「“翔太チーム”が復活して…、それからが楽しくなるはずだった…。
それが…、よりによって…、あんなことになっちまうなんて…!」
吐き捨てるように呟き、うつむく。栞から見ても
怒りと悔しさをあらわにしていることが明らかだった。
「一体…、何があったんですか…?教えてください」
「これから話すことが少しきついことかもしれないけど…?
それでもいいかい…?栞ちゃん」
「お願いします」
「分かった…」
俯けていた顔を栞の方に向け、話を再会した。
「翔太チームがほぼ復活したのが…、確か
新学期が始まってから2週間くらい経ってからだったな。
それから2、3日して、麻宮さんの家に無言電話がかかってきたんだ。
それも夜遅くに5、6回ほどね…。最初は何故かかって来たのか分からなかった。
今思えばそれが悲劇につながったんだよな…」
「悲劇…?」
「次の日、学校に行って下足ロッカーを開けたんだ…。その中を見て驚いたよ…。
ボロボロにされた俺の上履きと動物の死骸が入っていたんだもんな…」
「え…!?」
「ショックだったよ…。でもそれだけじゃなかった…。
教室に行ってみれば俺の机の上には花と線香が置かれてたんだ。
そして黒板には俺を中傷することが大きく書かれてた。
“死ねよ北川!さっさと親父のところへ行け!目障りなんだよ!”
ってね…」
「酷い…!」
今の北川の話に栞もまた怒りを覚える。
「更にその日は体育があって、戻ってきてみれば
俺の教科書とノートがボロボロにされてたんだ。
そこにも油性ペンで“死ね!”とか“消えろ!”とか相当書かれてて、
たたんでおいた俺の制服もはさみか何かでボロボロに切り裂かれてた…」
「そこまでするなんて…」
「それだけじゃない。隣の席の奴に教科書を見せてもらったんだ。
そうしたら今度はそいつの教科書がボロボロにされてた…。
“北川なんかに関わるな!関わったらテメェぶっ殺す!”
俺のだけじゃなく他人のものにまで書きやがったんだ…。酷いもんだろ…?」
「いくら何でも酷すぎます…。一体何で…!?」
「それからも無言電話が3日ほど続いた。それも深夜にかけて来るもんだから、
自営業を営んでいる親戚の麻宮さんはあまり眠れなくてね、
疲れが取れないまま店をやってたから相当参ってたよ…。
そして俺への嫌がらせもひどくなった…。
それと同時にクラスのほとんどが俺を避ける様になってた。
まるで誰かに怯えてるかの様にね…。3日目でその犯人は分かったよ…。
当時学校の中で恐れられてた、土居っていう不良とその取り巻きだったんだ…」
「それで…、どうしたんですか…?」
「俺はたまらずぶん殴りに行ったよ…」
「恐く…、なかったんですか…?」
「もともとケンカには自信があったんだ。
昔、久瀬をいじめていた連中をやっつけたことがあったし、
何人かのクラスメイトを不良の恐喝から守ったこともあったからね。
それに暴走族のチームからの誘いもあったんだ。もちろん断ったけど…。
そんな俺に親父や妹はいつもハラハラしてたっけな…」
「それで…?その人は何て…?」
「土居は自分の邪魔ばかりしている俺の存在がむかつくからだと答えたよ。
たったそれだけの為にここまでしやがったんだ。
俺は本気で奴をぶん殴ろうとしたよ…。でも…、出来なかった…」
「何で殴れなかったんですか!?そんな奴殴ってしまえばいいのに…!」
「奴は卑怯にも、麻宮さんや妹に危害を加える様なことを仄(ほの)めかしたんだ…。
暴走族のリーダーをやってて、更にヤクザと知り合いだから
親戚にお前の何倍も仕返しすることくらい訳ないし、
警察に捕まったところでどうってことないってね…。
現に奴は窃盗や傷害で2回くらい捕まったことがあったんだ…。
下手すれば皆に迷惑をかけちまう…。そう思って奴に降伏したんだよ…」
「酷い…」
「奴等は周りへの嫌がらせをやめる代わりに
俺に自分の気が済むまでサンドバッグになれって言ってきた。
これなら麻宮さんに迷惑をかけることはないと思って、俺は素直に従ったよ。
何も出来なくて相当悔しかったし、きつかったけど歯を食いしばって我慢した。
それと同時に無言電話もかかって来なくなったんだ。
周りの皆は奴等に脅されて俺を避けてたけど、それで良かった。
でもその中で翔太だけは違ってた。あいつはアザだらけの俺を見て
奴等に殴り込みをかけに行こうとしてたんだ。俺は必死に止めた。
“俺だけが標的になれば何もなくて済む”
ってね…。でもあいつは聞こうとしなかった。
“俺の相方はお前しかいないんだ!
