No.182859

~真・恋姫✝無双 孫呉伝~第二章第一幕

kanadeさん

第二章、開幕です。
そして、
リメイク前の孫呉の外史にて、燕とペアでもあった氷花の登場です。それではどうぞ

2010-11-06 01:19:43 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:13785   閲覧ユーザー数:9235

~真・恋姫無双 孫呉伝~ 第二章第一幕

 

 

 

 ある朝の事。

 朝議のギリギリになって侍女に起こされ、慌てて謁見の間へと走る一刀。辿り着いてみれば、殆どの面子が顔をそろえていた。

 「あの・・・遅刻、でしょうか?」

 「あはは~、一刀さんはお寝坊さんじゃありませんよ♪お寝坊さんは祭様です」

 ふにゃっとした笑顔のから出てきた台詞にほっと胸を撫で下ろす一刀。別に安堵する事でもないのだが、学校のHRに間に合った時のような安心感にホッとしてしまったのだ。

 すると、見慣れない顔がそこにあった。

 少なくとも、昨日の朝議にはいなかったし、昨日一日を通しても顔を見た記憶はない。

 だが、使者が来るという話は耳にしていたので、おそらく彼女がそうなのだろうと推察した。

 年格好は燕よりちょっとだけ年上といった感じだろうか。

 プラチナブロンドのロングヘアーを臙脂色の帽子にまとめ込んでいて、雰囲気は非常に落ち着いている。

 燕とは違った意味での〝静〟を感じさせる少女だ。

 

 と、色々観察していたら、一番最後になった祭の二日酔いに苦しむ声が耳に届いた。

 「うう~・・・まだ頭の中で銅鑼が鳴っておる・・・久方振りに二日酔いじゃ」

 「お前にしては珍しい。が、とりあえずふらつくな。蓮華の使いに紹介し辛くてかなわん」

 香蓮に横から小突かれてようやく祭は少女の存在に気がつく。

 「ほう、お主・・・・拳士か」

 祭に指摘された少女は、一瞬だけ驚いて礼儀正しく挨拶をする。

 「お見それしました。流石は黄蓋様・・・では、皆様揃われたようですので自己紹介を。私は諸葛瑾子瑜。真名を――氷花といいます。我が主孫権仲謀の遣いとして参りました」

 「流石、蓮華が選んだだけあって真面目だな。が、アレに比べればまだ柔軟さが感じられるな。氷花だったな?お前から見て蓮華はどうだ?頭痛の種になりかねんほど真面目だろう」

 かつて一刀にそうしたように、諸葛瑾の頭を抱え込んで香蓮が面白そうに訊ねる訳だが、そんな質問に答えれる筈がない。諸葛瑾が返答に困っていると、一刀がそこで助け船を出した。

 「香蓮さん、諸葛瑾さんが困ってるからそれぐらいで勘弁してあげなよ」

 苦笑しながら諭す一刀に仕方がないという感じで香蓮は諸葛瑾を解放した。

 すると一刀の雰囲気に何かを感じた諸葛瑾は思った事をそのまま尋ねる。

 

 「あの、貴方は一体・・・」

 

 そう問いかけた諸葛瑾に答えを口にしたのは、一刀ではなく雪蓮だった。

 

 「貴女の本当の目的よ。例の賊の事も嘘じゃないんでしょうけど、本命はこっちなんでしょ?あの子のことだから、誰かよこすだろうとは思っていたけどね」

 雪蓮を見ていた諸葛瑾は驚いたように目を見開き、改めて一刀を見た。

 「では、この方が・・・」

 〝天の御遣い〟その言葉は口にしなかった諸葛瑾。この場でそれを口にするなという周りの空気を察したようだ。

 ここは謁見の間であり、中庭と違い開けていないため、どこに眼やら耳があるか油断できない。

と、若干重さを帯びた空気の中で雪蓮が何かを思いついたように指をパチンと弾いた。

 「一刀、氷花・・・でよかったわね」

 「はい。真名は先程御預けしましたので、真名で呼んでいただいて構いません」

 「わかったわ。で、だ。さっきの続きだけど、氷花は数日滞在する事になっているの。当然、連れてきた兵も含めてね。・・・ここから本題なんだけど、兵は母さんや祭に預けるけど、氷花は貴方が面倒を見てあげて。そっちの方が燕にとっても都合がいいでしょうし、一刀も優秀な文官が仕事を手伝ってくれるんだから願ったりかなったりでしょ?」

