No.178639

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol12

黒帽子さん

 人道行為の線引き。人間にその明確な区分けができないのは信じられないからだ。悩みながら理念を強固にしていくクロに大多数はシン達は反論を覚えるも論破することができない。
 オーブの次は…プラント。宇宙への足を求め動き出した彼らの前には統合国家の全てをこちらに振り向けるアスラン・ザラの網が張り巡らされて――54~58話掲載。50話過ぎたが絶対半分終わってねえ!

2010-10-16 20:45:56 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1040   閲覧ユーザー数:1015

SEED Spiritual PHASE-54 心亡くす

 

 金属を大幅に外して頭まで覆う布をかぶってみる。文化と言う概念に包まれると人型は、心を除いて容易に別人となる。いや、心も、だろうか。人ならぬこの身には判断材料が足りなかった。

 クロが気に病んでいた地域が気になったのでティニは取り敢えず来てみた。時間は3日程度を予定する。視察で終わることだろう。先日のリークの影響か、アフリカ共同体――つまりは統合国家からの派遣組がちらほらと見受けられるが、混乱の収束はまだ遠そうである。

(できるようになったのは、感情抑制と嘘発見……)

 それで何ができるかはクロに聞いてみることとする。付近の〝ターミナル〟に寄り道をし、得た情報は大体クロの言っていたことをなぞっていた。

「技術者? いやぁいないよ。ほら、援助とか来るけど、飯以外欲しがってるのは……うん。わしらの関係者くらいだな」

「モビルスーツも、所有しているのは政府軍くらいなのですか?」

「そだな。この間〝ルインデスティニー〟に全滅させられちまったんじゃないか? ジャンク屋が持ってきた重機代わりの作業用モンは、あるかな」

 そして少年兵。路地裏から広場に眼を投げれば異様な数のアサルトライフルが目に入る。人形を的に見立てヘッドショットを頑張っている。

「さらわれて、戦闘以外できない存在にされて子供達……ですか」

「一割程度はな……」

「え?」

「あんたも善人だな。あのおっさんが構成員全部誘拐で稼いだと? 違うよ。好きで撃ってる奴がいるんだよ」

 弾かれたように振り返る間にも男は蕩々と語り続けた。

「腐った世の中をぶっ壊す。その言葉が正当に聞こえるくらい、確かに世の中は腐っている。破壊なんてものが奴らに取っちゃあ『カッコイイ』わけだ。ファッションなんだよ。あの子達にとっては」

「ファッション、ですか」

 銃を構えた少年がフルオートに設定されたトリガーを引き絞ったまま空間を撫で切る。人形の頭部が綺麗に落とされるなり歓声が上がった。この場面を切り取ってそのままオーブに持って行けば忌避の視線に晒されまくり、立場ある大人が留置所にでも連れて行かれるだろうが。ここでは英雄的行為であるようだ。

 腐った世の中、ぶっ壊す。それがそれがCOOLでNIHILでNICEらしい。ティニは彼らに溜息を浴びせかけ、ふと考え直す。ならばクロは彼らの目にどう映った?

「受験戦争だよ。ペンが銃に変わってるって訳だ。風土的にな。最初は流石に抵抗ある奴のが多いが、麻薬なんぞで罪悪感をぼかし、一人殺させれば――慣れる。そっからはまさに受験戦争だな」

「後は競争原理、ですか。他者を踏みつけるためより以上のCOOLを求め――多く殺す。それでも皆が殺せば差はなくなり、別の価値を模索する」

「賢しいな。次は残虐性だ。古代中国で妊婦の腹を割き胎児の性別を当てる賭をやった姫さんがいたそうだがその領域に辿り着いたガキがいた。その子は十代でおっさんを引き連れる司令官だよ。次の領域は? わしには想像もつかんな……」

 ティニは生返事を返し、設置される新たな人形――否、磔にされた人間だった――に目をやった。

 クロは言っていた。教育から壊れているとか何とか。

「あぁ、次の研究対象が決まりましたね」

「ほぅ? 姉ちゃん、学者さんか。この現状から何を研究する?」

 ティニは振り返り、微笑みを返した。頭部まで覆う布をはぎ取ったら彼は自分の顔を思い出すだろうか。

「彼らに外の世界を見せる術でしょうか」

 彼らを戦場から放逐する方法は……ラウの提唱した方法――圧倒的な暴力で銃を持つことを諦めさせること――こそが最良だと思ってきたが、クロは新たな方法――殺意の価値と恩恵を喪失させること――を提示して見せた。地位や学歴などに拘泥する必要はない。他人の意見は貴重である。

「方法は極秘ですが、結果だけならお教えしますよ。アドレス教えてください」

 

 

 

 天空の宣言というものがある。

「人類は他者の理想を妨げない限り己の信念に従うべきだ」と言うものであり、C.E.73にロンド・ミナ・サハクが全世界に向けて発進したメッセージだ。

 彼女は元オーブ五大氏族に数えられたサハク家の末裔、裏社会ではカガリ・ユラを「オーブの姫」と扱うのに対して彼女を「オーブの女王」と称するものもいる。つまりそれだけの実力者と言うことだ。C.E.71の〝オーブ解放作戦〟の際よりオーブ連合首長国が建造途中の軌道エレベータ用高軌道ステーション〝アメノミハシラ〟で世界を監視しているとの噂だ。

 彼女はこの「天空の宣言」を一切強要はしなかったが、従う者には様々な無償協力をしている。

 ちなみに当時の〝プラント〟、地球連合は共にこの宣言を悪質な誘導だと市民に呼びかけたという。

「ティニー! おいティニー! 船ってモビルスーツ直入れか? コンテナとか在るのかー?」

「うるさいなお前は。ティニなら出かけとるわ」

 部屋から顔を出せば慌ただしく流れる格納庫が見える。その中心に作業員の手伝いか段ボールを抱えたクロがいた。思いっきり目を丸くしている。

「は? ティニが? 出かけてるんですか? 真性のヒキコモリかと思ってた……」

「お前も知っとろう。あいつは飛べる。そんなことよりわしゃ調べ物しとるんだちったぁ静かにしてくれ!」

 ノストラビッチは乱暴にドアを閉めると再びキーボードとディスプレイに齧り付く。

〈忙しいなら遠慮するよ〉

「いいんじゃよ。これを終わらせず宇宙に上がろうものなら困るのはあいつの方だからな」

 画面の中の瀬川博士へと顔をつきあわせたノストラビッチは以前送ったこともある星流炉のエネルギーゲインに加え、〝ルインデスティニー〟のレコーダーから引っ張り出した〝マガノイクタチ〟との接触データを転送する。

「充電機能を全身につけるのは――機材調達は別として――技術的な壁はない。問題はエネルギー変換だなぁ……宇宙じゃあどう考えても永久空中戦だ……」

〈大袈裟だが、永久に着地できんと仮定した方が良いな。あの炉が星の何を喰っとるのかは未だよく分からんが……オーブ戦データを見る限り小惑星に着地してもろくな充電にはなりそうにない。あと、全身に、と言うのは無駄だと思うぞ。宇宙空間で何を吸うつもりだ?〉

 確かに。充電機関が足にあったがためそこを破壊されてフェイズシフトダウンしたわけではないのだ。しばし研究者達は言葉を止めて画面に見入る。沈黙の時間は苦痛だったが思考する時間はそうでもない。

〈お……〉

 瀬川の呟きと共に一つのデータが流れてくる。

「401……いや、〝スターゲイザー〟のバックパックユニット?」

〈お前の奴にも搭載していたはずだな。〝ヴォワチュール・リュミエール〟〉

 ノストラビッチは口を開けて頷いた。瀬川博士は〝ヴォワチュール・リュミエール〟システムをソーラーセイル、つまり太陽風を受ける帆として利用していた。このシステムにより〝スターゲイザー〟は推進剤を消費することのない惑星間を移動可能なスラスターを獲得している。

「ソーラーセイル……太陽風での充電か……」

 〝デスティニー〟のシステムでは光の膜を作るのではなく従来の推進剤と同様に吹き出すことで推力を得ている。原型技術は同等であるためセイル形成はそれ程垣根の高いものではないだろう。

「星流炉が吸収しているのは星の命だと言っとる。奴に聞いては見るが、惑星より恒星の方がエネルギーは確実にでかいしな……。ありがとよ瀬川博士。何とかなりそうだな」

 返礼しながらも指先は隣の端末を操作し始める。膨大なデータを流しながら、すぐに閉じられるかと思った画面に目をやる。瀬川博士の黙考する姿がいつまでも残っていた。

「?……博士、何かまずいことがあるのか?」

〈あぁ、いや……〝プラント〟まで壊してしまって……世界はまともでいられるかと、私には自信が持てなくてな〉

「わしゃそれ以前で心配だよ」

 怪訝な表情を返されたことの方が意外だった。左端の端末では演算の完了したデータが満足のいくデータをいくつも返してくれている。

「ウチの戦闘員は全て〝メサイア〟での敗残兵だ。は……。地上最強の存在に対抗しきれるのかは疑問じゃよ」

 五十通り程度終了。この時点でシミュレーションは全て良好な結果を返している。画面の中ででき得る限りを終わらせたら……機材調達は可能だろうか。

「……あぁ、トロヤステーションの代わりは、どうなっとる?」

〈今時分に生活保護以上の保証をしてくれる機関があるわけなかろう。未だに〝アメノミハシラ〟の世話になっとるよ。自由に使える大規模設備など〝ターミナル〟(お前の所)かここぐらいだ……。あぁ。モビルスーツを寄越せたから余裕があるとか思うな。こっちもギリギリだ〉

「そう言われても多分頼らせてもらうぞ。〝アメノミハシラ〟の大規模ファクトリーでもなきゃあれのカスタマイズなんぞ無理なのじゃよ……」

 薄い頭髪を掻きむしっていると扉がノックされ、返事も待たずに扉が開く。

「博士、データ整理できました? クロ、ここも消去していくとか言ってるんでエロ画像とか忘れると燃やされますよぉ」

「気の早い奴じゃな……まだ三日近くあるというのに。まぁ解ったと伝えろ。――ったくゴビで消しちまったデータの復元も苦労したってーのに、そんなに簡単にまとめれるかい!」

 愚痴りだした老人に手を振りディアナは扉を閉める。アンテナ人間が忙しなく作業にかかっている様をげんなりと見つめながら、それでもこうも思う。クロの思想がなければ3日で荷物をまとめることさえできなかったのかもしれない。満足そうな表情で汗をかきつつ働いている。常識の中では、彼らは既に死んでいるはずである。

「ディアナさぁん……博士は手伝ってくれますか?」

「あ……いんにゃ。博士はデータまとめでキレてるよ」

「でしたらディアナさんも手伝ってくださいよー」

 視線をずらせばヴィーノは要領よく怠けている。他人が怠けていても強く言えないフレデリカの苦言にディアナは舌を出して謝りながら思いを巡らせる。彼女たちは言下に否定したがクロの非人道意見が通らなかったら彼女の労苦は倍加していたことだろう。

(突っ込んだら怒るかな?)

