No.176767

『かりんさまは○学○年生!』 再録版  

藤林 雅さん

当方のサイトのBlogで掲載されていたSSをちょこっと修正して再アップしてみました。
うん。だから読んでいる人は今更確認しなくてOKです。
まだ、真も発売されていない時期だったんで桃香が桃花になっていたり、(これは修正)キャラクターの性格が変わっていたり、当方で登場しているオリキャラ武将達も登場しております。初めて見る方にはなんじゃコレ? というツッコミ満載のSSではありますが、blogのログからかりんさま(誤字にあらず)のお話の見方がわからないというお話があったので、こっちに再録してみました。
お姉ちゃんは三羽烏と同じくかなり変な設定で書かれた作品ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

2010-10-06 18:40:22 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:6987   閲覧ユーザー数:5409

 空には暗雲が立ち込め、今にも雨が振りおちそうな雰囲気が立ち込めている。

 

 しかし、そんなことを思考の片隅にも置かず、ただ、じっと目の前にある霊廟の前にたち続ける幼き少女が一人いた。

 

 年の頃は、まだ幼く十にも満たっていない。可愛らしく頭の両側頭部でカールさせた金糸の滑らかな髪が美しく、幼いながらも目鼻が整った年齢にそぐわない美しい顔立ちが、彼女に言い表す事の出来ない艶やかさを醸し出している。

 

 将来、大人の女性に成長したら間違いなく美女と謳われること間違いない少女であった。

 

「……」

 

 だが、今、彼女の本来、美しい色を携えているであろう瞳には色は無く、生気が感じられない。

 

(……ひとりぼっちになっちゃった)

 

 少女は心の中で悲しみを憂う。

 

 目の前にある霊廟に眠っているのは、自分を可愛がってくれた祖父。酒癖が悪かった父――自分と同じ暗闇さえ照らし出すような美しい金糸の髪を持った母の三人であった。

 

 少女は、幼くして祖父と両親を亡くし、天涯孤独の身となってしまったのである。

 

(……わたしが、ほんとうにのぞんたことは――)

 

 少女はそこまで考えて、首を左右に振った。

 

 もう、自分の本当に望んだ夢は一生叶うことはないのだから。

 

 祖父や父が私財を溜めていてくれたおかげでお金に困ることはない。

 

 少女自身、幼いながら他の者に追随を許さないほどの才を持っていた。

 

 故に彼女が一門の本家を継ぐ事に多少の反対があったが、親戚筋の夏候家、傍流の曹家の協力もあって少女は多少なりとも権力を手に入れたのであった。

 

 奇しくも世の中は、天子が蔑ろにされ、官は金銭でその位を買い、地方で叛乱が起こる乱世の到来を告げていた。

 

 少女は、己の掌を開いてじっと見つめ――力強く握り締めた。

 

 ならば――己の技量で、女の身でどこまで行けるのか、それを試してみるのも悪くないと、年齢にそぐわない野心を心の中にたぎらせるのであった。

 

 突如、雷雲が地に向かい激しい音を立てる。

 

 続いて稲光が空から堕ちる。

 

 少女は、それを見ながら薄く微笑むのであった。

 

 少女の名は曹操孟徳。真名を華琳という。

 

 後に『治世の能臣、乱世の奸雌(し)』と呼ばれた万能の異端児はここより中原へと躍り出ることとなった――

 

 

 祖父と両親の墓参りを済ませたその帰り道、華琳は仔馬に跨りながら私邸へと向かっていた。

 

 だが、あと数刻で家に着く前、道端に何かが倒れているのを発見する。

 

「? いきだおれかしら――にしては、かわったいしょうをみにつけているわね?」

 

 華琳は、行き倒れている人物の着ている服に好奇心が刺激され、そこへと近づく。

 

 行き倒れていたのは――そう、聖フランチェスカ学園の服を身に纏った青年、北郷一刀その人であった。

 

(あら? へーみんにしては、けっこう、かおだちはととのっているわね)

 

「……うっ」

 

 華琳が倒れている一刀をまじまじと見ていたら、彼は意識を取り戻し始めるのであった。

 

 

 

 一刀は、意識を取り戻す。

 

 そして、後頭部に頭痛を感じながら、何故このようになったのかを思い出していた。

 

 そう――

 

 

 

 

「あいつ、男のなのにチャイナドレス似合っていたな……」

 

 一刀が頭の中に思い浮かべていたのは――深夜に出会った真紅の生地に龍が描かれたチャイナドレスを身に纏った少年、左慈であった。

 

 左慈とばったり遭遇し、その手には博物館に展示している筈の銅鏡があった為、本来はそれを咎めねばならぬのが一刀の責務であったはずだが、不覚にも相手に見惚れてしまい、気を取り戻した瞬間には、チャイナドレスのスリットから出た脚線美の足により側頭部を蹴られ、意識を刈り取られていたのであった。

 

 そして、意識を取り戻した一刀の眼前に飛び込んできたのは――

 

「ふむ、白か」

 

 幸か不幸か、意識をなくして倒れていた一刀を観察していた曹孟徳、いわゆる華琳のパンツであった。

 

「しね」

 

 少し、舌足らずの声音でいきなり死刑宣告をされ、次に一刀見たのは――すごい勢いで振り落とされる靴底であった。

 

 容赦なく靴で一刀の顔面を思い切り踏み抜く華琳。

 

 幼き覇者の気位を持ち合わす少女の下着を見た罪はどうやら万死に値するようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~妄想†夢想 華琳伝 完~ 

 

 

 冗談はさて置き、今回の外史は二人の出会いにより始まる。

 

 一人は、中原を駆け抜ける稀代の英雄。

 

 もう一人は、この乱世にあっては、平凡な一介の元学生。

 

 異端の外史は、くるくると縁(えにし)の糸を紡ぎ始めていた――

 

 

 

 繰言になるが、曹操こと華琳は大変稀有な存在である。

 

 一刀は、「わたしのしたぎをのぞいたつみは、あなたごときのだけんが、ひゃくまんかいしんでもつぐなえるものではないわ――しぬまで、わたしのいぬとしてつくしなさい」

 

 と、華琳に問答無用で――まあ、乙女の下着を覗いた罰なのだから当然といえば当然なのだが、理不尽な契約を結ばされようとしていた。

 

 そして、現代日本人とはいえ、鹿児島に住む祖父から日本男児たる何かを学んでいた一刀は「わかった」と自分の非を認め、『華琳の言葉に従って』しまった。

 

 それは、元には戻れない帰りの見えない地獄への片道切符であった。

 

 華琳は幼くも美しい顔立ちに、何か悪巧みを思いついたのようにニヤリと妖しく微笑んだ。

 

 まるで、中国殷王朝末期時に、紂王を色香で手玉に取った悪女、千年狐狸精(せんねんこりせい)所謂、妲姫(だっき)のように――

 

 そして、一刀は華琳の奴隷(犬)になる代わりに、衣食住を得ることが出来たのである。

 

