荊州・襄陽。
その日、一刀と劉備の二人は、今後の荊・益両州の運営方針を、荊州残留組と話し合うため、久々にこの地へ戻ってきていた。
だが、到着した二人に聞かされた、留守役の劉封の台詞は、まさに青天の霹靂だった。
「なんだって?華琳たちがここに?!」
「ああ。……庇護を求めて、今この地に居る」
「ど、どういうこと?」
劉封の口から語られたのは、まったく予想だにしていなかったこと。魏王・曹操が、家臣全員とともに、中原を追われ、ここ、荊州に逃れてきていたのであった。
「華琳は、みんなは無事なのかい?」
「はい。曹操さん以外の方は、少なからず手傷を負っておいでですが、命に別状はありませんでしゅ。はわわ」
諸葛亮がかみかみながらも、一刀にそう答える。
「……そっか。それは良かった。……で、華琳は?」
「皆さんの看病に付き添っておられます。お呼びしますか?」
「いや。俺のほうから出向くよ。城下の病院でいいのかな?」
「はい」
その、襄陽の街中にある件の病院では。
「華琳さま、われらごときのために、付きっ切りで看病などしていただけるとは、この夏候元譲、もう、お礼の言葉もありません!」
「何を言っているの、春蘭。みんな私のかわいい将よ?それに、私を守ってした怪我ですもの。こんなことは当たり前でしょう?」
寝台に横たわったまま涙ぐむ夏候惇に、そう言って優しく微笑む曹操。
「華琳さま、なんてお優しいお方……。ちょっと春蘭!いつまでも華琳さまを独占してんじゃないわよ!」
「桂花、落ち着け。あまり興奮すると、怪我にさわるぞ」
いすに座って夏候惇に叫ぶ荀彧を、夏候淵がそう言って諭す。
「大丈夫よ、桂花。心配しなくても、貴女もちゃんと看病してあげるから、もう少しだけ待ちなさいな」
「は、はい!華琳さま!!」
曹操に微笑まれ、恍惚の表情を浮かべる荀彧。
室内には、全身包帯だらけで寝台に横たわる武将組と、その武将組よりは軽症な軍師組が、曹操を中心にしてそれぞれ椅子に座っていた。
そこに。
「お邪魔するよ、華琳」
病室の扉を開け、一刀と劉備が中に入ってきた。
「……一刀、桃香」
「り、劉翔か」
「あ~、一刀さんなの~」
「久しぶりやな~、大将」
「お久しぶりです、一刀どの」
「お元気そうで何よりなのですよ、お兄さん~」
「……お久しぶりです、一刀、さま」
少しさめたような視線を向ける曹操。そして、その後に続くように、一刀にそれぞれ反応を示す、夏候惇、于禁、李典、郭嘉、程昱、楽進たち。
「ちょっと、沙和!凪!あなたたち、なんでこの男を真名で呼んでるわけ!?」
「……それもそうね。風と稟はもともと面識があったみたいだし、別に不思議ではないけど。……一刀、聞かせてもらえるかしら?」
じろ、と。笑っていない目のまま、笑顔で一刀に問いかける曹操。
「いやほら、春ら、夏候惇さんたちを以前、俺たちが捕縛したことがあったろ?そのときに、さ」
「……そう。春蘭たちも真名を預けているのね?……その理由は、聞かせてもらえるのかしら?」
「か、華琳さま、それは」
「春蘭、その説明は私がしよう。姉上、実は……」
動揺する夏候惇を制し、曹仁がその時の事を、姉である曹操に語る。
「……つまり、こういう事態になるかもしれないのを、一刀は見越していた、と」
「正直、そうならないことを祈っての、つもりだったんだけどね」
一刀が曹操、ひいては漢に従おうとしない事への理由を教わった事、司馬仲達らに対する警戒を、頼まれたこと。そして、曹操自身の身を、かならず守ってほしいと、真名を以って迄頼まれたことを、曹操は妹の曹仁から聞かされた。
「……我々と同等に、姉上を想ってくれている。あの時の一刀殿の眼差しは、我々にそう確信を持たせてくれました」
「せやな。大将の想いはほんまもんやったで」
「そうなの。沙和も真桜ちゃんに賛成なの」
「私もです、華琳さま。その想いは、私たちと寸分変わらないと、そう思いました」
曹昂、于禁、李典、楽進の四人が、曹操に対して切々と訴える。
