No.182189

PSU-L・O・V・E 【L・O・V・E -Stories-】

萌神さん

【前回の粗筋】

ヴィエラの攻撃に圧倒されっぱなしのヘイゼルは最後の賭けに打って出る

策が功を奏しヴィエラの動揺を誘ったまでは良かったが

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2010-11-02 22:45:18 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:641   閲覧ユーザー数:638

微睡(まどろみ)の中で見ていた物は、夢の続きだと理解していた。

その中で私の大切な人は戦っている。

明らかに自分より強い緋色の女性に何度も、何度も、挑み続けていた。

しかし、力量の差は明確だ。

油断を突いたのだろうが、力及ばず一転して危機に追い込まれている。

(助けないと―――)

そう思うが、彼との距離は遠すぎる……。

危機に晒された彼の姿が認識できる(見える)のに、私のこの手はあの人の元まで届かないのだ。

 

『いいえ……届くわよ?』

 

頭の中で声がした。

それは紛う事無く私の声……。

そう……そうだ……私のこの手は、彼の元へ……その戦場まで届く筈なのだから―――。

私は思い切って右手を伸ばす……この想いが彼に届くようにと祈りながら……。

(殺られる―――!?)

弾かれた剣に詰められた間合い。半狂乱のヴィエラが振るう剣をヘイゼルは避けきれないと悟っていた。

だが、勝敗が付く寸前の二人を突然の衝撃が襲う。ヘイゼルの目の前でヴィエラの身体が爆ぜ、玩具の人形のように中を舞い、自身の身体も衝撃波で吹き飛ぶ。薙ぎ飛ばされたヘイゼルの耳に、僅かに遅れて轟音と化した何かの掃射音が届いた。

地面に背中を強かに打ちつけられ、一瞬何が起こったのかヘイゼルは理解する事が出来なかった。

「く……な……何が……?」

衝撃で巻き起こった砂塵が辺りを覆っている。投げ出された身体を起こしながら、ヘイゼルが辺りを見回と、かなり離れた区画でL・O・V・Eが右肩の重機関砲、ヘーゲル・パニッシャーの砲口をこちらに向けていた。L・O・V・Eはマシナリー群との戦闘を続けている筈だ。

(誤射……? いや……)

茫然自失としているように見えるL・O・V・Eを連装フォトン・ビームが襲う。しかし、それらは全て、L・O・V・Eの堅固なシールドラインに阻まれ、その装甲に傷一つ付ける事は出来ていない。

L・O・V・Eと都市警備マシナリーの戦闘は今だ継続中だ。ヘーゲル・パニッシャーの砲身を折り畳み格納したL・O・V・Eは、平地高速移動用脚部ホイールで機体を旋回させ、マシナリーを追って再び殲滅行動を開始する。

「ユ……ユエ―――」

その後を追おうとしたヘイゼルだが、思い直し足を止める。愁いの種はまだ残されたまま、それを放置して追う訳には行かないのだ。

束の間、途絶していた意識が回復すると、すぐにヴィエラ自身を見舞った損害の報告が頭脳体を駆け巡った。だが、データにノイズが多く処理は思うように進まない。ダメージは相当深刻なようであった。

ナノトランサー内に収納されたA・フォトンリアクターから、エネルギーを汲み出す次元転移回路(AFエネルギー・バイパス)が断絶、通常のフォトンリアクターも損傷し、エネルギーの供給が不可能となっている。フォトンエネルギーはキャストが稼動するのに必要な、人間で言えば血液のような物だ。供給が停止すれば、頭脳体や身体の各部にエネルギーが行き届かなくなり、キャストは生命活動を維持できなくなる。

 

それは詰まる所、生物学上の『死』と同義だ。

 

第三者の介入によって齎された結末に困惑しつつも、ヘイゼルは地面に横たわったままのヴィエラを見下ろしていた。

L・O・V・Eが放ったヘーゲル・パニッシャーの砲弾は、いとも容易くヴィエラのシールドラインを撃ち貫き、彼女の身体をボロ雑巾のように弄んでいた。直撃を受けたヴィエラのダメージは深刻である。砲弾の一発は胸部を貫通し、拳大の風穴を開けていた。左脚は太ももの部分から千切れ、右腕は肘を砕かれ人工皮膚一枚で繋がっている状態だ。そして、何より致命的なのは頭部の削痕だ。砕けた側頭部から内部が露出し、損傷した頭脳体が覗いている。人ならば即死であったろう。だが如何にキャストが"人"とは違うと言っても、ヴィエラが戦闘を継続出来るか否かは明白。

