No.187701

虚界の叙事詩 Ep#.09「プロジェクト・ゼロ」-1

巨大国家の陰謀から発端し、世界を揺るがす大きな存在が登場。その存在を追い詰める組織が活躍します。

2010-12-03 13:46:57 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:336   閲覧ユーザー数:299

 

チャオ公国 帝国軍進駐地区

 

γ0057年11月21日

 

5:55 P.M.

 

 

 

「こりゃあ、ヤバイぜ」

 

 隆文は、光で作られた殻をまさぐりながら焦る。光の膜は反対側が見えるほど薄いものであ

り、しかも物質としての実在感が無い。ホログラフィーの殻に包み込まれたかのような感覚だ。

 

 だが、それは2人を完全に内側に閉じ込めていた。

 

 隆文はその殻に拳を繰り出した。まるで硬いものに当たったかのような音がし、彼は拳の痛

みにうめく。

 

 更には機関銃を持ち出し、その銃口を殻の方に向けて引き金を引くが、弾は弾かれるだけで

効果が無かった。

 

「これじゃあ、ヒビすら入れられない。どうあがいても、無理だ!」

 

 隆文は投げ出したくなった。しかし、自分達の目の前で、『ゼロ』は絵倫と沙恵の方へとその

向きを変えている。

 

 しかも絵倫は、性格からして、2人をこの場に残して自分達だけ逃げるような女ではないとい

う事が、重要だった。

 

 

 

 絵倫は、自分達の方へと近付いてくる男に、思わず身構えた。彼女は、地面に転がってい

る、『帝国兵』に没収されていた自分の鎖の鞭を掴み取った。

 

 目の前の青色のエネルギー体を纏った男、『ゼロ』は、今では少しばかり好戦的な微笑のま

ま、絵倫達へと近づいていた。ゆっくりと歩み寄って来る。

 

 その間、5メートルほどしかない。

 

「沙恵…、立ち上がれる? この男、わたし達を一体、どうする気なのかしら? まるで、何か

を欲しがっているかのような目で見てくるわよ」

 

 よろめきながらその場で立ち上がる沙恵に、絵倫は言った。

 

「一体、何が欲しいって言うの…?」

 

 沙恵も、自分の武器をすでに手に持っていた。刃が仕込まれた、円盤型のもの。

 

「さあ、さっぱり分からない。何でこの男が、こんなに強い『力』を持っているのかも、何もかも。

それだけじゃあない。わたしの感じている感覚からすると、この男は、さっきの国防長官より

も、遥かに強い『力』を持っているわ」

 

 絵倫がそう言った事で、沙恵が更に驚かなかったのは、彼女も同じように感じていたからだ

ろう。

 

 彼女達が感じている『力』は、脅威でしかなかった。何も考える事なく、それが恐怖であると直

感できる。

 

 しばし、絵倫と沙恵を伺っていた『ゼロ』。しかし彼は、何かを思ったのか、彼女達の方に向け

て、右手の平をかざした。

 

「何をしたいって言うのよ! いい? わたし達を甘く見ない方が身のためだわ!」

 

 絵倫は『ゼロ』に対して凄んだが、彼の方はまるで何も聞えていないという様子だった。

 

 やがて、彼のかざした右手の平に、彼の周囲を取り囲んでいるエネルギー体が凝縮してく

る。

 

 それは蠢きながら、集まり、『ゼロ』の手の平でだんだんと大きくなって行く。更には色も、青

色から緑に近い色へと姿を変えていく。

 

「絵倫…、バリアの膜を…」

 

 沙恵は、『ゼロ』が作り出していくその光に警戒し、そう言いかけたが、血相を変えた表情で

絵倫は叫んだ。

 

「だめよ、そんなんじゃあッ! 避けなさいッ! とにかく横へと飛ぶのよッ!」

 

 声と共に、絵倫は横へと飛んだ。

 

 それと同時にやって来たのは、『ゼロ』の方からの激しい衝撃波だった。

 

 『ゼロ』は、右手に集中した、緑色のエネルギー体の塊を、2人の方に向けて発射した。まる

でミサイルのごとくの衝撃と共に、それは直進し、絵倫と沙恵のすぐ脇を通り過ぎていく。

 

 2人は横に転がる事でそれを交わしたが、凄まじい衝撃に煽られた。直に触れなくとも体が

吹き飛ばされそうになる。

 

 2人が交わしたエネルギー体の塊は、そのまま森へと突っ込んでいく。木々を将棋倒しのよう

に次々と薙ぎ倒す。それが、背の高い太い木であっても同様だった。緑色の光は、何の抵抗も

されないかのように、森を一気に切り分けて行き、やがて地平線の外れで、その軌道を空の方

へとわずかに傾け、いずこかへ消え去った。

 

 その通り過ぎた跡には、大きな痕跡が残されていた。地面は直線状に抉れ、同時に、光が通

り過ぎていった森も、木々が倒れたラインがはっきりと残る。

 

 再び湧き上がった砂埃の向こうに、その光景が現れ、絵倫と沙恵は、それを唖然として見つ

めた。

 

 『ゼロ』は、その光を放った自分の手を見つめ、少し微笑していた。

 

「何ていう破壊力…。とてもあたし達の『力』じゃあ防ぎきれなかった…」

 

 沙恵は怖いものを見たかのように言った。

 

 転がってその場から立ち上がれない。彼女がそんな状態でいると、まるで無防備な獲物を狙

うかのように、『ゼロ』は沙恵の方へと向かった。

 

 スライドしていくかのような動き、彼が纏っているエネルギー体がその流れを作り出す。

 

 右手の鋭い爪を前へとかざし、彼女の方へと迫る。沙恵はそれに気付き、目で反応するより

も前に、本能的に体が動いた。

 

 すかさず手にした、円盤状の武器で、『ゼロ』の振り下ろして来た爪を防ぐ沙恵。

 

 『ゼロ』の爪は鷹の爪のように伸び、一本一本がナイフであるかのように鋭い。しかもそれ

が、流れのようなエネルギー体を帯びている。

 

 沙恵は、ただの円盤だった武器を持った手で操作し、四方から仕込まれた鋭い刃を飛び出さ

せた。彼女は防御したまま、その刃を『ゼロ』の方に向けて振るう。

 

 だが、彼が纏っているエネルギー体のようなものでそれは阻まれた。しかも沙恵はその衝撃

を跳ね返されたかのように後側に飛ばされてしまう。

 

