はじめに
この作品はオリジナルキャラが主役の恋姫もどきな作品です
原作重視、歴史改変反対な方
ご注意ください
諦める?
馬鹿を言っちゃいけない
ここまで来て?
否
『まだ』こんなところなのにか?
そうだろう?
俺はまだ何も成し遂げていない
「もう薬はいらないですよ」
悠の呟きに茶を淹れていた彼女の手が止まる
「いいんです…もう、意味がない」
視線の先の彼は穏やかな表情で此方に微笑みかける
「でも」
彼の柔和な笑顔に出かけた言葉が引込んでしまう
続く言葉が出てこない
…こんな時ですら
口下手な自分が恨めしい
茶器から白い湯気が漂い
天幕の中に茶葉の匂いが立ち込める
「大丈夫、それに何だか今日は凄く調子がいいんですよ」
そう言って仮置きの寝台から立ち上がり、入口へと歩を進める
「何処へ?」
たった数歩の距離すら詰められない
臆病な自分が恨めしい
「散歩です」
入口に垂れる布に手をかけると天幕の中に朝日が光の筋となって入り込んだ
光を背に纏う彼の姿が眩しくて目を細める彼女に悠は白い歯を見せ
「ぼちぼち『向こう』も動き出す…姫を頼んだよ」
立ち去る彼の背中がとても小さく見えた
「頼んだよ…か」
ならばそれに応えねばならない
私の存在価値が其処に有るのなら
「りんご」
「ごっ…ご…御臨終」
「ありですかそれ…うさぎ」
「ぎ?…ぎっぎっ…銀杏」
「はい『ん』です、将軍の負けですな」
「うがあああああああ!」
森の中をパカパカと進む一行
その先頭に立つ猪々子は後ろに続く兵達とのしりとりで四度目の敗北にうーうーと唸っていた
「将軍弱すぎです」
「一向に俺に回ってこないのですが…」
周りの兵からの失笑混じりの声にぶうぶうと口を尖らせる猪々子
このやりとりも既に五度目
敵輸送隊の襲撃に赴く傍ら、ここ数日同じ事を繰り返すことに飽き飽きしていた彼女が持ち出した提案だが、これがいざやってみると毎回彼女が負け、その度に周りからはからかいの失笑と嘆息が漏れていた
勿論これが狙ったものではなく『これ』が彼女の素なのと彼らは理解している
伊達に彼女の将軍就任から長年付いてきたわけではない
「うー…もうやめ!やめやめっ!我が部隊では金輪際しりとりは禁則事項とするっ!」
ついでに飽きっぽく投げ出しやすいのも知っている
脚をバタバタとさせ横腹を蹴られている彼女の馬ですら何処吹く風と関係無しにポクポクとのんびり歩を進めている
そんな微笑ましい光景に誰もが思う
ああ
平穏だなあ
自身が立つこの地が戦場であるなどと嘘のようだ
紅葉が始まった木々が風にサラサラと揺れ
耳を澄ませば鳥達のさえずりが辺りに響く
はたして自分達は何をしに此処に来たのだろうと物思いに更けかけたその時
一行より先を進んでいた先遣隊が息を切らせ此方へと走ってきた
彼女等の目の前に到達すると同時に馬から飛び降り膝をついて臣下の礼をとる兵
「これより三里先に行進する部隊を発見!過日の敵輸送隊です!」
肩を上下させ興奮気味な表情で此方を見上げてくる兵に猪々子が頷く
「うーしっ!御苦労!」
同時に後ろに付いている兵達へと振り向き「にしし」と白い歯を見せる
「さあて野郎共!今日も今日とて狩りの時間だぜぃ!」
その台詞はあたかも盗賊の頭目のようだが片目を器用に瞑って笑う表情は玩具を目の前にした子供そのもので、兵達は一様に肩を震わせ、口の端をあげた
「「「へいっ!大将!」」」
この将軍にしてこの兵達である
やたらとノリがいい
「…何かいつもより数が多い気がする」
木陰の合間から顔を出して輸送隊を見下ろす一行
ここ数日で実に三度輸送隊を襲撃してきた彼女達だが今日の敵は見るからに数が多く雰囲気が違って見える
「連日の襲撃に業を煮やしたというところですかね?」
「いよいよ兵糧が底をついたってことじゃねえですかい?」
彼女の両脇で小声で呟く兵達もまた違和感を感じずにはいられなかった
彼女等から疑いの視線を受けている輸送隊は勿論そんなことには気づかず黙々と森を進行していく
道を挟んで向かいの木の上に配置している兵からも首を傾げて怪しんでいる様子が見て取れた
「文醜将軍…如何致しましょう?」
息を殺して見守る兵達の視線が彼女に集まり、それに気づいた猪々子はうんと頷いた後、彼らに振り返った
「最後尾が通り過ぎたら即座に仕掛けるよ…仮に罠だとしても後方からならこっちが主導に動けるさ」
怪しいのは重々に承知だが、だからと言って見過ごす訳にもいかない
これだけの数の兵糧を見逃してはこの数日の働きが無意味なものとなる
「了解…間もなく配置完了です」
彼女の意見に皆が賛同する
そして
敵輸送隊の最後尾が通り過ぎんとした正にその時
一団の進行速度が目に見えて速まる
「「「っ!?」」」
駆け足どころの物ではない
(気付かれた!?)
