第二十話 ~~連合集結~~
「郭汜(かくし)様―っ!」
洛陽の都に立つ城の中。
一人の男が息を切らしながら廊下を走っていた。
男は目的の部屋の扉を半ば破るように打ち開き、慌てた様子で部屋へと駆けこむ。
中では別の男が机の前に座り、手元の書簡に視線を落としていた。
男の名は郭汜といい、この洛陽を治める董卓に遣える文官である。
遣える・・・・とは言っても、この男に忠誠心などは全くない。
あくまで目立たぬように、董卓と言う名に隠れこの都を思い通りに操ろうと企らむ逆臣。
そして今走ってきたこの男も郭汜の部下の一人。
もはやこの城にいる者の大半は李郭の思想に共感し、董卓の事を主だとは思っていない。
「郭汜様っ!」
「なんだ騒々しい。」
郭汜は部屋に入ってきた男に対して興味も示さず、机の上の書簡に視線を落したまま言った。
だが落ち付く李郭とは対照的に、男は相変わらず慌てた表情で郭汜の傍まで駆け寄り、手に持っていた一枚の紙を差し出した。
「郭汜様、大変です! これをご覧ください!」
「・・・・・なんだこれは?」
郭汜は焦った様子の男を少しうっとうしそうに横目で見ながら、差し出された紙を受け取る。
その紙は男が握りしめていたせいでグシャグシャにしわがついていて、男がどれほど急いでいたのかを物語る。
しわのついた紙を広げその内容を確認すると、今まで落ち付いていた郭汜の表情が急に凍りついた。
「! これは・・・・・・」
「さきほど、袁紹のもとに送り込んでいる潜伏兵から報告がありまして・・・・」
「反董卓連合だと・・・・!?」
そう、紙に書いてあったのは、袁紹が董卓を討つため、各地の諸侯を集め連合を組織しようとしているという報告だった。
「バカな・・・・・どういうことだ!」
「どうやら、董卓が民からの税を軍備拡張に使いこんでいると噂が流れていたようです。」
「なんだと!?」
実際に税を軍備拡張に使っていたのは、もちろん董卓ではなく郭汜だ。
しかし郭汜が表立って動いていない以上、外から見ればそれは董卓の仕業と映るはず。
周りの諸侯からすれば、民に暴政をしく君主として討つには十分な理由になる。
「くっ・・・・・まさかこれほど早く戦いが起きるとは・・・・・」
郭汜がひそかに軍を大きくしてきたのは、いつかそれを意のままに操り、天下をとるため。
しかしその途中で他国の目に止まってしまったことは、大きな誤算だった。
「いかがいたしましょう、郭汜様。」
焦る郭汜の顔を、男も不安そうに見つめる。
すると郭汜は持っていた紙から視線を外し、不敵な笑みを浮かべた。
「フ・・・・・まぁいい。」
「・・・・・郭汜様?」
「すぐに必要な荷物をまとめろ。 三日以内に洛陽を発つ。」
「なっ・・・・洛陽を捨てるのですか!?」
「そうだ。 諸侯に手を組んで責められては、我らに勝ち目は無い。」
「しかし、洛陽を出てそれからどうするのです?」
「案ずるな。 次の手は考えてある。」
郭汜はそう言うと椅子から立ち上がり、再び怪しく口元をつり上げた。
「クク・・・・・予定は狂ったが、これでさらばだ・・・・・・・董卓。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
同じころ、当然連合集結の知らせは月のもとにも届いていた。
「そんな・・・・・・・」
小さく震える月の手に握られているのは、郭汜に届いたのと同じ内容の報告書。
しかし郭汜以上に、月にとってその報告はあまりに突然で、あまりに酷なものだった。
「月、落ち付いて。」
「詠ちゃん・・・・・」
月は今にも泣きそうな顔で、隣に立つ詠の顔を見る。
いつもならば『大丈夫』と彼女を優しく抱きしめているところだが、さすがの詠も今回ばかりは動揺を隠せなかった。
「まさかこんなに急に・・・・しかも連合軍なんて・・・・・」
詠は月の親友であると共に、董卓軍が誇る優秀な軍師。
もし諸侯に連合を組んで責められたなら、自分たちに勝ち目がないことは明白だった。
