No.183139

『記憶録』揺れるフラスコで 1

グダ狐さん

“フォス・プラン”
新たな力を求めて進められた新兵器開発計画に、何の因果か、ある整備士が参加することになった。
あるはずのない参加に、彼は戸惑い、彼女は笑い、そして様々なヒトが彼らに助力しようと活気が生まれた。
そんな小さな賑わいの中で起きた、小さくも、世界を揺さぶった事件。
――しかし、それが実験だとは誰もが知る由はなかった。

2010-11-07 14:11:33 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:395   閲覧ユーザー数:393

 

 今日も良い天気だ。蒼く拡がる大空に一点だけ輝く太陽。その燦々と降り注ぐ光が流れる大小様々な雲に遮られて地上に影をつくるが、それもまた風流があっていい。草原と森に囲まれたこの地に蜃気楼が揺れる。

 揺れるのは蜃気楼だけでなく、身体に篭った熱気を緩く吹く風がゆっくりと流し、滴る汗で濡れた箇所が冷えていく。実に心地よい。訓練のし甲斐がある。

 愛用の剣を振り回して逃げ回る部下を笑顔で追い回すリリオリ・ミヴァンフォーマは楽しんでいた。

 出身国であるフォリカ、その軍部に就いて田舎にある基地に跳ばされて三年が経とうとしていた。季節ごとの色が強いこの国で、特に夏場になると暑くなるリオークスだが山脈から流れて森を抜けてきた風は都心にはない心地よさを持っていた。

 転属を言われた日はストレスの余り酔い潰れて、二日酔いの状態でお荷物当然の扱いで連れて来られたが、今では部下とも友好な関係も築けてこれといった摩擦はない。住めば都とはこのことだろう。

 訓練場の隅を逃げ惑っていた部下の男を追い詰め、普段の訓練どおりなら難なく避けられる速度で剣を振り落とす。そう、普段どおりなら避けられるのだが今は完全に怖気づいている。屁っ放り腰で構えた剣で防ごうとし、当然のように耐え切れずに叩き倒された。立ち込める砂煙の中を弄り、倒れた部下を見つける。呆れ息を洩らす。最近、軍とはいえ気が緩みきっている気がする。ここ百年近く世界は人同士の戦争をしていない。強大な魔力を有して魔王と呼ばれる彼らとなら幾度か激突していたが今では互いに不可侵を結んでいる。稀に人里に来る時もあり、それでも争うことは有り得ないでいる。争いの無くなった世界で軍が行えることといえば兵器の開発と兵士の鍛錬ぐらいか。

 無駄に複雑なことを考えていると、心地よいと感じる風に流されて砂煙は徐々に薄まっていく。

 

「ん?」

 

「………………………………~~~~~~――――――――――――」

 

 出てきたのは気絶して延び切った部下。よほど怖かったのだろう。白目剥いて涙を流して、涎まで垂れている。本当にひ弱になったと思う。この程度で打ち負かされて、しかも何とも無様な格好で気を失っている部下を見れば溜息の一つもこぼれるというものだ。他の同僚は少し離れた場所で訓練させているが、全員見て見ぬふりをしているが引いているのは雰囲気で分かる。

 このままでも仕方ないと立ち上がる。兎にも角にも、この男を医務室に連れて行かなければならない。連れて行くこと自体は面倒ではないが、室長と会うことに気が乗らない。着任してから医務室に行くたびに愚痴を言われ、皮肉った笑みを浮かべてくるあの表情は見るだけで殴りたくなってくる。そこに向かうと考えるだけで鬱になっていく。

 

「むっ…あ、あれ?」

 

 伸びきった部下の襟を掴む傍ら、その原因でもある剣を持っているのだが随分と軽い。先程まで軽々とブンブン振り回しながら部下を追い回しておいて重いだの軽いだの今更な気もするが、それでも重くなったかどうかは分かる感覚は持っていたようだ。不自然だと眼をやると刀身が、しかも根っ子からキレイサッパリなくなっている。軽くなった以前に、手に残っているのは柄のみと為ってはいけない状態になっていた。肝心の刀身と悲しく地面に突き刺さって、その刀身を防いだ部下の剣は刃毀れ一つなく落ちている。

