No.179398

魔術と覚醒の学園物語

緋炎さん

魔術師になる事を夢見る少年・坂上龍也。
彼は魔術学校への入学を果たす。入学式の直後、二年前から起きているある事件の調査チームに参加する事になってしまう……。

2010-10-20 19:40:01 投稿 / 全20ページ    総閲覧数:300   閲覧ユーザー数:284

 
 

     プロローグ          

 

 

 

 季節は春。

 桜の舞う街には、期待を胸に新生活へと向かう学生達で溢れている。

 この俺、坂上龍也もその一人だ。……いや、世間一般ではこれからフリーター生活を始めるって事になってるんだったけ。

 これから俺が向かうのは普通の学校ではない。人々が忘れた神秘の業、魔術を学ぶための魔術学校(一年制)なのだ。……なんて話、一体誰が信じてくれるだろうか。中学時代の友人に話したりしたら、笑いものにされるに違いない。

 非日常を生きる魔術師達には、その正体を明かしてはならないという決まりがある。この決まりは、大昔に起きた魔術師同士の戦争が原因で作られたらしいが、詳しいことは俺も知らない。ともかく、日常を生きる一般の人々は魔術を知らないのが当然なのだ。

 ちなみに、今現在の自分の立ち位置は微妙なところである。

 実を言うと、両親の意向で魔術を扱った事は一度も無い。そんな奴を魔術師とは呼べないだろう。だが、魔術を知っている以上、一般人と呼べるかどうかも微妙という訳だ。

「ま、今日から俺も魔術師になれるんだよな」

 そう言葉にすると、自然と足が速くなる。

 これから向かうのは死と隣り合わせの非日常。そんな世界に足を踏み入れるんだから怖さも感じている。だっていうのに足が前に進むのは、恐怖よりも期待の方が大きいからだろう。

 魔術の家系に生まれた俺にとって、魔術師になるのは子供の頃からの夢だった。

 その夢がもうすぐ叶う。

「よし」

 アスファルトの地面を蹴る。

 夢を叶える場所へ向かって、俺は走り出した。

 

 

1 魔術の学園

 

 

 

 街外れの草原。辺り一面に緑が広がっており、それ以外は何もない。周囲を見渡しても、目に映る人は指で数える程度だ。

「……道を間違えたのか?」

 胸のポケットから一枚の紙を取り出した。魔術学校から入学生宛てに送られてきた地図である。これの内容は昨夜に暗記したからと、油断していたかもしれない。

 おそるおそる地図を広げ、魔術学校の位置と自身の現在地を見比べる。

「やっぱり間違ってないよな」

 地図は確かにこの草原の付近を指している。しかし、どこを見ても学校らしき建物なんて見当たらない。

「あなた、もしかして魔術学校に行くの?」

「え?」

 突然、背後から声を掛けられる。

 振り向くと、凛々しい顔立ちをした少女が腕組しながら此方を見つめている。よく見ると少女の手には一枚の紙が握られており、それは俺の持っている地図と同様の物だった。

「その地図、あんたも魔術学校へ?」

 俺が問うと、少女は美しいロングの黒髪を揺らしながらズンズンと近寄ってくる。

「ええ、その通りよ。私は白川初音、よろしくね」

 少女の、白川初音の右手が差し出される。

「俺は坂上龍也だ。よろしく」

 此方も自己紹介を済ませ、白川と握手を交わした。彼女の手は細く柔らかく、とても綺麗だった。そう考えているうちに手が離れてしまうのが、とても残念に感じた。

「ところで何を迷ってたのかしら?」

 握手を終えると同時に白川は訊いてきた。

 ……どうやら迷ってるのがバレバレだったようだ。

「いや、魔術学校が見当たらないからさ」

 白川は一瞬、驚いたように目を丸くしたように見えた。と思うと今度は、何かに気付いたようにコクコクと頷いている。

「なるほどね。坂上君は素人さんなのか」

 面と向かって素人と言われると何気に傷付くものだ。しかし、事実であるため言い返すことは出来ない。

 

「案内してあげるから着いてきて」

「……まさか、白川には学校が見えるのか」

 自然と口から言葉が出てしまう。案内してくれるというのだから、彼女には見えていると推測できる。だが、自分に見えないものを見えているというのは、どうしても信用できない。 「ええ、見えてるわよ。信用しなさい」

 一人で探しても見つけられそうにないし、ここは白川を信じるしかないようだ。

「わかった。白川についてくよ」

 よし、と白川は頷いて草原を歩き出した。その隣に並んで俺も脚を動かす。

 歩きながら隣の少女に目を移す。

 白川ってけっこう……いや、かなりの美人だよな。俺はそんな女の子と肩を並べて歩いているんのか。……そう思うと素人でよかったかもしれないな。

 ドクンドクン、動悸が激しくなる。変なことを考えたせいで妙に意識してしまうのだ。

「なに見てるのよ。ついたわよ」

「い、いや、別にいやらし……、ついたって?」

 白川から目を離し前を見る。しかし、そこには何もなかった。

「ほら、行くわよ」

 そう言って俺の手を引いていく。

「いや、そっちには何もっ!」

 無かった。 

 本当に何も無い。

 そこだけポッカリと穴が開いたように存在しない場所。

 こんな状況でなければ、そこに空間があることに気付きもせずに、通り過ぎていたに違いない。現に白川に手を引かれるまで、俺はその場所を認識出来なかった。

「大丈夫なのかっ!」

「大丈夫よ」

 真っ黒で何も無い場所へ飛び込んで行く。今までに味わったことの無い恐怖を全身が感じている。その恐怖からか、俺は咄嗟に目を閉じてしまった。

 