 雪蓮の申し出に、一刀は確かにと納得はしたが、頷きはしなかった。

 「俺としてはありがたい申し出だけど、諸葛瑾さんはいいの?さすがに、本人の意思を無視はしたくないし・・・」

 「――」

 「ま、一刀が言う事も尤もかしら。どう?氷花の方に要望とかあったりする?」

 「は?あ、いえ、私の方は特に・・・孫策様がお決めになった事に不満があるわけでもありませんから」

 「雪蓮でいいわよ。あの子が選んだ子なら真名で呼んでくれて構わないわ」

 「は、はい。では、雪蓮様とお呼びさせて頂きます」

 「そんなにかしこまらなくていいのに。思春もだけど、あの子の周りには真面目な子ばっかりいるわね」

 「・・・お前も少しは見習ったらどうだ」

 ジト目で睨んでくる冥琳に雪蓮は乾いた笑いで誤魔化した。一方の冥琳も溜息を一度だけついてそれ以上は言わなかった。氷花の方に顔を向け、雪蓮を見ていた時とは別の優しい顔を向ける。

 「周瑜公瑾――冥琳という」

 真名を告げた冥琳を端に、香蓮、祭、穏、燕と全員が諸葛瑾に真名を預けた。唯一、真名を預けなかった一刀を諸葛瑾は疑問を内包した視線を向けると、一刀は苦笑する。

 「ごめんね。真名を教えたくないとかそういうわけじゃないんだ。ただ、俺には真名がないからさ。北郷一刀――姓が北郷で、名前が一刀。字もなくて真名もない。強いて言うなら〝一刀〟が真名にあたるから、一刀って呼んでくれて構わない・・・ってわけで、はい」

 一刀はスッと右手を差し出した。それが何を意味するのかよく分からなかった諸葛瑾は当然首を傾げたわけだが。

 「よろしくってことで握手したかったんだけど・・・駄目かな?」

 「!いえ、そんなことありません。こちらこそ、数日の間よろしくお願いします。ええと・・・北郷様」

 ギュッと互いの右手を握り交わす。伝わってくる一刀の温度が、酷く優しく感じた諸葛瑾。

 「え、と呼び方・・・変えられたりしないかな?北郷様って呼ばれるのなんかくすぐったくって」

 そう言った一刀に対して香蓮は何を今更と呆れられた。侍女には〝様〟付けで呼ばれているわけだから、確かに彼女が言う通り、〝今更〟である。

 しかし、一刀に要望に諸葛瑾は握手をしたまま思案して。

 「では・・・一様でよろしいでしょうか」

 結局様が付いているわけだが、北郷様と呼ばれる事より親しみを感じたので一刀は、彼女の提案を受け入れた訳だが、条件を一つ出した。

 「私の事は〝氷花〟と呼んでください。それだけです」

 「・・・わかった。氷花、これから三日間、よろしく」

 改めて一刀は右手にほんの少し力を籠めるのだった。

 

 一刀、燕、氷花の三人が去った後。

 「冥琳、氷花が落とされるか賭けない?」

 「賭けにならん、断る」

 「そうよね~。・・・と、冗談はここまでにして。冥琳、穏、蓮華の手紙にあった賊と、最近勢力をのばしつつある賊・・・同じとみていいのかしら?」

 「でしょうね~。特徴も一致しているものがありますし、同じとみてまず間違いないかと」

 「北郷は黄巾党と呼んでいたな。この賊の厄介な点は勢いだな。暫く前と今では被害の規模が違いすぎる。今の朝廷では対応しきれまい」

 「儂らが駆り出されるのも時間の問題というわけじゃな」

 「面倒この上ない。一刀が始めたアレも、ようやく成果がではじめているのに」

 うんざりとした口調で不満を漏らす香蓮。全員がそれに同意する。

 「警備隊や街の区画化、詰所の増設・・・」

 「一刀が責任者としてあたっているこの件、失敗した時の代償は自身の命。だが、一刀の評判はいいときてる」

 「ですね~。商人への根回しやらなんやらで、初めは大荒れでしたけど、それもようやく軌道に乗り始めた訳ですから~」

 