 今ある現実を直視できないでいるのか、部下を放り出して折れて別れてしまった刀身を拾い上げて柄と交互に見る。信じられないと顔が正直に訴えている。地味に素振りなんて訓練をさせられている部下達はそんな上官を横目で見つめながらヒソヒソと何か喋っているが、ショックで逆に打ちのめされているリリオリに聞こえるはずもなかった。

 

「私が戻ってくるまでそのまま続けていろ!」

 

「イエス、マム!!」

 

 二つに分かれた愛剣を握り締め、刀身の方はとても痛かったが建物の中に入っていく。白い通路を通っていき、突き当たりぐらいにある武装整備室と書かれた部屋を開けると、篭っていたのだろう酷い熱気があふれ出し、中にはソファーで作業着を毛布代わりにして横になって眠っている男が一人。すでに昼過ぎで今は勤務中なのだが、この男は自分の城の中で平然と扇風機だけで夢の中にいた。部屋の中には彼しかおらず、だから誰にも指摘されずに満喫しているのだろう。リリオリに怒りも呆れもなく、今はそんな給料泥棒のことよりも握り締めているモノのほうが大事だ。

 

「起きろ、リヴェルス主任!」

 

 ズカズカと中に入っていき寝ている男、ソーイチ・リヴァルスの頭を柄で叩いて起こす。ゴツッという痛々しい音が鳴り、叩かれた箇所を摩りながら彼はモゾモゾと掛けていた作業着を着ながら起き上がった。

 その名の通り武装整備室は武器の整備と修理を専門とする部署で、開発と研究も首都部ほどではないが基地内の別部署で行われている。主任の肩書きをもっているが、リリオリよりも一年早くこの基地に着任した当時は誰もいなかったらしく、ほぼ着任と同時に主任に就いたと語っていた。それでも一人で一部署を切り盛りするだけの実力はあるようで、毎日とは言わないがそれなりに持ってこられる仕事は全て一人でこなしている。しかし、実はその仕事の半分以上はこのリリオリが持ってきていた。彼女が来るまでの一年間は本当に仕事がなかったらしく、来て毎日訓練を行うようになってからは訓練用の武器や彼女の愛剣、特に後者を頻繁に壊すので必然と増えたのだ。結果、以前は平然と給料泥棒と言われていたが今では逆に微妙に忙しく、リリオリの第二の捌け口として可哀想な部署と慰められている。

 

「お~、ミヴァンフォーマ少佐。また壊したんですか? 一昨日直したばかりなのに」

 

「名字で私を呼ぶな。リリオリで構わないと言っているだろ」

 

「ではリリオリ少佐。自分も言っているでしょ、そんな頻繁に愛剣壊さないで下さいって」

 

「そうだが…仕方ないだろ」

 

「仕方ないわけないでしょ。剣、視せて下さい」

 

 ソーイチに刀身と柄を渡し、手についた自身の血を適当に拭こうとすると彼から包帯と布巾が投げ渡された。消毒液はないらしいが、薄皮を切って滲み出た血程度なら不要だ。舌で軽く傷を舐めておき、包帯で布巾を固定しておく。

 剣の壊れ具合を視ていたソーイチだったが、一昨日直したばかりだけあってこの状態に落ち込んでいた。割れた箇所をなぞってその感触でさらに肩が落ちていく。振り向きリリオリを見る顔は無表情で眼は死んでいた。明らかに怒っている。

 

「根元から割れてるってどんな訓練したらこうなるんですか?」

 

「素直に暴言を吐く新入りにワンツーマンで稽古をつけてくれって頼まれて―――」

 

