<序>
「桃香とっ!」
「愛紗の……」
「まえがき劇場~」
「まえがき劇場!」
「どんどんぱふぱふ、ひゅーひゅー」
「ってなんなんですか、これは!」
「回されてきた原稿によると本編が始まる前の注意書き、みたいな?」
「そうではなく!何故私たちがこんなところに呼ばれたのかが聞きたいんです!」
「えーっと『このお話は真・恋姫†無双のお話を元にした二次創作……というのは建前で作者が好き勝手に作ったキャラと一刀がイチャイチャするだけのお話です』だって」
「私の質問は無視ですか、そうですか」
「まぁまぁ、そう言わずに……出番がもらえるだけいいじゃない」
「――――っ。それは私への当てつけですか?」
「『作者独自のキャラクターに不快感を持たれる方は読まずにおくことをお薦めします。また作者は意図せずキャラクターや設定の改変などを行っている場合があり、原作を至上とする方も同様です。』」
「きゃらや設定の改変って……このやりとり自体が該当するんじゃないでしょうか?」
「わたしもそう思うんだけどね。……あ、書いてる人が『あんまり細かいこという人は出番がいらないんだよね?』だって」
「続けますね。『なお、作品の内容に関するご意見・ご感想・ご注意などはいくらでも受け付けてますので遠慮なくお願いします』……一見すると殊勝ですが、ずいぶんと都合のいいことを言ってますね」
「そこはのーこめんとで……『最後になりますが拙作を読んでいくらかでも楽しんで頂ければ幸いです』。これで原稿は最後かな」
「そのようですね。ところで桃香様、のーこめんと、とはどういう意味なんでしょうか?」
「この前、ご主人様が言ってたの。こういう時に使うっぽいんだよねー」
「よく知らないで使ってるんですか……」
「あはは、きっとたぶん大丈夫だよ。……じゃあ愛紗ちゃん、締めのあいさつ、やっちゃおうよ」
「はっ!それでは……真・恋姫†無双SS(仮)」
「時分の花っ」
「ごゆるりとお楽しみくださいませ!」
「ごゆっくりお楽しみくださいませ~」
真・恋姫†無双SS(仮)
時分の花
<第一場>
その日、一刀は非番だった。
いつもなら非番の日は聞きつけてきた誰かに強引に連れ出されたり、何か事件に巻き込まれたりするものだが今のところそんな気配もない。
一刀にしても毎度起こる大騒ぎは嫌いなわけじゃないけど、そういつもいつも事件の中心にいては疲れてしまう。心境としては日曜日に家でゴロゴロしてる勤め人に似ているかもしれない――――もちろん、実際にそれをやると掃除しに来た詠に寝台から叩き出されるのだが。
今は次善の策として庭の隅にある四阿でのんびりお茶をすすっていた。
(何はともあれ今日のところは平和が一番ってところか。これもある意味ぜいたくだよなぁ)
お茶は通りかかった女官に頼んで用意してもらったものだ。
茶葉も水も同じはずなのに、月の淹れてくれたお茶とはどこか違う味がした。だからと言ってわざわざ月を呼びつけてお茶を淹れてもらうのはどうかとも思う。
遠く離ればなれにされたわけでもないのに、ちょっとしたことがきっかけになって彼女たちのことを思い浮かべてしまう。ついさっきまで何も起こらないことを歓迎してたというのに。
きっと彼女たちこそが一刀の日常なのだろう。
(コレ飲み終わったら誰か探しに行くか……)
ちょうどそんなことを考えていた時だった。
「だーれだ?」
突然、一刀の視界は何かで塞がれてしまった。ちょっとひんやりしててすべすべな感触は人の手のものか。問いかけと合わせれば彼女たちの誰かがちょっとした悪戯をしかけてきたんだろう。
状況を理解した一刀の背筋に氷塊が走った。
(間違えるのは最悪、だからって考え込むのもマズい。さっきの声、あまり聞き覚えがなかったんだよな。少なくともこういうことをよくやる娘達の声じゃなかった。普段やらない子が思いつきでやっているんだとしたら非常に危険。血の海に沈むか心をズタボロにされるか、どっちにしてもせっかくの休みを再起不能させられる……。かくなる上は!!)