ヘイゼルは、ヴィエラは、理解した。

 

雌雄は決したのだと。

 

データが、状況が、何よりも動かぬ己の身体が敗北を告げている。

心の隙を突かれ自分を見失っていたヴィエラは、奇しくも自らを襲った凶弾により本来の冷静さを取り戻していた。

(負けたの……私は……)

ヴィエラは妙に落ち着いた気持ちで導き出した結論を受け入れていた。

いとも容易く、呆気なく、塵積もった妄執が、憎悪が、全てが潰えようとしている。

(だけど、それも良いわ……所詮は誰からも必要とされなかった命……。いえ、生命(イノチ)ですらなかったわね……私達は……。だから、もうどうでも良い……終焉こそ、私が望んだ結末なのだから……)

裂けたヴィエラの口元に自嘲めいた笑みが浮かんでいる。

勝ち負け等どうでも良かった。妬ましかった……羨ましかった……。調整用寝台に括られ見続けた、姉さんのあの笑顔を滅茶苦茶にしてやりたかった。そして、その果てに自分自身も壊してしまいたかったのだ。

姉さんの最後を見届ける事と、彼女が恋する男を道連れに出来なかった事は心残りだが、それもどうでも良い。

ユエルの破滅と自らの破滅……。嫉妬と憤怒と憎悪の果てに辿り着いた絶望だ。終われるのならばそれで良い。悔いはなど無い筈なのだ。

僅かに動かした頭部からはらりと何かが落ちた。ヴィエラの視線が力無くそれを追う。バラバラになった白い花の髪飾り。それは自分の動揺を誘い、勝敗を決する一因となった物であった。

 

『愛されていたんじゃないのか……お前も!?』

 

今一度、ヘイゼルの言葉が頭の中で再生される。同時に脳裏にある記憶が甦った。

漆黒の夜の闇に広がる黒い煙、そして紅い炎……それはユエルが、そしてヴィエラが忘れる事の出来無い、あの夜の光景だ。

ヴィエラを庇いSEED生命体の攻撃を受け若い研究員は倒れた。それを見て頭脳体が沸騰しそうな感覚を覚えたヴィエラは、気が付くと研究員を襲ったSEEDを八つ裂きにしていた。

そう、彼女に有るのは、自らの敵を憎み破壊する事に特化した感情だけ……だが、その時憎しみと怒りを生んだ感覚は何時もと何かが違っていた。

自らの作った血溜まりに横たわる青年の元に跪き、土気色になって行く顔を覗き込むと、彼は血に濡れた右手を伸ばし、ヴィエラの頬にそっと手を触れた。ひびの入った眼鏡の奥で優しい瞳が力無く揺れている。

 

『―――ああ、その花飾り……やっぱり君に良く似合っているね……』

 

研究員の口元に浮かんだ優しい笑顔。そこには未練も執着も無かった。有ったのは、遣り遂げた者だけが持つ、満足さと安堵だった。

ヴィエラの頬から彼の右手が、するりと力なく滑り落ちる。今際の際……ああ、そうだった……。あの時、自分を守った研究員は確かにそう言い残した。

似合う、と……。

折角、彼がそう言ってくれたのに……壊してしまった髪飾り。何時も傍に居た……傍に居てくれた……彼からの贈り物だったのに……。

(私は……)

どうして今更……何故、あの時気付けなかったのだろう……。

身体に経験した事の無い『痛み』が走る。

人の思考は脳がする物だ。人であろうとキャストであろうとそれは変わらない。なのに何故だろう? 今痛んでいるのは、この胸の中だ。こんなにも切なく、苦しい痛みなのに、その理由がヴィエラには解らない。何時の間にかヴィエラの瞳から涙がこぼれていた。

(私も……)

「―――」

ヴィエラの唇が僅かに震えたが、彼女の最後の言葉は聞こえなかった。故に彼女が最後に何を言おうとしたのか……それは誰にも解る事は無い。ヘイゼルは活動を停止した彼女の姿を複雑な気持ちで見下ろしていた。