 彼女を手伝おうと駆け寄る。ストレッチャーでも頃がしているかと思ったが、キャスターの上に乗っているのはもう一回り大きな人間大のカプセルだった。興味を持っての覗き込めば見知った顔に戦慄する。見知ったと言っても最近見たばかりの顔だった。

「……あー、そうか。この人まだ起きてなかったっけー」

 名前は、確かソート・ロスト。彼が目を覚ましたときどういう行動を起こすのか。それでティニの力が計れるというものだ。

「ディアナさんも、やっぱり心配ですか?」

「え?」

「だってこの人……」

 ガラスの中を覗く時間が長すぎたらしい。ディアナは曖昧に笑って誤魔化すと奥の方へとカプセルを運んだ。

「二人ともー! 荷物運びは俺達でやるからこのバックアップを全部――」

 フレデリカはどちらを心配したのか? 彼が暴れ出すことか? それとも彼が支配されることか。思い当たり振り返ったときには別の仕事が立ちふさがっていた。

「はぁ……確かに忙しいと心亡くすわね……」

 

 

 

「悪いが、わしは統合国家に協力はできん。すまんな」

 ミリアリアにはその言葉に激怒することはできなかった。彼は言い訳のためか彼女の前にデータを散らす。無数の画像データの中に……〝ジャスティス〟が見える。

 アスランは〝反クライン派〟を捜している。現状、統合国家に敵対する最大勢力を根絶せしめるために、だ。だが派閥差など所属している人の思い次第。今この時でも〝反クライン派〟と〝クライン派〟が取引をしているはずだ。無数の出入りがあるはずだ。彼は、共同財産の独占をしたいとごねているわけではない。こう言っている。「身内」に銃口を向けるような存在に協力はできない、と。

「やりすぎですもんね……アスラン・ザラ……」

 ミリアリアは嘆息して天を仰いだ。しかし天を仰げば『仮面』が脳裏をよぎり、恐怖に駆られた視線を人に戻す。彼女は混乱する表情を隠すために目の前の『端末』から顔を逸らした。

「個人的に、と言うのなら何か取り次いでやらんでもないが……。いや、どこでも同じだな。あっちに情報持ってかれると勘ぐられたら、お前、干されるぞ」

 死の宣告にも等しかった。今更写真を撮り始めても地位が得られるだろうか。オーブに戻って、CICでもやるのか? だとすれば何のためにスカンジナビア王国に裏入職などしたのだ? 蕩々と湧きだしてくる不安の数々が思い至らせる。昨年〝アークエンジェル〟に乗ってしまったことを今更ながらに後悔するが……あの時は戦うことこそが正しいと感じてしまったのだ。ミリアリアは自分の思考を苦々しく思い頭を振った。

「お前さん……少しは冷却期間置いとけ。せめて統合国家が落ち着くまで、だな」

 価値の喪失は、思いの外恐ろしい。途方に暮れながら、『端末』の一人に手を振った。

SEED Spiritual PHASE-55 正義か悩む

 

 インド洋の中央に進み出た。陸地が見えなくなり、遮蔽物が視界に入らなくなると途端に足下が不安になった。

 ザフト兵は船旅というものに馴染みがない。シンを除く〝ミネルバ〟組は〝ユニウスセブン〟落下の際初めて海を見たとも言っている。そして人間は何故か大量の水を見ると遊びたくなったりする。

「おぉ!? 何あのでかいサカナ!」

「えぇー? イルカよ。海生哺乳類。初めて見たの?」

「かいせい? いや、海って魚類だけじゃないんだ!」

 感動の眼差しを海面に向ける二人に冷たい視線を送っている。ディアナどころかフレデリカまで。振り返ったディアナの見せる悪魔の嗤いに哀れを催したクロは、彼らの弁護に回ってやった。

「〝プラント〟に海があるわけねぇだろ。『砂時計』に巨大水たまり造る余裕なんかあると思うか? オレも宇宙戦ばっかやってたもんで南米に送られたときは虫と言う存在知らなくてヒデェ目に遭ったぞ」

「そう考えると、〝プラント〟の人はハコイリなのかなー?」

「南米で疫病流行ったとき、生き残ったのはそのハコイリばっかりだったぞ……。いや、そんな腐ったことはどーでもいい。オレ達は隠れているの。リゾートすんな」

 扉の隅。見下ろせば横倒しになった灰色の〝ルインデスティニー〟と〝ストライクノワール〟、そして機材が足りずに傷つけられたままになっている〝フリーダム〟の残骸が見て取れた。念のためにと甲板部分が開き、モビルスーツの発進が出来るようにはなっているが、それが起きれば窮地と言うこと。出来ることなら静かな航海に揺られるだけで〝ギガフロート〟に接岸したい。

「違うぞクロ。下手に隠れてると怪しまれるだろ。絶対に民間の船と見てもらわない方がやばいんだよ」

「だったら漁業従事者みたいな恰好しろよ……」

 寸胴引っかけたヴィーノとヨウランを想像しながら視線を流せば対角線上からシンが歩いてくるのが見える。彼も海面に目を落としているが、その表情に笑みはなかった。そして……彼を見つめるルナマリアにも気づく。ヨウラン達から恋人同士のように聞かされていたクロは、彼に腕を絡めるどころか積極的に話しかけようともしない彼女の姿に違和感を覚えていた。

(どっちかってーと、ルナマリアは文句言うし行動もする方だと思ってたがな……)

 最接近したシンが、クロに気まずげな視線を向けた。目が合ってしまった以上、クロには彼を無視することが出来なかった。

「宇宙(ソラ)に上がったら、お前、どうする気だ?」

「なんだよ?」

「〝アイオーン〟には、お前の〝デスティニー〟が積まれてる。……武装が直ってるか知らねぇけどな。そしたら、お前がパイロット第一候補になる」

 シンの渋面が深くなった。その表情がどんな胸中を表しているのかクロには窺い知れなかったが、良い印象でないことくらいは推察できた。それでも言葉は繋げる。

「未だにやる気ねーなら〝ギガフロート〟で帰れよ」

 シンは視線を反らした。

「もし、モビルスーツ盗んで逃げようとか考えたら……〝ルインデスティニー〟の性能はわかってるな」

 シンはそのまま目を反らし続けるかと思われたが、怒りすら含んだ眼光を返され鼻白んだのはクロの方だった。

「あんた……カガ――オーブの代表を、撃ったのか?」

 殺意未満の気配。シンについてはほとんど口をきいたこともないためデータ以上の知識がない。データの範囲でクロが想像できたことは、シンはアスハ家を嫌っていると言うことくらい。

「撃った。殺せたかは……解らないが殺す気だった」

 殺人を忌避しなくなるほど思考機械化できていない。流石にクロは視線を反らした。

「オレらがオーブを潰す――あいつらは意見聞かないと決めつけてる相手を潰すと言うことは、こうなるってことだ。それが正しいなんて思っちゃいねえ。だからオレは、あんなキレた方法を考えて、ティニの奴に言ったんだよ」

「アンタは――」

 シンは思うさまクロを批判したかった。だが、とも思う。自分はもうアスハを許したのか? キラやアスランと和解したからと言って自分の家族を見捨てたオーブまで認めているのか?