「だ、誰だろうなー、イタズラっこなんだからー」
これでなんとか誤魔化せないかな、誤魔化せたらいいなあ……そんな都合のいいことを願いながら丁寧に手を取ると体ごと向き直るように振り返った。
そこには――――
「あれ?ホントに君、だれ?」
見ず知らずの女の子が立っていた。
「えっ?」
「たぶん君とは初対面だよね?君みたいな可愛い娘なら会えばまず忘れないだろうし、会ったことないはずだよ」
「……かわいい?」
一刀の言葉をくり返す彼女の表情は嬉しさと戸惑いが混じりあっているように見えた。何か考えごとでもあるのか、口の中でしきりにブツブツと呟いている。
一刀は自分の世界に入ってしまったその娘を改めて観察する。
まず目につくのが顔の半分を覆うような大きな眼鏡だ。長い黒髪は白いリボンでゆるく纏められていて、身体の右前にふわりとかかっている。白いシャツの上からノースリーブのピンクのワンピースを合わせている。全体としてゆったりしたデザインではあるものの、彼女が豊かな胸の持ち主であることまでは隠しきれなかった。
(この、少しつりあがった目元とかゆるいファッションの割に凛々しい雰囲気とか、よく見ればどこかで会ったような気もするんだよな。……うーん、ダメだ。やっぱり思い出せないか)
一刀は手がかりを元に記憶を探ってみるものの、最近知り合った人々の中に彼女の顔は見つからなかった。
自力で思いだせないなら――――失礼な話ではあるが――――本人から訊きだすよりない。
「えっと、ちょっといいかな?」
「……あ、はい、すみません」
「悪いんだけど君が誰か教えてくれるか?」
「……えーっ、本当にわからないの?」
「……ごめんなさい、わかりません」
自分の落ち度だけに一刀は平身低頭するしかなかった。
「も、もうしょうがないなー。……あっ、そうだ。そ、それならさ…………今日一日、私につきあってよ」
「え?」
「だって一緒にいれば私のこと、わかるかもしれないでしょ」
「俺は今日、非番だけどさ。君こそ何か用があったんじゃないの?」
「ううん、ちがうの。あ、あのね……ご主人様がヒマそうにしてたからお話ししようかなーって思って……」
一刀は忘れているものの、どうやら彼女とはかなり近しい間柄のようだ。ご主人様と呼ぶからには蜀の関係者とも思われた。
「……ダメかな?」
遠慮がちにお願いする彼女に一刀は降参するしかなかった。
負い目のある相手にこう言われて断れるほど冷たい人間じゃないつもりだし、そのお願いの中身だってかわいい子とのデートなんだから断る理由なんてない。
「わかったよ。今日は一日お相手をさせていただきます、お姫様」
「……えへへ、ありがとっ」
彼女はそう言うなり一刀の腕に抱きついた。
一刀は胸の当たる感触にドギマギしながらも、あらためて彼女の正体が気になるのだった。
<第二場>
「ね、ご主人様。どこ行こっか?」
彼女はうれしそうに一刀の手を引いて歩く。一刀にしても喜んでいる彼女を見て悪い気はしない――――正体不明ではあるけど。
「ヒメはどこに行きたいんだ?」
彼女はお姫様という呼び方をいたく気に入ったらしく、呼び方に困った一刀はそのまま『ヒメ』と呼ぶようになっていた。
初めのうちは恥ずかしかったけど、返事をしてくれる彼女の笑顔が見たくて何度も呼んでいるうちに気にならなくなった。
