No.176276

恋姫異聞録88

絶影さん

今回はグロイ部分があります

本来は年齢規制したいのですがssは出来ないようで

あまりそういったものがお好きでは無いと言う方は

続きを表示

2010-10-04 00:25:29 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10780   閲覧ユーザー数:7925

天子様との謁見の準備を整える中、武都の修復の引継ぎを終えた春蘭立達は新城へと入城した

武都へは鳳と李通が赴き、全ての引継ぎを終えると春蘭達が此処に着くまでに全ての修復を終え

許昌と同じ警備や水路などの政策を開始していた

 

流石は軍師祭酒、筆頭軍師だ。まだ参謀集団は結成されては居ないしその官職も無いが、華琳が丞相になった暁には

必ずや発足され任命される。集団の中心は彼女だ、此れもまた歴史の通りと言うわけか

 

男は顎に手を当てながら楽しむように考えを巡らす。顔はいつの間にか笑顔に、何時もの笑顔がより笑顔になっており

復興したばかりの新城内の民は彼の笑顔に釣られて、皆いつの間にか笑顔になっていた

 

男はそのままフラフラと一人歩き、門兵に手を振り城門を出て行く

兵達は慣れたものでまた娘の事か、それとも優秀な将のことでも考えているのだろうと男を見送る

 

条件は揃った。さぁ、此処からが勝負だ。この世界は幸いな事に大喬と小喬が居ない

そして曹操こと華琳は色香に現を抜かすような人物ではないと言う事だ

 

歴史は霞が此方に入った時から変わったはずだが赤壁の戦いが再現されるのであれば

何も邪魔が無ければ呉は必ず此方を選ぶ、何度も呉と交流をしているのは無駄になるかもしれないと思ったが

諦めずに手を回しておいて良かった孔明も策は在るまい

 

しかし、先日の華琳はどうしたのだろう。何時もの彼女とは違った

眼を通して感じられた寂しさは、まるで小さな女の子そのものじゃないか

人恋しく、寂しさを胸に秘めたただの少女。それもまた彼女の姿の一つかもしれないが、王として戦乱に生きる今

甘えとも取れる彼女の心は違和感がある。何故だ?平穏を手に入れた後ならば解る気もする

 

彼女の寂しさとはもっと違うモノだった筈だ、天から与えられた溢れる才能ゆえ周囲から理解されず独り、孤高の人物

故に彼女の前に立つものは二通りに分かれる、その異能ともいえる才に牙を剥くか服従するか

 

従姉妹である春蘭と秋蘭は華琳に初めて会ったとき、春蘭は牙を剥き、秋蘭は服従を選んだそうだ

結果は武を武で圧倒し勇を見せ、服従を選んだ秋蘭はその知のみに止まらぬ異才に更に敬服した

 

そんな彼女に目を付けたのが周りの大人たちだ、彼女を道具のように利用し、その才で己の欲を満たそうと

まだ子供ならば幾らでも手のつけようが在ると彼女の父や母にまで手が伸びていたとき、曹騰様に助けられた

 

もし大長秋の曹騰様が手を差し伸べ夏候嵩様を養子に、曹嵩様としなければ醜い大人たちは彼女を捕らえ

擦り切れるまで彼女の才能を食いつぶし、両親ごと既にこの世には居なかったかもしれない

 

その後だ、次第に父や母までもが異彩を放ち清濁全てを引き込む彼女の才能に恐れ、離れて行ったのは

己の知の及ばぬ存在に、人は誰しも恐れを抱く。その時彼女の周りにあったのは彼女を見る畏怖と奇異の眼

 

誰もがその才に嫉妬し睨め上げる

 

華琳にとって同じ目線である者、または彼女を受け入れられる器のあるものはあの時二人しか居なかった

曹騰様と麗羽だけだ。曹騰様は勿論、器の大きい方。あの方の器はあの天子さまですらすっぽりと収めてしまっていた

麗羽は、良くも悪くも麗羽は華琳にとって対等に近い存在だった。周りで唯一彼女を恐れず、対等どころか

自分が上だと思っていたのだからな。華琳が「麗羽と居ると頭が痛い」と言いながら完全に拒絶しなかったのは

そういうことだろう

 

だが今のお前の寂しさは性質が変わってきてしまっている

お前は俺と同じのはずだったはずだ、お前は人から見上げられる畏怖の存在でありながら道具として見られる

俺もまた天の御使いと言う名で畏怖の存在でありながら道具として見られる

お前は見上げられ独りで居る事に寂しさを感じていたのではないのか?