「沙恵ッ!」

 

 絵倫は叫び、彼女の方へと駆けた。沙恵が一人で戦うのはあまりに不利。ただの人間だった

ら、沙恵でも、十分に圧倒した戦いができるだろう。だが、今、目の前にいる男は見るからに普

通の人間ではない。

 

 絵倫が沙恵の方に向かうのよりも先に、『ゼロ』は更なる攻撃を彼女の方へと加えようとして

いた。

 

 『ゼロ』は、沙恵の方へと突進すると、鷹のように伸びた爪を使い、再び彼女へと攻撃を繰り

出す。

 

 無防備だが、体を守る為に思わず顔の前へと出した左腕を、沙恵は思い切り引き裂かれ

た。ナイフで腕を切られたかのように、血が飛んだ。しかも『ゼロ』の爪はそれ以上の威力があ

るらしく、服さえも引き裂かれたかのように破れる。

 

 沙恵はうめいた。だが『ゼロ』は更に爪を振り下ろし、薙ごうとして来る。それを沙恵は円盤状

の武器で防御し続けるが、相手は動きも速い。

 

 すでに追い詰められている。しかしそこに、絵倫が追いついた。

 

 絵倫は、鎖状の鞭を振り回し、沙恵の腕へと引っ掛ける。そして、彼女の体を思い切り引っ

張った。

 

 沙恵の体は、半ば引きずられるようにして、絵倫の方へと引っ張られる。『ゼロ』が振り下ろし

てきた爪は、空を切り裂き、さらに地面を抉った。

 

 鞭に腕を巻きつけられた沙恵は、絵倫のすぐ側にまで引き寄せられる。それで間合いが離

れたわけではなく、『ゼロ』と2人の距離はとても近い。

 

 『ゼロ』は、すぐに反応し、今度は2人になった絵倫と沙恵の方へと体をスライドさせて来る。

まるで流れるような動き、彼を取り込んでいるエネルギー体が、その動きを実現している。彼の

動きに合わせ、エネルギーも同じ流れを作り出している。

 

 絵倫は、そんな『ゼロ』に向け、風を飛ばした。刃によって相手を攻撃するだけに作り出すも

のとは違う。突風のように吹き飛ばしてしまうような風だ。

 

 『ゼロ』によって放たれたその突風。だが、彼が纏っているエネルギー体にそれはかき分けら

れ、方向をそらされてしまう。

 

 しかし、代わりに絵倫と沙恵の2人の方が、『ゼロ』から距離を取る形になった。突風によって

地面を滑り、砂埃と共に距離が取られる。

 

 絵倫は、自分達から距離を取る為に、突風を放っていた。彼女は、2人の体を数メートルほ

ど動かすくらいの風を起こす事ができる。

 

 『ゼロ』は2人の方に視線を向けてくるが、少し様子を伺うかのように、左右に揺れている。

 

 絵倫は、すぐにでもこちらに迫ってきそうな『ゼロ』と、しっかりと視線を合わせたまま、沙恵に

話しかけた。

 

 彼女は切り裂かれた腕を押さえていた。服を赤に染め上げ、垂れ落ちる血。

 

「大丈夫…? 沙恵?」

 

「そ、それは、もちろん。このくらいじゃあ…」

 

 とは言うものの、傷が痛いらしく顔にそれが表れる。腕をしっかりと握り、溢れ出す血を押さえ

ようとしていた。

 

「…そう。こんなのが、わたし達が捜していた『ゼロ』だなんて、信じられないけれども…、今は、

この状況をどうにかしないと…!」

 

 『ゼロ』と視線をはっきり合わせる絵倫。そんな彼女を見上げる沙恵。

 

「でも、どうにかって、一体、どうすれば…?」

 

 逃げ場を失ったかのような沙恵の言葉。だが、絵倫は、

 

「どうにかすればいいって言うのなら…、こいつの攻撃にはパターンがあるように見えるわ。な

ぜ、さっきのような、そこら中を破壊してしまうようなエネルギーを、またやって来たりしない

の? あんなミサイルみたいな攻撃を何度もやれば、わたし達なんか簡単に倒せてしまうの

に」

 

 沙恵に向けて説明を始める絵倫。『ゼロ』はそれを聞いているのだろうか。ただこちらに向

け、不適な笑みを見せてくるだけだ。

 

 そんな彼と絵倫を交互に見ながら、沙恵は口を開いた。

 

「さ、さあ…? そんなに何度もやったら、『力』が切れるからじゃあない?」

 

「そうよ、沙恵。『力』だわ…」

 

 すかさず言う絵倫。

 

「え…?」

 

「結局、あいつもわたし達と同じなのよ。さっきのように凄まじい力は、何回も連続して使う事が

できないんだわ。だから、さっきみたいな爆発的な力を、もう一度やって来たりしない。というよ

りも、できないんだわ…。まあ、多分、だけれどもね…」

 

「でも、何回もやって来ているよ。連続しては放ってこないけれども、すでに何回も、爆発的な

『力』は使ってきている」

 

 半分納得しているのかもしれないが、沙恵は反論した。

 

「ひょっとして、あいつは、『吸収』しているんじゃあ、ないかしら…?」

 

 冷静な目で分析を続ける絵倫。彼女の目は、いつもながらの冷静さを保っている。

 

「きゅ、『吸収』って…?」

 

「さっき、あいつは、死んだ『帝国兵』達から、何かエネルギー体みたいなものを吸収していた

わ。つまり、あいつは、死んだ『帝国兵』達からエネルギー体を吸収して、それを爆発的な『力』

へと変えてしまった。この『ゼロ』って言う存在が姿を変えたのも、その動きを見せた直後だわ」

 

 いつまで絵倫は、『ゼロ』という男の分析を続けられるのか、目の前の男は今にも迫ってきそ

うだった。

 

「つまり、『力』を吸収しなければ、さっきみたいな『力』を使い続ける事ができないって事?」

 

「そうよ。だからこそ、今はわたし達の持っている『力』が欲しいんだわ」

 

「あ、あたし達の…?」

 

 怯えたかのような沙恵の声。それはため息のように息をついた声だった。

 

「…、もし、わたし達の『力』を吸収なんかされたら、一体、どんな姿に変えて返されるものか

…、怖くなるわね」

 