 

「今度はおれが滅ぼしてやる! こんな国!」

 

 国家元首に向かって国家滅亡を絶叫してやったのは他ならぬ自分だ。シンは言い訳じみた言葉を続けるクロを見やり自問する。彼の言葉にはいちいち苛立つが、自分と彼の差が、見つけられない。洗脳された破壊者が自己を貫く破壊者を非難することはできるか。責任の擦り付けだけは由としないシンはカガリ・ユラ・アスハの顔を思い出すと同時に思い出す顔もある。

 マユ・アスカ。妹の笑顔。かき抱こうとすれば指の隙間をすり抜ける想像は、やはり彼の心に怒りを残す。

「アンタは……〝プラント〟でテロを起こす気……なのか!」

「無論だ」

「っ――ラクス・クラインも撃つ気かっ!?」

「奴こそ元凶だろ。カリスマ強すぎる。あの女がシロと言えば何色だろうがシロにされちまう。今の世界の……根源だ」

 自分がカガリを思う感情を思い返す。鬼気迫るクロにシンは共感を感じた。

「あらゆる計画全部没になったとしても、オレは、あの歌姫だけは、殺したい……そう思ってる」

 だが自分は彼女に殺意まで覚えたか。その疑問を投げかけるより早く各人の持つ端末がアラートを鳴らした。

「ティニ? どうした!」

〈熱紋センサーに反応です。前方一時の方角にボズゴロフ級1〉

「? 無視できないのか? まだ敵と認識されたわけじゃないだろ?」

〈クロがアスラン・ザラを怒らせたせいです〉

「は?」

〈――ってことは、これも〝ターミナル〟狩りなの?〉

「おいディアナ、なんだよそれ?」

「あ……伝わってなかった? 少し前から統合国家が各国の諜報機関をこき使って……わたしら――ってゆーかクロを捜してるのよ……」

 通信と肉声の入り交じる会話に視線をどこに定めて良いのか解らなくなってくるが、ともかく危険な状況だと言うことくらいは認識できる。通信を繋いだ耳を押さえたままクロは階下に飛び降りた。

「馬鹿。そー言うことは周知徹底しとけよ! で、その潜水艦が統合国家がらみって確率は?」

〈十割です。先程〝ターミナル〟からの暗号伝文届いたばかりで。迂回路もあるにはありますが……予定時間に〝ギガフロート〟への到着が困難になります。アスラン・ザラはダミーも含めた施設を虱潰しにしてまして。何も見つからないと腹いせに地雷を撒いているようです〉

 嫌味を混じらせた彼女の言葉を言い訳と断じ、〝ルインデスティニー〟のコクピットに滑り込む。横目には〝ストライクノワール〟に乗り込むルナマリアの姿が確認できる。

(シンじゃない、か…)

「いや、解ってたんなら伝えとけっつーんだよ!」

〈暗号伝文が届いたのは今し方です〉

「アスランが地雷を撒いてるのを知ったのはっ?」

〈クロは地雷原の存在を知っていれば、そこに埋まる地雷の位置まで把握できるのですか?〉

「ちっ……。もう解った。ボズゴロフ級の座標送ってくれ。モビルスーツ出される前に沈める」

〈ちょっとクロ! 戦う気か? 〝ルインデスティニー〟にはビーム兵器しかない――〉

「だから水中戦やる気はねぇよ」

 システムを立ち上げながら耳に張り付いていた通信機をむしり取った。仲間に言われるまでもなくこの機体はビーム兵器偏重だ。理由は簡単。対フェイズシフト装甲対策と残弾管理簡便化のためだ。前者は言わずもがな、熱量兵器は動力炉が弾倉を兼ねるため星流炉のエナジーゲインを用いれば実質戦闘中の弾切れもリロードも起こりえないことが実弾兵器と比べて大きなアドバンテージとなるためだ。しかし、水中では発射されたビームが目標に到達するまでに大きく減衰されてしまう。あるいは星流炉でなら海水を一直線に蒸発させる熱量を捻出することも出来るのかもしれないが、先に銃身、砲身が溶解してしまうだろう。もしこの機体で無駄のない水中戦を考えるならビーム刃を切った対艦刀か頭部のCIWS以外が使えなくなる。作業員達の懸念も当然のことではある。

「それにこの船、魚雷一発撃ち込まれたらいきなり沈むぞ。気づかれる前に潰すしかねーんだよ」

 甲板が開く。その異様な光景に遠く離れたボズゴロフ級潜水艦が脅威を感じたか。

〈クロ、ボズゴロフ級よりモビルスーツクラスの熱紋3つ〉

 ティニの声とともにデータが転送されてくる。空戦用機を期待したクロの甘えは見事に打ち砕かれた。ZGMF‐X31S〝アビス〟。ザフト最強の水中対応モビルスーツ。地球連合が作り上げた〝ディープフォビドゥン〟〝フォビドゥンヴォーテクス〟より汎用性を重視しており水中対応でありながら地上、宇宙でも運用できるセカンドステージシリーズの一機である。反面水中対応機でありながら水中戦のための武装は魚雷及びビームを切ったランスのみ。水中に対応しない武装の火力は〝フリーダム〟にすら匹敵するともカタログスペックが語っている。

「なんだと…〝アビス〟? 鬱陶し過ぎる……」

〈クロ! わたしが水中に入るから船頼むわよ〉

「わかったよ。船からは離れろよ!」

 水面に黒い陰りが見える。キラ・ヤマトは実体弾(レールガン)でフェイズシフト装甲を貫いた――正確にはスラスター開口部をピンポイントに狙って無力化した――と言うが、変形した〝アビス〟の接近速度にそれが可能か不安になった。

 

 

 

 ノストラビッチは彼の古巣から〝ストライクノワール〟に関する一通りの装備を送ってもらっていた。

〈悪いな。バズーカやショットガンはないぞ〉

「大丈夫です。で、みんな、このまま潜るから水かぶらないでよ!」

 〝ジン〟の武装が積んであれば実弾兵器はよりどりみどりだが、以前〝ザクウォーリア〟に乗っていた際、〝キャットゥス〟無反動砲を用いたことがあったが……当たりゃしなかった。準備してもらっても恐縮するだけだ。ルナマリアが〝ノワールストライカー〟に加えて選んだのは連合製最古のビームライフルだった。GAT‐X102〝デュエル〟に実装されたこの兵器は点を攻撃するビームに加え、面を支配するグレネードランチャーを装備しており、狙い撃つことが苦手な自分にありがたい大まかでも当たる照準を提供してくれる。ルナマリアはMAU-M3E4リニアキャノンを展開し、両手にライフルを握った〝ストライクノワール〟を海中に投げ込んだ。モニタの隅で長射程砲を海面に放つ〝ルインデスティニー〟が見えた。

「クロ……」

 シンを押しのけてまで参戦した自分が不安に思っている余裕などない。瞬時に水中適応のためパラメータ調節を始める。完了する直前に二条の尾を引く泡がモニタに映った。あれを自分より後ろに向かわせるわけにはいかない。

「このっ! こっち来ないでよっ!」

 未だライフルの射程に射たらぬ敵機に向けリニアガンを乱射した。二個の魚影は水の抵抗をものともせず左右に滑る。スラスターを全開にし滑った〝アビス〟の中心へと躍り出る。奴らの注意を〝ノワール〟に向けさせることこそ第一だ。ルナマリアは絡み付く水流に辟易しながら足を止めればレッドランプが左右で点滅。苦肉の策で〝ノワールストライカー〟のウイングを左右に大きく開いた。放たれていたMMI-TT101Mk9高速誘導魚雷が凄まじい勢いで打ち据えていく。右に流れた〝アビス〟目がけ、ビームを放つも水中に生まれた水蒸気が視界を真っ白に変えるだけで打撃にはなり得なかった。

(でもそれで充分)

 水に絡められたバックステップをする時間を稼ぐ。目の前を更に魚雷が通り過ぎ、ランスまでもが通り過ぎる。白の気泡が散った先には殻を開いた〝アビス〟の姿。薙がれたランスの柄を踏みつけるが敵機は直ぐさま変形を開始した。ルナマリアは右のライフルを水中に放る。ランスを手放し変形を終えた〝アビス〟が殻をかぶって突貫してきた。

「このっ!?」

 錐揉み突進による連続振動がコクピットを襲う。歯を食い縛るルナマリアは右手を操り中型対艦刀を握らせる。〝アビス〟両肩のバインダーはヴァリアブルフェイズシフト装甲にアンチビームコートが施されている。殻をかぶったモビルアーマー形態では陽電子砲でも持ってこないと破壊できない無敵兵器になってるんじゃなかろうか。〝ミネルバ〟にいた頃ふと思った素朴な疑問など頭の片隅も浮かばない極限状態の中でMR-Q10〝フラガラッハ3〟の切っ先がバインダーシールドの結合部に差し込まれ、捻られ、モビルスーツに突き立てられる。死を感じた〝アビス〟は苦し紛れに両肩のM107〝バラエーナ〟改二門を連続して接射する。距離の近いビームは減衰し尽くされる前に着弾し、右肩のサブスラスターを貫通した。

「くっ……こいつはぁああぁぁっ!」

 機体ダメージに激昂したルナマリアは両のマニピュレータを柄にかけ、全力で押し込んだ。胴部を貫通された〝アビス〟は魚のように大きく跳ねると突進を止めて沈み始める。慌てて後方に推進をかけ、沈みゆく敵機から飛び離れれば爆発した破片が装甲で弾けた。

「次は?」

 問いに答えるようにアラートが鳴る。敵機をそちらに向き直らせリニアガンとともにグレネードランチャーを叩き込む。遠距離を保ったまま人型に変じた〝アビス〟は機体をスライドさせながらM68連装砲を乱射しグレネードを命中前に弾け散らせる。更にリニアガンを撃ちかけるも変形した水中用タイプを追い切ることが出来ない。ライフルを破棄し、剣を握らせ、先程の交戦ポイントまで移動する内に〝アビス〟に背後を取られた。ルナマリアは迷わず真上に回避したが意外に浅かった水深、海面に顔を出してしまい、潜行した〝アビス〟を見失った。〝トーデスシュレッケン〟とリニアガンで牽制するも、〝アビス〟は意にも介さず間合いを飲み込み後を追って海面に出るなり両の装甲を大きく開いた。

「マズっ――!」

 ブレイドと〝ノワールストライカー〟のウイングを前面に回すが、装甲内側より放たれたMA-X223E連装ビーム砲6門に加えMGX-2235〝カリドゥス〟複相ビーム砲の計七条の閃光が各所を穿つ。回避行動が間に合わず、赤色のビームに晒された刀身が半ばから砕かれ海中に落ちた。