 それだけに留まらず、一刀は燕の窮地を救って以来、戦場に立ち、戦っている。その中で投降した賊に色々な道を与えているのだ。当然、雪蓮はその必要はないと断じた訳だが、一刀は一向に折れず、最終的にはそれで何らかの実害が出た場合は一刀の頸をとるという条件で一刀の行いを認めたのだ。

 それからというもの、一刀は投降した賊や牢にいる者たちと積極的に言葉を交わしはじめた。当然誰も彼もが一刀の言葉を信じる筈などなかった。が、一刀はそれに折れることなく、根気強く言葉をかわし続け、とうとう和解してしまう。一度和解してからは早かった。とにかく真摯に話を聞く一刀に、多くの者が秘めたるものを語ってくれた。

 それから一刀は条件付きとはいえ、仕事を紹介している。その殆どが屯田兵が主だが、罪の軽いものに関してならば、人手の足りない店や一刀発足の警羅などそれは多岐にわたった。

 それが最近になって実益に繋がり始めているなかでこの状況は決して喜ばしいとは言えなかった。

 一刀にはこちらに専念してもらいたかったからこそ、戦場に駆り出さねばならないかもしれないこの現状はハッキリ言って迷惑この上ない。

 

 「とにかく、今の事を考えましょ」

 「だな。・・・本格的な討伐はその内朝廷から勅がでるだろうから、当面は領内の対応でいいだろう・・・というよりは」

 「それしかできない・・・が本音ですね。兵糧も資金も不足不足でどうしようもありませんし」

 「なるようにしかならんというわけじゃな」

 「だが、いつでも動けるようにしておかないと・・・後手に回ると後々面倒になる」

 全員が頷いた。

 

 ――乱世が、産声を上げようとしていた。

 

 丁度その頃、三人は中庭にいた。

 拳士という言葉を聞いていた燕が、氷花との手合わせを願ったからだ。練兵場を使うのが一番望ましいのだが、生憎とこれぐらいの事で使うには一々手続きが面倒な上、基本的に誰かしらの部隊が使っている。先日は一刀達も使ったが、あれだけ広いと持て余すのでこうして中庭を使っているのである。

 「氷花は拳士なんだ」

 「はい、この五体こそ私の武器。手甲・〝青嵐〟は長らく共に歩んでいる大切なものです。・・・私の武器はともかく、燕ちゃんの焔澪もそうですけど、一様の荒燕もとても綺麗です」

 「荒燕・・・は、みんな・・・見惚れる」

 「ありがとう。そう言ってもらえるのは凄く嬉しいよ」

 「さて、お話はこれくらいにして・・・燕ちゃん、始めましょうか?」

 「ん」

 頷いて互いに少し距離をとる。一刀は間に立ち、手を挙げる。

 「じゃあ・・・始め!」

 一気に二人は距離を詰めた。

 

 ――ゴキィン、ガッ、キンッ、ギンッ!!

 

 剣と拳がぶつかり合う音が響き渡る。

 燕の焔澪に立ち向かうは氷花の青嵐という手甲である。

 (あ~・・・もしかしなくても気付かれてますね。さて、では様子見は止めましょうかね)

 そうして氷花は互角のやり取りを〝止めて〟〝敢えて燕の攻撃を受けた〟。

 「――!」

 筈だった。

 しかし、焔は交差した腕に届くことなく寸前のところで止められている。

 「弾き飛ばせると、思ったんですけど・・・早々に上手くはいきませんね」

 「外氣功・・・、気付い、て・・・よかった」

 「外氣功〝鋼〟・・・私が身は生身であれども生身に非ず。」

 「・・・もう、油・・断・・・しない」

 燕が氷花と同じように氣を纏う。肉体強化に氣を使う技法は、香蓮をはじめ多くの将が使っている。そして、勿論燕も例外ではない。

 燕から殺気を感じた氷花は、改めて構えを取り直し、二人の戦姫の牙が交叉した。

 

 ――二人の手合わせは一向に終わる気配を見せず、今もなお続く。

より苛烈に、より鮮烈に、間合いの有利さなど全く問題になっていない。ただそこには楽しそうに笑っている二人の武人の姿があった。

 「シッ!」

 「ん!!」

 氷花が繰り出した右ストレートを焔澪を交差させることで防ぐ燕。

 青嵐を纏った氷花の一撃が焔澪に触れた瞬間。

 

 ――ギイィィィィィィンッッ!!