 と、絵倫はまだ冷静に言った。だが彼女はそこで、沙恵が妙に息を切らせている事を知っ

た。

 

「沙恵…? 大丈夫…?」

 

「だ、大丈夫…、だけど、何か、変…」

 

 沙恵は息を切らせた声と共にそう呟いた。そんな彼女はおかしいと言うよりも、ただ極度に疲

れただけ、そのようにも見て取れる。

 

 その時は絵倫も、沙恵は、腕を切られ、更にさっき国防長官の女に痛めつけられたから、そ

のダメージが見返っているだけだろうと、そう思っていた。

 

 しかし、『ゼロ』の方から、青ではなく緑色の光が溢れてくるのを知ると、沙恵の極度の疲労

の意味も分かった気がした。

 

「まずいわね…。沙恵。あなたはすでに『力』を吸収されていたわ。多分、腕を切りつけられた

時に、すでに。だから息を切らしているんだわ」

 

「ええッ?」

 

 沙恵がそう驚くも、『ゼロ』の方へはどんどんと、緑色と化したエネルギー体が集まっていく。

 

 それは離れていても直に肌に感じられるほど、そして、周囲の空気の流れにもはっきりと現

れるほどの『力』だった。

 

「なぜ、あいつの『力』が強まったとき、紫から緑色の光になるのか、それは分からないけれど

も…、とにかく危険信号だって事は、分かったわ!」

 

 その『力』が飽和状態に達したかというその時に、沙恵は思わずその場から飛び退いた。

 

 『ゼロ』がやって来るであろう攻撃を避ける為、今にも彼は緑色の光を放ってきそうだった。

 

 しかし絵倫は叫ぶ。

 

「駄目よ沙恵ッ。わたしと同じ方向に飛びなさいッ!」

 

 だが、間に合わない。絵倫は、続いてやって来た、緑色の光の砲撃を避ける事で精一杯だっ

た。

 

 衝撃が、絵倫のすぐ側をかすめて行く。地面を抉り飛ばしながら、ミサイルのような迫力と共

に通過していく、凄まじいエネルギー体。その軌跡には破壊だけが残り、作り上げられた空き

地から、森の中へと飛び込んだその先には、綺麗に薙ぎ倒されただけの木々が残る。

 

 絵倫はその光の通過で、沙恵から切り離される。緑色の光の通過で起きた衝撃波。それは

砂埃を巻き上げ、周囲の視界を覆い隠した。

 

 まるで砂嵐のよう。一時的に全ての視界が遮断される。

 

「しまった」

 

 絵倫は、光の通過で起きた衝撃から素早く身を起こし、反対側へと飛んで行ったはずの沙恵

の姿を捜す。

 

 『ゼロ』は、今の緑色の破壊のエネルギーを、ただ攻撃するためだけに、放ってきたのではな

い。その衝撃で起こる砂埃により、絵倫の視界を妨げ、その隙に沙恵から襲う為に放ってきた

のだ。

 

 それを直感した絵倫は、思わず叫んだ。

 

「沙恵…! ここよッ!」

 

 そう叫びかけ、絵倫は自分の体から、放射状に気流を放った。『力』で生み出す空気の流れ

が、自分のいる位置をソナーのように告げる。

 

 それだけでなく、爆発的に突風を起こせば、砂埃など一気にかき消す事だってできる。

 

「絵倫…。そ、そこッ!?」

 

 沙恵の声が返ってくる。

 

 だが、一手遅れた。次いでやって来たのは、直線状に走る光。それが、沙恵のいるであろう

場所で閃光を放ちながら炸裂し、沙恵の悲鳴が聞えてきた。

 

「沙恵ッ!」

 

 絵倫はその方向へと駆け寄る。砂埃が消え去った後に残っていたのは、白い煙を背中から

上げ、ぐったりとしている沙恵の体。

 

 彼女の体に触ろうとするも、静電気のような衝撃を受けて絵倫は思わず怯む。沙恵の体は

電流を帯びている。恐らく、今見えた光は電流が伝わっていくその光だ。沙恵は電気ショックの

ようなものを与えられた。

 

 『ゼロ』の放つ電流としての形の『能力』。それは、空気中でもはっきり見て取れる程。通常の

人間ならば、感電死するほどの電圧だったかもしれない。だが、絵倫は瞬間、電流を打ち消

し、防御する『能力』を使った。

 

 絵倫は、彼女に流れている電流が、地面へと流れ切ってしまうのを確認し、気絶している彼

女の体を抱え込んだ。

 

 収まっていく砂埃。そんな2人の前に、青色のエネルギー体と共に『ゼロ』が現れる。

 

 沙恵の体を抱え込むようにして守り、その男へと、彼を取り囲んでいるエネルギー体をも突き

破りそうなほどの鋭い視線を向ける絵倫。

 

「こいつは、わたし達から襲いやすくする為に、太一と隆文の2人を閉じ込めた。わたし達から

襲いやすくする為に。そしてまず、自分が襲いやすい沙恵から始末しようとし、その次が、この

わたしってわけね…。全く、計算高い行動というよりは、むしろ、どこかの動物の習性のようね

…」

 森の中の草木を掻き分け、姿を現したのは一博だった。

 

「見てくれ、駐車場だ。先輩のくれた衛星画像は役に立ったな。トラックも停まっている」

 

 熱帯の森の中に切り開かれた駐車場に、一博達、『SVO』の4人は姿を現していた。正確に

言うと姿が現れたわけではなく、彼らはまだ茂みの中。じっくりと警備の様子を伺う。

 

彼らは、森の木々の中、道なき道を衛星画像を頼りにここまで進んできていた。一博はその大

きな手に小さく収まる、携帯情報端末を握っていた。

 

「あまり大きな声を出すんじゃあ…、ねえぜ。どこに『帝国兵』さん達がいるかどうか、分かった

ものじゃあねえからなあ…」

 

 茂みの中から出てきて浩が言った。

 

「手ごろなトラックを探すとしよう。もうすぐ先輩達がこっちに合流して来るはずだ」

 

 冷静な面持ちで周囲を警戒しながら、登が呟く。

 

「ああ、確か、西の方の給水搭で合流だったな…、そこまで行って待っているとしよう。そこから

脱出できるかって事が心配だけど…」

 

 心配そうな声の一博。そうであっても、停車している『帝国軍』のトラックを、警戒しながら確認

する。

 

