むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしておりました。
ある日おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけました。
おばあさんが川で洗濯をしていると川の上流のほうから大きな桃がどんぶらこと流れてきました。
おばあさんはおじいさんと一緒にその桃を食べようと、桃を家まで持って帰りました。
おじいさんとおばあさんとが桃を切ると、桃の中には男の赤ん坊がおりました。
おじいさんとおばあさんとには子供がなかったため、二人はこの赤ん坊を桃太郎と名付け、育てることにしました。
おじいさんは年老いた体に無理を言わせながらも、桃太郎とすもうを取って遊んでやったり芝刈りや縄綯いを教えてやったりと、たいそう桃太郎をかわいがりました。
おばあさんはいつも桃太郎の怪我を心配し健康に気を使い、桃太郎が風邪を引いたときには一晩中寝ずに看病してやり、大切に大切に育てました。
十数年後、桃太郎はたくましい少年となりました。
そのころ里では、恐ろしい鬼どもが出没し、人間を襲ったり食べ物を盗んでいったりという事件が頻繁に起こっていました。
鬼たちはその本拠地を「鬼ヶ島」という島に構え、人々はたいそう恐れていました。
自分の力に自信を持ち、世の中の役に立とうと意気込んでいた桃太郎は、ある日、おじいさんとおばあさんとにこう言います。
「おじいさん、おばあさん、ぼくは鬼ヶ島に行って悪い鬼たちを懲らしめてきます。そして偉い人にご褒美をもらって、おじいさんとおばあさんとを楽に暮らせるようにしてあげましょう」
おじいさんもおばあさんも反対しました。
「そんな危ないことはせんでもええ。わしらは今の暮らしに満足しているし、お前が健やかに育ってくれることだけが生きがいなのだから」
「そうですよ桃太郎、大事なお前を鬼のところにやるくらいなら、私たちがお前の代わりに鬼のところに行っていくさをしてきたほうがましですよ」
けれど桃太郎はどうしても鬼を退治してくると言って聞かなかったため、おじいさんとおばあさんとはしぶしぶ桃太郎を旅立たせることにしました。
旅のために出来るだけの荷物を持たせてやりたかったところなのですが、おじいさんとおばあさんとの家は裕福ではなかったため、弁当としてきびだんごをいくつか持たせてやることしかできませんでした。
桃太郎は鬼ヶ島に向かう途中、犬と猿と雉とに出会い、彼らにきびだんごを与え、鬼退治のお供として連れて行くことになりました。
漁師から小船を借り桃太郎は鬼ヶ島に渡ります。
鬼ヶ島に着いた桃太郎を、体の大きな鬼が迎えました。鬼は額にとがった形をした帽子をつけていました。
「何者だお前は。鬼ヶ島に何をしに来た!」
「我こそは桃から生まれた桃太郎! お前たち悪さをする鬼を退治しに来た!」
「なんだって!? 桃から生まれただって!? お、おまえ、そこで待ってろ、いま王様を呼んでくるから!」
鬼退治をしに来たはずの桃太郎は鬼の反応に首を傾げましたが、根が素直なので言われるままにその場で待っていました。
鬼は鬼ヶ島の王様とそのお妃さまとを連れて来ました。
王様が桃太郎に口を利きます。
「貴様、桃から生まれたというのはまことか?」
「もちろんだ! 『桃から生まれた桃太郎』! おじいさんとおばあさんとにつけてもらった大切な名前が証拠だい!」
すると鬼のお妃さまが泣き崩れて言いました。
「ああ、すると、お前が、いとしい私の息子!」
鬼ヶ島の王様から聞いた話はこうでした。
