一刀と七乃の旅が決定した。
それについて誰も文句を言わなかった。
それぞれの武将は己の国のために働かなくてはならなかったし、それに華琳と対等に話をすることが出来るのは、一刀ぐらいしかいなかったからだ。
もちろん、危険もある。
でも、一刀の殺気を一度でも味わったことのある人なら、心配なんてしないであろう。それほど、一刀の殺気は凶器に近いのだ。
だが、斗詩と猪々子は心配していた。
それは、記憶を失う前の一刀を知っている二人だからこそ、感じることだった。
―――一刀は、優しい。
乱暴な言葉遣いも、その並み外れた殺気も、すべては自分を守る盾であると同時に、相手に恐怖を与え、戦いそのものが起きないようにする一刀なりの逃げでもあり、そして気遣いでもあった。
一刀は武将たちとは比べ物にはならないが、一応、剣道をしていたこともあり、少しは剣を振るうことが出来る。
そして、その剣と一刀の殺気を合わせれば、並み大抵の敵には勝てる。
――人と殺し合う際に、一番感じてはいけないこと、それは躊躇いと恐怖である。
一刀は並外れた殺気で、相手に恐怖を与えている。
それは、一刀にとって有利ではあるのだが、逆に一刀は躊躇いを感じている。
・・・恐怖によって震えている相手を、斬り殺してもいいのか?
どんなに性格が変わっても、そう躊躇ってしまうのは一刀の優しさだった。本人は自覚がないかもしれないが、かつて盗賊と戦った時に傍で見ていた二人にはうすうす感じ取っていた。
そして、その躊躇いは旅先では大きな枷となり、そして死へとつながる。
斗詩と猪々子は考えた。
その躊躇いを取り除く方法がないかを。
そして、かつての一刀の言動をもとに、斗詩と猪々子は一刀に一つの贈り物をすることにした。
一刀と七乃が旅に出る前夜、一刀は斗詩と猪々子に呼び出された。
場所は城壁の上。誰にも邪魔されず、密談にはとっておきの場所であった。
一刀が指定された場所に行くと、そこには斗詩と猪々子がすでに待っていた。地面には袋に入った何かと、酒瓶が三つ。
「おい。来たぞ」
「お、兄貴遅いぞー」
「すみません、急に」
「遅れてわりぃな。んで、俺を呼び出した理由はなんだよ」
「いやさ、兄貴は明日行っちゃうじゃんかよ?だから取りあえずお別れってことで、酒盛りでもと思ってさー。なー斗詩」
「はい。このお酒は文ちゃんが選んでくれた良い物らしいですよ」
「んじゃ、少しだけな」
と、一刀は斗詩と猪々子の真ん中に腰をおろして、城壁に寄りかかった。
斗詩と猪々子もその左右に座り、そしてそれぞれ酒瓶を持ち
「兄貴の旅の無事を祈って」
「七乃さんの旅の無事を祈って」
「そして再び会えることを願って」
「「乾杯」」
ちん、と小さく瓶を合わせて、それぞれ酒瓶を煽った。
それからというもの、一刀と出会った時の話や、記憶を失う前にあったことなどを、斗詩と猪々子は一刀に語りかけるように話始めた。
一刀にとっては、自分であるにも関わらず、自分でないような不思議な感覚にとらわれながらも、楽しそうに二人の会話を聞いていた。
―――そして夜も更け、三人ともお酒の酔いが回ってきた。
「うぅ・・・・眠い。悪いけど、後は頼むよ斗詩」
と言って、猪々子が横たわると、そのまま規則正しい寝息を立て始めた。
「あぁん?猪々子って酒強かっただろ」
「多分、日頃の疲れが出たんだと思います。起こしたら悪いので、少し離れましょうか」
「んだな」
一刀と斗詩は立ち上がり、更に城壁の上へと登って行った。
斗詩は猪々子の気遣いに気が付いていた。
本当はまだ全然酔っていないだろが、寝たふりをすることで、一刀との二人っきりの時間を作ってくれたのだ。斗詩は親友の気遣いに感謝しつつ、この別れの前の逢瀬を楽しもうと思った。
城壁の上から見える風景はまさに絶景。街、そして夜空の月と星もすべてを見ることが出来た。夜風が吹き、酔って火照っている体には心地いい。
「一刀さん・・・・・あの、これをどうぞ」
と、斗詩は脇に抱えた大きな袋を一刀に差し出した。
一刀は中身は何だろう、と思いながらその袋を取っていく。
そして、姿を現したのは一本の剣のようなものだった。
