No.180145

恋姫異聞録90

絶影さん

天子様との謁見①です
長いので分けました。次回も謁見が続きます

劉協と劉弁が出ます。劉弁がちょっと
書いているうちに何故かこんなことに、気に入っていただけると

続きを表示

2010-10-24 18:06:28 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:11862   閲覧ユーザー数:8151

「さて、行って来るよ秋蘭」

 

そういって何時もの様に蒼い外套を纏い、腰には四本の剣。そして涼風を抱き上げ肩車する

 

「待て、涼風を置いていけ。自然な動きで何事も無いように装っても駄目だ」

 

秋蘭は呆れた様に男の方から娘を取り上げると、男は情けない声を上げて涼風に手を伸ばす

しかし屋敷に迎えに着た統亞と苑路は男の両腕を掴み、ずるずると屋敷の外へ引きずっていく

 

「昭様、涼風ちゃんは駄目です!」

 

「大将、曹操様に叱られますよ、おい!梁!担いじまえ」

 

「あいよー」

 

喚く男を梁は軽々と持ち上げて肩に担ぐと片腕で男の腰をしっかりと固める。男はじたばたともがくが

男の力では梁の腕を解くどころか少しも動かすことは出来なかった

 

そんな様子を見て秋蘭はやれやれとため息を小さく一つ吐くと、涼風を抱き上げて無駄だと理解しうなだれる

男の顔に近づける。すると、涼風はうなだれる父の鼻頭に軽く口付けをした。みるみるうちに男の顔は満面の

笑みに変わり、さらに秋蘭から軽く頬を撫でられ笑顔を向けられると男の顔は柔らかくなり強い力の満ちた瞳になる

 

「良し、行くぞ統亞!さっさと済ませて俺は涼風と遊ぶんだっ!」

 

「ま~ったく、現金なんだからよウチの大将は」

 

「それでは失礼いたします夏侯淵様」

 

「ああ、愚夫を頼む」

 

秋蘭と涼風に頭を下げる三人。男は梁に担がれたまま娘と妻に手を振ると、そのまま三人と共に華琳たちの待つ

城門へと走って行った。秋蘭と涼風は男達の姿が見えなくなるまで手を振り見送っていた

 

「梁、腕外してくれ」

 

「そのまま乗っていてくだせぇ昭様」

 

腕を外された男は「おう」と一言答えると梁の肩に座り、梁に肩車をされた状態で腕を頭に置く

走る三人は何時ものことだと気にせずそのまま真っ直ぐに走り続ける

 

いよいよ天子様との謁見か、舞を舞うのは構わんのだが天子様の性格だ。きっと俺を近くに置きたいと言い出すだろう

彼女もまた才を知を愛する方だ、華琳ほどではないが・・・・・・面倒だ

封爵も断らなきゃ、俺には変に官職などあると動きずらい

 

男は梁の頭をぴたぴたと撫で、軽くため息を吐く。心底面倒だとその顔はこれから行く場所が憂鬱で仕方が無いと

言っていた

 

「大将、そんなに嫌なんですか?」

 

「嫌というか面倒だ、舞うのは構わんのだが封爵だの何だのが俺に来なきゃ良いんだがな」

 

「相変わらずですね、昭様は曹操様が丞相になられればそれだけで良いと?」

 

「ああそうだ。それにあそこはあまりいい思い出が無い、毎日毎日100人近い人間と会わせられたからな」

 

珍しく項垂れる男を統亞達は首をかしげ、男の口から出た毎日100人の人間との言葉に驚く

 

そういえば昔はいろんな人間と話したなぁ、天の御使いとか言われて曹騰様がなるべく人を遠ざけてはくれたが

それでも断りきれない人間が居た。変に力を持った宦官だったり、今の天子様の親、霊帝様の命令なんかは

断れなかったからなぁ、酷く面倒だったしうんざりした。会うやつ会うやつ皆濁った目ばかりで、それに比べたら

今は何と幸福なことだろう。あんな濁った目をするやつは兵士にすら居ないのだから

 

「なぁに、そんな大人数に会わなくても良いんですから大丈夫ですよ。なんたって天子様お一人ですから」

 