 

「いつまで目を閉じてるつもり?」

 俺に目を閉じさせた張本人の声が耳に入ってくる。目を開けないと何がどうなったか分からないが、開けたときに何が見えるのかも分からない。

 躊躇いながらも、ゆっくりと目蓋を開ける。

「……っ!」

 

 そこには、先程の草原からは想像できない景色が広がっていた。

 周囲は多くの木で囲まれていて、まるで森のようだ。そして、前方を見には木々の隙間から大きな建造物が見える。

「あそこが……、学校か?」

 堂々とした姿勢で建物を見つめている少女に問う。

「そうよ。ほら、行きましょ」

 こっちは何がなんだか分からないというのに、白川は歩き始めてしまう。

「いや、何が起こったのか説明してくれないか」

 はあ、と心底面倒くさそうに溜息をつきながら立ち止まる白川初音さん。

 確かに説明なんて面倒かもしれないが、そこは寛大な優しさで教えてほしいものだ……。

「しょうがないわね。簡単に説明するけど、魔術の結界でこの場所は見えなくなっていたって訳よ。だから普通に生活してる人は此処を認識出来ないの」

 馬鹿だな、俺。肝心なことを忘れていた。魔術を一般人に知られちゃいけないのに、堂々と学校を見えるようにしている訳がないじゃないか。

 もし、こいつが声をかけてくれなかったら此処に来れなかったんだな。

「ありがとうな。お前が居てくれてなきゃ一生迷ってたかもしれなかった」

 ちゃんと礼を言わなくてはな。

「お礼なんていいわよ。たまたまなんだから」

 白川はぶっきらぼうにそう言った。

 たまたまだろうと俺は感謝してるんだから、礼くらい素直に受け止めてくれればいいのに。「で、もう説明はいいの?」

「いや、もう少し頼む」

 いつも白川が居るわけじゃないんだ。だから、訊いておかなくてはいけない。

「どうやったら、結界ってのを認識できるんだ?」

「目に魔力を込めただけよ。ああ、魔力の扱い方は授業で覚えなさい」

 魔力の扱い方も聞きたかったんだが、先に断られたんじゃ聞けないよな。……ま、白川の言うように授業で覚えればいいだけか。

「わかった。説明はこのへんで大丈夫だ」

「そう。なら、さっさと行きましょ」

 学校を見つめながら、白川は再び歩き出す。慌てて俺はその後に続いた。

 

「普通だな……」

 真っ白な壁をした校舎は、形も大きさも至って普通で、何処にでもあるような学校だ。

「見入ってないで、入学式に行くわよ」

 軽い足取りで、白川はどんどん先へ進んでいく。

「あ、ああ」

 たしかに見入っていたさ、あまりの普通さに……。

 自然と止まってしまった足を、なんとか動かす。目指しているのは、校舎の隣にある講堂。 円形の屋根をした講堂は、校舎と同じで、これまた普通の大きさだ。

 ガラガラ、と講堂の戸を開ける白川。中へ入ると、すでにほとんどの入学生がパイプ椅子に座っていた。ざっと見たところ二十人前後だろうか。……というか、俺と白川が一番最後のようだった。

「あなたが説明しろとか言うからビリになっちゃったじゃない!」

 怒りながら白川はパイプ椅子に座った。

「……すいませんね」

 此処に来た瞬間から周りに人は見当たらなかったので、どちらにしろビリだった気がするんだが……余計なことを言って、更に怒らせると面倒なので謝っておく。

「おら、静かにしろ」

 そう怒鳴り声を上げながら、悪人面の男性が俺たち入学生の前へ立つ。おそらく、この学校の教師だろう。

「あー、こほん。全員集まったので、ちっと早いが入学式を始める。んじゃ、後は頼むぜ」

 悪人面の男性教師は、講堂の隅に立っている金髪の美人女性にヒラヒラと手を振りながら講堂から出て行ってしまった。

 すると、女性は漆黒のローブを翻し、深く溜め息をつきながら前へと出てきた。

「皆さん、入学おめでとう。校長のクリスと申します」

 見た目も名前も完璧に外国人だが、日本語はペラペラのようだ。

「まあ、長い話もなんですから、とりあえず重要な校則だけ話しますね。では、まず一つ目」 人差し指を立てて、一つ目と強調する。

「この学園を卒業するまでは、学園外への外出は禁止です。また、退学するときは此処での記憶を消さしていただきます」

 言い終えると、更に中指も立てる。

「では、二つ目。生徒同士が魔術を競い合うのは構いませんが、殺し合いは禁止です」

 いま凄く物騒なことを聞いた気がする。……でも、魔術師が殺し合うのはよくあるらしいから、ちゃんと注意しておかないと本当に殺し合いが起こるのかもしれないんだよな。

「重要なのはこれくらいですかね……」

 