「やばっ!」

 さらに一斉射撃を目論む〝アビス〟を避けるため海中に飛び込むが武装が心許なくなった今、どうするか? 海中に潜っても有利を確信した敵機は距離を開けようとはせず迫ってくる。ビームライフルを撃ちかけたがゼロ距離であっても対ビームコートされたシールドはその閃光を弾き、全体重をもってのし掛かってくる。振り上げられたランスの刃。ルナマリアはパニックを理性で押さえつけ周囲のモニタを見回し、コーディネイターの脳裏で状況を整理する。

〈投降しろ!〉

 接触回線からの警告か。それを聞き入れたところで裏切りにまみれた自分に未来はあるまい。〝ノワール〟の左手を強引に伸ばせば水流に翻弄されていたビームライフルに指がかかった。先程投げ捨てたそれには、まだグレネードが装填されている。

 敵機が異変を察知しランスを振り下ろすが間合いにライフルをねじ込む方が早かった。発射もされずグレネードが弾ける。PS装甲を傷つけるには至らないが、ダメージと引き替えに拘束をはね除けた。水中で大の字になった〝アビス〟目がけ、機体とストライカーパックに仕掛けられた全てのアンカーを射出する。EQS1358アンカーランチャーが〝アビス〟の四肢に絡み付き、一本が頚元に突き刺さる。反動を感じたルナマリアは爆圧で離れようとする〝アビス〟の機体を振り回す。巴投げにも似た軌跡を描き吹き飛ばされた敵機は岩にでもぶつかったか、予想以上の手応えが返ってきた。振り仰いだルナマリアは敵機の様子をトリミングし、好奇心のままに拡大する。〝アビス〟の胸部に突き立っているものがある。先程破壊されたブレイドの切っ先が顔を覗かせている。運だけで生き残ったような後ろめたさを感じながら〝ノワール〟の靴底を叩き下ろすと〝アビス〟をアンカーで引きずり――傷口をコクピットにまで持って行った。

「…………………ふぅ……。クロは、一機やっつけてくれたのかな?」

 

 

 

 長射程砲の一撃は海水までも貫いて一機の〝アビス〟を穿ったが足を潰したに過ぎなかったらしく、ボズゴロフ級潜水艦の方へと帰って行く。そして潜水艦が浮上した。

「よし」

 望遠を設定し、艦にサイトを合わせ砲身を回したが、それより早く撃ち出されていた魚雷の影がクロの意識を吸い寄せた。AIに指示を出し、砲門全てを眼下に向ける。複数の閃光が泳ぐ殺意を狙撃し、全てが過たず打ち抜けたが、その間にモビルスーツがリニアカタパルトより射出される。飛び立った〝バビ〟、〝ディン〟、〝ダガーL〟を狙撃する間に海面より顔を出した〝ゾノ〟が音波砲(フォノンメーザー)を撃ちかけてくる。

 TPS装甲は音波まで無効化するのか?

 疑問に勝てなかったクロは間にシールドを差し込んだ。沈みゆく〝ゾノ〟に複相砲を撃ちかけ、立ち昇る水柱を迂回し飛来するモビルスーツ群にライフルを乱射した。数機が煙を上げて海に落ち、残りが左右に散開していく最中、〝ルインデスティニー〟は長射程砲を展開し、〝ボズゴロフ〟級潜行地点へ叩き込む。敵機が慌てて乱射してくる全ての銃弾を意識から外し立て続けて乱射する。3本の赤光に弾かれた水柱が轟音とともに真っ白な塔を天に向かって築き上げた。

 翼を開き、光を吐く。

 接近しながらライフルを撃ちかけ、接近しきれば斬り伏せる。虚空に満ちた破壊兵器の数々を全て残骸に変えたたクロは、海面に無数の点が散らばっていることに気づいた。どうやら潜水艦は潜航することが出来なかったらしい。長射程砲に貫かれ、危機を感じた乗組員が救命ボートで命を繋ごうとしているようだ。

「ルナマリア。〝アビス〟が二機そっち行ったと思うが――」

〈大丈夫。船は無事よ。わたしをナメないでよね。……っつっても結構ボロボロだけど〉

「わかった。全滅させて帰るから船を急がせてくれ」

〈え? ちょ――〉

 誰何を切る。眼下を臨む。統合国家の兵士達はこのまま帰り着き、通信その他を用いて〝ルインデスティニー〟発見の報をアスランに伝えることだろう。間違いなく伝えることだろう。

「殺戮は、正義か?」

 誰も答えない。応えるような意志がここにはもう一つあるが、答えない。だからクロは自分の生んだ回答で青白くなる心を黙らせた。

「後に禍根を残す行為は、正義じゃねぇ。オレはオレの正義のために……お前らの価値をゼロにする!」

 不安げに漂うボート目がけて破壊の閃光を撃ち落とす。痛みも感じず蒸発した仲間の姿に海面がパニックに包まれた。

 

SEED Spiritual PHASE-56 口籠もる

 

「うぁ…っ!?」

 シンは信じられないものを見た。海面から上がってきた〝ストライクノワール〟ではない。無抵抗の人間を圧倒的すぎる暴力で蹂躙する黒い悪魔の姿だ。

「あいつ……なにしてるんだよっ!?」

 海面に突き刺さる何本もの紅い槍。遠くにいるときは解らなかったがここまで接近してしまえば嫌でも認識させられる。穂先が狙うその先にあるのは――救命ボートだった。ひしめき合って身を寄せ合っているのは軍人だが、ここまで無抵抗になってしまえば軍人文民の差など有り得ない。怯える弱者だ。クロが何を思ってこんな虐殺をしているのかシンには解りかねるが、黒い〝デスティニー〟の姿と所行は悪魔以外の何者でもない。

「やめろよ! くそっ!」

 ヴィーノに詰め寄りヘッドセットを奪い取ったが、通信回線を選び終えるより〝ルインデスティニー〟が着艦する方が早かった。体躯を折り畳み、閉じていく甲板の下に消える機体を憎々しげに睨み付けたシンはヘッドセットを乱暴に叩き付けると船室の方へ駆けだしていった。

「し、シン! 壊すなよぉ!」

 ヘルメットを外したルナマリアの脇も駆け抜ける。

「あ、シン、出迎えてく――」

 ハイタッチでもしようとしたルナマリアはもぉ! と腰に手を当てたがその憤懣は直ぐさま驚愕にとって変わった。コクピットをよじ登ってきたクロを見上げながらシンは罵声を飛ばした。

「アンタ! 降りてこいよっ!」

「あ?」

 フェイズシフトダウンしても装甲表面は結構な熱を持っている。注意深く足場を探し、飛び降りながら、彼が怒り狂っているを理由が思い当たり……

「何であんなことができるんだっ!」

 殴られるために歯を食い縛った。こいつの白兵戦能力は思い知っていたつもりだったが蹈鞴を踏むどころか壁にぶつけられたのは情けなかった。

「痛っっってぇ……」

「脱出してく人まで殺す必要があったのかよっ!? やっぱりアンタらは……!」

 頬と口腔を気にしながらシンの怒りを見つめ返す。信頼ゼロの視線を受け止めながら尚も続きそうな彼の怒声に待ったをかけた。

「オレもヒデェことをしたって自覚はあるから殴られてやったが、話は聞けよお前も」

「何がヒデェだよ! あれだけの……あれだけのことをしてっ!」

 掌をシンに向けながら首を振る。

「今からオレ達は民間マスドライバー施設に行くってことは理解してるよな。アスラン・ザラに追われてるってのもさっき聞いたよな? そこからお前は何を連想する?」

「そんなことより! アンタは今のを何とも感じてないのかよ!?」

 殴りたい衝動はクロにも沸き上がった。

「そんなことより、じゃねえんだよ」

 自制はかなり大変だった。形作った拳を人間にぶつける前に機体を数度にわたって小突く。

「アスラン・ザラはこいつをぶちのめしたがってる。オレらが〝ギガフロート〟にいると判明したら? お前はあそこを戦場にしたいのか!?」

 本当に想像力の範疇外だったらしい。クロの言葉にシンが鼻白んだ。

「考えつかなかったのか? だからお前は足りねぇんだよ! キレる前に一瞬でも考えろよ。じゃないと、お前は一生何かに使われるだけだぞ」

 振り上げかけた拳を虚空に振り下ろしたシンが哀れに思えたか。クロの中では持続しなかった怒りが羞恥に似た感情に置き換えられた。

「――と、馬鹿みてーに人殺して気ィ使っても、事前に通信されてれば大した時間稼ぎにはならないけどな」

 唇でも噛んでくれればクロはそのまま通り過ぎたかもしれない。が、シンは瞳をを泳がせていた。クロはそれを言い訳探しと採ったか、それとも思い至らなかったが故の動揺と採ったか。

 足音が止まり、黒髪に声が叩き付けられる。

「更に言わせてもらえば……オレが根こそぎぶっ殺した救命ボート、全部が無抵抗だったと、お前は言えるか?」

「…………」

「あの中の一匹が対戦車砲でも隠し持ってて、この船に打ち込んで来たらオレのやったことは人道的になるか? 死なねぇ限り認められないわけだな。オレのやることは」

「…………」

「結局信じられないからこうなっちまうんだよ。人間なんて、歪んでんだ。オレだって、正しいなんて思えてねえ」

 抑え付けられた声の中に怒りを感じ取ったルナマリアは我知らず一歩引いた。通り過ぎるクロを目だけ動かして追いかけ、船室の方へ消えていったのを確認するなりシンへと駆け寄った。

「なに? クロに言い返せなかったのが悔しいわけ?」

「そんなんじゃねーよ……。でも、わかんねーんだよ……」

 首をかしげて顔を覗き込み、笑顔の目線で問いかけたがまた彼の視線に逃げられる。

「ルナ、まだおれはお前らより〝プラント〟の方が正しいって思ってるからな。でも、それを言葉にしようと――あぁ! うるさいな! 放っといてくれよ」

 大股に出て行くシンをただ見つめる。彼の言いたいことは何となく感じた。クロの採る方法は全て突飛な非人道行為だと思うが、それを正論で返せる言葉が見つからない。それよりも

