No.181899

一刀の記憶喪失物語~袁家√PART8~

戯言使いさん

さて、前回は蓮華が予想以上に良い反応があったので、今度、番外編として蓮華を登場させようと思いますので、お楽しみに。

今回ですが、少し長いです。また、今回は七乃メインのお話になります。

そして次回はみなさんお待ちかね(?)蜀です

2010-11-01 15:22:53 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:8800   閲覧ユーザー数:6362

 

 

 

七乃視点

 

 

七乃たちが、この寂れた村に来たのはつい数日前のことだった。

 

旅をしていた七乃たちの路銀が尽きかけ、遠くの街まで行けそうにないと思った七乃は、しばらくこの村で路銀を稼ぐことにした。

 

 

と言っても、七乃が働いているのは、小さな宿屋兼居酒屋。住み込みの仕事で、宿泊費は無料だが、その分、給料は安かった。

 

 

「はぁ・・・」

 

 

七乃は何度目になるか分からないため息をついた。

 

それもこれも、部屋でごろごろしている麗羽のことだった。せめて、少しでも働いてくれればいいのだが、本人はただ「暇ですわ」と言い、そして折角のお給料のほとんどを無駄遣いしてしまう。

これでは、いくらたってもお金は溜まらない。

 

 

「おーい、張勲ちゃん。カウンターの方のお客さんお願い」

 

 

店主の呼ぶ声が聞こえる。

 

 

「あ、はーい」

 

 

この居酒屋では珍しい席がある。それは『かうんたー席』と言う、一人のお客さん用の席で、台所のすぐ近くにあるので、品物も出しやすく、そして仕事も楽だった。

 

 

カウンターには数人の男性客が居て、そのほぼすべてが七乃目当てだった。

 

 

「お、来た来た。張勲ちゃん、会いたかったよー」

 

 

「そうですかー。私は別に会いたくもなかったですよ」

 

 

「あはは、いつも冷たいなぁ。それにしても、前は女性客が多かったんだけどね。最近じゃあ、張勲ちゃん目当ての男しかいないよ。まぁ、俺もその一人なんだけどね」

 

 

「へぇ、意外ですね。こんなオンボロ居酒屋に女の子が来るなんて」

 

 

「張勲ちゃんは意地悪だねぇ。でも、その通り。その女客はそこで働く男目当てだったのさ」

 

 

「そうなんですか。私は会ったことがないですねー」

 

 

「張勲ちゃんたちが来る数カ月前ぐらいに出て行ったのさ。確か、呉のお城に行くって言ってたよ」

 

 

「あらら、呉ですかー」

 

 

「ん?どうかしたの?」

 

 

「んー、過去のトラウマが少し」

 

 

七乃が思い浮かべたのは、一度約束を破り、雪蓮に殺されそうになった時だった。その時は温情をかけてもらい、どうにか助かったが、あんな経験は二度とごめんだ。

 

 

「それで、その働いていた男の子ってどんな人だったんですか?」

 

 

「えー、張勲ちゃんに他の男の話をするのは嫌だなー。おーい、店主!あいつの話をしてやってくれよ!」

 

 

男性客は店主に大声で呼びかけた。

 

 

すると、店主はすぐさま出てきて、そしてとびっきりの笑顔を浮かべている。

 

 

「おぉ!いいともいいとも!お客さんたち!是非とも聞いてくださいよ!」

 

 

「あはは、俺、もう何十回も聞いてるよ。でも、また聞きたいよ。この村の英雄の話」

 

 

「よーし!それじゃあ話すぜ!」

 

 

七乃は特に興味はなかった。

 

さっきの問いかけだって、ただの社交辞令のような物だった。ここに居ない人物の話を聞いたところで、今の自分に何の関係もない。

 

七乃は話半分で、黙々と仕事をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――北郷一刀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その名を店主の口から聞くまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「店主さん!」

 

 

「ん?何だよ、まだ始まったばかりだよ」

 

 

「今、北郷一刀って言いませんでした!?」

 

 

「おぉ、言ったよ。変な名前だよな。でもよ、すげぇ奴なんだよ。このカウンタ―席もあいつが考えたし、それに白い変な服を着てたしな」

 

 

間違いない。

 

 

七乃は胸が久々に高鳴った。

 

店主はそれから、話を続けた。

 

一刀の人柄や見た目、それらお供の女の子2人のこと。間違いなく一刀たちだった。

 

そして盗賊がやってきたこと。自分たちはせっかく今まで助けてくれていた女の子を盗賊たちに差し出そうとしてしまったこと、そして一刀の叱咤のお陰で、大切なことを思い出したこと、それらを話し続けた。