だから同じ目線の同じ地に立つ俺を旗揚げの時欲したのではなかったのか?

 

曹騰様と麗羽、そして俺以外、お前と同じ目線で話し笑う存在は居ない、だからだと言うのか?

今二人は居ない、お前は俺と曹騰様を重ねて見ているのだろう、己が甘えられる場所が出来たと思っているのか

 

そうだと言うならお前が変わってしまったのは俺の責任だ。

不臣の礼をとり、お前と並ぶ者になってしまったからだろう

王は頂に独り立つ者だと忘れてしまっている訳では無いだろう華琳

 

しかし彼女にとって甘えられる場所、羽を休める場所を作れてやれたというのは良かったのかもしれない

王という重圧に心が潰れそうな時、休める場所があるならば彼女は潰れない

 

ならば呉との同盟、必ずや成功させなければ。無意識ながら彼女は期待してしまっているはずだ

劉備殿の時に懲りたはずだと言うのに、人は甘い幻想から抜け出せない、それは華琳でさえだ

一度甘さを知ってしまえば、人は何度火傷をしようともその場所に手を伸ばす事を止める事等出来ない

 

だから理想などという甘いモノを掲げ、同じ人間を殺し合い戦う事が出来るのだから

 

呉との同盟、失敗すれば彼女は無意識ながら深く傷つくだろう

その時、心に甘さが、そして隙間が出来た今の彼女は耐えられるのか・・・解らない

 

成功させなければ、彼女が俺の心を守ってくれているように

此処までそろえたのだ此処からは無血統一こそが望ましい。俺たちは多くの血を流した、もう十分だろう

誰も血など望んでいない、歴史を知る俺の出来る最大の策だ

 

「・・・」

 

森を歩く男は包帯で綺麗に巻かれた腕を見詰める

 

この腕、どうも歴史を変えたから消えるのかと思ったがどうも違う。銅心殿と戦ったのは歴史を変えた事か?

違うだろう、それどころか黄忠殿と引渡しで会ったときも微かに消ていた

包帯をすり抜けるほどではなかったが俺の怒りに反応するように腕は戻った

 

一番意味が解らないのは華琳の前に居る時は必ず俺の腕は微かに反応していると言う事だ

 

手を握り、そして開く。異常は無く何時もの動きと存在感

 

何にせよ戦場で消えるのが一番困る。守る事も出来ず死ぬ事だけは絶対に出来ない

神は悪戯に俺の存在を弄んでいるのか?だとしたら神とはよほど醜悪な面をしているのだろう

 

「いや、悪魔かも知れんな・・・」

 

呟く男は目的の場所へ着くと良く知る後ろ姿が其処にあった

細身の体なのにも関わらず背中から感じる空気は熱を帯びているかのような威圧感

だがその威圧感は全て魏王の敵へと向けられる誇り高き忠節の将

 

「春蘭、お帰り」

 

「む、昭か」

 

「銅心殿か」

 

「そうだ」

 

銅心の墓前に立つ義姉の隣にそっと並ぶ男

二人は真直ぐ墓に立てられた石碑を見詰める

何も言葉は交わさず、整備された森の中二人はただ石碑を静かに見詰めていた

 

森を包むひんやりとした空気の中、沈黙を破ったのは男

 

「銅心殿が謝っていた。約束を守れずにすまないって」

 

「・・・そうか」

 

「最後に、面白かったって言って」

 

「・・・・・・戦に面白いも何も無いだろう」

 

そういうと春蘭は身を翻し森の外へと歩いていく

男は視線を落とし、墓の回りを見れば綺麗に掃除された後、そして濡れた石碑と酒の匂い

 

「昭、行くぞ」

 

静かな声で呼ぶ春蘭、男は振り向き頷くと後を追う

 

男の視界に微かに春蘭の眼が入り、その思考が流れ込む

 

【感謝と敬意】

 

敬意は最後の最後まで武人として戦い抜いたその姿に

感謝は義弟、つまり俺を有り難うと言う事のようだ

 

俺と戦い、全てを出し切ってくれた事に感謝をしているのだろう

 

「受け継いだか」

 

「ああ」

 

俺の返事を聞くと春蘭は満足したかのように微かに笑い、追いついた時には真直ぐに凛とした眼差しで前を向いている

だけだった。隣で歩く俺はそんな義姉の横顔を見ながら、清純、気品を持つ真名の通りの人になったと心で喜んでいた

 

