「おい、いい加減起きろ」
「んー……」
体を揺すられ目が覚める。
ぼーっとする意識の中、まず確認できたのが眼前の華雄の顔だった。
「ぬぉ!近い近い!」
慌てて熱くなった顔を背ける。
「また訳の分からんことを……」
心底不思議そうにする華雄。
彼女の無用心な態度も数日で幾分慣れたが、こう寝起きに不意打ちでこられると未だ驚いてしまう。
……ん?寝起きって
「……あー、俺寝ちゃってた?」
「今更何言ってるんだ。乗馬しながら起用に寝ていたぞ。いくら呼んでも起きんし、手綱も放さんからどうしようもなかった」
「ごめん!本当にごめん!!」
村での事が結果的に支障を来してしまった。とても申し訳ない……
「処で、ここは何処なんだ?」
「え?」
ここで初めて辺りの風景に意識が行く。
ちらほらと木々が生える山林。目の前の急傾斜の壁には大きな洞窟がある。
「手綱も握れんし一刀も起きんから、仕方なく放って置いたらここで纏風が止まったんだ」
「そっか……」
纏風から降り、荷物を整理する。
一応、聞いてみるか。
「纏風、どうしてここに来たんだ?」
正面から首を撫でながら問う。
帰ってきたのはやさしい頬ずり。漠然とした意思疎通はともかく、やはり明確なやり取りはできなかった。
「一刀、行くぞ」
声に振り返ると金剛爆斧と荷物を持った華雄が、洞窟に視線を向け言う。
「ちょ、ちょっと待って!危険かもしれないだろ!」
「危険の伴わない旅など無いだろう。さっさと行くぞ」
「あぁもう!」
歩き出した華雄に、慌てながら俺は纏風に言い聞かせる。
「何か危険な目に遭いそうだったら、俺達に構わず逃げるんだぞ」
肯定とも否定ともとれない嘶きを聞いて俺も荷物を持つ。
太陽の位置もまだ高い。ならば村を出て数時間といったところだろう。
ここらで野盗等不穏分子の噂は聞いていない。仮に居たとしても、纏風程の駿馬ならば逃げ切れるだろう。
俺は中に入っていった華雄の後を追った。
洞窟の中は比較的明るく、松明の必要が無かった。
天井の岩の亀裂から零れる日光や、壁に生える光蘚が光源と鳴っているのだ。
ぴちゃぴちゃと水滴の垂れる音。
湿気が多く、じめっとした空気が肌にまとわり付く。
数十分は経っただろうか。
お互い黙って先に進むが、行き止まりも見えず、未だ何も見つかっていない。
「むぅ、何もないではないか」
「うーん。でも油断はしないほうがいい」
人の踏み入れた痕跡の無い未開の洞窟。何があってもおかしくは無い。
「そんなこと分かっている。先が続く限りは進んでみるぞ」
そう言い足を踏み出した。
ポチッ
「……今なんか変な音しなかったか?」
「何だこれは?」
華雄が足元を凝視する。
何度も足踏みをしているが、踏んでいる地面が不自然に沈んでいた。
これは……スイッチ?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「……これってもしかして」
地鳴りと共に前方から現れた、洞窟を転がる岩。
とてつもない大きさだ。以前季衣が壊した岩を軽く越えている。
「に、逃げるぞ!」
「ふん、面白い」
俺の言を無視して、華雄は金剛爆斧を構える。
岩を破壊するつもりか?