「だが、おかしいな…? 駐車場に『帝国兵』の一人がいても良いとは思うんだが…」

 

 茂みの中から伺う限り、駐車場にあるのはトラックだけで、警戒に当たっているはずの『帝国

兵』の姿が無い。

 

「ねえ…、何か、焦げ臭くない? どこかから煙が上がっているみたいだよ…」

 

 静か過ぎる駐車場。登の言葉を遮るかのように、香奈が言った。

 

「そう言えばそうだ。すぐそこで何かが燃えているようだぜ…」

 

 浩が、茂みから抜け出し、自分だけ先に振り向いた方向へと向かった。他の3人もそれに続

く。焼け焦げる匂い。煙の匂い。そして、心なしか、嫌な匂いもする。『帝国兵』の存在よりも、

そちらの方が気になった。

 

 4人の眼前に広がったのは、おそらく3人の『帝国兵』の死体。燃え上がるトラックだった。

 

 駐車場の中心に、燃え上がるトラックが一台。黒い骨格だけを残してあとは無くなっている。

 

「こりゃあ…、一体…?」

 

 浩が思わず言葉を漏らした。鼻をついてくるのは、死体の匂い。それも燃え上がっている死

体の匂いだった。

 

「誰もいないわけだ。これじゃあ皆殺しだ…、一体、誰が…?」

 

 一博は死体の匂い、不味そうな顔をして言っていた。

 

 さらに香奈は、女の子がやるように口元を押さえていた。

 

「そう言えば、さっき、この人達の通信が途絶えたりしていたけれども…。それは、このせい

…?」

 

「かもしれない…、だが、そうでないかもしれない。とにかく、この場は危険そうだし、彼らの通

信が途絶えているって事だ。他の兵士達がすぐにも来るかもしれない」

 

 と登は言い、目の前の光景に背を向け、近場の軍用トラックにさっそく乗り込もうとしていた。

 

 彼がトラックのドアノブに手をかけようとした時。

 

 どこからか、何かが爆発するような音が轟く。重々しい、まるで地鳴りのような音だった。それ

と共に、緑色の光が目に飛び込んできたような感覚を香奈は味わう。

 

 音の方向を、『SVO』の3人は振り向いた。

 

「一体、何が起こったってんだ?」

 

 目の前に現れた光景に引き続いた出来事。浩は思わず言ったようだった。彼らの見る先で

は、さっきまでの熱帯雨林の姿が、どこかざわめきを見せていた。虫達の鳴き声は少なくなり、

鳥がどこかへと飛び去っていく。まるで、何かから逃げるかのような動きだった。

 

 大地を揺るがすかのような地響き。それは、爆弾の音とは似ても似つかない。何かが破裂し

たかのような衝撃だった。

 

「あれって、よぉ…、先輩達が向かった方向なんじゃあ、ねえのか…?」

 

 と、再び浩。

 

「ああ…、どうやら僕らも急がなくちゃあならないようだ…」

 

 登はそのように言うと、鍵のかかっていたトラックの扉を何無く開け、運転席へと乗り込むの

だった。

 

 

 

 

 

 

 

 絵倫は沙恵の体を抱えたまま、『ゼロ』と対峙していた。圧倒され、押し潰されてしまいそうな

程の『力』。彼女にとって誰よりも敏感に感じる。研ぎ澄まされた空気の流れを読む『能力』がそ

のせいだ。

 

 ちらりとだけ絵倫は、太一と隆文が閉じ込められている殻の方へと、瞳だけを向けた。

 

 『ゼロ』が作り出した、地面を直線状に走る、深々と抉られた溝。『ゼロ』は彼らよりも手前の

位置で緑色の光を発射していた。太一と隆文は、その発射地点よりも先の位置で閉じ込めら

れている。

 

 殻に閉じ込められた事以外に異常は見受けられない。ただ、隆文が必死になって、内側から

殻を破壊しようとしていたが。

 

 ふいに、『ゼロ』が絵倫の方に向かって迫った。

 

彼を取り巻く青いエネルギー体は流れを作り、彼の体をスライドさせるかのように動かす。

 

 青い眼、その瞳は失われていたが、強烈な視線が絵倫に迫った。奇妙な模様の現れた顔

は、どことなく微笑している。

 

 絵倫に向け、振り下ろされてくる彼の爪。人の爪だったはずが、鷹のように伸びたそれは、空

気をも切り裂くような鋭さ。彼女に向けて振り下ろされてくる。

 

 だが絵倫は、沙恵の体を抱えていた。気絶した彼女を抱えていては、思うような動きができな

い。

 

 絵倫の頭上から振り下ろされてくる鋭い爪。彼女自身の推測が正しいならば、切り裂かれる

だけでなく、絵倫の持つ常人離れした『力』が、一気に吸い取られる。そして、それは何倍にも

され、破壊の『力』として返される。

 

 だが、彼女は動じない。『ゼロ』の振り下ろされてくる爪は、絵倫のほんの数センチ横にそれ

て空を切っただけだった。

 

 風が、彼女を守った。バリアのように空気圧で体を覆うわけではなく、『ゼロ』の腕に、真横か

ら突風を浴びせてやれば良い。それだけで直線的な攻撃は、大きくその軌道を反らされる。

 

 とは言え『ゼロ』と再接近した絵倫は、彼の纏っているエネルギー体を、まるで劇薬のように

感じていた。肌に触れてしまうだけで火傷してしまいそうな感覚を彼女は味わう。

 

 絵倫は少しだけ体を怯ませた。『ゼロ』はそれを逃さない。すかさず彼女の方へ向けて、更な

る攻撃を加えてくる。

 

 青いエネルギー体を、絵倫の方に向け、弾丸のように発射して来ていた。

 

 絵倫の技術ならば、強い気流を帯びた鞭によって、機関銃の弾丸を弾く事だってできる。し

かし、沙恵を抱えていては鞭をそんな風に振るう事は難しい。

 

 風だけが頼りだった。自分の『力』で作り出した風を、バリアのようにして自分の体の周囲で

竜巻とする。弾丸だったらこれだけでも防御できる。しかし、『ゼロ』の放ってきたエネルギー体

の内一つは、それさえも貫通してきた。

 

 右肩を撃ち抜かれた。思わず右腕の力が弱まり、抱えていた沙恵の体を手放しそうになって

しまう。

 