 

 今までで一番大きく高い音が鳴り響いた。

 

 音が静まった後、二人は衝突した状態のまま無言で睨みあう。

 「お強いですね、燕ちゃん」

 「氷花・・・も」

 「えと・・・勝敗は引き分け、でいいの?」

 一刀の問いかけに二人は揃って頷いた。

 

 三人のやり取りを香蓮と祭は二人で揃って見ていた。

 「いい腕をしている。燕と互角なら、一刀とも同等・・・体捌きの点で氷花がやや上といったところか?」

 「じゃの。まぁ北郷の方も経験さえ積ませれば儂らに迫る日もそう遠くはあるまいて」

 祭の言葉に香蓮の表情はほんの少しだけ苦い。

 「・・・祭、出陣までの時間は?」

 「穏が呼びに・・・と、来たようじゃな」

 「香蓮様~、祭様~。出陣の準備が整いました。一刀さん達はそちらにいらっしゃいますか?」

 「ああ。一刀!」

 

 二人の間に立っていた一刀は香蓮の声に振り向いた。

 その一刀につられて燕と氷花の二人も揃って同じ方向をむく。

 「香蓮さん?祭さんも」

 「一刀・・・多分・・・出、陣」

 「ああ、そういえばそんな事言ってたね。氷花はどうするの?」

 「お答えするまでもありません。私もまた、孫呉の将の一人。民のため、国のために動くは当然です」

 「そっか」

 「一刀・・・感心、してないで・・・いこ?香蓮様、ちょっと・・・イラっと・・・し始めてる」

 見てみれば軽く青筋を浮かべてらっしゃるではありませんか。

 これは非常に危険極まりない。このままでいたなら、間違いなく彼女ご自慢の鉄拳制裁が、

何の躊躇もなく脳天にお見舞いされる事は必至。

 「ちょ、今すぐ行きますから、ご機嫌直して~!!」

 手合わせでも見た事もない疾さで香蓮の下に駆ける一刀。それがあまりにも面白くて、燕と氷花は、顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 これで何度目の出陣だろうと広い空を見上げて一刀は思う。

 空は生憎の曇天、このままいけば雨でも降りそうだった。

 陣の中で一刀は自分の片腕でもある燕に問いかけると、彼女は「多分」と短く答えた。

 既に何度か見て知ってはいるが、戦前の燕はいつも静かだ。普段は〝大人しい〟という印象の彼女だが、いざ戦ともなれば〝静か〟になる。

 「一刀、最近の賊のこと・・・聞いてる?」

 「黄巾党のこと?勿論・・・ってか、燕もそこにいただろ?」

 「そういえば」

 「はは・・・まあ、俺が知ってる限り、そんな特徴を持つ連中はそれぐらいしかいないかな」

 「・・・それが、〝天の知識〟というものですか?」

 燕がいる側ではなく、真正面から聞こえた声に、一刀は「まあね」と苦笑しつつ答える。

 先程冥琳に呼ばれた彼女がそこで何を聞いたのかが、彼女からの問いかけですぐに察しがついた。

 「しかし、黄巾党ですか・・・なんというか、捻りがないですね。まあ、分かりやすいのが一番ですが」

 そう言われてもこっちは自分の頭の中にある記憶という過去の情報を口にしただけなので、どうしようもない。

 そう思いつつ、ふと一刀は思った。この世界における黄巾党の名付け親は、自分になるのだろうかと。

 (まぁ、それ自体はどうでもいいかな)

