……。」
「はい?」
女は何かを思い出したように話し始めた。
「寺内陽介君っているじゃない。あの子って、高校生なのにすごいわよね。」
「……そうですね。」
「私の音大にも来てくれないかな…生で演奏を聴きたいな……。」
話の主が今演奏をしているなんて夢にも思わない女はため息をつく。
「いずれ…聴けると思いますよ。」
決して本当のことは言わず、いつもの営業スマイルで返事を返すと孝宏は女に一杯のカクテルを渡した。
「仕事が入ってしまったので、一回席を外しますね。」
「えー…。」
孝宏が時計に目をやるともう10時を回っていた。
女は渋ったが、陽介のほうが孝宏の心の天秤が大きく傾いた。
「……すぐ戻りますよ。」
「……すぐ帰ってきてよね!!。」
そのことが嘘になるとも知らずに女は孝宏を見送った。
「…今日は、お疲れ様。バイト代稼ぎたかったらいつでもここにおいで。変な水商売よりも高い自給で雇ってあげるよ。」
「……はぁ…。」
冗談交じりの八木澤の言葉を最後に、陽介の仕事は終わった。
バイト代だと、渡された封筒の中にはお札が何枚か入っていた。
「……じゃあ、行きましょうか。」
「え…いいです。一人で帰ります。」
更衣室でのこともあるし、陽介は孝宏に待たせ人がいることを知っていた。
「なんで?さっき話したじゃん。」
「いや、だって小鳥遊さん……お客さんを待たせてるし……。」
演奏に集中しなくはならないとは思っていたが、ピアノ椅子越しに見える孝宏と一人の女性の姿がいけないのだ。
「それなら大丈夫!!俺が相手しとくからさ。」
八木澤が胸の前で親指を立てて頼もしく宣言する。
「でも……。」
「……こういう時は甘えていいんですよ。」
「!!!。」
なんとしてでも自力で帰ると言う陽介を前に孝宏は肩を組んで、自分の車まで連れて行く。
「ちょっと!!……。」
「オーナー、あとはよろしくお願いします。」
「おー、じゃあ寺内君ありがとうね。」
八木澤も二人に手を振ると店の中に消えていった。
「ちょっ……。」
陽介も車の助手席に放り込まれ、おまけにシートベルトもさせられ、抵抗もむなしく車は発進していった。
「……だって、夕方約束したでしょ?危ないって…。」
「ですけど……。」
「……今日の演奏、よかったよ。」
「!!!。」
もうこれ以上陽介に言い聞かせても無駄だと判断した孝宏は話題を陽介のピアノ演奏の変えた。
もちろんのこと陽介は黙り、窓の外の風景に目をやる。
「……できんじゃん。相変わらずいい演奏だったよ。」
「………。」
「……聴きぼれちゃった。」
「………。」
「……てかさ、陽介君って髪の毛上げるだけで別人だね。音大生の人も気づいて無かったよ。」
「………。」
何を話しても陽介は応答はできなかった。
「……陽介君……?」
「………。」
陽介は黙って瞳から大粒の涙を流していた。
「……そんなのこと…一番僕がわかってます。」
「………。」
今日の演奏の変化は孝宏ではなく陽介が一番気付き、驚いていた。
初めて『音楽』をしていると感じた瞬間であった。
楽しい、と感じることのできる瞬間であった。
「……ありがとうございます。」
「………。」
陽介はそう一言告げると、また黙って窓の外の風景に目を向けた。
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まだまだ続きます。