 

 

「えっ? これ、何てプレイ!?」

 

「『ぷれい』って……また、わたしにわからないことばばかりつかって――まあ、みてのとおりく・び・わよ!」

 

 華琳に忠誠の証しとして首輪を取り付けられた北郷一刀。

 

 幼女に躾けられる高校生の不可解な図がそこにあった。

 

 一刀は思う。この場で、刀を授けてくれるのなら――切腹したかった。割と本気で。

 

「あはは~、兄ちゃん可愛いよ~」

 

「えっと、私も似合っていると思いますよ兄様」

 

「……」

 

 曹操の近衛を務める上から、許緒こと季衣、典韋こと流琉、そして最後にコクコクと二人に続いて頷いている楽進こと凪の三人が一刀の首輪姿を褒める。

 

 

 

 ――何、この幼女率。 

 

 

 兎にも角にも異世界からの異邦人北郷一刀は曹操孟徳こと華琳の許で、近衛として仕える身になったのであった。

 

 

「くー! 新参者くせにぃ!」

 

「ああ、華琳様。何故、そのような畜生に気を許すのですか~」

 

「……桂花、姉者。仕事をしてくれ、頼むから」

 

 一刀の処遇について嫉妬する軍師と猛将。その二人を懸念するクールな弓遣いが柱に隠れていたり。  

 

 

 

 十にも満たない幼なさながらも、曹一門を纏め上げ、信賞必罰を持って事にあたり、黄巾党の乱を始めとし、華琳は中原へ躍り出る――

 

 

 董卓討伐軍への参戦。

 

「おーほっほっほっ! 私が連合軍の盟主を務めるからには、董卓さん如きに負ける要素なんて皆無ですわ! 華麗に舞って差し上げましょう」

 

 おバカ盟主こと袁紹が、高らかに笑い連合軍の勝利を宣言する。

 

 そんな事を華琳様が見過ごす訳もなく――

 

「――オバサンがまっているのはあたまのなかみでしょ?」

 

 ある意味、子供らしい直球な発言。

 

「キィー! このチビジャリ許しませんわ!「わわわ、姫! ダメですよ!」――顔良さんお放しなさいな! 文醜さん! 何故、笑っているのです!?」

 

 幼女の挑発にまんまと引っかかり、激昂する袁紹を傍に控えていた斗詩が抑え、猪々子は最高! と言わんばかりに腹を抱えて笑う。

 

「……ふぅ」

 

 そんなやりとりに江東の女王が、溜め息を吐く。

 

「あんたもじぶんはかんけーないってかおするのやめてくれないかしら? しょーじきウザイから」

 

 だが、そんな態度がお気に召さない華琳様は、容赦なく口撃する。

 

「なっ!」

 

「曹操貴様! 孫権様に何たる物言い! 許さん!」

 

 唖然とする蓮華に、己の主君への暴言を許すまじと立ち上がる思春。

 

 江南一の暴れん坊を前にして、華琳は怖れず自信ありげに冷笑する。

 

「かずとバリアー!!」

 

 叡智に優れた幼女は自分の部下を盾に己の危機を脱する。

 

「何で俺ー!?」

 

 他の外史では天の御遣いとして扱われる一刀君も華琳様の前では、ただの奴隷(いぬ)であった。 

 

「ちっ!」

 

 容赦のない思春の攻撃が一刀に襲い掛かる。

 

「へぶらっ!」

 

 思春の放った攻撃をモロに受けた一刀は半ば物理法則を無視するような形でそのまま吹き飛んでしまった。

 

「きゃっ!」

 

「おお? 痛くない? それどころか……やわらかいものが」

 

 吹っ飛ばされた一刀は目の前の視界が塞がれたが、冷たい壁や床ではなく何かクッションのようなものに当たって事なきを得たと感じていた。

 

 そして、自分の頬に感じたやわらかくて――何故だか温かいモノを確かめるために、手で感触を確かめる。

 

「あっ……ぅん」

 

 一刀が手で触れているそれをにぎにぎと揉むと、甘い吐息と何だか良い香りが返ってきた。

 

 寒気を感じ、一刀は顔を上げる。

 

 そして、彼の見知らない幼さを残し可愛いと形容した方が良い大人の女性と目が合った。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 一刀は、一瞬にして我に返り、尻餅をついたまま後ずさる。

 

「……あっ」

 

 対する女性も頬を朱に染め、着崩れた着物をいそいそと直す。

 

「貴様! 義姉者に対して何たる不埒な振る舞い! この関雲長が成敗してくれる! そこに直れ!」

 

 そして、一刀とその女性との間に割り込み、激昂するは――艶やか黒髪を靡かせた軍神、関羽雲長であった。

 

「愛紗ちゃん!」

 

 だが、その軍神を心に響く鈴の音ような声音で制止する女性。

 

「しかし!」

 

「下がって……私は大丈夫だから」

 

 女性はそのまま立ち上がって怒りの治まらない愛紗の前髪をそっと優しく撫でる。少し、冷徹な面持ちの中に彼女に対する信愛を含んだ表情を見せていた。

 

 そして、少し不満げな表情を浮かべながらも関羽は下がる。

 

 女性はそのまま尻餅をついている一刀の前で再び膝をつき、掌と拳を組んで礼をする。

 

「私は、劉備玄徳と申す者です――先程は、義妹が失礼を致しました」

 

「あっ、い、いえ、とんでもない。俺は、北郷一刀っていいます。俺の方こそ、とんだ粗相を――「一刀様とおっしゃるのですね」――はい?」

 

 一刀は目の前にいる少女が、かの仁君劉備玄徳と知り、驚きを感じつつも挨拶を交わすが、続いて謝罪を述べている途中で、彼女から『様』付けで呼ばれそれを遮られる。

 

 そして、目の前にいる劉備はその場で正座し、三つ指を着いて一刀に深々と頭を垂れた。

 

「私の真名は桃香(とうか)といいます――末永く、よろしくお願いいたします『旦那様』」

 

 劉備玄徳こと桃香の爆弾発言により、大本営の中に雷のような衝撃が奔った。

 

「にゃはは。鈴々たちのすんでいた啄郡では、成人した後、けっこんまえののおとこのひととおんなのひとがはだをふれ合うことはすなわち、『こんやく』を意味するのだ」

 

 呆然とする一刀の背中に赤髪の小さな女の子がおぶさってきて、桃香の奇行の意味を解説してくれた。

 

「とゆーわけでよろしくなのだ。お兄ちゃん」

 

「いや、唐突にそんな事言われても!? ――俺、日本生まれですから?」

 

 あまりにも予測不可能な展開に一刀はタジタジになる。   

 

 そして、続いて背中に氷の刃で射抜かれるような冷たい視線を感じた。

 

「ごしゅじんさまいがいのおんなにさかっているんじゃないわよ、このいぬ!」

 

「義姉者が穢された、ケガサレた、けがされた、KEGASARETA……ぶつぶつ」

 