「どうしよう、詠ちゃん・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
すぐには答えられなかった。
もしここで判断を間違えれば、月を守るどころか洛陽に住む全ての人に被害が及ぶ事になる。
どうにかして月一人を逃がすことは簡単だろうが、優しい彼女がそんな事を許すはずがないのは詠自身が良く知っている。
月も助け、なおかつ洛陽の人々の命も救うには、方法は一つだった。
「・・・・・・逃げましょう。」
「え?」
「逃げるのよ、この洛陽を捨てて街の人たちと一緒に。」
それしかない。
このまま都を守るために戦ったところで、大群に飲み込まれて終わるのは目に見えている。
ならば一刻も早く、この都を捨ててでも連合軍から逃げることが、いま詠が考える最善の策。
「連合軍が集結してからここに来るまで、あと数日はかかるわ。 それまでにできるだけ早く、できるだけ遠くに逃げるのよ。」
「だけど、もし追いつかれたら・・・・・」
月の不安はもっともだ。
都に住む人々を全員逃がすとなれば、当然その中には小さな子供や老人も含まれる。
対して、相手は訓練された兵隊・・・・・足の速さの違いは歴然だ。
だがもちろん、詠もそんなことは分かりきっている。
「大丈夫よ。」
「え・・・・?」
「・・・・・・恋(れん)たちを呼びましょう。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
詠の呼びかけで、玉座の間には三人の武将が集められた。
「・・・・・というわけなの。 危険な戦いだけど、やってくれるかしら?」
「詠ちゃん、ダメだよそんなの!」
「月・・・・・・」
詠の考えた策。
それは、都の人々が安全なところに逃げるまでの間、連合軍を足止めするために防衛線を張るというものだ。
幸か不幸か、郭汜の強行的な軍備拡張により、今の董卓軍にはかなりの兵力がある。
連合軍に勝てないまでも、時間を稼ぐくらいは十分に可能なはずだ。
しかし所詮は一国の軍と連合軍の戦い、勝てる見込みなどあるはずもない。
この防衛戦に出ると言うことは、半ば自殺行為と言ってもいい。
そんな作戦を、月が許すはずも無く。
「逃げるなら皆で逃げなくちゃ。 戦ってる兵隊さんたちを置いてなんていけないよ・・・・・」
「月・・・・・・」
「心配あらへんよ、月。」
「霞(しあ)さん・・・・」
笑顔でそう言ったのは、呼び出された三人の武将の一人、張遼だった。
「ウチらのこと心配してくれる月の気持ちは嬉しいけど、ウチらは武人や。 主君を守るために戦えるんなら、こんなにうれしいことはあらへん。 な? 恋、華雄。」
「・・・・・“コク”」
「もちろんだ!」
「恋ちゃん、華雄さん・・・・・・・」
「月は・・・・・恋と、恋の家族助けてくれた。 だから今度は・・・・・・恋が、月のこと助ける番。」
「お任せ下さい董卓様。 この華雄、全身全霊をもって連合軍を止めて見せましょう!」
「連合軍か・・・・おもろいやんけ。 強い奴がよーさん居そうな気がするわ♪ だから戦いの事はウチらにまかせて、月はしっかり街の人たちを守るんやで?」
「皆・・・・・・・・・っ」
一つ、二つと月の瞳から涙の粒が流れ落ちる。
それはきっと仲間の身を案じてと、自分の為に身体を張ると言ってくれたことへの感謝の気持ち。
「月、皆の戦いを無駄にしないためにも、私たちは絶対に逃げ切るのよ。」
詠の目にも、涙が溜まっていた。
この作戦を提案したのは詠だ・・・・・仲間を危険な戦場へと送り出すことを一番悔しく思っているのは、恐らく彼女自身。
しかしここで自分が泣いてしまっては、戦うと言ってくれた皆の気持ちにいらぬ動揺を与えてしまうと知っているから、詠は必死に目に溜まる涙をこらえ、月の背中を押す。
その詠の気持ちに応えるように月も涙をぬぐい、ゆっくりと頷いた。
「うん・・・・・ありがとう、皆・・・・・」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