「えっと、私の好きなところでいいの?」
「ああ、どこにでもついて行くよ」
いきなり連れ出された一刀は全くのノープランだ。ヒメの好みとかもわからない以上こう答えるしかない。
「じゃあね、服を見にいきたいな」
「了解」
「ほら、こっちだよ~」
お目当ての店でもあるのか、ヒメは一刀の先に立って歩いていく。何だか妙に早足だった。
「そんなに急がなくても大丈夫だろ」
「だ、だって~、せっかくご主人様と一緒なんだからいろんなとこに行きたいんだもん」
早足といっても男の一刀がついていけないようなスピードじゃないし――――これが鈴々や季衣あたりならこちらを引きずるように駆けていくのも日常茶飯事だが――――、ヒメの言葉も嬉しかった。
ただ問題なのはそう言うヒメ自身の足元が覚束ないことで……
「きゃっ!」
短い悲鳴をあげてヒメが転んだ。繋いだ手に引っ張られた格好の一刀は危ういところでヒメの体を避けた。
「大丈夫か?」
一刀は返事を待たずに彼女の体を確かめていく。ヒメがヒールの足首を撫でているのが気がかりだ。
「う~ん、ちょっと足を捻ったくらいかな」
「歩けそう?」
「……えへへ、これくらいなら大丈夫だよっ。心配してくれてありがと♪」
一刀の前でカッコ悪いところを見せたからか、それとも本当に心配されたことが嬉しかったのか、照れ笑いをするヒメ。
一刀には、口では大丈夫と言いながら無理をして抱え込んでしまう『誰か』と、ヒメが重なって見えた。
慌てて頭を振って『誰か』の面影を振り払うと、後ろを向いてヒメに背中を差し出す。
「あんまり無理するなよ。そこに茶店があるから少し休んでいこう……ほら、乗って」
「でも――――」
「いいから、ほら!」
しばらく背を向けたままでいると、観念したのか、ヒメが遠慮がちに背中に覆いかぶさってきた。
快い重みが一刀にもたらされ、服越しに互いの体温と鼓動が交じりあった。
一刀は慎重に立ち上がるとゆっくりと店に向かった。
伝わってくる体温はなんだか懐かしいような感じがして少しでも長く味わっていたくて、店がもっと遠くにあればいいのに、と思った。
<第三場>
長いようで短い道程を経て二人は茶店に落ち着いた。
一刀もヒメも互いを意識してまともに顔も合わせられないような有様だ。
もっとも、一刀は
(それにしてもヒメの胸、大きかったな……それに背中に当たって、ふにゃっと柔らかくって……)
などと不埒なことを考えて鼻の下を伸ばしていただけなのだが。
「……………様?」
(いつだったかおんぶした桃香のもすごかったよな……)
「…………人様?」
(大きさなら桃香の方が上かな……感触は……)
「……ご主人様!」
「――――っ!はい、なんでしょうか!」
思ったより長い間妄想に浸っていたらしく、一刀をヒメがジト目で見ていた。
やましいことを考えていた後ろめたさから返事をする声が裏返ってしまったこともあいまって、一刀に向けられる視線はさらに険しくなる。
「なんだかご主人様の鼻の下がかつてないほど長くなっているんですが?」
「ソンナコトアリマセンヨ!」
「先ほどから胸のあたりに視線を感じるのも私の気のせいなのでしょうか?」
「モチロンキノセイデストモ!」