「愛を理解しない者が、愛された者に嫉妬なんかするもんか……。解ってたんだよ。お前だって愛ってのが何なのか……」

自らが執心したように、只の機械ならば、初めからそんな感情など抱かなかった筈だ。

感情が、人としての心があったからこそ、彼女はユエルに嫉妬したのではないのか。例えそれが理不尽な物だったとしても―――。

「皆不器用だったんだ……」

ヘイゼルの脳裏に人影が浮かび過ぎていく。

 

不器用に娘を愛した、ハリス・ラブワード博士。

 

ヴィエラに自らの愛を伝える事が出来ず、髪飾りを贈った不器用な若い研究員。

 

愛されなかったと思い込み、不器用な愛に飢えたヴィエラ。

 

「そして……俺も……か」

心根にある物に従えず、素直に生きる事が出来ない、不器用な自分。

ヘイゼルは瞳を閉じ、呟いた唇を噛み締める。

ヴィエラの活動停止により、ヘイゼルは初めてキャストの死と言う物を見た。

有機体である人とは違い、死に難い身体を持つ筈のキャストの死……。彼等も不死ではないのだ。それはユエルも例外では無い。ユエルの死と言う事実に対し湧き上がる胸の中の焦燥。

「お前を失うという事に対する、この落ち着かない気分……ああ、解ってる。お前は俺にとって特別な何かなんだろう……」

 

だから―――!

 

ヘイゼルはヴィエラの遺体に背を向け歩き出した……ユエルを救いに行く為に。

硝煙と炎の匂いが漂う戦場に一陣の風が通り過ぎた。

(命を掛けて機械を守ってどうなるの? 価値の無い物を守る事に意味はあるの?)

ふと、その中にヴィエラの声を聞いた気がした。振り返るがヴィエラは完全に機能を停止している。幻聴だったか……だがヘイゼルは幻に答えていた。

「守れる……。価値があるから、無いとか、そんな事は関係ない」

共に暮らした、この惑星(パルム)で……。

共に歩いた街の通りで……。

共に過ごした部屋の中で……。

記憶の中に有る彼女の顔は、いつも笑っている。

俺達が出会って過ごしたのは僅かな時間でしかないかもしれない。それでも間違い無く、これだけは断言出来る!

「あの笑顔を……失ってたまるかよッ!」

ヘイゼルは駆け出し叫んでいた。

「ユエル! テメエ、いい加減に目を覚ましやがれッ!」

解っている……確信に近い自信があった。ユエルは自分の意識を取り戻し始めている。あれ程、ドンピシャリのタイミングで流れ弾が飛んで来る筈が無い。だとすればそうだ! あの瞬間、お前は俺を守ろうとしたんだろう、ユエル!?

遠くから白い少女の名を叫ぶ相棒の声が聞こえる。

コンクリート塀に背を預け、座り込んだビリーは、その声に釣られうっすらと瞳を開けた。

「そうだ、叫び続けるんだぜ……たとえ無駄に思えたとしてもだ。耳を塞いで聞こえない振りをしててもな、良い言葉ってのは……」

ビリーの腹部から流れ続ける紅い血潮。彼自身の生命の証。心臓が鼓動を刻む度、身体からそれが失われて行く。視界も霞んできていた。それでもビリーは不敵に素敵に大胆に笑って見せる。何時だって彼の人生はロックなのだから。

「心には……届いているもんだ……ぜ」

小さく呟き、ビリーの頭が力なく落ちた。

舗装道路を全速力で後退する一体のガードマシナリーを追って、区画を仕切る隔壁をぶち破り、追跡者となったL・O・V・Eの巨体が飛び散るコンクリートの瓦礫の中から猛然と姿を現す。

ガードマシナリーが保有するロケット弾も、フォトンビームもL・O・V・Eには効果が無い。応援要請のシグナルは既に発信済みだ。今、その身に出来るのはL・O・V・Eから逃げ切り、派遣されてくるであろう増援部隊と合流する事だが、L・O・V・Eはそんな都合を許しはしなかった。

