洛陽の城の玉座の間を重い沈黙が支配していた。
聞こえるのは流琉のすすり泣く声。
その前には『靖王伝家』が置かれ、皆の視線がその剣に注がれている。
その場にいるのは華琳、桂花、風、稟、真桜、卑弥呼、そして流琉だ。
秋蘭と凪も針の治療を受けたが秋蘭は心の傷から、凪は過度の生命力低下により起き上がれない。
華佗は二人に付き添っていた。
「非常にマズイ状態だな・・・」
口を開いた卑弥呼に皆の視線が集まった。
「どういう・・・ことかしら?」
華琳の声も重い。
華琳は華佗の針の治療で昏睡状態の後遺症は無く、すでに普通の生活が送れるまで回復していた。
「『靖王伝家』の真の力・・・太平妖術の真書にアクセスできる者がいるとは・・・」
「真書・・・?あくせす・・・?それは"太平要術の書"とは違うのですか?」
卑弥呼の言葉に稟が眼鏡を直しながら問いかける。
「ふむ・・・何から説明をすればいいのか・・・まずは太平要術の書と太平妖術の真書の
違いからだが、そもそもにして真書は書物ではない。そして太平要術の書はあくまでも真書の要点
をある程度写しただけのものだ。重要な部分を省いた・・・それもかなり質の悪い物だな」
「書物では無い・・・とはどういうことでしょうー?」
風が興味深げにするの見て、卑弥呼が少し考える素振りを見せた。
「先にある程度しか話せない事になっておるので曖昧な表現になるのを理解して欲しいが、
真書は簡単に言えば"目には見えない書庫"の事で、その書庫の中にはこの世界全ての書物を
合わせた物よりも膨大な情報があるのだ。何しろいくつもの外史の情報があるからな。
そして『靖王伝家』の真の力とは、その書庫の中から必要な情報を取り出す司書のようなものじゃ」
「そこから情報を取り出すのと、一刀の記憶の関係性は・・・?」
「そこから取り出した情報は・・・『天の御遣い』の記憶に上書きする事が出来るじゃろうて」
「うわ・・・が・・・き・・・?」
華琳の唇が震えている。
うまく声が出せない。
桂花と風、稟も愕然とする。
真桜はよく分かっていないようだった。
「つまり・・・『靖王伝家』があれば『天の御遣い』の記憶を自由に変える事ができるという事だ。
それこそ・・・全てを忘れさせ、自分だけを愛するように記憶を変える事すらできるであろう」
全員の言葉が失われる。
パサッ、と桂花の持っていた書簡が床に落ちる。
「う・・・そ・・・でしょ・・・何を・・・いってるのよ・・・アイツが!!、アイツが私たちを
忘れる訳がないでしょ!!!」
桂花の叫びに、流琉がビクッ!と体を震わせた。
「桂花・・・!、それ以上は駄目よ・・・それで卑弥呼、私達の見た幻は何なの?」
華琳の制止に桂花がハッとして一瞬流琉を見た後、後悔の念で項垂れる。
今の言葉は実際一刀と会った流琉を、より傷つけるものだと桂花も理解しているのだ。
「あれは『靖王伝家』と真書が接続された際に漏れ出した記憶だ。どうやら無理矢理接続したせいで
漏れ出したようだな」
「愛紗は・・・その力を使って・・・一刀をどうしようというの・・・?」
「・・・わかるのは『天の御遣い』を手に入れようとしている・・・という事のみ。
いや、手に入れる事こそが本懐なのかもしれんな」
「何故・・・愛紗が・・・?」
「それこそ分からん。『天の御遣い』は魏に降りた。蜀ではない。なのに何故、関羽がおのこを求めるのか。
そして五胡の出現・・・さらには黄巾党の復活・・・何かがおかしい・・・」
卑弥呼の言葉を最後に再び重い沈黙が降りた。
その時────
「ではー、現状を整理しましょうー」
「・・・風・・・?」
風の何故か場違いな程明るい声に稟が訝しげな顔をする。
「お兄さんはこの世界に再び降りているけれど、風達の事を忘れている・・・その原因は『靖王伝家』。
でもその剣はここにありますねー。そして・・・この剣とお兄さんが揃えば私達の事を・・・」
「上書きできる」
背筋が凍りついた。
風の気配が違う。
口調こそいつもと同じだが、ふざけた雰囲気が感じられない。
そこで風がクルっと流琉を見る。
「そして、今・・・お兄さんは・・・呉にいるんですよねー・・・」
話を振られた流琉が唖然としながらも、慌てて頷く。
「お兄さんを奪い返しましょう」
「「「え・・・!?」」」
あまりの事に華琳でさえ唖然とする。
風の言葉とも思えなかった。
「アンタ、何を言ってるかわかってんの!?また戦争でも始めようというの!?」
「そ、そうですよ、風。何を言っているんですか!?」