 一刀の背後に仁王のように立ちふさがる、怒れる華琳と少し、鬱の入った暗い表情で、青龍偃月刀を力強く握り締めている愛紗。

 

「――かくごはいいかしら」

 

 敬愛する己の主君にとても可愛らしい表情で、腹を括れと宣言される。

 

 一刀は尻餅をつき、背中に鈴々を背負ったまま、最後の言葉――所謂、遺言を述べた。

 

 

 

「――まだ、紫のパンツは早いと思うぞ?――「しね、だけん」」

 

 そして側頭部に放たれる渾身の蹴り。

 

 一刀の最後に見たものは、背伸びした少女の紫色の下着であった――

 

 

 董卓討伐後、各地で起こった諸侯による群雄割拠――

 

 華琳は、迅速に黄河流域より南の各地を平定し、その領土は宛を治める張繍(ちょうしゅう)の許にまで及んだ。

 

 張繍は、降伏を申し出て曹操軍へ帰順することになり、華琳は連戦の疲れもあり、宛にて休息することになった。

 

 外の見張りに典韋、許緒、楽進――そして、一刀を残し、休息をとる華琳。

 

 

 

 

「ふう」

 

 小さな覇王は、寝室の窓から星空を眺めながら溜め息を吐いた。

 

 理由は――最近、中原の統一という果てしない野心がどうでもよいものに感じ始めていたからであった。

 

 それもこれも、あの時出会った、一刀という存在の所為だと華琳は心で呟く。

 

 

 

 

 かれは、へんじんだ。

 

 このらんせで、たにんをかんたんにしんようし、うたがうことをしらないばかものだ。

 

 けど、だからこそみなが、わたしをいせいいしゃとしておそれているのにもかかわらず、かれはこわがらない。

 

 それどころか、よわいくせにぶかにかくれてたまにはと、いきぬきでだらしのないことをしたりすると、まるでちちかあにのようにわたしをしかりつけてくる。

 

 そして、なによりだれよりも――やさしい。

 

 わたしを『そうそうもうとく』ではなく『かりん』としてせっしてくれる、ゆいいつむにのそんざいだ。

 

 ああ、ほんとうにわたしがほしかったものでみたされているから――

 

 

 

 

 華琳がそんなことをらしくもないと考えながら思考に耽っていると、コンコンと寝室の扉が叩かれる音が聞こえてきた。

 

「はいりなさい」

 

 寝室に入ってきたのは、外で警護をしている凪であった。

 

「あら? どうしたのなぎ」

 

「……」

 

 楽進こと凪は、少々顔を顰めて、視線を窓の外に移した。

 

 彼女があまり喋らないことを知っている華琳は、凪が視線を向けた方へと己の視線を向ける。

 

 そこで少女が見た光景は――

 

 

 

「あ、あの、自分は警護の任務中でして……」

 

「そんな事おっしゃらないで……つれない御方」

 

 警護をしている一刀にしな垂れかかる妙齢の美女であった。

 

「で、ですから――「私、主人を亡くしてから生きがいを見つけることが出来ずに、日々を無為に過ごしていましたわ――けれど、貴方に抱きとめられたとき、久方ぶりに感じた殿方の肌に眠っていた私の女の性(さが)が目覚めましたの……女の一人寝は寂しいですから……」――は、はあ。そうなんですか?」

 

 女性は、妖艶な色香で迫り、着崩した着物から見える決して大きくはないが、掌にスッポリとおさまりそうな形の良い胸を一刀の腕に下半身は、生のふとももを押し付け、潤んだ瞳で見つめる。

 

 一刀は、首まで真っ赤になり、ガチガチに固まっていた。

 

 

 

「――なに、あのちじょ?」

 

 自分の所有物がだらしなくしている姿に華琳は可愛らしい顔を顰め、冷徹な眼差しを向ける。

 

「今日のお昼、市を警邏していた時に私達の目の前で、貧血で倒れた女性――カズトが抱きとめて事なきを得たのですが……」

 

 凪には珍しく、長い言葉で華琳に事情を説明する。

 

 平静を装っているが、その様子から彼女もかなりご立腹のようである。

 

「彼女の名は雛(すう)。張繍の亡くなった叔父 、張済(ちょうさい)の夫人だった方です」

 

「――へぇ」

 

 凪から女性に関する情報を聞き、華琳は――ワラう。

 

 無表情のままではあるが思わず、後ろに控えていた凪が、戦場にあっては曹操軍の一番槍を欲しいままにしている楽進が、主君の発する陰の含んだ気に中てられ、思わず後ずさる。

 

「ほんとうにこまったいぬね。しっぽをふっていいのはごしゅじんさまだけだってことまだわからないのかしら――やっぱりおすは、きょせいしないといけないわね?」

 

 

 

 

「うふふ。甥に頼んで寝所の用意はすでにととのっていますわ――さあ」

 

「いやいやいや! ――色々と死活問題になりますので、国同士とか、俺個人とか! ――ああ、そもそも、美女に興味があるのはあのお子ちゃまの方で――「たのしそうね」……神は死んだ!」

 

 魅惑の未亡人雛に迫られ、そして、止めとばかりに一番見つかりたくない人物に見つかって、一刀は己の死を覚悟した。

 

「ん! 待てよ? この世界で死を迎えるということは……元のいた世界に帰れるのかもしれない?」

 

 一刀は混乱し、自分でも意味不明な事を言い出していた。

 

「じゃあ、じぶんでたしかめてきなさい!」

 

 一刀の生殺与奪権を握っている少女から放たれるお馴染みの蹴りが膝を付いた彼の側頭部に炸裂する。

 

「――ふふふ、黒のガーターベルトとは、背伸びしすぎだぞ?」

 

「……」

 

 意識を放り出す前の一刀の言葉に対し、華琳は、うつ伏せで倒れた彼の頭を容赦なく――踏み抜いた。

 

 誰のためにこんな下着を履いているんだ! と言わんばかりに羞恥心で頬を朱に染めながらではあるが。

 

「ああ……ありがとうございます。これで、寝所まで運びやすくなりましたわ」

 

 気絶した一刀の傍に駆け寄って、嬉しそうな表情をしながらいそいそと彼を運ぼうとする未亡人。

 

「だめよ、『おばさん』。これは、わたしのしょゆうぶつだから」

 

 華琳の言葉に雛は、その場で――ピシリと音を立てながら石化した。

 

「……なぎ。これをわたしのへやまで、はこんでおいて」

 

 凪は、コクリと頷き自分よりも大きな体躯をしている一刀の両足を持って、電車ごっこのようにそのままズルズルと音を立てながら運ぶ。

 

 それが、何気に一刀に対する罰だと言わんばかりに。

 

 華琳も凪の行動を責めはしなかった。

 

 その後、華琳の寝所に運ばれた少年がその夜どうなったかは、小さな少女を除いて知ることはなかった――

 

 

 

 ちなみに一刀は、夢の中で久方ぶりに元の世界で、学園生活という名の青春を謳歌していたそうな。

 