 

 

 

 

 

「華琳様は丞相になられるそうだが、丞相とは一体どういった役割なのだ?華琳様が封爵されるくらいだ

立派な官職なのだろうが」

 

「ああ、丞相は陛下補佐する最高位の官吏の事だ。これから華琳はまだ幼い陛下を補佐し、大陸に号令を発する」

 

「そうか・・・華琳様がようやくこの大陸に、天子様に認められるのだな」

 

森から戻り、城門を通り町を歩きながら兵舎へと向かう。春蘭は既に新城に着いた報告は華琳に済ませていたらしく

陛下の元へ赴く際、王が離れ手薄になる新城を強固に防衛する為、さっそく兵の編成をしようとしていた

 

兵舎に向かう最中、これから華琳が封爵されるであろう丞相について聞くとその燃えるような赤い瞳を少し

潤ませて喜んでいた。此処まで戦ってきた事がようやく天子様に認められ報われるのだと

 

「だが大陸を全て平定するまで戦は終わらない、もう一息だ頑張ろう春蘭」

 

「無論だ、我が魂魄に賭けて必ずや華琳様を大陸を統べる王へとしてみせる」

 

俺を見てその瞳に強い意思を見せ笑い「お前もその為に華琳様に全力を尽くせ」と背中を軽く叩かれる

背中にはまだ傷が癒えずに残っており、情け無い声を上げると春蘭は気が付いたようで「すまん」と大きく笑っていた

 

「あっ!隊長その子捕まえてっ!」

 

向かう兵舎から真桜の叫ぶ声、それと同時に襤褸切れのような服、もはや布を纏っているとも言える格好の

流琉や季衣より少し小さい少女が兵舎から飛び出し、その手にはボロボロの小剣を握り締め真直ぐ此方に向かってくる

 

どうやら兵舎から逃げ出してきたようで、逃げる為に咄嗟に道を塞いだ俺のほうへと小剣を握り突き出してくるが

春蘭がゆっくりと剣を抜き、全く避ける事が出来ない俺の腹にスッと剣の腹を当てた

 

ギンッ!

 

小さな金属音が鳴り、春蘭の剣の腹に押さえられ真直ぐに突き出した両腕のまま少女の動きは一瞬止まる

そして無表情な春蘭は剣をゆるりと手首で回し、動きの止まった少女の頸に剣を振りぬく

 

ガシッ

 

止まる春蘭の腕、瞬時に腕を掴み押さえた男は大きな溜息を吐く

頸の皮一枚を切り裂かれ、首筋に赤い血が流れ微動だに出来ない少女は生唾をごくりと飲み込むと春蘭を見上げ

まるで蛇に睨まれた蛙、その身体は彫像のようになっていた

 

「動くなよ、動くと斬り落とす」

 

「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」

 

威圧感のある静かな声が少女の耳に届くと、少女は短く小刻みに震え汗をたらしながら呼吸をしていた

このまま放っておけば少女は気絶しそのまま崩れ降りてしまうだろう、下手すれば気あたりで命を落とす

 

「昭が止めねば死んでいた、感謝するのだな」

 

その言葉の通りだろう、幸いな事に少女の頸を刎ねるだけの力しか込めていなかったから俺の力でも止められた

俺は慌てて春蘭に話かけ、彼女の視線や気を俺に逸らした

 

「春蘭、もういいよ。有り難う」

 

「お前を守るのは義姉として当然だ。それでこの娘はどうするのだ?」

 

少女の首筋から剣をピタリとつけたまま動かさず、俺の手を剣を握らぬ手でゆっくりと放し聞いてくる

どうするとの問いに俺はとりあえず此方に走ってくる真桜を親指でクイックイッと指し、春蘭は頷いた

まずは殺す生かすの前に彼女が何者であるか、何故兵舎から出てきたのかなどを聞かねばならない

 

「ゴメン隊長、大丈夫やったか?」

 

「大丈夫かではない、貴様もし昭が刺されていたらどうするつもりだ。忘れたわけでは在るまい、大量の剣が無ければ

昭は兵よりずっと弱いのだぞ、初見の相手であればその攻撃を避ける事すら出来ん、農夫でさえ昭を殺すのは容易い」

 

「あぅっ!春蘭様っ!!ほ、本当に申し訳ありませんっ!!」

 