長さは猪々子の大剣よりは短いが、今まで一刀が持っていた刀よりは大きく、そして不思議な形をしている。刀身はまるで鈍器のように長方形で、普通の刀とは似ても似つかなかった。しかもかなり重い。鉛でも詰め込んでいるのではないか、と思うほど重く、片手では持つことが出来ても、それを振るって戦うことは出来なさそうだ。猪々子のや斗詩たちの武器同様、両手で扱う武器らしい。
「・・・・・この剣、抜けないぞ」
そしてその剣には鞘が付いていた。だがいくら力を入れても抜けなかった。
「はい。これはその姿自体が武器なんです。刃はありません」
「はぁ?刀なのにか?これじゃあ、人は愚か、動物すら斬れねーぞ?」
茫然とする一刀に斗詩は微笑んだ。
「はい。これは、文ちゃんと私が考え出した、一刀さん専用の武器なんです」
「俺専用・・・?だけどよ、斬れなかったら意味ねーだろ」
「ふふ、だから言ったじゃないですか。これは一刀さん専用だって。
これは、刀じゃなくて、刀の形をした鎧、名付けて鎧刀なんです」
そう言って、斗詩は一刀が持っていたその武器を取り上げて、月光に照らす。
すると、月光に照らされてか、その鉛色の鞘が、黄金の光を放つ。
・・・・黄金色。つまり、これは
「これはですね、私と文ちゃんの鎧を溶かして再び鍛えて作った、一刀さん専用の鎧です。私と文ちゃんの想いがいっぱい詰まってる鎧です」
なるほど、鎧を刀にしたから鎧なのか、と一刀は納得したように頷いた。
しかし、斗詩はそんな一刀に首を横に振り、そして言葉を続けた。
「一刀さん。村でのこと、覚えてますか?」
「ん?あぁ、覚えているよ」
「あの時、一刀さんがなんて言ったか覚えてますよね」
「あぁ、当然だ」
「あの時「惚れた女を守るために、刀を握る強さはある」って言ったんです。つまり、一刀さんの強さは、
攻撃じゃなくて、守り、なんです。
これは、斬ることじゃなくて、頑丈さだけを取りえにした、刀であって刀でない。守ることしか出来ない刀なんです。だから鎧なんです」
「・・・・・」
「一刀さんの殺気だって、あれは攻撃のように見えますが、結局は自分と相手を守るための盾。
一刀さん。あなたは、人を殺す人じゃなくて、人を守る人なんです。守るために相手を殺す。じゃなくて、守るために何があっても守るんです。これで殴れば、怪我はするでしょうが、よっぽどのことがない限り、相手を殺すことはありません。間違っても、人を斬ることなんて出来ないでしょう」
「・・・・なるほどな、人を殺さず・・・・か、桃香みたいに甘いな」
「甘くないです。桃香さんは戦い事態を拒否していましたが、一刀さんは戦いに参加しても、守りしかしないんです。それはけして、戦うことを拒否しているわけではありません。一刀さんは天の使いであろうとも、私たちにとっては一人の男性。自分自身で言ったじゃありませんか。人一人で出来ることは限られている。
だから、一刀さん。それで私たちと自分を守ってください。
私たちは人を守るために殺すことしか出来ませんが、あなたには守れる力がある」
斗詩の力の入った言葉に、一刀は言い返そうとしていた口を閉じた。
どんな相手でも、殺さない。まるで、桃香のように甘い考え。
それに対して一刀は本音を言うと嫌だった。
だが、斗詩の言葉には何故か説得力があり、そして何を反論すればいいのか思いつくことが出来なかった。
「一刀さん。今回の旅は七乃さんと一緒ですよね。七乃さんは頭はいいですが、武力に関しては私たちよりも劣ります。
だからこそ、守ってください。
攻撃は最大の防御じゃなくて、
防御は最大の攻撃なんです
その防御こそが、一刀さんの攻撃であり、だからこそこれは鎧でありながら武器なんです」
「・・・・・くそ、言い返せない」
「一刀さんの傍にずっといましたからね。話術が上手になりましたよ」
「そうかい・・・・」
「この鎧はとても頑丈です。愛紗さんと恋さんに本気で攻撃されても、衝撃はかなり軽減されていて、あの二人の連続攻撃でも、よろめくことはありませんでした。なので、もし魏の武将が襲いかかって来ても、これで防げるはずです」
最初から、相手を殺すことを目的とせず、自分たちを守ることだけを優先すれば、一刀の力は最大限に発揮出来る。それが、斗詩たちが考えた結果だった。
本来であれば、攻撃と守りと回避の3つに上手に力を振り分けて戦うのが定石だ。
