No.178113

~真・恋姫✝無双 孫呉伝~第一章拠点

kanadeさん

お待たせしました。
孫呉伝第一回目の拠点です。
アンケート結果発表SSから、期間が空いてしまいましたが、どうぞお楽しみください

2010-10-14 04:49:27 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:12132   閲覧ユーザー数:8456

~真・恋姫✝無双 孫呉伝~ 第一章〝拠点〟

 

 

 

1/香蓮

 

 

 

 野盗の討伐から暫くが過ぎ、暫しの平穏が訪れた。

 そんなある日の朝方の事――。

 いつものように早朝鍛錬をする一刀を香蓮は離れた所から見ていた。

 先日の一件以来、一刀の剣にはこれまでになかった〝覚悟〟が感じられるようになったのだ。本来であれば、喜ぶべき事である筈なのに、香蓮はどこか釈然と出来ずにいた。率直に言うと嬉しくないのである。

 「・・・一刀!」

 余程の集中だったのだろう。呼ばれるまで視線にさえ気づいていなかったらしい。

 香蓮に呼ばれた一刀は、彼女の傍にまで来ると何かと尋ねた。

 「鍛錬に随分と気合が入っているな。やはり、先日の一件のせいか?」

 「うん、まぁ・・・ね。あれから暫く経って・・・色々考えて、これからも戦場に立つって決めたから」

 「そうか・・・一刀、お前がどんな答えを導いたのかは知らん・・・だが、感謝しているよ。しかし、あたし達はお前に押し付けてばかりなんだ・・・我が儘の一つくらい言ってみたらどうだ?」

 彼女にそう言われて、一刀はすぐには答えを出さずに、ニッと笑って香蓮に一つだけ、我が儘を言ってみた。

 

 「手加減無しで相手をしろ・・・お前、自殺願望でもあるのか」

 暗に実力の差を分かっているのかと言われて、苦笑する他ない一刀。確かに木剣対木刀とはいえ、お互いに氣が使える以上、武器の強化もお手の物である。

 ましてや相手は自分以上の手錬なのだ。〝もし〟は充分にありうる。

 油断などすればその可能性が跳ね上がるだけだ。

 「とにかく、お相手願います」

 「まぁいいさ。周家の令嬢に責められたくはないからもう一度確認しておくが、手加減はしなくていいんだな?」

 「勿論」

 「いいだろう。・・・では構えろ」

 

 

 そして、互いに構える。

 互いの気迫がぶつかり合い、空気が張り詰めるのだが、この時点で香蓮は既に一刀の申し出通り本気、つまり全開である。

 そのため、一刀は目の前にいる女性から眼を逸らさないようにするだけで精一杯となっている。 眼を逸らせば、その瞬間に喉笛を食い千切られるであろうことが容易に想像できてしまう。

 (初めて手合わせした時以上だ・・・これが、香蓮さんの本気・・・逃げ出したい)

 立っているのも辛い。持っているのは互いに木剣(木刀)にも拘らず、香蓮の持っているものが真剣に見える。対する自分の持っているのは路傍にあるような棒きれにしか見えないのだ。

 

 「逃げても構わんぞ」

 「・・・・・・・」

 香蓮が声をかけた時、すでに一刀は肩で息をしている。

 だが、一刀は何も言わず、構えたまま、じっと香蓮を睨んでいた。

 「武人・・・いや、男の意地か?いい顔をしている」

 会話する余裕すらない一刀と違い、木剣を肩に担いだまま楽しそうに話しかけてくる。

 そのくせ、一切気迫が緩まず、圧倒的なままだ。

 「流石に言葉は交わせんか・・・なら、剣で語るとしようか」

 担いでいた剣を下ろし、笑みを引っ込める。

 一刀はそれを見た瞬間、咽を鳴らした。

 「往くぞ・・・すぐに沈んでくれるなよ!」

 虎が、獲物へと躍りかかった。

 

 

 木と木がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。

 (・・・ふ、反撃に転じる事が出来ずにいるな・・・だが)

 「体捌きがなっていない!ましてや!」

 一刀の木刀が弾かれ構え直そうとした瞬間に来た攻撃は武器ではなく、彼女の引き締まった足から繰り出される蹴りだった。

 「剣だけが武器じゃない・・・油断だな。実戦ならもう死んでいる」

 腹に喰らった蹴りのせいで、ふっ飛ばされた一刀は未だにえずいている。早朝という事もあって何も食べていないのが幸いというか一刀の口からはなにも吐き出される事はなかった。