「いや違うぞ統亞、天子様の姉上である劉弁様もご一緒だ。今現在天子様を補佐なされているのはあの方だからな」

 

「ふーん、だけど二人ならどうってことない、昭様」

 

暢気に笑顔で上を向く梁、男はそんな梁の頭を撫でて笑顔を返す。

 

「だな、まぁ今回は舞を楽しむとするか。お前ら頼んだぞ」

 

「ええ、任せてください。何時ものとおりで宜しいのでしょう?」

 

「ああ・・・・・・しかし、なんだお前達もっと緊張してるかと思ったんだが」

 

「何を仰るのですか、天子様と同じ天を冠する方と何時も顔を合わせているのですから緊張など」

 

自信満々で答える苑路に統亞と梁が噴出し笑い出す。その姿を見て少し考え、感づいた男も笑い出す

 

「何だ、やはり緊張してたんじゃないか」

 

「大将にごまかしたって無駄だ、かっこわりぃなぁ苑路!」

 

「う、煩いっ!黙れ統亞っ!!」

 

僅かに震える手で隣を走る統亞の胸倉を掴む苑路。まぁ仕方が無いだろう、大陸に住むものなら知らず知らずに

天子様を恐れる。まるで神に近い存在であるかのようにだ。だがそれで良い、俺が良い例だ。天というものが

あまりに身近にありすぎると人はその存在を畏怖の対象ではなく当たり前の存在だと慣れてしまう

今後も天子様をあまり前に出すことなく、王でさえひれ伏す存在としてぼやけさせたほうが良い

 

「しかし大将、何故俺達も連れて行くんですか?」

 

「ん~、お前達には話してもいいか」

 

「へ?」

 

「少人数の連れて行った兵達は始めて見る天子様の御姿や御住まいに目を奪われるだろうし

何よりその前で跪く華琳の姿をきっと皆に話すだろう?」

 

「ええ、確かにそうでしょうね。うちの連中は自慢するかも知れません」

 

「それが狙いだ、噂は広まり実際に会うことが出来ない民は想像だけで天子様を考える。その想像は勝手に

広がりより天子様の威光を強くするわけだ」

 

「ああ~!」と理解し頷く統亞と苑路。今後も天子様を敬い魏を守り立てていくならば、この事はとても大事なことだ

王の威光が強すぎ天子様を蔑ろにするようでは今から着任する丞相になんの意味があろうか

そんなことになればこれから出すであろう勅命ですら民は華琳が天子様を操り、狡賢く大陸をその手に収めようと

していると言い出す者も出てくる。そんなことになれば呉との話し合いなど無意味だ

 

「んー?どういう意味だ統亞?」

 

「オメーは相変わらず考えねぇヤツだな。えーっと梁の食いたい肉まんがあるだろ?それが腹減りすぎて

頭の中じゃ最初よりでかくなっちまうってことだ」

 

「おお!」

 

「いいのかそれで」と呆れる苑路。俺は笑いながら梁の頭を撫でる。実に統亞らしい教え方で、実に梁らしい

納得。会えないことを腹が減るとは面白い表現だ、空腹は最高の調味料と言うが会えない見えないと言うのも

想像や妄想に対する最高の調味料と言ったところだろう。見えないものを想像するのは人として普通の行為だからな

 

「さて、城壁に着くな」

 

「ええ、間に合ったようです」

 

肩に乗ったまま城門へたどり着けば、その場には既に兵達30名が集まっており。詠と凪たちが兵達をまとめていた

俺の姿をみた詠は呆れ顔で、凪たちは笑っていた。こんな時にまで何故この男は変わらず何時もの調子で居られるの

だろうかと

 

「ギリギリよ、アンタまた涼風をつれて行こうとしたでしょう」

 

「おう、秋蘭に取られた」

 

「懲りないわね。まったく、劉協様の前で御見せする舞は大丈夫なんでしょうね?」

 

「その点は問題ない、何時もやってることをやるだけだからな」

 

