No.187141

恋姫異聞録94 -画龍編-

絶影さん

ようやく呉に入りました

此処から私が広げた異聞録という名の龍の絵に
眼を入れていきます

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2010-11-29 22:18:09 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9697   閲覧ユーザー数:7543

現在、新城から新野を通り、更に南下。江夏を通過し、呉の領土である柴桑へと差し掛かる

周泰殿の話によると、呉は会稽から柴桑へと本拠地を移したらしい

まぁ北は既に俺達の領土となれば、此方に手を伸ばすしかなくなってくるだろう

せっかく自分達の力を蓄える時期だと言うのに、わざわざ俺達とぶつかる建業に本拠地を置く理由などは無いからな

 

しかし春蘭達には驚いた。俺と華琳が天子様と謁見をしている最中に南下していることは聞いていたが

まさか荊州の北。つまりは荊北を制圧しているとは思いも寄らなかった

 

だが制圧したばかりで治安は良くないと言うことで

呉に向かうまでは数人の護衛が俺達の旅に同行することになったのだが、コレを承諾するのに少し揉めた

 

どうやら華琳が気を利かせ、兵を数名護衛にと言ったらしいが

俺は旅をするにこういった仰々しいのは好きではないと一度は断った

 

のだが・・・断る俺を秋蘭が無言で裾を掴んだままじっと見ていて

秋蘭の無言の心配、と言うか悲しい顔を見て俺は仕方なく護衛の兵を承諾するしかなかった

 

間者から使者となった周泰殿は終始その様子をじーっと観察するように見て

最後は何か納得するように両手を拝むように合わせ、拍手を打っていた

 

その後、城から出る際に何時もの如く秋蘭の目の前で自然に涼風を肩に乗せれば、叱られ

呆れた顔の一馬に引きずられ、肩を落とし馬に揺られていれば周泰殿は手を口元に当ててクスクスと笑っていた

 

周泰殿の前で情けない様子を晒したせいか、初めて会った・・・と言っても初めてではないのだが

華琳の前で捕らえ言葉を交わした時よりは緊張がほぐれ、良い具合に打ち解けていた

 

「この進み具合なら日が昇るころには柴桑に入ることが出来ます!」

 

と元気よく馬上で道の先を指差す周泰殿

ふむ、どうやら薄暗いうちから出た甲斐があったようだ

このまま行けば日が昇らぬうちに呉との、孫策殿との謁見が出来そうだ

 

俺は指差す方向を眺めつつ、馬に揺られ懐から干し肉を取り出し口へと運ぶ

かみ締めれば良く効いた塩と肉の旨みが口じゅうに広がり、舌はその味を求め何度もかみ締めてしまう

一切れの干し肉ではあるが、朝食を取らずに出発した小腹を十分に満たしてくれた

 

馬に揺られ、真っ直ぐ呉の道を凝視する周泰殿

彼女は本当に生真面目で、頭の中は道案内をすると言う任務で固まっているようだ

その証拠に周泰殿も腹が空いているのだろう。本人は気が付いていないようだが、さっきから腹の虫が鳴りっ放しだ

 

俺は【ぐ~ぐ~】と隣で鳴り響く腹の音に苦笑してしまい

懐からもう一つ干し肉を取り出して周泰殿の肩を叩く

 

「はい?」

 

「もう少し進んだら朝食にしましょう、これをどうぞ」

 

差し出す干し肉に不思議な顔をするが、腹がなっていることを伝えると顔を真っ赤にしていた

俺は彼女に干し肉を渡す。来る途中に食べさせようと渡した時は「コレは何に使うのですか」

と首をひねっていたので俺は「食べるものだと」答えたら「魏の方は木切れを食すのですか?!」と驚いていた

 

俺は大笑いしてしまい、その様子に少し不満げな顔をしているのを見て

この子は鳳とあわせないほうが良いと思ってしまった。李通のようにからかわれてしまうだろうから

 

始めは食べ物だと信じていなかったので、俺が目の前で食べるところを見せれば、意を決して口の中に運び

最終的には無言でモクモクと干し肉を食べることに集中していた。どうやら余程気に入ったようだ

 

「頂きます!」

 

受け取った干し肉に手を合わせ、感謝を述べ。旨そうに口の中に運んで租借していた

さて、可愛い義弟にも与えてやるかと懐からもう一つ干し肉を取り出す

 

「一馬」

 

「はい」

 

と周泰殿のように返事をして此方を向く一馬の口元に干し肉を差し出してやれば

めずらしく首を伸ばし、干し肉を口で受け取っていた

 