燃えるような怒気を真直ぐにぶつけられ、真桜は脅え顔を真っ青にして脅えていた

男はそんな真桜と春蘭の間に入り、春蘭を押さえる

 

「もういいよ。真桜は俺の部下だ、失態は俺の責任だ」

 

「もう少し危機感を持ってくれ、何時もお前の側に居てやれる訳ではないし、華琳様が有事の際はお前より

華琳様を優先する事を解っているだろう」

 

「ああ、解っている。本当に有り難う春蘭」

 

「まったくお前は・・・今後、秋蘭の側から絶対に離れるな。安心して離れて戦など行けんだろう」

 

大きく呆れて溜息を吐き、真桜が少女を捕まえた所を見て剣を収める

俺は春蘭の心遣いが嬉しくて、もう一度「有り難う」といって頭を撫でると春蘭は恥ずかしそうに目線を逸らして

兵舎へとスタスタと歩いていってしまった。真桜が捕まえているならもう大丈夫だろうと

 

「ホンマごめん隊長」

 

「もう良いよ。春蘭だって真桜が逃がそうと思って逃がしたわけじゃないと解って居るさ、俺も咄嗟に逃げ道を

身体で防いだのが悪かったしな。それでその子は一体何者なんだ?」

 

「この子志願兵なんやけど、年齢が足りひんから兵になるのは無理やって言ったら急に走り出して」

 

真桜は少女の腕を後ろに回し、てに持つボロボロの小剣を取り上げる。少女は春蘭の気迫にやられたのか素直に

真桜のされるがままになっていた。取り上げた小剣を真桜から受け取りその刃をよく見れば刃こぼれの痕は

人を切った痕、錆びは拭い去ってない血のせいだと直ぐに解った。何故ならば刃こぼれは骨に当った形に欠けており

黒くこびりついた血がそのまま刃に残っているからだ

 

そして柄には許の文字。その瞬間、頭の中に何かが引っかかる

 

許・・・許・・・何だ?とても大事な事だった気がする

何だったか、許と言う文字は

 

「この子、呉から逃げて蜀に入って、更に魏に逃げてきたみたいなんや。だからこんなボロ纏って」

 

呉・・・・・・そうだっ!呉だっ!呉で許の名を持つ者、まだ孫策が生きているのだ

だとすれば許貢の縁者か!

 

「孤児院も月が新城に足運んで新しく建てたからそっちに行ってもらおうとしたんやけど」

 

男は真桜の言葉を聞いてか聞かずか膝を曲げ、少女に真直ぐ目線を合わせる

その黄金色に輝く琥珀色の美しい瞳の奥にどす黒く暗く深い色を宿している

 

間違いない、許貢の縁者だ。しかもかなり近親の・・・許貢は親か

 

「真桜、この娘を兵舎の客間に。誰一人部屋に近づけるな」

 

「えっ!?な、何?どうしたん一体」

 

「此れは命令だ、部屋周辺に近づく者は厳しく処罰する」

 

珍しく男の口から命令と言う言葉が出て真桜は酷く驚く、更に客室に招き今さっき男を刺そうとした者と

二人きりになると言うのだ。普通の人間ならば自分を刺してまで逃げようとする不審者と同室に居る事など

するだろうか、ましてや一度動きを見たからと言えど男の腰には剣は二本。万が一という事もある

少女に剣を奪われればとても勝てるとは思えない

 

「駄目やっ!隊長をこの子と二人きりにして何かしてきたら絶対に隊長は勝てん、絶対だめやっ!」

 

「命令だ、聞けないのか?」

 

「命令でも嫌やっ!どうしてもって言うんならうちも一緒に、隊長はうちが守るっ!」

 

「真桜、俺を信じられんか?」

 

呟く男はゆっくり立ち上がり、真桜を真直ぐ見詰める。その瞳は鋼の意思と鋼鉄の信念

とても、とても強く真桜の心を揺さぶる、真桜はイヤイヤと頸を振っていたがそんな目を向けられ

ピクリと肩を震わせ、諦めたように肩を落とす

 

「隊長ズルイで・・・そんな目されたら、それにウチが隊長信じられんワケないやん」

 

「すまん、この娘の名を教えてくれるか」

 

「許靖て言うそうや」

 

許靖だと・・・俺の知る許靖は許子将の従弟のはずだ。しかも蜀でかなり能力のあった政治家

あの劉備を群臣と共に皇帝にと進めた一人でもあり、司徒にまでなった人物だ

 