そう、何時もやっていること。時間があるときに遊びとしてやっていたことをそのまま天子様の前で見せるだけ

だから特に練習は要らず、直ぐに出来るものだ。と言うか昨日も詠は俺に聞いて来た。今でも詠は天子様に

御会いするのが緊張するのだろう、不安を隠すように指先がとんとんと足を軽くノックしている

 

「凪、此処のことは頼んだぞ」

 

「はい、お任せください。帰ってきたら私達にも天子様のお話をお聞かせください。そちらはお願いします統亞さん」

 

「隊長殿、お任せください我等と詠様がついております。ご安心を」

 

何時ものように口調の変わる統亞、皆の前で己はあくまで副官であると言う態度を決して崩さず支えようとする姿

に男は笑顔になる。隣を見れば、苑路に対し沙和が「今日もバッチリきまってて言うことないのー!」と声をかけ

梁は真桜に包拳礼をして「任せてください」と敬語を使っていた

 

「それで一馬は何処だ?」

 

「さっきまで一緒にいたんやけど風がふらりと此処に来て、一馬とどっかに行ったで」

 

「そうか、一馬を連れていったか。解った」

 

無表情で頷く男に凪たちは不思議な顔をするが、男は梁の肩からスルリと降りて兵達の前に立つと

姿勢を正し、胸を張り真っ直ぐに前を見る。天子様の前に赴く兵達は緊張でざわついていたが一瞬で静寂を作り出し

凪達と統亞達は兵の前に立ち、詠は男の隣に立つ

 

「整列」

 

男の声に兵達は美しい列を作り、微動だにしない。それと同時に桂花を引き連れた華琳が現れる

美しい隊列を見ながら華琳はゆっくり男のほうに歩いていく

 

「これより曹操様と共に天子様の居られる洛陽へと向かう、我等の任務は天子様の御前で舞を御見せすることだ

緊張はするだろうが、何時ものとおり楽しんでいけば問題ない。俺も十分楽しませてもらう」

 

無表情から柔らかい笑みを作りそんなことを言い出す男。兵達の緊張が一気にほぐれ、皆軽く笑顔の良い顔になる

兵の緊張が解けたところを見計らい、華琳の後ろに下がり詠と桂花もそれに続くように華琳の後ろに下がる

一人前に出た華琳に兵達は先ほどのガチガチの緊張感とは違う、ちょうど良い緊張感を持ち華琳が納得する

表情を見せる

 

「良いわね、これならば天子様に御見せしても問題ないわ。それでは出発よ」

 

華琳の声に兵達は大きく返事を返す。兵のつれてきた馬、絶影に騎乗し男も黄爪飛雷に跨る

詠は男の後ろに飛び乗り、桂花も馬に騎乗する。兵達は用意した旅の為の糧食を積んだ馬車を引き

先頭には統亞たち三人が立ち、兵を指揮しながら洛陽を目指す

 

 

 

 

俺達の出発を見送ったのは凪たち三人のみ。理由は俺達が洛陽を目指し、封爵をされるまでの間に

兵を南下させ春蘭、霞、稟に空白地帯を占領させるといった理由だ。武都攻略で損害のない春蘭たちの部隊を

そのまま向けて同時に事を済まそうという考えだ。これは呉との交渉が決裂したときのことを考え

今のうちに領土を増やしておこうと言う意味もある

 

呉との交渉は上手くいくように下準備をしてきたつもりだが、この流れならば呉との同盟が上手くいかなかった時

戦いは赤壁となる。曹操の大敗した場所だ、何としてもそれだけは避けねば

 

迎える呉との交渉を心の中で何度も反芻し、あらゆることを想像しながら何事もなく司隷は河南、洛陽へと到着し

天子様との謁見の日を迎えた俺達は、洛陽へと入城しつれてきた夏侯昭隊所属の三十名の兵を城外に待機させ

休むまもなく華琳を始めとする将たちが謁見の間へと通される

 

謁見の間に着くまでは曲がりくねった迷路のような場内、案内が居なければ絶対に迷ってしまうような

複雑な道で、恐らくは姉の劉弁様の配慮だろう。用意に攻め込まれないように、また内部で謀反が起きたとしても

自分達は容易に城外に脱出できるようなつくりになっているに違いない

 

