北の国境より移動して来た兵が、陣を張る曹操軍本隊と合流した。
「いくつかの豪族が守備の不安を理由に、兵を送るのを渋ったため合流したのは2万弱ほどです」
報告に来た秋蘭の言葉に、華琳は仕方なさそうに頷く。
「現状を考えれば、多い方でしょうね。何進がオークでなければ、このさらに半分すら来ない可能性もあったはずよ」
戦況を把握していれば、曹操軍が勝利を収める確率が低いことはすぐにわかる。自領の存続を考えるなら、どちらに付く方が良いかは歴然としているのだ。それでもはっきりと曹操たちに敵対する意志を見せないのは、何進がオークたちに解放を訴えているためだった。
「多くの豪族たちが、何進の創造する国の在り方に不満を持っている。だからこそ、身の振り方を決めかねているのでしょうね」
だからと言って、彼らを責めるつもりなど華琳にはない。冷徹な判断が出来なければ、人の上に立つことなど出来ないからだ。
「無いものねだりをしても仕方がないわ。今の戦力で、部隊を編成してちょうだい」
「わかりました」
華琳は、居並ぶ兵士たちの顔を見る。今、ここに残っている者は皆、覚悟を決めた者ばかりだ。
(良い顔つきだわ。それに士気も高い)
唯一、何進軍に勝るとしたら、この士気の高さだろうか。しかしだからこそ、華琳は強く想う。誰一人として、死なせたくはないと。無理だとしても、願わずにはいられなかった。
地鳴りと共に、雄叫びが天を震わせる。地平に現れた何進軍を、華琳は本陣で春蘭、秋蘭と馬を並べて見ていた。何進軍は絡繰り兵士を盾のように前面に並べ、その後ろからオークたちが進軍している。
「小賢しいまねを……。弓兵、前へ!」
華琳の指示で、ズラッと弓兵が並ぶ。
「絡繰り兵士の奥を狙え! 撃てーー!」
大きな弧を描いて、無数の矢が何進軍に向かって放たれる。絡繰り兵士の後ろに隠れていたオークたちは、悲鳴のような声を上げるが倒れる者は少ない。
「やはり弓矢の攻撃じゃ、あまり効果はないみたいね」
「はい」
「それじゃ予定通り、敵を迎え撃つわ。部隊の指示は二人に任せるから、後はよろしく」
「華琳様も、お気を付けて」
一礼をし、春蘭は左翼、秋蘭は右翼の部隊を率いるため持ち場に向かう。
曹操軍の前面には、絡繰り兵士の対策として土嚢が積まれ、堀がいくつも造られていた。堀の中には長槍を持った兵士が潜み、突撃に備えている。
「曹操!」
オークたちの中から、2頭の馬に引かれた馬車に乗る何進が現れた。
「ココガオ前ノ、最後ノ地トナルノダ! ソノ細イ首ヲヘシ折ッテヤル!」
華琳は、舌戦に応じるのも汚らわしいとでも言うかのように、顔をしかめて黙っていた。やがて、何進軍から銅鑼の音が鳴り響く。そして――。
「突撃ーーー!!」
号令と共に、何進軍はその進軍速度を早めて一気に襲い掛かってきたのだ。隊列も作戦もない、数ですべてを呑み込もうとする。華琳は気を引き締めて、それを迎え撃った。
春蘭は飛び出したい気持ちを、必死に抑えていた。華琳の指示は、ここから先に何進軍を進めさせないため、守りに徹するようにとのことだった。飛び出せば、こちらの被害も大きくなる。
何より、絡繰り兵士を足止めする土嚢や堀が、無駄になってしまう。
「いいか、近付いて来たら槍を突き出せ!」
堀に潜む部隊に指示を出し、春蘭は迫り来る何進軍を馬上から眺める。作戦通り、土嚢を越えることが出来ない絡繰り兵士が、折り重なるように倒れて行く。だがすぐに、後ろから来たオークたちが絡繰り兵士を抱えて土嚢を越えたのだ。
「今だ!」
春蘭の合図で、一斉に槍が突き出される。その場に倒れるオークもいたが、味方や絡繰り兵士を盾にして堀を越えて来る者もいた。
「行くぞ! 敵をここから一歩も進ませるな!」
春蘭が大剣を振り回し、オークを一斉になぎ払う。あらかじめ近付かぬよう言ってあったので、味方に被害はない。
最初は馬に乗っていたが、あえて飛び降りると敵が密集するど真ん中に、大剣を叩きつけるようにして着地した。まるで竜巻が起こっているかのように、春蘭の大剣が振り回されるたびに、オークの巨体が吹き飛んだ。
そこへ、季衣が慌てて走って来た。
「春蘭様、これ以上は抑えきれません!」
「くっ! 次から次へと……季衣、ここは任せたぞ!」
「どうするんですか?」
「少し暴れてくる!」
そう言うなり、春蘭は堀を越えて押し寄せるオークの群れに突っ込んで行った。
「でりゃああーーー!!」
オークたちが突き出す槍をへし折り、大きな腹を切り裂いて、棍棒のような腕を叩き折る。春蘭の大剣が動くたびに、肉片や血しぶきがまき散らされ、地面にいくつもの染みを作った。
だが、さすがに春蘭が何体ものオークを倒したとしても、津波のように押し寄せる人海戦術には疲れを隠せなかった。
秋蘭は正確に、オークの急所を狙って矢を放つ。そして流琉に指示を出しながら、戦況を見守っていた。一時は足止めが成功した絡繰り兵士だが、すぐにそれも越えられてしまう。
(押されているな……)
すべての指示は、華琳より任されていた。それには、撤退の権限も含まれている。引き際を見誤って、被害を大きくするわけにはいかない。
(どうする?)