洛陽からはるか遠く、見渡す限りの岩場が広がる荒野。
董卓軍が対連合軍の準備に追われる中、それを討とうとする連合軍もまた、着々と集まりつつあった。
その中には、いましがた到着したばかりの一刀たちの姿もある。
「・・・・・ついに来たな。」
「うん、そうだね。」
目の前に広がる膨大な数の軍隊に、表情も自然と引き締まる。
既にその場には、曹操、孫策、公孫賛、そしてこの連合の首謀者である袁紹と、名だたる諸侯の旗があちこちに見てとれる。
それらの軍と比べれば、一見しただけでも自分たちの軍とどれほどの兵力差があるのかは一目瞭然だった。
しかしこうして覚悟を決めて連合に参加した以上、そんな事を言い訳にするわけにはいかない。
一刀は風に翻るいくつもの軍旗を見つめ、もう一度自分にそう言い聞かせた。
「ご主人様、とりあえず私たちも陣を張りましょう。」
「ああ、そうだね。」
ここに来るだけでも、かなりの距離を進んできた。
すぐそこに迫った戦いの為にも、少しでも兵を休ませておく必要がある。
群雄の入り乱れる中に隙を見つけ、一刀たちも天幕を張ることにした。
「ご主人様、天幕は張り終えましたよ。」
「ああ、ありがとう。」
作業を終え、愛紗が報告に来てくれた。
兵たちの手際のよい作業のおかげで、それほど時間はかからなかった。
「いつ動きがあるか分からないから、愛紗も今は休んでおいてくれ。」
「はい、それでは。」
一礼をして、愛紗は自分の天幕の方へと歩いて行った。
「さてと・・・・・俺も少し休んでおくか。」
正直この戦いに参加すると決めた日から、緊張と不安であまり眠れていない。
どんなに短い時間でも、休めるときに休んでおきたかった。
だが天幕に向かおうと歩きだすのと同時に、後ろから突然声が聞こえた。
「久しぶりね、一刀。」
「! 君は・・・・・・」
振り向いた先にいたのは、見覚えのある少女。
その金髪と、小さい体に似合わないほどの静かな迫力は、会ったのは一度とはいえ忘れるはずもない。
「曹操さん。」
「曹操でいいわ。」
そう言って曹操は細く笑う。
そのどこか自身に満ちた微笑みは、初めて会ったあの時と変わらない。
「あなたも来ていたのね、意外だわ。」
「ああ、まぁね。」
「あなたの事だから、仲間が傷つくのを怖がって出て来ないのではないかと思っていたのだけれど。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「?・・・・・・どうかした?」
皮肉のつもりなのだろう、曹操はいたずらっぽく笑って言ったその一言で、一刀の表情は暗くなる。
彼女が何気なく言ったその言葉は当たっていたからだ。
「・・・・・ああ、最初はそのつもりだったよ。」
「え?」
「これはすごく危険な戦いだ。 だから君の言うとおり、俺は皆が傷つくのが怖くて、ここに来るつもりはなかった。」
「・・・・なら、どうして来たの?」
「それでも、皆は戦ってくれるって言ったんだ。 たとえ危険でも、洛陽の苦しんでる人たちを救いたいって。 だから俺も覚悟を決めた。 皆が戦ってるのに、自分勝手な理由で逃げてる訳にはいかないからね。」
「フフ・・・・・そう。」
一刀の話を黙って聞いていた曹操は、やはりもう一度細く笑った。
「全く、やはりあなたは甘いわね。 そんな話を敵である私にするなんて。」
「なんとでも言ってくれていいさ。 前にも言ったけど、これが俺なりのやり方だから。」
「・・・・・そう。 まぁ、せいぜいこの戦いで命を落とさないように頑張りなさい。」
「あ、なんでそういつも上から言うかなぁ。」
「あら。 私と対等に話したければ、それ相応の努力をなさい。」
「はは、善処するよ。」
二人はお互いに顔を見ながら可笑しそうに笑う。
こうして話していると、この少女があの覇王・曹操だということなど忘れてしまいそうだった。
今から、お互いの運命を左右するような大きな戦いが待っていることも。
だが楽しそうに話す二人に、ゆっくりと忍び寄る影が一つ。
「かーずとーー♪」
“ガバッ!”