 

七乃は食い入るように聞き入り、そして店主の話が終わった時。

 

 

 

 

 

「うぅ・・・・・うわぁぁぁぁぁん!」

 

 

 

 

 

 

と幼女のように大声をあげて泣いたのだった。

 

 

客の中でも泣いている人はいた。それほど一刀の話は胸を打つ物語だった。

 

だが、七乃が泣いているのはそうではない。

 

 

 

 

 

 

 

―――一刀たちが今も元気でいる。

 

 

 

 

 

 

その安心感と、そして

 

 

 

 

 

 

―――堪え切れないほどの寂しさだった。

 

 

 

 

 

 

 

好きな人がそんな危険な目にあっているのに、自分は何も出来なかった。傍に居れなかった。

 

一刀たちが去った最初の朝に感じたあの胸の痛み。

 

それが堪え切れなくなり、七乃は店を飛び出すと、誰もいなくなった空き地で一刀たちを想って大泣きをした。

 

 

口に手を当てて、声を押さえてずっと泣いた。

 

 

「あ、会いたいです・・・・一刀さん。傍に居たいです・・・一刀さん」

 

 

思わず呟いてしまった本音。

 

でも、一刀と同じぐらい、自分の主、美羽のことも大事なのだ。それに、斗詩たちが預けた麗羽の世話もある。

 

自分が一刀の傍に居ることなんて無理だ。

 

そんなの分かっていた。

 

でも、どうしても傍に居たいと思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁんらぁ~。それなら、会いに行けばいーじゃないのぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

振りかえると、そこには気色悪い上半身裸のふんどし姿の男が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀視点

 

 

 

 

 

 

 

一刀たちが呉にやってきて、一体どれほどの時間が過ぎたであろうか。

 

 

すっかり呉の武将たちとも仲良くなり、このまま呉に永住するのではないか、と思うほどの雰囲気だった。

 

だがしかし、各国の状況が変わると、否応なく巻き込まれることとなった。

 

そして現在、緊急会議に呼ばれた一刀たちは雪蓮から今の大陸の現状を教えられていた。

 

玉座の間に集まった呉の武将たち+一刀たちは、冥琳たちからの報告を受けている。

 

しかし、難しい話ばかりで、猪々子は居眠りを始め、斗詩は一生懸命に聞こうとしていたが、結局は理解できずに(´・ェ・`) としている。隣の一刀は椅子に座りながら目を閉じて腕を組んでいる。寝ているのかもしれなかった。

 

 

「ここまでで何かあるか?」

 

 

冥琳が武将たちを見渡す。しかし、まともに理解しているのは軍師たちぐらいな物で、質問するような人はいなかった。

 

 

「ん・・・ちょっといいか?」

 

 

しかし、ここで手を挙げたのは、先ほどまで目をつぶっていた一刀だった。

 

 

「何だ?」

 

 

「冥琳の話は難しくてよく分かんねーから、確認ってことで言わせてくれ」

 

 

「あぁ、構わないぞ」

 

 

「ありがとよ。

 

 

つまり、呉は蜀と同盟を組んで、魏に戦を申し込んだ。しかし、途中で五胡が攻めてきたため、各自、自分の領土を守るためにそれぞれ離脱。どうにか五胡を追い返したが、各国ボロボロで、まともに戦える状況じゃなかった。

 

 

そこで、蜀の王である劉備が、天下三分の計を提案。

 

 

しかし、魏の王、曹操は拒否。だけど魏の軍師たち総出で説得に当たり、どうにか承諾させた。そして現在、それぞれの政治に関与しない、軍事行動をしない、と言う取り決めで天下三分をしている」

 

 

「「おぉ」」

 

 

呉の武将たちの間で歓声が聞こえた。それは斗詩も同じで、思わず声を漏らしていた。先ほとまで難しい言葉ばかりで分からなかったが、一刀の説明は簡潔かつ簡単にまとめられており、容易に理解出来た。

 

普段はワイルドな一刀がこう言った頭脳を働かせる姿のギャップは、斗詩たちを骨抜きにするには十分すぎるほどだった。

 

 

もぅ、一刀さんったら、これ以上私を惚れさせてどうするおつもりですか?と、斗詩は勝手に色々と想像をして悶えた。

 

 

「そんで、今あった報告では、魏では最近、軍事力の拡大してるって話だろ?」

 

 

「あぁ、明命の報告では、明らかに対盗賊にしては巨大過ぎる力だと。それにならい、私たちも緊急で軍事力を拡大させようと思い、文官と武官を一般から募集していたというわけだ」

