No.180278

真恋姫無双二次創作 ~盲目の御遣い~ 拾捌話『転機』

投稿38作品目になります。
拙い文章ですが、少しでも楽しんでいただけだら、これ幸い。
いつもの様に、どんな些細な事でも、例え一言だけでもコメントしてくれると尚嬉しいです。
では、どうぞ。

2010-10-25 05:08:30 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:17608   閲覧ユーザー数:13346

私は一体、どうしたのだろう。

 

 

私は一体、どうしたかったのだろう。

 

 

私は一体、どうすればいいのだろう。

 

 

私は一体、どうするべきなのだろう。

 

 

強張る身体。

 

 

高まる動悸。

 

 

固まる思考。

 

 

渇く咽喉。

 

 

身体中のありとあらゆる感覚が警鐘を鳴らしていた。

 

 

 

―――――『董卓の噂についてなんだが・・・・あれは、本当に真実なのだろうか?』

 

 

 

気付く可能性はあった。

 

 

解っていた筈だ。

 

 

解っていた上で、この選択肢を選んだ筈だ。

 

 

なのに、

 

 

どうして、

 

 

何故、

 

 

自分は、こんなにも怯えているのだろう?

 

 

そう思い至った、その時。

 

 

 

裾を握る、汗ばんだ自分の右手が、きゅっと、何かに包まれた。

 

 

 

心なしか感じる湿り気。

 

 

手の甲に感じるのだから、間違いなく自分のものではない。

 

 

視線をゆっくりと右手に向けて、初めて気付いた。

 

 

 

自分の小さな右手を、ほんの僅かな震えと共に包み込んでいる、自分と同じくらい小さな手と、

 

 

 

その細い腕を辿り、特徴的な尖がり帽子そのつばの下、青白く染まった表情に。

 

 

 

(雛里ちゃん・・・・)

 

 

それは、果たして自分を勇気づける為なのか。

 

 

それとも、自分と同じく不安に駆られての咄嗟のものなのか。

 

 

 

―――――何にせよ、揺さぶられていた自分の心が、ほんの少し和らいだのは確かだった。

 

 

 

(有難う・・・・)

 

 

受け止めなければならない。

 

 

逃げてはならない。

 

 

これは、私の責任なのだから。

 

 

震えを抑え、

 

 

唾を飲み込む。

 

 

面を上げて、

 

 

心を奮う。

 

 

 

なけなしの勇気を振り絞って、

 

 

 

天幕に入って来る三つの人影へと、視線を向けた。

 

 

 

 

張飛と共に門番をしていた趙雲に案内されたのは、陣地のほぼ中心に位置する天幕だった。

 

促されるままに中に足を踏み入れると、いかにも人当たりの良い笑顔を浮かべた劉備を中心に、彼女に仕える猛将智将達が勢揃いしていた。

 

「夜分遅くに御免なさいね。迷惑じゃなかったかしら?」

 

「全然構いませんよ。お礼も言いたかったですし」

 

「お礼?」

 

「汜水関では御助力だけでなく、愛紗ちゃんも危ない所を助けて貰ったそうで・・・・本当に有難う御座いました!」

 

「いえいえ。・・・・で、どう?これで私の事、信じてくれたかしら?」

 

「はいっ♪」

 

「と、桃香様!そのように素直に信じてしまって宜しいのですかっ!?」

 

「愛紗よ・・・・自分の命を救って貰った恩人にそれはどうかと思うが?」

 

「い、いや、しかしだな、星!?」

 

「・・・・まぁ、お前の言い分も解るがな。英雄に真の友人など居らぬ。居るのは利用しようとする輩のみ」

 

「当たり前でしょ、そんなの。私だって劉備の友人になろうとは思ってないわよ?けど、お互いの利害が一致しているのならば、手を握る事は可能でしょ?」

 

何処か不敵な笑みと共に告げられた返答に関羽は口を噤み、趙雲は予想通りだったのだろう、軽い嘆息を一つ吐いて、

 

「それで、孫策さん。一体どのような御用でここに?」

 

「そうね、そろそろ本題に入りましょうか・・・・と、その前に一つ、聞かせて頂戴」

 