 そして、風のバリアを切り裂いてくる『ゼロ』の爪。右肩を撃たれた事で怯んだ絵倫に容赦無

い攻撃。気流が、紙が破れるかのように引き裂かれる。

 

 深々と更に右肩を切り裂かれた。

 

 絵倫は思わず声を上げた。同時に、体が危機を感じ、半ば本能的に体から放出された突風

の流れ、それが『ゼロ』の方へと発射された。

 

 彼女と、左腕だけで抱えられた沙恵の体が、その突風によって大きく後方へと飛ばされる。

 

 2人の体は転がりながら、『ゼロ』との距離が取られた。

 

「え、絵倫…、早く、逃げなくちゃ…」

 

 今の衝撃で気付いたのか、沙恵が呟く。彼女はとても弱々しい声で言っていた。絵倫も、肩を

押さえながら沙恵と目線を合わせ、転がった体勢を取り戻す。しかし斬り付けられた右肩の傷

は想像以上に深く、彼女の頭は出血で朦朧としていた。血が顔の方まで飛んできている程。

 

「え、ええ…、そのつもりだわ。沙恵…。だから、わたし達はここにいるんじゃあない」

 

 『ゼロ』が、迫ってくる。彼は今、絵倫を爪で攻撃した。それが何を意味するのかは、彼の『能

力』を推測した絵倫自身が良く知っていた。

 

 だが彼は距離を詰めてくる。2人を確実に倒すため、別の『力』でも使ってくるのか、それと

も、至近距離で緑色の光を放ってくるのか。

 

「な、何の話…? あ、あいつが迫ってくるよ…」

 

 怯えたような沙恵の声。だが絵倫は、

 

「だから、ここにいるのよ。ここがどこか分かる? あいつが、自分の『能力』で作り出した、地

面の溝にわたし達はいる」

 

 絵倫の言う通り、彼女の『力』で後方に飛んでいた2人は、最初の、2人を狙った緑色の光に

よる攻撃で、抉り飛ばされ作られた溝の側にいた。

 

 絵倫は沙恵の体を引き寄せ、絵倫もろとも、その溝の中へと入る。

 

 そして、2人の体は、その溝の中で風に包まれた。

 

「この溝がレールで、わたしの風はさながら台車。そして、推進力も、同じく風よ」

 

 『ゼロ』は2人の方に向け、緑色の光を放とうとしていたが、今度は構えが違っていた。まる

で、鞭を振るうかのような構え。彼は緑色の光を、地面の方へと叩きつけようとしていた。

 

 それよりも前に、絵倫と沙恵の体は、地面の溝をさながら滑るかのようにして滑空している。

 

 風速20メートル以上。風のようなスピードで、2人の体は地面を滑空していく。その直後、『ゼ

ロ』が振り下ろした緑色の光が、地面へと叩きつけられ、激しい衝撃波が周囲に撒き散らされ

た。

 

 絵倫と沙恵は直撃を免れたが、木々をも楽々と薙ぎ倒すほどの『力』を、地面へと放たれて

は、離れていても爆風に煽られる。絵倫の作っていた風の台車は崩壊し、2人の体は地面を

転がった。

 

 しかし、絵倫はすぐに体を起こす。

 

「それで…、わたし達は、この場所へ来る事ができると言うわけ…」

 

 沙恵に語りかける絵倫。表情は満足気だった。

 

「一体、どの場所…?」

 

 砂埃に包まれた周囲。それがだんだんと晴れてくる。そこに姿を現したのは、青い球殻だっ

た。

 

 内部には、太一と隆文が閉じ込められている球殻。その中にいる2人には、どうしようもない

と言った状態。

 

「最初に、あいつが光を放ってきた時、わたし達と、あいつとの点対称の位置に、この殻はあっ

た。だから、わたし達の方へと出来上がった溝を滑れば、この場所へと到達できるというわけ

よ」

 

 絵倫は、膝をついたまま、地面から少しだけ浮かんだ場所にある、『ゼロ』が作り出した、エ

ネルギー体の膜でできた殻を探っていた。

 

「で、でも…、どうやってそれを破壊するの…?」

 

 地面に倒れたままの沙恵。

 

「わたしから言わせればね。こんな殻を破壊するのはわけも無いって話よ。完全に密閉されて

いるっていうのが、弱点みたいなものかしらね」

 

 すると、絵倫はエネルギー体の殻に触れ、それを覆うかのようにして空気の流れを送り始め

た。

 

 絵倫は、至って顔には出さないが、相当の疲労が溜まっていた。ただ『能力』を連続して使い

続けているというだけではない。『ゼロ』の爪により、絵倫の『力』は、吸い取られるように失わ

れていた。

 

 体内を流れるエネルギーとしての循環が、血液の流れがそうなるように鈍くなっている。

 

 だが、それでも絵倫は、空気を生み出し、それを太一と隆文が包まれている殻に向けて覆わ

せて行った。

 

 眩暈がして来るほど『力』が失われていく感覚を絵倫は味わった。だが、ぐずぐずしてもいら

れない。『ゼロ』は、すぐに絵倫達の方に向かってくる。

 

 やがて、太一と隆文を覆っている殻に、亀裂が走った。そこから先はあっと言う間で、その亀

裂は一気に殻を走り、やがては大きく砕けた。

 

 エネルギーの膜が、ガラスが砕けるように粉々に砕け散る。ただそれは、実体を持たない、

ガスのようなもの。砕けると同時に、空気中へと散った。中にいた太一と隆文の2人は、地面

へと落ちて来た。

 

「ど、どうやったんだ絵倫? あんなに頑丈な膜が砕けたちまった、ぜ…」

 

 殻から脱出した隆文が、絵倫に尋ねる。

 

「…わたしは、殻を包み込むように空気の膜を作って、それを全ての方向から均等に圧力をか

ければ、破壊する事もできる。但し、わたしも相当の『力』を使う事になるけれども…」

 

 そこまで言ってしまうと、絵倫はがっくりと膝をついた。体中の緊張が解け、力が一気に抜け

ていく感覚。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

 思わず隆文は駆け寄り、うずくまる彼女の体を抱えた。ぐったりとした絵倫の体は、隆文にさ

れるがままに動く。

 

「そ…、相当の、『力』を使っちゃったから、ね…。それよりも、太一、隆文、逃げるのよ。今す

ぐ」

 

 虚ろな眼で絵倫は言って来る。

 

「何だって?」

 

 掠れるように小さな彼女の声を、隆文は聞き返す。

 

「い…、今のわ、わたし達だけでは、あの『ゼロ』には到底敵わない…わ。だから、逃げるのよ

…。わたし達にはそれしかできない」

「来た、来た、来た、来たー! 太一、急げ! 逃げるって言うんなら、急ぐしかない!」

 

 隆文は自分よりも先を行く太一に、うるさいくらいの声でわめき立てた。たった今、彼は絵倫

の体を抱えたまま森の中を走っている。

 

 太一の方はと言うと、沙恵の体の方を抱え、同じようにとにかく逃げようとしている。背後から

は、青色の光が迫ってきていた。

 

「太一ッ! 何か策は無いか? このまま行けば、奴に追いつかれるのは眼に見えている! 

