此処は許昌、魏王曹操こと華琳が治める地
大陸は血で血を洗う乱世でありながら、この地はまるで別世界であるかのように穏やかで平穏な地である
街中は人が溢れ、子供達は笑顔で走り回り、市は活気で満ちている
全ては王である華琳と王に仕える将達の日々の治安維持の賜物であろう
これは一人の娘が許昌に来たばかりのころの話である
人の往来する街中で、娘はまるで空の色をそのまま切り取ったような美しい蒼色の外套を纏う男に
そのぼさぼさの髪の毛を優しく、優しく、まるで自分の子供を撫でるように撫でられ
まるで猫のように目を細めて気持ちよさそうにしていた
少女の名は馬良、真名を扁風(フェイフォン)。親しき者からはフェイと呼ばれている
彼女の髪は長く、波がかった髪の毛は地に付くほどであり、光を反射して紫に輝き
瞳は吸い込まれるような深紫。そして雪のように真っ白な眉毛
緑色の長衣を纏い、その腰にはキラキラと輝く携帯用の筆と硯
一番に着目すべきはベルトに巻かれた大量の竹簡
竹簡はの体には多すぎるのではないか?と言う程に背負われているが、少女は平然と立っている
道を往来する人々は、その不思議な人目を引く格好と美しい紫色の髪に目を奪われ視線を向ける
何よりその不思議な娘の頭を撫でているのは魏でも有名な人物。王と肩を並べる舞の王、夏侯昭
舞王は娘が満足するまで頭を撫でると、娘の美しい髪の毛はさらにぼさぼさになってしまい
その髪に笑顔を向け、膝を曲げ姿勢を落とす。撫でる手が止まり、視線を合わせられた娘は
頭に疑問符を浮かべ不思議な顔をしていたが。舞王が少女の髪を手櫛で整えてやると
嬉しそうに微笑んでいた
待ち行く人々は思ったことだろう。舞王の親族か、それとも親しき間柄の者の娘なのかと
それほどに舞王と少女の雰囲気は柔らかく、そして暖かくまるで親子のようだった
美しい紫色の髪を整え終わると、舞王は立ち上がり少女は舞王の近くにトテトテと歩み寄ると
左足にがっちりと抱きつき、舞王はそのまま歩き出す
背中に背負う竹簡がカシャカシャと音を立て、足に振られる娘は満面の笑み
舞王は足にしがみつく娘を気にすることなく歩き続ける
その不思議な光景に、町の人は笑顔になる。舞王のその姿もさることながら、足にしがみつく少女の姿は
なんとも可愛らしく、町の人々の心をくすぐるものであった
満面の笑みに嬉しさの伺える鼻歌。楽しそうなその姿に人々の顔は緩む
気にすることなく目的の地へと歩を進める舞王
その時、少女の腰に着けている輝く携帯用の筆と硯が振動で地面に落ちる
少女は直ぐに気がつき、手を伸ばすが舞王は気付くことなく歩を進め、少女は遠ざかる筆に手を伸ばす
しかし筆には届かず、足から手を離すことも嫌な少女は遠ざかる筆に片手で手をのばす
ドサッ、ズルズル
結局、舞王の足から落ちてしまった少女は筆よりも舞王の足を取り、足にしがみ付き少しだけ引きずられ
少女の声に気がついた舞王がやれやれと少女の体を起こし、汚れてしまった服を手で払うと抱き上げて
落としてしまった筆の下へと道を戻る
道を戻れば筆を握り締め、頬を染めながら涎を垂らし少女を見つめる張遼将軍
「むっちゃ可愛いなぁ~」
そういっていきなり舞王の腕から取り上げ頬を擦り付ける張遼将軍に少女は驚き「あ~う~」と声を上げるが
張遼将軍は放さず、助けを求めるように舞王の方を見れば、舞王はやれやれと張遼将軍の額を指ではじく
軽い音と、衝撃でひるんだ隙に張遼将軍の腕から取り上げ、舞王の腕の中に戻ると
筆を腰につけて舞王の腕から降り、また足にしがみ付く
張遼将軍は舞王に文句を言うが、きゅっと足にしがみ付く少女を指差し張遼将軍は悪いことをした
驚かせてすまないと謝っていた。だがその姿に町の人々はそれは仕方がないと心で呟くのだった
そんな不思議な少女が許昌の街中でたびたび見かけるようになり、その可愛らしい姿で町の人々から親しまれいた
少女はたびたび本屋で見かけられ、本屋に行けば彼女を見られると噂になっていた
その日も少女は本屋に新しい本を買いに来たところで、手には竹簡を持ち、良い物と出会えたのだろう
ニコニコと顔を笑顔にして代金を払うために列に並んでいた
列は進み、少女の前には自分よりも小さな娘。前から目をつけていたのか、絵本を大事そうに抱きしめるように
抱えていた。少女は良い物と出会えた自分と重ね、心の中で「良かったね、私と同じだ」と呟いた
列はさらに進み、いよいよ目の前の少女の番。絵本を店番の居る台に乗せると腰につけたボロボロの袋から
小銭を何枚も何枚も出して台に並べていく。目に映るその袋や身なりから自分より小さな娘は必死に働き
お金を貯めたのだろうと理解できた
服の端は少し血で黒ずんでおり、もしかしたら肉屋で働いているのかもしれない。肉屋はあまり人から好まれる
商売ではない、そこで働くと言うことはもしかしたら孤児かもしれないと見る者たちは想像する