 校長は、ローブの内側から白い紙を取り出し確認をしている。

「……はい、これだけですね。では、入学式は終わりです」

 これで終わりって、これは入学式と言えるのだろうか。とても疑問に思うが、初っ端から校長に文句を言うのも気が引ける。

 はぁ、無駄に長い話を聞かされるよりは、幾分かマシだろう。

 と、自分に言い聞かせておく。

「では、校舎へ向かいましょう。はい、みんな立って」

 校長に言われて、生徒たちが一斉に立ち上がる。もちろん俺と白川もだ。

  

 生徒がちゃんと着いてきてるかを確認し、校長は校舎の正面玄関を開る。下穿きのままで良いらしので、下駄箱は見当たらないが、やはり普通の玄関だ。

魔術学校って言うから、どんな場所かと密かに期待していたんだけどな……。

「はいはい、騒がないで」

 校長が静かな声でそう言うと、場は一瞬で静寂になる。

 それも当然だろう。なにせ俺たちの眼前には、ダ・マ・レと光の文字が描かれているのだから。さらに加えると校長は満面の笑みだ。

 脅しと笑顔の組み合わせほど、恐ろしいものはない。……というか、校長ともあろう方が生徒を脅すのは教育者として問題ではないのだろうか。

「うん、みんな良い子ね。じゃ、中に入って」

 青白い光で描かれた文字が、ゆっくりと消えていく。

 生徒達は、怯えたように脚をガクガク震わせながら校舎の中へと進む。

「今のは、良い脅しかたね。見習いたいわ」

 俺の隣で腕組をしている白川が、小声で校長を称賛する。

 校長も白川も、綺麗な顔して随分と物騒な考えしているみたいです。

「なに、ボケッとつっ立ってるの。行くわよ」

 細く小さめの手が、俺の背中を軽く叩いた。

 ああ、と心の中で返事をして、みんなの後を追う。本当は、ちゃんと声を出して返事をするべきなのだろう。しかし、校長に目を付けられると怖いので喋れないのだ。

 ……つか、白川はよくこの状況で声を出せるな。

「はい、みんな止まって」

 その声と、ほぼ同時に足音が聞こえなくなった。まるで全員の心が一致しているみたいに思ってしまう。

 まぁ、恐怖を感じているという点ではみんな一致してるのかもしれないが……いや、隣に居る奴は何も感じてそうにないけど。 

 「じゃ、校舎内の施設について説明するから、ちゃんと聞いてくださいね」

 優しく言いながら校長が振り向く。相変わらず笑顔である。

「右奥から、校長室、各教師の私室、職員室、正面玄関をはさんで食堂、購買部、男子風呂、女子風呂って感じです」

 右手と左手を交互に動かしながら、各部屋を紹介していく。

 見た感じだと食堂と浴場は、他の施設より大きいようだ。

「さて、疲れたんで後は自由行動で校内を見てください。十時になったら制服届けるから、寮で待機してるように」

 まだ一階の施設しか説明してないのに職務放棄し、校長室へ向かってしまう。入学式のときの男性教師もだったが、ここの教師は随分と適当だ。

 だが、これはこれで助かった。恐ろしい校長の後姿を見送りながら、みんなは安心したように肩を落としている。

「なあ、寮って何処にあるんだ?」

「私が知るわけないでしょ」

 そりゃ、白川だってこの学校に来るのは初めてだろうし、知らなくて当然だよな。

 校長に聞きに行くのはちょっと怖いし、他の教師は何処に居るのか分からない。どうやら、自分で探すしかないみたいだな。

「せっかくだし、一緒に探す?」 

 ん?、と白川が首を傾げながら提案する。

 それを聞いて、俺は少し舞い上がってしまった。初めて女の子から誘われたとなれば、一人の男として当然だろう。

 ま……、本人は男を誘った気なんてないんだろうけどな。きっと。

「ああ、せっかくだしな」

「決まりね」

 校舎内の中央に位置する螺旋階段。俺達は、それを上って二階へと向かった。

 螺旋階段っていうのは、なかなか珍しいな。魔術とは関係なさそうだが……。

 

 

 一通り校舎内を見て回った。ちなみに、寮は二階の渡り廊下から繋がっているみたいだ。教室も二階にあったのを確認済み。そして、

「気になる……」

 俺と白川は、三階の左奥、立ち入り禁止という看板の目の前にいる。彼女は、この先にある部屋が気になっているようだ。

「もう戻ろうぜ」

 