「シン………。あんたは、あっちが『正しい』って思ってるのね……」

 心が離れた。そんな気がして痛みを感じた。

 

 

 

 海の真ん中にぽつんと塔が突き立って見えた。

「見えてきたよー。あれ違う?」

「どれだよ? いや、雲?」

「予定時刻より一時間程度早いぞ。あ、まぁ戦闘やって速度変えたからアテにはならねぇか」

「ほれ、随伴もアレに一直線だよ」

「えっと……南緯――」

 蜃気楼のような捉え所のない景色がやがて現実味を帯びた。塔の下に島が見え、それでも信じられなかったものがティニからの通信で無理矢理リアルにされた。

〈モビルスーツ搬出の準備に取りかかってください。クロとルナさんは搭乗機へ〉

 皆が雲の漂う蒼天に視線をやった。そこにティニなどいないが耳元に届く声はなぜだか天から聞こえるように思える。

「おぉ……。じゃあオレは行くか」

「ちょっと! 〝フリーダム〟どーすんの? 乗って動くの?」

「結局〝ノワール〟と一緒にコンテナに詰める予定だよ。全機入り口で偽装するから人間違えないでくれよ」

「偽装、ですか?」

「………布被せるだけって聞いてるけどね」

 ルナマリアとクロが消えた甲板もしばらく賑やかだった。船はやがて正規の港から外れた倉庫脇に貼り付けられ、洞窟めいた暗がりに流された。

 賑やかだった甲板組だが――到着してしまえば話している場合ではなくなった。整備係は喋る暇もないほどこき使われ、モビルスーツの搬入を終えたパイロットの方が暇になる。

 小一時間ほど後には、クロとシンとルナマリアはとある喫茶で茶をやっつけてたりしていた。

「博士? あっちだよ。マスドライバーの手続きやってくれてる」

「バレないものか?」

「そんな訳ないだろ。買収済みって奴だと思うぞ」

 ブラックのアイスコーヒーをかき混ぜながらクロは小声になりすぎないよう気を回した。シンとルナマリアがおそろいの果汁を並べていることを微笑ましく思いながら聞き咎められそうな単語に気をつけ、それに疲れて窓の外へと意識を投げた。

 民間マスドライバー施設を搭載した人工島〝ギガフロート〟は、言うなれば巨大な都市、ともすれば一国家ですらあった。地球連合が当初どのようなプランを持っていたのかは今では窺い知ることも出来ないが、移動可能なマスドライバー、増設の出来る人工島は可能性が無限に詰まっていたと言うことなのだろう。一通りの施設は揃い、行き交う人も徹底的に中流以上だ。そんな人間がいるかどうか解らないが、ここで生まれ、ここで死ねても幸せな人生であると感じられる。今、中心にはジャンク屋ギルドの元締めが来ているとか。リーアム・ガーフィールドとか何とか。名前以上のことをクロは知らない。自分達の協力者に彼の名前が挙がっているのかも知らない。世の中は嘘で出来ているのだから仕方がなかった。

「ねぇ…わたし達も手伝った方が良かったんじゃない?」

 店外を見渡し想像に浸るその前の心地を思い浮かべ、口に出す前に一度頭に流す。

「専門知識がない奴がいても邪魔だろ。おれはこんなことするの初めてだ」

 正規軍ではあるまじき行動にシンは息苦しさを感じた。おれは誰かから逃げ隠れしないとならない状況など無縁だった。民間人、ザフトレッド、ネビュラ勲章を受理して評議会直属のフェイスに。もし両親が生きていてくれたら賞賛してくれるに違いない経歴なのだが――その未来がここだ。いつから歯車が狂ったのか、悩みにまみれて溜息をつけばルナマリアに肩を叩かれた。

「……あぁ…」

 ルナマリアも没落感は感じ続けているのだが口に出さなければそんなものを共有できるはずもない。

「どれくらい時間がかかるものなのかなー?」

「……連絡係に聞いてみるのが一番だろ。あぁ。ルナマリア、時間ある間にズボンだかパンツだか幾つか買っとけよ」

「は? 何でよ?」

 クロにファッションのことでつつかれるとは思っても見なかったルナマリアは彼の言葉に驚愕し、それが冷めると少々嫌悪も感じる。

「何でって…………いや、無重力でそれは……」

 テーブルの下を指差しながら視線をあさってに向けるクロ、そして思わず隠しきれない舌打ちを零してしまったシン。しばし、いやかなり沈思したルナマリアは彼の言わんとしていることに思い当たり――

「ぅあ!」

 羞恥に火照る顔に怒りの灼熱視線をのせてシンを突き刺す。会話に困ったクロは彼らの表情から意図的に逃げ、先程の会話を次いでみた。

「ほら。連絡係に――」

 気怠げに呟いていると携帯端末にコールがかかる。引っ張り出した電子ペーパーには今後の予定が暗号伝文でつらつらと書かれていた。シン達にも見せようと差し出した端末が――また鳴る。

「お?」

 クロは二人に断りを入れると耳に当てる。

「ど…もしもし」

〈私です。接近する機影あり〉

「は!?」

 民間マスドライバー施設を誰が利用しようが我々には関係がないはずだ。であるのにこの通信……嫌が応にも不安が膨れ上がる。

〈この間の件でしょうか。見つかったようです〉

「なに? まさか――」

〈オーブ軍、その先頭に〝ジャスティス〟です……!〉

「っ!」

 携帯端末を取り落としかけたことを二人にも見咎められた。それを隠す余裕も探せずにいたクロが真っ先に思い浮かべたのは〝ルインデスティニー〟だった。

「おい?」

「ちょっと、どうしたの?」

(梱包されたりしてねぇだろうな?)

 今すぐにでも宇宙(ソラ)へ運び出すことができるというのなら文句はないが、未だノストラビッチが戻らない状況でそれはあり得まい。隠れ続けられるか? この狭いスペースで世界の警察機構である統合国家から逃れられるわけもない。〝ターミナル〟の情報操作では間に合うまい。ジャンク屋にはそこまで義理立てする理由はない。だとすれば、彼らを止める役が要る。アレ以外は全てマスドライバーに対応した宇宙艇に入れなければ大気圏離脱は出来ない。今所有する品で可能なのは〝ルインデスティニー〟だけだった。クロはまとまった考えを苦々しく思うともの問いたげな表情を向けるシンとルナマリアを引き寄せ耳打ちした。

「赤の騎士様に見つかったらしい、オレが出るからお前らの持ち物とっとと積んで急いで飛んでけ」

「なっ!? あ、アスランが?」

「わたし達を追ってきたの!?」

 二人の絶叫に辟易しながらも余計なことを話している時間はない。クロは舌打ちだけ一つ残すと彼らのを残して裏手のドックへ駆け戻る。その間にもティニからの通信が入り、息を切らせながらも通話に出る。

〈〝ジャスティス〟以外に一級品はありませんね。ニューミレニアムシリーズを中心とした二個中隊といったところですか〉

「オレの機体は出せる状況だろうな?」

〈先程拘束が解けました。お急ぎを〉

 走る速度を上げるにも距離と体力の配分は必要になる。そのもどかしさも考えつかぬうちに暗がりへ入ったが目的のものには見あたらない。

「ティニ、どこだ?」

〈えー…あなたの場所から左へ五十歩程度、その壁を迂回して乗り越えてください。

 言われるがまま歩を進めれば、ある。クロは私服のまま大きく息をついた。専用のヘルメットが思い浮かんだが、行動に出るより早く外部スピーカーの大音量が〝ギガフロート〟を揺るがした。

 

SEED Spiritual PHASE-57 オレが全てを狂わせる

 

「〝ギガフロート〟に潜伏中のテロリストに告げる! 包囲は完了した。直ちに武装解除し、投降しろ! 〝ギガフロート〟にいる民間人は……申し訳ないがジャンク屋ギルドの指示に従い避難を始めて――」

〈ザラ隊長!〉

 もう3度目になる投降を呼びかける定型文が、とうとう遮られ、アスランは凶暴な血が沸き立つことを自覚した。

 部下からの呼びかけが終わるか終わらないかと言うその時、カーペンタリアから加わった部隊からの通信が入る。返答を返すより先に〝ジャスティス〟の目が敵を捉えた。飛び立つなり暗黒に色づくその運命を目にしたとき、アスランは自分の奥歯が悲鳴を上げる音を聞いた。

「投降しろ!」

〈できない相談だな〉

 敵からの通信があったことを意外に思うもその一言以上は切り捨てられた。部下になにも伝えられぬまま〝ジャスティス〟を疾らせる。ライフルを右手に、左にサーベルを握り込ませ間合いを消そうとするが、黒い〝デスティニー〟はそれを受けて撃ちかかってくるようなことがなかった。

「……どういうことだ?」

 燻る怒り燃え上がりきれず、アスランは眼前の敵を睨み据え、ペダルを踏む足を止めた。

 

 

 

「積めたかっ?」

〈モビルスーツ積み込めました。私達が乗り込み次第打ち上げ可能ですが……〉

 話している間に足を止めた〝ジャスティス〟の背後に控えていた〝ザクウォーリア〟、〝グフイグナイテッド〟の群が取り囲んでくる。クロはそれにCIWSとライフルで牽制をかけながら通信の続きを急かす。

「なんだ? 今はオレも戦闘続けるつもりはねーぞ。さっさと打ち上げてオレの番をくれ」

〈打ち上げだけなら今すぐでも可能です。但し〝アイオーン〟への軌道照合に時間がかかります。推進器のない入れ物で宇宙を漂ってる時間はできればゼロにしたいので〉

 トマホークを振り上げ飛びかかってきた〝ブレイズザクウォーリア〟をシールドで流し、そのカメラにブーメランのビーム刃を撃ち落とす。コクピットまで切り裂く間に着弾するビームを装甲で受け流す。