桂花と稟の焦りの声を涼しい顔をしてやり過ごし、華琳の顔をじっと見つめる。
「風は・・・お兄さんが誰かに取られるのはこの国の誰かならまだ我慢できます・・・でも・・・
それ以外の他国に奪われるのは我慢できないのですよ・・・華琳様」
その瞳には、炎が見える・・・怒り・・・いや、それ以上の憎しみだ。
それは嫉妬の炎か────
華琳が風の瞳に愕然となる。
「ウチも・・・賛成や・・・」
「「ま、真桜!?」」
突然の真桜の発言に再び騒然とした。
「『靖王伝家』があれば隊長の記憶を自由に変える事ができるんやろ・・・そして・・・あの幻を見たんは
ウチらだけやない・・・そうやろ、卑弥呼はん」
「う・・・うむ・・・様々な外史の記憶が流れ込んだからな・・・」
「なら、呉も敵となったっちゅうことやないか・・・」
ギリ、という歯軋りをさせて真桜が拳をきつく握り締める。
「待ちなさい!!三国同盟を解消させるというの!!?」
華琳が立ち上がり、風と真桜を見るがその意思は固い。
「私も・・・風さんと真桜さんに・・・賛成です・・・」
「流琉・・・!?」
華琳を見上げた流琉の瞳から、とめどなく涙があふれる。
「華琳様・・・・・・あの兄さまが・・・私を・・・分から、なかっ、たん、ですよ・・・」
我慢できずに俯き、涙を流しながらしゃくりあげる流琉の姿がさらに小さく見えた。
その姿が────心をかき乱す。
流琉の様子に桂花と稟ですら黙り込む。
「貴方達!まさか貴方達まで・・・?!」
「わ・・・私・・・は・・・」
焦る華琳に答えようとした桂花の言葉が詰まる。
幻視の最後に見た一刀の苦しむ姿が、再び桂花の脳裏を掠めた。
そこが・・・呉・・・ならば・・・。
スウッ────と、桂花が華琳の瞳を見据える。
「華琳様・・・申し訳ありません────」
「桂花!!!???」
これで残すは華琳と稟のみ・・・。
「一度落ち着いてください!このままでは私達も分断することになります!これは性急に事を進める
事案ではありません!」
稟が慌てて執り成そうとするが、重い空気が漂う。
「貴方達の気持ちはよく分かるわ・・・でも、少し待ちなさい。三国同盟は一刀の願いでもあったのよ。
いきなりそれを壊す訳にはいかない・・・せめて先に蓮華に接触してみましょう」
納得は出来ない・・・だが、一刀の願いと言われれば、押し黙るしかなかった。
しばらく続いた沈黙が、稟の溜息で破られる。
「華琳様・・・もう一つ問題があります・・・裏切り者の件ですが」
稟が静かに話し出し、眼鏡の奥の眼光が鋭くなる。
「沙和と・・・思われます」
空気が、凍りついた。
「ちょ・・・ちょっとまってーな!!なんで沙和が・・・!」
「真桜、まずは稟の話を聞きなさい」
激昂しかけた真桜を華琳が嗜める。
その様子を見ながら稟が考察を語りだす。
「最初はその手際から秋蘭殿を疑いました。ですが・・・果たして秋蘭殿であれば、あえて証拠を残すでしょうか。
そして一人の死者も出さない・・・というやり方はやはりおかしいです。あの時現れた人形は数こそ膨大でしたが、
一体一体は侍女の攻撃ですら怯む程度、という事でした。そしてその殆どが実体の無い幻であったと・・・」
チラリと見た卑弥呼が頷く。
「秋蘭殿であれば・・・そこは甘さを残さない筈です。その他にも怪しい点はありますが、札を貼った、のでは
無く・・・証拠が残るような事から、"場所を指示されて"貼ったものと思われます。この点から考えれば
秋蘭殿であるならば、自ら考えるでしょう。そして凪であれば挙動不審な動きになり、真桜であれば更に手を
加えたりする・・・とすれば・・・あの時、札を貼る事が出来たのは・・・沙和のみです」
「なんで・・・沙和が・・・なんでや・・・」
真桜の呟きに稟が一度眼鏡を直す。
「この詰めの甘いやり方・・・覚えがあります」
稟の静かな声が玉座の間に響く。
それは玉座に座る者に向けられた声・・・。
「朱里・・・ね・・・」
華琳が苦悶の表情を浮かべる。
(そう・・・だから・・・稟・・・あなたも・・・)
「三国同盟は破棄すべきです」
華琳の"味方"は────いない。
お送りしました第31話。
あ。ただいま友人に頼まれて携帯でも見れるよう、にじファンでも同名で上げております。
語りではございませんのでよろしくおねがいします。
では、ちょこっと予告。
星の報告を受けた紫苑は桔梗にある相談を持ちかける。
「思惑」
ではまた。
Tweet |
|
|
34
|
1
|
追加するフォルダを選択
流琉の報告を受けた一同は声も出ない。
卑弥呼が語る事とは・・・。