 かれこれ十分ほど、白川は看板と睨み合っているのだ。

「あなたは気にならないの?」

 気になるか気にならないか、と問われればもちろん気になる。

 だが、

「……先生に見つかったらまずいだろ」

 さきほどの校長の笑顔が浮かぶ。その恐怖が、俺の好奇心を消し去っていくのだ。

 それに、入学初日から教師に目をつけられたくない。

「ばれなきゃ良いだけでしょ」

 言いながら、立ち入り禁止の看板を蹴り飛ばす。ガタン、と看板が倒れるのを見届けていると、白川が俺の腕を握った。

「待て待て、俺を巻きこ――」

「何やってんだ、お前ら」

 背後から男性の声が聞こえる。それは、どこかで聞いたことがある気がする。

「…………」

 嫌な予感がする。

 おそるおそる振り返る。そこに居たのは、入学式の時に見た悪人面の教師だった。

「あー、なるほど。だいたい理解できた」

 倒れた看板に目を移しながら、教師が近づいてくる。

「お前ら、名前は?」

 なんて、最悪の展開だ……。

「坂上龍也です」

 反抗などせず、素直に自分の名を名乗った。 

「……白川初音、です」

 一方の白川は、ぶっきらぼうに呟く。

 自業自得のくせに、とても不機嫌そうだ。

「よし、分かった。んじゃ、もう寮に行け」

 シッシッ、と追い払うように教師は手首を振る。

「……はい」

「…………」

 言われるがまま、俺は寮へと足を向けた。白川もさすがに諦めたようで、ゆっくりと脚を動かし始めた。

 

 

 無言のまま歩き続け、ついに寮へと入る。 

 

 真っ白の壁だった校舎とは対照的に、寮の壁は木目でコこげ茶色をしている。そして床に敷いてあるじゅうたんは綺麗な赤だ。

「あら、入学生?」

 寮に足を踏み入れると同時に、そう声を掛けられる。見ると美人女性が、学生用の机に頬杖をついて、こちらを眺めていた。ちなみに、スタイルも抜群である。

 女性の問いに、俺と白川は小さく頷いた。

「あたしは、寮の管理人のセレーナ。とりあえず、ここから右側の部屋は全部男子寮、左は全部女子寮ってなってるわ」

 と、女性は自己紹介をし、机の上にあるノートを開いた。

「あと、寮は二人一組で使うように。で、部屋だけど……」

 ペラペラ、とノートのページをめくる。

「女の子はあっちの一番奥ね」

 左側の奥を指で指しながら言う。はい、と白川は頷いて、指定された部屋へと向かう。

「じゃ、また後でね」

 白川は一瞬だけ振り返り、俺に向かって軽く手を振った。

「ちっ」

 なんだ……いま舌打ちが聞こえたような。 

「……で、君だけど、手前から三番目が残ってるから、そこ使ってね」

「え、あ、分かりました」

 とりあえず、気にしないことにして、部屋へ向かおう。

 そう思って歩き出すと、背後から、

「若いっていいなあ~」

 セレーナさんの、わざとらしい声が聞こえてくる。なにか、勘違いをしている気もするが、面倒なので無視して部屋に入った。

「ふう」

 ドアを閉めると、セレーナさんの声は聞こえなくなった。が、かわりに

「お! あんたもこの部屋なのか?」

 気楽そうな男が声を掛けてきた。一言で言えばイケメン、付け加えると軽薄そうな感じの美少年だ。おそらく、俺と共同でこの部屋を使う生徒だろう。

「ああ、そうだ」

「俺は神谷光輝だ。よろしくな」

 ベットに腰掛けたまま、彼は自己紹介をする。

「坂上龍也。こっちこそ、よろしく」

 俺も挨拶を済ませ、空いてるもう一台のベットに腰を下ろした。

 ベットしかない部屋でやることもないので、神谷と世間話や、馬鹿話をして盛り上がっていると、コンコン、と誰かが部屋の扉を叩いた。

 すでに十時を過ぎている。という事は、おそらく制服を届けに来たのだろう。

「はーい」

 神谷が返事をし、俺がドアを開ける。こういうのを、連携プレーと言うのかもしれない。

「ほれ、制服だ」

 扉が開くなり、二人分の制服を手渡される。相手は、あまり顔をあわせたくない人物……あの悪人面教師であった。

「あ、ありがとうございます」

 よりによって、どうしてこの教師が届けにくるのだろうか。いくらなんでも、今日の俺は運が悪すぎでは無いだろうか。

「今日は授業無しだから、ゆっくり休め……と言いたいが」

 とてつもなくも嫌な予感がする……のは気のせいであろうか。いや、気のせいであってほしい、と願うしかない。

「お前らは無理だな。着替え終わったら、校長室に来い。いいな」

 バタン、と扉が閉まり、教師は他の部屋へと向かってしまう。

 なんてことだ。まさか、初日から校長室で説教だなんて……というか、お前らって言ってたよな。神谷も何かしでかしたのか?

「おまえ、なんかやったのか?」

 背後の神谷に、制服を渡しながら問う。

「は? 入学初日になんかしでかす奴がいると思うか?」

 神谷は、呆れた顔をしながら、首をかしげた。

 いや、います。そして俺はそいつのせいで、教師に目をつけられてしまったんだが……。

「はぁ、まあいいや。とりあえず着替えようぜ」

 服を脱ぎ捨て、青を基調にしたブレザーへと着替えを始める。

 呼び出されたからには、行くしかない。そう思い、俺は覚悟を決めたのだった。

 

 

 校長室は眼前、心音がどんどん早くなる。

「どうしたんだよ?」

 神谷の手が肩に置かれる。なかなか校長室に入らないので、不思議に思ったのだろう。

 ……覚悟は決めたはずだ。そう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせてみる。

「よし」

 そう一言だけ呟き、右手を前に出す。そして、ドアを二回叩いた。 

 