 「まあ、賊や兵ぐらいであれば問題ないだろうがな。将が相手だったらコレは致命的だ。尤も、 お前はまだまだ成長の余地がある。精進することだ。立ち止まったままでは進歩は

ないぞ」

 「あ、ありがとうござい・・・ます」

 「礼はいらん。しばらく休んでろ」

 「そう、させてもらいます」

 そのまま一刀は仰向けに寝転がり香蓮は中庭を去っていくのだった。

 

 中庭を後にした香蓮は上機嫌だった。

 「あはははは♪朝から気分がいい。・・・ふむ、水くらい差し入れてやるか」

 折角これ程上機嫌にしてくれたのだ。それくらいしてもなんの問題もないだろうと判断し、香蓮は実行に移した。

 

 「母さんもそうだけど、スイッチが入った人って本当に凄い。まず気迫がまるで別物だ」

 かつて母の本気と初めて対した時は気迫に呑まれ、気絶した事がある身としては、今回香蓮の気迫で気を失う事がなかったのは、その時以降も何度か本気の母と対した事があるからである。

 更に言うと母だけではなく祖父や剣道部の主将である不動 如耶の本気もケタ違いであるため(妹はそこそこなのでスルー)、圧倒的強者の気迫に対して、ある程度耐性があったのだ。

 その経験がなければ初めて手合わせした時も手合わせする前に気を失っていたに違いない。

 などとあれこれ考えていたら頭に冷たいものが注がれた。

 「・・・ありがとう」

 「手拭もあるぞ、顔を拭くといい」

 水の入った竹筒と手拭を渡され、それをくれた香蓮に礼を言う一刀。

 「一刀、あれ以来がむしゃらに鍛錬をしているようだがな、時には羽を休める事も大事だぞ。鍛錬を止めろとは言わんが、あの一件以来、張り詰め過ぎだ。今の状態を続けたままでは体が持たんぞ?」

 「・・・うん、分かっちゃいるんだ。だけど・・・」

 「歓喜、恐怖、興奮、罪悪感・・・多くの感情がせめぎ合ってよくわからん状態といったところか?剣を振るう事でそれを振り払っているのだろう?」

 図星だった。あれから数日たっても感情の整理がつかないでいるのだ。香蓮との全力の手合わせを申し出たのも、そうすれば今の自分の中にある靄を消せるのではないかと思ったからだ。

 結果としてはまだ、消せないでいた。

 「初めて戦場に立ったものは多くがそれを経験する。ゆえに、それを恥じる必要はない。」

 一刀の隣に腰を下ろし、その頭を抱き寄せ語りかける。豊満な胸の感触に一刀は話を聞くどころではなくなっていたが、香蓮はそれに気付くことなく話を続ける。

 

 

 「大事なのは、その事実から目を背けずに受け止めることだ」

 

 ハッとした。

 「受け止め・・・そして立ち上がれ。〝今の自分〟で在りたいのならば逃げるな。振り返るのは構わない。休んだっていい。だがな、逃げる事だけはするな。逃げれば、それまでの自分そのものから逃げる事になる・・・だからと言ってなんでも背負いこむなよ?お前がどう思っているかは・・・知らないけどな、お前も孫呉の大事な家族・・・だから甘えてみせろ」

 「・・・香蓮さんにも?」

 「ああ。小さい事で悩んでいるようなら愛情溢れる拳をくれてやる」

 背筋が寒くなった。

 今までにも喰らった事のある香蓮の拳骨は冗談やお仕置きなんて言ったレベルをはるかに超越して痛いのだ。

 それこそ記憶が飛ぶのではないかと思うほどに。

 「それはそうと・・・お前、顔真っ赤だぞ?」

 「そう思うんだったら解放してください!」

 「ははっ・・・却下だ♪しかし、穏を襲ってないと聞いた時も思ったんだが・・・お前・・・経験はいないのか?」

 「お恥ずかしながら・・・ないです」

 「恋人は?」

 「いないよ・・・憧れた人ならいたけど・・・。あの、まだ解放してくれないの?」

 一刀の問いかけに香蓮はにっこりと笑って頷いた。

 実に楽しそうな顔だ。話す事もそっちのけで見惚れてしまうほどに魅力的な笑顔だった。

 「どうした?呆けた面をしているが・・・あたしの笑顔に惚れたか?」

 「うん、凄く綺麗だった」

 「――」

 香蓮が軽く息を呑んだ。

 