L・O・V・Eの巨大な右拳を、腕部からせり上がって来たガードパーツが覆う。破砕(ハード・ターゲット)用大型鋼拳"デストロイ・ハンマー"が振り上げられた。効果は無いと知りつつもガードマシナリーがフォトンビーム弾を発射する。その射撃を無視して巨大な鉄塊が振り下ろされ、ガードマシナリーの胴体部がアスファルトの間でひしゃげる。四脚が地面に突っ伏する様に地面に×字を描く。L・O・V・Eが右手を持ち上げると、ガードマシナリーの胴体部は鋼拳の痕を残し綺麗に陥没していた。それでも職務に忠実な忠機は指示を全うするべく、壊れた四肢を動かそうとする。そこへL・O・V・Eの止めの一撃が放たれた。轟音と共に炸薬が炸裂し、巨大な薬莢が薬室より排出、同時に左腕部外側に装備された突貫杭(ストライカー・パイル)が射出され、ガードマシナリーの胴体部を貫く。×字型に伸びた脚部が痙攣したように一度大きく跳ね上がり、胴体部が爆発を起こした。燃え上がる炎の中でガードマシナリーの残骸が力無く崩れていく。

 

(燃える……燃えて往く……また……)

 

白い少女はぼんやりとその光景を見詰めていた。

だが、彼女に視えているのは違う光景、重なった幻影(マボロシ)、過去の記憶。

黒煙に覆われた夜空、崩れ落ちた瓦礫の山、おびただしい血の跡、沢山の死体、それを覆うアカイ炎―――。

 

(ああ、私はまた夢を見ているッスね……)

 

少女はその悪夢に絶望し嘆く。

そこから一刻も早く離れたいのだが、急いでいるのに己が脚は一向に願いを聞き入れず、その歩みはタールの海を渡る様にもどかしい。まるで意識の有る夢の中を彷徨い歩いているかの様だ。やがて夢現の中で自分の名を呼ぶ声が聞こえて来た。それは懐かしくも慕わしい人の声。

だけど、私はそれからも逃げようとしている。

(逃げる……? そうか私は逃げているッスね……)

不意に、白い少女は気付いた。その瞬間、今まで身体を動かしていた、もう一人の自分が小さくなって行く。この状況に自分自身を置き去りにして消えて行く。無責任な……と、少女は崩れそうな苦笑いを浮かべ観念した。

どの道、逃げられない。緋色の光景が、この罪から逃がしてくれないのだ。

ならば私は裁かれなければならない……咎の報いを受ける為に―――。

 

Judex ergo cum sedebit,

(かくて裁き手の座したもう時)

 

quidquid latet, apparebit:

(隠れたる事全て現れ)

 

Nil inultum remanebit.

(報いられざる事、一つとしてなからん)

 

Quid sum miser tunc dicturus?

(……その時、私は何を弁明すれば良いのでしょう?)

 

Quem patronum rogaturus?

(誰に弁解の賛同を得れば良いのでしょう?)

 

Cum vix justus sit securus.

(正しき者ですら畏れ脅える、その瞬間に……)

 

何時の間にかL・O・V・Eの脚は止まっていた。だが結果として、そのお陰でヘイゼルは追いつく事が出来た。

ヘイゼルは立ち止まり肩で息を切らす。自分とL・O・V・Eでは身体の縮尺(スケール)と機動力が違うのだ。これ以上の追跡(チェイス)は正直骨が折れる。

「ハァ……ハァ……ユ……ユエ……ルッ!」

ヘイゼルは荒い息の間から少女の名を呼び掛ける。返事が返って来る事を期待していた訳ではない……が、妙に拍子抜ける程、あっさりとユエルの声が反応した。

「来ないで……下さいッス……ヘイゼルさん……わた……しは……私が……」

声は届いた……。正気を取り戻したか! 安堵するヘイゼルの耳に、深い絶望を纏った声が弱弱しく響く。

「私が……皆を殺してしまったッスよ……」

その言葉の意味を悟り、ヘイゼルは絶句する。背筋を電撃にも似た痺れが走り、顔から血の気が引いた。

(戻っているのか……記憶が!?)

ヘイゼルは動揺していた。ハリス博士とヴィエラは言っていた。結果として生みの親を殺してしまったユエルの記憶を封じたと。それは彼女の罪と咎と悲嘆にくれた絶望の記憶だ……。それを思い出していると言うのか!?

