No.183124

恋姫異聞録92

絶影さん

新城に帰ってきました

今回は呉との交渉に向けこまごまと下準備をしております

次回から呉との交渉となりますのでお楽しみに^^

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2010-11-07 13:30:31 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:11074   閲覧ユーザー数:8053

協様との謁見、そして華琳の丞相着任を無事終えた俺達は6日ぶりに新城へと戻る

舞が終わった後に開かれた宴の席はそれは凄いものだった、宴の席にわざわざ協様と劉弁様は現れ共に楽しみ

兵達全てに高級な酒が振舞われ、食事も見たことが無いような豪勢な物ばかり

だがそれは協様に言わせればとても珍しいことだったらしい

 

何時もは劉弁様が我等が食す物全ては民から与えられたものだ、食に関わらず衣服も皆の前に立つ以外は

慎ましくあれと言われ、将や民とそれほど変わらない食事を取っているようだ

 

俺は劉弁様の熱心な教育ぶりに驚き、この方が側に居るならば間違った道へ歩くことは無いだろうと

安心してしまった

 

「無事に済んで良かったな」

 

「ええ、協様の器も我等の望むものであったし言うことは無いわ」

 

「まったくだ、次は呉だな」

 

「そうね、春蘭達の南攻は既に終わっていると早馬が着たわ」

 

早いもんだ、幾ら空白地帯とはいえその地に住まう豪族や民を数日で制圧するとはな

やはり稟は策略にも秀でている。魏で戦においては稟の右に出るものは居ないのではないか?

せいぜい対抗できるのはあの鳳雛くらいだろう。まだ会ったことは無いが恐らくは相当の人物のはずだ

 

「笑っているわよ、稟の才がそれほど気に入っているの?」

 

「まぁ素晴らしい才だと思う・・・才と言えば器を計った時に全て俺の責にしたこと忘れてないだろう?」

 

「フフッ。何を言うかと思えば、嫌ならばハッキリと断れば良いでしょう?貴方は私と同格の者なのだから」

 

「では嫌だと言ったらどうした?」

 

「新城に帰ってきた時に私の楽しみが増えるだけよ」

 

笑顔で答える華琳。俺はきっと顔が青くなっていることだろう。何をされるかはなんとなく解るが

流石に身が持たない。責め苦などはされて喜ぶ桂花にしてやれば良いだろう。そう考えれば

あの時、素直に器を計ることを承諾して良かったと思える

 

ますます顔を青くする男を見ながら華琳は口元に手を当て体を丸めて笑っていた。想像だけでも

彼を攻め、苦悶の表情をさせたことを喜んでいるのだろう

 

昔を思い出すようなやり取りをしながら馬を進めれば、目の前に見えるは新城の城壁

門の前には魏王華琳を迎える将たちと大勢の兵が並んで待っていた。よく見ればその場には春蘭と稟

そして霞の姿。やはり早いな、僅か数日で攻略してもうこの場に参上しているのだから

 

城門に着けば多くの将に迎えられ、皆華琳の封爵を心から喜んでいた。将たちは皆賛辞の言葉と喜びを口にし

兵達も声を揃え「曹丞相閣下万歳」と叫んでいた。そんな中、男は一人きょろきょろと周りを見渡し誰かを

探していた

 

「お帰り隊長、どしたん?きょろきょろして」

 

「ただいま、秋蘭は何処だ?」

 

「秋蘭様は涼風ちゃんを抱いてるから後ろの方に居るのー」

 

「隊長を待っている間に待ちくたびれて寝てしまったようで」

 

待ちくたびれて寝てしまったか、無理も無い。本当ならば今日の朝にはこの場に着くはずだったのに

天子様との宴が長引いて帰るのに時間が掛かってしまった。今はもう夕暮れ、もしかしたら朝からずっと

待っていたのかもそれない

 

後方を見ればそこには笑顔で此方を見つめ、その腕には眠ってしまった我が子を抱く秋蘭

男はその姿を見つけると馬から飛び降り、集まる兵達の垣根を潜り抜け妻の下へと走る

凪たち三人はその姿に微笑んでいた

 

