部活を終え、2人の先輩たちにからかわれつつも余計な気をまわされた勇斗は、舞を送って行くと告げて逃げるように学校を後にした。
「もう、先輩たちったら」
「ハハハ……」
言葉では悪態をつきながらもどこか嬉しそうな舞。
勇斗もまた、乾いた笑いしか出てこない。
「そ、それで、勇君は今どこに住んでいるの? 前に住んでいた家は、もう無いんだよね?」
「ああ、今は駅前に出来たマンションに一人暮しさ。まだ、父さんの仕事のほうが完全には片付いていなくてね。だから、オレだけが入学式に合わせて、先に日本に帰ってきたってわけ」
その言葉に舞は驚いたように顔を上げる。
「え、駅前って、私の家から全く反対方向じゃない! どうして言ってくれなかったの!?」
「いや、だって聞かれたの今だし……」
「そ、それはそうだけど……。なら、私はここでいいから。覚えてるでしょ? 私の家って、ここからすぐ近くだし」
「ん~、いや、いいよ。最後まで送らせてくれ」
「でも……練習で疲れてるのに」
「大丈夫だって! それに、今帰るんならやっぱりきちんと最後まで送って行った方がオレも安心するしさ。な?」
そう言って爽やかな笑顔を向ける勇斗。
「もう、そんな風に言われたら何にも言えないじゃない」
「まぁまぁ。それじゃ、こんなところで油売っていてもしょうがないし、行こうか」
「うん♪」
「ただいま~♪」
玄関を開けて舞がバッグを置くと、奥からエプロン姿の、舞に瓜二つの美しい女性が現れた。
「お帰りなさい、舞。随分遅かったのね」
「あ、うん。今日から野球部でマネージャーをやることになったから、暫くはこれくらいになるかも?」
「そう。夜道には気をつけるようにね。じゃあ、すぐに夕食の準備を済ませちゃうから、あなたも早く着替えてらっしゃい」
「あ、お母さんちょっと待って。その前に紹介したい人がいるんだけど……いいよ、入ってきて」
舞に促され、少し恥かしそうに玄関に入ってくる勇斗。その姿を見て思わず舞の母。
「あら、なぁに? 舞ったら、入学してもう彼氏を見つけたの? まぁ、そういう年頃なのはわかるけど、もうちょっとゆっくりでもいいんじゃないかな。まぁ、私は舞が選んだ人なら問題は無いと思うんだけど……」
「ちょっとちょっとお母さん!? イキナリ何を言い出すのよ!!」
「何をって、あなたが紹介したい人って言うから……」
「だからって、わ、私に彼氏だなんて、その……」
思いっきり楽しそうに娘をからかう母親の姿に、
勇斗はようやく日本に帰って来た事を実感した。同時に、鮮明に記憶に残る相変わらずの母娘の遣り取りに、思わず笑みが零れてしまった。
「相変わらずですね。おばさん」
「え?」
「分かりませんか? オレですよ。杉村勇斗です」
「勇斗って……杉村さんの家の、あの勇斗君?」
「そうですよ。忘れちゃいましたか?」
「そんな、忘れるわけないじゃない。でも……」
「?」
「随分と格好良くなっちゃって。おばさん、ビックリしちゃったわよ」
「え、そ、そうですか? 確かにちょっと背は伸びたと思いますけど」
事実、舞の母――唯(ゆい)の記憶の中の勇斗は小学四年生の頃のままで止まっている。当時から、将来有望な少年であったが、実際に蓋を開けて成長した彼を見てみると、その時の想像以上に逞しく感じられた。
ちなみに勇斗の身長は175センチ、体格も筋肉質ではないものの、十分に引き締まった男のソレ。普通なら女性が放ってはおかない。が、野球以外にこれといった趣味を持たず、更には自己主張の強い女性を苦手としていたため、そういった傾向のアメリカの女性とは、友だちにはなれても男女の雰囲気には一切ならなかった。そうやってフラグを叩き割って来た結果、「自分はそれほど女性受けするようなタイプではない」と、勝手に自己完結してしまっていたのだった。
「でも、おばさんだって全然変わってなくて。街で会ったら舞のお姉さんと言われても分からないですよ」
「あらあら、勇斗君ったら。アメリカに行って格好良くなっただけじゃなくてお世辞まで覚えて来たの?」
「そんな、お世辞なんかじゃないですよ!」
「そう? なら、ありがとうね。でも、まさかあの勇斗君にそんな事を言われる日が来るなんて、私も年を取ったはずよねぇ」
しみじみと左手を頬にあて「ふぅ」と遠い目をする唯。
「お母さんったら、もう! それよりも、勇君。どうせ今帰っても夕飯なんて出来てないんでしょ? だったら、今日はウチで食べて行かない? 積もる話もあるし」
「そうねぇ、それがいいわ。そうしましょ。じゃあ、すぐに勇斗君の分も用意するわね。男の子だもん、いっぱい食べるでしょ? それまで勇斗君はお風呂にでも入って汗でも流しておいて。大丈夫、着替えなら主人のものがあるから」
「そうね。勇君、先に入りなよ。その間に私が着替えを用意しておくから」
「あらら、舞ったら新婚さんみたい。そうねぇ、いい予行練習になるかもね~♪」
「お母さん!! いいから、早く夕食の準備しちゃって!!」