 

『そう、殺したのよ―――』

 

と、ユエルの封じられた記憶が冷酷に告げている。

優しかった研究者達を……そして今、ヴィエラを……憐れな自分の妹を……私が、この手で!

緋色の視界の中に散乱する研究員達の屍が、ズタズタに引き裂かれたヴィエラの姿が、消えない罪の現実が、思い出した記憶と共に焼き付いている。

ユエルが視線を落とし、変わり果てた自分の右手を見詰めた。

金属が軋み、ジョイントが可動する、音。

複合合金で構成された無骨な4本のマニュピレーター……今の自分の拳は凶暴な鉄塊だ。

思い出す。忘れようとしていた光景を……。記憶が重なる。ラフォン草原で斬殺されたディ・ラガンを前に、真っ赤な血に濡れたこの手を、ユエルは確かに見ていた。あれは悪い夢の続きだと思っていた。だが……これが現実。

 

『SEED殲滅戦用次世代SUV』

 

そうだ、それが自分の本当の姿だ。獰猛な殺戮マシーンなのだ。その本性が―――。

「殺してしまったッスよ……」

もう一度、絶望にくれた少女が泣きそうな声で呟く。

「それは、お前のせいなんかじゃないだろう!」

巨大なL・O・V・Eの足元に駆け寄ったヘイゼルが優しく、だが力強く諭す。

ヴィエラは言っていた。デュアルブート・システム……。一つの頭脳体の中にある二つの心(ペルソナ)。ユエルの頭の中には、もう一つの戦闘用副人格が在る事を。

「全てはお前の中のにある、戦闘用人格(そいつ)の仕業じゃねえか!」

と、ヘイゼルは言う。……が。

 

でも……でも……!

 

「でも、私は覚えているッスよ! あの炎の熱さを……血と肉の焦げる臭いを!」

L・O・V・Eが巨大な拳で頭部を抱え身を捩らせる。ヘイゼルが与えた希望の答えをユエルは否定した。

忘れられなかった……忘れたままでいたかった……忘れさせて欲しかった……憶えている光景がある。

黒煙を上げる研究所、崩れ落ちた瓦礫の山、おびただしい血の跡、沢山の死体、それを覆うアカイ炎。

目を閉じても消えない緋色……それはヴィエラと同じ色。

その色が、炎と血と深い闇の色が、あの夜の光景が今も脳裏から離れない。

だから、犯した罪からは逃げられない……逃げて良い筈が無い。

 

だが、それでも―――!

 

「お前は、生きていて欲しいと願われて生き延びたんだ!」

聞き分けの無い駄々っ子に言い聞かせるようにヘイゼルは力の限り叫んだ。

すまない、すまないと男は詫びた。何度も何度も繰り返し詫び続けた。残酷な結末に放心するユエルを研究所から連れ出した男は、戦う為の目的で彼女を生み出した事を詫び続けた。

ユエルの生みの親、ハリス・ラブワード博士。

彼はユエルの忌まわしい記憶を封じ、自分の死期を無視しても尚、彼女を逃がしたのだ。

血生臭い戦場から、平和な日常へと―――。

 

『お前は娘の代わりじゃない……もう一人の大事な、大事な私の娘……。願わくば次に君が目覚めた時には……幸福な未来が待っているように……』

 

記憶を操作される直前、落ち掛けた(シャットダウン)意識の中、ユエルの耳に聞こえた博士の最後の言葉。

恨む事も、責める事も無く、博士はユエルの未来を望んだ。戦機として生まれた機械に、人として生きるよう望んだのだ。

人知れぬ暗闇の中で温かい何かが……涙がユエルの頬を伝っていた。

だけど私は答えが欲しい……儚い声が問う。

「私は……私は……生きていて……良いッスか? 皆を殺してしまった私が……人殺しの機械(マシーン)が……生きていても良いッスか?」

恐る恐ると小さな声が問い掛ける。

それは懇願であり、縋りたい希望。肉親殺しの大罪を背負う、許されざる者の身でも、叶うなら望みたい、唯一つの小さな願い。

「生きろよ! その願いを誰に止められる!? 誰が否定しようと関係ない。自分が思うように、したいように生きれば良いじゃねえか! たとえ誰が何を言おうと、俺がお前を守―――!」