そこで雪蓮は一端言葉を区切って、

 

「劉備。貴女は何故、旗揚げをしたの?」

 

その言葉に劉備はより表情を引き締め、答える。

 

「私は、弱い人達が苦しんでいるのを見てられなくて、どうにかして助けたいって思ったんです。大陸の皆が笑って暮らせるような、そんな世界にしたいんです」

 

「そう・・・・」

 

雪蓮は短く答えると、一歩足を退いて、

 

「・・・・話があるのは私じゃなくて彼なの。聞いてくれないかしら?」

 

その言葉を合図に天幕内の視線が一斉に自分に集中する中、白夜は藍里に手を引かれながら、一歩前へと歩み出た。

 

「こんばんは、劉備さん。初対面の方もいらっしゃるので、改めて自己紹介を。姓は北条、名を白夜と申します。幼い頃に病で視力を失いまして、瞼を閉じたまま話す無礼をお許し下さい。そしてこちらが、」

 

「お初にお目にかかります。姓は諸葛、名を瑾、字を子瑜と申します」

 

「あ、軍議の時のお兄さん。・・・・と、朱里ちゃんのお姉さん、ですよね?」

 

「はい。妹がお世話になっております」

 

「あ、いえいえこちらこそ朱里ちゃんにはお世話になりっ放しで―――――」

 

他勢力の家臣相手に態々お辞儀を返す彼女に家臣達は半ば諦めの嘆息を吐く。

 

「それで、北条さん。お話というのは?」

 

気を取り直して尋ねる劉備に、白夜は若干の間を置いて、

 

「劉備さん、貴女は董卓さんの事を、どれだけ御存知ですか?」

 

「・・・・許せません。洛陽の皆さんは重税と圧政に苦しんでいると聞きます。そんな事、間違ってます」

 

その質問に劉備は表情を顰め、

 

 

 

「もし、それが嘘だとしたら?」

 

 

 

「・・・・・・・・え?」

 

 

 

その白夜の言葉に、その表情はあっさりと崩れた。

 

 

 

 

 

心臓が一際大きく高鳴った。

 

 

顔から血の気が引いていくのが自分でも解った。

 

 

裾を握る手が自然と強まる。

 

 

白く染まる関節。

 

 

更に滲む冷や汗。

 

 

動悸は益々勢いを増し、鼓膜の奥でやかましく轟いている。

 

 

震えないように奥歯を噛み締め、

 

 

可能な限り深い呼吸を繰り返す事で平静を保とうとする。

 

 

金縛りのように四肢が動かず、

 

 

俯く視線を上げられない。

 

 

怯える私を置いてけぼりにして、

 

 

彼は、話し始めた。

 

 

 

「どういう、事ですか・・・・?」

 

「もし、董卓さんは濡れ衣を着せられただけで、無実だったらどうしますか、と訊いているんです」

 

「・・・・北条殿、貴方は何か御存知なのか?」

 

眉根を顰める関羽に、白夜は徐々に語り出す。

 

粛清を行ったのは収賄や詐称を行った宦官や商人のみであり、圧政に至っては根も葉もない出鱈目だと言う事。

 

董卓が帝を唆し利用している、などと言うのは事実無根である事。

 

彼の言葉が進むに連れて、劉備陣営の反応は如実に表れ始めた。

 

劉備や張飛は明らかな驚愕に表情を染めた。

 

関羽は推測が確信に変わった事から、趙雲は予め予測がついていたのだろう『やはりか』と小さく溢していた。

 

伏龍鳳雛の二人は押し黙ったまま、何処か焦燥や不安の類であろう雰囲気を漂わせ始めていた。

 

「そんな・・・・それじゃ、私は・・・・」

 

「北条殿、それは確かなのですか?」

 

「信の置ける方からの情報です。信憑性は十二分にあります」

 

それが止めになったのだろう、劉備は血相を変えて天幕を飛び出そうとし、

 

「だ、だったら早くこの事を皆に教えて、」

 

「それは出来ません、劉備様」

 

その進路を封じるように藍里が立ち塞がり、告げた。

 