「いまから十数年前、我々の一族は山にこもってひっそりと暮らしていた。けれど里の人間たちは風習も体格も違う我々をむやみに不気味がっていた。我々がかぶる風習を持つこのとんがり帽子の事を指して『ツノ』だと言い、ついには我々を化け物扱いするようになった。ある日、里の人間の中でも乱暴な若者たちが集まり、武器を持って我々の集落を襲撃する事件があった。我々の仲間の多くが理由も無く殺された。私たち夫婦も死を覚悟したのだが、オウガと名づけ生まれたばかりのお前だけは生き延びて欲しいと神に祈りを捧げたところ、集落の谷を流れる川にお前を流せというお告げがあった。我々がお前を川の流れに乗せると、不思議なことにいつの間にかお前は大きな桃にくるまれて流れていった。私たちは安心し、同胞たちと運命を共にするべく集落にもどった。我々の同胞は力を合わせて人間たちと戦っていた。私たちは戦いに加わり、追われるようにして山から山へと逃げ、ついに現在のこの地、鬼ヶ島に至ってようやく人間どもに煩わされない生活を取り戻すことが出来た。我々は我々を迫害した人間たちを憎んだ。また、川に逃がしたお前の運命をずっと気に掛けていた。鬼ヶ島の生活で力を蓄えてきた我々は人間たちに復讐をするようになった。われわれが味わった苦しみを人間どもにも味わわせなくてはならないからだ。そして運命のお導きか、オウガ、我が子であるお前も私たちの元に帰ってきてくれた。さあオウガ、この島で私たちと一緒に暮らそう。お前にはこの島と我々一族との王の跡取りになってもらわなくてはならないが、そんなものは後まわしで良い。父としてお前に語りたいことがいくらでもある。お前の母は、母としてお前に聞きたい話がいくらでもあるだろう。離れ離れになっていたが、これからはずっと一緒に、幸せに暮らそうではないか……」
桃太郎は自分を育ててくれたおじいさんとおばあさんとが大好きです。
一方で、自分の生みの親であるという鬼ヶ島の王様とお妃さまにも言いようの無い懐かしさ、いとおしさを感じました。
桃太郎はどのような人生を選択するのでしょうか……。
桃太郎は悩みました。おじいさんとおばあさんも大好きですが、この鬼ヶ島の王様とお妃さまとも仲良く暮らしたいと思ったからです。
このままオウガとして鬼ヶ島に残るか。それとも両親を振り切ってこの島から引き返し、おじいさんとおばあさんの元へ戻るか。
桃太郎が悩みに悩んでいると、それに気がついたお妃さまが言いました。
「どうしたの、愛しいオウガや。何をそんなに悩んでいるの?」
優しく語りかけてくるお妃さまを見て、桃太郎は何もかも正直に話す事を決心しました。
「……なるほど、オウガはその老夫婦に恩義を感じているのだな」
話を聞き終えた王様は頷いて、オウガの頭を優しく撫でました。
「いいだろう。息子を育ててくれた恩もある。その老夫婦を我々一族の復讐の対象から外す事を考えてやろうではないか」
鬼ヶ島の王様は、あくまで自分達を迫害した人間達に復讐する気のようです。それを聞いて、桃太郎は慌てました。
「待ってよ! お願いだから、ぼく達の里に危害を加えないでよ。あなた達が憎む相手じゃないと知った今、ぼくはあなた達と里の人々に争って欲しくないんだ」
その言葉に、王様は苦い顔をして答えます。
「いくらオウガの頼みとて、それは聞けぬ。我々一族は、里の人間達から決して癒えぬ傷跡をつけられた。今更復讐を止めるなどと、皆が納得しない」
それに、と王様はオウガを睨みつけました。
「オウガ、お前も私達の素性を聞くまでは、平気で私達を退治する気であったろう。たとえ私達が復讐を止めたとしても、今に第二、第三のお前のような討伐者がやってくるだろうな。ならば、こちらに刃向かう気を起こさないよう、徹底的に里の人間達を攻撃しなければならん」
徹底抗戦だ、と王様は腕を組んだまま言いました。
どうしても、鬼ヶ島と里の抗争は避けられそうにありません。
鬼ヶ島の住人達の遺恨が深いことを知った桃太郎は、もう何も言えなくなってしまいました。
そんな桃太郎を見て王様は、少し困った顔をして言いました。
「お前も、一度に多くの事を言われて混乱しているだろう。本当はもっとたくさん話したいのだが、今日はゆっくり休むがいい。明日になれば、考えも変わるだろう」
王様は部下に、桃太郎を部屋に案内するよう命令しました。お供の犬、猿、雉も一緒です。
桃太郎は、疲れた足取りで部屋へと向かいました……。
○ ○ ○ 幕間 ○ ○ ○