「行儀が悪いぞ一馬」

 

「たまには兄者に叱られるのも良いかと」

 

珍しい行動どころか、珍しいことを言う一馬に俺は噴出してしまう

俺が笑う姿を見て一馬は嬉しそうに干し肉をかじっていた

いよいよ呉に入る寸前ということで、少し緊張しているのかもしれない

無理も無い、前回の袁家の時とは違う。一馬は反董卓連合の時、一度あの孫策殿と会っているのだから

 

あの時の一馬の感想は「恐ろしい」だった。今もそう思っていることだろう

俺は義弟を安心させる為に何時もと同じように腕を伸ばし、ガシガシと頭を撫でていた

 

後ろから視線を感じ振り向けば、その様子を干し肉を食べ終わった周泰殿はまたじーっと見つめていた

何か?と首を傾げれば、一つ【パンッ】と小気味好い音を立てて拍手を打つ

新城から此処まで見ていたが、どうやら拍手を打つのが彼女の癖のようだ

 

「昭殿はとてもお優しい方なのです!」

 

「へ?」

 

いきなり笑顔でそんなことを言われ、俺は赤面してしまう

優しい等とはよく言われることだが、これほど真っ直ぐ見つめられ言われる事などは無い

まったく、間者とばれてしまった自分が呉に戻ったらどうなるのか解らないというのに

この娘は今なお自分の任務に忠実に従い、俺がどういう人物か探ろうとしているのだから

 

「呉に着きましたら周泰殿は私と共に孫策殿の前に立っていただけますか?」

 

「そ、それは何故でしょう?」

 

「これから魏と呉は手を取り合うのですから、その前にせっかく仲良くなれた友人が咎められるのは快くありません」

 

【共に主君の前に立ってくれ】との言葉に周泰殿は少し驚き。不安げな表情を浮かべるが

続く言葉に周泰殿は声を上げ、信じられないといった表情で俺を見つめていた

一馬といえば、俺の赤面と照れ隠しをするような言葉に顔をそらし笑っていたので

笑うなとばかりに頭を乱暴に撫でれば、謝りながら声を出して笑っていた

 

友人と言われ周泰殿は嬉しかったのだろう、他愛の無い話ではあったが色々と話してくれた

大好きな猫の事から呉での暮らしなど、勿論呉での重要な機密は何一つ話すことは無かったが

俺もそれを聞く気はまったく無かった

 

なぜならば、同盟という話も結局のところ如何転ぶかまったくわからないのだから

 

俺達は馬を進め、食事を取り、更に馬を進め柴桑に入る直前に護衛の兵を帰らせた

周泰殿は何故兵を帰してしまうのかと首をかしげていたが、その理由は直ぐに解った様だ

俺はあくまで使者としてきた、そして使者の対応に関して呉を信頼していると

 

だからだろうか、俺の考えを理解した周泰殿は拍手を一つ打ち

 

「安心してください、昭殿の安全は私が保証いたします!」

 

そう言ってくれた。俺は感謝を述べ、信頼しているむねを伝えれば元気よく返事を返し頷いていた

周泰殿の言葉に一馬も一様の安心をしてくれたようだ。珍しい行動を取っていたこともあり

呉の地に入り、護衛の兵が居なくなってからというもの片手は常に剣を握り締めていたのだから

 

更に馬を進め、柴桑の城門へとたどり着く

高さ、作り、どれをとっても素晴らしい城壁の防御力を一目見ただけで感じ取れる

門も分厚く各所を鉄で補強してあり、閂も一寸やそっとではとても破壊できないほどに太いものだった

 

これは季衣や流琉の武器でも一撃や二撃与えたところでびくともしないな

破壊するならば内部からか、だが城壁も簡単に梯子をかけて上れる様なものではない

統亞にも駆け上がるのは難しいだろう

 

等とつい城壁を眺め、攻略法に考えを廻らせていれば何処からか感じる鋭い視線

まるで鋭く研ぎ澄ました鏃が俺の体を打ち抜く感覚、コレは秋蘭が矢を放つ時の感じに似ている

 

城壁の上かっ!?

 

突き刺さるような視線の元を追えば、城壁の影には褐色の肌、長身で美しい白髪を後ろで束ねる女性

秋蘭よりいくらか年上だろうか、紫の旗袍(チャイナドレス)を纏い、その物腰は随分と落ち着いて

俺と目線が会えば柔らかく笑っていた。そこで俺は不思議なことに気がつく

 

どういうことだ・・・僅かではあったが視線が合ったというのに俺はあの人の思考が読めなかった

いや、読めなかったというか、こうゴチャゴチャとしていて騒がしいと言うか、風や扁風、涼風とは違う

 

「兄者、どうなされました?」

 

「いや・・・何でも無い、気にするな」

 

一馬に呼ばれ、視線を一瞬ずらした隙に女性の姿は既に消えていた

僅か一瞬で俺の眼から逃れるとは、彼女は一体何者なんだ?