だからだろうか、店番をする店員もこの娘に対する態度があまり好ましいものではなかった
一つ一つ小銭をつまみ、本物か?と言わんばかりにじろじろと小銭と少女を繰り返し見ていた
フェイは心の中で思う。ボロボロの袋から小銭をだすから何だ、身なりが好ましくないから何だ
働く場所だって関係ない。この子はきっと必死に働いて貯めたお金でやっと自分の好きな本を買えるんだ
何も誰も文句を言われるものでは無いと
小銭を数える店員を睨むフェイ。しかし店員は気付くことなく枚数を数えていく、そして・・・
「一枚足りないよ」
店員の口からは枚数が足りないとの言葉。少女は驚き、必死にボロボロの袋を広げるが袋の中身は空
きっと此処に来る前に何度も枚数を確認したのだろう。信じられないと言った表情で
店員の数え間違えでは無いだろうかと台に並べられた小銭を数えるが、何度数えても一枚足りない
もしかしたらどこかで落としたのかも知れない、そのボロボロの袋から零れ落ちたのかもしれない
「後がつかえてる。足りないなら金を持ってくるなり帰るなりしてくれ」
ぶっきらぼうに言う店員に少女の顔は焦りと困惑から悲しみへと沈む。その姿を見てイライラとし始める店員
少女は今にも泣き出しそうに、顔をゆがめる。そして何度も小銭を入れておいた袋を確かめるがやはり中身は空
「ふっ・・・うぅ・・・」
ついには声を漏らす少女。泣き始める少女を前に、店員は怒鳴り散らそうとした時、フェイは懐から財布を取り出して
地面に一枚小銭を落とす。そして目の前の少女の肩を優しく叩くと地面に指を指す
「ひっく、うぅ・・・・・・え?」
突然肩を叩かれ振り向けば、紫色の髪をした白い眉の少女。笑顔の少女は地面を指差し
その方向を見れば、足りなかった最後の一枚がそこにはあった
目を見開き、急いで拾い上げ顔を輝かせる少女。だがその手は店員の待つ台に伸ばされること無く
止まってしまう
自分で落とした物だろうかと不安げに思案する少女に笑顔を向け「貴女が落としたのものですよ」と言おうとするが
そこで気がつく自分はしゃべるのが得意ではなく。文字を書こうにも買い物に来ただけだから竹簡どころか
筆すら持ってきては居ないと
「う~~~!」
「?」
唸るフェイに首をかしげる少女。何か無いかと周りを見回す
そこで少女の抱きしめる絵本が目に入り、少女から身振り手振りで絵本を借りて一文字一文字指差していく
「お・と・し・ま・し・た・よ?」
指された文字を読んでいく少女。読み終わり泣きそうな笑顔になる少女に頷くフェイ
少女はお礼を言うと、店員に最後の一枚を差し出す
すると店員は何故か顔をヒクつかせ、その一枚を受け取ると無理やり作った笑顔で
「有難うございました」と言っていた
少女は心から喜び、もう一度フェイにお礼を言うとそのまま走り出して店の外へと出て行った
次は自分の番と店員に竹簡を出すと、震えながら丁寧に竹簡を受け取とる。不思議に思い、後ろを見れば
そこに立っていたのは恐ろしい瞳で店員を睨みつける舞王
舞王はその手に筆と竹簡を持っていた。忘れて出かけたと追いかけた舞王は一部始終を見ており
フェイが小銭を落とし、少女に小銭を渡そうとする行為に文句をつけようとした店員に恐ろしい瞳で
ずっと睨んでいたのだった
フェイはトテトテと走り、直ぐに舞王の足にしがみ付く。フェイの代わりに竹簡を受け取り、怖い笑顔で店員に
握手をする。そして何時ものように足にフェイを着けたまま店から出て行った
舞王とフェイは帰路に着く。舞王は道の途中で立ち止まり、フェイの頭を一撫ですると
「どうして地面にお金を?」と柔らかい笑顔で聞く
フェイは唐突に聞かれ少しだけほおける
次に笑顔を作り
舞王の持ってきた筆と竹簡を持ち、すさまじい速さで文字を書き、舞王の目の前に開いてみせる
そのまま渡してはあの娘の誇りを傷つけてしまいます。あの真っ直ぐな瞳、自分の物でなければ受け取らず
施しなど不要だと言うでしょう。ですが私の使うこのお金は元は彼女が働き稼いだ物です
稼いだ何割かのお金を税として私達が受け取っておりますから、彼女が困った時に返すのは当然です
小さな両手で一生懸命に文字を書き綴った竹簡を広げるフェイの頭を撫で
「偉いな」と優しい声で褒めれば竹簡をバチッと丸め、舞王の足にまたしがみ付く
夕焼けの元、舞王とフェイはまた不思議な格好で城へとゆっくりと歩く。その顔は二人とも笑顔で
その後、フェイの行為は彼女を一目見ようと本屋に訪れていた者から町中に広がり
しばらくの間、許昌の小さき聖人と呼ばれることになった
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オリジナルキャラ馬良こと扁風を
描いてくださったAC711様に感謝を込めて
このssを送りたいと思います