「すまない待たせたな」

 

「いや、無事に帰ってきてくれればそれで良い」

 

兵達の間を抜け、妻の下へと走り寄り妻の頬を撫でようと近づくと、目を覚ました涼風が珍しくその瞳に

涙を溜めて父の腕を掴み唸っていた。よく見ればその頬には涙の乾いた後があり、目もかすかに赤くなっていた

 

「んーーーーーっ!」

 

唸る我が子を秋蘭から優しく受け取り、抱きしめれば大粒の涙を零しプルプルと振るえ

唇をかみ締め父の首筋を力いっぱいに抱きしめていた。男は泣きながらしがみ付く我が子を何度も優しく撫でる

 

「どうやら朝起きた時に昭が居なくて不安になってしまったようだ。今日の朝帰ってくると不明確なことを教えて

しまったからな。昭は涼風との約束を違えたことは無いだろう、悪いことをした」

 

「そうか、ごめんなお父さん遅くなっちゃったな。待っていてくれて有難う」

 

父の謝罪と感謝の言葉を聞いて涼風は「ふぐっ、ふぐぅ・・・」と嗚咽をもらし終には珍しく人前で声を上げて

泣いていた。その様子に気が付いた華琳は、兵に道を開けさせて男と秋蘭の元に馬を進める

 

「今日はこのまま屋敷に戻りなさい」

 

「良いのか?」

 

「天子様の御前で私の願いを聞いてくれた褒美よ」

 

「有難う、華琳は何時も俺の一番欲しいものをくれるな」

 

心底嬉しそうな顔の男を見て、華琳は「それは貴方もよ」と答える。男はそのまま目礼をして涼風を抱いたまま

屋敷に足を向け、秋蘭は深く頭を下げて男の後を追う。華琳はその姿を見送ることも無く後ろに振り返り兵や将の待つ

元へと馬を進める。そこには王の名を持つ二人の対照的な姿があった。

 

一人は家族の待つ元へ、一人は王と言う名の孤独の玉座へ、だが華琳の顔は笑顔。なぜならば、家族の下へ

歩む者は孤独の王の隣に立つことが出来る唯一の存在。玉座には独り座るものだが、その傍らには

家族の温もりを持つものが立っている。だからこそ、寂しさは無く、凍えるような孤独の寒さは無い

 

華琳は前をて微笑む。自分を王として慕い、支える者たちに。彼女の強さはその傍らにある

だからこそ心折れることがあろうとも立つことが出来るのだと

 

「協様、貴女も私と同じ傍らに温もりを持つものが居る。だから共に歩みましょう」

 

華琳は呟き、強き顔と優しき眼差しを皆に見せるのだった

 

 

 

 

娘を抱きしめ優しく撫でながら歩く男。その隣を自分の腕を組んで歩く秋蘭

秋蘭は父の腕に抱かれる娘を見ながら、男に一定の距離を開けて歩く

腕の中の娘の声が、いつの間にか泣き声から安らかな寝息に変わった頃、二人は屋敷へと到着

男はそのまま寝台へと向かい、静かに壊れ物を扱うように優しく娘を寝台に寝かしつけた

 

「うん、可愛い寝顔だ」

 

そういって男は布団を優しくかけ、その部屋から出ようとした所で何かに服を引っ張られる

何かと思い、後ろを振り向けば秋蘭が顔を下に向けて男の服の裾を摘んでいた

 

「ん?」

 

どうした?と首を優しい顔で首をひねれば、秋蘭は少しだけ顔を上げ、見上げるようにして頬を染めながら

 

「六日」

 

とだけ口にする。六日という言葉に男は何かあったかと考えるが直ぐには浮かばない、その様子を見た

秋蘭は僅かに頬を軽く膨らませ、甘える子供のように顔をまた少しだけ上げてさっきよりも頬を赤く染め

 

「六日・・・」

 