 

 

「なるほどね、んで、あんまり成果がねーってことか」

 

 

「ふむ、私はそうとは言っておらんが、何故そう思う?」

 

 

「あん?魏が強いから呉蜀同盟で挑んだんだろ?もし今、兵士が簡単に集まるようなら、戦乱だった昔の方が人が集まる。だったら、呉蜀同盟なんて組む必要がねーってわけだ。」

 

 

「・・・素晴らしい観察眼だな。それで、これからどうするか、と言うのを話し合いたいのだが」

 

 

「簡単じゃねーか、蜀にも協力してもらえよ」

 

 

「そうだ。そのためには使者を出して交渉しなければならない」

 

 

「それじゃあ、俺らがやるよ。ちょうど、呉にも飽きてきたところだしな。次は蜀に旅をしよう」

 

 

「「!?」」

 

 

一刀の何気ない言葉に、呉の武将全員が一刀に振りかえった。

 

 

「え・・・・一刀はずっと呉にいてくれるわけじゃないの?」

 

 

蓮華が少しオドオドと話しかけてきた。

 

それに一刀は頷いて

 

 

「もともと、旅の行き先がなかったから、呉に来ただけだしな。なんだ?蓮華は俺がずっと呉にいて欲しいのか?」

 

 

「・・・・・・・うん」

 

 

「そうか。でも悪いな。ぶっちゃけ、俺にとっちゃぁ、誰が大陸を治めようともどうでもいいんだよ。ただ平和になれば、七乃との約束が守れるから。ただそれだけだ」

 

 

「そう・・・・」

 

 

と、小動物のように(´・ω・`)ガッカリ・・・、とする蓮華。しかし、それは皆が同じで、あからさまに落ち込んでいた。

 

 

「あわよくば呉に天の使いの血を入れようと思ってたのに・・・・・」

 

 

雪蓮がぼそっと呟いた言葉を聞いて、斗詩は内心ドキっとしたのと同時に、間に合ってよかったと安心していた。

 

 

「ふむ、まぁ実は最初から北郷に頼むつもりではあったのだがな。もちろん、呉に再び戻ってくることを前提に、だけどな」

 

 

「あん?どういうこった」

 

 

「本当であれば、一刀たち三人と、呉の武将数人で蜀に行くはずだった、と言うことだ」

 

 

「それは分かったが、どうして俺に頼もうと思ったんだよ」

 

 

「理由は三つある。一つは、天の使い「北郷一刀」は今では宣伝のおかげで大陸中に噂が広まった。蜀も当然知っている。なので、おそらく蜀も快くお前たちを受け入れてくれるだろう。二つ目は、お前の性格だ。人の本質を見抜き、そして素直に何でも述べることが出来るからな。変な腹の探り合いにはならないだろう。そして三つ目、蜀の劉備の性格だ。これはまぁ、実際に確かめてみろ」

 

 

「??わかんねーが、分かった。斗詩、猪々子。いいか?」

 

 

「あたいは兄貴に任せるよ」

 

 

「はい。一刀さんの行くところが、私たちの行き先ですから」

 

 

ちょっと寝むそうな猪々子に、にっこりと一刀に微笑みかける斗詩をみて、一刀は二人に頷いた。

 

 

「そうか。なら明日か明後日にでも出るか」

 

 

「待て。早いことにこしたことはないが、少し事情が違う」

 

 

「??」

 

 

「今、呉も軍力拡大をはかっていてな、その為武将たちも軍師たちも暇な奴がいない。なので、蜀にはお前たち三人だけで行ってもらうことになりそうだ。だが、いきなりお前たちが蜀に行っても、門前払いを受ける可能性がある。ゆえに、蜀には手紙を送り、一刀たちが蜀に王の手紙を持って会いに行くことを先に伝える必要がある。それに、お前たちに預ける手紙もまだ出来ておらん。なので、あと最低一週間はかかるだろう」

 

 

「はぁ?だって、さっきはもともと呉の武将を連れていくつもりって言ってたじゃねーか。だったら、暇な武将がいるってことだろ。さっきと矛盾してるぜ?」

 

 

「ふむ、私はそう言った覚えはないのだが・・・・雪蓮。お前は覚えているか?」

 

 

冥琳が振り向く。そして雪蓮はその冥琳の瞳に宿る意志を感じ取り、意地悪く笑った。

 

 

「あら、私も覚えていないわ。蓮華はどう?」

 

 

そして、その意志はじょじょに広まっていく。

 

 

「わ、私も知りません。祭は?」

 

 