「どうしてですかっ!?」

 

「いくら声を大にして叫んだ所で、連合軍はもう止まりません。・・・・いえ、もう止まれないんです。『悪鬼董卓の討伐』この意義を無くしてしまえば、今度は帝の住まう地に攻め込もうとした『逆賊』として、私達が矢面に立たされる事になります。それ以前に、それを袁紹に進言した所で、連合軍の裏切り者として袋叩きに合うのが関の山です」

 

「そんな・・・・どうにか、どうにかならないんですか!?」

 

茫然自失、その寸前だった。

 

蒼白な表情での懇願は、正に藁にも縋らんばかりで、

 

 

 

「落ち着いて下さい、劉備さん。私はその為に貴女に会いに来たんです」

 

 

 

「・・・・・・・・・え?」

 

 

 

「貴女に、力を貸して欲しいんです。董卓さんを、救う為に」

 

 

 

何かが、大きく変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

知った。

 

 

知られた。

 

 

知らせた。

 

 

知らされた。

 

 

恐らく桃香様達の脳内には、落雷や鉄槌にも似た衝撃が奔っているのだろう。

 

 

顔からは血の気が失せ、愕然と北条さんへ視線を注いでいる。

 

 

こうなる事を恐れていたのに。

 

 

こうならぬ様に伏せていたのに。

 

 

絶望。

 

 

失望。

 

 

挫折。

 

 

脱落。

 

 

そんな単語ばかりで頭が埋め尽くされていく。

 

 

そんな中、

 

 

『落ち着いて下さい、劉備さん。私はその為に貴女に会いに来たんです』

 

 

『・・・・・・・・・え?』

 

 

『貴女に、力を貸して欲しいんです。董卓さんを、救う為に』

 

 

 

 

 

―――――今、この人は何と言った?

 

 

 

 

 

誰が?

 

 

誰を?

 

 

どうするって?

 

 

奥の方から、何かが急速に込み上げてくる。

 

 

何故か心中のざわめきが治まり、

 

 

しっかりと一歩を踏み出して、

 

 

 

 

―――――どういう事ですか、北条さん?

 

 

 

 

声は、震えていなかった。

 

 

 

 

 

「朱里、ちゃん・・・・?」

 

親友の小さな呟きを置き去りに、朱里は前へと歩み出る。

 

その表情は何処か複雑で、怒っているようにも、泣いているようにも見えた。

 

「どういう事、とは?」

 

表情を崩さず問いを返す白夜の顔を見上げ、

 

「貴方は今『董卓さんを救う』とおっしゃいましたよね?」

 

「はい」

 

「不可能です!!そんな事、出来っこありません!!」

 

彼女にしては珍しく声を荒げての、否定の言葉。

 

更に叫ぶように、朱里は畳み掛ける。

 

「董卓さんを救うと言う事は、連合軍に反旗を翻す事と同意です!!この大陸の列強が勢揃いしているんですよ!?彼我の戦力差は歴然、子供だって解ります!!貴方は、孫呉は、大陸全土を敵に回す積もりなんですか!?」

 

ヒステリックとも捕えられかねない

 

彼女の『こういう』大声を始めて耳にしたのだろう、劉備陣営の面々は何処か唖然としているようだった。

 

雪蓮も少なからずの驚きを見せ、隣に立つ藍里もまた、表層には顕れていないものの、未だ嘗て目にした事の無い妹の姿への驚愕を心拍数の増加という形で示していた。

 

しかし、その言葉の背後には微かに、しかし確かに異なる感情が孕まれていた。

 

悲哀?

 

違う。

 

彼女が悲しむ理由も根拠もない。

 

焦燥?

 

違う。

 

近しいものではあるが、似て非なるものだ。

 

 

 

―――――そう、『畏怖』である

 

 

 

それは嘗て幼い白夜が、長きに渡って周囲より受け続けた負の感情。

 

 

 

故にこの天幕内において白夜のみは、本人さえも自覚できぬその些細な真意を、おぼろげながらも感じとっていた。

 

 

 

そして、それ故に白夜は幼子に言い聞かせるようにゆっくりと語り出す。

 

 

 

「連合軍が、私達の敵となる事はありません」

 

 

 

孫呉の天幕と同じ、実に単純明快な要約を。

 

 

 

「董卓軍を倒す。軍の存続も再興も不可能になるほど完膚なきまでに。それが私達の選ぶことの出来る唯一の、董卓さんの救出法です」

 

 

 

 

 

―――――・・・・董卓さんを救う為に、董卓軍を倒す?