お前が酷い目に逢わされてて放っておく訳にはいかねえ”
あいつの気持ちは嬉しかった。でも楯突けば間違いなく殺される。
俺は必死に止めたよ。あいつも俺の表情を見て一度は思い留まってくれた。
でも…、土居達の俺への暴力がエスカレートする中で…、
予測してもいなかった悲劇が起きた…。それも…、最悪の…」
そこまで話したところで言葉を詰まらせながら俯いた。
その表情はどこか悲愴さと後悔の念が込められていた。
「最悪の事態って…、もしかして…」
口元を軽く手で覆いながら栞は北川を見つめる。
「ああ…。恐らく栞ちゃんも今考えてるんじゃないかな…。
俺が土居から嫌がらせを受けてから1週間経ったあの日…、
俺がいつもの様に土居達から殴られていたときだった。
翔太が土居達の前に現れたんだ。下手したらやばい。
そう思って翔太を追い返そうとしたんだ。でもあいつは聞かなかった。
“俺の相方に何しやがるんだ!”
そう言ってたあいつの表情は俺は見たことがなかったほど怒ってた。
怒りで我を失っていたのか土居に殴りかかったんだ。
パンチが当たって翔太が自分に楯突いたことに土居は切れて、
翔太の顔面を思い切り殴り飛ばした。翔太は殴られた勢いでバランスを崩して倒れた…。
その際…、階段の角に後頭部を思い切りぶつけたんだ…。
俺が見たのは…、耳から血を流して動かなかった翔太の姿だった…。
それから切れて…、気が付けば俺は土居達を殴り倒していたんだ…。
その後翔太は病院に運ばれたけど…、即死だった…。
翔太の両親は俺のことをかばってくれた…。けど…、
俺のせいであいつは死んだ…。俺さえ…、いなければ…」
うつむき、声を震わせていた北川の目からは
涙が流れ、頬を伝って床に落ちていった。
「そんな…。でも翔太さんは北川さんの為に…」
「あの後土居達は警察に捕まった…。それで分かったことなんだけど…、
奴が暴走族のリーダーだってこともヤクザと知り合いだってことも…、
全部口から出任せだったんだ…。俺が下手に動けない様にする為のね…。
それからしばらくして、クラスはほとんど元の状態に戻ったけど、
俺に普通に接する人間がいなくなっていた…。俺もまた、
翔太を失ったその環境にいることが耐えがたい苦痛になっていたんだ…。
俺は麻宮さんに今すぐ一人暮らしさせてもらおうと思っていたけど
すぐに反対されたよ…。まだ中学生だし、何より重い病気を抱えてるからね…。
それでも俺は必死に頼んだ。それが通じたのか麻宮さんは承諾してくれたよ。
ただ、俺が高校生になってからということと、
昔住んでたここで生活するといった条件付きだったけど…。
それから俺は久瀬と同じ高校を受験し、入学したんだ」
「だから…、一人暮らしをしてたんですね…」
「ああ…。俺も時々向こうに戻るけど、あの場所は俺にとっては居づらい場所だった…。
特に墓参りをするときなんかね…。翔太の墓の前に立つと、
俺が殺したという罪悪感が湧いてきて、辛かった…。
その為に結局1泊しか出来なかったんだ…」
「でも翔太さんは北川さんのこと…」
「いいんだよ…」
栞の言葉をさえぎり、話を続ける。
「高校に入学してからは病気のこともあって色々と大変だったけど、
それから俺は持ち前の明るさでクラスの人気者になれた。
俺を避ける人間はいなかったから前よりは幸せだった。
でも、それから間もなくしてまた悲しいことが起きた…」
「悲しいこと…?」
「俺が入学したての頃、幼馴染の天野に友達が出来たんだ。
“こがね”っていう子だったんだけど、結構人見知りが強くて、
いつも天野の後ろに隠れていた子なんだ。俺にはすぐ懐いてくれたけど…。