 

 

 幼き覇王ことかりんさまは、その後も各地を平定しついには権力闘争に巻き込まれ流浪していた天子一行を保護し、許昌に献帝を迎え入れる事に成功した。

 

 ここに中原のみならず四海に曹孟徳の名は威光を持って知られる事となったのである。

 

 そして、徐州で袁紹と袁術の連合軍に敗れた劉備が呂布と共に曹操軍の許へ亡命する事件が起きた。

 

 元々、関羽を喉から手が出るほどに欲していた華琳は狂気乱舞して喜び、部下達の諌言を聞き入れず彼女達を保護する事となったのである。

 

「ふふふ。さっそくこんや、かんうをわたしのところによんで――うにゃ?」

 

 まるで、中年親父のような思考回路でイケナイコトを考えていた華琳の首根っこを猫のようにひょいと持ち上げる者がいた。

 

 一刀が少し怒った表情をしながら、華琳を持ち上げていたのである。

 

「人の想いを無視して、自分の欲望のままにそーいうことをしたら駄目だっていっているだろ?」

 

「はなしなさい! あなたはしゅじんにたいして――「華琳が俺のご主人様だから言っているんだ!」――えっ?」

 

「こーいうことは、両者の同意のもと行わないと今は良くても、必ず後でしっぺ返しがくるんだからな?」

 

「う、うん」

 

 一刀の口から思いもよらぬ言葉を聞き、嬉しさと恥ずかしさで華琳は大人しく言うことを聞いていた。

 

 だが、ハッとなり首を勢いよく横に振って思考を冷却させる。

 

 犬に諌められてい覇王など滑稽でしかない。

 

 華琳は冷笑を浮かべる。

 

「あら、わたしがかんうにけそうしていることにじぶんのたちばをわきまえず、ごしゅじんさまがとられることにしっとしているのかしら?」

 

 ――かんぺきね。

 

 と、華琳は感じていた。

 

 意趣返しに一刀が慌てふためく様子が見たかったのである。

 

 だが、一刀は華琳をぶら下げたまま、「?」と首を傾げていた。

 

 見事なKY(空気読めない?)振りだ。

 

 華琳は、こめかみに怒りマークを浮かべる。

 

「こほん! もしかしてとはおもうけど、ごしゅじんさまをさしおいてかんうにけそうしているんじゃないでしょうね?」

 

 そして、発言をスベらせた恥ずかしさもあって、華琳はそう誤魔化した。

 

「う……」

 

 だが、華琳も思いもしなっかった反応が返ってきたのである。

 

 一刀は先程とは違い、頬を朱に染めて、華琳から視線を逸らしていた――あたかも、正解です言わんばかりに。

 

 一刀にとって、関羽こと愛紗は凛々しく美しい存在であった。

 

 それはまるで、自分の元いた世界で剣道部の先輩であり、憧れでもあった不動先輩を思い出すからであり、別に他意はない。

 

 だが、華琳にとっては腹が立つ事この上ない態度である。

 

「――そんなにおおきいおっぱいがいいのか!」

 

 その言葉と共に一刀の大事な部分を潰すが如く急所蹴り。

 

「はがっ!」

 

 華琳を手放し、大事な部分を押さえながら悶絶する一刀。

 

「兄ちゃん、大丈夫?」

 

「に、兄様だいじょうぶですか!?」

 

「?」

 

 同僚の季衣、流琉、凪が一刀の傍に駆け寄って心配してくれる。

 

 幼女たちに囲まれながら、急所を押さえ悶絶する一刀であった。 ――何、この羞恥プレイ?

 

 

 そんなこんなで、ある晴れた昼下がり。

 

 華琳は献帝こと劉協を引きつれて、盛大な狩りを開催していた。

 

 無論これは、曹操の許に天子が在るというデモ・ストレーションの一環でもあった。

 

「む……せい!」

 

 曹操より少し年上の若い皇帝が馬上から弓で矢を射り、鹿を狙うが、彼女本来の性格の優しさのあらわれか、矢は外れてしまう。

 

 外した本人も、どこかしらほっとした表情を浮かべていた。

 

 周りの者達も矢を外したとはいえ、幼年にそぐわない彼女の弓の扱いに賞賛の声を上げる。

 

「――へいか、しつれいします」

 

 そこへ、馬を並べた華琳が彼女の手から弓矢を奪い取ったのである。

 

 周りに他者達と共に、狩りについてきていた劉備一行にも緊張が奔る。

 

 中でも愛紗は、青龍偃月刀を構え前に出ようとしていたが、桃香の手によって遮られた。

 

「義姉者!」

 

 漢朝の復興を強く願う愛紗は、義姉の行動に思わず激昂した。

 

 目の前で天子様が、賊に弄ばれているという構図が生真面目な彼女には許せなかったのである。

 

 だが、桃香は義妹の言葉に応えず、じっと前だけを見据えていた――その表情に少しだけ微笑を携えながら。

 

 

 

 天子から弓矢を奪う。この事こそ、『曹孟徳が天子より上の立場』である事を知らしめる格好の場となる――はずであった。

 

 しかし、その目論見は叶わない。何故なら――

 

「こら!」

 

 叱る声と共に華琳の脳天にゲンコツがゴン! と落ちたのである。

 

 それは、急いで駆けつけてきた一刀のゲンコツであった。

 

 一刀は、華琳の手から皇帝である劉協の弓矢を奪い取る。

 

「上の立場にある者が、人の物を勝手に取ったら示しがつかんだろ。それに、お前に弓矢はまだ早い、弦で頬を切ったりでもしたら危ないだろ!」

 

 あの曹操に対して、怖れることなく一喝する青年に回りにいた王朝の官吏達は、皆揃ってポカンと口を開き、あ然とした表情になった。

 

「か・ず・と~!」

 

 タンコブができた頭を手で、押さえながら涙目で一刀を睨む華琳。

 

「そんな顔してもダメなものはダメ!」

 

 一刀はまるで教育ママのように華琳を叱る。

 

 続いて、一刀は劉協の傍に赴き、馬から降りると弓矢を丁重に彼女に差し出す。

 

「申し訳ありません陛下。我が主君はまだ幼くもあり、それを止めなかった臣にこそ責があります。何卒、お咎めなきよう取り計らいをお願い申し上げます。それでも我が主に非があるとおっしゃるなら代わりになるかは存じませぬが、私の首を差し出しますので、重ねてお願い申し上げます」

 

 馬上にいた劉協は、目の前にいる青年に驚きを隠せないでいた。

 

 そして、あの曹操に手を上げたこともそうだが、何より、曹操の臣下でありながら、皇帝への敬意を忘れず、なおかつ、主君の非礼に対あい、自らの身を持って主への忠節を尽くす彼に感謝の気持ちと共に好感と僅かながらの興味が湧いてきた。

 

「叔母上。どう処するべきでしょうか?」

 

 幼き皇帝は、桃香を呼び寄せる。

 