 そして、数秒の間をおいて、

「どうぞ。入ってきなさい」

 中からの校長の返事が聞こえてきた。

 それを合図に、ドアノブを回し、ゆっくりと扉を引いた。

「失礼します……」

 そう言う声は、自分で分かるくらい小いさくなってしまっている。

 中には、大きな椅子に腰を掛け、これまた大きな机に肘を乗せ手を組んでいるクリス校長。 その隣には、あの悪人面の教師。そして、

「遅いわ! 女の子を待たせるんじゃない」

 自分が呼び出したわけではないのに、そんな怒声を浴びせてくる白川初音の姿があった。

「……全員揃ったみたいなので、本題に入りますよ」

 真剣な顔をした校長が、低く静かな声で告げる。満面の笑顔も恐ろしいが、真剣な表情もかなり怖い。とにかく校長は恐怖の化身だ。

 ゴクリ、と俺は息を呑む。

「では、獄道先生、説明をお願いします」

「たくっ、結局は俺が説明役かよ」

 呆れたように頭を抱える悪人面教師。どうやら、獄道という名前のようだ。

 まさに名前と顔がピッタリ……でもないかな。どいらかといえば、極道よりも不良、チンピラの方があっているだろう。

「それで、お前らは何で呼ばれたのか分かってんのか?」

 獄道先生の問いに、

 さぁ、と首を傾げる神谷。

 そして白川は、

 知るわけ無いでしょ、とでも言うようにそっぽを向いてしまっている。

 これは……どうやら、俺が答えてみるしかないようだ。

「……立ち入り禁止の場所に入ろうとしたから、その説教で呼び出した。ですよね」

 今までのことを何度振り返っても、呼び出される要因はこれしかない。

「半分正解だな。別に説教するためじゃねぇ」

 獄道先生は、怖い顔を軽く微笑ませながら指摘する。

 いまいち状況が理解できない。説教ではなかったという事実を教師の口から聞けたため、とても安心出来るのだが、では何の為に自分たちは呼び出されたのか。

「第一、それなら神谷を呼ぶ必要は無いしな」

「? じゃあ、何のために」

「お前らは、ある事件の調査チームに選ばれたんだよ」

  

  もう何がなんだか分からない。調査チームとか訳が分からないし、事件って言う響きからは面倒ごとの予感しかしない。

「白川は魔術連盟で育った天才。二人も魔術の名門に生まれたガキだから、その素質を買ったって訳だ」

 まるでおだてるかのように、獄道先生は言う。

 白川って天才だったのか……神谷も名門で凄い奴みたいだし、俺も……。

「あなた、名門の家系だったの!」

「俺の家が名門っ!」

 俺と白川は、ほぼ同時に驚きの声を上げた。

「何を驚いてるんですか?」

 今まで黙って状況を見ていた校長が、訳わからなそうな表情で首を傾げる。

 訳が分からないのはこちらだ。だって、俺の家が名門だなんて両親は言ってなかったし、そんなの初耳だし……。

「だって、坂上君は何の魔術も使えないド素人なんですよ!」

 白川は、校長に向かって必死に説明を始める。間違ったことは言ってないのだが、これはかなり傷つく。もう少し違う言い方は出来なかったものか。

「坂上。そりゃ、ほんとなのか?」

 白川を疑っているのか、獄道先生は呆れたように訊いてきた。

「はい。……あと、名門ってのも始めて聞きました」

 嘘をついても意味が無いので、俺は正直に答える。

「……だそうですが、校長」

「呼んだからには仕方ありません。このまま参加させましょう」

 教師陣の間で勝手に話が進んでいく。だが、面倒なことにこれ以上巻き込まれるのはごめんだ。ちゃんと抗議しなくては……でも、校長は怖い。

 ええい、ビビっててられるかってんだ。

「あの、俺はチームなんかに入る気はないし、事件とやらの調査をする気もありません。ですから――」

「そうですか。では、説教するしかありませんね」

 冷たく、低い声で校長はそう呟いた。

 なんてことだ。これでは、説教を受けることになってしまう。それだけは避けたい。

「……調査について詳しく教えてください」

 もう諦めるしかない。この校長に目をつけられた時点で、俺の運命は決まっていた……そういうことにしておこう。

「では、改めて説明お願いします。獄道先生」 

 