「どうぞ、こちらでお持ちの武器をお預かりいたします」

 

そういってようやく中心ぐらいの場所で武器を預け、さらに奥へと進めば急に開けた場所になり

まるで宮殿といったような場所の中心には床よりも数段高い場所に置かれた玉座に一人座る劉協様

そして俺達と同じ場所に立つ劉弁様がたった二人だけで俺達を迎えた

 

俺は気づかれぬように目だけで部屋をぐるりと見回す。たった二人で迎え入れるなどするわけは無い

右前方の床が僅かに沈んでいる。あそこに兵が数名・・・劉弁様の視線の流れから劉協様の座する

階段の中に居るな、大きさと正面の相手に即座に対応できる数、三名ほどか?

 

「おお、良く着ましたね」

 

小さき天子様は相も変わらずといった所で、まるで明るい太陽のような笑顔を向ける

美しく光を反射する黒髪を綺麗に後ろに束ね、決して主張しないように装飾品をさりげなく束ねた髪の先に着け

纏う衣服は白を基調とし、金色の布を使い龍が大きく何匹も刺繍されている。その姿は小さい体が服で少し

大きく見えるほどだ

 

劉協様の下では、真っ白な髪を短く切りそろえ、耳に小さな装飾品を一つだけ燃えるような赤水晶のピアス

黒を基調とした長衣に身を包み、金色の糸で背中に鳳凰が刺繍されており

こちらはとさっぱりとした体のラインがそのまま解るような服装で、そのまま腰に佩く剣を抜き取り

俺達を切ることが出来るくらいに動きやすい格好をしている

 

天子様を前にした桂花と詠は向けられた笑顔にすぐさまその場に跪き、頭を深く深く下げる

桂花にいたっては少し震えながらまるで地面に頭をめり込ませんばかりの勢いだ

 

「そこでは顔が良く見えません、もう少し近くによってくれませんか?」

 

劉協様の言葉で俺と華琳はさらに歩を進めるが、詠と桂花はその場で固まってしまっていた

恐らくは隣にいらっしゃる劉弁様に恐れをなしているのだろう、劉弁様の目は鋭く常に腰の剣に手が

置かれているからだ

 

「劉弁様。桂花は御気に召しませんか?」

 

「いや、初めて見る者だからな。私には曹操の部下のような目は無い、つい剣に手が掛かってしまった許せ」

 

そういうと劉弁様は天子様と同じ太陽のような笑みを見せ桂花に手招きをする。だが顔を伏せたまま震える

だけなので俺は仕方なく桂花の肩を叩くがまったく反応をしない。やれやれと前で座る華琳の方を見れば俺のほうを

見ながら笑っていた。「どうにかしなさい、あなたに任せるわ」ということだろう

 

俺は仕方ないなと桂花の猫耳フードをぐいっと下に引っ張る。引っ張られた勢いで床に顔をべちゃっと

顔をつけた桂花は勢い良く起き上がり、俺の仕業かと理解すると俺の胸倉を掴み久しぶりに俺を射殺すような

目で睨みつけてくる

 

「何するのよっ!この馬鹿っ変態っ!」

 

そして何時もの悪態を吐いて来る。俺は胸倉を掴まれながら平然と華琳のほうを見る。すると桂花は気がついたようで

顔を真っ赤にして俺の胸倉を掴んだままカタカタと振るえ、隣でひれ伏していた詠もその異変に気がつき顔を上げると

桂花の姿と胸倉を掴まれる俺の姿に顔を青くしていた

 

「桂花、天子様の御前よ落ち着きなさい」

 

「は、はいっ。申し訳ございません」

 

「フフッなかなか面白い人物だ。慧眼を変態と呼ぶとはな、天子様がもう少し近くにとのお言葉だ歩を前に進めよ」

 

桂花は顔を真っ赤にしながら投げ捨てるように俺の胸倉から手を離すと、足早に華琳の少し後ろに進み膝をついて

頭を下げる。詠も小さい声で俺に「馬鹿ね、もちょっとましなやり方しなさい」と呟き同じように桂花の隣にすすみ

膝を着く。俺も続くように桂花の隣に座り、華琳を前に桂花をはさむように俺達は座った

 