 

「昭殿、孫策様は現在執務中のようです!部屋を用意してくれたようですので此方へ!」

 

先程の女性を考えながら城内に入れば周泰殿に呼ばれ、馬を降りそちらを見れば隣に立つ少女が

此方を鋭い目つきで見ていた

 

目つきの鋭い少女は周泰殿と身長はそれほど変わら無いが

小さい顔に眼鏡をかけ、長い袖の旗袍(チャイナドレス)、栗色の髪の毛を後ろで玉のように纏めている

 

先程からキツイ眼差しで睨まれるが眼から伝わる感情は疑問と集中、城壁で視線を送ってきた女性とはかけ離れたもの

どうやら眼が悪く、俺を見るのに睨むようになってしまっているらしい

 

「出迎え感謝いたします。それは在り難いですね、何せ私は体力が無いもので、顔がやつれたまま

孫策殿と御会いするのは気が引けておりました。有難く用意して下さった部屋でゆっくりと待たせていただきます」

 

「あっあのっ、そう言って頂けるとありがたいです。お、お茶も用意いたしますのでごゆっくりお寛ぎくださいっ」

 

俺が感謝を述べれば何故かその長い袖で目を隠し、慌てるように言葉を返す

ふむ、この子は俺が怖いのか?いや、違うな袖で目を隠すのは自分の目を見られたくないからだ

もしかして先程からの睨むような目つきで俺に怖がられると思っているのだろうか?

なんとも面白い娘だ。殺気の篭らぬ眼など一つも怖く無いと言うのに

 

俺は眼を隠し、うつむく少女に近づきわざと目線を合わせ、しばらくその袖が降りるのを待つ

周泰殿は何をするのかと首を傾げるが、一馬が「大丈夫ですよ」と周泰殿の肩を叩いていた

 

少女は、自分の前から俺が居なくなったか確認する為に恐る恐る袖を下げれば其処には戦場でよくする

鋭い目つきをした俺の眼があり、少女は軽く眼を見開いて驚きピクリと肩を震わせる

そこで俺はニコッと何時もの笑顔を向け自分の目を指差す

 

「俺の勝ち」

 

「えっ・・・」

 

一瞬なにが起こったのか理解できず、そしてしばらく間が空き、徐々に思考が追いついたのだろう

俺の言葉を理解した途端に小さく、可愛らしく噴出して長い袖で口元を隠しクスクスと眼を細めて笑っていた

 

いい笑顔で笑う娘だ、やはり女の子は笑っている方が良い。そう思いながらあわせた目線を戻すと

後ろで周泰殿がニコニコと輝くような笑顔を見せて喜んでいた。どうやらこの娘と仲が良いようだな

友達、といったところだろうか

 

「改めて、我が名は夏侯昭。曹孟徳様に仕える魏の将でございます」

 

「はい、私の名は呂蒙と言います。よろしくお願いします」

 

俺の取る拳包礼に対し、同じように礼をとり名を名乗る呂蒙殿

 

呂蒙か!おお、やはり呂蒙もまた女の子とはな。予想はしていたがまさかこんな小さな娘とは

しかしあの呂蒙ならば知勇を兼ね備えた将のはずだ。幾ら小さくとも見た目に騙されてはいけない

季衣と流琉が良い例だ、見た目だけであの子達に襲い掛れば次の瞬間木っ端と化しているだろうからな

 

「・・・」

 

駄目だ、あわ立つ肌を押さえられない、俺は今きっと笑顔になっていることだろう

 

心から嬉しさがこみ上げてくる

 

まだまだ未完だとはいえ、あの呂蒙、呉の勇将、関羽を捕らえた若き獅子が目の前に立っているのだから

 

「あ、あの、どうなさいました?」

 

「ああ、申し訳ない。我が慧眼に素晴らしき才が写ったもので」

 

と笑顔で言葉を返せば呂蒙殿は「え?えっ?」と顔を真っ赤にして驚いていた

この娘は自分に自信が無いのだろうな、と言うことはまだ孫策殿に登用されたばかりといった所か

まだ眠る才を孫策殿の鋭い勘で嗅ぎ当てた、そんな所だろう

 