と頼りなく語尾が消え入りそうになりながらもう一度口にする

その表情と言葉で理解したのか、男はさっきよりもずっと優しい笑顔を見せて、秋蘭を強く優しく抱きしめる

すると秋蘭は嬉しそうに男の胸に顔を埋めて顔を擦り付け始め、目を瞑って暖かい感触を味わっていた

 

「六日分ならこのくらいか?」

 

「もう少し強くだ」

 

「これ以上は痛いだろう」

 

「痛いくらいが嬉しい」

 

そう答える妻に、苦笑し男はほんの少しだけ力を込めて抱きしめるのだった

 

 

 

新城に戻って二日後、城で華琳に美羽についてと呉の事を話した男は少し大きめの木箱を持ち、背中に美羽を背負い

といっても美羽が背中にしがみ付いてぶら下がっている状態で、今後の金策について軍師達と話す秋蘭の元へと

歩を進める

 

会議をする部屋へ向かおうとする途中に珍しいものを見つけた美羽は、男の頬を指先でぷにぷにと押してその珍しい

光景を指差していた

 

「父様、珍しい組み合わせが居るぞ」

 

そう美羽に言われ、指を指す方向は確かに珍しい光景。そこには地面に絵を書く涼風とそれを見る桂花

どうやら会議は終わり、俺と美羽を待つ間に桂花に相手をしてもらっていたようだ

 

「すまないな桂花、有難う」

 

「おとーさん、おねーちゃんおかえりなさい」

 

礼を言う俺に「別にアンタの為じゃないわよ」と相変わらずの答え。どうも嫌われては居ないが

好かれても居ないな、だが従姉妹の鳳から言わせれば他の男達から比べたら随分とマシらしい

妻子持ちというのと、妻以外に興味を持たないというのが大きな要因らしいが

 

等と考えていると美羽は背中から飛び降り、涼風の元へ歩み寄り頭を撫でていた。涼風も姉に会えるのが嬉しいようで

喜びながら美羽に抱きついていた

 

「ふむ、鳥の絵か。湖面にかぶせ波、空を飛ぶ大きな鳥。涼風、鳥さんの色は何色だ?」

 

「むらさきー」

 

「紫の鳥なんかいるわけないじゃない、やっぱりアンタの娘ね」

 

「・・・桂花、資金繰りが上手く行ってないのか?」

 

え?何で知ってるのよ!?と驚く桂花。やはりか、涼風の聞こえるところで会議をしていたのだな

今日は早く終わるからと城に連れてくるのでは無かったな

 

「かぶせ波は金銭的危機を表し、鳥は母、紫は病等を表す色だ。となれば病気をしていない秋蘭は

金銭的危機で悩んでいると考えるのが妥当だろう」

 

「あ・・・当たってるけど、一体何なのよそれ」

 

「絵画心理学といってな、子供は描く絵にその心理的情景を写す。絵から子供の考えや病の場所などを

判断する学問だ」

 

俺の言葉に首をかしげ、考えているようだが理解は出来ないだろうな。始めは実際説明を受けながら絵を見なければ

理解できないし、色に関しても色彩心理学とはまた違うから、前に華琳に進言した内容とは変わってくる

 

「絵なんかで考えなんか解るわけ・・・」

 

「解るんだよ、特に子供は色も自由に考える。父親を意味する山が紫ならば、父はきっと病や傷を負っているのだろう

絵の左に山が描いてあれば外側に問題があり、外傷がある。右ならば内面、つまり心の病や体の内の病と言ったところか」

 

ますます首をひねり、涼風の描いた絵をまじまじと見ていた。目の前に描いてある絵には大きな山が中心に一つ

桂花が「この山の色は?」とたずねれば涼風は「あおだよー」と答え、俺の顔を睨んでいた

解らなければ素直に聞けばいいのに、聞くことは俺に負けるとでも思っているのか?仕方が無いやつだ

 

「中心にあるということは、涼風にとって俺は安定して外面も内面も見せていられていると言うこと、青は

自制や自立を表す。俺のことを涼風は自立し、自制できる人間だと見ていると言うことだ」

 

「アンタが自制や自立した人間ですって?買いかぶりすぎね、戦場で怒り狂う男の何処が自制よ」

 