「ふむ。わしも知らんな。亞莎は?」

 

 

「私も知りません!き、きっと一刀さんの聞き間違いです!」

 

 

「??そうか、なら悪かったな。それじゃあ、それまで世話になるぜ」

 

 

「えぇ。思う存分、呉を堪能してちょうだい♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――一週間。

 

 

それだけあれば、一刀との既成事実は作れる。「子供が出来た」と言えば、一刀のことだ。きっとまた呉に戻って来てくれるだろう。

 

策士、冥琳が考えだした策は完璧だった。

 

 

 

 

ただ、一刀を守る番犬の存在を忘れていたこと以外は。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・斗詩は呉の武将たちの不可解な会話から、すぐに勘づいた。

 

 

 

それからの一週間について、多くは語るまい。

 

ただ、呉の武将の本気の攻めに、斗詩たちが全力で一刀を守り切ったとだけ言っておこう。

 

一番大変だったことは、雪蓮が斗詩を引き付けている間に、他の武将が一刀を襲う、という計画だったが、そこにダークホースとして猪々子が大活躍。猪々子は雪蓮と斬り合い、そして斗詩は一刀の元へ走り、そしてぎりぎり一刀の貞操は守り切った。

 

 

 

そして、一週間が過ぎ、一刀たちは旅に出る最後の挨拶をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪蓮たちが善意で馬をくれると言うので、一刀は一頭だけを貰い、その馬に荷物を載せて旅の準備は完了した。

 

呉の面々は一刀が行ってしまうことを悲しみ、そして餞別としてお金や食べ物などをたくさんくれた。そのお陰で、どこかで路銀稼ぎで時間を取られることはなくなった。

 

 

「一刀・・・・」

 

 

蓮華が捨てられた子犬のような目で一刀を見上げている。思わずお持ち帰りしたくなるような可愛らしさだ。

 

 

「一刀・・・・いっちゃうの?」

 

 

「あぁ。また暇があれば来るから」

 

 

「うん・・・・・」

 

 

「蓮華。お前はまだまだ未熟だが、間違いなく王だ。もっと周りを頼って、そしていい国を作れよ」

 

 

「うん・・・・頑張るから・・・・また来てね?」

 

 

「よしよし」

 

 

一刀は涙目の蓮華の頭を撫でてやる。蓮華は気持ちよさそうに身をよじった。そこにはかつて一刀を敵視していた蓮華ではなく、一刀の犬のように従順な蓮華がいるだけであった。

 

 

「そんじゃあ、世話になったな」

 

 

「いいのよ。一刀。あなたが来てくれたお陰で、呉は更にいい国になったと思うわ。また来て頂戴ね」

 

 

「あぁ、お前たちならいつでも歓迎だ」

 

 

「一刀よ。平和になったら一緒に酒でも飲むぞ」

 

 

「一刀さま・・・・・お元気で。亞莎はきっと立派な軍師になりますから」

 

 

名残惜しいように別れを告げる呉の武将たちに、一刀は「おぅ」と返事をすると、斗詩と猪々子を連れて呉を出て行った。

 

 

 

 

 

 

一刀が呉に居た期間は、数か月と言う短い期間だったが、一刀が呉に与えた影響は、これから未来永劫、永遠に続くものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七乃視点

 

 

 

 

 

 

 

七乃は思わずその気持ち悪い物体を、刀で殺してしまおうかと思ったが、その筋肉ダルマの動きには隙がなく、そして結局は諦めた。

 

 

「なんですか変態さん」

 

 

「変態って誰よ。変態って何。私は大陸一の踊り子よん!」

 

 

「そうですかー。それでは失礼します」

 

 

先ほどまで声をあげて泣いていた気持ちが一瞬にして冷めてしまった。七乃はその筋肉ダルマと視線を合わせないように通り過ぎようとして

 

 

 

 

 

 

「北郷一刀に会いに行けばいいじゃないのぅ」

 

 

 

 

 

 

 

と言われて、思わず立ち止った。

 

そう言われて、最初に思い浮かんだのは怒りだった。

 

会いに行きたいに決まってる。でも、自分にだって事情があるのだ。それを知らずに何を言っている・・・・・。

 

 

「あらら、怒っちゃやーよ。でもねぇ、命短し恋せよ乙女って言葉があるわよぅ?平和になって、北郷一刀が迎えに来る前に、あなたが死ぬかもしれないし、それに北郷一刀が死ぬかもしれないわぁ」

 

 

「!?ど、どうして貴方が私と一刀さんの約束を知っているんですか!?」

 

 

