建業の城に届いた書簡を見て、冥琳の顔が苦悩に歪む。
冥琳の強硬な反対と説得で何とか保留となった三国同盟の是非。
そんな中で蜀と魏の連名で送られた書簡の内容は、三国同盟会議を建業で開催するという短いものだった。
"開催するか相談しよう"ではない。
"開催する"という決定事項だ。
そしてその日取りは一週間後。
という事はすでに国を出発している筈で、今更拒否など出来ない。
これはもう脅迫だ。
狙いを透かさなくても狙いが一刀だと知れる。
「なりふりかまわず動くか・・・」
もし、自分が他の国の立場であれば同じように動いたであろうことは容易く予想できるだけに、
冥琳は自嘲の笑みを浮かべた。
だが予想出来ない事もある。
蓮華と雪蓮だ。
村から一刀を連れてきて以来、蓮華の覇気は見る者を圧倒する程に増大している。
すでに雪蓮を超え、覇王曹操と並ぶと囁かれ始めていた。
そして以前と明らかに違うのはその采配。
以前は甘さがあり、理想と現実の狭間で狼狽している事が多かったが今は非情な采配も躊躇い無く発し、
結果を残している。
凄まじい成長振りだ。
兵達ばかりか、有力諸侯の中でも心酔するものが現れ始める程・・・。
その原因が『天の御遣い』では、彼の評価も増々肥大している。
曹操が覇王足り得たのも彼のおかげだとする声もあった。
『天の御遣い』ある所に覇王が育つとすれば、これ程の"宝"を手放したい者がいるだろうか。
蓮華の力が増せば増すほど『天の御遣い』を手放したくない者達が増えるだろう。
それは・・・『天の御遣い』が争いの中心となっているという事・・・。
「ふぅ・・・」
冥琳が手にした書簡を置き、一度溜息をつく。
危険だ。
このままでは・・・やがて一刀が傷付く。
そして・・・雪蓮。
あれから口を聞いていない。
部屋に引きこもり、ほとんど外出している様子は無かった。
時折穏が説得の為に出入りしているようだが、それ以外は近づく事すらさせていないようだ。
書簡を置き、蜀と魏の者を迎える準備の手順が書かれた書簡に手を伸ばした時、扉をノックする
音が聞こえた。
今この城でノックをする者は一人しかいない。
────ドキン!と心臓が跳ね上がる。
瞬時に顔が赤くなり、慌てて立ち上がろうとして膝を机にぶつけた。
あまりの痛さに膝を押さえて涙目になった時、もう一度ノックが響く。
「ちょ・・・ちょっと待て!」
痛む膝を擦りながら席に戻り、一度深呼吸をしてササッと眼鏡を直す。
「は・・・入っていいぞ・・・!」
「お邪魔しまーす」
入ってきたのはやはり一刀。
その手にはいくつかの書簡、竹簡を抱えていた。
「頼まれていた学校整備事業の件だけど、この国の状況と照らし合わせて修正しておいたよ。
それと、魏から来ていた都市開発計画と治水工事計画のやり方の修正案もまとめておいたから確認して欲しい」
「あ・・・ああ、ありがとう」
笑顔で机の上に書類を置く一刀の顔がまともに見れず、俯きながら書き物をしているフリをする。
一刀は大学でそっちの勉強をしていたばかりか、教授の発掘の手伝いをしていた時に漢文の読み書きも習っていた。
そして一刀がこの作業をする代わりに、呉が国を挙げて『にゃあ黄巾党』の事と『靖王伝家』
の在り処を調べているのだ。
「えと・・・冥琳・・・さん?」
「冥琳だ。"さん"はいらない」
一刀が声を掛けたが、"さん"付けをした途端傷付いたような切なげな表情で軽く睨まれ、
思わず「う・・・」と詰まる。
「えと、ごめん。冥琳・・・と言うか、今更だけど最初に会った時、突然真名を呼んだけどよかったかな・・・?」
あの時は突然頭に名前が現れた為呼んだが、よく考えれば真名だよな?と気になった。
「何を言う。お前だからよいのだ。他の者も真名で呼んでくれと言っていただろう」
気を失った一刀を森から城の医務室まで運んだのは冥琳だ。
会議が終わり医務室に駆け込んだ時、丁度一刀が目を覚ました。
それから一晩休み、次の日玉座の間へ連れて行かれた一刀は熱烈な歓迎を受ける。
一人逆さ吊りにされている人物が気になったが、抜け駆けしようとした罰じゃから放っておけと笑う祭に
一瞬ピクリと冥琳が反応し、一刀はピクリともしない天井のそれを見ながら顔を引きつらせていた。
そしてその場にいた蓮華、思春、明命、祭、穏、亞莎、そして冥琳と正式に真名を交換したが、
相変わらず雪蓮は閉じこもったまま。
その後冥琳、穏、亞莎との会話で一刀がやはり出来ると感じ、『にゃあ黄巾党』と『靖王伝家』の
調査の代わりに政務を手伝ってもらう事となった。