その動きに釣られるように文醜隊の面々は飛び出し
「追え!追え!」
「逃がすかよ!」
逃げ出した『餌』に食いつかんと駈け出した
足場の悪い道を全速力で逃げ惑う輸送隊
その兵の何れもが此方に立ち向かう事無く一心不乱に駆けて行く
「ちぃっ!速い!」
「追いつけ!森から外に出すな!」
やがて足場の悪さに隊の足並みが崩れていく
先頭から後方まで長く一団は伸び始め
隊列も何も無しに伸び切ったその時
ジャーン!
ジャーン!
ジャーン!
辺りに響いた銅鑼の音と共に
無数の矢が彼女等に降り注いだ
「しまった!」
先頭を走っていた猪々子が振り返ったのはほぼ同時で
彼女の部下達が次々と倒れこんでいく
「くそっ!茂みに入れ!」
道脇に生い茂る茂みに身を隠さんと飛び込んだ兵の一人がその茂みから突き出された槍に頭を貫かれ瞬く間に絶命した
(誘い込まれて…くそっ!)
内心で毒づくと共に茂みごとなぎ払う猪々子
「うらあああ!」
横一線に振るわれた軌跡の後を辿る様に血飛沫があがる
と同時に目の前に跳びかかる兵に向け斬山刀を振り下ろした
「おいしょおお!」
バギャンと金属がひしゃげる音と共に目の前の兵の頭が潰れ勢いそのままに後方へと倒れこんだ
「将軍!囲まれています!」
「解ってる!固まれ!防御陣を組め!」
一団に固まる彼女の部隊を次々と茂みから飛び出してきた魏軍が取り囲み
「やられましたな…奇襲隊が奇襲を受けるなど」
背中合わせに張り付いた古参の兵がくっくと乾いた笑い声をあげ
「最初の一撃で此方を仕留め切れてないんだ…大した連中じゃないよ」
冷や汗を浮かべながらも彼女もまた口の端を釣り上げた
(完全に誘い込まれた)
いまや逃げ場も無しに周囲360°をぐるりと取り囲まれた文醜隊
じりじりと迫る包囲に彼女は一歩踏み出し
「ずいぶんと姑息な真似をしてくれるじゃないか、何処のどいつがこんな事思いついたんだい?ええ!」
ブンと獲物を振り周囲に殺気を飛ばした
「最初に踏み込んで来た奴から真っ二つにしてやんよ!かかってきな!」
彼女が啖呵を切ると同時に彼女の前の一団がスッと二つに割れ
馬にあるまじきズシズシと蹄の音を鳴らし
最強と謳われる名馬と共に一人の将が歩み出る
「ふんっ…輸送隊を襲撃するだけのコソ泥風情がほざくではないか」
優雅に黒髪を靡かせ彼女を見下ろす将は
その美しさと
その威圧を持ってして猪々子を一歩下がらせた
彼女の部隊の面々が一様に顔を合わせ
目の前の恐怖に膝を震わせる
「「「「げええっ!関羽!!!!」」」」
そして先頭に立っていた猪々子はゆっくりと自分の部下へと振り向き
「前言撤回…大した事あるわこれ」
なはははと噴き出る汗を拭った
「まさか関羽がこんなところに」
「馬鹿なっ!?」
彼女の登場に狼狽の色を隠せない面々
黄巾の乱では迫りくる200万の兵を前に連合の先頭に立ちその武を振い
董卓の乱では鬼神呂布と打合いの末に勝ち残った
今や各諸侯、一介の兵まで彼女の勇猛は知れ渡る
その彼女が今ここにいる
その殺気を込めた視線は此方に向けられ
自分達の命が風前の灯である事を告げていた
慌てふためく部下達
その部下達に向けて自らも鼓舞するかのように猪々子は声を張り上げた
「落ち着けっ!!!」