 度々思っていた事ではあるが、私が頭を抱き寄せているこの男は、どうしてこうも言葉を飾らず、真っすぐな言葉を口にするのだろうか。

 躊躇いすらなく、なんの打算も無く、ただただ、己が思った事を飾らずに素直に伝えるというのは、簡単に見えて非常に難しい。

 やろうと思って出来る事ではないのだ。意識すれば、その瞬間に損得勘定や打算が生じ、言葉から純粋さが消える。

 香蓮はかつての立場上、腹の探り合いなどうんざりするほどに経験していた。だからこそ、

言葉にどのような意味が込められているかがすぐに理解できる。

 そう、それがわかるからこそ一刀の言葉の純粋さに驚いたのだ。

 心に浮かんだ気持ちをそのままの形で相手に伝える目の前の男に。

 

 「お前は・・・思いもよらない才の持ち主だな」

 それは一刀に送る賛辞の言葉であり、香蓮の率直な感想であった。

 その言葉を聞かされた一刀は何の事かよくわかっていない様子だったが、彼女は特に詳しく説明するでもなく、抱き寄せていた一刀の頭を解放した。

 「一刀、無理をして歩みを速める必要はない。尤も、時には早めねばならん時もあるが、その時が訪れるまでそうする必要はない・・・一番大事なのは一歩を踏みしめることだからな?」

 「――」

 「人生の先駆者としてのあたしの言葉だ」

 香蓮の言葉に聞き入っていた一刀は、最後に紡がれた言葉に心からの感謝を言葉にし、立ち上がって去って行く香蓮に頭を下げた。

 

 ――「ありがとうございます!」

 

 声は確かに届き、香蓮はひらひらと手を振って、振り返ることなくそのまま中庭を後にした。

 

 自室に戻りながら、香蓮は独白する。

 「一刀の鍛錬の熱も、これで元に戻るだろうな。しかし・・・防御だけだったとはいえあたしの剣をあれほど凌ぐとは・・・いやはや、成長が楽しみだ」

 口元に笑みを浮かべながら、香蓮は確信する。

 

 北郷一刀は、人間であり続ける。

 戦いの痛みを決して忘れない彼ならば、人であり続けられる。

 自分達のように戦にも血にも酔いしれる獣になる事はないだろう。

 彼がいる事で、自分達は人である事を忘れずにいられる。

 獣になっても、彼と言葉を、剣を交わすことで自分達は人であることを確信させてくれる。

 「一刀の存在を、そんなくだらん事に使うあたし達は本当にどうしようもないな・・・」

 苦笑が浮かぶ。自嘲するように口元に浮かぶその笑みは、先程浮かべていた笑みとまるで別物。

 「ふふ・・・蓮華、シャオ、悠里、思春、明命・・・早く一刀と引き合わせたいな。ただでさえ、退屈していない〝現在〟が、より楽しくなるだろうから・・・ああ、本当に楽しみ

だ・・・そういえば、蓮華の所に新しい奴が入ったとかいっていたな。さて、どんな奴なのかねぇ」

 

 「堅殿」

 「祭か、随分と早いな。目当ては一刀か?」

 「さて、それが全くないといえば嘘じゃが、単に目が覚めただけでの。そもそも、焦って朝の内に手合わせをせねばならん道理はありますまい。日が昇ってからでも充分に時間はあるのじゃからな」

 尤もだと思う。

 実際、日が昇り、朝議が済んだ後でも仕事がなければ手合わせをする時間ぐらい作れるのだ。祭が言うように何も焦る必要はない。必要は確かにないのだが、一刀の早朝鍛錬の時でしか得られないものもある。鍛錬の後で過ごしたあの時間がそうだ。

 二人きりだからこそ話せるものもある。あの時間はまさにソレであった。

 「祭、一刀は強くなると思うか?」

 「無論。手合わせした誰もが同じことを思うておりましょうな。堅殿もそうではありませぬかな?」

 「当然だ」

 友と肩を並べ、香蓮は再び歩く。

 これから朝議が始まるが、火急の件があるわけでもない。であれば、一刀は呼ばずにあのまま休ませておこう。

 わざわざ鞭をうつ必要はない。

 「良い事でもあったかの?香蓮」

 祭が、将ではなく〝友〟として香蓮に問いかける。

 問われた香蓮はただ一言。

 