それを言われると辛い、俺は苦笑いで頬を掻く。一応は自制が聞くように心の訓練と言うヤツをしているんだが

まだ桂花の前でお披露目しては居ないからな、そのうち見せられる機会でもあればいいが

 

「それよりも、金策は大丈夫なのか?」

 

「心配無用よ、アンタが開拓した行商の道を上手く利用させてもらうわ。最後の売渡を呉ではなく徐州にすれば

良いんだから」

 

なるほど、あそこは前に楽市楽座をやった場所だ、今頃集まった商人達による商戦があそこでは繰り広げられている

ならばうまく立ち回り、米や麦を武器に大量の金を手にすることも可能だ。変に税率を上げて民から不満が出るより

ずっと良いやり方だ、流石は桂花だな

 

「そういえば華琳様の所で何を話したの?」

 

たずねる桂花に一つ頷き、懐から袋を取り出す。そして美羽に渡せば衣嚢(ポケット)からパチンコを取り出す

美羽の持つそれは華氏城、つまり印度から流れてきたのだろうゴムの木からゴムを抽出し、真桜に頼んで作った

支えのあるスリングショットと言う本格的な物だ。ゴム事態は300万年前くらいから実在していたから

解るんだがそれを俺の天の話、昔遊んでいた玩具を作り出すとは、真桜と美羽そして華佗が居れば作れないものなど

無いのではと思えてしまう

 

「な、何よそれ」

 

不思議な武器に少しおびえるが、美羽は構わずスリングショットを構え、袋から取り出したマタタビを弾代わりに

次々と遠くに打ち出す。すると何処からとも無く大量の猫が現れ、飛ばされたマタタビを追いかけ疾走する猫の大群

それを見て涼風は「すごい!すごい!」と飛び跳ねていた

 

「あれは一体何なの・・・・・・?」

 

「ん?猫はマタタビが好きだろう?」

 

答える俺に「何当たり前のこと言ってるの?私が聞きたいのはそういうことじゃないわ!」とばかりに睨みつけてくる

それに対して「魔除けだ」と答えれば「馬鹿じゃないの?呪われてしまいなさい」と返ってくる

まぁ呪いの方がマシだ、なんたってそんなもの信じていないし、人を殺すのは結局人、一番に怖いのは人間だからな

 

 

 

 

「で、華琳様の所で何を話していたのよ」

 

「ああ、美羽を正式に養子にしようと思ってな」

 

「おお!そうなのじゃ、妾は今日より姓は夏侯、名を覇、真名を美羽じゃ。よろしくの桂花」

 

俺の言葉に嬉しそうに反応したのは美羽、驚く桂花

 

華琳に元に行ったのは、名を捨て死んだことになった美羽を生まれ変わらせること

そして呉に対する保険といったところでもある

 

しかし一番の理由は俺の娘にする為に正式に養子として華琳に、国に認めてもらう為

姓を俺と同じ夏侯へ、名を史実の次男覇に、真名は生みの親から貰った大事なものだからそのままに

 

「そう、何時までも真名を名として使うにも限界があるし、そんなことをしていたら直ぐに袁術が死んでいないと

ばれるし良いんじゃない」

 

「珍しいな、何も言わないなんて」

 

「まぁアンタはこんな小さい子に手を出すような人間じゃないし、認めたくないけど華琳様が信頼してる古参の

将だからね」

 

「ふむ、桂花も信頼されているだろう。尚書令へと推したのは華琳だ」

 

俺の言葉に桂花は不機嫌になる。褒めたと言うのに何でそんなに不機嫌な顔をするんだ?本当に嫌われているんだ

ろうかと少し残念に思っていると

 

「アンタが天子様の前で、そして華琳様の前で私を王佐の才、忠義の者と評価してくれたこと忘れ無い」

 

心底嫌そうな桂花の口から出てきたのはそんな言葉、俺は耳を疑ってしまった。

あの桂花が俺に対して礼を言っているのだ。しかし腰に手をあて、思いっきり不機嫌にして顔をそらし

此方を見ることは無い。いかにも桂花らしい

 