部屋に辿り着いた桃太郎は、精神的にくたくたでした。
これからどうしてよいか分からず、お供の雉に相談しようと思いました。
「ねえ、雉。ぼくはこれからどうすればいいのかな?」
すると雉は、とぼけた顔で答えました。
「俺、頭悪いから分からん。三歩歩けば、すぐ物事を忘れる鳥頭」
「…………」
「ほーほけきょ」
雉は相談相手に向いてないと思った桃太郎は、猿に話を振ります。
「猿は、どう思う?」
猿は覆面を付けており、全く表情が読めません。桃太郎の問いにも微動だにせず、声だけが返って来ました。
「……見ざる……聞かざる……言わざる……」
「ねえ、聞いてる?」
「……コーホー……」
猿も相談相手に向いてないと思った桃太郎は、残った犬に話を振りました。
「犬。君はどうすればいいと思う?」
犬は見事な黒毛の持ち主でサングラスをかけており、泣く子も黙るような威圧感を醸し出しています。桃太郎の言葉を聞いた犬は彼を一瞥した後、吐き捨てるように言いました。
「質問をすれば答えが返ってくるのが当たり前か…? なぜそんなふうに考える…? バカがっ…!」
「……だって」
「泣き言で現状が変わるか? そうじゃない…お前が今する事はそうじゃないだろう…! 甘えを捨てろ…目を覚ませっ…!」
殺気すらにじみ出た犬は、「Fackyou」と呟いた後にそっぽを向きました。
「俺はイヌっ…お前の忠実なイヌっ…! ならばお前の成すべき事はただ命令…命令する事だ…イヌに考えを求めるなっ…!」
それっきりと言わんばかりに、犬は居眠りを始めました。
話し相手が誰もいなくなった桃太郎は、一人考えました。
(ぼくは、どうしてこんな動物達をお供にしているんだろう……?)
○ ○ ○ 幕間、おわり ○ ○ ○
桃太郎が部屋に入ってしばらくした時、部屋の扉がノックされました。
「オウガや、いますか?」
ノックの主は、お妃さまでした。
「お妃さま……」
「遠慮する事はないですよ。母と呼びなさい」
部屋に入ったお妃さまは、桃太郎に言いました。
「オウガ、あなたが何を悩んでいるか、この母にはお見通しですよ。あなたは、どうしても私達の争いを止めたいのでしょう?」
「うん、そうだけど……」
「まあ、やっぱり」
お妃さまは優しく笑いました。王様の事もあり、てっきり咎められるかと思った桃太郎は首を傾げます。
「……母さんは、ぼくの里の人達が憎くないの?」
「私はね、島の皆さんよりは彼らを憎んでいませんよ。……そうね、オウガに昔話を聞かせてあげましょう」
むかしむかし、とお妃さまはオウガをあやすように語り始めました。
「あるところに、一人の娘がいました。娘は好奇心旺盛で、世の中の色んな事に興味を持っていました。娘の一族が住んでいたのは人里離れた山奥でしたが、娘はよく里に降りては遊んでいました。ある日、娘は一人の里の青年と出会いました。彼は人柄もよくて娘への理解もあり、二人はたちまち恋に落ちました。それからというもの、二人は毎日のように顔を合わせました。しかし、幸せな日々は長く続きませんでした。青年は病気がちで体も弱かったのですが、ついに不治の病にかかってしまったのです。娘は必死で彼が元気になるよう奔走しましたが、その努力もむなしく彼はこの世を去りました……。悲しみに明け暮れた娘は、彼女を優しくなぐさめてくれる男性とやがて結婚しました。二人の間には子供も生まれ、娘はようやく幸せになったかに見えました。しかし、災難は続きます。病気で亡くなった青年は、実は里一番の地主の息子でした。地主は自分の息子が病気で死んだのを、息子と付き合っていた娘のせいにしたのです。元々、娘達の一族は里の中でも不気味がられていたのですが、青年が死んだ事をきっかけにその不安が爆発してしまったのでしょう。娘の集落に里の人間達が襲撃し、多くの命が失われました。娘とその一族は命からがら逃げ出して、一つの島へと逃げ込みました」
お妃さまの話の間、桃太郎は口を挟めませんでした。この「昔話」の娘が、お妃さま自身だという事が分かってしまったからです。