 「秘密だ」

 

 その一言を、心から楽しそうに言うのであった。

 

 

 

 

 

2/燕

 

 

 

 「・・・・・・広い」

 城壁の上に腰をかけ、ぼーっと空を眺める人影が一つ

 賀斉 公苗――真名を、燕という。

 空を眺めながら浮かぶのは、たった一人の青年の顔だ。

 北郷一刀。

 少女の上司であり、剣を捧げた相手であり、初恋の相手でもあった。

 「一刀・・・なに、してる・・・かな?」

 途切れ途切れに紡がれる言葉。他者との交流が非常に少なかった彼女は、会話があまり得意ではなく、喋るとこうして所々途切れてしまう。

 これも相まって変わり者のイメージを強く持たれている彼女。本人もその事は自覚しているのだが、ここしばらくは、彼女自身が驚くほど言葉を紡いでいた。

 「今日は・・・非番・・・燕、は・・とっても・・・〝暇〟・・・〝暇〟」

 特に意味のない事ではあるが、最後の一文字は力を籠めて言ってみた。そして、これまた意味のない事ではあるが、本人にとって大事だったらしく二度口にする。

 「燕、そこで何をしている?」

 「冥琳様?」

 声のする方に顔を向けてみれば、凛とした孫呉随一の軍師、周瑜公瑾――冥琳がそこにいた。

 「お空を・・・眺めて、た」

 「それは見てわかるが・・・ああ、そういえば今日は非番だったな」

 この国のフリーダムな王様と違い、この軍師様は非常に察しがいい。とはいえ、穏やかな陽気の下、燕が何もせずにただ空を眺めている姿を見ればその多くの場合、察しがつくだろう。二度目になるが、この国のフリーダムな王様と違い、普段の燕は多少変わり者ではあるが、真面目なのだ。

 「何か変わったものでも見えたか?」

 「いつもと・・・同じ・・でも、違う・・・空。今日・・は、雲が少ない・・・風が・・・気持ちいい」

 「そうか・・・ああ、すまないが雪蓮を見なかったか?」

 「?雪蓮様、なら・・・燕が、ここに来る、前・・・『いいお酒が手に入ったわー♪』って言って、た。でも、居場所・・・は」

 「いや、充分だ。礼を言うぞ燕」

 踵を返し冥琳は去っていった。去り際に見た鬼神のごとき形相に、戦慄を覚えたのだが、

必要に迫られているわけでもないのに虎穴に入るつもりなど毛頭ないので、とりあえず手っ取り早く先程の冥琳の形相を忘れる事にした。

 ――触らぬ神に祟りなし。

 それから暫く空を眺めていたら、遠くから雪蓮の悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだと再び空を見上げるのだった。

 

 どれくらい、空を見上げていたのだろうか、不意に鳴った腹の音で我に返った。

 どうにも昼時になったらしい。チラリと太陽を見れば随分と位置が高い。

 「ご飯・・・食べ、よ」

 城壁から通路に降り、空腹を満たすために何を食べるか考えながら、眺めていた空に別れを告げた。

 

 「・・・街に、出てもいいけど・・・今日は、自分・・で、作ろうか・・・な」

 一刀にはまだ披露した事がないし話してもいないのだが、燕は家事全般が得意分野なのである。 腕前としては、まだ見ぬ未来で〝悪来〟の異名を持つ少女と同等である。もっとも、彼女のように人前で振るう事が基本ないので、知る者はいないのだが。

 「気分は・・・炒飯?」

 特に理由はないが首を傾げてみる。一応それ以外の品が浮かばないか頭を捻ってみるが、結論として炒飯に辿り着いてしまうので、結局それに決める燕だった。

 

 いざ炒飯と意気込んで厨房に来て見れば、そこには先客がいた。

 しかも、その先客が作っているのは炒飯。燕が昼食にと定めたものである。

 「燕?どうかしたの?」

 厨房に来てその台詞はどうかと燕は思った。

 この場所に来たなら、料理を作るか食べるか、或いはその両方かと、三つしかないと思う。例外としてたかりに来たというのがあるが、それは頭の中からはずしておいた。

 「一刀・・・料理、出来た・・・の?」

 「まぁそれなりにはね。母さんに叩き込まれてるから・・・剣は途中で折れたけど、こっちはずっと続けてたからね」

 苦笑する一刀。

 