「魏の慧眼と呼ばれる昭殿に高く評価されるなんて流石亞莎です!」

 

「わたっ、私はそんなっ」

 

俺の評価に周泰殿は自分のことのように喜び、呂蒙殿はまた顔を隠して照れていた

 

そして顔を真っ赤にしたまま呂蒙殿は言葉をかみながら俺と一馬を用意された城内の一室へと案内してくれた

場所は町から直ぐに城壁に入った場所にあり、小さな一室でありながら白塗りの壁、窓枠や手すりを朱に塗ってあり

客室としては上々の部屋だ。俺達を此処に通したと言うことはなるべく印象を良くしておきたいのだろう

部屋の中央には朱塗りの卓があり、茶や菓子が用意され俺達を接待する侍女が二名待機している

 

俺は更に部屋をまわり見る。窓から町の様子が直ぐ見れるようにしてあるのは余程自分達の政に自信があるのだろう

証拠に窓から見れる市井は子供達が駆け回り、活気のある声があちこちから聞こえるとても賑やかなもので

魏の許昌を思い出す

 

警備が万全で、物の流れがとても良い証拠だ。きっと市に足を伸ばせば様々な産地からの物が見れるはずだろう

会見が終わったら是非市に足を運んでから帰るとしよう。涼風や秋蘭に似合う服がきっとあるはずだ

 

「それでは暫しの間、此方でお待ちください」

 

「ええ、感謝いたします」

 

案内をしてくれた呂蒙殿はぺこりと一つ頭を下げると、部屋から早足で出て行ってしまう

どうやらまだ照れているようだ。俺は流石に長旅で疲れていたので遠慮なく椅子に着けば

侍女はそれにあわせ、茶を注ぎ淹れてくれる

 

良い香りだ、この地で採れる茶葉だろうか、華琳に土産として持って帰ろう

 

注がれた器からは鼻を擽る良い香りが漂う、俺は立ったままの一馬を手招きで呼び隣の椅子を引く

そんな敵になるか味方になるか解らない相手の領地で臆することなく何時もの調子の俺に苦笑し

一馬は椅子に腰を下ろす

 

その行動に合わせ、侍女は一馬の前にも茶を用意する。随分と客に対する対応が良い、きっと多くの豪族や

邑長等を招き入れることが多かったのだろう。無理もないか、自分達の力を増やす為にはそういった人々との

対応が一番の肝だ、協力が得られなければ領土の税収もなければ徴兵すら出来ない

それどころか反乱など起こされる可能性だってあるのだから

 

力が無い、いや無かったというのが良くわかる。かなり無茶なこともして来たのだろう、許靖の事の様に

 

茶を口に付け、少し啜れば香りと味が口に広がる。柔らかい味と香りに笑みがこぼれ、視線の先では

周泰殿が嬉しそうにしてた。茶の味くらいで俺の反応を心配するとは、随分と気に入られたものだ

 

部屋に入ってからと言うもの、入り口でずっと立ったままの周泰殿を俺は椅子を引いて一馬の時と同じように

手招きする。周泰殿はぶんぶんと首を振り、遠慮していたが「友と茶を飲を飲みたいのですが」と少し意地悪に

お願いすると、苦笑し諦めて椅子に座ってくれた

 

さて、孫策殿をゆっくり待つとするか

 

俺は卓に用意された菓子を周泰殿に差出、茶を啜りながら椅子の背もたれに体を預けた

 

 

柴桑の城の一室では机に竹簡を広げ、突っ伏して顎を突き、面倒くさそうに書き記された政策を読む

薄桃色の腰よりも長い髪を桜の花びらのような髪留めで纏めた女性。朱の旗袍は肩から背が露出しており

そこからは美しい褐色の肌が覗く。町を歩けば男女問わず彼女の美しさと、その体からにじみ出る親しみやすい

雰囲気に眼を奪われることだろう

 

彼女は腕を伸ばし、指先で落款をくるくると回し眼を眠そうに半開きにして、一通り読み終えると

ポンと落款を押す。やっと終わったとため息を軽く吐いて体を起こし、竹簡を指先でつまみ頬杖を突きながら

側に立つもう一人の女性に差し出す

 

同じような褐色の美しい肌の長い黒髪の女性は眼鏡を指先で直し、やれやれと竹簡を受け取って自分でも目を通す

突っ伏す女性とは正反対の落ち着いた雰囲気をかもし出すその女性が竹簡に眼を通す様子を見ながら

薄桃色の髪の女性は、自分でも目を通すなら私の変わりに落款くらい押してくれてもいいのにと口を尖らせれば

黒髪の女性は少し眉根を寄せて睨む

 

