今日は文化祭前日。昨日のあの後、携帯に電話してもメールしても返事が無い。
ユウヤに聞いてみると「具合が悪いと言って部屋から出てこないぞ」との事。
・・・ったく、どういうつもりであんな事をしたんだか・・・。
俺は着信の無い携帯をしまうと、教室でやる喫茶店の仕込みの作業に戻る。
教室の隣の準備室に入ると、制服の上からエプロンをつけた俺と同じ格好の数人がすでに食材の仕込みを初めていた。
準備室は教室の半分くらいのサイズだが、今はさらにその半分が大鍋とコンロ、電子レンジが占拠して狭い。
「おはよっす」
「おはようさん」
挨拶の声を掛けてきたのは、俺の友人の真壁リョウジだった。
それに軽く返して俺もリョウジの隣に座り、作業に入る。
リョウジはバスケットをやっているだけあって、座ってもでかい。
足が邪魔だ・・長いのを羨んでいるわけじゃないぞ。
部室の方は他の連中がやってくれているから、俺は昼過ぎまでここだ。
じゃがいもの皮を剥いて、人参の皮を剥いて、玉葱の皮を剥く・・・。その繰り返し。
朝早いがかなりの生徒達が来ているのか、準備室の外からは賑やかな声が聞こえる。
朝が早かったせいでスズカの教室にも行けなかった。
「どうした?何かあったか?」
リョウジがこちらを見ずに、作業を続けながら小声で聞いてくる。
「ん・・・いや、ちょっとな」
俺は曖昧に返すと、剥き終わったジャガイモをカゴに入れ、新しいジャガイモを取り出す。
「水月とキスでもしたか」
「ブフォッ!!!」
「お。吹き出した。さては正解か」
「な、な、な、何言ってんだよ!!」
やれやれ、と呟きながら冷静に俺をからかってくるリョウジに、俺は慌てながらも小声で抗議する。
「俺は二人が付き合うのに賭けているぞ」
「はぁ?何言ってんだ」
リョウジが真面目な顔をして俺を見つめてきた。
「俺も」
「俺も俺も」
「いや・・・俺は・・・」
「おい、お前ら聞いてんじゃねーよ!」
他の連中が乗ってきやがった。
「あーもう、お前らうるせー!剥き終わった奴調理室に持っていくぞ!」
何とか話を誤魔化すために、剥き終わった野菜の入った大きいカゴを担いで準備室を出る。
ぐ、結構重い。
準備室を出てカゴを両手に持ち変えると、後ろではニヤニヤとした顔をした奴らがチラリと見えた。
おのれ・・・。
廊下に出ると、最後の準備に奔走している連中が見える。
その連中やあちこちに置かれたダンボールやら紙やらを避けながら進む。
一階の準備室から別館の調理室まで歩くと息が切れる・・・。ようやく目の前に調理室が見えた。
後少し────
「あっ!?」
調理室に入ろうとした瞬間、後ろから声が聞こえたかと思ったら背中にドンッ!という衝撃が来た。
「げっ!?」
何とか大惨事は免れたが、カゴに積んであったジャガイモが何個かコロコロと転がる。
慌ててカゴを置いて後ろを確認すると、後ろにはダンボールがいた。
は?