「あ? そんなんテキトーに打ち上げて、オレが押す、とかじゃ駄目なのかよ?」

〈星流炉のエネルギー、充電なしで辿り着けるか博士が不安がってます〉

「あ」

 MA-M757〝スレイヤーウィップ〟が右手を絡め取る。クロは慌てて操縦桿を引いた。〝ルインデスティニー〟は強引に右腕を振り回し、パルスが到達するより早くウィップを引きちぎる。左腕のパーツを撒き散らす〝グフイグナイテッド〟に対艦刀を振り下ろす。

〈それにコンテナでは私もろくな通信ができずに困ります。〝アイオーン〟の座標、上に行ってから解らなくなっては問題です〉

 更に2本、3本、数本と投げつけられる。機体を打つ鞭の乱舞に目を回す勢いで機体を捌きながらも剣を抜いた青い機体に鋼の刃を埋め込んでやる。MMI-558〝テンペスト〟ビームソードと言えど、実体剣部分はTPS装甲に阻まれ直角に折れ曲がり破壊できる。だがビーム刃は避けざるを得ない。対艦刀でその刀身を滑らせるも多対一の接近戦は流石に分が悪かった。

「ぐぁぁあ! そういやそうだなっ!。あぁぁ! 出られる少し前には連絡くれよっ!」

 鞭を振り回すだけだった〝グフイグナイテッド〟共が散開する。奧に映し出されたのは――〝ガナーザクウォーリア〟の壁だった。

「保たせるのも必死だってぇの!」

 最大出力でビームシールドを展開。AIも同じ危機感を感じたのか関係のない鉄甲からもビームシールドが吐き出された。コロニー壁すら貫通する〝オルトロス〟の驟雨は青の光膜と正面衝突しスパークを散らした。

「おまぇらぁっ! 射線考えやがれ! 民間施設まで撃ち抜くつもりか!?」

〈人を心配する心があるのなら今すぐに投降しろ! お前の存在が全てを狂わせるんだ!〉

 身勝手な! そう憤る反面信じられない思いにも苛まれる。あのアスラン・ザラが犠牲を厭わないだと? ティニの言葉が思い起こされる〈クロがアスラン・ザラを怒らせたせいです〉。

(オレが全てを狂わせる……か……〉

 自嘲に嗤う。

「へ……そのオレを狂わせたのはお前らだよ」

〈戯れ言を!〉

 砲身冷却。再射の隙に真右のベクトルを押し倒す。光の粉を散らし〝ザクウォーリア〟らの視界からかき消えた。二機をライフルの連射で機体と砲身を貫き後退させるが、次の〝グフイグナイテッド〟――何よりアスランに迫られる。

〈お前さえいなければ! 何人苦しめたら気が済むんだっ!〉

「うるせぇよっ!」

 バックに滑らせながら対艦刀と長射程砲を展開する。照準をAIに移譲すると自分の意識全てを対艦刀と赤の機体に集中させる。

「統合国家の守り神さんよ。それこそお前らさえいなければ全ての苦しみは諦められて薄められてたんじゃないか!」

 腹部と左手の砲口からほとばしった殺意がの群衆を溶かして散らした。しかし殺意は倍になる。全身の刃を紅く輝かせオーブの聖剣が、来る。

〈勝手な理屈だ! 今度は〝プラント〟か!? ラクスに何をするつもりだ!〉

 紅の右足が蹴りつけてくる。爪先から伸びるMR-Q15A〝グリフォン〟ビームブレイドの輝き。クロは角度を歪めて剣を振り下ろす。

〈全てをゼロにして……お前達に何ができる!? 世界は、より混乱するだけだ!〉

「ならばオレ達が混乱しない手段を持ってたら、てめぇはオレらを認めるって言うのか!?」

 膝が曲がり、剣の腹を蹴りつけられる。ビームコートされたレアメタルの刀身は破損するような無様は晒さなかったが、次の刃を前にして懐をがら空きにしてしまった。

〈お前達には、何も救えない! 人を不幸にして、人類を救えるはずがないだろう!〉

 息を飲みながらも左手で抜いたビームブーメランを握ったまま振り回し、間合いを詰めようとする〝ジャスティス〟を追い払う。

 代わりに襲いかかってきた〝グフイグナイテッド〟3機が機体の各所を打ち据える。TPS装甲が阻むも、機体は大きく傾いでしまう。取り戻せない体勢にクロが舌打ちしているとAIが装甲電圧を跳ね上げた。より深くなった相転移が張り付く全ての位相をズラし、あるものはひしゃげ、あるものは折れ飛ぶ。つんのめった〝グフイグナイテッド〟の輪に〝メナスカリバー〟を滑り込ませ一周流せば青の機体が6つになり、直ぐさま爆煙に包まれた。

「そっちはそっちで傲慢な理屈だな。その言葉の裏をよく考えろ。統合国家(お前ら)は、皆を束ねようとしてるんじゃない。抑え付けようとしてるんだ。ああオレ達は恐怖政治するテロリストだよ。それはお前らも同類だ。恐怖政治する支配者なんだよ!」

〈それが勝手な理屈だと言うんだ! 〝ロゴス〟が消えたこの世界、軍事の消えた今! 統合国家が機能すれば全ては丸く収まるはずだった! それを破壊という手段で押し止めたお前になにを言う資格がある!?〉

 凄まじい撃ち合いだった。超スペック同士の超接近戦に他者が介在する余地はない。剣を持つ〝グフ〟も砲を持つ〝ザク〟も常軌を逸した武装の応酬を見守ることしかできない。ならばと〝ギガフロート〟の占拠を提案するものもいたが――今指揮官に通信を繋ぐのは憚られた。連合軍ではあるが超法規的な部隊ではない。国際法に守られたジャンク屋ギルドの一大施設をどうにかする責任を負いたいと思えるほど強いものなどそうそういない。

 鉄の刃と光の盾を噛み合わせ、黒と紅が睨み合う。その世界は歪められ、震撼しているようにさえ思えた。

「アスラン・ザラ! お前達に逆らう奴らが出る理由を考えろ! それを勝手と断じるなら、お前は父親と同じだ!」

 息を飲む声。それでも押しつけてくる盾からの負荷は揺らがない。

〈黙れクロフォード・カナーバっ! お前は何を背負って……人を殺しているんだ!?〉

 思い切り息を飲まされた。

〈クロ、準備完了です。私達は約一分後に出ますのでクロもお急ぎを〉

〈おまえは、不幸を撒き散らしている! その自覚を持て! 今すぐ機体を降りろ! さもなければ――墜とすっ!〉

 クロは〝ジャスティス〟との通信を切断するとティニと繋ぐ。

「了解した。オレも離脱する!」

 興奮が声に乗ってしまった。今逃げるのはやぶさかではないが、アスランを優先する理由を探せば全てが言い訳になる。〝ルインデスティニー〟は咬み合った刃を弾き飛ばすとCIWSをばらまきながら後退を開始する。メインウェポンをビームライフルに持ち替えメインカメラを敵に向けながら、離脱する――つもりだったが、

「うっ!?」

 メインカメラから〝ジャスティス〟が完全に消えた。AIが凄まじい警告音を鳴らすが左にロックオンマーカーが点ったときには装甲でビームが弾けている。

(なんだと? いきなり性能が上がりやがった!?)

 そうとしか思えない。AIの補助に頼った部分はあるものの、今の今まで追い切れていたのだ。更に警告音、そして複数のビームがシールドで弾けた。反応できたのはAIの方だ。クロは苦々しく思うと回避判断をAIに任せ、背を向けて全速力を出した。

(ミラージュコロイド……いや拙い。装甲ダウンさせた時にビーム喰らったら死ぬし)

〈クロフォード! お前さえいなければ……カガリはあっ!〉

 オープンチャンネルで差し込まれた彼の声は、先程とは比較にならない熱さが込められてる……クロにはそう思えた。

「悪いなアスラン・ザラ。お付き合いはここまでだ」

〈巫山戯るな!〉

 ビームライフルに加え、機関砲、MA-6J〝ハイパーフォルティス〟ビーム砲が雨霰と降り注ぐがAIと装甲にその処理全てを押しつけとにかく逃げる。

 島の上空間近。と、そこでAIがいきなり毛色の異なる警告音を出した。クロが訝る間もあらばこそ振り返らせた機体正面に凄まじい質量がのし掛かってきた。シールド上のビームシールド出力は間に合ったものの、先端を構成するMA-M02S〝ブレフィスラケルタ〟ビームサーベルが光膜を貫通し、アンチビームコートシールド表面で火花を散らす。突貫してきた機動兵器は〝ジャスティス〟のバックパックリフター、だった。抑え付けても抗しきれないその勢いに〝ルインデスティニー〟は押し潰され、島の壁面に叩き付けられた。

〈クロ! どうしました?〉

「気にせず打ち上げろ! あと、すぐに次行けるようリニアカタパルト準備しといてくれっ!」

 ブーメランソードを突き刺そうとしたがリフターには逃げられる。人通りの中心に墜落したわけではないが、この激突で亡くなった者は十や二十で利くはずもない。彼がそれを考えつかなかったというのか? 何故かその事実に悔しさを感じながらも迫り来る敵機群を目にすればこだわる時間は与えられない。機体を島壁から引き剥がしつつ超射程砲で一射を放つがMX2002ビームキャリーシールドの吐き出した光盾が押し遣られながらも無効化する。クロは大きく舌打ちした。両手の砲と銃に意識を向ける。連結すれば、陽電子リフレクターさえも貫通できる。ビームシールドなど問題にならないだろうが――その高熱、二次災害など引き起こさないだろうか? 躊躇の間に〝ジャスティス〟が迫る。後ろに下がることはできず飛び上がればマスドライバーに設置される巨大なコンテナが目に入った。