「久しぶりですね曹操。この度のことは姉様からお聞きしています。貴方は丞相という位を欲しているだろうと」

 

その言葉にピクリと身を震わせる詠と桂花。だが華琳は笑みを崩さず、男は無表情で二人は頭を下げずに

真っ直ぐ天子様を見据えていた。その姿に劉協様は面白い物を久しぶりに見たと目を伏せ軽く息を漏らすように笑う

 

「はい、仰るとおりでございます。大陸はついに三国にまで落ち着きました。これ以上民の血を流すことは無意味

でありましょう」

 

「ええ、そのとおりです。良いでしょう、ですが貴女のこれまでの功績を考えて相国が妥当と判断出来るのですが

丞相で構わないのですか?」

 

「はい、丞相ですらこの曹操めには過分な地位と存じます。私めはあくまで天子様を支える一本の柱、相国などと

恐れ多いことでございます」

 

「私が皇帝として今だ僅かながらに力を、権限を保っていられるのは貴女が配慮してくれているからです。

ありがとう曹操」

 

「勿体無いお言葉」

 

流石は劉協様と言ったところか、俺たちの考えを既にある程度読んでおられたのだろう。蜀が戦う理由だけを見ても

天子様から発せられる勅命で崩すことが出来る。恐らくは俺達が呉との同盟を結ぶとは思っておらず

蜀を勅命のみで崩し、呉を平らげると考えているだろう。真実を知ったら冷静沈着な劉弁様も驚かれるかもしれんな

 

「あまり意味は無いかも知れませんが、他の者達にも官職を与えましょう。他に何か希望は?」

 

「許されるのであれば、「右丞相」「左丞相」そして「三公」と「宦官」の廃止を望みます」

 

華琳の言葉に少し思案顔をする劉協様。そしてちらりと隣の劉弁様に視線を送る

だが劉弁様は目が合うと目を伏せ、顔をそらしてしまう。その仕草に劉協様は顔を少し悲しそうにすると

手を口元に当て眉根を寄せていた

 

どうやら必死に考えているようだ。何故そのようなことを言うのか、それは一体どういう効果をもたらすのか

劉弁様には答えが出ているのだろう。だが妹を育てるためにあえて顔をそらし、厳しい態度を取られている

まるで母親のような姉だ

 

「・・・う~」

 

「・・・」

 

考えすぎたのか雪のような白い肌が少し赤みをさし、プスプスと湯気を立て次第に泣きそうな顔になっていく。

それを見た劉弁様はフッと小さく息を吐き出し、それを皮切りに劉協様は「お姉さまっ」と声を上げた

 

「お心を静かに、天子様」

 

「天子様は一時辞めです。私には考えが及びませんお姉さま」

 

「フゥ、仕方のない妹だ。宦官は元より悪の温床、三公は売官が横行しやすくなる。丞相を二つに分けては

派閥が出来、内乱や謀反が起き易くなるということだ」

 

やっと合点がいったのか、また顔を輝く太陽のような笑顔に変えて手を一つ叩き頷いていた。目の端には少し涙が見え

もう少しで泣き出すところだったのだろう。劉弁様は劉協様の思考の限界ギリギリまで待ったようだ

 

「丞相と宦官までは解ったのですが、三公の売官行為までは考えが及びませんでした。すっきりしました」

 

「して妹よ、何時まで天子様を辞めるのだ?」

 

「はうっ。も、申し訳ありません。今からまた再開します」

 

顔を赤くする劉協様。桂花は緊張で耳に入らず、詠はひれ伏したまま呆れ笑い、華琳は柔らかく笑顔を作る

そんな中一人、男はこらえ切れんと大笑いしていた

 

「むぅ、貴方は相変わらず意地悪ですね。そんなに大笑いせずとも良いのに」

 

「これは失礼いたしました。しかし相変わらずとは?」

 

少し頬を膨らませる劉協様は俺のほうを見てそんなことを言う。だが俺は昔節句の時、舞を舞っただけで

お話したことなどお褒めのお言葉に対する返答二言三言。面識などほとんど無かったはずだが

 

「覚えていませんか?貴方は前も私を見て大笑いしていたのですよ」

 

そういって両手を突き出してニコニコと手をばたばたとさせる。その姿に男は思い出したとばかりに「あっ」と

声を漏らす

 

「節句のとき、物見台から落ちて顔を泥だらけにしていた!」

 

「そうです。貴方の舞があまりにも美しくて、手を伸ばして貴方を掴もうとしたらそのまま水溜りにドボン!