 一度は背を向けてしまった道に今、再び向き合い歩み始めている一刀。されど、歩んでいる道は同じに在らず、また、心も同じ刀ではない。

 折れた刀は戻らない。背を向けた道を歩く事はできない。

 だから、一刀のいる場所は、決して同じではないのだ。

 

 

 「・・・一刀、は歩いてる。だか・・・ら、胸を張って・・いい」

 見透かされたように一刀の背にその言葉は掛けられた。

 「どうあれ・・・歩いている事、に・・・意味が、ある。一刀は・・・やっと、〝貰った剣〟じゃ、なくて・・・〝自分の剣〟を鍛え始めた・・・そう、思えば・・・いい」

 燕の言葉にただただ聞きいる一刀。

 燕がかつて一刀が歩んでた道を放棄した事を知っている。

 彼女の言葉に、どこか〝彼女〟の面影を感じた。

 ああ、つまりはそういう事か。燕にあの事実を話したのは間違いなく。

 「香蓮さんに聞いた?」

 「肯定・・・一刀、ずっと・・・張りつめて、た・・・から。でも、どうしてあげたらいいか・・・わからなかった。そしたら、香蓮様、が・・・教えてくれた。『ああしてないと、また道を見失いそうになるからだよ』って」

 「そっか、燕にも心配かけたんだね」

 一刀の言葉に燕は首を振った。

 縦ではなく横に。

 それは、つまり肯定ではなく否定の意を示したのだ。

 「からかって・・・た雪蓮様、も・・・心配してた。冥琳様、も・・・祭様も・・・穏も」

 

 最後の最後でタメ口だった事に疑問を持った一刀は、率直にその事を聞いてみた。

 すると、燕は敬語だとしっくりこないからだと答えた。穏の方も、あまり気にしてないらしく、むしろそっちの方がいいと勧められたそうだ。

 

 とそれた話はそこまでにして、一刀はそこで一時停止した。

 自分が茶を置いていた席に燕は何事もなかったかのように腰をおろしていたからだ。

 「ご馳走・・・願い、ます」

 「りょーかい。じゃ、すぐ出来上がるからちょっと待ってて」

 「待つの・・・も、暇・・・・・・お茶でも、入れる。・・・茶葉、とってこようかな」

 立ち上がった燕は厨房を去り、それから程なくして茶葉を携え戻ってきた彼女は、手際よくお茶の準備を整える。

 「・・・一刀も、飲む?」

 「燕さえよければ」

 コクリと頷いた燕は、一刀の淹れたお茶をグイッと飲みほしそれを洗う。その流れがあまりにも鮮やか過ぎて一刀はツッコミを入れる暇さえなかった程だ。

 お茶が混ざるからと言ってはいたが、ツッコミを入れるべきはそこではない。

 「一刀、出来た・・・なら、食べよ?」

 しかし、燕は毛ほども気にしてない様子で〝早く食べさせろ〟という副音声を内包した

台詞を放った。

 

 「さて、じゃあ食べようか?」

 「ん・・・お腹減った」

 

 「「いただきまーす」」

 

 一刀がそうした事に燕も倣い手を合わせて声を出す。

 それが済み、レンゲを手に取り炒飯を口へ運ぶ。

 「ん、美味・・・しい♪」

 燕は満足そうに笑って一刀の作った炒飯に舌鼓を打っている。

 一方の作った側である一刀の方も、燕の言葉と笑顔に大変満足していた。料理であれ何であれ、自分のしたことで喜んでもらえるのは、やった側としては非常に喜ばしいのだ。

 

 それから黙々と炒飯を食べる二人。

 もうまもなく食べ終わろうという時に燕が一息ついた。

 「・・・一刀が、助けて・・・くれたから・・・美味しい炒飯、食べれ・・・た。・・・一刀」

 名前を呼ばれ正面に座っている燕をじっと見る一刀。

 一刀の視線をしっかりと受け止め燕は言葉の続きを紡いだ。

 

 「ありがとう」

 

 その言葉がゆっくりと心に沁みわたっていく。

 不意に、香蓮が言った言葉が頭をよぎった。

 

 『あたし達が戦う事で守れるものがあるんだ』

 