「「「!?」」」
振りかけられた声に自軍の将軍に視線を向ければ彼女は何やらごそごそと懐に手をやり
「こんな時のために悠の旦那から預かったものがある!」
「…それは?」
彼女が手にするは一本の竹巻
もし予定外のことがあれば開くようにと悠から授かったものだ
「これに非常時の対処法が記してあるってわけさ♪」
「おお!?」
「田豊参謀万歳!!」
早く開けてくださいよ~とせがむ部下達に待て待てとニヤついて体をくねらせる猪々子
「…おい?」
戦場に漂い始めるゆる~い空気に関羽が抗議の声をあげるが
「うっさいな!ちょっと待ってろよ今良いとこなんだからっ!」
ガルルと彼女を睨む猪々子に思わず「すまん」と謝ってしまう
「え~っとナニナニ?」
そう言って大げさな動きで竹巻を開いて覗き込む猪々子と部下達
事は遡ること三日
「う~む、どうしたもんですかね?」
天幕の中で一人悠は筆を鼻の上に乗せて唸っていた
二枚看板を分散配置するにあたって緊急の処置並びに伝令を如何にしたものか
本来であれば彼の親友でもあり二枚看板を取りまとめる比呂がいればそれも悩むことはないのだが肝心の本人が不在である
「斗詩はまだ…なんとかなるとして問題は猪々子ですねえ」
二枚看板と言えば聞こえは良いがその実は比呂の副将みたいなものであり、事実戦場においては彼が常に二人の動向を見守る形をとっていた
常に比呂の意向の下に部隊を率いていた二人にとっては完全に自身に部隊を任せるのは初めてのことであり、やはり先の幽州の戦においても二隊を固めて進撃させている
事特に猪々子に関してはその性格もさることながら部隊を単独に任せるのはかなりのリスクを背負っている
「変な方向に暴走しなきゃいいんですが…うーむ」
白紙の竹巻と睨み合いを続けること疾半刻
そして彼が行きついたのはあれこれ説明するよりも単純命題な指示を彼女に伝えること
「よしっ!」
そう一人ごちスラスラと筆を走らせる
出来上がった文に我ながら達筆だなあと二度頷くと竹巻をくるくると巻いていった
「完璧だ!」
背もたれに寄りかかり背伸びをした後で茶を啜り長時間座り続けたことで硬くなった腰をポンポンと叩き彼は立ち上がった
我慢強い反面
結構投げ出しがちな彼の性格が其処に垣間見えた瞬間であった
猪々子が開いた竹巻にはただ一言
『超逃げて』
誰が言葉を発するよりも速く彼女はその竹巻を地面に叩き捨てた
「旦那のあほおおおおおおお!!!」
あほおおお…
ほおおお…
ほお…
……
あまりの大声に渓谷を隔てた山の鳥までもが飛び出したという
ここまでお読み頂き有難うございます
ねこじゃらしです
さてさていよいよ本格的な戦の描写
いきなりピンチな猪々子
どうなることやら
さてここで問題
3Pに出てきた「彼女」とは誰のことでしょう
簡単すぎて問題にもならないか…
それでは次回の講釈で
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第52話です。
台風で学校が休みになることはあっても
会社は休みになってくれないこの無常
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