明らかにあいつの方が速い!」

 

「分かっているッ! だが、策という策も無い!」

 

 と、お互いに言葉を交わす太一と隆文。彼らが走っている森の中、そこは、木の根が張った

り、地面が凸凹だったりして、気を抜けば、すぐに足を取られそうな構造だった。整備された陸

上のトラックとは違う、自然の構造。先程の『ゼロ』が作り出した空き地は、とうに去っていた。

 

 だが背後に迫る『ゼロ』は、そんなのを構わずにやって来る。彼のエネルギー体は、凹凸の

激しい地面にも対応し、彼の体をスムーズに移動させていた。それは走るというよりも、むしろ

滑るという感覚。

 

「…、た、か、…た、で、少しは…、い」

 

 絵倫が小さな声で何かを言っている。それに気付いた隆文は、足元に気をつけて走りなが

ら、彼女の声を聞こうとした。

 

「何だって? 聞こえねえぜ」

 

「太一ばっかり頼りにしていないで、少しは自分で考えなさいって言ったのよ…」

 

 ひどい声で絵倫が言った。まるで重病人が喋るかのように。実際、彼女の体は、大幅に『力』

を失い、それと同じような状態なのだろう。隆文は、彼女が腕の中から落ちないように、しっか

りと体を支えなければならなかった。

 

「…、わかったよ。俺だってただ逃げている何て嫌だからな。それに…」

 

 と、隆文は自分の腰のベルトから、手に握る事のできるほどの大きさの黒い塊を取り出し

た。それは手榴弾。絵倫を抱えたままの手で取り出していた。そしてその安全装置を外すと、

 

「何の策もないってわけじゃあ、ないしなぁ!」

 

 『ゼロ』に向かって言い放ち、それを彼に向かって投げた。

 

 手榴弾は、『ゼロ』の周りを覆っている青色のエネルギーに当たると、そこで爆発した。

 

炎と煙が激しく上がり、周囲の木々にもそれが引火して、爆風で木の葉が巻き散る。その爆風

は隆文や太一のいる辺りにまで届くほど。

 

 が、『ゼロ』は変わらず迫って来る。

 

「おやおやおや、どうやら、手榴弾なんて奴にとっちゃあ、蝿みたいのものでもないらしいな?」

 

 後方を覗き見た隆文は言う。そして彼は、再び腰のベルトからもう一つの手榴弾を取り出し

た。

 

「…無駄よ、隆文。何度やっても通用、しないわ…」

 

 小さな声で絵倫が言ってくる。しかし隆文は自信のある表情をし、

 

「ああ、だが、この手榴弾は、今のとは少し違うから安心しな」

 

 絵倫に語りかけると、それを後ろに迫る『ゼロ』に向かって投げた。彼と隆文、太一との距離

は、さっきよりも半分以上縮まっていた。

 

 手榴弾は、またも『ゼロ』を覆っているエネルギーに当たると爆発した。さっきよりも強力な爆

風が隆文の背中に当たる。しかし、やはり『ゼロ』は何事も無かったかのように向かって来た。

 

 だが、隆文の投げた手榴弾の効果はそれだけでは終わらなかった。爆発した手榴弾からは

白色の煙がもくもくと上がり、それはあっという間に『ゼロ』を覆っている青色のエネルギーを包

み込む。

 

「煙幕付きの手榴弾だぜ。これで距離を稼ぐ」

 

 共に走る太一の方を見て隆文は、自信強く言った。太一の方は少し頷いて見せ、更に前方

へと走っていこうとしたが、

 

 炎が、『ゼロ』を覆ってい煙幕から吹き出し、まるで走るかのように森の中を突き進んだ。そし

て、太一と隆文の前方を横へと走しり抜け、再び『ゼロ』のいる位置へと戻って行く。炎は、太

一と隆文をそれが作り出す円の中に囲み、行く手を塞いだ。

 

 間髪入れず、白い煙の中から『ゼロ』が飛び出して来た。彼は太一の方に猛スピードで接近

し、その爪を振り上げる。太一は抱えていた沙恵の体を左腕だけに移すと、とっさに警棒でそ

の爪を受けた。

 

「俺達を何が何でも逃がさないって気か…? こんな炎まで起こせるとは驚きだ!」

 

 隆文が言い放つ。一方の太一は爪の二撃目を警棒で受けていた。そのスピード、太一が見

切れない動きではないが、彼は沙恵を抱えている。防御するのがやっとだろう。それに、絵倫

や沙恵の時と同じ、『ゼロ』は何か策を仕掛けてくるはずだ。

 

 太一は、電流を纏った警棒を、爪を立てる『ゼロ』の方に押し戻そうとする。と、彼の周囲の

地面が急に、わずかだが隆起するのを隆文は見逃さなかった。

 

「太一、足元に気を付けろ!」

 

 隆文は叫ぶ。それに気付いた太一は自分の立っている場所から避けようとした。同時に、紫

色の光が、地面下から彼の方に向かって飛び出した。

 

 いつもの太一ならば、それは十分に見切れるスピードだ。しかし彼は沙恵を抱えている。『ゼ

ロ』の攻撃を防御していた事もあって、左脚を、弾丸のように飛び出した光に斬り付けられた。

 

「太一ッ!」

 

 隆文は再び叫び、そして懐から取り出した手榴弾を投げた。

 

「む…、無駄だわ。いくら手榴弾を投げたって…」

 

 腕の中にいる絵倫が弱々しい声で言って来た。しかし、隆文は彼女の顔を見ると、

 