 初めて人の命を奪ったあの日の数日前に香蓮に贈られた言葉。決して忘れまいと誓った言葉だ。 それが、燕の言葉で呼びさまされた。

 今、燕は笑顔で〝ありがとう〟といった。

 なるほど、これがそうなのだと、一刀は気がつく。

 

 「いえいえ、お粗末さまでした」

 それでも、ただそれだけを伝えた。

 料理に対する言葉としてそれだけを贈った。

 

 

 「ん♪」

 にっこりと笑って燕は頷いた。燕の方もそれで満足したようだ。

 頷いた後、燕は何かを思案するように顎に指先を宛がい、間を作った。

 「今日・・・じゃないけど・・・今度、は・・・燕が、御馳走・・・するね」

 少し照れながら言う燕はそのまま去っていった。

 

 「そういえば女の子に何か御馳走してあげたのって初めてだな。満足してもらえてよかった」

 食事に使った食器を手慣れた手つきで洗ってゆく。

 「しっかし、励まされてばっかりだなぁ」

 皆が気遣ってくれる事を嬉しく思う判明、ほんの少し情けないなぁと思う気持ちがあった。

 「頑張ろう」

 そう意気込み、手を止めていた洗い物を再開する一刀だった。

 

 一方の燕はというと。

 「ん、一刀・・・元気、に・・・なって良かった。・・・!・・・燕、一刀に・・・料、理・・・約束しちゃ・・・った?わわ、勢い・・・で言っちゃった」

 一気に顔が真っ赤になった。

 

 ――手料理を振る舞う。

 誰が?誰に?

 「・・・燕、が・・・一刀に・・・・・・・・・・」

 

 ――ボンッ

 

 効果音を付けるならこれが一番適切だろう。彼女は、自身が料理を振るまって一刀が喜んでくれるであろう光景を想像して爆発したのだ。

 オーバーヒートした顔からはもくもくと煙が出ている。

 「約束・・・しちゃった・・・あうあうあう」

 フラフラとおぼつかない足取りで自室に戻る燕。

 寝台に飛び乗り枕に顔を突っ込んで足をばたつかせる。

 

 顔の熱は暫く引いてくれなかった。

 

 

3/雪蓮

 

 

 

 孫策伯符――孫堅文台の娘にして、現孫呉の王を務める女性であり。

 「んふ♪いい天気、そしていいお酒・・・気分は最高ね」

 恐らく孫呉一の自由人である。

 穏やかな陽気の下、絶賛仕事をサボっている最中だったりする。こんな彼女ではあるが、王としての責任感はちゃんと持ち合わせている、民に愛される〝王〟なのだ。

 ただ、気の向くままに行動する彼女は度々仕事を抜けだす癖があり、それがこの国の断金の契りを交わした友にしてこの国が誇る軍師の頭痛の種となっていた。

 それでいて深く言及できないのは、彼女がやる時はしっかりと〝王〟としてやるべき事をこなしてしまうあたりが、別の意味で困りものだったりする。

 「雪蓮様ー?どこですか~」

 下から聞こえてくる声は、呉の軍師の一人、陸遜伯言――穏だ。どうにも自分の事を探しに来たようだ。しかし、冥琳が直接来ないあたりさして重要な案件でもないのだろうと踏んで無視しようと思った。正直なところ、袁術に呼び出されて不満が積もり積もっているのでどうにかして、解消したいのだ。

 仕事などしたらその不満が更に溜まるだけだ。尤も、単に仕事がしたくないというのもあるのだが。

 「冥琳様が呼んでるんですよ~。雪蓮様~お願いですから出てきてくださいよ~」

 だんだんと涙声になっていく穏の声に若干の罪悪感を覚える

 (・・・ま、仕方ない、か)

 このまま無視してもいいが、後の事を考えると顔を出しておかないと色々と拙い。

 仕方がないと雪蓮は木の上から飛び降りた。

 「穏!冥琳が呼んでるって?」

 「あ、雪蓮様いましたね♪執務室で冥琳様がお待ちですよ」

 「ええ、わかったわ」

 少しばかり億劫そうに冥琳の待つ執務室へと足を向かわせた。

 