それからいつも一緒になって遊んだんだけど、一月もしないうちに
こがねは熱を出してどんどん弱っていった。
“もう誰も…、大切な人を失いたくない”
そう思って必死になって天野と方法を考えた…。
でも…、何も出来ないまま…、こがねは消えたんだ…」
「そんな…」
「それをきっかけに天野は心を閉ざした。周りも天野に気を遣ってか避けてたよ。
俺もそうしようと思ってたけどやめた。俺自身そうされて苦痛だったからね…。
それから俺は天野に普段通り笑いかけて接する事にしたけど、
天野はなかなか心を開いてはくれなかった。それどころか、
涙を流しながら頬にビンタしてきたこともあった。辛かったよ…。
天野の力どころか逆に鬱陶しく思われてたのは…。
それでも俺は笑って接し続けたよ…。必死になって…。
もう一つ…、2年生になってから美坂、
栞ちゃんのお姉ちゃんがどこか悲しみを交えた表情になっていたんだ…。
それが栞ちゃんのことだと知ったのは今年だったけどね…。
俺はそんな美坂の力になってやりたくて、同じ様に笑って接したけど、
あまり力にはなってやれてなかったみたいだった…」
「でも…、私が病気で休んでいた時、お姉ちゃんは
嬉しそうに北川さんのことを話してました」
「だったら…、何で…?」
「分かりません」
「まあ…、いいか…。
そんな日が続く中、今年の初めに相沢が転入して来た…。
相沢を初めて見たとき、不思議なことにあいつと翔太がどこかだぶって見えたんだ…。
そしてあいつと話す様になって、俺はもう一度新しいチームを作りたいと思った…。
ただ、転入したてでいきなり“相沢チーム”と呼ぶのはおかしいから、
あえて“美坂チーム”と呼ぶことにしたんだけどね…」
「そうだったんですか…」
「相沢と漫才をしているときはとても楽しかった…。
俺にとっては、正に翔太とコンビを組んでいたあの頃そのものだったからね…。
でも…、俺と違って相沢の周りには、相沢を頼りにしている女の子がたくさんいた…。
水瀬はもちろん、あゆちゃんに真琴ちゃん、栞ちゃん、川澄先輩や倉田先輩、
そして美坂や天野までもが相沢に何かを託すかの様に接していったんだ…。
俺だって皆の力になってやりたいと思った…。なのに俺は何も出来ずにいた…。
特にショックだったのは…、栞ちゃんの病気を知った時だった…」
「え…?」
「知ったのは偶然だったけどね…。
その日の夜、バイトが終わって学校の前を通ったんだ…。
そこには相沢と美坂がいて気になって近づこうとした時、
美坂は相沢の胸の中で突然泣き出したんだ…。
そして、栞ちゃんが病気であと1週間しか生きていられないことを知った…。
俺の方が美坂といた時間が長かったはずなのに、知り合って
わずか一月も経っていない相沢に、美坂がそこまで感情的に悩みを
打ち明けていたことは正直信じたくはなかったよ…。
当時相沢と栞ちゃんが一緒にいたとはいえね…。
でも…、何とか美坂には元気出してもらいたかった…。
だからこそ俺はいつも以上に笑って接したんだ…。
それでも…、何も変わらなかったけどね…」
「そんなことはないと思います。本当は…」
「いいんだ…」
栞の言葉を再度さえぎり、北川は話を続けた。
「そんな中で相沢に頼まれてあゆちゃんの人形を探し、
偶然だったけど見つけたことは、俺の中でとても嬉しかった…。
ほんの少しだけ力になれたんだなって…。
その後あゆちゃんは一度、相沢の目の前から消えちまったらしかったけど…。
でもそれから色んな人間が助かった…。
事故で危なかった水瀬のお母さんを始め、川澄先輩に倉田先輩、
真琴ちゃん、栞ちゃん、最後にあゆちゃん…。
それだけじゃない…。水瀬に美坂、そして天野も心を開いてくれた…。