「む~、冥琳の意地悪」

 

「毎度抜け出す雪蓮が悪いのだろう、少しずつやっていれば溜まる事など無い、自業自得というヤツだ」

 

いじける雪蓮と呼ばれた女性に、追加だと何処に隠していたのだと言わんばかりの竹簡を机に積むと

顔を青くし、苦笑いをしていた

 

「あーあ、早く着てくれないかな慧眼君」

 

「もう来ている」

 

もううんざりだとばかりに机に積まれた竹簡の上に体を預け、愚痴のように慧眼と口にすれば

冥琳はサラリと当然とばかりに来ていると答える

 

その言葉に驚き、窓から外を見てみればいつの間にか日は高く上り、もう昼を過ぎるといったところだろうか

雪蓮は思い出す。間者とばれてしまった周泰が此方に慧眼を連れてくるのは確か今日の朝のうちだったと

 

それならば早く行かなければ、これで堂々と退屈な仕事から逃れられると嬉々として部屋を出ようとすると

腕を掴まれ止められてしまう

 

突然腕をつかまれ、何事かと振り向き冥琳の方を見れば目は鋭い光を放っていた

どうやらわざと待たせ、この地に来た慧眼と呼ばれる三夏の男を試そうとしているらしい

 

「試すの?」

 

「ああ、わざと待たせその時の対応であやつの人となりを見極める。

なに、多少待たせたところで大した問題にはならん、政務だといってあるからな」

 

手を離し、腕組みして鋭い眼差しのまま口元だけ笑う冥琳に雪蓮は諦めたように机に戻り

椅子に座るとまた竹簡の上に体を預けるように突っ伏してしまう

 

冥琳の考えとはこうだ、少しでも情報の無い彼の情報を集め、今後戦なり同盟を組むなりをした時に矢面で

交渉をするであろう男より優位に立とうと。だが、雪蓮は相手の腹を探るようなそんな考えが好きではないようだ

 

その姿に私も好きではないと苦笑する冥琳、どうやら雪蓮は勝手に進められている策にも不満があるようで

頬を膨らませ、冥琳から顔をそらすように窓の外を眺めていた

 

子供のように拗ねる雪蓮を仕方なくなだめようと冥琳は手を伸ばすと

 

「やめたほうが良かったわね・・・」

 

との呟きに伸ばした手が止まる。そして一瞬の思考の停止

此方をちらりとも見ずに窓枠から外を眺める雪蓮の言葉に冥琳は何故か胸騒ぎがする

元々勘で戦場を駆ける最愛の友の言葉が冥琳の頭を駆け巡る

 

何故なら雪蓮の言葉には少しもふざけた色が無く、呟きが己の導き出す勘からの言葉だと物語っていたからだ

 

考えうるあらゆる予測が一つに行き着いた次の瞬間、冥琳は部屋の外へと走り出していた

 

 

「兄者、随分と遅いですね。もう昼食時になってしまいます」

 

義弟の言葉に男は外を見れば日は高く上り、外からは市が近いせいか屋台からの良い匂いが漂ってくる

茶も何杯目だろうか、周泰と話しが盛り上がっていたので待つのに気が付かなかったようだ

 

「そうか、もうそんな時間か」

 

「申し訳ありません、きっとお仕事が沢山溜まっているのだと」

 

申し訳なさそうに話す周泰殿。なるほど、どうやら孫策殿は仕事が嫌いのようだ

根を詰め過ぎる時がある華琳に少し見習わせたいな、皆は知らないだろうが平気な顔をしているが

あいつも随分と無理をする時がある

 

しかし、幾ら仕事が溜まっているからといってもこれほど待たされる事などは普通は無い

ならばコレは俺を試そうとしているのだろう。六韜の応用か?

 

まぁ賢明な事だろう、俺の情報はほとんど風評だけのものだろうからな

これから交渉をする相手の情報を知らないのは怖すぎる。そう言った意味では俺の眼は卑怯かもしれん

 

だが俺にそれだけ動ける時間を渡したという事になる。時間は僅かでも武器となるのだ

あり難く貰った時間を有効に使わせてもらうとしよう

 

昼も近いと言うことで侍女達は食事の用意をいたしますと言ってきたが俺はコレを断った

そして椅子から立ち上がり、腰に携える剣を侍女に四本全て渡すと部屋から出る

 

「兄者っ、剣も持たずに何処へ!?」

 