「その時点で相当頭にキてたんでしょうね」

 

「どうしてもと言うから仕方ないので他は素振りさせて、希望通り相手をしたんだ」

 

「柄、貴女の握力に耐え切れずに歪んでますよ」

 

「最初は向こうも打ち込んできたんだが、三分もしないうちに逃げる様になってな」

 

「全力で潰しにかかればそうなるでしょう」

 

「一応は訓練だからな。普段通りなら避けられるようにしておいたが…」

 

「逃げ出すほど恐ろしい目に会わせておいて何を言いますか」

 

「そういえば訓練場に放置したままだった」

 

 腕を組んで難しい顔で語り、その最中に気絶した部下のことを思い出したが特に行動は起こさない。きっと優しい他の部下達が医務室に運んでくれていると考えたが、戻ってくるまでそのまま続けているように指示しているからそれはない。今頃、その部下は青天を白目で見上げているだろう。

 

「部下なのに随分と粗末な扱いしていますね」

 

「そんなことはどうでもいい!」

 

「部下より武器なんですか。心配くらいしてあげましょうよ」

 

 ガラクタだらけの机に剣だったモノが置かれる。それなりに愛用している剣だが、ここに来てから壊れる頻度が物凄く増えた。というより、来てから壊れるようになった。原因はリリオリの使い方が荒くなったからなのだが、当の本人は普段通りがモットーでもあるため気付くことはない。

 

「修理ならいつも通り四日ほどあれば終わりますよ」

 

「それもそうだが、それよりもだ! もっと丈夫なものはないのか?」

 

「もっと丈夫なもの?」

 

 リリオリの言葉にピクリと反応し、ソーイチは顔をしかめる。

 

「それは一体どういうものでしょうか?」

 

「どういうもの? 言葉の通り、だというよりお前こそ分かっている筈だ。戦うことが兵士の本分なら武器はその要だ。こう幾度も壊れていては何かあった時、即時に対応できない上に私自身の意味がなくなってしまう。別に標準用のコレが軟弱だとは言わない。切れ味も良好だしそれなりには使えた。だが! 専用とまではいかなくても構わない。私が全力で振り回しても壊れない武器はないのか!?」

 

「ありません」

 

 即答だった。しかも真顔で。あまりにも正直でハッキリと言うものだから聞き間違えたとも言えず、虚しく脳内に響く。ありませんと。

 

「そんなことはない、あるはずだ! 田舎か? 田舎だからないのか!?」

 

「田舎を馬鹿にしないで下さい。そんなに欲しいなら銃をどうぞ。貴女が着任してから三年間、使ってないんで一部ホコリ被ってます。むしろ使って下さい」

 

「銃など不要だ!」

 

「キッパリ否定しないで下さい」

 

「そんなものを使っているから接近戦もできない軟弱になっていくんだ! 兵士なら心身ともに鍛え、それには剣が最も適しているんだ!! 基礎トレーニング!! これに勝るものはない!! …はぁはぁ」

 

 ありませんの影響か、熱を帯び始めた感情に流されるまま近代兵器であるはずの銃の存在を否定及び一蹴し、貶し軟弱呼ばわりした上でリリオリは剣について力説し始めた。だがソーイチに聞く気はないらしく、一人で勝手に熱く語っているうちに彼女の熱意は完璧に空回りしていることに気付くのはそう遅くはなかった。語りが終わるのを見計らっていたのか、彼女が口を閉じるのと替わるようにソーイチが口を開いた。

 

「リリオリ少佐が使っているのが最も頑丈なものです。剣の装備はまだ標準ですけど、もう銃の普及だって終わってるんですから本当に使って下さい。確かに鍛錬不足で剣を使用するのは良い案だとは思いますけど、それと銃器を使わないというのは別です」

 

「だ、だがな…」

 

「戦時のために鍛えるのは兵士として当たり前です。で、す、がっ! いざ戦闘になって銃もろくに扱えず、剣を持って突撃が当たり前になられても困ります。きちんと両方と両用を区別して下さい」