魏から『天の御遣い』の書いた書物が届いてはいたが、内容が呉の実状と合わずに手付かずだった
部分を全て一刀が呉の実状に会わせて加筆、修正するのだが、そこで一刀は脅威の能力を見せ付ける。
穏と亞莎が三年かかっても出来なかった部分をたった一晩でやってのけたのだ。
それも一人で。
『この外史の一刀』の残した現代の知識は魏でも完全に身にする事は出来ていない。
当時の『この外史の一刀』ではそこまで出来ず、概念を残すだけになっていた部分を
一刀が完全な形にしたのだ。
────これでさらに手放せなくなったか・・・。
一刀のまとめた書簡の表紙を撫でながら思う。
元々手放すつもりなど無いが・・・と。
スッと立ち上がり、『にゃあ黄巾党』についてまとめた書類を取る。
その書類を一刀に渡しながら眼鏡をもう一度直す。
やはりまだ緊張しているようだった。
「黄巾党は先日の村に襲撃して来た者達が主戦力だったらしく、今は"なり"を潜めている。
その代わりに今一番人が多く集まりつつある場所がわかった」
冥琳の話に素直に頷く一刀のその姿を見ながら、ひっそりと微笑む。
だが、次の話はあまり気持ちのいいものではないだろうと表情が曇る。
「恐らく呉と魏の境の辺り・・・赤壁近辺だ。もしかしたらそこに偽三姉妹も来るかもしれない」
"赤壁"と言った時のわずかに反応した一刀の様子から、やはり記憶が・・・と俯く。
一刀に魏の記憶が無い事は話の中から知れた。
今はなるべくその事に触れないように全員が注意している。
一刀はその時「おお・・・あの決戦の場か・・・」と思っていただけだが。
「だがまだ集まっているという段階だ。追加で調査しなければならない。それと『靖王伝家』の件だが、
やはり魏の国内に持ち出されたようだ。思春の部下がそこまで追いかけたがそれ以上は追えなかった
・・・すまんな」
「いや。冥琳が悪いわけじゃないし、そこまで分かっただけでも上出来だよ。何しろオレだけだと────」
一刀の口が冥琳の口によって塞がれる。
目を白黒させている一刀だが、引き離せない。
何故か抵抗できなくなるのだ。
剣が・・・カチリと鳴った気がした。
やがて冥琳がゆっくりと体を離しながら、潤んだ瞳で一刀の瞳を見上げる。
「御褒美があれば、さらにやる気がでるぞ・・・」
甘い吐息と共に出た言葉に一刀は顔を赤くしながら心の中で必死で抵抗するが、
押し付けられた胸の感触と、擦り寄る足の感触、そして頭の後ろに回された手の感触でゾクゾクとする
感覚を抑えきれない。
まだ最後の一線は越えていない。
だが────
(凪・・・助けてくれ!このままだと・・・!)
飛び出そうとする種馬を、凪の怖い顔を思い出しながら必死に抑える一刀だった・・・。
部屋の窓の外から離れる気配があった。
部屋の中の二人は気付かない。
やがてその気配は庭まで出た。
気配の正体は────雪蓮。
思いつめたような表情で俯き、佇むその姿には小覇王といわれた貫禄は無い。
グッ・・・と握られていた右手を開けばそこには指輪があった。
(・・・誰にも渡したくない・・・)
その指輪を見つめながら思う。
そして・・・その指輪を左手の薬指に嵌めれば、測ったようにピッタリだった。
スウッと顔を上げた雪蓮の瞳に炎が宿り、覇気が急速に戻る。
それはかつてを上回るほど────
三国同盟会議まで後一週間。
始まれば魏に取り戻されるかもしれない。
ならば・・・。
雪蓮の覚悟が決まる。
危険な覚悟。
その覚悟は三国の運命を大きく変える程・・・。
(すべてが整うのは会議前日・・・それまでは精々甘えていなさい・・・冥琳・・・ッ!!)
そして────三国同盟会議前日の朝が来た。
お送りしました第33話。
赤壁・・・魏と呉の間ですね・・・っとちょっとネタバレ。
さて。イラスト版その5のコメでも書きましたが
突如企画を思いつき、誰もいないからいいかと思っていたら
2名もいらっしゃいましたw
第一弾「黒愛紗」
本日夕方up予定です。
第一部最終決戦バージョンにしようと思って書いたんですが、
衣装を黒い神事服にするといよいよ誰だよってことになったので
書き直していつもの服バージョンですw
では、ちょこっと予告。
雪蓮がついに行動を起こす。
それは王の立場を捨てた雪蓮にしか出来ない事。
だが蓮華と冥琳がそれを許す筈も無く・・・。
「王の頭」
ではまた。
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魏と蜀の連名で送られた書簡の内容はとても短いものだった。
何としても一刀を手放したくない冥琳はその事で頭を悩ませるが・・・。