成都を攻略してから半月。
一刀は現在、船上の人となっていた。その傍らには劉備と張飛、そして華雄の姿もあった。
最新鋭の高速艇、”駿舸・三式”が、その帆を一杯に膨らませ、水上を疾駆する。
「……お兄ちゃん」
不安と焦りの表情を浮かべる兄の横顔を、同じように不安の表情で劉備が見つめる。
(……沙耶、間に合ってくれよ)
その報せが荊州からもたらされたのは、二日前のことだった。
前・荊州牧劉琦の容態が急変し、現在生死の境をさまよっている、と。そして、一刀と劉備に、是が非でも会いたいと、願っていると。
成都に居た荊州組みの一同はその報せに驚き、誰もが一刻も早く、襄陽に向かおうと声を上げた。だが、未だ益州の諸事が全て落ち着いたわけではないので、全員で出向くというわけにも行かなかった。
なので、劉琦の望みに応えるため、一刀と劉備、そして、護衛として張飛・華雄の二人が同行し、襄陽へ向かうこととなった。
「お義兄ちゃん、沙耶姉ちゃんはきっと大丈夫なのだ!お義兄ちゃんの顔を見たら、すぐに元気になるのだ!」
不安そうな義兄を気遣い、張飛が精一杯の笑顔で励ます。
「……そう、だな。きっと、大丈夫」
その義妹に、何とか笑顔を作って返す一刀。
だが、現実は残酷だった。
成都を発ってわずか三日という速さで、一刀たちは襄陽へと辿り着いた。
しかし、劉琦の病状は、誰が見ても、もはや助からないことは、一目瞭然であった。
「叔父上、あね上、……良く、来てくださいまし、た」
「沙耶、しっかり」
「病気なんかに負けちゃ駄目!ね?!またみんなで、楽しくお茶会しよ!こんな病気なんか、さっさとどっかにやっちゃって!!」
気休め。
そんなことは誰もが解っていた。
だが、それでも言わずには居られなった。一刀も劉備も、その場に居る者全てが、涙をこらえつつ。
「……ありが、とう。お二人、とも。でも、もういいの、です。もう、解っています、から。……それより、お二人に、これだけは、伝えておきた、かったん、です」
「うん。……なんだい?」
「……私の、亡き母は、父上の、実姉、だと言うこと、を」
『…………え?』
突然の告白。
劉琦は、自身の父と母が、実の姉弟だったと、そう告げた。
「……本当、なの?」
「……はい。父上と、母上は、実の姉弟で、ありながら、互いに愛、しあい、結ばれまし、た」
『…………』
一刀と劉備は押し黙った。
劉琦の告白は、自分達の事が言われている様に、聞こえた。
「……なんで、そのことを俺達に?」
「……ふふ。……見ていて、歯痒かったから、です。……お二人に、もっと、自分に、素直に、なってほし、いのです」
「けど!!それは禁忌だよ!?実の兄妹でそんな……!!」
「……誰が、禁忌と、決めたのです、か?……私には、それを理由に、現実から、逃げているとしか、思えません」
息も絶え絶えに声を絞り出し、一刀と劉備を見つめる劉琦。
『…………』
「私の、短い人生で、唯一の、心残り、です。……叔父上と、あね上の、晴れ姿を見れ、なかったことが」
寝台に仰向けになったまま、その瞳に涙を浮かべる。
「……でも、本音を言えば、私が、叔父上の子を、授かって、みたかった、ですけれ、ど」
「さ、沙耶?!」
「ふふふ。……叔父上、手、を」
一刀にその手を、弱弱しく伸ばす。
「あ?ああ」
一刀がその手をつかむ。
「あね、上も」
「う、うん」
劉備もまた、差し出された劉琦の、もう一方の手を握る。
劉琦はその二人の手を、そっと重ね合わせる。
「……なにも、遠慮はいらないん、です。正直な、想いを、この手のように、重ねてくだ、さい。……わたしの、最期の、お願い、です」
「沙耶……」「沙耶ちゃん……」
そして、その日の夜遅く。
前荊州牧、劉琦は、一刀と劉備、そして妹に見送られて、静かに息を引き取った。
安らかな、笑顔を浮かべて。
享年、二十二であった。
その三日後。
劉琦の葬儀が盛大に執り行われた。
弔問には、大勢の民達とともに、孫家から孫堅と孫策。袁家から袁術と張勲が、それぞれ訪れた。
その葬列を見送った人々の数は、最終的におよそ二十万にのぼった。
わずか二十二年という、短い一生であったにもかかわらず、それだけ多くの人々に慕われていた劉琦の、その人柄を示すものだった。
もし、病に倒れねば、良き為政者として、後世にその名を残したであろう少女は、荊州の全ての人に惜しまれつつ、父と母の元へと旅立っていった。
それから七日。
劉琦の喪が明けた、その日の夜。
「……正直な想いを、重ねてほしい、か……」
一刀は自室の寝台に仰向けで横たわり、劉琦も言葉を思い出していた。
そこに、
こん、こん。
扉を叩く音。
「……どうぞ」
「…………」
「……桃香。……どうした?」
部屋に入ってきたのは劉備だった。