 

 

今の董卓さんは、自身が望むにしろまないにしろ、この大陸全土を巻き込んだ争いの中心にいます。この争いが終わらせるには董卓軍か連合軍、どちらかの勝利が必要不可欠です。

 

 

―――――その通りです。だからこそ、董卓さんを救う事なんて事は、

 

 

連合軍に対する裏切り行為。だからこそ私達は、表だって董卓さんを救う事は出来ない。・・・・なら、話は簡単です。

 

 

―――――・・・・まさか。

 

 

表だって救えないのならば、誰にも解らないよう密かに救い出せば良い。

 

 

―――――・・・・一体どうやって、

 

 

それも簡単です。私達で董卓さんを保護し『世間的に』死んだ事にする。そうすれば、董卓さんの命は救えます。

 

 

―――――ばれたらどうするんですか!?

 

 

幸い、と言っていいのかは解りませんが、連合軍に参加している殆どの諸侯が、董卓さんの容姿を知らないそうです。正解を知らないのに『違う』なんて言える人はいないでしょう。私達はとある伝手がありますので、問題ありません。

 

 

―――――で、でも、それだけでは、連合軍は董卓さんの死を確認するまで止まりません!!

 

 

だからこそ、董卓軍を倒さなければならないんです。

 

 

―――――・・・・どういう事ですか?

 

 

袁紹さんが反董卓連合を発起した理由は『董卓が洛陽を占拠している事が気に入らないから』なんですよね?だったら、董卓軍を再起不能なまでに叩きのめしてしまえば、

 

 

―――――っ!!・・・・『施政者としての董卓』は死んだも同然。

 

 

そうなってしまえば『董卓本人』の生死はあまり問われないかと。後は『董卓が死んだ』という、何か物的な証拠でもでっち上げれば問題ないでしょう。どうやら袁紹さんはそういう所が大雑把そうですし。

 

 

―――――・・・・・・・・。

 

 

端的ではありますが、以上が私の考える董卓さんの救出法です。何か、御質問はありますか?

 

 

 

何も言えなくなっていた。

 

淀みなく流暢に紡がれる返答。

 

もう疑問が無い訳では無かったが、最後に彼は『端的』と言った。

 

何を聞いた所で、同じように流暢な答えが返って来るだけだろう。

 

終始一貫として欠片も揺るがなかった彼の態度が、その憶測を確信に変えていた。

 

目的は解った。

 

意向も解った。

 

手段も解った。

 

過程も解った。

 

結果も解った。

 

「北条さん」

 

 

 

―――――ただ一つ、解らないのは、

 

 

 

「貴方は、どうして董卓さんを救いたいんですか?」

 

 

 

そう、動機。

 

彼が何を想い、この策を練ったのか。

 

彼が何を願い、私達に助力を求めているのか。

 

見上げた先、参謀役には決して見えない、穏やかな顔。

 

僅かな逡巡の後、

 

 

 

「・・・・私の、自己満足ですよ」

 

 

 

その顔から、視線を逸らす事が出来なかった。

 

「救えるのに救わなかったら、私は一生後悔し続ける。それが嫌だからです。ただ、それだけなんですよ」

 

何処か自嘲めいた笑顔。

 

本心からの言葉なのだと、直感的に理解した。

 

唇を真一文字に閉め、

 

裾を強く握りしめる。

 

私がこの人を負かす事だけを考えていた間も、

 

この人はずっと董卓さんを救う方法を練っていたのだ。

 

『力無い人達の為に学んだ事を活かしたい』

 

そう思っていた筈なのに。

 

悔しい。

 

 

 

(この人の方が、よっぽど・・・・)

 

 

 

力無く俯いた、その時だった。

 