今まで名を聞かなかったが俺の知る歴史で許貢と交流をもち、旧知の仲と言うのは知っていた

しかしこの世界では娘という位置付けとは、どうりでただでさえ許子将の従弟で名が通るというのに

中央に交流を持っていた時ですら名を聞かなかったわけだ

 

「真桜、腕を放してやれ」

 

「う~ん・・・許靖、アンタ妙な真似すんなよ。一寸でも逃げ出したり隊長に変な事したらその身体、螺旋槍で

バラバラにしたるからな」

 

「脅すな、まだ子供なんだぞ。ただでさえ春蘭の気あたりで震えて居たんだから」

 

「隊長~、隊長さっき刺されそうになったん忘れてるやろ」

 

呆れたように頬を掻き少女の後ろに着くと、俺は少女の隣に立ち引連れるように兵舎に入る

隣を見れば桃色の髪は綺麗に束ねられ、ポニーテールより上に一まとめにしてあり歩くたびにぴょこぴょこと跳ねる

こんな髪型も涼風には良いな、などと考えながら頭には既に先ほど刺されそうになった事などすっかり忘れていた

 

「真桜、皆を遠ざけておいてくれ。それから許靖の名は絶対に誰にも話すな」

 

「うん、ホンマに大丈夫なん?ウチいたらアカンの?」

 

「大丈夫だ、そんなに心配するな」

 

部屋に入る前に近くの兵に客室に茶を用意させ、部屋に許靖を入れ真桜に人払いを頼んだ

呉から親を殺され魏に来たなど他の者に知られれば今まで進めた呉との同盟がすべて台無しになる

また戦を、兄弟の血を流すなどもう沢山だ

 

招いた客室には俺と許靖の二人、とりあえずずっと立ったままで顔を伏せている許靖を椅子に座るように促し

卓には茶と茶菓子、そして林檎が用意されていたのでとりあえず林檎の皮を剥きながら話すことにした

 

「許靖だったな、俺の名は・・・」

 

「知ってる。天の御使い、三夏の慧眼、慧眼の舞王」

 

「皆そう言うが俺は夏候昭、御使いや舞王などでは無いよ」

 

ふせる顔を少し上げ、琥珀色の瞳をゆっくり俺の方を見る。その眼は無機質な眼、前に見た刺客の眼に良く似ている

だがそれと同時にどす黒い色を持ち、更には乾ききった心の中を映す

 

斬り終わった林檎を器に並べ、小刀を置き器を許靖の方に寄せる。だが許靖は林檎をチラリとも見る事無く

その仄暗い色を称える琥珀色の眼をしたから睨むように見上げる

 

回りくどい事はしない方が良い、この子の心は感情のぶつかりでしかもはや人と関わる術を無くしてしまっている

 

「何故兵に志願した?」

 

俺の言葉に無表情に下から覗き込むようにしたままピクリとも動かず、そしてゆっくり口を動かす

 

「・・・怨みと憎しみを晴らすため」

 

「怨みと憎しみとは?」

 

「孫呉の王、孫策に殺された父の仇」

 

やはり・・・ならば此処から出してしまえば呉との同盟など無くなる。最悪はこの娘は斬らねばならん

しかし出来るか俺に、年端もゆかぬましてや流琉や季衣より幼いこの娘を斬る事が

 

目の前に座る少女に表情を読まれぬよう口を隠すように卓に肘を着き、指を組んで口元を隠す

少女はそんな仕草にすら何も反応を示さず、更に口を開いた

 

「私を戦場に連れて行け、孫策を、我が父の仇をこの手で八つ裂きにしてやる」

 

「・・・・・・・」

 

この娘を戦場に連れて行くことなど簡単だ、だが彼女の怒りの炎は伝染する。此処まで強い怒りの火は

仲間に、兵に、同じ境遇のものに伝染し全てを滅ぼすまで止まらぬだろう、更にはもしかしたら

孫策を飲み込む業火へと変わるかもしれない。そうなれば無血統一など無理に決まってい居る

いや、それよりももっと大事な事が、このまま放っておけば彼女は人に戻れなくなる

 

「年齢制限など糞喰らえだ、城壁の外を見てみろ。外では野犬のように子供ですら殺し奪い、生を勝ち取る

貴様がやっているのは欺瞞、偽善、気休めだ。そうだろう人殺し」

 

「否定はしない、俺は全てを救えるなど思ってはい無い」

 

「ならば私を戦場へ、孫策の頸を取らせろ」

 

少しだけ声が強く、荒くなる。少女は焦っているのだろうか、何をそんなに焦る?