心の奥底まで見透かそうとするヒメの視線を一刀は正面から受け止めた。目を逸らしたい欲求を押さえつけて視線を固定する。
さっきまで顔もあわせられなかったはずの二人は、数秒、無言のまま見つめ合い――――先に根負けしたのはヒメの方だった。
「……はあ、もういいよ……」
ため息をつき、呆れたような声で許しが与えられ、同時に視線の圧力が緩められる。
「で、何の話だっけ?」
「……もう、調子いいんだから。……あのね、さっきのお礼をまだ言ってなかったでしょ」
「別にわざわざ礼を言われるようなことじゃないよ。俺が勝手にやったことなんだから」
「それでも!私は感謝してるし、お礼を言いたいの」
ヒメは居住まいを正すと、先ほどよりもっと瞳に力を込めて一刀を見つめる。
またも二人の視線が交わり――――先に折れたのは一刀の方だった。
「……わかった」
一刀の台詞を聞いたヒメはまたもため息をついた。今度のは安堵からだ。
「ご主人様……ありがとうございました」
改まって言うのは照れくさかったのか、赤らんだ顔でヒメが頭を下げた。
知り合ったばかりの彼女だが、今日だけで幾度もお礼の言葉を口にしていた。そのヒメが丁寧に感謝している。そのことは一刀の心を打ったが、それに伴って疑問も湧いてくる。
頭をあげたヒメに、浮かんだ疑問をそのままぶつける。
「どうしてそこまで?」
「だって、ご主人様は私のことよく知らないのに……それなのにあんなに心配してくれて、おんぶしてここまでつれてきてくれて……私、感動しちゃったんだから」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのっ!」
理由を聞いてもまだ納得できないでいる一刀をヒメは笑顔で見ていた。
にこにこと機嫌良く見つめられて一刀が居たたまれなくなった頃、注文の品が運ばれてくる。
一刀のは中華風チマキに春巻きとスープがついたセットメニューで、ヒメは甘い点心ばかりだ。
彼女の目が料理に向き、解放された一刀もひそかに息をつく。
ヒメはそのまましばらく食事を楽しんでいたが、ふと気がつくといつの間にか
「……ねえ、その春巻き、美味しそうだよねー」
と、もの欲しそうに春巻きを見ている。
「……はいはい、どうぞ」
「ごめんね、なんだか催促しちゃったみたい。……じゃあ、いただきまーす」
許しを得た彼女は早速ひとつ取って口に入れる。
ぱりぱりした皮の歯ごたえとたっぷりした中身の汁気を満喫する。
「『みたい』じゃなくて『催促そのもの』だろうが。まったく……」
「あん、怒らないでよ~。お詫びにコレ、あげるから」
ヒメは一口サイズのごま団子を箸でつまんで差し出してきた。
「はい、あ~ん」
「……さすがにここでそれは恥ずかしくないか?」
昼前とはいえ他に客がいないわけでもないし、第一、客が一刀達だけだったとしても店員はいるのだ。
おまけに周囲の目を意識したとたん、みんながこちらを見ているような気さえしてくる。
(いや、気のせいじゃなくて周りの――――主に男からの視線が体に突き刺さってくるぞ。……そりゃ、こんなことしてれば当然か)
「まあまあ、そう言わずに……はい、あ~ん」
「………………」
(意地でも引っ込めるつもりなんて無さそうだな。なら、いっそ言うとおりにした方がいいのか?)