 

 

「董卓さん、だけなんですか・・・・?」

 

 

 

 

「董卓さん、だけなんですか・・・・?」

 

二人の後ろから事の成り行きを見守っていた雪蓮は、突然の劉備の言葉に眉を顰めた。

 

劉備はまるで期待を裏切られたかのような表情で白夜に視線を集中させている。

 

・・・・いや、『ような』ではないのだろう。

 

今彼女は、董卓『だけ』と言った。

 

それはつまり、

 

「董卓軍の皆さんは、どうなるんですか・・・・?」

 

(やっぱり・・・・)

 

今度こそ、心底呆れた。

 

「何とか戦う以外に解決する方法は無いんですか!?」

 

今更何をほざいているのだろうか。

 

僅か数刻前に汜水関であれだけの戦いを繰り広げておきながら。

 

大勢の兵士達の命を屠っておきながら。

 

「兵士の皆さんは、見殺しにするんですか!?」

 

堪忍袋の緒は、既に切れる寸前だった。

 

これ以上黙っていられない。

 

「救いたいとは、思わないんですか!?」

 

拳を強く握りしめ、一際強く息を吸い込んで、

 

 

 

「そんな訳、無いじゃないですかっ!!!!!」

 

 

 

予想外の怒声に、

 

 

 

その声に主に、

 

 

 

驚愕を瞳を見開いた。

 

 

 

悲痛な表情で涙混じりの怒声を放ったのは、

 

 

 

藍里だった。

 

 

 

 

 

「この人は、何よりも戦が大嫌いな人なんですよっ!?」

 

 

我慢できなかった。

 

 

「この人は、敵兵の死にさえ涙を流すような人なんですよっ!?」

 

 

堪え切れなかった。

 

 

「戦場に赴く度に、何度も吐いてっ、何度も倒れてっ!!」

 

 

耐え切れなかった。

 

 

「それでも『逃げてはいけないから』って、背負わなくてもいいものまで自分に背負わせてっ!!」

 

 

穢された気がしたから。

 

 

「『自分がもっと強ければ』って、自分で自分を責め続けてっ!!」

 

 

不愉快だったから。

 

 

「こんなに優しい人が、『皆を救いたい』と思わなかったと思いますかっ!?」

 

 

腹が立ったから。

 

 

「心を痛めなかったなかったと思いますかっ!?悔しくなかったと思いますかっ!?」

 

 

視界が滲む。

 

 

「何かを本気で否定したいなら、否定する対象を深く理解した上でやるべきですっ!!」

 

 

拳の関節が白く染まる。

 

 

「そうでないなら、それはただ逃げているだけですっ!!子供の我儘と、何ら変わりはしないっ!!」

 

 

酸欠なのか、息が苦しくなってきた。

 

 

「貴女なら、救えるんですか!?なら教えて下さい、どうすればいいんですか!?」

 

 

少し喉が痛くなってきた。

 

 

「少しは、現実を見たらどうなんですかっ!?」

 

 

頭がくらくらしてきた。

 

 

「一体いつまで、貴女は逃げ続けるつもりなんですかっ!?」

 

 

でも、今はそんな事はどうでもいい。

 

 

ただ、叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

「お、姉ちゃん・・・・?」

 

愕然としていた。

 

こんなに感情を露にする姉の姿は初めてだった。

 

「それに、諸葛亮っ!!」

 

「ひぅっ!!」

 

やがて劉備に向かって叫んでいた姉は、睨むようにこちらを向いて、

 

「何故、自分の仕えた主を信じないのですかっ!?」

 

「っ!!」

 

「主を教え導くのも軍師の役目でしょう!!主を仁徳者にするも愚者にするも、貴女次第ではないのですか!?」

 

『そうするしかなかったんだ』と自分を納得させ目を背けていた、私の犯した罪。

 

記憶の中にも殆ど該当例の少ない姉の怒声に、身体が勝手に委縮し、思考回路が活動を完全に停止してしまう。

 

「主に、そしてその主を信じて命を預けている人達に、無自覚に罪を犯させる等、家臣として、将として、言語道断っ!!それは一種の裏切りにも等しい行為だと、解らない貴女ではないでしょう!!」