「俺は真実を言っただけだ。全ては桂花の才と心根が素晴らしいからだ」

 

「そんな世辞は要らないわ。所でさっきからその手に持っている木箱は何?何か華琳様から頂いてきたの?」

 

さっきから抱えている少し大きめの木箱を指差す。頂き物などではないが、これもまた呉に対する

配慮と言ったところだろうか

 

「見るか?」

 

「どういう意味?何か変なものが入ってるの?」

 

「変といえば変だな、だが華琳はコレを見て興味津々だったぞ」

 

「華琳様がっ!?なら私も見るわ、貸して」

 

華琳の名を聞き、俺の腕から木箱をひったくるとクルリと背を向けしゃがんで地面に木箱を置く

目を輝かせ、華琳が興味を向けるほどの物だ、きっと素晴らしいものだろうと期待の笑顔は蓋を開けると

直ぐに凍りつく。そして耳を劈くような悲鳴をあげると、俺が男だと言うことも忘れて走り寄り俺の腰にしがみつき

木箱から隠れてしまう

 

「な、なによあれ・・・生首じゃない」

 

木箱の中から出てきたのは塩漬けの生首。その生首は特徴的な桃色のポニーテールより少し上に束ねられた髪

つまり許靖のものだ。震えながら木箱を俺を盾にしながら見る桂花は、目の前の生首が許靖のものだと解ると

恐怖に染まった顔が疑問に一杯の顔に変わる

 

「えっ?許靖はさっき客間に・・・」

 

どうやら許靖に先ほど会った様だ。ならば余計に訳がわからないだろう。目の前にあるのは許靖の首で

許靖はさっきまで元気に歩いていたのだから。しかも呉との話し合いが終わるまでは許靖の存在を洩らさぬよう

城の客間で軟禁状態になっているのだから、それに元々殺すなどするわけが無い

 

「偽物だよ。髪を少し貰った、だからさっき会った許靖は髪が短かったんじゃないか?」

 

「に、偽物っ!?」

 

はっと気が付き、しっかり掴んでいた俺の服を急いで離して手を自分の服でごしごしと拭くと何故か俺を睨む

自分から掴んでおいて何故睨む?などと考えていれば、桂花は恐る恐る塩詰めにされた首に近づき指先で

つつき生唾を飲み込む。此処で大声を出して驚かしたらさぞかし面白いだろうが、桂花にその行為は命取りだ

酷くしつこく仕返しをされるだろうし、何をされるか解らない。実に楽しそうだが残念だ

 

桂花は意を決したように手のひらで作り物の生首をぺたぺたと触る。表情からは何時のまにやら恐怖や驚きは

消え、そこには興味と思慮深さが混ざった顔があった

 

「偽物にまったく見えない、コレってどうやって作ったの?」

 

「美羽」

 

「うむ、父様に代わって妾が説明しよう」

 

コホンと一つ咳払いをして始まる美羽の説明と解説

 

拾った猿の頭蓋骨を元に【ごむの木】から抽出した樹液を塗りこみ肌を作成、中には紅花から作り出した擬似体液

目は春蘭の義眼を作った時の技術をそのまま利用、琥珀とにかわ、貝殻で作った眼球をはめ込んでおる

頭蓋は人の形に細かく整形しておるし、血管も華佗の要求どうり【ごむ】を管状にして再現した

細かいが脳も作っておる。たとえ目の前で真っ二つにしたとしても一目ではわかるまい

 

美羽の説明にぽかんと口を開けて聞き入り、コレが木から出てきた液体で出来ているなど信じられないと

首を持ち上げ、首元を覗けば華佗の再現した血管や脂肪、骨が見え顔を青くする。そして生首の瞼をゆっくり

指で上に上げればそこからは綺麗な琥珀色の瞳が覗く

 

「ひっ」

 

「凄いだろ。出発する前、腕を華佗に診てもらうついでに頼んでおいたんだ

美羽と華佗と真桜がいれば作れない物等ないんじゃないか?」

 