言い掛けて、漸くヘイゼルは気付いた。唐突に以前聞いたダルガンの言葉が頭を過ぎる。

 

『ヘイゼル、君の"守るべきもの"は……見つかったのか?』

 

守るものは無いと、ヘイゼルは答えた。

大義無き、落ちこぼれのガーディアンズである俺には、世界を護るとか、そんな大それた英雄じみた事は出来ない。

そう思っていた。

力の無い自分には、自分の為に守りたいもの位しか守れない。

それが自分の実力だから……。

だが、それでも良い。

そうだ、俺は唯一人、お前を護る為の守護者(ガーディアン)だ。

それだけで良い。

「なんだ、俺にも守りたいものはあったじゃねえか……」

小声で呟いたヘイゼルの口元に笑みが浮かんでいた。遅すぎた理解に対する自嘲めいた苦笑。

「お前を襲う不幸から、お前を責める悪夢から、お前を認めない世界から、何時だって、どんな時だって、必ず守ってやる。俺はお前と生きていきたい。明るい明日をお前と二人で見て生きたいんだ。だから、一緒に生きようユエル……」

それが『守るべきもの』を得た、ヘイゼルの素直な心からの言葉だった。

「あぁ……ヘイゼルさん……」

感極まり、涙声のユエルの言葉がL・O・V・Eの外部スピーカーを介して聞こえる。

傍から見ると些かシュールな光景だが、ヘイゼルと巨大な戦機は見詰め合っていた。

だが、唐突に聞こえた無粋なスキール音が二人の時間(とき)を現実に引き戻す。

振り返ったヘイゼルの視界に、砲台を備えた多脚マシナリーの姿が飛び込む。先程までの都市警備のマシナリーでは無い。軍用の戦闘マシナリーだ。それも一機や二機ではない。小隊規模の数だ。

(同盟軍のマシナリーだと!? 増援を呼んでやがったのかよ! 空気読めよ、クソッたれが!)

舌打ちするヘイゼルを差し置き、集まったガードマシナリーは交互三列になって、L・O・V・Eに対しを陣形を整えた。双方の距離は約30m、フォトン・メーサー砲を有する胴体部の両側には、おそらく4連装のランチ・ポッドを収めている2つのコンテナが―――。

(不味い!)

ヘイゼルの顔から血の気が引く。

先程まで交戦していた都市警備用ガードマシナリーが所有していたロケット弾とは質が違う。軍用マシナリーが持つ、軍事作戦用の強力なロケット砲だ。そんな物を連射されたら、如何に優れたシールドラインでも防げない。その負荷許容量を超えるダメージを軽減する事は出来ないのだ。単体の攻撃力ではL・O・V・Eのシールドを破れない事を知ったガードマシナリーは、物量を持ってしてL・O・V・Eを完全破壊するつもりなのだ!

 

『圧倒的なスペックの差を物量で押し切られたその時、姉さんはホルテスシティを震撼させた悪魔の兵器として破壊されるのよ!』

 

破滅を望んだヴィエラの言葉が頭を過ぎる。彼女が死を賭して結んだ呪い。その呪詛が成就されると言うのか。

コンテナの正面を覆う保護装甲が展開し、ランチャーの発射管が覗く。

そんな事を……させてたまるかッ!

「止めろ―――ッ!」

ヘイゼルは両腕を広げ、L・O・V・Eの前に立ちはだかった。

『守る』という誓い、それを果たさなければならない。あの時……八年前の自分にはそれが出来なかった。父も母も守れなかった……力の無い自分が許せなかった。だから代わりに世界を呪い、キャストを憎んだのだ。

だが、今は違う! 壊れて逝く父を、疲れて逝く母を救えなかった、あの頃の自分とは違う!

『守る! その力が今の俺には有る!』

ガーディアンズとして過ごした時間、それは無駄ではなかった。身に付けた技術と技能、それは今この時の為に……守るべき者の為に培って来たのだから!