 

「しかしだ、でもそうだな…」

 

 ソーイチの正論にどうも煮え切れず、でも間違っていないことに頭を抱える。今の部下達が鍛錬不足なのは眼に見えて明白で、それは基礎から始まり体力、状況判断能力まで全てだ。この三年間、まずは基礎から徹底的に扱きあげて昨年から色々と手を出し始めたのだ。銃器の扱い方もいずれは行うつもりではいる。だがまだ時期は早いと考える。やる気が見られないまま、注意力が低いまま行うのには危険すぎる気がして怖いのだ。そんな気遣いなど気付きもせず、主任の肩書きを持つ男はリリオリから視線を外して茶を用意し始めた。

 

「まだ何か?」

 

「…ふと思ったのだが、リヴァルト主任はどこかで武術か何かやられていたのか?」

 

「どうしたですか、急に」

 

「いや。動き方というか身体つきというか、技術者らしくないなと思ってな」

 

「ああ、そんなことですか…」

 

 凹んだヤカンに水道水を適当に流し込み、コンロの火で沸かし始める。強火で放置すると簡単にだが修理の準備にと机を片付けながらソーイチは言葉を続けた。

 

「子供の頃にちょっとだけですが、心得程度にやっていまして」

 

「それでか。しかし、またどうしてそのまま兵士にならなかったんだ? それだけの身体つきなら…勿体ない」

 

「ははは」

 

 本心から惜しむが乾いた笑いで誤魔化された。だが、ここで食い下がるようでは宝の持ち腐れだと、一歩二歩踏み出し、

 

「今からこっちに入る気はないか?」

 

「それはちょっと…。こっちの方が向いてますので」

 

「そうか。本当に勿体ないな」

 

「仮に転属希望を出したとしても今度はここが空になってしまいますんで、きっと上層部も認めませんよ」

 

「研究部から新たに連れてくればいいだけではないのか?」

 

「まさか。誰が好き好んで花形から窓際に行きたがると思いますか。技術者からすれば、あそこは文句なしの部署ですよ。彼らだって研究がしたいから技術者になってたんですから。まぁ、それでも首都部の方からすればリオークスなんて田舎もいいところで、多少差別的な不満はあるでしょうけどね」

 

「そんなものか?」

 

「そんなものですっと」

 

 断られてしまった。興味なさげに軽く簡単に答えたソーイチは沸騰し始めたヤカンの蒸気音に気付き、掛かる火を消しに向かう。

 都会にはない広大な自然が広がるリオークスでしかできない実験もあるため、この基地にも研究部が存在しているが、以前は兵器だけでなく機械全般の整備も担当していた。それこそ重火器から自動車まで全てだ。しかし研究が目的にも関わらず、送られてくる仕事の半分は整備で、その殆んどが銃や剣などの武器であった。これでは目的の研究が捗らない、進まない、溜まっていくと抗議の声が寄せられたので数年前に武装整備室という下部をつくったのが始まりだ。つくったのはいいが、今度は研究者の誰もが行きたがらないという事態に陥った。理由は言うまでもなく、ソーイチが言ったとおりだ。

 

「では、何故お前はこの部屋に来たのだ?」

 

「簡単ですよ」

 

 早く消してくれと自己主張が五月蝿い蒸気音が消える。

 

「私は研究するのが目的で技術者になったわけではなく、機械とか武器とかを弄りたいからなったんです。だからここが一番合っているんです」

 

「そうか」

 

 武装整備室にリリオリが来た当初は不機嫌だったのが、今では湯を注いで出来上がった茶を目の前に来春真只中の御爺さんのような表情で寛いでいる。一口だけくちを付けてホッと一息つくそんあソーイチが憎たらしく見えてきたので、彼の手から湯飲みをつい奪い取った。 夏場に熱い茶など珍しいとは思うが、逆に発汗作用が刺激されて汗を掻くことで身体を冷やすのも良いと聞いたことがある。ちょうど訓練疲れで喉が渇いていたので一気に飲み干した。勿論、止める気など一切なかったのは言うまでもない。