 劉玄徳こと桃香は、先日華琳と共に参内し、劉協に謁見した際に遠縁ながらも皇帝の血縁ということが判明したのであった。

 

 以後、宮中の者達から敬意を持って『劉皇叔(こうしゅく)』と呼ばれるようになったのである。

 

「はい。殿下のお心のままに処してよろしいかと」

 

「左様ですか」

 

「――あと、私事ではありますが」

 

「何であろうか?」

 

 再び、恭しく頭を下げて発言する桃香に劉協は首を可愛らしく傾げた。

 

「はい。実は、そこにいらっしゃる北郷様は、私と婚約の儀を交わした間柄でもございます。このような場で妻として、夫を亡くすには耐えられません」 【※注 : あくまで桃香主観】 

 

 そう言いながら、視線を一刀に意味ありげに向け、頬をポッと紅く染める桃香。

 

「なんと、そうであったか! ならば、一刀殿は朕の義兄上にもなられる御方ではないですか! むむむ……ん? これも何かの縁でありますし、どうでしょう。朕が仲人となってお二人の祝言を上げるというのは」

 

「えっ!?」

 

「まあ! ありがとうございます」

 

 劉協の発言に一刀は、何故! と驚き、桃香は女の幸せを得たとばかりに嬉しそうに微笑んだ。

 

 普段、無愛想でむっつりとした表情が多い彼女がこんな表情を見せることは珍しい。それだけ、この件が彼女にとって心躍るものなのかもしれない「ちょっとまったー!」……まあ、色んな意味で大変そうではあるが。

 

 この後、劉協と桃香を中心とした者達と華琳を中心とした曹操軍とで一悶着起きた事は想像に難しくない。

 

 ちなみに中心地にいた一刀は嫉妬した華琳、春蘭、桂花。ついでに愛紗の手によりフルボッコの刑。

 

(しかし、まあ……ある意味、北郷殿を懐柔できれば、どこの勢力にとっても強力な手札になるのでは?)

 

 争いには参加せず、それを離れた場所からボロボロになった一刀の背にだ○パンダのようにしておおいかぶさる鈴々と季衣達を見ながら秋蘭はそう思考していた。

 

 騒ぎの中心地から、春蘭の攻撃でも受けたのか一人の官吏が人間ロケットの如く宙を舞う。

 

 秋蘭は溜め息を吐いて、この場の事後処理をどうするべきか頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 ちなみに余談ではあるが、狩りはその後どうなったかと説明すると――

 

 

 

 瀕死状態の一刀を餌にして木に縛りつけ、熊をおびき寄せる事に成功。

 

 その後は、鈴々、季衣、流琉のチビッ子豪傑の手により捕獲し、捕らえた熊で宮中にて大宴会が開催され、先程の件は水に流されたのであった。

 

 しかし、その場にいればまた、問題を起こす種になったであろう一刀は、宴会の外で門番を申し付けられていた。

 

 宴会を抜け出した呂布こと恋と、董卓と呼ばれていた少女、月が桃香のお願いもあり、おすそ分けとして熊肉とそれでダシをとったスープを差し入れに持ってきてくれた時、一刀は彼女達の優しさに不覚にも涙を流したとか――

 

 

 曹操と劉備の蜜月はそう長くは続かなかった。

 

 劉協の処遇を巡る問題で対立してしまったのである。

 

 無論、これには一刀が絡んでいるのだが、それは英傑二人しか知ることのない闘争である。

 

 表向きは、劉協を慕う臣下が桃香や他の者達と結託して叛旗を翻そうとしていたのだが、事が露見してしまい怒りに狂った華琳により大粛清が行われたのである。

 

 一刀も諌めはしたがこの時の華琳は、覇権を握るために必要なことであると逆に一刀を叱り、粛々と処刑を行ったのである。

 

 それに加担したと疑われた桃香一行は袁術討伐を理由にして兵馬を借り、一足早く都を脱出した。

 

 そして、監査役として送り込んだ華琳の部下を都に送り返し、小沛、下邳城を占拠し、掌を返したのであった。

 

 

 

 華琳は寝室にて、ウロウロと所在無く行ったり来たりを繰り返していた。

 

「参謀会議は終わったのかい?」

 

 そこへ、聖フランチェスカ学園の制服の上にエプロンを身につけた一刀が盆を手にして現れた。

 

「うん。りん(郭嘉)と――なんでか、ものすごくやるきのかく(詠)にりゅうびのとうばつじゅんびをさせているわ」

 

 

 

「そうか」

 

 一刀は心なしか、がっかりとしたした表情を浮かべた。

 

 人間誰しも、自分を慕ってくれた人と敵対関係にはなりたくはないのであろう。

 

「――程昱(ていいく)さんは何か言っていなかった?」

 

 程昱仲徳(ちゅうとく)。曹操に仕える初老の男性で、身の丈が百九十一センチの巨漢の参謀である。

 

「こうわさくばかりをうるさくしんげんするから、『だまれジジイ』といっかつしたら、たいざんにのぼったままかえってこなくなったわ」 

 

「……」

 

 天に向かい両手を上げ、視線は泰山へそして、そばに控えている彼の孫娘で程立こと真名風に毒舌を持って制される――そんな程昱を想像して同情する一刀。人生経験の多さなど目の前の覇王様と自由気ままな孫娘達にとっては何ら意味するものではない事に溜め息を吐くのであった。

 

「まあ、とりあえずその話は置いておいて、華琳。久しぶりにアレを作ってみたんだが――「ホント!?」……ああ」

 

 一刀の言葉に華琳は、驚きと共に喜びの声を上げた。

 

 そんな彼女本来の子供らしさに微笑みながら、一刀は机の上にあるものをおいた。

 

「うわぁ……」

 

 華琳の表情が喜色に染まる。

 

 少女の目の前に現れたのは、『バニラアイスクリーム』であった。

 

 無論、この時代にアイスクリームなど存在はしない。

 

 一刀が苦心して、オリジナル要素を含めて編み出したモノである。

 

 その苦労が華琳に対して生活の改善及び、交渉のカードに成り得るからであった。

 

 授業でならった事を思い出して、自分なりに氷に硝石を入れる冷却方法を凪の姉妹的存在である李典こと真桜の協力の許で編み出し、アイスクリームの材料は都の市で揃える事に成功したのである。

 

 

 ――何気に揃わない材料もきちんとあった所は外史ならではのご都合的展開と思ってください。

 

 

 兎にも角にも、華琳がご機嫌斜めの時は、こうして一刀が宥めていたわけである。

 

 故に曹操の家臣団、特に男性陣である程昱や荀攸などの名士層は一刀を信頼していた。 

 

 逆に曹一門や女性陣には認めながらも人気は今一つ。

 

 何だかんだで、女性好きである筈の華琳の寵愛が男でありしかも身分は奴隷に向けられているのだから、彼女を慕う者達にとっておもしろいはずもない。

 

 名君は寵臣を作らずとはよく言ったものである。

 