だが、一刀が最初からすべての力を守ることだけに専念すれば、例え武力があからさまに劣っていたとしても、一太刀で負けることはないだろう。そして、一刀が時間を稼いでいる内に七乃が攻撃するなり、逃げる策を考えるなり、次の動作を起こすことが出来る。あくまでこれは、時間稼ぎ。複数人の仲間が居ないと意味がない戦略だった。
「でも、お前たちの鎧がなくなっちまったじゃねーか」
「私たちの鎧は一刀さんですよ。そして私と文ちゃんが剣、七乃さんは頭脳。ほら、四人居れば、完璧ですよ」
「なるほどな・・・・四人で一つってわけだな」
「はい。だから・・・・早く帰って来てくださいね」
斗詩はぐす、と鼻を鳴らした。
せめて一刀を見送るまでは涙は我慢しようとしていたにも関わらず、こうして一刀といる時間を過ごせば過ごすほどに、別れた時に悲しくなってしまう。それでも、少しでも一刀の傍に居たい。例え、この後にどれほど寂しくなろうとも。
一刀は斗詩の頭を抱えるように抱きしめた。斗詩は泣き顔を見られたくないだろうと思った、一刀なりの気遣いだった。
斗詩は一刀の胸に抱かれながら、しばらくは味わえないであろう、一刀の感触を確かめた。自然と抱きしめる腕に力が入った。
「あ・・・・一刀さんの匂いがします・・・・」
「くさいか?」
「いいえ。とっても大好きな匂いです」
「そうか」
「・・・・一刀さん。もし、魏へ行って戻ってきたら、一緒にまた旅をしましょうね」
「そうだな」
「そして、いつか何処かで家を買いましょう。そこでみんなで暮らすんです」
「・・・あぁ」
「貧しくてもいいです。あなたと一緒に居られるなら、そこが私の居場所であり、私の幸せななんです。みんなで楽しく暮らして、たまに二人きりでお酒を飲んで・・・・それで・・・・・こ、子供とかもいたらな・・・・・って・・・・」
「・・・・・」
「あ、あはは、ごめんなさい」
「いいや。きっと斗詩の子供なら、可愛いだろうなってな」
「一刀さん・・・・」
「でも、俺に似たら憎たらしい奴になるかもな」
「そんなことはないですよ・・・・きっと、優しい子に育つと思います。だって今の一刀さんだって、そして記憶を失う前の一刀さんだって、とっても優しい人ですから」
「・・・・・・なぁ、斗詩」
「はい?」
「俺の記憶・・・・戻って欲しいか?」
一刀の妙に力のこもった質問。
それに対して、斗詩はすぐに答えることが出来なかった。
「今の俺だからこそ魏に宣戦布告しに行ったり出来るわけで、前の俺だったら出来なかったかもしれない・・・・・結局さ、本当の俺って何処に居るんだ?俺って結局、どんな奴なんだよ・・・・」
「・・・・不安ですか?」
「あぁ不安さ。自分が分からねぇよ・・・・・ある日、目覚めたら記憶が戻っていたとかさ・・・・・なぁ、もし記憶が戻ったら、これまでのことも忘れちまうのか?一緒に麗羽から抜け出して、村で働いて、呉に行って、蜀で騒ぎ起こして、そして今・・・・こうして話してることも忘れちまうのか?」
「それは・・・・・・」
「そして・・・・」
と、言葉を切って、一刀は泣きそうな頼りない声で続けた。
「お前が・・・・・・斗詩のことが・・・・・・斗詩たちが好きだって気持ちも・・・・・忘れるのか?俺はこんなにもお前たちが好きなのに・・・・・」
「一刀さん・・・・・」
「嫌だよ・・・・前の俺がどんな奴だって構わない。でも、せめてお前たちのことは好きでいたいんだ・・・・・ずっと、ずっと・・・・・好きでいたいんだ。いさせてくれよぉ・・・・」
ぎゅう、と斗詩を抱きしめる力が強くなった。
そして斗詩の頭に温かい水滴のような物が落ちてくる。
そう言えば、記憶を失ってから、初めて一刀が弱音を吐いた、と斗詩は思った。
自分が誰だか分からない。周りに居る人も分からない。
そんな不安な状況に居たにも関わらず、一刀は一言も弱音を吐かなかった。でも胸の内ではこんなことを想い、悩み、苦しんでいたんだ。
だけど、斗詩は嬉しかった。
自分たちのことが好き。でも、それを忘れることが苦しい。
自分たちのことに好きでいてくれて、そしてその気持ちを忘れてしまうことに、こんなにも苦しんでくれた一刀が愛おしくてたまらなかった。
「一刀さん・・・・安心してください」
「斗詩・・・・?」
「例え何度、あなたが記憶を失ったとしても、
私は毎回、あなたが好きです。
そして毎回、あなたを私に惚れさせてみせます。
そして毎回、私はあなたの傍に居ます。