 

そのせいだろうか、次の瞬間、

 

 

 

「―――――私だって、辛かった!!」

 

 

 

私は初めて、姉に対して暴言を吐きだしていた。

 

「皆を説得する時間なんて無かった!!」

 

「いつばれるのか、不安で不安で仕方が無かった!!」

 

「皆を騙しているのが苦しかった!!」

 

「董卓さんを悪人と信じ込ませて、こんな戦いに巻き込まなきゃならなかったのが、悔しかった!!」

 

 

 

「本当は私だって、こんな事したくなかった!!」

 

 

 

膝から力が抜け、地べたにへたり込んでしまう。

 

抑え込んでいた罪悪感。

 

誤魔化し続けていた仮面。

 

その全てを曝け出した反動なのか、

 

河川を堰き止めていた堤防が決壊するように、

 

胸中に後悔の念が溢れ返り、顔を塞ぐ両手の隙間から、止め処なく涙がこぼれていく。

 

そんな朱里の様を見て、傍らの劉備の表情は真青だった。

 

後ろに控える関羽達の顔色も決して優れてはおらず、

 

ただ一人、雛里だけはゆっくりと朱里に近付き、彼女の背中を優しく撫で続けていた。

 

「・・・・劉備」

 

今にも泣き出しそうな表情のまま肩を上下させる藍里、そんな彼女を優しく宥める白夜、その二人の背後。

 

ふいに声をかける雪蓮に、劉備はびくりと肩を震わせ、ゆっくりと視線を向けた。

 

「まずは諸葛瑾を無礼を詫びさせて頂戴」

 

そう言って深く頭を下げた後、

 

「でも、私からも言わせてもらうわ。・・・・貴女は、自分の理想を叶える為に、自分で何かを成したり、努力した事がある?」

 

「・・・・え?」

 

「自分達が力不足なのは解っていた筈よね。武力、兵力、知力、権力、財力、何でもいい。貴女自身は強くなろうとしたのかしら?」

 

「それは・・・・」

 

「『私には出来ないから』なんて言うんじゃないでしょうね。確かに人の力には限界がある。何でも出来る人間なんて居はしないのだから、何も貴女が全てを出来る必要はないわ。・・・・でもね、本当に『出来ない』って台詞は、最後の最後まで努力して、運以外の要素を完全に無くした人間が、初めて不可能な事に出会った時に、使う事が許される言葉だと、私は思ってる」

 

問われ、彼女は思い返す。

 

本当に、自分は努力をしただろうか?

 

「貴女は、何かをした?優秀な仲間がいる事に甘えて、自分の理想を叶えてもらおうとしてはいない?」

 

「孫策殿、それ以上は流石に―――――」

 

「黙りなさい、関羽。私は今、同じ『主として』劉備に訊いているのよ。そこに割って入ると言う事は、『自分の主はこの程度なのだ』と認めたも同意よ」

 

「ぬ、くっ・・・・」

 

 

 

「劉備、これだけは覚えておきなさい。誰かに何とかしてもらおう、なんて考えてる奴は、誰にも何にもしてあげられないのよ」

 

 

 

「っ!!」

 

「ただ理想を振り翳すだけなら、子供だって出来るわ。貴女は人の上に立つ人間なのよ。貴女の言動一つで、多くの人間の運命が左右される。その責を自覚しなさい。でないと、それこそ貴女の嫌いな『無駄な犠牲』が増え続けるわよ」

 

「・・・・・・・・」

 

「貴女の理想は尊いものよ。でもね、人の上に立つ以上、優しいだけでは駄目なの。清濁全てを受け容れて、それでも尚進む事の出来る者でなければ、理想を叶える事は出来ないのよ」

 

種を蒔き、水をやり、雑草を抜き、肥料を与え、長き時を経て初めて、蕾は花開くのだ。

 

桃香は暫しの沈黙の後、未だ涙を流し続ける朱里の前に屈みこんで、

 

 

 

「朱里ちゃん、御免なさい・・・・」

 

 

 