「……わかったわよ。真名の件については、貴方達が預けて良いと判断したのね?なら、それでいいわよ」
少々顔を赤らめながら、不承不承といった感じで、納得をしたという曹操。
「孟ちゃん、顔が紅いで?もしかして照れとんのか?」
「うるさいわよ、霞。けが人は黙って寝ていなさい」
「へいへい。おーこわ」
ぎろりと。自身をからかった張遼を、さらに紅くなった顔でにらむ。
「……それで、華琳。そろそろ、何があったか聞かせてくれるかい?」
「魏の武将さんたち全員が、ここまで手傷を受けるなんて、いったい何が起こったの?」
曹操に揃って問いかける、一刀と劉備。それに対する曹操の答えは、衝撃、の一言だった。
「…………漢が、……滅んだ、わ」
『…………え?』
うつむき、歯がみする曹操の両拳は、ギリリ、と音を立てるかのごとく、強く握られていた。
すべては半月前のこと。
魏王都、許にて。
「それは本当なの、桂花!?」
「……はい。残念ながら、委細、間違いありません」
「そん、な……」
その報告に驚愕し、玉座からおもむろに立ち上がって再度問うた曹操は、改めて荀彧から返ってきた返事に、愕然とした。
「……陛下が、劉協さまが、仲達に禅譲、した……」
禅譲。
それは、今代の王朝から、次代の王朝に行われる、国譲りの儀式のこと。
漢の今上帝劉協が、丞相である司馬懿仲達に、帝位を譲ったと。
荀彧は鄴からもたらされたその報告を、主君である曹操に、涙をその瞳にためながら報告をした。そしてさらに、追い討ちをかける報告をも、彼女はしなければならなった。
「それからもう一つ。早急に対応しなければならないことがございます。その司馬仲達の軍勢が、すでに黄河を渡り、青州と兗州、そして洛陽を攻略中との事です」
「ちょっと待て桂花。いくらなんでもそれは無理があるだろう?河北の戦力はせいぜい、二十万がいいところだ。そんな戦力で多方面への同時侵攻など」
荀彧のその報告に疑問を持った夏候淵が、河北の戦力からしてありえないと、口を挟む。
「確かに。けど、青・兗二州に総勢十万、洛陽に二万が、それぞれ襲い掛かっているのは事実よ」
「……ちょっと待って、桂花。それじゃおかしいわよ」
「そうですね~。数が合いませんね~」
荀彧が語った河北軍の戦力数に、首をかしげて疑問を呈する曹操と程昱。
「んー?青・兗の二州に十万だろ?で、洛陽に二万。河北の兵は全部で二十万だから、残りは……。あれ?え~と」
「……後八万だ、姉者」
「その程度の計算ぐらいできなさいよ、この脳筋」
「うう」
なぜか恍惚としている表情の妹と、しらけた表情の荀彧に突っ込まれ、がくりと肩を落とす夏候惇であった。
「……それはともかく、いかが対処されますか、華琳さま」
「いかがも何もないわ。私は、漢の臣たる魏王よ。ならばすべきことは一つ」
郭嘉に問いに一瞬笑みを浮かべ、そしてすぐにまた、いつもの凛々しい顔になる。
「……やるんか、孟ちゃん?」
「ええ。仲達ごときの好きになど、決してさせるものですか。全軍に通達せよ!これよりわれらは、漢より帝位を簒奪した愚か者を誅滅する!直ちに出陣の支度を整えよ!」
『御意!!』
場面は再び、襄陽の病院。
「私たちはそうして、二十万の兵で許を発ったわ。そして、兗州に入る直前で、三万の虎豹騎に遭遇した」
「三万?八万じゃなくてか?」
「ええ、三万よ。……正直、そのときに気付くべきだったわ。残りがどこに向かったか」
「……戦の結果については、われらがここにいる以上、聞くまでもなかろう?」
「……十倍近い戦力でも勝てない、か。相変わらずとんでもないな」
「虎豹騎の兵士自体は、そんなにてこずる様なものではない。だが」
「あの五神将って連中、化け物だよ!ボクも流流も、春蘭さまも秋蘭さまも霞さまも!みんなみんな、まるで子ども扱いなんだから!」
許緒が泣きながら、そう叫ぶ。
「季衣のいうとおりよ。春蘭たちがあっさりと負けて、兵たちの士気はがた落ち。あっという間に、黒い波に飲み込まれてしまったわ」