「うははははっ!妾にかかればこんなもの容易い、必要とあれば何時でも妾を頼るが良いぞ桂花」

 

何時ものように胸を張って腰に手をあて笑う美羽。同じように姉の真似をする涼風

相変わらず涼風は姉の真似をするのが好きなようだ。桂花はそんな二人を呆れたように身ながら首を箱へと戻す

 

「同盟の交渉。勝算は?」

 

「何も無ければ可能。俺の手の及ばぬ何かがあれば、口だけで五分までは持っていく」

 

「アンタの交渉術でも五分なの?」

 

「何があるかは解らないからな、最悪の状態でも良い方向には持っていくさ」

 

箱の蓋を閉じながら桂花は俺をしばらくじっと見ると立ち上がり、箱を俺につきつけ

木箱を受け取るとくるりと背を向け歩いていってしまう

 

「まぁ頑張りなさい。もしもの時は、私も全力を尽くすわ」

 

「そうならないように努力するよ」

 

何かあったとき、つまりは交渉がうまくいかず戦になった時は任せろと言ってくれているようだ

随分と桂花も変わったようだ、俺のしりぬぐいをしてやると自分から言ってくるのだから

 

「さて父様。妾は涼風と先に帰るのじゃ、七乃も茶を用意して待っておるからの」

 

「ああ、じゃあお願いできるかお姉ちゃん」

 

「うむ、妾に任せておくが良い!行くぞ涼風っ」

 

「は~い♪」

 

美羽と手を繋ぎ嬉しそうに答える涼風。俺は二人の娘の頭をやさしく撫でると手を振りながら家に歩を進める二人

を見送った。本当に仲が良い、あの二人は他人から見たら兄弟にしか見えないだろうな。良いことだ

 

さて、秋蘭が此処にいないと言うことはまだ会議室か?

 

男が会議室へ続く廊下を歩いていると、見えてくるのは侍女に囲まれた秋蘭

囲む侍女たちは頬を染めて、それぞれの手に竹札や菓子を持っており

彼女達に秋蘭は少し困った表情で一人一人の言葉を丁寧に返していた

 

困った顔すら解りづらい事と、好意を寄せる者を無碍に扱えないと言う気質のせいかその囲みから脱出することが

出来なくなっているようだった。そんな様子に男は遠くから軽く手を振って秋蘭に気が付かせると

秋蘭は侍女たちに「すまいない、迎えが来た」と言って男の下へとゆっくり歩を進めてしまう

 

どうやら抜け出せたようだ、しかし侍女たちの目線が怖い。どうやら俺に向けられているようだ

その目はまるで俺が華琳と話しているときの桂花。視線で相手が殺せたらという恨みとか怨念のこもった

眼差しだ。昔からだが秋蘭は男女問わず、好意を寄せられることが多い。クールな表情と凛とした姿は

侍女たちにも人気のようだ

 

やれやれ、あの子達に何言っても無駄だ。火に油を注ぐだけ、秋蘭がこっちに来れる状況を作っただけでコレだ

と彼女達に背を向け歩き出せば、少し小走りに俺の横に並んでくる

 

「涼風は?」

 

「美羽と先に帰ったよ。七乃がお茶を用意しているらしい」

 

隣にいるか、背中に乗っているはずの涼風が見えないことを聞き、それに答えると安心したように少し顔を緩める

俺達は、いや俺は後ろからひそかについてくる侍女たちの怖い目線を背に受けながら並んで歩く。気がつかれて居ない

と思っているようだが、影や動きが目に入るからばればれなんだよな。秋蘭はきっと気配でわかっているだろうし

等と考えながら城の外へ出ると秋蘭は路地裏を軽く指差した。どうやら今日はそちらを通って帰りたいらしい

 

流石に仕事のある侍女たちは城を出れば追いかけてくることは無い、そして人通りの少ない路地裏に入った所で

俺の背中に心地よい重さがのしかかる

 

「・・・」

 

首に腕を回し、体重を預けまるで先程の美羽のように背中にぶら下がる秋蘭

その手には侍女から渡されたのだろうか、木札が何枚も握られており、それを男の目の前にちらつかせるが

男は無反応

 