彼女もまた、涙を流していた。

 

「私、我儘言ってるばかりで、全然気付いてあげられなかった・・・・御免、御免なさい・・・・」

 

「わた、しの、方こそ、悪いんでしゅ、わ、私が、皆を、信じられなか、ひくっ、うぅ」

 

「御免ね、御免ね・・・・」

 

泣き声の二重奏が途切れるその時まで、二人の謝罪の言葉が止む事は無かった。

 

 

「孫策さん、諸葛瑾さん、本当に申し訳ありませんでした」

 

やがて目の周囲を泣き腫らしたまま、桃香は深く頭を下げた。

 

「いえ、その、私の方こそ頭に血が昇ってしまいまして、今思い返すととんでもない事を―――――」

 

雪蓮が『別にいいわよ』と笑い飛ばす傍ら、怒りが鎮静された藍里もまたそんな勢いで頭を下げるものだから、放っておくとそのまま続きそうだと思ったのだろう、

 

「諸葛瑾殿、桃香様の御心を御酌み下さいませぬか」

 

ずっと背後で静観していた星がその間に入った。

 

「我々は貴女に感謝こそすれ、反感など何一つ抱いてはおりませぬ。貴女は我々の過ちを正し導いてくれた、言うなれば恩人も同然。頭を下げられては、却って我々が恐縮してしまいます」

 

その言葉を受け、藍里は済まなそうな顔ではあるものの、ゆっくりと身を引いた。

 

そして最後に、桃香は白夜に向き直り、

 

「北条さんも、本当に申し訳ありませんでした」

 

「いえ、いいんですよ。気にしてませんから」

 

軽く肩を竦めるながら、いつもの柔らかな笑顔を浮かべる白夜。

 

知らずにいたとはいえ、あれほどの暴言を吐いたのに。

 

不思議な人だ。

 

そう思った、その時だった。

 

「劉備さん」

 

「は、はい!!」

 

突如名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばしてしまう。

 

そんな彼女は白夜はくすりと小さく笑いを漏らして、

 

「私達の力は、まだまだ弱いです。『もっと強ければ』『もっと力があれば』私も、何度もそう思いました。・・・・でも、」

 

そので白夜は一度言葉を区切り、

 

「今の私達の力でも、救える人が居る。そして、その為には貴女の力が必要です」

 

ゆっくりと右手を差し伸べて、

 

 

「力を、貸してくれますか、劉備さん?」

 

 

「あ、は、はいっ!!」

 

 

桃香はその右手を両手で包むように握り返した。

 

「それでは時間も無いので、早速詳しい話をさせて下さい。諸葛亮さん、鳳統さん、宜しいですか?」

 

「は、はいでしゅ・・・・あぅ、噛んじゃった」

 

「あわ、は、はい。それでは、こちらの卓へ・・・・えと、椅子はこちらです。諸葛瑾さんはこちらに」

 

「あ、有難う御座います。藍里さん、地図はありますか?」

 

「はい、これですね」

 

雛里の引いてくれた椅子に腰掛け、三人は早速議論に没頭していく。

 

表情と雰囲気が一気に引き締まり、やがてその熱も上昇し始める。

 

「板についてきたわね、白夜」

 

その様を傍から見て、思わず漏れた呟き。

 

ほんの僅かに複雑そうな、しかし確かな笑顔。

 

雪蓮は直ぐに踵を返すと、関羽達と兵糧や兵力の打ち合わせを始めた。

 

 

そして、深夜。

 

『それでは宜しくお願いします、孫策さん』

 

『こちらこそ宜しく、劉備ちゃん。裏切らないでよ?』

 

そんな冗談交じりの握手で劉備軍との打ち合わせを終えた白夜達は孫呉の陣営へと歩いている最中だった。

 

「取り敢えず、第一関門は突破って所かしら?」

 

「そうですね。・・・・後は、次の虎牢関を抜けられるかどうかです」

 

汜水関に並び難攻不落の堅牢で知られる大陸最大の防御施設。

 

この戦の勝敗の要とも言える要所中の要所。

 

董卓軍も残存兵力全てを集結させていると言っても過言ではないだろう。

 

そして当然、董卓軍最強にして連合最大の障害となるであろう、『あの武将』も。

 

「連合軍の勝敗も、私達の策の成否も、全てそこで決まります。・・・・絶対に負けられません」

 

呟き、白杖を握る右手が自然と強まる。

 

雪蓮はそんな彼を見て、

 

「―――――ねぇ、白夜。貴方、今日も弔いに行くつもり?」

 

「?・・・・はい、そうですけど」

 

「そっか」

 

「?」

 

(藍里、解ってるわよね?)