泥だらけの私を見て大笑いしながら助けてくれましたね」

 

「そんなことがあったの?」

 

確かめるように聞いて来る華琳に俺は頷く。そうだ、節句の時に建物の影で練習をしていた俺を物見台から見ていて

手を伸ばしバタバタと掴もうとしていた女の子が台から落ちたんだった。驚いて助けに走った時、顔を泥だらけに

して変な顔をしていたからつい笑ってしまったんだった。何処の娘か解らなかったし、直ぐに俺の出番だったから

から顔を拭って近くの侍女に預けたんだった。まさか劉協様だったとは

 

「あの後直ぐに貴方の舞でしたから、汚れた着物を着替えるわけにも行かず。お父様の隣で姿を隠しながら

話していたのですよ」

 

「そうだったのですか、無礼をお許しください」

 

頭を下げる俺に劉協様は笑っていた。その表情に釣られるように劉弁様も笑顔を見せ、隣を見れば僅かではあるが

和らいだ空気に桂花の振るえが止まっていた。良かった、緊張をほぐす為にわざと大笑いしたのだが劉協様のおかげで

俺が想像したよりもこの場の空気が柔らかくなった

 

「噂どおり胆の太い男だ、天子様の御前で大笑いした者などお前が始めてだ慧眼」

 

「フフッ先ほどの廃止の件、了承しました。直ぐに手配しましょう・・・それでなのですが曹操」

 

「はい、何でございましょう」

 

姉とは対照的な大きな輝く黒い瞳をキュウッとまるで引き絞る弓のような音が聞こえそうな程に

細め、姉よりもずっと鋭い瞳を作り出す。その口元は僅かに釣り上げられ、背筋に冷たいものが走るような笑みを作る

炎のように揺れる瞳の奥、詠と桂花が頭を下げているのを解っていてやっている。なんと言う役者だ

 

 

 

 

本題を顔を上げる華琳と俺にぶつける為、柔らかい空気を作って緊張の無い空気と頭を下げる二人に油断させ

桂花と詠と俺達二人をこの場で遮断した。顔を下げ続ける二人にはわからないだろう、今顔を上げるものと

下げる者の空気を完全に断ち切った事を

 

「慧眼を私の元に置きたいのですけれど如何でしょう?お願いできませんか」

 

口調は変わらず、。頭を下げる二人には冗談にしか聞こえないだろう。だが俺と華琳が感じるものは違う

本気で自分の下へ置こうとしていると感じる。華琳とまでは行かないが、強い目の光を持っている

 

「それは良い考えです。天子様にも教育役が必要だと思っていましたから」

 

「はい、お姉さまの仰るとおり私には天の知識と言うものが必要だと思うのですよ」

 

「天子様?また天子様を一時お辞めになるのですか?」

 

「あらあら、これは失敗してしまいましたね劉弁殿」

 

淡々と口調を変えず話す劉協様。その表情は酷く攻撃的な笑みで、軽く唇を舌で拭っていた

まさか劉弁様までが同意なされるとは、何を考えている?劉協様の目から感じるのは俺を手元に置きたいと言う

強い意志。そして劉弁様は俺の視線を上手くかわしている。こちらがじっくり相手を見れないことを逆手に取って

 

「何を仰るかと思えば、天の知識など取るに足らぬもの。説明して差し上げなさい昭」

 

華琳は平然と天子様の瞳を受け流し、ちらりと俺のほうを見る。どうやら俺のしたい様にして良いらしい

責任は全て私が取ると。どうやら久しぶりの交渉というわけか

 

「取るに足らぬ物・・・ですか?」

 