少し自嘲気味に、苦笑する曹操。
「それでも、何とか孟ちゃんを守って、うちらは許に戻ったんや。せやけど……」
「……別働隊に、制圧されていた、か」
「……そういうこと、よ」
静まり返る一同。
精鋭で知られた魏の軍勢が、正面から十分の一程度の数の相手に対し、一当たりしただけで、壊滅に追いやられた。その事実は、改めて虎豹騎、いや、項羽を筆頭とする五神将の恐怖を、一刀たちに再認識させるに十分だった。
「けど、不思議なのはその後よ。……連中、私たちを追っては来なかった」
「え?」
「そうなんよ。連中、許から南下して逃げようとするうちらを、追撃せえへんかったんや」
「……つまり、わざと見逃した、と?」
「何でそんなことする必要が?」
「それが判れば苦労はないわ。ま、そのおかげでこうして、全員生きて荊州に入れたんだけど」
魏軍をわざと見逃す。
仲達の思惑がどこにあるのかは、現状では何も判らない。ならば、まずは目の前の現実に、しっかりと対処する。それが、現状での最優先事項だが、一刀は後一つだけ、曹操に聞かねばならないことがあった。
「……なあ、華琳。陛下……劉協さまは」
「……私に判るわけないでしょう?確かめる術なんて、あったと思う?」
「う。……そう、だよな。ごめん、軽率すぎた」
「わ、わかればいいのよ。わかれば」
仲達に禅譲をした後、劉協がどうなったのか。一刀はそれが気になって曹操に問うたが、残念ながら、曹操にもそれを確かめる手段は無かった。
「陛下が無事だったら、あの人たちの目的も、少しはわかるかも、なんだけど」
「やつらの目的、ね。普通に考えれば、大陸の統一、なんでしょうけど」
「……それだけじゃ腑に落ちないところも、多くありすぎだし、な」
室内を再び、沈黙が支配する。
その時だった。
「うふふふふ。……その答え、私が教えてあげましょっか?」
突然響いた”野太い”声。
「だ、誰?!」
「何者だ!姿を見せろ!!」
「どぅふふふふ。……ほんとーに、みせちゃっていいのねぇん?いっちゃうわよぉん?」
”声”がそこまで言ったときだった。
ビカアッ!!
室内が激しい閃光に包まれる。
「くっ!」
「ま、まぶしい!!」
思わず目を閉じる一同。そして、光が収まり、目を開いたとき、そこに、”ソイツ”が、いた。
「はあ~~~~い!!全外史の一億人の漢女ファンのみなっさ~ん!お・ま・た・せ♪永遠の漢女、貴女の貂蝉ちゃんぃよお~~~~ん!!」
『オエ~~~~』
……パンツ一丁の、自称・永遠の漢女こと、変態筋肉だるまが。
~続く~
<あとがき>
さって!刀香譚はついに、これより最終章の開幕です!!
「・・・・・・作者さ、あんたの頭の中、一度解剖させてほしいんだけど」
なんでやねん!!
「どーゆー展開やっちゅうこっちゃ!」
「そーですよ!むちゃくちゃもほどが」
そ~お?これぐらいで驚かれてたら、この先ついて来れなくなるよ?
「・・・もっとトンでも展開になる、と?」
むふふ。読者には絶対読めないだろうね、ここから先の話。
「・・・これでよむやついたら、うち、尊敬するわ」
てなわけで、いきなり急転直下、三百六十度ぐらいぐるりとひねりました今回のお話、いかがだったでしょうか。
「また、たくさんのコメント、お待ちしておりますね」
「支援もできれば、したってな~」
あと、刀香譚とは関係ありませんが、TINAMI学園祭にも参加しましたので、そちらにも目を通してやっていただけると、私としては嬉しいです。
「わたしたちがメ・イ.ン、の、お話ですよー!!」
「ほかにも、蒔さんとか拓海くんとか出てるから、いっぺん見たってな~」
ではまた次回、四十九話にておあいしましょう~。
『再見~!!」
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さて、いよいよ本編の再開。
第四十八話です。
急転直下の怒涛の展開!
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