そのダンボールに足が生えて、ふらふらしている。
「うわわわ・・・」
ダンボールから声がする・・・じゃない!よろけて転びそうなダンボールを俺が支えると、その後ろには
髪をサイドで結んで背の低い、メガネをかけた女の子がいた。
あー・・・っと・・・確か・・・隣のクラスの子だったような・・・。
「大丈夫?」
声を掛けると、
「あっ、あの、ご、ごめんなさい!」
と小さな声で謝って来た。どうやら前が見えなくてぶつかったらしい。そのままダンボールを下ろす。
うぉ、これも結構重いぞ。
「ごめんなさい!ホントにごめんなさい!」
俯いて真っ赤になりながら謝る姿に、むしろ俺が悪い事をしている気になる。
「いやいや。こんなの持ってたらしょうがないよ。これも調理室?」
俺が聞くと、女の子がおどおどとしながら小さく頷いた。
「じゃあ、ついでに俺が運んでおくよ────」
「てりゃっ!」
ベシッ!と後頭部を何かで叩かれた。
振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべたカエデ先輩が立っていた。手には何故かハリセンを持っている。
館波カエデ先輩。2年生で文芸部の一員。さらりとした腰まである黒髪と、キラリした大きな瞳が特徴の美人さんだ。
だが・・・何故か俺はこの人が苦手だった。
「こーら、神崎君・・・またナンパ?」
「イヤイヤイヤイヤ。何言ってるんですか。それにまたって何ですか」
「ほら、この前の駅前で二人も引っ掛けてたでしょ」
「何、さもホントにあったかのように言ってるんですか。それに二人って何ですか」
「え。シラを切るつもり?」
「ちょっと待て。何だその顔。本気で軽蔑したような顔しないでくださいよ・・・って、あ。何で遠ざかるんですか」
「冗談よ」
ニッコリと笑顔で言うカエデ先輩。
「やめてくださいよ、もう────」
「冗談なのは遠ざかったところダケね」
「マテコラ」
「ケダモノめ」
「あんた何しに来たんだ」
・・・疲れる。この人の相手は毎回疲れる。
俺が頭を抑えて溜息をつくと、
「神崎君がナンパしてる間に落ちたジャガイモ拾っておいたのよ。感謝なさい」
と踏ん反り返る。見れば転がっていた筈のジャガイモが全てカゴに入っていた。
「ぐ・・・普通にしてればすごく感謝するのに、感謝し辛い・・・」
「ナンパの部分は否定しなかったねー」
カエデ先輩がすごく純粋そうな顔をして、俺の後ろの女の子に同意を求めると、女の子はえ?え?と俺とカエデ先輩を
見比べる。
「コラコラ。怯えるでしょうが」
「怯えなさい怯えなさいフフフフフ・・・」
野球選手の盗塁する時のような格好でじりじりと迫るカエデ先輩に、女の子が俺の後ろに隠れた。
こういう事をしなければ美人なのに・・・。
「ところでカエデ先輩、ここに何の用だったんです?先輩は部室で最終チェックするんじゃなかったんですか?」
このままではラチがあかないとみて、話題を強引に変える。
カエデ先輩は生徒会にも所属しているので他の仕事が大量にあり、映画の製作には参加できなかったので
先に試写会をして、出来をチェックする事になっていた筈だけど・・・。
「ん?あー・・・その事だったんだけどね。ホントは・・・」
何だか歯切れが悪い。
「あれ・・・ホントに上映するの?」
いつもとは違う、ちょっと迷うような様子に違和感を感じるが、明日が本番でさらには午後からは生徒向けの上映が決まっているというのに、上映しないわけにはいかないだろう。
「上映しないと文芸部の活動してないって事になるじゃないですか」
「そう・・・だよね・・・ああ、いや!出来が悪かったとかじゃないのよ!」
エヘヘという笑いで誤魔化しているが、何かを含んだような感じが気になる。
「えー・・・っと、やっぱり何かありました?」
思わず心配になって聞いてみる。何か失敗してただろうか?学園側の許可も得ていたし、問題は無かったと
思うけど・・・そもそも、何か問題があったらユウヤが解決している筈だ。
「うーん・・・いや、これから大変になるなぁ・・・と」
「え?何がです?」
何が大変になるんだろう?
「あっと!こんな事をしている場合じゃない!呼ばれてたんだった!じゃあ、まったねー!」
カエデ先輩がぴゅーっといなくなる。
おいおい・・・そこまでいっててほったらかしですか・・・。
「あ、ごめんごめん、時間とらせちゃったね」
俺は女の子の事を思い出して、ダンボールを調理室に運ぶ。
女の子はものすごく申し訳なさそうにしていたが、迷惑をかけたのはむしろこっちだ。
カゴも調理室に置くと、女の子が俯きながら小さな声で「ありがとうございました」と呟く。
「いやー、ついでだよ。ついで。それにむしろ迷惑をかけたのはこっちだし」
じゃあ、と挨拶して俺が戻ろうとすると、
「あ、あの!私、1年4組の瀬川ノゾミです!」
と女の子がさっきよりは少し大きな声で話す。
「あ。俺1年3組の神崎────」
「おーい、神崎ぃー。こっち手伝ってくれー」
話そうとした時、廊下の向こうで同じクラスの奴が机を運んでいる姿があった。
「ああ、今行く」
手を軽く上げてそっちに駆け出す。
それが・・・俺と瀬川ノゾミとの出会いだった。
思いついたままに第二話の投稿です。
息抜きがてら時間があればさらに続きを書きたいと思いますので
よろしくお願いします。
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続きが無いと書いておいて、思いついたので書いて見ました。