「私だってこのお店に入る時はかなり恥ずかしかったんだよ?だ・か・ら・今度はご主人様の番♪……ね、あ~ん」
「………………あーん」
観念して口を開け、差し出された団子を食べる。ごまの風味が一刀の口いっぱいに広がり、噛むと中から餡の甘味が飛び出してきた。もっとも甘いのは餡のせいばかりじゃないだろう。
そんな一刀とは対照的に、ヒメの方は本当に上機嫌でそのまま『しあわせ』というタイトルの絵になりそうだ。
そして、彼女は更なるしあわせを求めて躍進する。
「ところでそのちまきも食べてみたいんだけどな~……それに今度はご主人様が私に食べさせてくれる番だよね~」
「いや、もう勘弁してください……」
<第四場>
茶店で休憩と軽い食事を済ませた一刀達は当初の予定通りに服を見に来ていた。
もっとも元気になったのはヒメばかりで、一刀はなぜか余計に疲れを感じていたが。
捻った足の具合も軽かったようで茶店を出る頃にはすっかり治っていた。今のヒメは足運びこそ気をつけているもの、不自由なく動き回っている。
「どうかな?」
「うん、似合ってるんじゃないか?」
「わーいっ、ありがとっ」
一刀はただ「似合ってる」とか「かわいい」としか言ってない――――というより言えない、が正しい――――のだが、それでもヒメは笑顔になってくれた。
姿見の前で次々と服を当てて見せるヒメは楽しそうだった。隣にいる一刀も自然と笑ってしまうほどに。
どうやら彼女は可愛らしい服が好きなようでボーイッシュなものやタイトなデザインのものは試してもいない。
手持ち無沙汰な一刀は近くにあった鮮やかな緑のベストを奨めてみた。
「これなんかもヒメに似合うんじゃないかな?」
「そ、そうかな~、こっちの方がカワイイと思うけど……」
ヒメは一刀から渡された服と自分が持っていた服を見くらべる。
「……やっぱりこっちの方がいいかな」
そう言って緑の服は元の棚に戻してしまった。
「せっかく選んでくれたのにゴメンね、ご主人様」
「いや、いいさ。今度はもっと可愛いの見つけてくるからな」
笑顔の曇ったヒメを元気づけようと一刀は店の中を探し回った。
しばらくして戻ってきた一刀の手にはピンクのふりふりスカートが握られていた。
「あれ?ヒメ、どうかしたのか?」
一刀が戻ってきたのにも気づかず俯いていた彼女は、声をかけられてようやく我に返ったようだ。
「……いえ……なんでもありません、よ」
思わずこぼれてしまった台詞に気がつくと、慌てて一刀の持ってきてくれた服を手に取る。
「あ、これカワイイ!」
そう言うなり店員に許可を取って試着室へと飛びこんでいった。
<第五場>
服屋では大騒ぎをしたわりに、結局買ったのは一刀の選んだスカートだけだった。
そのことを不思議がると
「……この前、色々と買いすぎちゃってね~。こうなるんならもう少しお金、残しておけばよかったな……」
ヒメはそう言って残念がっていた。もし余裕があったとしたら、あのフィーバーぶりではそれこそ財布を逆さに振っても何も出てこなくなるくらい買いまくっていたかもしれない。
今、二人は市を冷やかして回っていた。
きれいなもの、にぎやかなもの、おもしろそうなもの、めずらしいもの……目を惹かれる何かを見つけるたび、ヒメは一刀をそこへ引っ張っていってあるいは手に取り、あるいは指をさして報告してくれる。
細工物を並べた店では
「……これ、動物さんに似せてあるんだね~。かわいいっ」
果物を山と持った青物屋では
「……いい匂いだねぇ。おいしそー」
色とりどりの食器を扱った焼き物屋では
「……うわっ、高っ。こんなお皿だと割るのが怖くて味が分からなくなっちゃいそう」
旅芸人が楽を奏でる辻では
「……賑やかな曲だね。なんだかお祭りみたい」
と、こんな具合だ。
初めのうちこそ
「あんまりはしゃいでると、またコケちゃうぞ」
などと軽く注意していたが、そのうち彼女が次に何を見つけるのか楽しみになっていた。
子犬みたいにくるくると動きまわる姿を見ているだけで退屈などするはずもなく