 「ただ、迂闊に殺すわけにはいかないのが頭痛の種ですね。蓮華様・・・孫権様も同じ理由で大手を振って兵を動かせないんですよ。まぁ蓮華様自身は動けませんし、人手不足というのも勿論ありますが」

 最後の方は本当に苦労が滲み出ている感じだ。

 そして氷花の意見に一刀はおおいに同感だった。

 

 黄巾党――これが正真正銘の賊だけであったら良かっただろう。

 だが、黄巾党の全てが、自分の欲望赴くままに動く賊ではない。

 時代に翻弄され、飢餓や貧困にあえぐ村や小さな町の人々がその不満を募らせた結果暴動に発展、黄巾党に便乗してる場合もあるのだ。

 

 その中で問題なのは、それに便乗している野盗達の方だ。

 

 初めこそ大した組織ではなかったのだろうし、聞き出せた話では、張角達に喜んでもらいたくて貢いでいただけというのが最初で、こんな一団ではなかったそうだ。

 一体何を端にここまで無秩序な一団になったのか、それは彼らにもわからないということで、気付けばこうなったという事だ。

 そこまで聞いた一刀は、頭の中でこう結論付けていた。

 

 (・・・アイドルの追っかけがエスカレートしたってところかな?正直これが本当だったら、あほらしくて頭が痛くなる。まぁ、熱狂的なファンってのは怖いものがあるけど)

 

 そうは思うが真実の程は定かではない。その理由としては、降伏した黄巾兵は張角達の情報は決して喋らないことを条件に投降したりで、首領格である張角達の情報は全く集まっていなかったからだ。

 

 ただ、黄巾兵の話から推測するに張角達は〝女の子〟ではないかと一刀は思っていた。

 

 しかし、一刀は自分の推測を言おうとは思ってなかった。

 まず、ここまでの規模に発展させた元凶が〝実は女の子〟と言ったところで信じる者は非常に少ないだろうし、今現在出回ってる張角達の世間が膨らませた想像図が。

 「この人相書きだもんなぁ」

 「これは、どう考えても化け物。人間の顔じゃないよ?」

 「それは俺に言う事じゃないと思うんだけど・・・同感かな」

 「都の対応は非常にお粗末です。現状で何も言ってこないあたり、自分達も相当慌てふためいているのでしょうね」

 「はぁ・・・ともかく、斥候が戻り次第出撃、二人とも準備は?」

 「平気で無問題」

 「同じく。いつでもいけます・・・と言っても私は後方で待機ですので・・・一様や燕ちゃんの戦い、拝見させていただきます」

 結構と一刀は両脇に立つ少女に頷いて見せつつ、笑って見せた。

 この時一刀は気付いていなかった。

 

 ――二人の頬が、僅かに朱に染まっていたことに。

 

 

 そして、討伐が始まった。

 孫呉の圧倒的優位のまま戦は続く。

 一刀はそこで幾度目になるであろう人の死を目の当たりにする。雪蓮と祭は逃げた首領格を追いかけ、一刀達は残党の掃討に当たっていた。

 「ふっ!」

 放たれた衝撃波が賊をふっ飛ばす。

 衝撃波を受けた弾き飛ばされた賊に詰め寄り、立ちあがろうとした瞬間に斬り払った。

 そのまま、黄巾兵は崩れ落ち、二度と立ち上がらない。

 「奥義ノ参――穿刃」

 立て続けに次の敵に技を放つ。

 

 奥義ノ参――〝穿刃〟

 

 瞬刃が居合いならば、この技は突進し刺し穿つモノ。相手の懐に潜り込み、掌底を鳩尾に、叩きこみ、弾き飛ばし、止めに心臓を穿つ技。

 

 瞬刃を上回る殺傷力をもつ技で、基本的に木刀で放つ事も禁じられていた。例え竹刀であっても大怪我を負わせることが必須なので、基本的にこの技用に拵えたサンドバックを使って練習していた。