 「めーいりーん、来たわよ~」

 「ほう?まさか素直に来るとは思わなかったな。普段もこうだと助かるんだがな」

 「ぶぅ、それじゃあ私が普段は駄目みたいじゃない」

 頬をふくらます友に心底疲れ切った眼を贈る冥琳。こいつはどうしてそんなことを平然と言えるんだろうという目だ。

 が、それを言ったところで無駄である事を重々承知しているので、これ以上は何も言わず

においた。

 「・・・お前が気にしていた北郷の件だが、香蓮様が解決してくれたそうだ。よかったな?」

 「そっか。一刀、立ち直ったのね」

 ほんの少し、安堵した。

 あまりにもおかしかったから、からかったはよかったが、一刀の表情に影が差したままである事には気が付いていた。が、一刀が抱えていた悩みなど全く理解できない彼女は、どうしたらいいかわからなかったのだ。彼女を初め、この時世に人の死など今更である。

 戦えば人は死ぬ。そんな事は当然であり、野盗等は彼女達にとって人間というべき対象ではない。ああいった輩は、人の常識なんて通じないただの〝獣〟でしかないのだ。

 それを〝人〟と見る事も、その命の重さに苦しむことも彼女達には縁遠い感性。

 戦い勝利せねば、〝獣〟の爪牙はやがては力なき民を引き裂くだろう。その事を考えれば〝獣〟に感情移入など必要はない。

 「・・・母様が言ってたわ。あの一刀にこんな業を背負わせる自分達はロクな死に方をしないだろうって」

 「同感だな。我らの下に来てからまだ長くはないが、あれは戦には向かん」

 「だけど、同じくらい戦に向いている。矛盾しているけど、私はそう思ってるわ・・・きっと母様も同じ・・・祭もかしらね?私はね、冥琳。〝御使い〟っていう〝王〟とは違う〝導き手〟である一刀の存在は、きっと呉を・・・いいえ、それだけじゃない。荒れていくこれからの時代をきっと素敵な未来に導いてくれると思うの」

 「フッ・・・お前にしては随分と評価が高いな」

 「勘よ♪」

 友はそれを言及はしなかった。

 雪蓮の勘は普段からよく当たる。だが、それとは別に関係なく、雪蓮の意見に彼女もまた同感であったからだ。

 「で?穏を使ってまで私を呼んだ用件は?」

 「勿論ある。ここに山積みになっている書簡・・・全て片付けろ。一応言っておくが、逃げようなどと考えてくれるな。逃げ出した場合〝江東の虎〟が誇る鉄拳制裁を全力で下してもらうよう手配してある」

 一瞬で血の気が引いた。

 じつに魅力的な笑顔をしている冥琳だが、言っている事は物騒極まりない。雪蓮の母である香蓮の鉄拳制裁は手心を加えたとしてもかなりの威力がある。全力で放たれた場合の威力は言うまでもない。ちなみに、雪蓮は一度だけ香蓮の全力の鉄拳制裁を見た事がある。

 (・・・木をへし折ったのよね)

 幼いころに見たあの圧倒的力。

 

 それをやってのけた母は、ニコニコと笑いながらこう言った。

 

 

 『これを使わせてくれるなよ♪』

 連れ回された戦場よりも戦慄を覚えたのは今でも忘れる事が出来ない。

 

 そして、冥琳がそれを冗談で言ったわけではないことぐらい察する事が出来る。

 つまるところ。

 (に、逃げれない・・・いっそのこと一刀でも来て手伝ってくれたら)

 ここにいない一刀よ来いと天に祈る雪蓮。

 

 ――コンコン。

 「冥琳、ちょっと聞きたい事が・・・・さて、急用を思い出し・・・雪蓮サン、

ドウシテワタシノカタヲツカムンデスカ?」

 流石天の御使い、私の救いを求める声を聞き届けてくれた。

 と、瞳を爛々と輝かせる雪蓮。一刀は回れ右をしようとしたが、がっちりと肩を掴まれてそれ以上の逃亡に至る行動をとる事が出来ない。

 一刀は錆びたブリキ人形のように首を動かし冥琳に助けを求めたが、『諦めろ』と頭を振られてしまうのだった。

 

 そして、抵抗むなしく一刀はそのまま雪蓮の仕事の処理を手伝わされるのだった。

 