「あんらぁ、そんなの忘れたわぁ。それより、どーなのよ」

 

 

「・・・・確かにその可能性はあります。でも、私は一刀さんが戻って来てくれるって信じてますから」

 

 

「だったら、何で泣いていたのよ」

 

 

「!?」

 

 

 

 

そうだ。

 

 

どうして自分は泣いていたんだろう。

 

 

どうして寂しいと思ってしまったのだろう。

 

 

いずれ、また一刀が迎えに来てくれると信じているのに。

 

 

 

 

「いぃかしらぁん?信じるのはいいことだと思うし、素晴らしいと思うわぁ。でも、どんなに頑張っても、今『寂しい』と言う感情は、どうにもならないのよ」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「あなた、もし北郷一刀が死んでしまったら、後悔しないって誓えるかしらぁ?どうして自分は北郷一刀に会いに行かなかったんだ、って後悔しないって誓える?」

 

 

 

「そ、それは・・・・お嬢様がいるし、それに麗羽さまもいるし・・・・仕方がないって思います・・・・」

 

 

 

「そんなの、言い訳よぉ。いい?「はい」か「いいえ」で答えなさいよ。あなたは、北郷一刀に会いに行きたい?自分の命をかけて、会いに行きたい?」

 

 

 

その時、七乃は美羽や麗羽のことを考えないようにした。素直な自分の気持ちを探るために。

 

だが、自分の気持ちなんて、最初から決まっていた。

 

 

 

 

「はい。私、一刀さんに会いに行きます」

 

 

 

 

 

 

「いいわ。なら行きなさい」

 

そう言って、その筋肉ダルマは小さな袋を取り出して、それを七乃に渡した。中身にはお金が詰まっていた。

 

 

 

「これはぁ、餞別よ」

 

 

 

「あ、でも、お嬢様が・・・・」

 

 

 

「安心しなさぁい。私がお世話してあげるわぁ」

 

 

「で、でも・・・・」

 

 

「もぅ、女が迷っては駄目よぉ。時間なんて一瞬なのよ、すぐに老けてお婆ちゃんになってしまうわ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「どうせ、あの二人はずっとここにいるでしょうし、戻ってきたかったら、戻って来なさい。それまで、一年でも二年でもあの二人をお世話してあげるからぁ」

 

 

見た目は変で訳の分からない筋肉ダルマだったが、何故か七乃は信用出来る、と感じ取っていた。

 

七乃は立ち上がると、自分が付けていたエプロンをその筋肉ダルマに渡して、そして急いで部屋へと戻って行った。

 

部屋では美羽と麗羽がごろごろとしていた。

 

 

「あら、ご飯ですの?」

 

 

「七乃ぉ、お腹が減ったのじゃ」

 

 

「ごめんなさい、お嬢様。今日から私はしばらくお暇を頂きます。でも、代わりの使用人が居ますので、その人と仲良くしてくださいね」

 

 

七乃は自分の武器や荷物をまとめ、背中に担ぐと、さっそくドアを開けて出て行こうとした。

 

 

「な、何でじゃ!?わらわを見捨てるのかえ?」

 

 

美羽の泣きそうな声が聞こえる。

 

一瞬、本当にいいのか?と迷ってしまいそうになったが、ここは耐えて、そして

 

 

「お嬢様。私はお嬢様のことが大好きです。でも、それと同じぐらい、一刀さんが好きなんです。だから、また戻ってきますから、それまで我慢してくださいね♪」

 

 

七乃はそう言い残すと、部屋から飛び出た。

 

 

部屋の外にはあの筋肉ダルマが立っていて、気持ち悪い笑顔を浮かべている。

 

だが、七乃はその笑顔に対して、自分も笑顔浮かべて

 

 

「お願いしますね」

 

 

「任されたわぁ」

 

 

と拳と拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七乃が店主と別れの挨拶を終え、その宿屋から出た時、

 

 

「ぎゃー!化け物ですわ!」

 

 

「な、七乃!助けてたも!」

 

 

と叫び声が聞こえてきたが、七乃は立ち止ることなく、村を出て行った。

 

 

「えっとー、確か一刀さんたちは、呉に居るって言ってましたねー・・・・・・呉かぁ・・・・」

 

 

七乃の足が逃げかえろうと重くなったが、七乃は自分を送り出してくれた筋肉ダルマを思って、一歩、また一歩と呉に向けて歩き始めた。

 

 

 

「そうです。私に掛かれば呉なんてけちょんけちょんにしてやるんですから!」

 

 

こうして七乃は一刀に会いに行くために、自分のトラウマの地である呉へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 


 
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