 

「あ」

 

「どうした? 関節キスなら気にしないぞ」

 

「――――――」

 

 訝しげに睨んでくるが気にはせず、空になった湯呑みを元あったソーイチの手の中に戻す。熱いお茶はすぐに身体中から汗を噴出させたが、熱気によるものよりもまだ気持ち悪さはない。むしろ肌が露出している部分は扇風機の風に当たって外ほどではないがとても気持ちいい。そう実感していると部屋に電子音が響いた。リリオリやソーイチが個人で所有している電話からでなく、部屋に備え付けられている内線用の電話からだった。再び機嫌が悪くなったソーイチが向かい、受話器を取ると顔色は一変し、三言ほど会話したと思ったらすぐに受話器を戻した。とても焦っているらしく、ファイルとペンを慌てて探し出した。

 

「どうしたんだ?」

 

「ローカリスト司令官に呼び出されたんです。急用だって」

 

「そうか…待て、それよりも私の武器はどうなる!? せめて予備くらい渡してから行け」

 

「戻ってきたら渡します。それと、いい加減放置している部下を医務室に送り届けたらどうですか? このままだと風邪ひきますよ」

 

「いやまて! どうするかキチンと説明していけ!」

 

 片付けた机に上から探していた二つを見つけ出したソーイチは急ぎ足で出て行ってしまった。リリオリの言葉は当然届くはずもなく、慌しく開け閉めした扉の音に掻き消された。一人残され、溜息が毀れる。

 

「心よりも技か」

 

 ソーイチの促した危機よりは当然なのは分かっている。だが、今それ以上にリリオリが危機感を覚えているのはこの世界に対してだ。人は平和に浸る時間が長すぎた。平和がいけないというわけではないが、いずれ危機感の腐敗に陥れる。今がそうだ。平和を謳歌するあまり、兵器という機械に傾けるあまり人自身が衰退してしまったのではないかと、ふと思うようになった。その証拠がこの基地にいる部下達だと警告がなっている気がしてならない。平和がいけないとは言わないし、思いもしない。争いがないのは好ましいことでもあり、長く続くべきものだ。

 それでも―――

 

「有事の際、真っ先に動きべき兵士(わたしたち)が気を緩めてて、何が出来るというんだ…」

 

 身体を放り投げ、ソファーに軋む音を鳴らさせながら深く座り込んだ。

 

 彼は堪えていた。今日は流石に来ないと思っていたが、そんな思いは簡単に打ち砕かれてグッスリ気持ちよく睡眠中の部屋にズカズカと侵入を許してしまった。鍵は掛けていないから侵入も何もないのだが、リリオリが愛剣を破壊したのも修理したのも一昨日だ。とても急いでいるというからと朝から叩き起こされて休憩なしで直したにも関わらず、たった二日でまた壊してきた。整備主任の肩書きを持っている以上、これはとてもじゃないが許しがたい。などと思い巡らせているが、いかに自身がこの武装整備室の主任とはいえ、相手は佐官で自分よりも立場は上だ。そんな彼女にぶちまけたい文句は山ほどある。それでも堪えるのが上下関係でもあって、誰もが経験することだろう。

 それでもだ。あそこまで傲慢な態度を取られると堪えられるものも破裂しそうだ。いつもの粗末に壊された武器達の修理要求を正しいとは言い切れない態度で応え、さらに最近言い出してきた無茶な要求を回避するまでは勤務ということで抑えられる。一息入れるための茶を奪い取るのは許せない。業務外だ。不毛不当な扱いではないか。

 

「なんて本人を前に言えたらなぁ」

 