「こら、食べる前に手を洗いなさい」

 

「えー」

 

 行儀悪く早速、アイスクリームに手をつけようとしていた華琳を一刀は叱る。

 

「えーじゃない。ほら、絶影(ぜつえい)はきちんと待っているだろ? 華琳は、絶影のご主人様なのにそんなはしたないことをするのか?」

 

 一刀は部屋の隅できちんとお座りしている灰色の毛並みをしている子狼こと絶影を指差す。

 

「う~」

 

「ほら、いくぞ?」

 

 不満げな声を上げながらも絶影のご主人様として、一人の淑女として一刀の言葉に従う華琳。

 

 そんな彼女を一刀は、愛おしそうな眼差しで見守るのであった。

 

 

 

 結局、劉備討伐は行われた。

 

 この戦いに置いて、華琳は桃香や鈴々などを捕らえる事は叶わなかったが、代わりに愛紗を投降させる事に成功したのである。

 

 そして、虜囚の身になった愛紗を謁見の間に連れて華琳は再び喜んだ。

 

 それ以後、一刀が以前言った言葉に従い、愛紗にあれやこれやと尽くし、贈り物などを贈る日々が続くが、主君を劉備ただひとりと決めている彼女は、決っして、帰順することはなかった。

 

 それでも、愛紗を傍で侍らす事が出来る今の環境に華琳は満足していたのであった。

 

 

 そして、少しの刻が過ぎ、事件は起きた――

 

 

 ある日の晩、一刀は屋敷の見回りを終えようとしていた。

 

 だが、中庭で愛紗の後姿を見つけてしまう。

 

 こんな夜分にいくら三国一の猛将とは言え、女性である彼女に声を掛けようと一刀は近づく。

 

 そして、見てしまったのである。

 

 中庭に備え付けられた池が月を映し出し光を反射していた。

 

 その月明かりの許で、軍神と謳われた少女は――泣いていたのである。

 

「……義姉上ぇ、鈴々……」

 

 義姉妹に会えない寂しさ故に、少女は泣いていた。

 

 一刀は、歩みを止め、俯き、唇を噛み締めた。

 

 そこに己の重ねてしまう。自分も同じ環境であったが、華琳に救われ、寂しさとは無縁の生活を送れていた。

 

 それを当然の事だと思っていた自分を恥じる。

 

 だが、華琳が愛紗に固執している事も知っている。

 

 己の主は裏切れない。

 

 そんなどうしようもない葛藤が、一刀の心をぐるぐると渦巻いていた。

 

 自分が出来ることはないか?  

 

 そう考えていた一刀は、ある事が閃いた。だが、その思考は、愛紗の手によって遮られる。

 

「――誰だ!」

 

 一刀の接近に気づいた愛紗が吠えたのである。

 

 そして、後ろに一刀がいることを確認した愛紗は眉を顰めたまま、疑惑の視線を向けた。

 

「――もしかして、見ていたのか」

 

「いえ、いましがた着たばかりなので、俺は何も」

 

 腕で目をゴシゴシと擦る仕草をしている愛紗に一刀は、先程、見た事を嘘をつき否定した。

 

「そうか。衛兵ともなれば、虜囚の身である私が深夜にうろつくのはあまりよろしくないだろうな」

 

「関将軍――ぶしつけではありますが、少し時間を頂けないでしょうか」

 

 己の醜態を恥じながら苦笑している愛紗に一刀は提案を申し出た。

 

「? 何であろうか――まあ、貴殿とは浅はらかぬ縁であるし、私は今、捕らわれの身。好きにするがいい」

 

 他の衛兵なら断ったが、彼に関しては自分の義姉が懸想していることもあり、無碍に扱うことも愛紗には出来ず承諾を示した。

 

「では、お言葉に甘えて。少し、そこでお待ちになってください。すぐに準備を整えて戻ってきますので」

 

 そう言うや否や、一刀は駆け出して行ってしまった。

 

「あっ……」

 

 愛紗は、一刀のあまりに突然の行動に、少し呆けてしまっていたが、義理高い彼女は、彼の言葉に従い、中庭に用意されていた吹き抜けの小さな庵で待つ事にしたのであった。

 

 

 

 程なくして、一刀は愛紗の許へと戻ってきた。

 

 そして、手にしていたモノを愛紗が座って待っている席の上へと差し出した。

 

「北郷殿、これは?」

 

 珍妙なモノを見るような目つきでアイスクリームを観察する愛紗。

 

「ああ、これは俺の、――コホン。私の故郷でお菓子として食べられているものです。どうぞ、召し上がって下さい」

 

「……そうか。では、遠慮なく頂く」

 

 これが、一刀なりの気遣いと悟った愛紗は口元に微笑を浮かべながら、用意されたアイスクリームを一口食べた。

 

「――これは、なんと……冷たくて甘いお菓子だな」

 

「お気に召しましたか?」

 

「ああ、このようなモノ初めて食べる……鈴々など喜んで食べるであろうな――すまぬ」

 

 愛紗はハッとなって、自分の非礼を詫びた。

 

 一刀は首を横に振る。

 

「いいえ、関将軍が皆さんを想う気持ち、俺にわからないものでもないですから。少しでも気が晴れたのなら、それに越したこともありません」

 

 一刀は微笑んでそう述べた。

 

「……そ、そうか」

 

「?」  

 

 一刀の微笑みに不覚にも見惚れてしまった愛紗は、木製のスプーンで掻き込む様にアイスを口にした。

 

「あいたたた!」

 

 冷たいモノを急に大量に摂取すると頭が痛くなるという現象が、愛紗を襲った。

 

「はははは。急がなくても、誰も取ったりしませんよ?」

 

「――そなたは、結構意地が悪いな」

 

 愛紗は口を尖がらせて、恥ずかしそうな、表情を浮かべていた。

 

 二人による深夜の密会は、月のみぞが知るお互いだけの秘密であった――

 

 

 

 

 が、一人の少女が、屋敷の影に隠れながらその密会を盗み見ていたのである。

 

 そして、二人が微笑み合う姿を見て、陰を纏った表情を浮かべていた。

 

 まるで、あの日のように。

 

 自分の家族を全て失くした、あの時のように――

 

 金糸の髪を携えた少女は、無言でただ、そこにいた。

 

 

 翌日、一刀が華琳の私室で見たのは、荒れ狂い、酒を浴びるように飲んでいる己の主の姿であった。

 

 絶影も彼女の荒れように恐れをなし、布団の中で隠れて情けない泣き声を上げている。

 

「――華琳!」

 

 一刀は大声を上げて、彼女を呼んだ。

 

 ここまで彼が、怒るのは珍しい。

 

 政庁にやってこない華琳を心配した一刀と一緒に来ていた凪は目を見開いて驚いていた。

 

 一刀は、振り返りもせず、酒を飲んでいる華琳の傍に赴くと、酒の入った盃を強引に奪い取った。

 

「ああん! なにするのよ!」

 