〈クロ、ではお先に〉

〈ちょっと! 大丈夫なのっ!? 戦闘中でしょ? どうやって上がるのよ!?〉

〈落ち着けお前ら。クロなら、と言うより〝ルインデスティニー〟なら問題はない〉

〈アンタ! どういうつもりなんだ!? 〝プラント〟攻めるとか言ってただろうが!〉

 ティニとノストラビッチは、しらけているか苦笑しているか。それ以外の慌て様は……少しばかり嬉しくなる。

「博士の言うとおりだよ。お前らこそ推進なしの箱で宇宙を漂うんだぞ。もっと怖がれ」

 牽制射撃を立て続けに繰り返し、とにかく敵との間合いを取る。轟音とともにマスドライバーを滑っていくコンテナに気を取られた敵は注意力が散漫になったか殺意の壁に綻びが見つかる。多少の被弾は覚悟してマスドライバーのレールに〝ルインデスティニー〟をねじ込んだ。

〈あ、あの、本当に大丈夫ですか?〉

「今飛んでった奴から聞いてるだろ!? さっさと出せっ!」

 命がけで協力してくれている人間になんて言い草だ……。呆れる自分が焦燥でできた自分を嘲笑う。そして恐怖する自分が、装甲電圧を跳ね上げた。ノストラビッチの言うとおりではあるが、カタログスペックがどうであれ本能的な恐怖は……拭い難い。クロはノーマルスーツを着ていないことを痛烈に後悔しながらシートベルトを握りしめた。

 

 

 

「何をするつもりだっ!?」

 黒のテロリストは、いきなり機体をマスドライバーにねじ込んだ。マスドライバーに接続された以上、次の行動はアレしかない。だが、モビルスーツで!? キラとラクスが〝フリーダム〟と〝ジャスティス〟で大気圏突入したが、重力からの離脱はそれとは次元が違う。リニアカタパルトで加速発射されたとして、その後は? それ以上にパイロットはどうなるのだ? 例え〝ジャスティス〟でも試そうとは思えない。正気の沙汰ではない。

〈隊長、あ、あれは……〉

「理解できない……! いや攻撃は中止しろ!〝ギガフロート〟を侵犯する権利は…………くっ…ない!」

 そして信じられないことが起こる。マスドライバーは翼を折り畳んだモビルスーツを――射出した。

 

 

 

 引き絞るような悲鳴。それが自分の喉から絞り出されたものだと気づいたのは…………真っ暗な世界で通信にがなり立てられ気がついた後だった。

 

SEED Spiritual PHASE-58 不満

 

 ノストラビッチとクロはミラージュコロイドに包まれた〝ルインデスティニー〟の中でモニタに迫る銀の鉄塊を注視していた。

「なんかオレ、帰ってきたなーって気がするんですけど」

「……そうじゃな。お前がここに流れてこなければ……お前なんぞとわしは会わんかっただろうな……」

 深淵にぽつんと浮かび、地球目がけて竿を下ろしかけ――諦めているその宇宙施設の名は〝アメノミハシラ〟。オーブの所有する『元』軌道エレベータ用高軌道ステーションである。〝血のバレンタイン〟以後の大きな大戦に地表への接続を阻まれた結果、兵器用のファクトリーとなってしまった施設である。

「あ、博士の同僚との連絡は、結局取れたんですか?」

「何を今更。ティニが話していたはずだが、結果を聞かずに〝アイオーン〟から出てきたのはお前だろうに」

 誘導ビーコンすら灯らない入り口へ進み入る行為が侵犯のように思えて後ろ暗い。その間にノストラビッチは勝手に通信機を操作すると〝アメノミハシラ〟との通信を繋ごうとしている。ミラージュコロイドを解くべきかどうか、迷った。

〈――なんじゃ。ミナの御大はおらんのかい……〉

 ミナ? 一瞬頭が真っ白になったが、思い至る。この施設の管理者にしてオーブの女王ロンド・ミナ・サハクのことだろう。男装の麗人、そして超然と他者を見下すその態度からクロにはアレをミナなどという少女らしい名前で呼ぶことを拒否してしまったりする。

「世話にはなったけど……会いたくねーのでいなくてありがたいです……」

「ん? だがあの女がいないとなると作業員が動いてくれんかもしれんぞ」

 ビーコンは灯ることなく、〝アメノミハシラ〟が〝ルインデスティニー〟を取り込んだ。格納庫(ハンガー)に、固定されることなく立たされた。ハッチを開け、ラダーに手をかけると真横の博士に泳ぎ抜かれた。そう言えば宇宙。そう言えば無重力。クロも装甲を蹴ると、飛んだ。

「ではお願いします」

「はいはい。と言っても補給が要るようなのは…アタマの弾倉くらいですよね」

 自分は挨拶を返す程度、しかしノストラビッチとは非常に親しげに話す。かなりの数がロンドを慕って上がってきたオーブの民だが、昨年のその割合に大きく食い込んできたグループがある。

 深宇宙探査開発機構。通称DSSD。〝スターゲイザー計画〟により無人機で木星以遠、外宇宙の探査・開発を目的とする学術集団。並の者では、コーディネイターですら受験に失敗しまくると言う狭き門。宇宙工学を極めまくった天才の塊である。昨年、拠点を地球連合に破壊され、散り散りになったとも聞いていたが、どちらの陣営にも属さないDSSDは中立国を頼ったと言うことなのか。

 彼らの素性と過去を想像しながらノストラビッチのあとをついて浮いていく。無重力状態での移動のためのガイドレールに手をつけながら巨大な強化ガラスの外へと視線を投げれば凄まじい数の機動兵器が並んでいた。建造中のモビルスーツも見受けられるがその数、百では利くまい……。量産タイプよりセカンドステージやワンオフの機体がかなり見受けられる所にここの主の思慮が伺える。

「ロンド・ミナも流石に条約は守ってんだな……。あの人の性格だと密かに新型造ってそうだったが」

「流石に発覚すれば統合国家に攻められる。アレと事を荒立てたいとは思わんじゃろ」

 ならば自分を匿うのは何故か。彼女が発した〝天空の宣言〟の真意がどこにあるのか、クロは未だに計りかねる。やがて興味のそがれる壁だらけのスロープ――

「っ、そっちですか」

 急カーブしたノストラビッチに置いてけぼりをくらい、慌ててガイドレールに触れ直す。扉一つ過ぎた先には、人の犇めく研究室があった。

「おお! ノストラビッチ博士! 無事で何よりだ」

「何を言う。数日前に連絡したじゃろーが。マスドライバーにさえ乗れればそうそう危険はあるまいよ」

 クロは気後れした。人が慌ただしく行き来するものが職場。その雰囲気は別段特筆するものでもないのだが、

(なん……っつー速度だ……)

 読めているのだろうか。百を優に超えるディスプレイには、雪崩かと見まがう速度でよく分からない単語の羅列が流れている。もし画面内が静止していたとしても、自分には意味をつかむまでかなりかかりそうな高級言語の津波に晒され、クロが感じたものは……取り敢えず目眩だった。

「おぉ! これか! 〝ヴォワチュール・リュミエール〟の太陽エネルギー回収データか! ここまで上げてくれたか!」

「苦労したぞ。セレーネと造ったリング型のバックパックなら膜も作りやすいし必要に応じて形を変えられるからセイルとして使いやすいがお前のは翼状だろう。それでここまで出すのは面倒だったぞ」

「どうやったのじゃ?」

「見い! 拡散する光膜保持にミラージュコロイドを張ってみたのだ。磁場形成の電力はあの動力なら問題ない。先年の地球連合が使っていたビームサーベル形成理論とほぼ同じだな。軍事利用は〝ユニウス条約〟違反だよ」

「あの条約は昨年失効してるようなもんじゃ。〝アカツキ条約〟範囲内なら何も言わせんよ」

「あああああああああああ」

 二人の学者は専門的な話を繰り返しながら互いに指先をキーボード上で踊らせていた。それに従い自分達を囲むディスプレイに〝ルインデスティニー〟の三面図、ウィング型のバックパックユニット、見慣れない白いモビルスーツの映像、数字の一つもない数式無数、再度翼の図、示される専門用語の数々、理論値期待値R二乗その他諸々だくだくざらざら――理解する努力が無為に費えたクロは思わず呻いていた。

「うるさいなクロ。これに失敗したらお前は役立たずじゃぞ!」

「博士………オレ格納庫(ハンガー)に戻ってOS見てきますって……」

「おぉ、挨拶が遅れたな。お主がクロか」

「あ、こちらこそ初めまして。ノストラビッチ博士にはお世話になってます」

 撹拌されきった脳は彼の差し出した掌を握手と思い至れず、気づいて慌てて握り返す。

「瀬川じゃ。トロヤステーションからこ奴の話し相手をしてたんでな。あんたの苦労は解るつもりだよ」

「どーゆう意味じゃっ!?」

 初めまして、なのだろうか。月面からX42Sを奪い取ってここへ逃げ込んだときにはDSSD研究員は既にここへ避難してきていたはずである。

 

「お前の心のままとは、なんだ?」

「許せねェ……あれが、結末か!?」

「その許せない結末に、お前は何を書き加える?」

「〝フリーダム〟を、〝ジャスティス〟を破滅させる……! 奴らに思い知らせるんだよ!」

 