「うわっ!?」
もとい・・・・・全速力でダイビングする女性が一人。
「なっ・・・・・孫策!?」
いきなり後ろから抱きついてきたのは、孫策だ。
彼女も初めて会った時と変わらない満面の笑みで一刀の背中にぶら下がっている。
「ブ~、雪蓮でいいって言ったでしょ?」
首に手をまわしたまま、頬を膨らまして不満アピール。
曹操以上に、一国の王だと言うことを忘れてしまいそうだ。
「わかった! 雪蓮、分かったから離れて!」
「え~~」
改めて真名で呼ぶと、雪は渋々ながら腕を離してくれた。
もしあんな所を愛紗にでも見つかろうものなら、氷のような視線が烈火のごとく降り注ぐこと請け合いだ。
「で、どうしたんだ雪蓮?」
「ん? 何が?」
「いや、何がじゃなくて・・・・・俺に何か用があったんじゃないの?」
「んーん、別に。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
この王様は本当にフリーダムだ。
一切悪びれることなく満面の笑顔でそう言われては、言われた方は責める気にもなれない。
「だって~、一刀に会いたかったんだもん♪」
「そんな理由で王が陣を抜けてきていいのか?」
雪蓮のような美人に会いたかったと言われるなんて男冥利に尽きるが、さすがに大きな戦いを前にこれはいかがなものだろうと思う。
「バレたらまた周瑜に怒られるぞ?」
「大丈夫よ。 今冥琳は軍議で忙しいから。」
「・・・・・・・・・」
自分の親友が必死で仕事をしている最中に、自分は遊び呆けていていいのだろうか。
「全く・・・・相変わらずね、小覇王。」
「あら? なんだ、あんたも居たのね。」
一刀と話す雪蓮を見ながら、一人会話からはずされていた曹操は呆れたように言う。
すると雪蓮も今気付いたというように曹操に目を向けた。
「ええ。 あなたの方は、またあのちびっ子の命令かしら?」
「勘違いしないで頂戴。 あんな奴の命令が無くったって、こんな面白そうな戦い見逃したりしないわ。」
「あらそう。 まぁどっちだろうと私には関係ないことだけれど・・・・・」
「・・・・・・・なにか言いたげね。」
「いえ、別に。 けれど江東の小覇王ともあろうものが、いつまで袁術のような小物の下で埋もれているつもりかしら?」
「アラ。 そういうあんただって、黄巾党を討伐してから大した動きもできていないようだけど?」
「・・・・・言ってくれるじゃない。」
「お、おい 二人とも・・・・・・・」
さっきまでの和やかな雰囲気から一変。
いきなり歴史に名を残す二人の王の間に挟まれ、凡人の一刀は全身の血の気が一気に引いて行くのを感じた。
一歩間違えれば、ここでまた一つ戦争が起きてもおかしくは無い。
・・・・・・・のだが、その一刀の心配はどうやら杞憂だったらしい。
「・・・・・クス」
「・・・・フフ」
「へ?」
今にも切れそうなほど張りつめた緊張の中、急に向かい合った二人はどちらからともなく笑みを浮かべた。
「やめておきましょう。 こんなところで数少ない好敵手を失いたくはないわ。」
「あら、まるで戦ったらそっちが勝つみたいな言い方ね?」
「当然でしょう? この私を誰だと思っているのかしら。」
「フフ、口の減らないお嬢さんだこと。」
「それはお互いさまでしょう?」
「・・・・・そうね。 まぁいいわ、董卓を倒すまでは戦いはお預けにしておきましょう。 お互いの為に・・・・ね?」
「・・・・ええ。」
「・・・・・・はぁ~~。」
どうやら丸く収まったらしい二人の言い合いを聞いていた一刀は、大きくため息をついて胸をなでおろす。
さすがにここでこの二人が戦うなんてことになったら、今度こそ皆を連れてこの場から逃げ出すところだった。
「失礼します。」
「?」
ようやく三人を包む空気も穏やかになってきたところに、一人の兵士がかしこまった様子でやってきた。
鎧を見る限り、袁紹軍の兵士のようだ。
「何かしら?」
聞いたのは曹操だった。
「はっ! 間もなく我が軍の陣営にて軍議を行いますので、諸侯の方々はそれぞれ準備ができ次第ご出席ください。」
「分かったわ。 下がっていいわよ。」
「はっ。」
まるで機械のようだ。
用件だけをさっさと伝えて、袁紹兵は自軍の陣の方へと足早に去って行った。
「だそうよ、二人とも。」
「ああ。」
「はぁ~、軍議なんて面倒臭いな~。」
雪蓮だけは文句を言いつつも、三人はそれぞれの陣に戻ろうと足を向ける。
「それじゃあ一刀、また後で会いましょう。」
「ばいば~い♪」
「ああ、また後で。」
軽く手を振って、一刀は二人と別れた。
「さて・・・・・ここからだな。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
~~一応あとがき~~
いや~、書き始めた時はどうせすぐ飽きて終わるんだろうなぁとか思ってたんですが・・・・・なんだかんだでもう二十話まで来てしまいましたww
これも応援してくれる読者の皆さんのおかげですww
たぶんこれからもこの物語はかなり長いと思いますが、よろしければ最後までお付き合いいただけるとうれしいです。
さて、実は次回の話に初めて挿絵的なものをいれてみたいな~なんて無謀な願望を抱いております(絵が下手なくせによく言う・・・・・汗)
まぁとにかく、もし納得いくものができれば載せたいと思いますので応援よろしくお願いします
ノシ
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前回からだいぶ更新が遅れてしまって申し訳ないです 汗
とにかく二十話目です、どうぞご覧くださいノシ