「聞かぬのか?」

 

「侍女たちからの恋文か?特になんとも思わんよ」

 

反応の無い男に問えば、何時もの柔らかい笑みだけ返す。その反応に秋蘭は少しだけ不満げ頬を摺り寄せる

そして何かを思いついたのか、口元を少しだけほんの僅かだけ釣り上げると

 

「兵から、男から貰った物もある」

 

と言う。真っ直ぐ正面を向いて歩く男には秋蘭の目を見て真偽を確かめることは出来ない。何時もの男ならば

慌てふためくだろうが、返ってきたのは秋蘭の想像する言葉ではなかった

 

「信じてる」

 

その言葉で一瞬顔はほころんでしまうが、悔しそうに首に回す腕の力を少し強め、次に心底不満だと言う顔を

わざと作ってみせる

 

「良いのか?他の男から貰っても」

 

「釣りの時信じろと言っただろう、だから信じるしなんとも思わんよ」

 

「つまらん」

 

「困ったヤツだ」

 

「たまには嫉妬して欲しい時もあるのだ」

 

「それを見て喜ぶからか?」

 

「ああ、嫉妬している様を見て、私はコレだけ愛されているのだと安心する」

 

「なら今度からはその綺麗な目を見せてくれ、直ぐに判断できる」

 

「それでは意味が無い、女と言うのは何時でも不安なのだ。口にしてもらえる言葉だけでは足らない時もある」

 

「困ったものだ」

 

「そうだ、自分でもそう思う。だが昭は私を女だと強く認識させているのだから仕方あるまい」

 

「なら俺の責だな。善処するよ」

 

男の返す言葉に満足したのか、今度は猫の様に頬をすりつけ満足そうな笑顔を浮かべていた

他人から見ても直ぐに解る位の満面の笑み。きっとコレを侍女たちが見たら男は闇討ちに会うかもしれない

 

ぶらぶらと男の背中につかまったまま、路地裏から抜けようとするところで素早く背中から降りて

腕を組む。その様子に男はクスクスと笑い、秋蘭も自分の間抜けな姿に笑ってしまっていた

 

「華琳様との話は?」

 

「ああ、明後日には呉へ出発する。一馬も一緒だ」

 

「そうか、私も共に行きたいが」

 

「華琳からは俺の独断での策だから駄目だとさ、真意は俺と一馬なら不測の事態でも脱出可能だと判断したからだろう」

 

家路を歩きながら秋蘭の顔は不安下になり、回す腕と握った手に力が入る。俺は安心させるように

足を止めて握る手を上げ、指先で頬を撫でる

 

「心配要らない、ちゃんと帰ってくるさ」

 

「ああ、約束だぞ」

 

いよいよ呉と、孫策との交渉だ。何事も無ければコレで赤壁を回避できる所か、無血統一まで進めることが

出来るはずだ。蜀にはすでに華琳が丞相となったことは伝わっているだろう。そこから僅か数日で起死回生の

策が打てるとは思えないが、相手は諸葛亮だ。情報には無いが龐統は既に蜀に入っているのだろうか?

不安な要素はそれだけだ、蜀が呉に手を回していないとは思えないが、今の状態ならば呉が蜀に

付くことは無いはずだ

 

笑顔で妻に安心を与える表情とは裏腹に、男の心には何故か言い知れぬ不安がよぎっていた

 

 

 

 

-夏侯邸・風呂場-

 

石を積み上げ沸かした湯を流し込む形の少し広めの風呂には湯気が立ち上る

洗い場では娘を膝にのせ体を洗っている男とその隣で体を洗う一馬が居た

 

「しかし風呂が出来上がるの早かったですね」

 

「春蘭が一番に風呂が欲しいと言っていたからな、秋蘭もそれに同意したし」

 

「あはははははははっ!くすぐったいおとうさん!!」

 

笑う娘の体を余計にくすぐりながら笑わせる男に一馬は苦笑しながら湯を自分の頭にかけて、粉の石鹸

ふりかけ髪を洗い始める

 