 先程の自分をいきなり裏切ることになるが、ロンド・ミナに会えないことが無性に残念に思えた。あの時の自分の姿、思い返せば失笑ものだが……その心は今も残っている。

「後悔しとらんかね?」

 瀬川に聞かれたその言葉に、クロはしばらく反応できなかった。

「後悔?」

 嗤う。

「それは無礼というもんじゃ瀬川博士」

 反論を漏らそうとしたクロをノストラビッチが先んじた。その声はどす黒く濁り、瀬川は思わず口を噤む。

「こいつは無価値にされたんじゃ。こいつだけじゃないだろうがな。そんな奴に後悔なんぞ聞くもんじゃないわ」

 驚愕する瀬川博士にクロは笑いかけた。

「そー言うことです。平和に生きたいと思いながら……ここにいる奴はアホです」

 冷たいノストラビッチの言葉に笑みを浮かべたクロに、瀬川は目をしばたたかせて二人を見つめたが、やがてその意外性も微笑みに変わった。

「……よかったなノストラビッチ博士。トモダチ増えて」

「ふん。数学者に数学解らん奴が近づいてもらっても教える面倒が増えるだけじゃ」

「だからオレはOS調節してればいいんですって」

 クロは手を振って部屋から出ようと企てたが再び呼び止められる。

「馬鹿もん! X42STの機能、お前が理解しないでどうするか」

「と、言うわけじゃ。観念しなさいクロ君」

 コードネームの敬称付けは、なんだか妙な感じがした。

 

 

 FFMH-ST02〝アイオーン〟。

 〝ターミナル〟が〝エターナル〟の機能を抽出して建造した戦艦である。形式上は『エターナル級二番艦』とでもなるのかもしれないが、サイズもモビルスーツ搭載数もオリジナルの二回りは小型化されている。そして視認性を低めるため艦体色が暗蒼となっている点も対極的だ。

「これで〝アメノミハシラ〟に統合国家の待ち伏せなんてあったら最悪ですね……」

「航路異常なし。進行方向に変更なし」

「弾幕用の武装しかないもんね」

「ミラージュコロイド解凍。進路グリーン・デルタへ移行」

 〝ルインデスティニー〟を〝アメノミハシラ〟付近に届けた〝アイオーン〟だったが、〝アメノミハシラ〟は今もオーブの一部である。そんなところにこんな所属不明艦を貼り付けていたらさしものロンド様も言い訳に困ることだろう。彼らはそんなわけでノストラビッチに追い出され、彼からの連絡があるまで目立たない宙域を航行してきた。無論地上組の操作法確認の意味もあるが。

「博士達、どこに来るんですか? あの宇宙ステーションに接舷……は無理なんでしょう?」

「もうちょっと――あ!」

 ディアナの指差すレーダーに光点が灯る。

「ENセンサーに反応。中枢ユニットよりの照合結果……X42STと断定」

「クロ、ノストラビッチ博士お帰りなさい。ご無事で何よりです」

「アビー、ちょっと光学映像出ない?」

 操舵と索敵をそれぞれ担当していたマリク・ヤードバーズ、バート・ハイムが慌ててディスプレイを切り替えたアビー・ウィンザーを気遣わしげに見やった。切り取られた映像に目を懲らせば揺らぐ宇宙が何とか見て取れる。皆がほっと息を抜く中、一人ぼそりと喋る男がいる。

「ディアナ、フレデリカ。口ばかりで手元がおろそかだな」

『ご、ごめんなさい……』

 同時に小さくなる小娘二人を見やりながら、イアン・リーは思わず口出ししてしまった自分を恥じた。もう艦長ではないと言うのに、何を偉そうに指示など飛ばしているのやら。

「モビルスーツ収容後、L1宙域へ離脱する。二人は作業に移ってくれ」

 ディアナは新しい空間を堪能したかったが……叱責された引け目も感じ、ぶー垂れながらも格納庫(ハンガー)に向かわざるを得なかった……。

 

 

 

 ハッチから泳ぎ出る。緩やかに落下した二人は格納庫(ハンガー)に着地、ふらついたノストラビッチをディアナが支えに入ったがクロにはヨウランとヴィーノの二人が躙り寄ってきた。

「あ…? ただい――」

『きぃぃさああああむぁああああぁぁっ!!』

 見事に唱和した作業特化コーディネイターズからツインヘッドロックをかけられる。

「な!?」

『クロォォオオォ! 〝ミネルバ〟配属から続く俺達の楽しみを! エース作業員の特権を! お前が! お前が奪ったぁあああ!』

 酸欠になりながらも疑問に視線を宙に上げれば――機体整備に床を蹴って飛び上がるディアナを見つけて思い至る。溜息をついて顔を下げれば左右の二人と同じような恨みがましい顔を向けてくるシンがいる。

「おい……お前はカノジョをエサとゆーかオカズとゆーか、そんなモノにされてるとゆーことに忸怩たる何かを感じないのか?」

「くっ!」

 すごい泣きそうに呻いて顔を背けたシンの胸中を推し量りたがったが左右からの轟音が脳の許容量を埋めやがる。

『お前が! お前が余計なことを言わなければっ! ああああ言わなければ見上げたときに! それを楽しみに! 宇宙に上がることを楽しみにしてたのにぃぃっ!』

 顔を真っ赤にしたルナマリアが動物二匹の後頭部を不思議な握力で拘束すると中央で盛大に激突させた。ボーリング球が衝突するような鈍い硬質音が後頭部に響く被害は被ったものの騒音公害から解放されればまぁ感謝する。

 振り返れば、ミニスカートを穿いていないルナマリアがいた。

「助かった」

「い、いちおーお礼言うのはこっちよねっ!」

 お礼とは思えない絶叫を残したルナマリアは足音も重苦しく壁に頭を当ててなにやら悩んでいるシンへと近寄り――とても複雑な関節技をかけ始めた。

「フレデリカは、彼女の所行をどう思う?」

「え……と、流石に気づくと思います。私は……」

 シンが遠くで死んでいる。羞恥に耐えかねたかルナマリアは既に格納庫(ハンガー)からいなくなっている。彼女のメンタルを心配したのはほんの刹那。クロの思考は次を向いた。

「ティニは、艦橋(ブリッジ)?」

「いえ、制御室です」

「あぁ……」

 思い至ったように呟いたクロは2、3歩歩を進めて立ち止まると、スーツの腕に取り付けられた小型端末を操作し始めた。まだ〝アイオーン〟の内部を把握しきれていないと言うことだろうか? 首を傾げながら消えていく。溜息をついたフレデリカは再びの轟音に振り返った。男二人が痛む頭をノストラビッチに小突かれ、連れて行かれるのが見えた。今度から自分とディアナはオペレータをこそしなければならない。箱に詰めてきたアンテナ人間もいるにはいるがティニの技術にも限界があったのか、それとも彼らが浅学だったか時折難解な命令に反応できないときがある。メンテナンスはヨウランとヴィーノに任せることになるがヴィーノは当然としてヨウランも「遊ぶために仕事をする」気持ちでいる部分が見受けられる。不安から逃れるために彼らから視線をもぎ離せば……全身の関節をひっくり返したよーになって死んでいるシンが目に入った。ルナマリアが出て行くのも見受けられる。

「シン……大丈夫ですか?」

 ルナマリアが怒る理由は解るには解るものの、シンが被った被害が理不尽に思えたフレデリカはおずおずと彼に歩み寄る。

「あの……大丈夫ですか?」

「うぅ……。おれが悪いのか?」

「お体大丈夫でしたら、OS調節やってもらえませんか?」

「……君も結構、キツイね……」

 心外だ。泣きそうになりながらも、シンは自分の機体を見上げているではないか。

 ZGMF‐X42S〝デスティニー〟。

 ザフトの最終モビルスーツ。〝デスティニープラン〟の守護神として、かのギルバード・デュランダルが持てる技術の全てをつぎ込んで作り上げた決戦兵器と言われている。

(私にとっては……クロの機体のベースとなったって感じの方が強いですね……)

 フレデリカは、〝メサイア攻防戦〟を知らない。歴史上の出来事としては頭に入ってるが、宇宙で何が起きたかは知らない。ただ、当時スカンジナビア王国にいた彼女は、月面の地球軍が完全に壊滅するまで動こうとしなかったオーブに異様なほど反発したことを覚えている。

「あの……」

「なんだよ?」

「あなたは、オーブに攻められたんですよね? 〝メサイア〟で」

「…………」

「当時もわたしは〝ロゴス〟を潰すことは正しいと思ってました。ダイダロス基地への攻撃協力を陛下に具申させてもらったくらいですから」

「……で?」

「え? オーブに思い入れがあると聞いてますが?」

「あぁ……住んでたから」

「なら尚のこと、聞きたいです。あなたはあの国に裏切られたと思わないんですか?」

 見つめ返すが彼女は目を反らさない。

「自分勝手ですよ。結局どこよりユニウス条約をないがしろにして、暴力に頼ったのは、中立をうたったあそこですよ……!」

 口調とは裏腹に本気の怒気を感じたシンは思わず二、三歩後ずさっていた。

「き、君……意外と強烈なんだな……すげぇ大人しいかと思ってた……」

「えっ そ、そうですか? あ、あの、済みません……」

 なにやらやたら顔を撫でながら視線を逃がして自分自身も逃げていくフレデリカをシンはしばらく意地悪く凝視していたが、ふと思い出された言葉が気になり呼び止める。

「なぁ」

「は、はい?」

 目をしばたたかせながら振り返った彼女を前に、シンはわずかに躊躇ったが…好奇心が勝る。

「アンタの、その、上司か? 君が協力しようって言ったとき、何か、変わった?」

 聞くべきではない問いというモノはある。シンは彼女の見せた冷たい笑みというものに怯え、そして魅せられた。

「私なんかのためにオーブとの関係を捨てるわけないじゃないですか」


 
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