蜀を追い出されたからか?蜀ではきっと受け入れを拒否されたに違いない、今蜀は呉とも揉める要因など

作りたくは無いだろうからな、ならばここが最後の望み。此処で拒否されれば殺す確立の低い単独での

誅殺になるからだ

 

「一度決めた事だ変える気は無い、年齢制限はこれ以上戦で血で手を汚す子を減らすためだ

子供は次の世代である国の礎、もう戦で傷つくのは俺たちだけで十分だ」

 

「チッ・・・流石は舞王、アンタの御高説、綺麗過ぎて反吐が出る。ならば私のこの怨みは、痛みは

何処に逝けば良い?誰にも理解できぬこの苦しみは一体どうすれば晴れるのだっ!」

 

声を荒げ卓を両手でなぎ倒し、その伏せた顔を醜悪に歪めて口の端を吊り上げ笑う

その笑みは形容しがたく、とても子供の出来る笑みではない、攻撃の意味を持つ笑み

 

ゆっくり椅子から立ち上がり、転がる小刀を持つと此方を値踏みするように下から舐めるように見上げる

 

「お前が私の恨みを晴らしてくれるのか?それとも噂に聞くように私の怨みも背負うというのか?」

 

「許靖の恨みや苦しみがどんなものかは知らない、だが背負う事は出来る」

 

「ふふふふあはははははは・・・背負う事が出来るだと?何も知らずに簡単によく言える、ならば私がどうやって

此処に辿り着いたか教えてやろう」

 

乾いた笑いで凄みを増す少女の顔は歪み、瞳は狂気に満ちていた

 

 

 

 

あれはまだ厳白虎の元に父が使えていた時だ、反董卓連合の後急速に力を付け袁術を倒し

更には厳白虎の居る会稽に攻め込んできた、怖気付いた厳白虎は我先に逃げ出し、残された私達は

父と母、私と姉と妹五人で最後まで抵抗し逃げ落ちた。母は逃げる途中に矢を受けそこで死んだ

 

その後、南海に身を潜め孫策をそのままに出来ぬ、母を殺した仇を返すと旧知の仲であった父の友

許子将を通じてお前の王、曹操に文を渡し献帝に上奏しようとしたのさ

 

「孫策は項羽と並び賞すべきほど武芸に長けた英雄です。都に招聘してはどうでしょうか。

逆に地方に放置すれば、禍となる恐れがあります」

 

ってね、その時は天子様は曹操の庇護下に居るし、巧く立ち回り曹操を利用して孫策を討とうとしたんだ

だがその文を持ち、許昌へと向かった者は孫策の部下、周泰の手にかかり殺され文は孫策に露見した

 

それからだよ、私達は孫策から執拗な追撃を受けた。孫策が南海を攻めた事はお前らの耳にも入っているはずだ

私達は逃げた森の中を死に物狂いで、捕まればそく死だ。だが呉の兵の足は、特に周泰と甘寧の兵は足が速い

直ぐに追いつかれ父は私達を逃がす為に一人その場に残り斬り殺された

 

私は泣き叫び父の元へ戻ろうとする妹を抱えて姉と共に必死に森を駆け抜け、更に木々の深い山へと逃げ込んだ

私達は洞窟に隠れようやく呉の兵の視界から逃げ延びたと胸をなでおろせば、今度は山賊に見つかり捕まった

 

山賊たちの塒に連れて行かれ、そこで何をされたと思う?姉は目の前で無理矢理犯され、必死に止めようとした妹は

止める私の手を振りきり、山賊に掴みかかり私の目の前で腕を落とされ、頸を刎ねられた

 

少女は歪んだ笑みのままその瞳からポタポタと涙を流す

 

姉はこのままでは二人とも殺されると思ったのだろう、私を逃がす為に私が犯されそうになった時

おおい被さってきた山賊の腰から剣を奪い殺し、私を逃がした。振り返らずに走れと

 

私は走ったさ、わき目も振らずに山を駆け下りた。そして途中で姉が気になり後ろを振り向けば、かがり火を持ち

大勢の山賊が山の中腹で姉を滅多刺しにする光景、私は走った。逃げる為に、この嫌な現実から逃げる為に

後から思えばあれも姉の考えだったんだろう。あれだけかがり火を焚いて山を歩けば呉の兵も流石に気がつく

 