 

雪蓮は短く答えると、何やら藍里に耳打ちで尋ね、

 

(はい、大丈夫です。皆さん快く承諾してくれました)

 

(よし♪)

 

藍里の返事を受け取ると、少し歩調を早めて、

 

「それじゃ白夜、藍里、私一足先に戻ってるからね~」

 

「はぁ、解りました・・・・」

 

軽く呆ける白夜と、何故かにこにこしている藍里を残して、雪蓮は先に陣営内へと戻って行った。

 

「どうしたんでしょう・・・・この後、何かありましたっけ?」

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

素知らぬ振りをする藍里。

 

しかしその態度に大きな異変は無く、ならば大したことではないのだろうと、白夜は自分を納得させ、

 

「藍里さん」

 

「はい?何ですか?」

 

「さっきは、有難う御座いました。あんなに、怒ってくれて」

 

「あ、いや、えっと、あれは、その」

 

藍里、即座に茹で蛸と化す。

 

「怖かったですねぇ、怒った藍里さん。私も怒られないようにしないと」

 

「い、いえ、あ、あれはですね、その、あの、」

 

慌てふためく彼女を余所に、白夜はいつもの柔らかな笑みを浮かべ、

 

 

 

「でも、凄く嬉しかったです」

 

 

 

その言葉に、今度は藍里が何も言えなくなってしまう。

 

 

 

「本当に、有難う御座いました」

 

 

 

彼女の右手を握る左手、それをほんの少しだけ強めると、

 

 

 

「・・・・どう致しまして」

 

 

 

照れ臭そうな返事と一緒に、彼女は優しく握り返した。

 

 

 

 

 

同刻。

 

 

連合軍駐屯地、孫呉陣営内。

 

 

―――――おい、北条様があれ、やるらしいぜ。

 

 

―――――ホントか?よし、じゃあ俺も。

 

 

「・・・・?北条?」

 

 

夜は、まだまだ長い。

 

 

(続)

 

後書きです、ハイ。

 

書き終えて最初に思った事。

 

『白夜あんまし目立ってないかもなぁ・・・・』

 

結局プロットが細かい所まで完成したのが木曜日の事でして、

 

金土日で頑張って仕上げてみました。

 

・・・・まぁ後半は睡魔と闘いながらだったので、何処かおかしかったら御指定願います。

 

 

で、

 

 

色々と書くのが大変な回でした。

 

白夜の策(というより思惑?)のお披露目であり、桃香にとっても朱里にとっても大きな意味を持ったこの話、先程も書いた通り、大まかなプロットはかなり早い段階で完成してたんです。

 

ただ、こういう心理描写って、書く方も一度詰まるとホントに訳ワカメ~な事になってしまうもんでして・・・・いや、俺が未熟なだけだとは思いますけどww

 

結局文芸部の友人との相談により生まれた『ここは諸葛瑾怒らせてみようぜ♪』が採用された訳です。

 

賛否両論来そうで、ちょっと怖くもあります、ハイ。

 

 

さて、

 

 

もうちょっとだけ、この夜の話は続きます。

 

白夜達と接した劉備陣営のその後。

 

雪蓮の藍里の会話の理由。

 

他諸侯も結構登場する予定です。

 

ただ・・・・多分次の更新は『蒼穹』になると思うなぁwwww(プロットの完成の度合い的に)

 

今週中にはうpする積もりなので、どうぞお楽しみに。

 

それでは、次の更新でお会いしましょう。

 

でわでわノシ

 

 

 

 

・・・・・・・・とうとう就職活動が始まりました( ;)=3


 
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