 この基地司令官に呼び出されて廊下の上を歩くが擦れ違う人は少ない。有事がないということもあるが、基地にいるのは殆んどがリリオリに訓練するために叩かれ扱かれている兵士達か一般業務をこなしている業務員達だ。両方とも居場所といえば、持ち場ともいうべき場所にいるのが当然で、彼のように廊下を歩いているのは用を足しに行ったか本当に暇な人しかいない。事実、見かけたりする人は喫煙所で煙草を吸いながら耽ったりしていた。整備室に引篭もり故に、挨拶することはない。むしろ出てくることを珍しがられて指で指されている。

 

「そこまでヒソヒソしなくてもいいじゃん」

 

 と零すがそれほど気にしない。気にしているのは呼び出された理由の方だ。呼び出したダルトロス・ローカリストという男は厳格な性格として首都部にも知られ、軍兵器の開発と研究を推し進めている推進派の一人でもある。着任初年に行われた他の基地との合同演習時に兵士達が眼に余る惨敗と醜態を曝した時はまさしく天災ともいえる罵倒と拳骨が降り注いだという。その後数年間は自らのツテを使って教官を呼び、三年前にはリリオリを着任させるなどとその手腕と行動力は凄まじいものがある人物だ。

 

「あ! リヴェルト整備主任、こんにちわ」

 

 そんな性格に相応しいかどうかは分からないが、色黒スキンヘッドにサングラスという井出達は余計に威圧感を与えて、周りからは性格以上に見た目の方で恐れられている。たまに茶を一緒にしていると、その辺りを嘆いている節がある。だが、合同訓練時も拳骨こそ出さなかったけれど罵倒と飛ばし続ける彼がまるで巨人のように見えるほど迫力と恐怖があったというのは事実らしい。

 

「あの~…こんにちわ! …無視ですか」

 

 そんな彼が呼び出したのだ。茶を一緒にしたソーイチにもそれなりに恐怖感はある。心当たりはある、沢山あった。一番先に思い当たるのが一昔前まで流れていた給料泥棒説だ。来た当初は事実無根ではなく正真正銘真実であったが、今はその説を覆すどころか忘れられて、むしろ慰められているのだから叱責も追求もあるはずがない。次にあるのは…と考えれば考えるほど様々な事が掘り起こされ、でもしかしと消えていく。その繰り返しだった。

 

「ならいいです。あとでお話がありますので部屋に窺いますで、よろしくお願いしますね」

 

 道中、考えられる限り呼び出される理由となる事態の検索とその消去を繰り返してきた。だが見つからない。そこでソーイチは別の見方して出てきたのが、そんな難しくもない、ただの茶飲み。それこそありえない。ダルトロスという男もソーイチと同じく紅茶よりも緑茶を好むが、一緒に茶を飲んだのは一度だけ。しかもそれは二年前の食堂で、偶然寝ていてその結果遅れた昼食での話。誰もいない食堂で食べていたらダルトロス自身が近づいてきたから、そのまま茶を共に飲んだだけだ。別の見方で出てきたのはこれだけだった。それ以外に思いつく事柄などない。

 こうして、何も分からないまま余計に混乱して彼の部屋の前に立つ。途中から誰とも会わなくなったが、やはり暇を持っているのは自分だけなのだろうと少し虚しくなってきた。このままでも仕方がないので天災覚悟で呼びかけ、許可が扉の向こうから返ってきたので入室した。

 

「失礼します」

 

「待っていたぞ。随分と時間が掛かったな」

 

「す、すみません」

 

 正面、少し離れた席に彼は座っていた。片手に持って読んでいた書類を机に放り投げ、ダルトロスの顔が向けられる。いつ見ても巨人のような雰囲気をかもし出していて恐ろしいものがある。これがもし、対峙するのが子供だったら太陽に影を指すバケモノに見えるだろう。絶対に泣き出すに違いない。

 

「どうせ部屋で寝ていたのだろう。少しは運動した方が良いぞ」

 

「は、はい」

 