逃げ切り、姉が刺される光景を思い出して川で何度も何度も吐いた。私は戻る事もせず自分の命欲しさに

姉を見捨て逃げたのだと

 

ならばそんな卑怯者がすることなどたった一つ、生きて生き抜いて、泥を血を啜っても生き残り孫策をこの手で殺す

ことだと、私の生きる意味が定まった。私は生きるために草むらの地面を掘り、蓋をして数日兵が居なくなるまで

川の近くに身を潜めた

 

だがそこからが更に地獄だった、孫策は私が生き残っている事に気が付いたのだろう。怨み持つものの報復が恐ろしい

と自分が袁術の客将で会ったことから理解していたのだろう。私が逃げる道、蜀への道は焼き払われていた

 

何処を行っても焼け野原、隠れるにはまた地面にでももぐれば良い。だが肝心の食べるものも飲むための水も無かった

歩けば歩くほど焼け落ちた木々と黒焦げになった動物と人の死体、どうやら多くの山賊が逃げ遅れ地面に倒れていた

 

何日も何日も何も食べない、雨も降らず何も飲まない日々が続き、ついには幻覚まで見るようになった

だが私は死ねない死ぬ事が出来ない、姉を残し逃げた私は死ぬ事が出来ない

 

「そんな私はどうしたと思う?」

 

「・・・」

 

「どうしたと思う?」

 

口をパカッと開けてギャハハハハハハハッと醜い笑い声を上げて自嘲する少女

 

死体を喰ったのさ、喉は焼け残った死体の血を呑んで潤した。動物達はほとんどが炭になっちまっていたし

雨なんぞ終ぞ一滴も降りはしなかった。私は生き延びる為に人すら捨てた

 

そしてようやく蜀に辿りついたかと思えば私の名を聞くなり兵は斬り殺そうとしやがった

まぁ理由は解るが劉備は徳のある王と聞いていたから身を寄せたというのに、何が大徳だ

 

呉との関係だろう今度は劉備に終われるはめになった。また山を逃げる日々、獣のように山を走り

ようやく最後の場所、魏に辿り着いた

 

「だがそこに来て此れは一体どういうことだ?年齢制限?馬鹿な事を、私には戦に出る理由があると言うのに

下らない理由でそれを拒否された。それどころか私の苦しみと業を背負うと言うのだろう?」

 

少女はニタリと笑い、男に近づいていく

だが男は椅子から立ち上がると動かず、話を聞きながら終始眼を逸らさずに居た

その瞳に渦巻く全てのものを感じ取ろうと

 

「ああ、君が戦に出る事を止め、そして背負う」

 

「笑わせるなっ!」

 

少女は走り出し、男の肩に小刀を突き刺し胸倉を掴み声を上げる

 

「何故止める何故恨みを晴らしてはいけない!アイツらにも同じ苦しみを味合わせることがなぜいけない

お前に私の苦しみが解るのか?大切な人を殺された苦しみが理解できるのか!

 

「解るよ」

 

男は肩に突き刺さる小刀を見ようともせず、一歩も動かず眼を見詰める。その眼は

少女と同じ怒りと憎しみで染めた眼、顔は醜悪に歪み、瞳は少女と同じようにどす黒い色を称える

少女はまるで何時も川や湖で写る自分と同じだと重ねてしまう

 

「実際に殺された訳ではない、だけど俺は同じ目にあった。妻を殺されたと思った

相手が憎かった、殺してやろうと思った」

 

男の顔は怒りと憎しみで歪み、いつの間にか握り締めていた拳はブルブルと震えだす

少女は何故かわからない、目の前にいる男は自分と同じ苦しみを持ち、そして知るものだと

 

「そうだよなぁ、当たり前だよなぁゆるせねぇよ。絶対に、絶対に殺してやるっておもった。

大事な人を目の前で殺されて、耐えられるわけねぇよ」

 

眼を見れば見るほど解ってしまう。この男は自分だけの怒りや苦しみだけではなく、間違いなく他人の

苦しみの暗い井戸の底のような感情ですら己の中にすべて収め、なお心折れず前を向いているのだと

 

「でもな君が恨みを晴らせば、やられたほうもまた恨みを持つ。憎しみの連鎖だ。何処までいったって

終わらない。だからこんなこと俺たちの代で終わらせたいんだ」

 

