「クレープはいかがですかー!」「射的やりませんかー!」「お化け屋敷面白いですよー」
賑やかな客寄せの声が微かに聞こえてきた。
生徒が何週間も前から準備をし続けた成果が今日、初めて人目に触れるのだ。精いっぱい頑張ってほしい。
「ねぇ、君はどうしてこんな所にいるの?」
「美月さん。その言葉をそのままそっくり返しますよ」
「私はあれだよ。賑やかなのが嫌いだから」
「僕も賑やかなのが嫌いなんですよ」
目の前で机に座っている美月さんに答えた。
美月さんは小さく笑って「嘘」と呟いた。
僕が居るのは本来立ち入り禁止になっている三階の教室。本来なら、鍵が閉まって入れないはずなのに、なぜか鍵を持っていた美月さんのおかげで、僕は美月さんと学園祭をサボって仲良くお話をしていた。
「・・・暇だね」
「なら、しりとりでもしましょうか?それともじゃんけん?」
「じゃんけんにしようか。負けたら窓から飛び降りるってのはどう?」
「いいですねー、学園祭初日に自殺者が出たとなったら、きっと生徒たちのトラウマになりますよ。学園祭と聞いただけで鬱になります」
「あはは、それじゃあしようか。私はグ―を出すから、君はチョキを出してね」
「いいですよ。じゃんけん」
ぽん
結果は美月さんはパーで、俺もパーだった。
「美月さんは嘘つきですね」
「君に言われたくないねー」
あはは、と美月さんは可愛らしく笑った。
それに対して僕は笑わない。
「折角の学園祭なのに、君は行かなくてもいいの?君のことだから、クラスメイトや追っかけとか、色々と女の子からアプローチを受けてたんじゃないの?」
「興味ありません。僕が一番アプローチかけて欲しい人がここにいますから」
「あらあら、私、誘われてるの?」
「勘違いしないでください。僕が美月さんを誘っては意味がありません。美月さんが僕を誘うことに意味があるんです」
「ずいぶん強気な草食系男子ね」
「ずいぶん弱気な肉食系男子です」
美月さんは「ふふっ」と笑って、髪をかきあげた。
何度見ても綺麗だ。何処か、どうして、と理由を求められたのなら、僕はきっと「美月さんだから」と答えるだろう。
入学式で出会って以来、初めて同じ教室で出会って以来、初めて会話をして以来、進級しても同じ教室で出会って以来、とにかく僕は美月さん惚れていた。
「君はクラスでも人気者じゃん。それに格好いいし、女子生徒の間で人気だったよ?」
「知ってます」
「私なんかと一緒に居たら、きっと変な噂が流れちゃうよ」
「実はそれが僕の狙いです」
「ほほぅ、なかなかの策士だね」
「そうです。だから、僕に好かれたのが運の尽きです。素直に降参して僕を学園祭デートに誘ってください」
「んー」
「それとも「さぁ、二人っきりの学園祭を始めよう」と言うことで、二人でこの教室で妄想の学園祭を楽しみますか?僕は一向に構いませんよ」
「この教室を出れば本物の学園祭してるのに、なんで妄想の学園祭なんてしないといけないのさー」
「美月さんと学園祭を回れるなら、妄想であろうと何でもいいです。僕にとっては、美月さんのいない学園祭なんて、ごはんのないお寿司みたいなものです」
「お刺身だけでも美味しいよねー」
「僕個人としては、午後から野外ステージでバンドのライブがあるので、早く美月さんと一緒にデートしたいのですが」
「ライブ見に行くよ。しかも最前列で声援送ってあげる。だからそれで許して?」
「駄目です。あ、そうだ。美月さん。美月さんがデートに誘ってくれないと、僕はライブに出ません。どうです?美月さんのせいで僕がライブに出れないんですよ?」
「ついに自分自身を人質にしたか」
「デートに誘ってくれないと、美月さんの盗撮生着替え写真をばら撒きますよ」
「それは困るけど、それ以前に君は警察に捕まるよ」
「僕が美月さんの心を盗んだからですか?」
「盗撮と痴漢だよ」
「いやだなー、もちろん盗撮なんてしていませんよー」
「目が泳いでいるよ」
「僕の両目はオリンピック目指して特訓中なんですよ」
「そっか。頑張りたまえ」
そう言って、美月さんは机から降りて、テクテクと教室のドアへと歩いて行った。そして、ドアの前で立ち止まると、僕に振り向いた。
「そうだ。言い忘れてたけど、別に私は君が嫌いだから断ってるんじゃないよ?」
「もちろん、知っていますよ」
「でも、君と私じゃ釣り合わないよ。それに周りが許さない。君、人気者だもん」
「周りが許してくれたらデートしてくれるんですか?」
「そうだねー、君が卒業したら考えておくよ。それまで君が私のことが好きだったら」
「なるほど、つまり卒業したら結婚ですね」
「ふふ、プロポーズは君からしてね。私は灰を被ってお掃除してまってるから」
「当然ですよ。ガラスの靴を持って会いに行きます」
最後に美月さんは「ライブ、楽しみにしてるよ」と言って、教室から出て行った。
出ていく彼女を後から眺めることしかできない僕に出来ることは、せめて彼女の期待にこたえることだけだった。
その日の午後、僕は野外ステージで歌っていた。