「……いま、いい?」
「?……ああ」
体を起こし、寝台に座る一刀。その隣に、劉備が腰を下ろす。
『…………』
訪れる、長い沈黙。
そして、先に口を開いたのは、劉備だった。
「……あたし、お兄ちゃんが好き」
「!!」
一刀が制する間も無く、劉備が言葉を紡いだ。
「子供の頃からずっと、お兄ちゃんが大好き。お兄ちゃんしか、私は見てこなかった。そして、これからも」
黙りこくる一刀の横顔を見つめながら、自分の想いをはっきりと言葉にしていく。
「沙耶ちゃんに言われて決心がついたの。もう、私は自分を抑えない。誰に何を言われても、例え周りから白い目で見られようと、もう、この想いを止めることはしない。……お兄ちゃん、愛してる」
「とう、か……」
一度言葉にした想いはもう止まらなかった。一刀に、実の兄に愛を告白する劉備。
それは、一瞬の間だったろうか、永い、時間だったろうか。見詰め合う二人。そして、
「……俺も、桃香を、愛してる」
「!!」
「血の繋がり?んなもの、もうどうでもいい。俺ももう、迷わない。何があろうと後悔しない。この先、ずっと、お前を守り続けてやる。誰を敵に回しても」
ぎゅっ、と。劉備を抱きしめる一刀。
「……嬉しい。夢じゃ、ないんだよね?わたし、お兄ちゃんに、抱きしめてもらってるんだよね?」
「ああ、夢じゃない。……その証拠を、あげる」
「あ……」
重なる二人の唇。
「……な?夢じゃないだろ?」
「うん。……お兄ちゃん、……一刀!!」
ドサリ、と。
一刀に抱きついた拍子に、二人は寝台に横たわる。劉備が上の状態で。
「……これって、逆じゃないのか?普通」
「あはは。……今夜は寝かさないよ?」
「それも俺の台詞だ。……覚悟しとけよ?」
「……うん!」
その翌日。
一刀と劉備の姿を見た一同は唖然とした。
何しろ、二人が堂々と、腕を組んで歩いているのである。
しかも、劉備にいたっては、なぜか歩きづらそうにしているのだ。
だから、一同は即座に理解した。
『ああ、とうとう”やったか”、と』
正直、周りが見ていてやきもきしていたぐらいである(本人達は、気づかれていないと思っているようだが)。
一刀と劉備がくっつかない限り、誰も間に入っていかないよう、協定まで結んでいたほどに。
そしてついに、二人は結ばれた。
それは、皆にとっても、とても喜ばしいことであった。
これで、もう遠慮する必要はないのだから。
その日から、一刀争奪戦がついに始まった。
夜は誰かしらの嬌声が、一刀の部屋から聞こえ、
昼は、それを悟った劉備が、
「カズトノヴワキモノーーーー!!テンチューーーーーー!!」
嫉妬神と化して、一刀を追い掛け回す姿が日常化。
一月後、成都へ戻る頃には、すっかりやつれ、(いろんな意味で)ボロボロになっていた一刀であった。
と、言うわけで、最後の拠点シリーズ、まずは第一弾で
「死ねーーー!!」
うわ!!何する輝里!!
「問答無用ーーー!!」
げっ!!由まで!!ちょっ、何をそんなに怒って、
「解らないとは言わせない!!」
「せや!!一刀を、一刀を」
・・・・・・ああ。つまり、一刀を”あれ”化させたことか。
「この話を書く前に言ってたじゃないですか!!このお話では一刀さんは種馬化させないって!!」
んなこと言ったっけ?
「とぼける気ぃか。ええ根性しとるな、作者」
あれはあくまでそのつもり、ってイッタダケデスヨ?しかも文章化してもいない楽屋ネタじゃんか。
「……つまり、作者さんとしては、こうなる予定でいた、と?」
そだよ。・・・まあ、かなり悩んだけどね。でも、やっぱり一刀は一刀だよな、と。誰にも手を出さない一刀なんて、と思った次第です。
「・・・・・・なら、これからうちらも、その可能性はあるんやろな?」
そこはそれ、自分で頑張って下さい。・・・・桃香たちが怖くなければ、ですが。
『う』
てなわけで、一刀と桃香がついに結ばれました。
近親はらめー!って方、批難囂々なコメントはご勘弁下さいね?
喜んでいただけた方、もしも居たら、たくさんのコメント、お待ちしています。
「次回の拠点は?」
今度は愛紗メインのつもりです。
「・・・やられちゃうの?」
逆にやっちゃうのかも?
「あー、ありえそうやな。思い込んだら一直線やもんなー、あの人も」
ではそういうことで。
「またお会いしましょー」
「ほななー」
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さて、刀香譚、最後の拠点シリーズ第一弾です。
今回はあえて、無題としました。
タイトルを書くとネタばれが過ぎるんで。
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