「腹が減った。市から良い匂いがする。食事に行こう一馬」

 

「へっ!?あ、あのっ昭殿。食事なら此処でも」

 

剣を置き、部屋をまるで自分達の町に行くように出る俺に一馬も周泰殿も酷く驚いたようだ

驚くのも無理は無い、なぜならば俺が着ている外套には魏の一文字が大きく刺繍され

しかも魏を表す蒼天のような蒼い色をしているのだ。市井の皆はきっと驚くだろうし

多少なりとも風評で俺の名はこの呉にも届いているはずだ

 

下手をすれば俺は市井の者に殺されるかもしれない。そう思っているのだろうが

俺は死ぬ気は無いし、多分そのようにはならない。先程此処に来る道で多くの人々と眼を合わせて見たが

俺の外套に対する反応は大したことが無かった。それどころか何故か俺を見ながら王を考える者が多かった

きっと孫策殿は度々市を訪れるのだろう。自分達は王と共にあると、王が招き入れたならば自分達は

それに従うと

 

本当に、まるで許昌のようだ。以前、孫策殿を評価した時、華琳に似ていると言ったが本当に良く似ている

 

そんなことを考えながら後ろで騒ぎながら着いて来る二人を他所に門から出て市へと足を向ける

 

市に入れば其処は新鮮な野菜や魚の匂い、活気で溢れる店員の声と賑わう民

そして道を駆け回る沢山の子供達。輝く宝石のような笑顔を見せる人々に俺は嬉しくなってしまう

毎日がお祭り騒ぎのような場所なのだろう。孫策殿の政策は実に巧く行っているのだろう

 

俺は人ごみに入り、ふらりと屋台で串焼きにされ火に炙られる魚に眼を奪われる

実に良い匂いを漂わせ、塩をたっぷりまぶしてじゅうじゅうと立つ音が食欲をそそる

 

「美味しそうだね、五本もらえるかな」

 

「おお、勿論美味いとも!今朝取れたばかりの新鮮なヤツだ兄ちゃん!」

 

「そいつは嬉しいな、幾ら?」

 

「これくらいだ」

 

串焼きの魚を木の皿に乗せ、値段の書かれた木札を指差す店主

俺は懐から財布を取り出し金を出そうとするがそこで気が付く、そういえば両替をしてないと

魏の通貨をつまみ、残念だと店主に見せて断ろうとすると、店主はそれを見て

大丈夫だ、安心しろと肩をバシバシ叩かれた

 

「安心しな、此処じゃ魏の通貨も使える。魏と此処、柴桑を行き来する行商人は多いからな」

 

「へぇ、凄いな。助かったよ、こんなに美味そうな魚を目の前でお預けされるなんてたまったものじゃない」

 

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。よし!魏から来た客人に、いや三夏の舞王さんにデカイヤツを食わせてやるよ!」

 

店主はでかい声で三夏の舞王と言うと、先程皿に載せた魚を火に戻し、大き目の魚を六匹皿に載せてくれた

おまけだ、柴桑を楽しんでいってくれと言う店主。やはり俺が魏から来た夏侯昭だと言うのが解っているようだ

それなのにも関わらず、気持ちの良い対応。やはり此処は良い所のようだ

 

店主に軽く礼をして焼けた魚にかぶりつく、身の大きい魚だというのにも味は大味ではなく

細やかで油の乗った魚の味が口に広がる。コレは秋蘭が食べたら喜ぶだろうな

同盟が巧くいったら家族で此処に来るか、涼風も美羽もきっと喜ぶだろう

 

「あ、居たっ!居ましたよ劉封さんっ!」

 

「兄者っ!人ごみに入ると何時もコレなんですから」

 

駆け寄る二人、どうやら俺はいつの間にか二人を振り切ってしまったらしい

 

だが俺は悪びれる事無く更に残る最後の三匹のうちの一匹を口にくわえ

もう一匹を一馬の口に突っ込み周泰殿にも魚を渡す

 

一馬はまったくと串を手に取り、眉間に皺を寄せ怒りを表すように魚の腹からむしゃむしゃと食べていた

周泰殿は俺と一馬のやり取りに笑っていたが、またふらりと違う屋台に行く俺に慌てていた

 

ふむ、貝の串焼きもある。おお、肉もあるのか!味は甘味が強いな、呉が海に近いと言ってもここは

柴桑なのだから魚ばかりではないよな・・・っと、コレは魏で作った酒だ、華琳が考えた物だよな

魏からの行商人が良く来るといっていたのは本当だな。中には南蛮からの物だろうか

象牙らしき物の装飾品まで売っている。蜀からの行商人も来ているのかもしれん

 