「そうですね。我が王、曹操様の申すとおりかと」

 

「そんなことは無いでしょう、水路や農作法など貴方が新しい知識を持ち込んだと聞いていますよ」

 

「確かに、ですがそれは皆全て放っておいても行き着くことばかり。後から考えれば何だそんなことかと思う

事ばかりにございます」

 

ため息交じりの俺の言葉に劉協様の瞳が少しだけ開く。そんなことは無いだろうと、確かに劉協様の考えるとおり

そんなことは無いと言える物もあるが、水路、農作と劉協様の知識に入っているのは簡単に行き着く知識だ

精神心理学の話、色彩心理学の話、もっとも大事で恐ろしい知識の書庫に収めた火薬、硝石の知識などは表に

決して出してはいない。水路などは元をたどれば羅馬の技術だしな

 

口から出た言葉はその二つ。目の揺らぎや表情からそれ以上に隠しては居ない

ならば俺は平然と堂々として話すだけだ

 

「天子様は雲をご存知か?」

 

「く・・・も?くもって天に浮かぶ雲のことですか?」

 

「ええ、そのとおりでございます。あれは何で出来ていると思います?」

 

「えっ?えーっと・・・埃、いえ埃では白くならないし。霧と同じかしら」

 

いきなり話を振られ、細められた瞳はまた僅かに開く。そして質問に素直に反応し考えてしまう、どうやら

完全な役者を演じるにはまだまだのようだ。思考の渦に入り込んだ時こそ此方の思うように相手の思考を操れる

 

「ええ、どちらも当たっております。空に浮かぶ雲は霧と同じ、そして埃を纏っております」

 

「へぇ、そうだったのですか」

 

「フフ、今天子様は大して興味を示されませんでしたね」

 

「ええ、霧などお湯を沸かした時に出る蒸気と一緒でしょう?天に浮かぶほどのものですから余程のものだと」

 

やはり、天に近いものだし時には雨を降らすほどのものだ。彼女の中で、いやこの大陸に生きるものにとって

雲とは生き物のようで、畏怖と恩恵を授ける対象だ。それの正体が霧や蒸気とわかってしまったらさぞ

詰まらないだろう

 

「仰るとおりです。それと同じく天の知識など知ってしまえば雲の如く、大したものではありません」

 

「・・・・・・あ!」

 

「ましてや私は真名に雲をもつ身。きっと御使えして直ぐに飽きられてしまうと思います」

 

気がついたようだ、天子様は御自分で天の知識をつまらないと、大した興味はないとその口に出してしまっている

事を。にこりと笑う俺を見て、天子様の瞳は始めの時のように大きく見開き、つまらなそうに口を尖らせてしまった

 

「フフッ、天子様の負けのようだ。すまなかったな曹操、そして慧眼」

 

「いえ、天子様に必要とされるなど身に余る光栄にございます。そうよね昭」

 

「はい、我が王の仰るとおりでございます」

 

「身に余るほどならば私の元にくれば良いのに」と口を尖らせたままそっぽを向く天子様に劉弁様は「駄目です」

とぴしゃりと言い腰の剣を外して階段を叩く。すると中からごそごそと音がして人の気配が無くなる

右前方の壁の裏側ではかすかな足音が聞こえ、そこからも人の気配が無くなった

 

魏の王と同格のものを自分の下へ置こうとするのだ、これ位は当然との事だろう。なんとも無茶をする天子様だ

しかし最も無茶なのはそれすら妹の教育に使おうとする劉弁様だ。やはりこの人は頭が切れる

 

「慧眼、これをやろう授業料だ」

 

そういって俺に投げ渡すのは腰に佩いていた装飾の無い剣。手元に投げられた剣を空中で受け取ると

あまりの重たさに握った手ごと地面に叩きつけられ、俺は動けなくなっていた

 

「な、何だこの剣!」

 

「その剣は玄鉄剣。独孤求敗という者から剣術を習った時に授かったものだ」

 

独孤求敗って武侠小説の人物だろう!?しかも剣術を習っただって!?まったくこの世界は意味が解らない

愚帝と呼ばれた劉弁様は頭が切れる人物で、しかもあの独孤九剣を使えるというのか!?