「何じゃない、華琳! これはどういう事だ! お前はまだ小さいんだから、お酒は、お祭りとか祝い事の席でしか飲んじゃいけないと言っているだろ!」

 

 一刀の言葉に華琳は涙目になる。

 

「だって、だって! かずとがわるいんだもん!」

 

「はあ?」

 

 華琳の言葉に一刀は疑問の声を上げた。

 

「……あいす! あいすくりーむ!」

 

「むっ、こんな悪いことをしている華琳にアイスクリームは作ってあげられないぞ」

 

「ちがうもん!」

 

「何が?」

 

 普段、大人びた口調でませた事言動が多い華琳が、年相応の少女のように振舞う事を不思議に感じながら一刀は続きを促した。

 

「あいすくりーむをかんうにあげてた!」

 

 一刀は、昨日の深夜の件が、華琳にバレた事を少し、拙く思いながらも『そんなこと』で、彼女が怒る理由がわからなかった。

 

「黙っていた事に関しては、悪かったと思う。けど、それだけで――「それだけ!?」――えっ?」

 

 華琳が豹変したように、まるで、信じられないといった表情で一刀を睨む。

 

「どうしたんだ華琳?」

 

「……でてけ」

 

 俯きながら、何か言葉を発し、どす黒い感情が少女を支配してゆく。

 

「ででいけ! このうらぎりもの! ごしゅじんさまをうらぎったいぬなんてもういらない! かんうもきらい! ふたりともわたしのまえからきえてよ!」

 

 黒い感情が華琳の心を支配したその刹那、爆発したように癇癪を起こし、床にあった酒瓶を次々と一刀に向かい放り投げはじめた。

 

 そして、その一つが一刀の頭に命中し、陶器が割れる音と共に華琳は我に返る。

 

 一刀は避けもせず、華琳の癇癪によって放り投げられた酒瓶をその身に受けて、中に入っていた酒を頭から被りながら、割れた酒瓶の破片で額を切り、血を流しながらその場に立ち尽くしていたのである。

 

 そして、何も言わず華琳の顔をじっと見ていた。

 

 華琳は一刀の向ける視線に耐えれなくなり、視線を背けた。

 

「……」

 

 一刀は主君の背でひざまづいて、拳と掌を合わせて礼をする。

 

 そして、己の腰から華琳から預かった宝剣と首輪を取り、それを凪に預けた。

 

 凪は、何か言いたそうな視線を一刀に向けていたが、彼は苦笑し、「じゃあな」と彼女の髪を一撫でして、部屋から出て行ってしまった。

 

 少しの間を置いて、凪も頭を下げてから華琳の私室を辞した。

 

 そして、部屋の中に静寂が訪れ――少女は、盛大にわんわんと泣き始めた。

 

 まるで、親に見捨てられた幼子のように――

 

 小さな覇王は己が望んだものを一時の感情――嫉妬に捕らわれて手放してしまったのであった。

 

 

 己の主君から暇を出された一刀は、都の市を所在無く、ふらふらと歩いていた。

 

 華琳に全ての衣食住を頼っていた故に、一刀はどうしたものかと考える。

 

 確かに市で仲良くなった人達はいるが、その人達に迷惑を掛けるわけにもいかない。

 

「――北郷殿!」

 

 そんな事を考えていたら、後ろから見知った人物から声を掛けられた。

 

 それは、外套を身に纏い背嚢を背負った愛紗であった。

 

「関将軍?」

 

 驚いた表情を見せる一刀に愛紗は苦笑しながら首を横に振った。

 

「いいえ、今の私は将軍ではありません――急に、曹操殿の御使者から主君の許に帰ってもよいというお達しがあり、お言葉に甘えて先程、頂いた贈り物や官位の璽を返してきた所です」

 

「そうなんですか」

 

「所で北郷殿は何故、このような所に? ああ、警邏のにん――」

 

 そこで愛紗は、一刀の腰に視線を移し、彼の腰に帯剣がないことに眉を顰めた。

 

「お恥ずかしながら、己の主君より暇を出されてしまいまして」

 

 愛紗の視線に気がついた一刀は、頬を指で掻きながら苦笑を浮かべる。

 

「はあ。しかし、信じられませんね。あの、曹操殿が貴方を暇させるなんて」

 

「どうやら、逆鱗に触れたようでして……」

 

 愛紗は「ふむ」と呟き、何かを考え込んでいた。

 

「――ならば北郷殿、あてが無ければ私と一緒に義姉者の許へ参られぬか?」

 

「えっ?」

 

 一刀は愛紗の申し出に目を見開いて驚いた。

 

「いや、別に強制するものではないが、義姉者と貴方は、その……婚約者なのだろう? 貴方が来てくれるなら義姉者もきっとお喜びになるはずです」

 

 一刀の手を包み込むように握って、説得する愛紗。

 

 彼女も昨日、世話になった恩とその時、芽生えた一刀に対する好意を考えた上で提案をしたのである。

 

「俺は――」

 

 愛紗の真摯な瞳に見つめられながら一刀は――

 

 

 その日の夜。

 

 華琳は絶影を抱きながら、夜空に浮かぶ満天の星空を見上げていた。

 

 心を馳せるのは一刀の事ばかり。

 

 昼過ぎに政庁に赴き、愛紗に使者を送った後、政務に励んだが、一行に行政処理がはかどる事は無かった。

 

 そして、夕刻に屋敷に戻る。

 

 もしかしたら、一刀が帰って来てくれているのかも知れないというありもしない幻想を胸に抱きながら。

 

 だが、当然の如く、彼はいなかった。

 

 夜分遅くになっても眠れず、考える事は一刀の事ばかり。

 

 華琳は、謝りたかった。――そして、出来ることなら許してもらい、いつものように傍にいてほしかった。

 

 そこまで、一刀に依存しているなど考えもしなかった。

 

 けれど、失って初めて彼の存在が自分にとっていかに大事なものかを思い知らされてしまった。

 

「かずとぉ……」

 

 華琳は弱々しく、声を上げ、フラフラと身体を左右に動かした後、コテンと横になったのである。

 

 

 

 翌日の政庁は、昨日以上に大荒れとなった。

 

 華琳が病に倒れたのである。

 

 過労が積み重なり、高熱を出し床に伏せってしまった。

 

 唯の風邪とはいえ、まだ、幼い華琳の発熱は、場合によっては死に直結する。

 

 こんな所で己の敬愛する主君を亡くしてなるものかと曹操陣営の者達は右往左往しだしたのである。

 

 春蘭と曹仁は、部下達を率い熱さましの薬草を採取しに出かけた。

 

 曹洪は私財を使って、都中の腕のいい医者や薬を掻き集めている。

 

 秋蘭は、慌てふためく同僚達を見つめながら溜め息を吐いていた。

 

(北郷殿がいてくれればこのような騒ぎには――)

 

 と、思案していた秋蘭にツンツンと腕をつつく者がいた。

 

「? 楽進? どうかしたのか」

 