相変わらずふらふらと市の屋台や店を出入りしてはその手に食べ物を抱え、次に見た瞬間にはその手に抱えた

食べ物が消えていることに周泰は驚いていた。どうやらこの柴桑に来るまで男は食事を制限していたようで

その枷を外した男の食事の量を一馬に心配そうに聞いていた

 

追いかける一馬達を気づく事無く振り切り、店を渡り歩き、ふと開けた場所に出る男

そこで足を止め、目の前に立つ桜に眼を奪われ見上げる

 

・・・市の中心に桜が植えてある。公園、いや広場といった所か。丁度良いことに花をも満開だ

花見には絶好の場所だなぁ・・・・・・よし

 

「お、追いついた。今度は何ですか兄者」

 

「あっ、劉封さん!また何処か行っちゃいました!!」

 

姿を消した男に追いついた時には既にその場には男は居なかった

 

男と言えば、真っ直ぐに先程酒が売っていた場所へと真っ直ぐに進み、もてるだけ酒を買う

大量の酒を購入する男に本当に買うのか?と店主は何度も聞き返し疑っていた

疑うのは無理も無い、とても一人で飲みきれる量ではないし、金額も相当なものだったのだから

 

「お、おい兄ちゃん。こんなに酒を買って如何するんだ?魏の舞王ってのは金持ってんな」

 

「この間給料だったからね、でもコレで素寒貧だよ」

 

「はぁ?面白い兄ちゃんだな、で酒は?」

 

「この先の広場で桜が咲いてるから酒盛りしようかと思って」

 

中央の桜に指を指す俺に呆れる店主、俺は笑顔を返し金を払う

丁度良く俺を見つけた一馬と周泰殿に酒を渡し、中央へ持っていってくれと頼むと

首をかしげていたが「いいから、いいから」と背中を押して桜のほうへと向かわせた

 

「酒盛りなんて三人でやるのかい?」

 

「いや、そこら辺の人なら誰でも良いんだ。俺は同盟しに来たんだ、呉の人達と仲良くなりたい」

 

俺の言葉に俺の表情を覗き込むように顔を近づけ、訝しげに信じられんと言った表情を取る

そして俺が持つ残りの酒を俺から奪い、酒盛りなんて楽しそうなことをするなら俺が酒を運んでやると

言って屋台をたたみ、屋台ごと桜の木が植えられた広場へと行ってしまった

 

本当に、此処に居る人たちは気持ちの良い人ばかりだ、魏から来たばかりの俺を警戒や恨みの目で見るのではなく

器大きく、俺を容易に受け入れてしまうのだから

 

さて、次は肴をと食べ物の屋台のほうに振り返れば、近くで聞いていた酒を買いに来た老人が近づき

俺の姿を上から下までまじまじと見ると背に刺繍された魏の一文字を眺める

 

白髪で白い髭をたくわえ、俺よりも背は頭一つ分低いその老人の眼は穏やかな湖面のような瞳

腰は真っ直ぐに伸ばされ、胸を張り半そでから覗く腕は俺よりも一回り太く、細かい刀傷が幾つも刻まれ

顔の皺と傷はどちらが多いのかわからないほどで歴戦の兵であることが一目で理解できる

まるで無徒だ、きっとこの人はずっと昔から孫家に仕える兵士なのだろう

 

そんな呉の老兵はニヤリと笑うと

 

「ワシでも構わんのか舞王殿」

 

と一言。俺が笑顔で勿論と頷くと声を上げて笑っていた

 

「面白いのぅ、同盟などは何時の世でも口ばかり、表面ばかりのものじゃ。しかしアンタはそうではなく

友になりに来たと言うのじゃな?」

 

「ええ、ですから先ずは皆さんと酒盛りでもしてみようかと。酒は腹を割って話すにはもってこいですから」

 

俺の言葉に更に声を大きく笑い出す。王よりも先に民の我等と友になるのかと

ならばどのように我等と友になるのか、そして俺はどのようなことを語るのか

楽しませてもらうと老人は一人、桜の立つ中央の広場へと歩を進めていった

 

「面白くなってきた・・・」

 

つい呟いてしまう。本当は貰った時間で市を見回り市井の人々と話して呉の情勢や

周瑜殿がどんな人物か聞き出し知ろうと思っていたが、そんなものよりも呉の人たちと交流する方が何倍も面白い

市を歩く人々の中には戦で兵として戦う人たちが幾らでも居る。その人たちに俺という人物を魏を知ってもらおう

 