約束通り、美月さんは最前列で見ていてくれた。周りの生徒は僕と一緒になって飛び跳ねていたが、美月さんは静かに微笑みながら僕の歌を聞いていた。その大人な振舞いが彼女の魅力の一つだ。
「みんなありがとー!」
「「きゃーーーー」」
「お、いいねいいね!盛り上がってるね!今日は学園祭!男も女も後輩も先輩も先生も、みんなみーんな何もかも忘れて盛り上がろうぜ!!」
「「きゃーーーー」」
「それじゃあ、次の曲に行くよ!」
僕が目線で合図を送ると、伴奏がはじまる。
その音楽に合わせて、僕は盛大に体を揺らして歌い始める。
そんな僕に合わせるように、みんなが掛け声をあげてリズムを取る。美月さんも周りのムードに誘われてか、恥ずかしそうに手拍子を送ってくれる。
―――その手拍子だけで、僕はいつもの歌に力がこもった気がした。
手拍子が聞こえない。でも、確かに僕に向けて手拍子を送ってくれている。聞こえるか聞こえないかそれは問題じゃない。彼女が手拍子をしてくれている。その事実だけで、充分だ。
曲もラストのサビに入り、観客の生徒たちの盛り上がりも最高潮を見せていた。
その歓声を体に受けながら、僕は最後に
「ありがとー!」
と叫んだ。
「さて、みんな楽しんでくれたかな?寂しいけど、僕たちのライブは次が最後の曲」
「「やだーーーー!!」」
「あはは、やだーって子供みたいだね。でも駄目だよ。他にもイベントはあるんだから。まだまだ、学園祭はあるんだから。みんな!学園祭は楽しい!?」
「「たのしーーーー」」
「そっか!よれはよかった!でも、僕はいまいち楽しくないんだー!だって、ほら!そこに座ってる人が盛り上がってないんだもの!」
と、僕は美月さんを指刺した。
当然、生徒たちの視線が美月さんに集まり、そして美月さんも突然のことに驚き、戸惑っている。
生徒たちはそれぞれ目配りをすると、いたずらな笑みを浮かべて、美月さんを立ち上がらせて、僕のいるステージの前へと連れて来てくれる。
美月さんは笑いながら「やめてよー」と言いながらも、素直に僕の傍にへと来てくれた。
「ほら、捕まって」
手を差し伸べた。
「・・・・君は嫌な人だね」
美月さんは恥ずかしそうに笑いながら、少し唇を尖らせた。
「嫌な人でもいいです。ほら!」
僕は強引に手を掴むと、力いっぱい引っ張って、美月さんをステージに上がらせた。
周りからは温かい笑い声が聞こえた。
「みんなー!突然だけど、僕は重大な告白をしたいと思います!聞いてくれますか!?」
「「なーにー!?」」
観客のノリがいい。助かる。
となりの美月さんは、まさか、と言う表情で僕を見つめている。
僕は美月さんに向き直るを、僕は大きく息を吸って
「美月香苗先生!大好きです!」
と、叫んだ。
「入学式の教師紹介の時、一年生のクラスの担任になってくれた時、初めて会話した時、僕は貴方に恋をしました!大好きです!」
僕の声が、野外ステージを超えて、学園中に響き渡っているのが分かった。どうだ。これでもう僕の気持ちを知らない人はいない。今更先生と生徒と言う立場を気にしていても、もう遅い。逃げ道はもうない。
美月さんは顔を真っ赤に染めて、照れたように俯いていた。
「君は本当に嫌な生徒だよ。先生なのに、さん付けで呼ぶし、それに勉強の相談があるって呼び出して、ただ雑談したり、本当に嫌な生徒だ」
「それぐらい本気なんですよ」
美月さんは「はぁ」とため息をついた。
周りからは「せんせー、告白の返事はー?」と茶化すような声が聞こえてくる。それに美月さんは顔が真っ赤なまま「こら!」と叱っている。
「先生」
僕は持っていたマイクを先生に渡した。
「えっと・・・・」
「返事、ください。返事を言わないと、ライブが終わりませんよ」
「・・・まったく、人質を取るのがうまいね」
先生は呆れたように笑うと、マイクを持って、そして大声で叫んだ。
「―――――」
学園祭二日目。
僕は初日と同じように教室でボーっとしていた。ただ初日と違うところは、美月先生が居ないことだ。
しばらくボーっとしてると、ドアが開き、美月先生が入ってきた。
「こら、不良生徒。学園祭に参加しなさい」
「ごめんなさい。美月先生。僕、一人じゃ怖くて出店を周れないんです」
「しょうがないわね、先生が一緒に周ってあげるから、一緒に来なさい」
「わーい。美月先生ありがとー」
「・・・」
「あれ?先生どうしたの?」
「・・・二人きりの時は
――香苗
って呼んで?」
「二人きりの時だけ?どうせ、全校生徒分かってるんだから、今度から授業の時も呼び捨てにするよ」
「馬鹿!恥ずかしいじゃない!ただでさえ、ライブであんな恥ずかしいこと言わされたのに・・・」
「あはは、香苗さん」
「何?」
「好きです」
「・・・・私もよ」
恥ずかしそうに手をつないでくる香苗さんの手を握り返して、僕たちは教室から出た。
―――初日よりも、客寄せの声が大きく聞こえた。
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どうも、戯言使いです。TINAMI学園祭ということで、普段は恋姫の2次制作を作っていますが、今回はオリジナルにチャレンジしました。
どうか、よろしくお願いします。