「全弾撃ち落してやる!」

ヘイゼルは広げた両手にナノトランサーから、フォトンの刃を射出する飛刃剣(スライサー)ヨウメイ社製のヒケンと、片手銃(ハンドガン)GRM社製のパイソンを転送した。マシナリーがロケット砲を一斉発射する。ヘイゼルは発射されたロケット弾目掛けて飛刃剣からチッキキョレンジンを射出、パイソンを掃射し弾幕を張る。チッキキョレンジンは飛刃剣のリアクター出力を最大値に引き上げ、フォトン刃を撃ち出すフォトンアーツだ。射出されたフォトン刃は広角で貫通性が高く、横軸への攻撃性能が高い。フォトン刃と光弾に貫かれたロケット弾が爆発し、その爆発に巻き込まれ隣接して発射されていたロケット弾を誘爆する。だが、その一度で攻撃が終わった訳ではなかった。先制を放ったマシナリーが後退し、後列のマシナリーが前進する。並列を変えたマシナリーが再びロケット砲の射撃体勢に入った。

「チィッ!」

ヘイゼルは舌打ちしながら武器を振るい弾丸を放ち攻撃を続ける。今、この手を休める訳には往かないのだ! だが、マシナリーの攻撃も止む事はない。ロケット弾全てを迎撃する事は物理的に不可能なのが現実だ。遂に弾幕をすり抜けて、ロケット弾が迫る。攻撃の手が多すぎる。防ぎきれない!

(守れないのか、俺には……? 俺の力じゃ、たった一つの命さえ守れないって言うのか!?)

「クソッたれがあああああああ―――ッ!」

口汚く罵ったヘイゼルの頭上を不意に黒い影が過ぎた。次の瞬間、地響きと共に巨大な影がヘイゼルの前に立ちはだかる。その巨大な影はL・O・V・E……ユエルがヘイゼルを庇うように立ちはだかった。

「ユエル!?」

一瞬、攻撃の手を止めたヘイゼルが驚いてL・O・V・Eを見上げる。迷い無く、優しい小さなユエルの声がヘイゼルの耳に届いた。

「有り難う、ヘイゼルさん……私にはその気持ちだけで充分ッスよ……」

罪深き私に、それでも生きて良いと言ってくれた。

その瞬間、彼女の小さな願いは叶えられたのだ。

それだけで満足だった。

自分は誰かに、他でもない貴方に必要とされたのだ。

「おいッ! 止め―――ッ!」

悲鳴の様なヘイゼルの叫びがユエルの耳に届く。

その悲痛な声に心は痛むが、それでも清清しい気持ちでユエルは迫るロケット弾の群れを見つめていた。

「多くの命を殺めてしまった私ッスけど……けれども、最後にガーディアンズとして……人として……」

着弾し爆発を起こすロケット弾の破壊力は、シールドラインの許容量を超え、遂にシールドエフェクトが破片となって飛び散る。それを待っていたかの様に、獰猛な砲弾の群れがL・O・V・Eの身体に牙を突き立てた。装甲がひしゃげ、フレームは歪み、爆散したパーツが乱れ飛ぶ。

激しい爆音の中、それでもユエルの小さな呟きがヘイゼルにはハッキリと聞こえていた。

「私は……貴方を守れたッスよね? ヘイゼルさん……」

夢見るような口調でユエルは呟く。

この行動が贖罪になるとは思っていない。共に生きようと言った貴方の言葉にも従えない。しかし、それでもユエルは満足だった。

 

貴方が生きている事、それが私が生きた証―――。

 

誇らしそうに、嬉しそうに問うたユエルの言葉に、応えんとしたヘイゼルの怒声は爆音に掻き消された。

衝撃が『ユエル』であった物を壊していく。

だが、もう音も聞こえない。色調も解らない。

灰色のノイズに覆われた視界が、ゆっくりと閉じられようと(フェードアウト)している。

それが終焉(さいご)の筈なのに怖くは無かった。

むしろ少女の口元には柔らかな微笑が浮かんでいる。

 

(だってほら、私の心はこんなにも満ち足りているのだから……)

 

満ち足りて逝ける者は少ない。だからこそ思う。自分は幸福だったのだろうと。

その幸福に包まれたまま、爆発が無慈悲に世界を壊し、全てを収束する暗闇の中に落としていった。

 

…………。

 

……。

 

 

 


 
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