そうと決まれば早くしなければ、残りの金は僅かだが全て使ってしまえ

食べ物も沢山買って用意しなければ

 

俺は踊る心を抑えきれず屋台へと走り出し出していた

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ、くっ、何処へ行った」

 

屋台の並ぶ市の中を走る冥琳

男を探す為に市を走り回るが目立つはずの空を切り取ったような真蒼な外套は見つからず

途方にくれてしまう。さらに頭に巡る男の予測される行動、情報を市で得るのか、それとも城内で兵力を見るのか

城内を自由に歩きまわれる時間を与えてしまった自分の失態

 

誰が思うだろうか、客としてこの地に来て何時来るか解らない主人をおとなしく部屋で待つわけではなく

城内を歩き回るなど。確かに待たせたと言う非は此方にあるが、普通ならそれを交渉の場で巧く使うものだ

しかし男は勝手に部屋から出て城内を歩くことでその非を無効にした。なぜならば主人が来た時に男は用意した部屋に

居ないのだから

 

だが城内を歩くことで男が得られる情報はどれほどのモノになるのか、慧眼を持つ男が市井の者だけではなく

兵として戦う者たちから恐らく自分の人物像どころか雪蓮の人となりまで知られることになるのだ

 

立ち止まり額を押さえ、自分の罪、失態を悔いているのは一瞬。冥琳は更に男を捜す為、市を走り出す

 

そんな中、冥琳は不思議なことに気が付く。走りながら周りを見回せば何時も賑わっている市がに人がほとんど居ない

それどころか道の端をコレでもかと言わんばかりに埋め尽くす屋台がまるで歯抜けしたようにぽつぽつとあるだけ

何時も雪蓮を市に捜しに来る時はこれほど閑散とはしていない、如何したことだろうと

 

更に大きくなる胸騒ぎ、走り続け市の中央、桜の木が立つ場所へと近づくと人が一人二人と増えていく

周りを良く見れば人々は皆桜の木を目指し、足を向けていた

 

今日は祭りなど無かったはずだと皆が向かう桜の方へ視線を向ければ見えてくるのは溢れんばかりの人

そして集まるは大量の出店。それどころでは止まらず、普段店をやっているような者たちまで近くで

出店を開き、人々は皆一様に酒を煽り、桜の中央では大きな歓声が上がっていた

 

冥琳の胸騒ぎを振り切るように走り、中央の広場に集まる喜びの声をあげる人垣を掻き分け前へと出ればその眼には

とても信じられない光景が写る

 

桜の木下、蒼天のような輝く外套を美しくはためかせ、桜の枝を一振り持ち

柔らかく微笑み、軽やかに、そして暖かい優しさを感じさせる

 

桜をまるで大切な自分の娘のように優しく手で包み、またその桜を人のように見立て

手を繋ぐように舞う

 

桜は櫻、嬰児(赤子)、櫻の実は子の誕生を祝う赤き貝の首飾りの色

桜を子供に見立て、まるで宝を守るように、優しく包むように舞を舞う男

 

周りでは先程の老人が手を叩き自由にバラバラではあるが心底楽しそうに舞い踊り

舞には音楽が必要だろうといつの間にか集まった楽隊が音を奏で

人々も桜の近くに居るものは音楽と男につられ自由に舞い踊っていた

 

酒屋の店主も男の買った酒では足りないと蔵から貯蔵しておいた酒を持ち出し、儲けを度外視で酒を振舞っていた

 

まるで昔から呉の一員であったかのように手を叩き、人々と肩を組み笑いあう男

 

「・・・コレが舞王か」

 

冥琳は唇をかみ締め、拳をきつく握り締める。一瞬でも自分の心が奪われたこと

そして今目の前で見せられる慧眼と呼ばれる男の真価に苦虫を噛み潰した様な顔になる

 

男の真の力とは、舞や眼などではない、ましてや人を率い、修羅と呼ばれる魏兵と共に戦う舞王という姿でもない

人を惹き付け和を成す。そう、まるで空で集まり群がる雲のように

 

男を過小評価していた訳ではない、ましてや過大評価していたわけでもない

唯、男を普通の人物と将と同じく考え計ろうとしたことが間違いであったのだ

 

同時に後悔をする。この男を呉に招き入れてしまったことを

魏と戦になれば、此処で男と笑いあう時間を共有した民は不満を口にし、下手をすれば士気など上がらない

冥琳は悔しさと己の犯した失態の大きさにその場に立ち尽くし、男を睨みつけることしか出来なかった

 

 

 


 
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