甘寧は知将揃いの呉軍の中で、『小覇王』孫策に次ぐ武力の持ち主。孫策隠居後は事実上孫呉最強の猛将といっても過言ではない。
その彼女をして曹仁隊の粘りは驚異的なものだった。
「くたばれ!この死に損ないがっ!」
「ふふふ、おかしいのぅ。『鈴の甘寧』がこんな爺相手に苦しんでおるとはな?」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!」
曹仁と甘寧の一騎打ちは終始甘寧が優勢―――しかし、曹仁は悉く彼女の刃を盾で防ぐ。劣勢に立たされながらも余裕の笑みを浮かべる曹仁に対し、優勢であるはずの甘寧が焦り、声を荒らげるという不思議な展開が繰り広げられていた。
そして曹仁が自身の兵に目をやってみれば、すでに残りの数は20人を切っていた。
(はよう帰ってこぬか小娘・・・!)
表面に浮かべる余裕の笑みとは裏腹に、曹仁の心は焦燥に駆られていた。
何度打ち合いを繰り広げ、何度少女の帰還を待ちわびただろうか―――ついにその時が来た。甘寧隊の後方で騒ぎ声が起こったのだ。
「っ!何事だ!」
甘寧は自身の隊の後方で兵達が混乱事態に陥った事を悟り、近くにいた兵に状況を問うた。
「はっ!我が軍後方が奇襲を受けている模様です!」
「旗は!?」
「『許』及び『魏』、そして『曹』の牙門旗!曹操本隊と思われます!」
その報告に、甘寧は悔しげに唇をかんだ。
「ちっ、蜀が曹操を討てなかったか・・・体勢を立て直す!撤退せよ!」
甘寧は馬首を返し、部隊に撤収を命じた。甘寧隊が去った後、現れたのは待ちわびた人物―――曹孟徳だった。彼女はやはり少しやつれた様子だったが、曹仁とその部隊の惨状を目の当たりにして息を飲んだ様子だった。
それに構わず曹仁は馬を降り、膝をついて臣下の礼を取る。兵達もそれに従う。
「丞相、御無事のご帰還、この曹子孝心よりお喜び申し上げまする」
「爺、そして曹仁隊の兵たちよ。退路の確保、大儀であった」
彼女はあくまでも主君としての体裁を保って応える。ただ、彼ら一人ひとりの手を握って労う事は忘れなかった。
そして、曹仁の手を握って周りに聞こえぬほど小さな声で「―――ありがとう、爺」と親しみと感謝を込めて呟いた。
「申し上げます!孫呉・蜀の本隊が動き出した模様です!」
「もう此処にいる必要はないわね。敵を引き寄せつつ、樊城に撤退する!」
未だ戦場に姿を見せていない織田舞人の策―――それが今ここに成りつつあった。
「―――ここが思春が撃退された場所か~」
孫策は未だに激戦の跡が残る場所に佇み、呟いた。
「申し訳ありません」
「別に思春を攻めているわけじゃないわよ~」
甘寧は俯き、声を絞り出して呟く。孫策は部下が本気で悔しがっている様子に苦笑してパタパタと手を振る。
「ともかく、曹操たちは樊城に逃げたんでしょ?追うわよ、蓮華」
「はいっ、では全軍―――」
「お姉ちゃん!」
進軍開始、と号令を出そうとした孫権を遮ったのは自分を姉と呼ぶ者の声。
「小蓮!?あなたなんでここに!?」
それは孫家居城・建業城を守っているはずの末妹・孫尚香だった。彼女は馬を降りると自分の懐に飛び込んできた。目に涙を浮かべながら。
「どうしたの、小蓮?」
優しく声をかけるが、彼女は泣きながら謝るばかり。やがて落ち付いた彼女から驚愕の事実が聞かされた。
すなわち―――建業城、織田軍の奇襲により陥落。
呉は大戦に勝利しながら本拠地を失うという非常事態に陥ったのだった―――
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赤壁編第12話です。
どうも作者は老将が好きなようでして・・・それはともかく、次回で久々の主人公登場です。