「はいはい、分かりましたよ」

 呆れながら、ため息をつく獄道先生。そのため息には、なんとなく俺への同情も含まれている気がした。

「まず、事件ってのは神隠しだ」

 神隠し……ということは、人が突然に居なくなる事件よいうことだろうか。

「この神隠しは、二年前から起きていてな。現在では、十二人の生徒が被害にあっている」

 一人や二人でも問題だというのに、十人以上だなんて……ありえない。

「ちょっと待って。二年前からって、犯人は教師じゃないのか?」

 後ろの神谷が、教師へ問う。

 ここは一年制の学校。犯人が当時の生徒なら、もうここには居ないはずだ。

「いるんだよ。二年前、事件当時の生徒がな。校長は、そいつらに頭を下げられて、学園に居座ることを許可しちまったんだ」

「学園に残りたいなんて、何か裏がありそうでしたからね。様子を見るためですよ」

 獄道先生の説明が気に食わなかったのか、校長が口を挟む。

「そして、見事に事件が起きた。こうなれば、犯人は彼らか教師のどちらかです」

「ま、ほぼ奴らで間違いないがな」

 ……そこまで犯人が絞れているなら、俺たちが調査をする必要はないのではないだろうか。「ですが、証拠が掴めない以上、手は出せません」

 なるほど。教師が生徒に手を出したらマズイってことか……。そして、俺たちが証拠を掴み取れれば、教師も手をだせるって訳だ。

「生徒の問題は生徒で解決って事ですね。それて、二年前の生徒は立ち入り禁止の部屋に居るってことであってますか?」

 白川は、クリス校長と獄道先生の説明から的確に状況を読み取ったようだ。

「ええ、察しがよくて助かります。あなたたちは、二階の空き教室を作戦会議に使ってください。……では、頼みましたよ」

 クリス校長が真面目な声で言う。

 それに各々返事をし、晴れて(半ば無理やり)調査チームとなった俺たち三人は、校長室を後にした。

 

 

 部屋の窓ガラスから、外を眺める。

 空に浮かぶ月、そして星たちが闇夜を照らしている。

 ただ魔術を学びたかった。それが……、

 それが、どうしてこんな事になってしまったのか、そればかりを考えている。

 

 

「どうしたんだよ。さっきからボーッとして」

 反対側のベットに座る神谷が、心配そうに声を掛けてくる。

「考え事してるだけだよ」

 それに対し、俺は簡単に答えた。

 考え事をしながら会話をするのは、意外と難しいものなのである。

「なんだよ、もしかして女のことでも考えブハッ!」

 などと、馬鹿なことを言いながら近づいてくる友人に、とりあえず枕をぶつけておいた。

 適当に投げたのだが、見事に顔面へ直撃。我ながら素晴らしいコントロールだ。悔やまれるのは、もっと硬い物を投げてyるるべきだった。

「……冗談だって。調査チームに選ばれちまったことだろ?」

 鼻を抑えながら、神谷は枕を投げ返してくる。

 それを両手で受け止め、

「ああ。お前は考えないのか、どうしてこうなったかとか」

 再び、神谷へと向けて投げた。

「っと。気にしててもしょうがないだろ。なるようにしかならねぇんだから」

 今度はしっかりとキャッチし、また俺に返してくる。

 気楽な奴だな、神谷は。でも、俺みたいに考え込んでるよりはマシか……。

 この友人の言葉に間違いは一つも無い。

 気にしててもしょうがない。

 なるようにしかならない。

 まったく持ってその通りである。

 神谷のおかげで、少しだけ気が晴れた。

「キャッチボール……いや、キャッチ枕は終わりか?」

「ああ」

「じゃ、風呂行こうぜ。風呂っ!」

 急にテンションが上がった神谷が、ガッツポーズで提案してくる。

「……おう」

 そう返事し、両親から学校へ送られてきた分厚いカバンから着替えとタオルを用意した。

 

 

 体を洗い終え、湯につかる。

 風呂に入っている男子は、今のところ俺と神谷だけである。なかなか広い浴場で二人だけと言うのは、少しさびしい。

「で、お前は何やってるんだよ?」

 

 

 神谷は、さっきからずっと壁に耳を当て、何かをしている。端から見たら、ただの不審者にしか見えない。

「うるさい! 女子風呂から聞こえる、美しい声が聞き取れないだろ!」

 ああ、なるほど。不審者は不審者でも、変態さんという名の不審者だったか。

「どっちにしろ、聞こえないだろ?」 

 答えは分かりきっているが、一応聞いてみる。

 いくら女子風呂が隣りにあるといっても、それなりの幅をコンクリートの壁で仕切られているのだから、声は聞こえなはずだ。

 だが、

「いや、うっすらとだが、耳を澄ませば聞こえないことも無いぜ」

 神谷の返ってきた答えは、意外なものだった。

 そんな答えを聞いてしまうと、ちょっとだけ気になってしまう。

 どうするべきか……ちょっと耳を当ててみるか……いや、そんなことをしたら、俺まで変態さんの仲間入りだ。だがしかし……。

 俺の頭の中で、壮絶な戦いが始まる。

「ふむふむ……、春花ちゃんって子はペッタンコらしいぞ」

 などと、聞き取った情報を口ずさんでいく神谷。

 ……ははっ、なにも自分で聞く必要は無い。こうして友人から告げられる情報を黙って聞いていれば良いのだ。これなら、万が一このことが女子にバレてしまったとしても、責められるのは神谷だけで、俺には何の被害も無い。