相沢が力になってくれたおかげで皆が元気になってくれたことは…、
とても嬉しかった…。美坂や天野まで救ってくれたんだからな…。
でも…、それと同時に相沢への憎しみも少しだけ芽生えた…」
「え…?憎しみって…?」
「相沢だけじゃない…。周りへの…、栞ちゃんへの憎しみも
少しだけ生まれた…。とは言っても長くは続かなかったけどね…」
「私も…、だったんですか…?」
「ああ…。俺だって皆の為に色々してきたんだ…。それに相沢にも関わった…。
なのに周りの皆が助かって俺だけがまだ苦しむなんておかしいって、思ったしね…。
栞ちゃんにしても、残り一週間しか生きてられなかったはずの
重い病気を抱えてたのに、治ってもう元気なんだ…。
実際に栞ちゃんの病気を知ったときは驚いた反面、少しだけ喜んだりもした…。
今の俺と同じ立場の人間がいて、しかも一週間しか生きていられない…。
だからこそ助かったことを聞かされたときはがっかりもした…」
「だからさっきあんなことを…」
「ああ…。さっきヤケになって口走った言葉も
強ち(あながち)ウソじゃなかったってことさ…。
栞ちゃんは信じたくはないだろうけど…。ゴメンな…」
「いえ、そんな…。気にしないでください」
申し訳なさそうな表情の北川に、慌てて腕を振る。
「でも…、少しの憎しみでも長くは続かなかった…。
“お前は人を憎む為に生きているんじゃない。
辛いだろうけど耐えていればいつかきっと幸せになれる”
憎しみを抱く度に死んだ両親や翔太にそう言われてる気がするんだ…。
一人暮らしを始めてから何回か憎しみを抱いたんだけど、
その度にそれが聞こえてきた…。さっきはヤケになってて聞こえなかったけど、
栞ちゃんが俺の暴走を止めてくれたのも、ひょっとしたら
翔太が栞ちゃんに知らせてくれたからかもな…」
「きっと、いえ、絶対にそうですよ!私北川さんが泣いている夢見ましたし…」
「そうか…。でも今思うと無茶苦茶カッコ悪いとこ
何度も栞ちゃんに見られてたんだよなぁ…。恥ずかしい…」
「いいじゃないですか。泣いている男の人を女の人がなぐさめる。
これもドラマみたいじゃないですか」
「うーん…。どうだろう…?まあいいか…。
それにしてものどがかわいたな…。栞ちゃん、コーヒーでも飲むかい?」
「コーヒーは苦いから嫌いです!」
「だったっけ?ならオレンジジュースにするか?」
「お願いします」
「分かった」
どっこいしょと北川は席を立ち上がって台所へ向かい、
コーヒーとオレンジジュースを注いで、ジュースの方を栞に手渡す。
「ありがとうございます」
「ところで北川さん…」
「ん?何だい?」
ジュースを飲み終えた栞を横目にコーヒーをすすりながら北川が反応する。
「北川さんは好きな人っているんですか?」
「うーん…。好きな人とまでは行かないけど、
気になっている人はいるかな…?でも何でそんなこと…?」
「私は北川さんのことが好きです。でも北川さんは多分他の人が好きでしょう…。
例えば…、お姉ちゃんとか…」
「う~ん…。確かに美坂には色々と話しかけた記憶はあるけど…。
でも何でいきなり美坂の名前が出て来るんだ…?」
何事もない様に栞の質問を受け流していた北川だったが、
実は香里の名前が出て来て一瞬ヒヤリとしていた。
実は入学当初から香里のことを異性として意識していたのだが、
そこから先になかなか踏み込めずにいたのだった。
栞に図星を指されて、必死に冷静を装おうと努力していた北川だったが、
それを見抜いてか、栞の顔がにやける。小悪魔な笑みを浮かべ、
今度は北川に冷やかしの言葉をかけてみた。
「あれ~?北川さん知らないんですか~?