 この世界に来てからは、木の枝からぶら下げた短めの丸太を使って練習しており、敵以外に使った事のなかった一刀。

 以前、使って見て良く理解した。確かにこれは禁じ手になる技だと。

 〝瞬刃〟と〝衝破〟も全く殺傷力がないといえばウソではあるが、〝瞬刃〟は峰討ちが可能で〝衝破〟も加減が利く。尤も〝穿刃〟も第一段目の掌底で止めればそう危険ではないが、狙うところが基本、鳩尾なので、それだけでも相当な威力になるため危険なのだ。

 そも、禁じ手の禁じ手足る理由はただ一つ。これらの技全てが氣を用いるためである。

 

 それからも、一刀は香蓮や燕に助けられながら、その時の戦いを生き残った。

 

 「・・・」

 簡単な埋葬を済ませた後で、一刀は埋葬された地を無言で見る。

 その一刀の頭にそっと香蓮は手を乗せた。そして、そのままわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

 「よく生き残った」

 「痛いね・・・」

 「そうか」

 別に撫でられた頭が痛いわけではない事を香蓮はよく理解していた。

 香蓮は頭を撫でるのを止め、一刀の頭を脇に抱き寄せる。

 頬に押しあてられる豊満な胸の地肌の感触に心拍数が思いっきり跳ね上がった。その後ろで燕が頬をぷぅっと膨らませていたわけだが、一刀がそれに気が付いているはずもなく。

 「ちょ、ここここ」

 「舌が回ってないぞ♪男なら、言いたい事はハッキリと言え」

 と、そんなやり取りをしていたら、燕が一刀の開いてる手を重いっきり抱き寄せる。恐らくは同世代からすれば割と胸があるであろう燕。

 そんな彼女の柔らかな感触にますます頭に血が上っていく一刀。自制するのに必死なようだ。

 

 三人のどたばたコメディを傍から見ている雪蓮達はというと。

 「・・・なんでかしら、見てて面白くないわ」

 「ほう、お前にやきもちを焼かせるとは、北郷の将来はかなり有望だな」

 「そういう冥琳様も、面白くなさそうですよ~」

 「は、穏よ・・・お主も些か表情が曇っておるぞ?嫉妬か?」

 「・・・一様、お顔が少し青くなってますけど・・・止めなくていいんでしょうか?」

 そう言われて四人が一刀を見てみると、香蓮が脇に抱えた際、すっぽりと首がはまったらしい。そのうえ、もがく一刀を逃がすまいと力を籠めてしまったのが仇になったようだ。

 「か、母さん!腕、解いて。一刀が凄い事になってるわ!!」

 一刀の状態に気付いた香蓮はあわてて一刀を解き、燕も一刀の顔の蒼さに驚いていた。

 

 何度も何度も深呼吸を繰り返す一刀は、戦の時よりも自分が生きている事の喜びを感じていた。

 「い、生きてる・・・・よかった」

 「一刀、大丈夫?」

 「許せ、すこし力を入れ過ぎた」

 アレで『少し』とは恐れ入る。なんか見た事もない爺さん婆さんとお花畑をのどかに歩いたような気さえしたというのに。

 まぁともあれ、少しは元気づけれた一刀は二人にありがとうと言った。

 「「・・・」」

 予想外の台詞に言葉を詰まらせる香蓮と、感謝の言葉を噛みしめ無言でいる燕。

 そんな香蓮を見て一刀が笑ったのを見て、我に返った彼女は、今度はお仕置きの意味を籠めて抱き寄せるのではなく、思いっきり拳骨を一発お見舞いするのだった。

 

 

 数日後、数日の滞在を経た氷花は楊州へと帰った。

 