 なにも言わずに、ただ友人の声へと耳を向ける。

「おっ! 白川って、調査チームに選ばれてた娘だよな!」

「っ!」

 あいつも……、風呂に入っているのか。

「おー、スタイルもかなり良いらしいぞ」

 どんどん顔が熱くなってくる。きっと真っ赤に染め上がっているのだろう。

 別に風呂の湯が熱いのではない。むしろお湯より、俺の体のほうが熱くなっている。

 不覚にも、神谷の言葉を聞いて、彼女のあらわになった素肌を想像してしまったのだ。

「……ふぅ」

 馬鹿な想像をした頭の中を、可能な限り白で上塗りし、冷静さを取り戻す。

 気付くと、徐々に男子生徒が風呂に集まってきている。早くあがらないと、俺まで神谷と同類に思われてしまう可能性がある。

 ……これ以上ここに居るのは、いろんな意味で危険だ。

 そう思い、冷たい視線を浴びる神谷を一人残し、俺は脱出した。

 

 

自販機へ硬貨を投入し、適当に冷たいものを買う。

 単に喉が渇いたというのもあるが、主な理由は別にある。

 頭こそ冷静になったが、体はまだ火照ったままだ。それを冷ますには、体の内側から冷やすのが良いのではないかと思ったのだ。

「あら、坂上君じゃない」

 後ろから、名前を呼ばれる。今日一日で、この美しい声を聞くのは何度目だろうか。

 自販機から落ちてきた缶ジュースを拾い上げ、背後に居るだろう少女へと体を向ける。

 そこには、制服のブレザーを脱いで、ブラウスにスカート姿の白川。

 風呂上りということもあり、髪はまだ乾ききっていないようだ。それがまた、彼女の美しさを一層引き立たせている気がする。

「よ、よう」

 どうして、こうもタイミングが悪いのだろうか? これでは、飲み物を飲んだところでなかなか体を冷ませそうに無い。

 ……自業自得だけど、神谷の声に耳を傾けるんじゃなかったな。

「よかったら、外の空気でも吸いに行かない?」

 さて、どう返事をするべきか。

 早く体を冷ましたいから嫌だ……なんて言えないし、他に言い訳も思いつかない。

「……わかった。いこう」

 仕方が無い。せっかく誘ってくれているのだから応じるべきだろう。

「じゃあ、屋上に行きましょ!」

 そう言うと、白川は俺の手を掴み駆け出した。

 

 

 月明かりだけが唯一の光となる屋上。

 ゆったりと流れる風が、今の俺にはとても涼しく感じる。

「んー、気持ち良いわね」

 俺の前を歩く白川が、両手を大きく広げる。

「そうだな」

 これといった会話は無く、お互い無言で風を浴びる。

 それはそれで問題ないのだが、何となく気まずいし……せっかく一緒に居るんだから、何かしら会話をしたほうが良いよな。

「なぁ、どうして白川はこの学校に来たんだ?」

 とりあえず話題を振ってみたが……アホか俺は、ここに来た理由なんて魔術を習うために決まってるじゃないか。

 

 

 などと、心の中で後悔していると、

「魔術連盟から逃げ出したかったからよ……」

 思いもしなかった真剣な答えを、白川は口にした。

 その答えには、悲しみ、怒り、それに近い感情が込められているように感じた。

「その、魔術連盟について教えてくれるか?」

 俺は魔術連盟とやらが何なのか分からない。

 でも、それが分かれば、彼女の言葉に何が秘められているのか分かる筈だ。

 そう思った。

「魔術の監視者が集う組織よ。世界各地に点在する拠点に、魔術の資料や実験道具が揃っていることもあって、魔術師にとって最高の場所と認識されているわね」

 だが、その説明のせいで、余計に分からなくなってしまう。

 どうして、魔術師にとって最高の場所から彼女が逃げ出したかったのか。

「……お前は、魔術が嫌いなのか?」

「ううん、魔術は嫌いじゃないし、魔術師であることに誇りも持ってるわ」

 白川が首を振って答える。

 だめだ。質問すればするほど、謎が深まっていくばかりだ。

 でも、気になってしまう。俺は、彼女のことをもっと詳しく、もっと知りたいと思っているのかもしれない。だから気になってしまうのだろう。

「ねぇ、私も坂上君に質問していい?」

「……ああ、なんだ」

 正直なところ、もっと白川の話を聞きたいと思っている。だが、どのような質問をすれば良いのか、もう思いつかない。

 そんな理由から、彼女の質問とやらに応じることにした。

「あなたの家は、魔術の名門なのよね?」

「そう……みたいだな」

 自分の家が名門なんて今日知ったばかりだし、あまり実感が無い。しかし、仮にも学校の校長が言うのだから、本当のことだろう。

 あんな校長でも、入学する生徒のことは把握してるだろうからな。

「あなたに兄弟は居る?」

「いや、いないけど」

 昔は弟か妹が欲しいなって思ったこともあった。だが、結局それが実現することは無く、兄も姉もいない。

「あなたの両親はいい人ね……」

 星空を眺めながら、白川は小さく呟いた。

 

 

今の話の流れで、彼女はどうしてそう思ったのだろうか?