北川さんがお姉ちゃんのこと好きだっていう噂、
実は学校の中では有名な話なんですよ~♪
知らないのは北川さんとお姉ちゃんくらいですね~♪」
「ブッ!!?」
自分が香里のことが好きだということが実は有名だった。
予想だにしなかった話に思わずコーヒーを噴出してしまった。
「あー!汚いですよ北川さん」
「ゲホゲホッ!? な…、何をいきなり…?」
「北川さんは北川さんが好きな人と幸せになって欲しいんです」
そう語りかける栞の表情は小悪魔的なものから真顔に戻っていた。
「北川さんが私のことを好きじゃないだろうことは分かってます。
でも私は想いを伝えられたからそれだけで十分です…。
だから…、私は北川さんが好きな人と幸せになれる様に…、
うまくお膳立てしたいんです。もちろん…、病気のことは秘密にします」
「そうか…。ありがとう…。でもいいよ…」
「何でですか!?せっかくお姉ちゃんと恋人になれるかもしれないのに…」
「俺なんかと付き合えば、その子は俺の病気を知らないわけだから
俺がいなくなった後にきっと悲しい想いをする…。
まだ俺は病気のことを知られたくない…。でも悲しませたくもない…。
それだったら最初から振られたってことにしておけばいい…。
俺の寿命は恐らく4月までは大丈夫だと思うから、
卒業した後に黙って消えてしまえばいい…。それなら誰も悲しませないと思うんだ…」
「そう…、ですか…」
「ゴメンな…。せっかくの心遣いを…」
「いえ…」
「お邪魔しました」
「ああ…。気を付けてな」
靴を履き終えた栞がドアノブに手をかけたときだった。
「栞ちゃん…」
居間の方から北川が声をかけた。
「何ですか?」
「今日は色々と…、ありがとう…。
おかげで…、スッキリしたし…、目が覚めた…」
その言葉に栞が少し照れ気味に俯いた。
「も…、もし良かったら私なんてどうですか?」
「いや…。遠慮しとくよ。美坂のメリケンサックが恐いし…」
「そう…、ですね…」
2人の脳裏には“栞LOVE”と刻まれた香里のメリケンサックが
昨日祐一に炸裂していたのが浮かんでいた。
「でも…、恋人じゃなくても一人でいるのが辛くなったら
また私のことを呼んでくださいね」
「ありがとう…。でももう大丈夫さ…。それよりもう10時だぜ。
そろそろ帰んないとまずいんじゃないか?」
「そうですね。おやすみなさい、北川さん」
「ああ、おやすみ」
北川に一礼した後、栞は足早に自宅へと戻っていった。
「へへっ…。今日は久々にいい夢が見られそうだな…」
栞がいなくなった自室で北川は一人嬉しそうに呟くのだった。
「さて…、退院したばっかだし、怪我のこともあるし、今日はもう寝るか…」
まだそれほど眠くはなかったのだが、不思議と寝床についてすぐに
眠りにつけたのだった。その寝顔もまた安らかだった。
(なるほど…、ここは部分積分すればこうなるのか…)
翌日、北川は休みを利用して入院で遅れていた分を取り戻すべく、
主に教科書、それに香里からの参考書、佐祐理と舞からの電子辞書、
名雪からの筆記用具セットを使って一人黙々と勉強していた。
もともと中学では学年主席だったし、現在でも香里や久瀬と
タメを張ってもいいほどだった。それに北川は要領のいい勉強法を知っていたので、
勉強を苦とも思わず、わずかの間に大半の知識を身に付けることが出来た。
「ん~…、もう10時半か…。今日はこの辺にしてシャワーでも浴びてもう寝るか…」
伸びをして浴室に向かおうとした時だった。
Prrrrr… Prrrrr… Prrrrr…
テーブルの上の北川の携帯電話が鳴り出したので、
ディスプレイを見てみると、そこには美坂香里の名前があった。
(美坂…?こんな時間に何の用だろう…?)