「絵倫、お前はひどい怪我をしているんだから、あまり喋らない方がいい。それに、俺が何の考

えもなしに、手榴弾を投げまくるとでも思っているのか…? お前は目が見えないからよく分か

らないのかもしれないが、俺は『ゼロ』とかいう奴に向けて手榴弾を投げたんじゃあない、目の

前で燃えている炎の中に投げたんだ」

 

 と、自信たっぷりに言い切った。そして同時に、彼の前の炎の中で手榴弾が爆発し、その爆

風が燃え盛る炎を吹き飛ばした。

 

「手榴弾の爆風で、炎を吹き消した」

 

 隆文の前には、さっきまで彼や、太一を取り囲むように燃えていた炎が、一部分だけ消えて、

先に進める道ができていた。彼は絵倫を抱えたままそこを通って、炎の円から脱出しようとす

る。

 

 だが太一は、目の前に『ゼロ』がいる。援護してやりたいが、自分が彼の立場だったら全減

は避けたい。先に行って欲しいと思うだろう。だから絵倫を抱えて炎を脱した。それに、彼の事

は心配するまでも無いだろう。

 

 『ゼロ』を眼前にしている太一は、隆文が炎の外に出たのをチラリとだけ見ると、切り付けら

れている脚などものともせず、その脚に『能力』で電気を帯びさせ、足元に突き出ている数本の

枝を蹴り、切断、尖った木の枝を『ゼロ』の方へと飛ばした。

 

 尖った木の枝は太一の能力で電気が帯び、熱で発火している。木の枝は、太一にも自由に

『能力』としての電流、そして火を与えられる。ただ木の枝に電気を流すと発火するから、火の

矢になっていた。

 

 『ゼロ』を覆っている青色のエネルギー膜を突き破り、それらは、彼の本体へと直進する。し

かし、『ゼロ』は何事とも無かったかのように、燃えている木の枝を腕で防御するだけだった。

 

 だが、『ゼロ』にはそれで隙ができた。小さな隙だが、太一が炎のサークルから脱出し、隆文

の後を追っていくには十分な隙だった。

 

 太一は隆文を追う。後方からは即座に、炎のサークルを突き抜けて『ゼロ』が跡を追って来

る。隆文はそう思っていた。太一が付いてきている後ろを振り返る。しかし、2人を追ってくる

『ゼロ』の姿はない。太一の後ろ、炎のサークルの中にも彼の姿はなかった。

 

「ど…、どこに行った!」

 

 太一は走りながら周囲の様子を見回して見る。だが奥深い森の中に、青色のエネルギー体

に覆われた男はどこにもいない。炎が激しく燃え盛る音だけが、背後から聞こえていた。

 

「上だッ!」

 

 と、後ろから付いてくる太一が、顔を上げて頭上に目をやるのに隆文は気が付いた。太一は

上空に何かを発見したようだ。隆文も同じように、そびえ立つ木々の頂点の辺りに目をやっ

た。

 

 『ゼロ』が上空にいる。宙を浮いたまま追って来ている。森の中の凸凹の悪路を走っている隆

文は、何かに足を取られないよう、一瞬だけしかその方向に目をやる事ができなかった。しか

し、青色の光は確かに宙を浮いたまま追って来ていた。

 

「空まで飛ぶとはな! 何でもありだってか!」

 

 隆文は吐き捨てた。彼が宙に飛び上がったのには理由があるはず、『ゼロ』は逃げようとして

いる自分違に対し、まさか何かを仕掛けて来るつもりだ。それはともかくとして、絵倫を抱えた

まま、この足の速さではそう逃げてはいられないだろう。沙恵を抱えている太一も同じのはず

だ。

 

 と、隆文は自分のすぐ横の地面に何かが突き刺さったのに気が付いた。走って行く方向にし

か気を向けていられないから、それが何だったかは分からない。しかし、また一つ、森の地面

に何かが突き刺さった。

 

 さらにもう一つ、今度は隆文にも何が突き刺さったのか理解できた。何しろ、突き刺さった先

は、彼の肩だったのだから。

 

 それは青色の光だった。青い光が、槍の形をし、それが頭上から落ちてきていた。しかも何

本も。

 

 後方で、電気が弾けるような音がする。太一は振って来る光の槍を防御するためにバリアを

張ったようだ。しかし、隆文にそんな力は無い。腕の中に抱えている絵倫に頼る事も、彼女の

現在の状態からしてできないし、いやむしろ、彼は何もする事のできない彼女を、上から振って

来る光の槍から守らなければならなかった。

 

 絵倫を守るために、自分の背中を盾にしたまま走る隆文、彼からは見えていなかったが、振

って来る光の槍は雨のようだった。次々と地面に突き刺さり、2人の走る跡に続いている。

 

 何本もの光が隆文の元に落下して来た。彼だけではなす術が無い。だが、背後から太一が

電流を飛ばした。彼へと襲いかかっていた光の内数本が、それによって砕かれる。

 

 しかし残りの光の槍は、絵倫をかばう隆文に牙を向いた。

 

「痛い! 痛い! 痛いって!」

 

 光の槍は見た目以上に鋭い。多分、『ゼロ』が帯びさせたエネルギーで破壊力が増している

のだろう。槍が背中に一本突き刺さり、後は隆文の体をかすめて行く。だが、深手ではない。 

 槍が背中に突き刺さりはしたものの、深々と刺さったわけではないようだ。隆文はまだ走れ

る。

 

 太一が隆文の側に駆けながら寄って来て、自分のバリアの中に彼を入れようとした。だが、

太一の張っているバリアは2人の男が入るには小さすぎて、走りにくくなる事は目に見えてい

た。

 

「太一…、俺をかばう必要はない。前を見ろ、あそこに、舗装されていないが、道がある。道が

あるって事は車があるかもしれない…。上でいい気になっている奴から逃げ切れるかもしれな

いって事だ。とにかくあそこまで行くんだ。あそこまで行けば何かが見えて来るはずだ」

 

 また一本の光の槍が隆文の腕を切り裂いた。彼は腕の中にいる絵倫を身を呈して必死にか

ばう。目の前には森の中を切り開いてできた道が見えるが、目に映っている以上にそこまでの

距離は長い。

 

 背中にまた一本、光の槍が刺さった。しかしそれは太一の『力』でも破壊できるほどのもの、

弾丸ほどの威力は無い。

 

「た…、隆文、わたしの事をかばわなくてもいいから…」

 