 「あ~、終わったわ~♪」

 「三割俺がやった気がするけど?」

 「私はおおよそ半分といったところか・・・北郷、御苦労だったな」

 冥琳に労われ、肩の力を抜く一刀。雪蓮が何かむくれているがそこはスルー。

 一々取り上げていたらキリがない。というより、今はそこまでの労力が残っていないのだ。

 「あの、戻っていいでしょうか?」

 「ああ、構わん・・・時に北郷、警羅についての草案だがな」

 「どうだった?」

 「現状は全てを形にするのは難しい。警羅にまわす兵は増やしておいたから、当面はそれで賄ってくれ」

 「りょーかい、それじゃあ俺はこれで」

 執務室から去ろうとする一刀を、冥琳は呼び止めた。

 「どこかの誰かさんの手伝いをする前に何か言おうとしていたようだが、それはもういいのか?」

 「それならもう大丈夫。冥琳から言ってくれたしね」

 「そうか・・・これからどうするのだ?」

 「燕と一緒に警羅。その後で昼食・・・雪蓮、さっきの仕事の手間賃代わりに警羅手伝っ

てくれない?」

 「やーよ。仕事地獄から解放されたのにまた仕事なんて」

すっかり拗ねてしまった孫呉の王さまはそっぽを向いてしまった。一刀は苦笑すると「この前貰った良いお酒があるんだけどなぁ」と言って退室した。

 「・・・」

 拗ねた断金の友を無言で見ている冥琳。一刀にきっぱりと断った手前お酒に食いつきたくても食いつけない葛藤と戦っているのか、雪蓮は小刻みに震えていた。

 さて、どれほど保つかと思った冥琳だったが、さほど時間をとる事はなかった。

 

 ――『仕方ない、香蓮さんか祭さんに〝譲る〟としようかなー?』

 

 その言葉という餌は仕込まれた釣針が大きすぎて見え見えにも拘らず、標的であろう〝魚〟はものの見事に食いつく。

 

 「駄目―!二人にあげるくらいなら手伝から私にちょうだーい!!」

 

 凄い勢いで孫策伯符は冥琳をその場に置いたまま去っていった。

 「――酒が餌だからな、長くは保たんと思っていたが・・・一瞬だったな。北郷からすれば、仕事を手伝わされた事に対する一寸した報復のつもりだったのだろうがな」

 思わず笑ってしまう。

 ああいった素の伯符を最近はよく見るようになった。

 いや、伯符だけだはない。

 「私も・・・だな。ヤツが来てから暫くが経つが、最近は肩の荷が随分と軽くなった」

 

 窓から空を見れば、気持ちがいいくらい空が蒼かった。

 

 「かーずとー、ちゃんとお酒くれるんでしょうねー?」

 不承不精でこんな事をしているのだと言いたげな王様に苦笑しながら一刀は勿論だと頷く。彼女の実力は彼女の母と同じく身に沁みているので、下手な嘘など自分の寿命を縮めるだけである。

 「雪蓮、様・・・文句の、割に・・・楽し・・・そう」

 「ま、一刀が普段どういう警羅をしてるか興味もあるし、ね」

 「はいはい、それでは私共の働きぶりをとくとご覧くださいませ、姫君」

 「へ?姫君・・・私が?」

 目をぱちくりとさせる雪蓮。燕は一瞬ムスッとしたが、一瞬だったので一刀は気付く事はなかった。

 「そんな風に言われたの、初めてよ」

 普段の快活な笑顔とはまた違う、ほんの僅かな照れが垣間見えるそんな笑顔。

 若くして〝王〟となり、〝国〟を背負う彼女の、飾りのない本当の意味での素顔を、一刀は垣間見た気がした。

 それから三人は警羅を続け、その中で一刀は、街の人に愛され、たくさんの人と交流するこの国の王の姿をその眼に見る。

 その姿もまた、彼女の〝ホントウ〟であると確信しながら。

 

 その日の警羅は、何事もなく終わるのだった。

 

 

~あとがき~

 

 

 

 え~~~っとですね、完全に詰まってました。

 どうしてって思うぐらいネタが浮かばないんです。最初に書いていた時は、順調と思っていたのですが、香蓮の拠点を書き終わって読んでみると、どうにも拠点一回目の内容とは思えない状態となっていて、書き直していたのですが、そうした途端にネタが浮かばない始末。それがあって随分と期間が開いてしまいました。

 拠点を書くにあたってアンケート投票に協力して下さった皆様には誠に申し訳ないと思っております。

 また、ネタが詰まっていた際に気分転換も兼ねて別作品を書いたので、そちらも投稿いたしました。

 タイトルは

 〝ただいま・・・おかえりなさい〟~魏 end after~

 です。詳しいことは同タイトルのあとがきにて。

 それでは次の作品でまた――

 Kanadeでした。

 


 
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