 「諸葛瑾子瑜、ただいま戻りました」

 「御苦労さま氷花。どうだった?お姉様たちは」

 「はい。蓮華様の仰られたお通り、素敵な方々でした。それと、御命令にあった〝天の御遣い〟についてですが・・・」

 「何か問題でもあったの?」

 「いえ、こればかりは、いずれお会いする時に蓮華様ご自身の眼で見極められるのが一番かと思います」

 ただ、と氷花は一言付け加えた。当然、孫権は続きを促す。

 「私見だけで申し上げさせていただくならば、一様は〝天の御遣い〟と呼ぶに値する素晴らしいお方でした。それと、思春さん」

 「?」

 話を振られた甘寧は、慣れ親しんだ人でなければ分からないぐらい僅かに眉を動かした。

 「その内お会いすることになると思いますが、見た目だけで一様を判断しない事をお勧めします」

 「どういう意味だ」

 「言葉通りの意味です・・・機会があれば手合わせしてみるといいですよ。私の言った言葉の意味がきっとわかりますから」

 「・・・貴様の評価はどうなんだ」

 僅かに殺気を滲ませる甘寧だが、氷花はそれをサラリと受け流す。

 「それは既に言った筈ですけどね。ともあれ、腕の保証はしますよ」

 「氷花、思春を挑発するのは止めてちょうだい。思春も気を鎮めて」

 「御意」

 「承知しました」

 「今日はもう休んでいいわ。氷花、御苦労さま」

 「はい、蓮華様。それでは失礼致します」

 

 一礼して、氷花は謁見の間を去っていった。残っている孫権は腹心である甘寧を傍に呼ぶ。その手元には、氷花から手渡された書簡が拡げられている。

 「思春、いつでも兵を動かせるようにしておいて」

 「御意」

 ただの一度も疑念を抱かず返事を返す彼女を孫権は少しだけ笑った。

 「理由を聞かないの?」

 「聞く必要がありません。蓮華様の御命令とあらば、それを全霊で叶えるのは臣下の務めです」

 「そう、ありがとう思春」

 と、そこでなにかを思い出したそぶりを見せた甘寧は、頭に浮かんだ疑問を主に対して聞いてみようと思った。

 「先程の氷花の言葉、蓮華様はどう思われますか?」

 「〝自分の眼で確かめるのが一番〟と言っていたことね。私の性格を鑑みて上で言ったのでしょう。周りがどう評価しようと、私は周りに流されたりはしない事をあの子は知っているもの。だから、〝私見〟という言葉を使って自分の評価を言ったのよ」

 そこで一旦間を挟んで、孫権は再び言葉を紡ぐ。

 「周りの言う事に、私は左右されたりなんかしない。私は、私自身の眼で見て判断する」

 そういう彼女に、甘寧は何も言わなかった。

 

 ただ黙って彼女の傍らに立っていた。

 

 その頃、自室に戻って言いた氷花は仰向けに寝転がり、天井を眺めていた。

 「ふふ、一様に燕ちゃん・・・そして、他の皆さまにまた会える日が楽しみです」

 

 ――二人や他の皆さまに会える日が楽しみ。

 

 その台詞に嘘はない。ただ、その中でも大きく割合を占めているのが、一刀との再会である。

 過ごした時は僅かであれども、それを願う。

 街を歩き、民と言葉を交わし、笑顔を互いに浮かべる彼との再会を。それは一刀だけに限らず、香蓮や雪蓮、祭、冥琳や穏もそれは同じと言える。

 そして、あちらと此方とを比べてみると、違いがあるかと問われればそうではないのだが、若干問題を抱えている。

 「思春さんの冗談の通じない性格と、蓮華様の真面目すぎる性格もあって、民との間に距離があるんですよね」

 着いて早々、香蓮に頭痛の種になりかねないほど真面目だろうと問われた時、正直頷きそうになった。

 

 ――ただ、と付け加える。

 

 「一様ならきっと・・・蓮華様や思春さんの角を取ってくれる気がします」

 言葉は部屋の空気に溶けて消える。

 氷花は、思考を切り替えスッと右手を空に翳す。

 翳した手は一刀と握手を交わした手だ。

 その手を見て思い返す。

 

 ――温かく優しい手だった・・・と。

 

 

~あとがき~

 

 

 

 第二章、これにサブタイトルをつけるなら〝黄巾の乱編〟でしょうか。

 その始まり、そして後に一刀の部下になる諸葛瑾子瑜――氷花がここで初登場となります。

 彼女を待っていた人にはお待たせしました。

 〝孫呉の外史〟を知らない人には彼女をよろしくお願いします。

 さて、話を切り替えますが、次回は袁術(美羽)の無茶振りと蓮華達との合流になると思います。

 次回のお話もよろしくお願いします。

 それでは次回のお話でまた――。

 

Kanadeでした。

 


 
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