「それでだ、呼び出した理由はだな」

 

 息を呑む。

 

「これについてだ」

 

 そう手渡されたのは束ねられた分厚い書類だ。今までの決算報告書の束かと考えたが表紙に書かれている題名を見て違うと気付く。その後に出てきたのは疑問系。

 

「『フォス・プラン』?」

 

「フォリカが魔導工学の推進国なのは勿論知っているな」

 

「当然も何も、世界の常識ですよ。この国に生まれ育った者なら知らない方が恥です」

 

 世界は『火』『水』『風』『土』の四属性で全て分類することができ、それこそ、世界そのものすらもこの四つで構成されていると考えられる。その考え方は『四極元理論』と呼ばれ、生活用機器から軍事転用までと様々なものに使われている。いわば世界の構成を示す理論だ。過去には四極元理論より細かい属性で同様の考え方をし、より複雑なもの理論もあったが、その難解さ故に扱うものは少なくなっていき、廃れてしまった。

 魔導の最先端にいるのがフォリカである。何故か、などとは誰も思いもしないのは魔王と呼ばれる存在が関わってくる。唯一、魔法と呼ばれるヒトでは再現しきれない技術、力を持っているのが魔王と呼ばれている彼らだ。人里を嫌う彼らだが、フォリカは不可侵とも云える同盟を組んでおり、住居や食料などを提供している代わりに魔法の技術を徐教授してもらい研究をしている。他国でも同様の似たり寄ったりのことをしているが、殆んどの魔王はその先駆けとなったフォリカに移住して追いつくことはない。

 

「リオークスよりも田舎に住んでいるとはいえ、魔王(かれら)は同じ国に住むものですから」

 

 魔導工学とはその研究成果。魔法よりも科学的で神秘性の低さから魔法とは別のものとし、魔力を導くことから『魔導』と名付けられた。しかも軍事転用に特化したものが多いが、一部劣化させたものを民間に流して生活にも生かされている。時に劣化させたもの以上の技術になることもあるが、それああくまで民間のものと踏ん切りを付けて手を出すことはない。軍会議でそう決定させたのも、こダルトロス・ローカリストだ。彼の強面で反発した将校を叩き出して強制採決したと報道されたこともあったが、むしろそれが彼を知らしめるものになったのは言うまでもない。強面将軍と。

 

「そうだな。稀に、順境して魔王(かれら)を親に持つ二世とも出会うようになったからな。彼らも変わっているということだな」

 

 ふうと一息、ダルトロスが大きく息を洩らす。

 

「話を戻そう。フォス・プランとは魔導工学を使用した新兵器の開発計画だ」

 

「新兵器の開発計画、ですか?」

 

「そうだ。元は四極元理論の研究として立案され、軍内部で新兵器開発に変わったものだ。私の管轄内で一つ余ったのでな。だからお前に仕事を与えようと思ったのだよ。給料泥棒殿」

 

 笑みを浮かべるダルトロスに、どうしたらいいかと少し考える。とりあえず給料泥棒と呼ばれることは想定していたが、意地が悪そうに言われると少しだがカチンと怒りは感じる。今日はどこか怒ってばかりだ。

 

「でしたら自分ではなく、研究部のアルミィ主任に渡すべきではないのですか?」

 

「分かっている。だから言っただろう、余ったのだと」

 

「ではもうアルミィ主任に…」

 

「お前の前に呼んですでに渡した。それに、一整備室のお前には研究部主任の彼女ほど期待していない」

 

「ではなぜ?」

 

「兵器、ということだったらアルミィの方が完成度も高く高評価を得られるだろう。だがな、今回お前に創って貰いたいものは兵器ではなく武器だ。銃器が開発されて主力が入れ替わって以来、その性能だけが向上していったが、銃に変わる新たな武器は糸口すら見えていない状態だ。だから四極元理論を使った試作機を作って欲しい。これならばお前でも十分に可能だろ」

 