(かわいいけど……ちょっと子供っぽいかもしれない)
そんな考えも一緒になって頭をかすめ、一刀は苦笑まじりの笑顔を浮かべるのだった。
「ねっ、次はこっちだよ」
またもヒメが一刀の手を引いていく。
今度連れて来られたのは様々な装身具を売る店だった。店先には金や銀などの貴金属に貴石をあしらった豪華な物から木製の簪やペンダント、組紐で作られた腕輪といった手頃な物まで雑多に並べられている。
女の子らしく、やはりこういったものには目がないらしい。ヒメは目にかなうものを見つくろっては、時折顔をくっつけるように近付けて吟味している。
しばらくは行ったり来たりしていたヒメの視線だが、お気に入りの品が見つかったのだろうか、やがて一点に集中するようになった。
少し興味のわいた一刀が覗き込んでみるとそれは銀の首飾りだった。
細かく編まれた銀鎖の環に薄紅色の小石が取りつけられている。石は太陽に照らされてきらきらと輝いている。柔らかな銀色がともすればつつましく思える薄紅色を引き立てていた。
ヒメは首飾りがよほど気に入ったとみえて、手を触れこそしないものの様々な角度から眺めてはため息をついていた。
「気に入ったみたいだな」
「うん……」
一刀の確認にも上の空だ。瞳は吸いつけられたまま、顔を上げることすらしない。
「そちらの旦那。良かったらかわい子ちゃんに一つ、贈り物などされてはどうです?」
店主が並べたてるありきたりな口上を聞き流すあいだ、一刀は宝物に目を奪われるヒメの横顔を見ていた。
すぐに心が決まる。
「いくらだい?」
「へい、ちょっとお待ちくだせい…………こんだけになりまさあ」
「えっ、そんな……えぇっ!?」
ヒメが戸惑っているうちに支払いを済ませた一刀が首飾りを示す。
「さっ、どうぞ」
「そんな、いけません。ご主人様の懐を痛めようなどという心算はなかったんです」
「もうお金、払っちゃったんだし遠慮するなって」
「そうはおっしゃいますが……」
「ヒメの笑顔が見たくて勝手にやったことなんだから気にしないの…………ヒメがどうしても着けられないんなら、俺には似合わない物だし捨てるしかないんだけど?」
「…………」
「さあ、どうぞ、お姫様」
重ねて促され、ようやく手を伸ばすヒメだったがその手はなぜか途中で止まってしまう。しばらく宙をさまよわせた後で引っ込めると一刀の方へと向き直った。
「……あの、ご主人様」
(やっぱり受け取ってもらえないのか?かなり気に入ってたみたいなんだけどなー。いきなりプレゼントってのがまずかったか)
一刀は彼女の様子に不安になるが、なんとか表情には出さずにすんだようだ。そのまま辛抱強く続きを待つ。
「……その、ね…………あっ、べ、別にイヤだったら無理にしてくれなくっても全然平気なんだよ?…………でもね、できればご主人様の手でつけて欲しいなって…………そう思ったんだけど…………」
さんざんためらった末に上目遣いでされたお願いの、なんでもない内容に緊張の解けた一刀は思わず全身の力が抜けてしまいそうになった。
「それくらいだったらお安い御用さ」
そう言って首飾りを取る。
「で、ではお願いします」
つけやすいようにというつもりなのかヒメは首のあたりの髪をどけ、顔を上向けている。
一本のひも状にした首飾りの先を持って正面から彼女のうなじのあたりに手を回すと、驚くほど互いの顔が近くにあった。
ちょっと赤らんだ頬とか潤んだ瞳なんかが艶っぽく見える。
(うーむ。意識されてるからなのか、こっちまで妙な気分になってくるぞ…………っていうかこの姿勢って抱きついてるようなものなんだよな)
ヒメの顔から微妙に目線を逃しながら金具を噛み合わせる作業に没頭する。
見えないところの細かい作業で思ったよりも長くかかってしまった。
「ふぅ、ようやく上手くいった…………後ろからやった方が楽だったな、今さらだけど」
なんとなく言い訳しながら一歩だけ距離を取った。
「…………」
「…………ヒメ?」