 そして、凪の口からもたらされた話を聞いた秋蘭はいつものポーカーフェイスに少し微笑みを携えて喜ぶのであった。

 

 

 

 

 華琳は夢を見ていた。

 

 そう今より、ちょっと昔の夢を――

 

 

 

 しゅんらんおねーちゃんは、いつもそうこうおにーちゃんとけんかしてる。

 

 しゅうらんおねーちゃんにいわせると、しゅんらんおねーちゃんはおとこまさりだから、といってくしょうしてた。

 

 けど、しゅんらんおねーちゃんはかわいいものがすきといって、わたしをいつもだきしめてくれる。とてもおんなのこらしいとおもう。

 

 「ああ、かりんさま」とかいって鼻血をだしながら――うれしいけどしょうじき、ちょっとこわい。

 

 しゅうらんおねーちゃんは、ものしずかだけど、とってもやさしいの。

 

 いつもみんなをみまもってくれて、えがおでわたしのあたまをやさしくなでてくれるの。

 

 わたしもしゅうらんおねーちゃんみたいな、おとなのじょせいにはやくなりたいな。

 

 そうじんおにーちゃんとそうこうおにーちゃんは、いつもわたしをかたぐるましてくれて、いろいろなものをみせてくれるの。

 

 そして、しせんのさきにはいつも、おじーさまとおとーさまとおかーさまがいてほほえんでくれていた――

 

 

 

 

 かずとぉ――

 

 

 華琳は、幼き時の幸せな情景を思い出し、それを気づかせてくれた少年の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

「ん、どーかしたのか?」

 

 その言葉に華琳は覚醒し、目を開けた。

 

 正直、身体がだるく熱いし、オマケに頭も痛い。

 

 けれど、そんな事がどうでもよく思える程に驚いていた。

 

 何故なら視線の先には、暇を出したはずの一刀がいたのである。

 

「夏候将軍と凪に呼ばれて付いてきたら、華琳が風邪を引いて寝込んでいるって知って、悪いとは思ったが、看病させて貰った――この時代の医学よりも、俺の知っている家庭医学の方が役に立つとは思いもよらなかったけど、大丈夫すぐによくなるから。早く、元気になれよ」

 

 また、訳のわからない単語を使って意味不明な事を言っている一刀を見て、嬉しさで華琳は涙を滲ませた。

 

 両脇に挟みこまれた氷嚢が、冷たくてとても気持ちがいいと華琳は自分の心をごまかすようにして、感じていた。

 

「ああ、そうだ。ひとつ言っておくことがある」

 

 一刀が戻ってきた安堵感からか、華琳は気持ちよく眠りにつこうとしていた。

 

「華琳が、いらないといっても、俺はお前についていくからな? 奴隷(いぬ)にとっては、ご主人様はたった一人だから仕方がないと思ってあきらめてくれ」

 

 そんな一刀の言葉を夢に誘う、子守唄にしながら、華琳は眠る。

 

 自分の許に、本当に欲しかったモノが戻ってきた事に喜びと幸せを感じながら――

 

 

 

 

 外史の歯車は鈍い音を立てながら再び、ゆっくりと廻りはじめた。

 

 それはまるで、稀代の英雄と少年の絆の強さを祝福、あるいは、嫉妬するかの如く。

 

 外史はまだ終わらない――

 

 

 おまけ

 

 華琳が病に倒れ、その後の一刀の看病が効を奏したのか、順調に全快の兆しを見せ始めていた。

 

「ほら」

 

「あ~ん」

 

 今では、このように一刀が剥いた桃を食べさせて貰うぐらいには回復してはいたが、一刀の強い要望により、政への復帰は当面禁止されていた。

 

 この小さな少女に皆、甘えすぎだと一刀は、文武百官に対して物申したのである。

 

 彼の真摯な言葉に皆、心打たれ、必死に己の仕事に打ち込むようになったおかげで、華琳は久方ぶりの休息を得ていたのである。

 

 そして、忙しい仕事の中にあっても自分を心配し、見舞ってくれる家臣達に華琳は喜びを感じていた。

 

 そのすべては、横で甲斐甲斐しく自分の世話をしている少年によって全て創られた新しい曹操軍の形であった。

 

 それに感謝しながら、一刀から差し出された桃の味を堪能している所に、扉がノックされるコンコンという音が響いた。

 

「んぐ――はいりなさいな」

 

 桃を急いで咀嚼して、中に入るよう促す華琳。

 

 そして、部屋に入ってきたのは、于禁と凪の二人であった。

 

「丞相。元気になられたようで、なによりでございます」

 

 無骨な于禁は、拳と掌を合わせて礼をする。それに合わせて凪も彼と同じく礼をとった。

 

「ありがとうふたりとも。きょうはわざわざおみまいにきてくれたの?」

 

「はっ。無論それもございますが、本日は、そちらにいらっしゃる北郷殿に少し、お尋ねしたい議がありまして参った次第です」

 

「そうなの――かずと、うきんがあなたになにか、たずねたいことがあるそうよ?」

 

 来客に伴い、皿を片付けて戻ってきた一刀に華琳は声を掛けた。

 

「俺にですか?」

 

「うむ、北郷殿。率直に聞こう――先日、凪と床を共にしたというのは本当かね」

 

 于禁の言葉にピシリと空気が張り詰め、部屋の温度が急激に下がる。

 

「えっと、その、先日、泊めてもらったのは事実です――「本当かね!」――は、はい!」

 

 華琳に追い出されたその日。愛紗の誘いを断った一刀は、迎えに来てくれた凪のススメによって、彼女の兵舎にある個室でお世話になっていた。

 

 華琳のご機嫌が直るまで、少し、距離をとった方がいいという判断からである。

 

 無論、凪も女の子であるし、翌日以降は親しくしている程?か荀攸に相談するつもりで、一晩だけ、間借りをしたのであった。

 

 一刀が部屋にいた事が誰かにばれたらしい。

 

「そうか。娘の沙和から聞いた時は信じられなかったが……むう」

 

 一刀が凪に視線を向けると、付き合いの長い者だけが解る僅かな表情の変化で、彼女は申し訳なそうな瞳をこちらに向けていた。

 

「北郷殿!」

 

「は、はい」

 

 再び、于禁に名を呼ばれ、背を正し、返事をする一刀。

 

「婚礼前の女性と床を共にしたのだ。貴殿に婚約者がいるのは重々承知してはいるが、――凪は遊びだったという不義は、この于文則が許さぬぞ?」

 

 手にしていたまさかりの刃を一刀の首に当てながら、脅しという名のお願いをする于禁。

 

「――へえ、なにかおもしろそうなことをいっているわね?」

 

 背後に感じた殺気に一刀はゆっくりと、首をそちらに向けると――

 

 

 

 敬愛する己のご主人様が、年に似合わない艶やかさを含んだ微笑みを浮かべていたのである。

 

 

 

 一刀は、これから起こる惨劇を想像して少し涙するのであった――

 

 

終劇

 


 
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