「おい華雄!無茶だ!」
「やってみなければわからんだろう!」
逃げる足を止めて華雄へ向かう。岩は既に華雄の目の前まで迫っていた。
「はぁああああああああああああ!!!!!」
横の一閃。
それはあまりにも早く、孤影すら朧げにしか見えなかった。
大きな破砕音。
華雄の一撃は、巨大な岩を破壊した。
「ぬ、なに!」
しかし、破壊した岩の破片が華雄を襲う。
そこで漸く、俺が華雄の前に立った。
「うぉおおおおおお!!!」
一心に多くの氣を込める。
大きな破片は弾き、小さな破片は砕く。
処理しきれないものが体に当たり痛みを感じるが、致命傷に成り得るものは全て受け流せた。
「す、すまん。助かった」
「本当だよ……頼むから無茶はしないでくれ……」
申し訳なさそうにする華雄に、釘を刺す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「んな!またかよ!」
そういえば華雄何度もスイッチ押してたよなぁ。
「今度こそ逃げるぞ!」
「うむ!」
来た道を戻……ろうとするが、同じような道が続いたため道筋を覚えていなかった。
走りながら分かれ道を思ったままに進んでいく。
地鳴りが強くなっている。岩との距離が詰まっているのだ。
このままでは衝突は免れない。
「おい!明かりが見えたぞ!」
前方に出口の光が見える。
この距離なら岩より早く出れそうだ。
「飛び込め!!」
華雄と共に出口を飛び出す。
「よし!これで無事に……あれ?」
飛び出した俺たちが見たのは青空。
続いて浮遊感が体を包む。
何故?答えは簡単、地面が無かったのだ。
空に悲鳴を響かせながら、俺と華雄は落ちていった。
激しい水飛沫を上げ、落下する。
どうやら運よく川に落ちたらしい。落下時の怪我は無かった。
「華雄、大丈夫」
「あ、あぁ。なんとかな……」
立ち上がり華雄に手を差し伸べる。
俺の手をとり華雄も立ち上がるが、そこで違和感に気付いた。
川の水が温かいのだ。
「これ……温泉か?」
川の流れに沿って湧き出ている温泉。
手で掬って臭いを嗅ぐと、軽い硫黄の臭いがする。
「これはいいな……よし!」
言と共に服を脱ぎ始める華雄。
「お、おい!急に何してんだ!」
「何って、温泉があるなら入らない手は無いだろう」
服に手をかけながら、何を言ってるんだ?という表情で俺を見ている。
俺は急いで後ろを向いた。
「いや、俺だって男なんだぞ!そんな無防備な……」
「だから何を言ってるんだ。一刀が男なのは知っているぞ。馬鹿にしてるのか?」
「そういうことじゃなくて……っておい!」
話してる間に脱ぎ終えたらしい。
布を巻いた半裸の華雄が俺の服に手をかけてきた。
「一刀も脱いで入れ。温泉はいいものだぞ」
「いや、ちょ、待てって!!わかった!入るから!入るから脱がすなって!!……うわぁ!」
あっという間に身包みを剥がされた。
急いで荷物から布を取り出し、腰に巻く。
強引すぎるぞまったく……
「んーーーー!気持ちいいな!!!」
「だなぁ」
湯に浸かる華雄は、両手を組んで伸びをする。
幸せそうに笑みを浮かべる華雄は。破壊力抜群だ。
これでこんな無防備にされちゃ、こっちが敵わない。
「しっかしこんな場所があるなんてなぁ」
こんな所に温泉があるなんてまったく知らなかった。
華琳達に知らせたら、喜ぶだろうか。
……何考えてるんだか。そんな事考える前に自分には成す事があるだろう。
今だ煮え切らない自分に嫌気がさす。
「おい、何を考えてる」
思案から意識を戻すと、目の前に華雄が居た。
濡れた布が透けて、綺麗な肢体が露になっている。
「か、華雄!隠せ!透けてる!!」
「ぬ、わ、悪い。配慮に欠けたか」
顔を赤くし体を背ける華雄。
流石に裸を見られるのは恥ずかしかったようだ。
「そのだな。あまり深く考えるのは関心しないぞ」
「え?」
「せっかく温泉に浸かっていい気持ちを味わっているんだ。こんな時くらい何も考えず過ごしたらどうだ?」
「……そうだな、悪かった」
どうやら気を使わせてしまったらしい。
確かに、せっかくこの世界で初めて温泉に入る事ができたのだ。
どうせなら楽しもう。
「ありがとう、華雄」
「……当然の事を言っただけだ」
未だ赤い頬が目立つ横顔。
そんな彼女に少しドキリとしながら、俺は温泉を楽しんだ。
あとがき
ふぉんです。
たくさんのアンケートありがとうございました。想像以上のコメントで、とてもうれしいです。
結果はダントツで久遠の続きでしたね。ちらほらと天女の方もいらっしゃいましたが。
という事で続きを書いていきたいと思います。
コメントにあったとおり、久遠のほうが行き詰ったら天女の方も書いていきたいと思います。
さて今作の洞窟。みなさんの分かるとおり一刀さんが麗羽達と行った洞窟を題材にしています。
華雄とのからみ、これ大切。
人和の告げ口?それは少々お待ちくださいませ。焦らしている訳ではないです。ただ最近、一刀さん視点オンリーの話を書いていなかったので今回はそうしました。
それではこれからも応援の程をよろしくお願いします。
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魏√after 久遠の月日の中で9になります。
前作の番外編から見ていただければ幸いです。
それではどうぞ。