「可能だろって無理ですよ。確かに武器なら何とか研究部並みの物は作れますけど、人材も知識も足らない上に新しいのを創れだなんて不可能です。それでも、誰でも扱える魔法の杖でも創れと仰るんですか?」

 

「そうではない。私が望むのは、剣だ」

 

「剣…ですか?」

 

「そうだ。これならば全てを一から創り上げる訳ではないから、あとは工夫次第だろう。人材、あとは工房なら紹介状でも書いてやる」

 

「それは有り難いですけど…何故、新しい武器なのに剣を?」

 

「銃が開発されてから武器の開発は停滞し始め、兵器が登場してそれがより加速した。それを打開するための切欠になればとは言ったとおりで、剣にこだわったのは今の教官の方針ゆえだ」

 

「ミヴァンフォーマ少佐の方針、肉体を鍛える前にソレを扱う精神から」

 

「実にそのとおりだと私は思う。それに、彼女は精神の後を追うように肉体を鍛えているからな。多少、過激な所はあるもののそこは評価すべきだろう」

 

 否定は出来ない。だが、それでソーイチがフォス・プランに参加する理由にもならず、納得できるものでもない。そこまで先を見越したいのならば、やはり研究部に託すべきだ。なにも参加できるのは主任だけではなく、優秀な人材なら推薦さえあれば可能だろう。

 何よりも―――。

 

「納得できていない顔だな」

 

「はい。確かにミヴァンフォーマ少佐の懸念するとおりだとは思いますが、銃器訓練を中断して剣に拘ってまで精神を鍛えるのはどうかと疑問を感じます。それならば行軍や市街地を想定した実戦訓練のほうが効果的かと思います」

 

「ふむ。では話を変えよう。また壊されたのだろう、しかも三日で」

 

 意地が悪い笑みはなく、だがダルトロスの言葉に口が止まる。すでに彼の耳に届いていたらしく、それ以上は聞こうとはせずにただ凝視してきた。驚きで言葉が続かないまま、微妙な沈黙が互いに口を閉ざし、心の傷を抉られた驚きで真っ白になった頭からどう切り出していいか固まっていると、向こうから繋げてきた。

 

「そういう意味でも、君が創るべきだと私は思うが」

 

「あ…はい」

 

「では頼むぞ、以上だ」

 

「はい…失礼、します…」

 

 流されるまま退室したが、ジッと堪えていた傷が全開にされて曝された気分は最悪だった。いくら周囲が知っていてヒソヒソと可哀想と呼ばれているとはいえ、正面からハッキリとズバリ言われると本当に落ち込む。手に持つ分厚い書類がどことなく重く感じるが、もちろん重いはずもないし全て気のせいだ。肩は下がり、垂れる頭を引き摺る様に歩き出して部屋に戻って行った。

 

あとがき

 

はじめまして、グダ狐です。

この度はご拝読してもらい、ありがとうございました。

 

簡単に自己紹介させていただきますと、千葉県内の大学に通っている学生で、分野的には理系の勉強をしています。

基本的にレポートなどは文系のソレとは異なって、結果を最初に書いて、その後に説明を続けているので、私が書く小説もその表現を使っています。この作品ではそれが強調されていると思いますので、そのあたりはご容赦ください。

 

この“揺れるフラスコで”は私の処女作品です。

思いついたら突っ走ってしまう私が、特に考えずに突っ走った結果がこの作品だと考えれくれればそのとおりです。

読みにくかった、改行が少ないなど、問題点が多い作品ですが、やはり書いた当初そのままを大事にしたいので直さずに公開しました。一応、ページごとで区切っていますので、1ページが長いのはそのためでもあります。

 

サイトのほうでも公開しています。

また『記憶録』は、講義や実験など諸々で月1ですが続けています。もはや終わりが見えない状態ですが頑張っていますので、もしよろしければおこしください。

 

最後に、ここまで来ていただいた皆様に感謝を。

 

 
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