その後十分間。当の勇斗を完全に忘れ果てた母娘の口喧嘩が繰り広げられた。
入浴後、リビングにはすでに着替えを済ませた舞が座っており、勇斗と入れ替わるようにバスルームへと姿を消した。
勇斗はリビングに移動し、飾られている遺影に手を合わせた。
その遺影には、20代後半ほどの優しく微笑む青年の写真が納められていた。
彼の名は栗原豊。
かつて、勇斗の父・晋作とともにパワフル高校野球部を甲子園出場に導いた舞の父親である。
パワフル高校は戦後の復興期に出来た伝統ある都立高校で、かつては野球の名門校として全国に名を馳せた。が、ここ数年は低迷し、流石に万年緒戦敗退は免れているものの、決して突出する成績は残していなかった。
その他にも文化系、運動系共に、大会に出ればそこそこの成績は残すが、逆にそこそこ以上の成績を残す事は滅多に無い、つまりはごくごく平凡な都立高校であった。
だが、約二十年ほど前に、都内の並居る有名・名門私立校を打ち破り、久方振りの甲子園出場を決めた。
その時のチームの中心となったのが、幼馴染にして親友同士であった、杉村晋作と栗原豊。
甲子園では、初出場ながら決勝に進出し、優勝候補筆頭の『帝都大付属高校』と優勝をかけて争った。結果は敗れたものの、未だに記憶に残るベストゲームの一つとして、多くの野球ファンたちの記憶に残っている。
その後、二人共にプロとして誘いを受けたがそれを拒否し、大学進学への道を選んだ。
大学で二人は、こちらも幼馴染みで親友同士の美春と唯に出会い、それぞれ大学卒業後に結婚。互いに家族同士の付き合いを続けながら幸せな家庭を築いていた。
だが、ある草野球の試合の帰りに、悲劇は起こった。
その日は、当時小学1年だった勇斗が、父親たちの所属する草野球チームに初めて参加すると言うことで、いつもは野球に興味の無い舞までもがついてきた。そして試合後、はしゃぎながら駆け出す二人に迫る一台のスポーツカー。
音楽を聞いているのか、車外にまでその音が漏れるいかにも悪質なその車から、大切な子供たちを身を呈して守ったのが豊であった。
それ以来、唯と舞母娘は、母娘二人の慎ましい生活を送っていた。
舞が風呂から上がり、栗原家では久方振りに家族以外のお客を迎えての賑やかな食卓となった。
「そう。勇君も野球部に入部したの。やっぱり、血は争えないのね。それで、晋君(晋作)やハル(美春)が帰ってくるのはいつぐらいになるのかしら?」
「えっと……あと一ヶ月はかかると思います。何しろ急な転勤だったらしくて、色々と手続きとかが大変らしいですよ」
「なら、暫くは私たちで夕食をごちそうしようと思うんだけど」
「そんな、悪いですよ」
「遠慮する事は無いわよ。まぁ、本音を言えば、こんな夜道を娘一人で歩かせるのが少し心配だからなのよね。出来るならば信頼のおける人に送ってもらえたらと思って」
「もう、お母さんったら心配しすぎよ。私だって、もう子供じゃないんだからね」
「子供じゃないから心配なのよ……」
「ハハッ、分かりました、おばさん。そう言うことでしたら遠慮無く、お言葉に甘えさせて頂きます」
「ええ。遠慮無く甘えてちょうだい。それと勇君」
「はい?」
「私の事、出来ればおばさんと呼ぶのは辞めて欲しいなぁ、なんて思っているんだけど……」
そう言って、頬を少し染めながら上目遣いに覗き込む唯。
これだけを見ると、とても高校生の娘がいるとは思えない。
「え、えっと、分かりました。唯さん、でいいんですか?」
「ええ、そうしてくれると嬉しいわ」
嬉しそうに微笑む唯と、照れたように俯く勇斗を見て、不機嫌な表情を浮かべる舞。
「もう!! お母さんも勇君も、一体何考えてるのよ!!」
「え、お、オレもなの!?」
結局、勇斗と舞の高校生活初日目は、久方振りの再会と、それに伴う周囲からのからかい集中攻撃で幕を閉じた。
余談ではあるが――
「う~ん……はっでやんす。ここはどこでやんすか? オイラは一体何をしていたでやんす?」
「オイ、お前。こんな所で何をしている!」
「あ、用務員のおじさんでやんす。オイラはこの学校の生徒でやんす」
「ならばその証拠を見せてみろ」
「むっ、すぐに学生証を見せるから待つでやんす。って、あれ、無いでやんすねぇ」
「どうした。無いのか?」
「そんなはず無いでやんす。何処に行ったでやんすか!? あ、そういえばオイラの荷物は部室の中でやんす。って、閉まっているでやんすぅぅぅぅぅっ!!」
「ええい、諦めろ。話は用務員室でじっくり聞いてやる」
「誤解でやんす。話せば分かるでやんす!!」
「五月蝿い!! 見苦しいぞ!!」
「どうしてこうなるでやんすかぁぁぁぁぁ!?」
憐れ、矢部君。合掌。
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前回から随分と間が空いた割に、まったくお話が進まないのはどういうことなのだろうか……。
答え→推敲が好きすぎて、いじくっている内に時間が過ぎていきました。ごめんなさい。