Prrrr…,Pi…
「もしもし…」
『北川君…』
「美坂…?どうしたんだ?」
『ねえ。今から会えるかな…?』
「今からって…、別に構わないけど、もう10時半だぜ…」
『今夏期講習の授業が終わって帰るところよ…。
これ以上遅くなるのはまずいの。ダメかしら…?』
「分かった。で、どこにする?」
『今公園にいるの。ベンチで待ってるから…』
用件だけ伝えられて、電話は切れた。電話の向こうの香里は
少し思い詰めた様子だった。どうしても相談したいことがあるのだろう…。
そう考えた北川は出かけることにした。
「あ…。北川君」
ベンチで座って待っていた香里は北川の姿を見るや否や、北川の元へとかけていった。
「どうしたんだ?こんな時間に…」
「どうしてもね、北川君に話しておきたいことがあったの…」
「話しておきたかったこと…?」
「その前に…、単刀直入に聞くわ。
北川君は本当は…、重い病気を患ってるんでしょ?」
「な…!!?何だよ急に…!?」
予想だにしなかった自分の病気のことを、それも単刀直入に言われたのだ。
混乱してもおかしくはなかった。
「昨日夏期講習に行く途中で、あなたが栞と一緒にいたところを偶然見たのよ。
拳から血を流していたあなたを栞が病院へ連れて行こうとしていたのをね…。
それに気になって、北川君が住んでいるアパートの前を帰りに通ったら、
あなたの部屋らしいところから栞が出てきたのも見たの。
何かあると思って栞を捕まえて聞いてみたのよ。
最初は秘密だからってなかなか言ってくれなかったけど、
北川君にひょっとしたら何かあるんじゃないかって聞いてみたら、
あなたが病気であることを話してくれたの…。
それ以外のことは秘密だからって話してはくれなかったけど…」
「美坂…。言いたいことはそれだけか…!?」
北川の体が知られたくなかった病気を知られたことによる混乱と怒りで震えていた。
「それだけって…」
「俺は病気のことは誰にも知られたくなかった…。
仮に知られちまったとしても俺の前では話しては欲しくなかったんだ…。
なのに…、 何で放っておいてくれなかったんだよ…!?
こんな時間に呼び出してまでよ…!」
「放っておけないわよ!だって…」
「だって何だ!?お友達だからか!?
お節介も大概にしてくれ…!」
「そんなことじゃないわよ!!」
「じゃあどう言う…!?」
北川が言いかけたところで香里は北川の胸に飛び込んだ。
「みさ…、か…?」
「北川君…」
香里が北川の表情を伺う。そして北川の胸の鼓動も高まっていく。
「北川君…。実はね…、あたし…、
北川君のこと…、ずっと…、好きだったの…」
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7年前に書いた初のKanonのSS作品です。
初めての作品なので、一部文章が拙い部分がありますが、目をつぶっていただければ幸いです(笑)。
次で第1部最終回です。