「えと、よく分からないんだが」

 俺が言うと、白川はこちらの顔を見るなり溜息をつきやがった。

「……なんだよ?」

「もう、本当に素人過ぎて溜息が出るわ」

 いや、溜息が出るのは分かってるから、その理由をだな……。

「いい? 普通の名門なら、子供の意思とは関係なく魔術師として育てるわ。家の存続のためにね。兄弟が居るなら、一人にしか強制しない場合もあるけど」

 そういうものなのか……。じゃあ、魔術を教えて欲しいのに、そうしてもらえなかった俺は真逆ってことになるんだな。

「ともかく、あなたの両親は、人の道か魔術の道、選ぶ時間をくれたのよ」

 そう言われると、なんとなく納得出来てしまう。

 中学までは人の道を歩ませ、その後どうするかは俺に選ばせてくれたって事だからな。

「ちゃんと感謝しなさい」

 ……感謝か。

 今までは、なんで魔術を教えてくれないのか分からなかったから、感謝どころか嫌っていたこともあった。

 だけど……、

「ま、一応感謝しとくよ」

 そういう事を聞いてしまったら、感謝しないわけにはいかない。……本人たちの前では絶対に言えないんだけど。

「よろしい」

 コクコク、頷きながら白川が言う。

 まったく、何様のつもりなんだ。こいつは……。

「さて、ちょうどいい暇つぶしになったし私は戻るけど、坂上君は?」

「俺ももう戻るよ」

 なんだかんだで、話してるうちに体も冷めている。

 白川が戻るなら、俺一人でここに残っても意味が無い。

「じゃ、一緒に行きましょ」

 屋上のドアを開け、登ってきた螺旋階段を降りていく。

 三階に着く。そして、そこから更に下へと向かう。

「またね」

「ああ、またな」

 寮の入り口で白川と分かれる。

 

俺は自室へと戻る少女の後姿を見送る。

「なになに、こんな時間に二人でなーにやってたのよ」

 ……そうだった。セレーナさんは、物凄く面倒な誤解をしてたんだった。

「変な誤解をしないでください。それじゃ」

 誤解はしっかりと話して解くべきかもしれないが、それこそ面倒くさそうなので、短く返事して自室へ足を進める。

「コラー、ちょっとは構ってよー!」

 まったく騒がしい人だな……。こっちはもう疲れてるし、早く寝たいんだ。

 ガチャリ、とドアノブを回して部屋の中へと足を踏み入れる。

「あれ……」

 電気が点いていない。

 ……神谷の奴は、もう寝ちまったのかな?

「電気つけるぞ」

 返事は聞こえない。

 まぁ、神谷なら起こしちまっても大丈夫だよな……。

 壁のスイッチを手探りで探し、軽く押す。

「なんだ、寝てたわけじゃなかったのか」

 明かりの点いた部屋は、シーンと静まり返っている。二つのベットを交互に見るが、俺のベットにはもちろん、神谷のほうにも人の形は無かった。

 もう少ししたら戻ってくるだろう。

 ベットに腰掛け、友人が帰ってくるまで待ってやることにした。

 

 そして五分、

 

 更に時は経ち十分、

 

 そして二十分後、まだ神谷は戻ってこない。

 

 既に時計の針は、十一時を回っている。この学校に消灯時間は決められていないらしく、寝る時間は各自の自由ということらしいが、さすがにそろそろ戻ってくる時間だろう。

「なんかあったのかな……」

 少し気になってきたので、探しにいく事にした。

 とりあえず、二階には教室しかないし、三階にも資料室ぐらいしか娯楽施設は無い。そして神谷は、読書をするタイプでは無いと思う。

 

 

 となれば、一階の購買部に居る可能性が高いな。

 再び部屋から出て、神谷探しへ向かう。その途中、セレーナさんに話しかけられた気がするが、もちろん無視して寮を後にする。

 購買部に入って最初に見えたのは、ポテトチップスやグミなどだ。そして、左側にはペットボトルの飲み物が売っているようだ。

 自販機と購買部、どちらのほうが売れているのかちょっと気になる。

 そして右側は、雑誌売り場になっているようだ。どうやって仕入れてるのか分からないが、週刊誌や月刊誌の最新号も売っている。

 だが、残念……もとい、当然のことだが、未成年に販売できない雑誌は無いようだ。

「っと」

 あまりに品揃えがいいので、目的を忘れていた。

 神谷を見つけるため、購買部の中をぐるりと一周する。

「……居ないな」

 まさか、入れ違いか? いや、それなら廊下か階段ですれ違うはずだ。

 では、図書室で静かに読書……いやいや、そんなの神谷の柄じゃないだろう。

「なんだい、冷やかしかい」

 購買部から出ようとすると、おそらく店主であろうお姉さんがそう言った。

「すいません。また今度買いに来ますから」

「あいよ、待ってるからね」

 そんなやり取りをして、購買部を出る。

 ふと目についたのは、ここの隣りに位置する男子風呂。

 まさかな……。

 そんなはずは無いだろう、と思いながらも、そこへ足を向けた。

 ガラガラ、という音を立てながら、引き戸をスライドさせる。

 人の声は聞こえない。時間も時間だ。ほとんどの生徒は、風呂を満喫して寮に戻ったのだろう。

 そして脱衣所、人は見当たらない。見えるのは、

「…………」

 無言で床に倒れいる屍のみだった。

 長時間お湯に漬かっていて、のぼせたのだろう。褒めるべきは、倒れるほどだったのに、しっかり服を着ていること。

 いや、自業自得だし、別に褒めるような事じゃ無いか。

「おーい、大丈夫か?」

 頬をペチペチと叩きながら声を掛けてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 
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