首飾りはもう着け終わったのにヒメは同じ姿勢のままだった。目の前で手をひらひらさせてみても全くの無反応で、心こころ在らずといった様子だ。
少し心配になって呼びかけながら軽く肩を揺さぶってみる。
「……わわっ、いきなりひどいよ~」
「呼んでも全然反応しないそっちが悪いんじゃないか」
「うぅ、いいところだったのに台無しだよ……」
(恨めしげに見上げてくるところもちょっと可愛いなー、なんて思うのは不謹慎なんだろうか)
「なあ、ご両人。うちの商品を買ってくれたお客さんにこういうこというのは気が引けるんだがよ……」
雰囲気が落ち着いたと思ったのか、すっかり忘れ去られていた店主が話しかけてくる。
「熱々なのはよっっく分かったからよ、続きは場所変えてやってくんないかな」
『あ』
期せずして返事が重なる。気がつけばいつの間にかあたりの注目の的になっていた。恥ずかしさで顔に血が上って行くのが自分でわかる。
「うちとしてはいい宣伝になるから構わないんだがな、さすがに市の真ん中でこれ以上盛り上がるってのはマズいだろう」
「す、すみません……」
「じ、じゃあそろそろ行こうか」
一刀はヒメの手を取ると市から逃げ出した。
「おう、がんばんなよ!」
囃し立てる店主の声が追い討ちになって背中を打つ。
居たたまれないけど気分は良かった。
繋いだ手をきゅっと握り返されると気持ちまで繋がったような気がしてもっと嬉しくなった。
<第六場>
市を後にした二人はあてもなく街中をぶらついていた。
一刀はヒメと手を繋いだまま、足を動かす。しっかりと絡めた指からぬくもりと一緒に気持ちが伝わってくるような気がして会話がなくても全然苦にならない。彼女がもう片方の手でずっと首飾りを撫でているのに気づくと胸が熱くなった。
いつしか太陽も西へ傾き、あたりは朱く染められていく。辺りを見れば家路を辿る男や戸口で家人の帰りを待つ子供、店じまいの準備をする売り子がいる。それら目に映る全てが一日の終わりを告げていた。
「なあ――――」
「そろそろ帰ろっか」
どこかでもう少し一緒に過ごさないか、という一刀の申し出は、心を読んだようなタイミングのヒメの台詞で遮られた。
「あんまり遅くなったらみんな心配しちゃうもんね」
少しだけ寂しさを滲ませてヒメが続ける。
心配なんてさせておけばいい、とは言えなかった。そのかわり、できるだけなんでもなく聞こえるように頷く。
「そうだな……帰ろうか」
二人はできるだけ遠回りになるような道を選んで城へと向かった。
途中で黙っているのに耐えられなくなった一刀は今日の出来事を片っ端から話題にしていた。彼女が相槌を打ち、時々声をあげて笑ってくれる。そうして、まだ隣に居てくれてるのを確認したかったのかもしれない。
だけど、どんなに遠回りをしたところで城が無くなるわけでもない。
「それからさ――――」
ヒメが門の前で立ち止まると、通り過ぎようとした一刀も引っ張られて止まってしまう。
話に夢中なふりをしてもう一回りしよう、なんていう目論見は当然のように見破られてしまった。
「……今日は楽しかった~。ありがとう」
笑顔でさよならの準備をするヒメの横顔を夕日の最後の残りが照らしていた。夕焼けを夜空が刻々と削っていく。
これで最後だと思った一刀は何か気の利いたことを言ってやりたかったが、空回りするばかりの頭は言葉をまるでつかみ出せない。
「ご主人様……………………」
不意に繋いだ手を引っ張るようにしてヒメの体が胸に飛び込んできた。
そのまま伸び上がるように顔と顔が近づけられて
「…………………………ちゅっ!」
唇が触れあったのはほんの一瞬だった。
視界を埋めたヒメの顔が驚いている間に遠ざかってしまう。繋いでいた手から指がするりと逃げ出す。
わずかに残る唇の感触と遅れて薫る甘い汗の匂い。そのふたつだけが一刀に印されたキスの証だった。
「……えへへっ。じゃあ、またね!」
そう言いざま、ヒメは駆け出した。
見る見るうちにその背中が宵闇へと消えていく。
(またね、か…………ははっ。最後までやってくれたな)