 腕の中にいる絵倫が言う。彼女と隆文は顔同士が触れ合うくらい接近していたから、たとえ

彼女の声が弱々しくても、隆文はそれをはっきりと聞き取る事ができた。

 

「何を言っているんだ、このくらいの事で…! それに、森は抜けた!」

 

 隆文と太一は森の中に切り開かれた道の中にいた。隆文は森を抜けたと言ったが、本当は

彼らはまだ森の中にいる。その中の道にいるだけだ。道と言っても、車一台がやっと通れるほ

どの悪路だ。

 

 光の槍は相変わらず空から降ってくる。しかし隆文は自信を持ったまま、

 

「さて、これからどうするかだ。道をどっちに行けば車があるのか。それともこの場でしのぐの

か」

 

 森の中を切り開いている遣を、そこを走り抜けながら眺め見た。だが、油断もできない。森の

木々の間こそ抜けたものの、『ゼロ』に操られているのであろう、光の槍は、今だに隆文と太一

の元へと落下してきている。2人一緒に一つのバリアの空間に入る事もできないのは変わら

ず、一本の槍が隆文の脚に突き刺さった。

 

「痛…! く…。こ。ここでボーッとしているわけに行かない!この道を走っていけば、どっかに辿

り着くはずだ! 太一、もっと急ぐぞ!」

 

「確か、あっちの方向だ」

 

 強がりながら隆文は言う。急ぐと言ったものの、隆文は脚にダメージを受けたおかげで、歩く

のが限界の状態になってしまった。

 

 しかし、無理をしている隆文を、立ち止まった太一が手で阻んだ。

 

「どうした? 俺の事は構わなくていい」

 

 彼は、隆文が走り出そうとした方向とは逆の方向の遣に目を向け、何かを見つめていた。

 

「何か、来るのか?」

 

 隆文も太一の見ている方向に目を向けた。上空からは槍が雨のように降って来ている。それ

を操る『ゼロ』もどこから迫ろうとしているのか分からず、そうぐずぐずはしていられなかった

が、やがて隆文は、その視線の先に何かが現れるのを見た。

 

「ありゃあ…、もしかして…」

 

 道の先、森の木々の間からは影が迫ってきていた。隆文は上着の内ポケットに入っている、

カードサイズの双眼鏡を取り出したかったが、絵倫をかばっていてはできなかった。

 

「『帝国軍』のトラックだな、ありゃあ…、だが、運転しているのは…」

 

「おーい!」

 

 隆文にとって聞き慣れた声が聞こえて来た。

 

「運転しているのは登! あの声は西沢だ!」

 

 太一に向かって隆文は叫びかけた。だが、それよりも前に、太一はそのトラックのやって来る

方向へと走り出した。

 

「相変わらず行動の速い奴だ」

 

 隆文も彼に続いて舗装されていない道を走る。上空からは枝が降り注いで、バリアを張れな

い隆文は更に傷を増やしていったが、それでも彼は、絵倫をかばいながら走った。もはや走る

だけでも限界。立ち止まれば、再び歩き出す事さえできないかもしれない。

 

 やがてトラックは、その車体の細部が見えるほどにまで迫った。隆文と太一はそれぞれに絵

倫と沙恵をかかえながら、トラックの正面へと走って行く。

 

「屋根に飛び乗れェー!」

 

 トラックの窓から身を外へと出している浩が叫ぶ。

 

「正面から屋根に飛び乗る! いいか!」

 

 と、隆文。彼と太一は、猛スピードで真っ正面から迫って来るトラックに、まるで恐れる様子も

なく、ただ疾走した。上空からは木の枝が落ちて来る。眼前には、細い道を、砂利や泥を激しく

巻き上げながら、仲間達の乗ったトラックが迫る。

 

「今だ!」

 

 隆文と太一は、隆文の合図でジャンプした。疾走して来るトラックに、正面から飛び乗ろうとし

た。常人ならば、とても真似できない芸当。しかし2人は表情も変えず、しかもそれぞれに絵倫

と沙恵を抱えたまま、見事な跳躍をし、正確な高さ、正確なタイミングで宙を舞って、走るトラッ

クの上に飛び乗った。脚が悲鳴を上げ、半ば飛び込むかのようにしてトラックに飛び乗った隆

文。体中の傷跡が痛みを伝える。

 

「先輩! 何かヤバイ事でも起こっているのか!?」

 

 屋根の上に身を乗り出した浩が大声で言って来る。

 

「ああ、ヤバイなんてものじゃあない! だが、今は説明なんかしている暇も無い! このまま

全速力で車を飛ばすんだ!」

 

 その時、車の下から何かが折れる音が聞こえて来る。地面に突き刺さった光の槍を、車が折

りながら走っているようだ。

 

「パンクするかもな…」

 

 登が言った。

 

「しないようにしてくれ!」

 

 隆文は激しく焦っている。

 

「『ゼロ』とかいう奴はどうする!?」

 

「それは…」

 

 隆文は浩にそう言いかけた時、上空に気配を感じた。さっきまで感じていたのと同じ気配、強

大で、押し潰されてしまいそうな気配だ。予感と共に見上げてみると、上空には、青色のエネル

ギーが浮かび、その中に人影が見えた。

 

「逃げろ!」

 

 隆文の心臓は、高鳴っていた。

 

「何でえ!?」

 

「今はあいつを捕らえる事はできない! だから逃げるんだ! 距離がある内に急げ!」

 

「だとよ! 登!」

 

「アイアイサー…」

 

 登が独り言のようにそう言うと、電気起動の車は更に加速した。光の槍が地面に刺さってい

る地帯は抜けたが、悪路のために斜体は激しく揺れ、荷台にいる隆文と太一、他の仲間達は

上下左右に揺さぶられた。2人は、絵倫や沙恵が振り落とされないように、しっかりとその体を

抱え、上空に浮かんでいる青色の光を警戒した。

 

 だが、青色の光は動かない。中に見える影も制止している。降り注ぐ光の槍も、隆文と太一

がトラックに飛び乗った頃から止んでいた。

 

「何だよ…、追って来ないのか…?」

 

 隆文と太一はそれぞれに絵倫と沙恵を抱えたまま、青色の光に警戒を払い続けた。トラック

が走っていくにつれ、それが針の先のように小さくなっても、決して目線を離そうとはしなかっ

た。


 
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