だって、私が好きな一刀さんは大陸中探しても、一人しかいないんです。だから、記憶が戻っても戻らなくても構いません。だって、これらかも私たちはずっと一緒なんですから」
それが斗詩の素直な気持ちだった。
自分が好きになったのは、ワイルドな一刀だからじゃない。一刀だから好きになったのだ。それはどんな性格であろうとも、変らない。
一刀が斗詩を抱きしめる力が更に強くなった気がした。
「・・・・・うぅ。ぐす」
「おや、何か頭に落ちてきてますね、雨ですか?」
「あぁ、雨だよ・・・・」
「もっと降りますか?」
「あぁ・・・・しばらく降ると思う」
「そうですか、ならばしばらくはこうして雨宿りしましょうか」
「そうしてくれ・・・・・ごめんな」
「雨・・・・大好きですよ。私は。だって、こんなにも嬉しい気持ちになれるんですから・・・・だから、私の前だけでも、雨が降ってて欲しいです」
「そうか・・・・・」
「はい。私はいつでも、何処でも、雨を待ってますよ」
―――それから一刀は声を押さえて泣いた。
それを斗詩はただじっと抱きしめたまま、そのうめき声を聞いていた。一刀の不安、迷い、そのすべてが涙となって流れ、そしていつか晴れやかになることを願いながら、斗詩はずっと一刀を抱きしめた。
一刀が泣き疲れて眠るまで、それほど時間はかからなかった。
斗詩は自分の膝の上に一刀の頭を移動させた。出来れば、何か上着のような布団代わりになる物があればいいのだが・・・・と思っていたら、猪々子がひょっこりと顔を出して、布団を差し出してくれた。
「文ちゃん・・・・聞いてた?」
「・・・・あぁ。斗詩、あたいも斗詩と同じ気持ちだよ。兄貴は兄貴、どんな兄貴でも、あたいらが好きな兄貴だよな」
「うん・・・ねぇ、文ちゃん。今日は3人でここで寝ようか」
「そうだな。少しぐらい、いいよな」
猪々子は再び部屋に戻り、更に布団を持ってくると、斗詩と背中合わせで座ると、二人で布団を巻いて、眠った。
―――その夜は特に月が綺麗だったという。
「ふぅ」
斗詩はため息をついた。
先ほど馬で蜀の城を出て行った一刀たちを見送ったばかりだと言うのに、もう寂しくてたまらなかった。
だが、きっと一刀たちは無事に戻って来てくれる。斗詩はそう信じていた。
「ねぇ、斗詩」
呼ぶ声が聞こえたので、振り返ると、そこには雪蓮がいた。
「あれ?呉に帰って戦の準備をするっておっしゃっていませんでした?蓮華さんなんて、一刀さんがいなくなった瞬間に、亞莎さんと祭さんを連れてさっさと帰っちゃったじゃないですか」
「そうなんだけどね、ちょっと斗詩に確認しておこうと思って」
「??何ですか」
「あなた、一刀たちに曹操たちのこととか教えた?」
「そりゃあ、それなりには教えましたよ。覇王曹操の性格とか、武勇伝とか」
「うーん・・・そうじゃないのよ。あのさ、一刀が呉で蓮華に最初から無礼な言動したの覚えている?」
「はい」
「あの時は私とか冥琳たちが一刀の本質を見抜いてたから、あの無礼は黙って見てたんだけど、魏においては、それはちょっと危ないのよね」
「危ない?でも、一刀さんの話術があれば、大抵の人は納得すると思いますよ?」
しかし、雪蓮はため息をつきながら首を振る。
「だから、一刀に話す時間を与えてくれるかってことよ。だって魏って曹操大好きな武将の集まりでしょ?誰も怒った曹操を引き留めてくれる人がいないし、そればかりか、率先して一刀たちの首を取ろうとするわよ?」
「あ・・・・・」
そうだった。
呉と蜀と魏で一番違う所、それは魏の武将たちが王である華琳に首ったけであること。しかも、一刀が仮にもマジギレした場合には、間違いなく魏武の大剣、春蘭が興奮して襲いかかってくることは必須だ。
蜀の愛紗や紫苑のように、あれほどの殺気に当てられても暴れずに耐えることが出来る輩が魏に何人いるか・・・・・。
「一刀さん・・・・・」
心配そうに呟く斗詩の声は、すぐに風と共に流されて消えて行った。
次回に続く。
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さて、今回は中2病的な感じになってしまいました(´Д⊂出来ることなら、他にない特別な物語にしたかったのですが、これしかネタが思いつかなくて・・・・
受け入れられるか不安ですが、頑張って書きました。よろしくお願いします