「…渋谷君、今日はもう遅いから家に帰りなさい。私達はもうしばらくここに残るから。」
「……はい。」
病院の廊下でみた稔は穏やかに諒にそう告げた。
諒はその言葉に頷く頷くことしかできず、そのまま黙って病院を後にした。
「………。」
家に帰る間も、家についても、布団に入って意識が無くなるまで、諒の頭の中には何本もの太いチューブに繋げられた杏の光景が焼きついて離れなかった。
生活音の一切無いあの空間、無機質な電子音だけが一定のテンポで鳴り続けた。
「………。」
布団のなかに縮こまるようにして、怯えるようにして諒は眠りについた。
事件が起きた次の日から諒は無断欠席をするようになる。
諒の両親は3年前に他界しており、今は一人暮らしをしている。
学校から連絡が入っても、諒は居留守を使った。友人からの連絡も絶った。
「………。」
特に何をするわけでもなく、無気力に時間を過ごす。
そんな彼の頭の中ではぐるぐると、同じことばかりが渦巻く。
「………。」
虚ろな目で時計を見る。
時刻は昼の12時。
フラフラとベットから起きて、自分の部屋を後にする。
「………。」
おぼつかない足取りで向かう先は、桜の町病院。
杏が眠っている病院。
今、杏がどうなっているかは知らない。
「……くそ……動けよ、足。」
今日までの数日間、諒はここの病院の正門まで何度も来た。
何度も杏に会いに行こうとした。
でも、一度もこの病院の敷地内に足を踏み入れることは無かった。
「……なんで、俺が恐がってるんだよ……。」
今日も諒は病院内に入ることを諦めて、家に帰ろうと踵をかえすと、
「よぉ……、久しぶりじゃん。電話くらい出ろや、まったく。」
「……勇治……。」
そこには親しい友人の姿があった。
諒の幼馴染である広山勇治はなれなれしく諒に近づく。
「……お前、すっげー痩せてんぞ。飯食ってる?」
「……ごめん、勇治……俺を一人にさせてくれ…。」
「はぁ?なに言ってるんだ?……お前、大丈夫か?」
訝しげな顔で勇治は諒の腕をつかむ。
その行為に反射的に勇治は腕を払う。
「ひとりにさせてくれっ!!……。」
「おいっ!!諒!!」
諒は勇治から逃げるようにして、その場から走りだした。
勇治もすかさず追いかける。
「……待てっ!!」
「……っっ!!。」
野球部の捕手である勇治はそのがっちりとした体からは考えられないくらい足が速い。
その為、諒はすぐに追いつかれてしまった。
「はっ……離してくれっ!!」
「落ち着け!!。」
「………。」
諒をまっすぐ見つめて、勇治は一喝した。
その勢いに負けて諒は言葉に詰まる。
「……お前が、パニックになってどうするんだよ!!。」
「………。」
「まずは、落ち着けって………おい!!。」
勇治の言葉は届かず、諒はその場に崩れ落ちるようにして、意識を失った。
「………。」
頭痛で目を覚ますとそこには白くぼやけた天井があった。
少しずつ視界が開けていき、そこが自分の部屋では無いことが判明する。
「………起きたか?」
「……っっ!!。」
「……そんな驚くなって…何もしてねぇよ。」
「……ごめん…俺……。」
「思いっきり、走ったら意識失ったんだよ。飯食ってねぇだろ?……ホレ。」
勇治は諒の前に丼を出した。
なかにはホクホクと湯気を立てるお粥がたっぷりと入っていた。
「どうせ、何も食ってなかったんだろ?お粥なら、食えるだろ?」
「………。」
「つか、食わないとここから出さねぇから。」
勇治は無邪気な笑みを浮かべ、食事を強要させた。
「………ありがとう…。」
「どういたしまして。」
「………。」
諒は黙ってお粥をかき込む。
久しぶりの温もりに体はむさぼるようにして、その熱を感じ取る。
「………。」
その瞳からはぽろぽろと、大粒の涙が流れてゆく。
諒はそれを拭おうともせずに、ただ友人の優しさを噛み締めた。
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2の続きです。読んでくれたらうれしいです。