禁軍を率いて涼州の半分を治めていた意味がようやく解ったような気がする。もしかして呂布より強いんじゃないか?

 

「持てないのか、本当に力が無いのだな。劉備を退け韓遂を討ち取った話、信じられんよ」

 

「あははははは、自分でもそう思いますよ」

 

仕方が無いとばかりに剣を持ち上げ、男の座する隣に置く

 

「しかし宜しいので?これは名のある剣でございましょう?」

 

「良い、今の会話で良くわかった。天子様は曹操に保護してもらうのが一番だとな。何せ慧眼ほどの将を従え

意のままに操っている」

 

ははははは・・・実に良く見ているな。華琳から送られた目線で許可を受け俺が天子様との交渉を行っていたことを

見破っておられたか。自分で言うのは何だがそれで華琳が天の御使いである俺を悠々と器に納められる人物だと

劉弁様に理解していただけたということだ。華琳も俺を見て良くやったわと目で褒めてくれた

 

「では私の教育係は引き続きお姉さまですね」

 

「まったく、また天子様は一時辞めですか?」

 

「天子様、それならば推薦出来るものが一人だけおります」

 

先ほど機嫌を損ねてしまった天子様は、相変わらず拗ねた様に自分の姉を横目で見ながら頬を膨らませていたが

華琳の言葉に耳を立て「慧眼のことっ?」と目を輝かせる。今劉弁様に駄目だと言われたばかりだというのに

 

「いいえ。ですが昭よりも知識を持ち、私と同等の教養を持ち合わせている人物です」

 

「本当ですか!それは素晴らしい才です。貴女がそれほどまでに言うのですから」

 

「ふむ、して慧眼の評価は?」

 

「その者、王佐の才を持ち魏の基盤を作り上げ、王と同等の知を持ちつつも野心無く忠義の者、名を荀文若」

 

劉弁様が俺に評価を聞き。素直にその評価を述べれば評価の高さに劉協様と劉弁様のお二人はひどく驚かれる

「真か?」と聞き返すほどだ。華琳は頭を下げ続ける桂花の肩を軽く叩くと、ゆっくりと顔を上げる桂花

 

その顔は先ほどの震えていた顔などではなく、真っ直ぐに強い眼差しで天子様を見詰めていた

 

「ほう、良い眼をする。評価は嘘では無いようだ、僅かな時間で己の心を立て直したか」

 

「そのようですね、座する姿勢一つ取っても曹操と同じ教養を感じさせます。荀文若と言いましたね?」

 

「はい」

 

「貴女は尚書令となることをお願いします。私に授ける知識と同じものを公式文書として監修し、民に理解出来るよう

にして流通させてください、宜しいですか?」

 

「は、私の全ての知を天子様に捧げる事をお誓いいたします」

 

桂花は綺麗な姿勢で頭を深く下げ尚書令の命を承った。その姿は美しく、稀代の教養人であると思わせるものだった

その姿に心底嬉しそうに微笑む華琳。良かったな、自分の認めた友が認められたのだ。嬉しいに決まっている

 

「詠、慧眼を連れてきてくれて有難う。曹操、素晴らしい人材を紹介してくれて有難う」」

 

「はい、勿体無いお言葉」と華琳と詠は答える。特に詠は一つ目の約束は守れたと胸をなでおろしていた

そして劉協様はなぜか俺をにらみつけ、また頬を膨らませる

 

「慧眼、貴方はずるいです。無礼です。私の元に居たくないのでしょう?」

 

「はい、申し訳ありませんが私の居場所は魏王の手元、妻の傍らです」

 

「そうやって笑顔ではっきり答えるのですから、憎たらしい人です。気分を害しました。ですから貴方の舞で私を

楽しませなさい」

 

楽しそうな笑顔を向ける劉協様に俺は力強く「はい」と返事をする。華琳を丞相に任命してくれたどころか

桂花までも認め、評価してくださったのだ。こんなに嬉しいことはない、俺達の全力を持って天子様を

お二人を楽しませて差し上げましょう

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
65
19

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択