「明後日には呉に向かうのですよね?」

 

「ああ、その時は頼む。まぁ変なことにはならんだろうから李通にも安心しろと言っておけよ」

 

「はい、その辺は花郎も納得しております」

 

照れながら答える一馬に男は「湯を流してやる」と涼風を自分の肩に乗せ桶を持ちゆっくり一馬の頭に

湯をかけていく

 

「有難うございます」

 

「いや、さっき俺もやってもらったからな」

 

そういって湯を流す男、石鹸を落とすように髪を洗う一馬

だが一向に髪から石鹸の泡が取れない、男は気にするなともう一度桶一杯の湯をゆっくり

一馬の髪に流していくがやはり泡が収まるどころか立つばかり。コレはどういう事だと流れるお湯

から目を横に向ければ、ニヤニヤと笑う男の肩に座る娘が、粉の石鹸を一馬の頭に笑いながら振りまいていた

 

「・・・兄者?」

 

「ん?」

 

何だ?と笑顔で首をかしげる男。それを見て一馬の額に青筋が浮かぶ

一馬は怒りのままに桶を取り男に投げれば男はひらりと避けて、娘を肩から下ろし逃走する

 

「なんて事をするのですっ!しかも悪戯に涼風ちゃんを使うとは、それでも私の義兄ですかっ!!」

 

「甘いな一馬っ!戦場では使えるものは何でも使う!」

 

「此処は戦場ではありませんっ!意味の解らぬことをっ」

 

何とか男を捕まえようとするが、そこは慧眼。無駄な力を発揮し、一馬の腕を避け続け

業を煮やした一馬は終に拳や蹴りを繰り出すがそれすら避け続け風呂を走り回る

 

「くっ!馬さえあれば」

 

「ふははははっ!避け続けるだけなら俺にでもゴハッ!?」

 

突然男のわき腹に突き刺さる衝撃、綺麗なドロップキックを放つ涼風

どうやら逃げ回る一馬と父が新しい遊びを始めたと目を輝かせ、目の前に近づいてきたところで父のわき腹に

強烈な蹴りを放っていた

 

ドボンッ!

 

湯船に落ちる男と涼風。一馬は突然のことに驚き、湯船を見れば水面から笑いながら出てくる涼風

その下から腹を押さえ、肩車をして出てくる男

 

「天罰です」

 

「てんばつ~」

 

「おのれ一馬、伏兵とは卑怯な」

 

恨み言を言う男に一馬は当然だと腕を組んで見下ろしていた。娘は相変わらず笑い、男は肩の上で笑う娘に

満足していた

 

「煩いぞお前らっ!」

 

突然開く風呂場の戸、騒ぎ声が聞こえる風呂場に駆けつけてきたのは春蘭

そこで見たものは全裸の一馬、娘を肩車して立ち上がる此方も全裸の男

 

「う・・・あ・・・」

 

それに気が付いた春蘭は大きな叫び声を上げ、剣を抜き出そうとするが同じく駆けつけた秋蘭に止められる

 

「姉者、此処は任せて向こうへ。一馬湯船に入るか着替えろ」

 

と冷静に指示を出せば、春蘭は顔を真っ赤にして奥に引っ込み、一馬はそそくさと前を隠して湯船に入っていた

秋蘭はそれを確認すると、男の肩から涼風を下ろし、男を湯船に座らせる。そして

 

「がぼっ、ガボガボガボッ!」

 

「阿呆、風呂で遊ぶとは貴様は一体いくつになったのだ」

 

男の頭を掴んで湯船に沈める秋蘭。呼吸の続くぎりぎりを見極め、湯船からあげてはまた沈める

 

「ぶはっ、わ、わるかっゴボゴボゴボゴボッ!」

 

「貴様は反省も出来んのかっ」

 

謝罪を口にしようとする瞬間また沈められ、その光景を一馬は怯えながら見続けた

そして心にしっかりと刻み込んだのだった【姉者は怒らせないようにしよう】と

 

 


 
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