男はその暗い井戸の底のような瞳を歪め、涙を流すと突き刺さる小刀を気にも留めず少女を抱きしめる

強く抱きしめられ、少女の瞳には握る小刀か深く突き刺さるのが映り、小さく声が漏れる

 

「ゴメンなぁ、辛かったよなぁ、苦しかったよなぁ、俺にはこんなことしか言えねえよ

お前の苦しみを全部俺が変わってやれりゃいいのになぁ」

 

ボロボロと泣き出し、少女を抱きしめる男の腕の中で叫び声にも似た声が上がる

身をよじり、少女は男の肩から小刀を抜き取りその切っ先を男の顔に向けた

 

「私の恨みをお前が止めたんだ、お前の勝手な都合で止めたんだ!だったら変わりにお前を怨んでやる、だから、

だから簡単に死ぬ事は許さない。苦しんで苦しんで、私の分の苦しみを少しでも味わってから死んでいけ!

私の目の前で死ぬこと以外許しはしない」

 

「ああ、十分だよ。俺を怨むことが君の生きる糧になるならいくらでも怨んでくれ。だから、君は生きて欲しい

苦しくても辛くても生き抜いて欲しい俺にだったらいくらでも其の小刀を突き立てて構わない

 

いつの間にか少女の瞳からどす黒い色の光は薄れ、 顔も険が無くなりそこには家族を殺され

ただ涙を流す、美しい琥珀色の瞳を持つ少女が立っていた

 

「ゴメンよ、勝手なことばかり、本当に勝手なことばかり言って。俺は人の上に立てる人間じゃないんだ

どんな事を言ったって俺がやってることも同じ人殺しだ」

 

その時初めて男は少女から瞳を逸らし、男はただ少女の前で頭を垂れる

少女は膝を折り、腰を地面に着けると歳相応の顔でただ泣いていた

 

男はゆっくりと少女の前に胡坐を掻いて座り、泣き止むまで抱きしめ頭を撫でていた

 

 

 

部屋は静まり扉が開き、出てきたのは眼を腫らした許靖

そこに待っていたのは凪達三人、三人は男の命令を守っていたが少女の叫び声を聞いて扉の外で待っていたのだった

 

「あんたら舞王に怒られるよ」

 

「余計な御世話や」

 

「私達はたとえ処罰されようとも隊長の命を優先する」

 

「処罰なんて全然こわくないのー!」

 

凪達の答えに少女は笑い、両腕を前に突き出す

自分は貴方達の尊敬する人を傷つけました、どうぞ捕まえてくださいとばかりに

 

「・・・捕まえろ何て隊長に言われてへんわ」

 

「そうだな、それよりも魏に住むのだろう?仕事が出来るなら口利きをするぞ」

 

「何か出来る事はある?沙和達、失業者の口利きも仕事の内なのー!」

 

真桜は突き出した両手から顔を背け、その代わり片方の手を繋ぐ。少女は驚き、真桜の方を見れば

凪と沙和が魏に住むのが決定しているかのように話しだす

 

少女は困惑し、少し顔を伏せてボソリと声を漏らした

 

「そうか・・・私、人に戻れるんだね」

 

呟いた言葉が聞こえたのか聞こえてないのか、凪達はそのまま手を引いて職業安定所まで連れて行く

向かう少女の瞳に映ったのはすれ違う美しい蒼の旗袍に身を包む女性

 

その女性は真直ぐ先ほどの客間に入り、誰もそれを止めはしない

 

「あれ・・・」

 

「あれはええんや、奥様の秋蘭様やからな」

 

振り向く少女は合点がいったのか、頷いたがその視線は出てきた部屋から外れる事は無かった

 

「話を聞いた、また無茶をしたな」

 

「秋蘭」

 

武都の時と同じように秋蘭は壁にもたれかかる男の隣に座り、同じように背中を壁に預ける

 

「定軍山は俺に沢山の経験をさせてくれた。あれが無ければ彼女の気持ちを理解しきる事は出来なかっただろう」

 

「親しいものを失う感情など、当事者にならねば解らぬものだからな」

 

隣で頷く男の瞳は強い光を持ったままで、前を真直ぐ見詰めていた

秋蘭はその眼を見ながら少し頬を染めると男の肩にもたれかかる

 

「私は知りたくないぞ」

 

「俺も沢山だ、呉との同盟は必ず成功させる」

 

男は秋蘭と指をからめ、決意を胸に笑顔で強く頷くのだった

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
67
19

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択