もう二度とヒメには会えないなんて勝手に思い込んで、一人であたふたしていた自分がバカみたいだ。
走り去る愛紗を見送る一刀は、次に彼女と会える日が今から待ち遠しくて仕方がなかった。
<終幕>
どこをどう走ったのかはわからない。
愛紗は自室の扉にもたれて息を落ちつかせていた。顔が夕日の色に染まっているのは激しい運動をしたせいではないだろう。
頭の中はたった一つのことでいっぱいだ。
(ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、ご主人様にくちづけしてしまった、)
そのときのことを思いかえすと落ち着けたはずの心臓が高鳴り、息があがる。胸の中心に火がついて、そこから全身に熱が伝わっていく。わけもないのに部屋の中を跳ね回りたくて仕方がない。
(で、できるだけ思い出さないようにしなければ………………このままでは死んでしまう)
愛紗自身、一緒に朝を迎えたこともあるというのにくちづけくらいで何を今更、と思わないでもない――――だが、自らの冷めた部分が指摘した事実とは裏腹に、自分からするのは想像以上に『くる』ものがあった。
またも記憶が蘇り、熱が戻ってくる。
(く、この身はご主人様のためのものだ。こんなところで倒れてなるものか!)
そんなことを何度も何度も繰り返しているうちに、机の上に置きっぱなしにされためも帳が目の端に見えた。
冷静になってみると、今日のできごと――――ここでさっきのことを思い出して中断しそうになる思考を頭を振ってはっきりさせる――――を全て忘れてしまうのはいかにももったいない。記憶の鮮明なうちに何かの形で残しておくべきと思われた。
(めも、か。忘れないようにするためのものだったな。ならばあれに今日あった事を書き留めておくのも間違いではなかろう)
その夜、愛紗の部屋から灯りが消えることはなかった。
後日、星によって一冊のぶ厚い書物が愛紗の部屋の寝台の下から発見されることになる。
中を見た星が笑いだすより先に体中を掻きむしる羽目になったのは自業自得というものであろう。
<あとがき>
本作をお読みくださった皆様、はじめまして。前作、前々作も読んでくださった奇特な方々はお久しぶりでございます。今回は色々あっていつもより時間がかかってしまいました。
自分から動く愛紗を書きたかっただけなのにどこをどう間違ってかこんな有様です。とはいえ詰まっている時も含めてずっと楽しんで書けたのは幸いでした。前作のあとがきで触れたようになんとか愛紗の話がかけて私自身は満足しているんですが、好き勝手に書き散らしたもので読者が楽しめるのか、正直、不安でいっぱいです。こんな愛紗もありかな……なんて思ってもらえるよう祈るばかりです。
あと蛇足かもしれませんが、冒頭も本文もオチも色々と問題だらけな内容で作者の下手なせいで伝えきれていない部分があると思うのでこの場でネタばらしをしておきます。
では、また次の機会にお会いしましょう!
話の流れとしては、イメチェンした格好を見せに来た愛紗が一刀の鈍さに乗っかって別人を演じるというものです。愛紗はヒメを演じるにあたって一番身近で甘え上手な桃香を真似ています。どもったり受け答えがワンテンポ遅れるのも桃香ならどうするか考えているからです。第二場で一刀がダブらせた『誰か』も桃香のこと。一刀は第三場の冒頭あたりでヒメの正体に当りをつけ、第四場で愛紗だと確信しています。第四場でヒメが緑の服を避けたのは普段の愛紗に近い格好をして正体がバレるのが嫌だったからですが、結果的にそのせいで一刀に正体が分かってしまったわけです。以後の一刀は愛紗のイタズラにつきあっているつもりで、第五場で素の愛紗に戻ってるのにスルーしてるのも正体とかどうでもよくなってるから。
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真・恋姫†無双でオリキャラメインの話。オリキャラとか設定改変とか嫌いな方には非推奨。