自問自答を繰り返していると、オークの部隊が弓矢を構えて火を灯し始めたのだ。
(何をする気だ?)
相手の意図を掴みかねて視線を彷徨わせた秋蘭は、絡繰り兵士に目を止める。そして、気付いた。
「しまった――!」
だが時はすでに遅く、いくつもの火矢が放たれて、混戦の中、敵味方関係なく襲い掛かってくる。いくつかは兵士を倒したが、彼らの本当の目的は攻撃ではなく絡繰り兵士に火を放つことだった。
全身を炎に包んだ絡繰り兵士は、何事もないように突っ込んでくる。炎は飛び火し、あちこちで人間もオークもなく燃えさかっていた。
「砂をかけて火を消せ! 絡繰り兵士を近付けるな!」
すぐに指示を出すが、怒号や悲鳴にかき消され、隊列も乱れてしまい行き届かない。舌打ちをした秋蘭は、一度目を閉じて、覚悟を決める。
「流琉!」
「はい! ここに!」
「姉者の所に行ってくる。少しの間、ここを頼む」
「わかりました!」
秋蘭は春蘭の元に走った。
「姉者!」
「おお、秋蘭!」
返り血を浴びて、真っ赤になった顔で春蘭が答える。
「ここまでのようだ」
「そうか……」
秋蘭の短い言葉に、春蘭は頷く。そして辺りを見渡し、深く息を吐き出した。
「開始からまったく、減っている気がしないな」
「時間は稼げただろう。これ以上は、無駄死にだ」
「華琳様は?」
「何進と剣を交えている。少し押されているようだが……」
春蘭は拳を握る。本当なら、すぐにでも華琳の元に駆けつけたかった。だが、それは許されない。
「すぐに季衣に指示を出す。流琉の方は任せた」
「わかった。季衣に合流させる」
「無茶はするなよ、秋蘭」
「姉者こそ」
姉妹は笑いあい、秋蘭は持ち場に戻る。そしてすぐに、秋蘭は流琉にすべての兵士をまとめて季衣に合流するよう伝えた。
「秋蘭様はどうなさるんですか?」
「私はしばらく、ここで持ちこたえよう」
「でも!」
優しく微笑んだ秋蘭は、流琉の頭を撫でた。
「無事に彼らを、家族の元に帰すのだ。大事な役目だぞ。さあ、時間はあまりない。行け」
秋蘭の放った弓矢が、オークを倒す。あまり使わない剣を抜き、敵の中へと駆け出す秋蘭を見送った流琉は、追い掛けたい気持ちを抑えて背を向けた。
春蘭の振るう剣が、轟音を響かせる。
「春蘭様! 流琉が来ました!」
「よし。二人とも、部隊を率いて撤退しろ!」
「ボクはまだ戦えます!」
「ダメだ! これは命令だ」
話をしながらも、春蘭は敵を寄せ付けないよう大剣でオークを切り倒してゆく。
「お前たちや兵士が死ぬと、華琳様が悲しむのだ。だから行け!」
「嫌です! ボクは――」
パンッと、季衣の頬が鳴った。春蘭の手が、彼女の顔を叩いたのだ。
「救える命を、お前は見捨てるというのか? お前たちが皆を率いて、無事に許昌まで連れ帰るのだ。何よりも優先すべき、任務なんだぞ」
「ぐすっ……」
涙を溜めて、季衣は頷いた。
「行けーーー!!!」
「はい!」
季衣と流琉が走り出すのを見送り、春蘭は大剣を地面に突き刺した。そして、低い唸り声と共に魔獣の力を解放する。黒髪が逆立ち、目は血走って、歯を剥き出した。
疾風となり、オークの群れを蹴散らす。
「シュッ!」
短い呼気と共に地面を蹴って反転し、次の群れに突っ込んで行く。
「ここから先は、通さぬ!」
春蘭がそう叫んだ時、不意にオークの群れの間を縫うようにして何かが飛来した。それは一筋の光のように、真っ直ぐ春蘭に向かって来る。
「――!」
気付いて振り向いた瞬間、それ――1本の矢が春蘭の左目に直撃した。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
うまくまとまらなかったので、細かく区切ってあります。相変わらず、戦闘が苦手です。
楽しんでもらえれば、幸いです。