「他の皆さんより、私はたくさん里の人間と触れ合ってきました。だから、彼らが本当に悪人でない事は分かっているのです。彼らはただ、知らないものに対して怯えているだけ……。本当は、優しい人達ですもの。オウガ、あなたがそうやって無事に育てられたのが何よりの証拠です」
「母さん……」
「オウガ。愛しい、大切な私の息子。よく生きていてくれました」
母と子は、固く抱擁を交わしました。
「オウガ、あなたの決心は変わらないのでしょう? 私達の争いを、止めさせたいのでしょう?」
「……うん。たとえ父さんから反対されたって、ぼくはやるよ。復讐を続けても、そこに残るのは憎しみだけじゃないか」
「――分かったわ、ならばもう止めません。オウガや、自分が正しいと思う事を存分におやりなさい。母はいつも、あなたの味方ですよ」
そう言って、お妃さまは自分の首にかけていた首飾りをそっと外しました。
「オウガ、あなたは里にお戻りなさい。そしてこれを、里の者に見せるのです。この首飾りは病気で亡くなったあの人からの、最後の贈り物。そして同時に、私達の一族と里の人々の橋渡しにもなるはずです。後はオウガ、あなたの熱意次第ですよ。私はここに残り、復讐に燃えるあなたの父を何としても押しとどめて見せます。今までは彼を止める事はできませんでしたが、あなたのためならこの母は決して負けませんよ。ですから、鬼ヶ島の方は私に任せなさい」
お妃さまの、何と頼もしい事でしょう。桃太郎は彼女の言葉に元気いっぱいになり、やる気に打ち震えました。
「ありがとう、母さん! ぼく、やるよ。きっと、争いを止めてみせる!」
「頑張るのですよ、オウガ。決して、命を無駄にしてはいけませんよ」
「はい!」
お妃さまから首飾りを受け取ったオウガは、お供の犬、猿、雉を連れて部屋を出て行きました。自分の里へと戻るために。
オウガが部屋を出てしばらくした後、部屋に王様が入ってきました。
「全て聞かせてもらったぞ。まさか、お前がオウガをたきつけるとはな……」
王様を見ても、お妃さまは涼しい顔で答えます。
「あら、聞かれていたのですね。でも私は、決心を変えませんよ。あなたの頼みは断れても、オウガのお願いは断れませんわ」
「ふん……。腹立たしい女だ」
王様はお妃さまを一睨みすると、言いました。
「何が腹立たしいかというと、お前だけオウガに母親面をしていたという事だ! 私だって、オウガにもっと父親として触れ合いたかったのに!」
「あら、ならあなたもそうすれば良かったじゃないですか」
「あそこで私が出てこれるはずがなかったであろうが! まったく、二人だけの空間を作りおってからに……実にけしからん! 腹立たしい!」
王様はふて腐れていたものの、しばらくしてお妃さまと同時にクスリと笑いました。
「しかし、私は争いを止める気になったわけではないからな。お前がオウガの味方をするというのなら、それでも構わん。ならば全力で、私を止めてみせるのだな」
「言われずとも、そうしますわ。あなたこそ、公衆の前で私に言い負かされて赤っ恥をかかないようにして下さいね」
「……ふん、余計なお世話だ」
王様とお妃さまは、そう言って共に肩を並べて部屋を後にしました。
鬼ヶ島から帰る小船には、桃太郎と犬、猿、雉が乗っています。
今まで争っていた鬼ヶ島の人々と里の人々の間を取り持つのは、大変な事でしょう。しかし、桃太郎は決心したのです。鬼ヶ島の人々と、里の人々が仲良く暮らす夢を目指して。
「ぼくはやるぞ。誰も争わない、平和な里を作るんだ!」
桃太郎の決心を後押しするように、お供の動物達もこちらを見ています。
「まずは、おじいさんとおばあさんの所に帰ろう。ぼくが無事だって事を知らせにね」
手に持った首飾りから、母の温かさが流れ込んでくるような気もします。桃太郎は、元気よく小船を進めるのでした。
おしまい
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桃太郎のifストーリー。いつもの導入から、違う結末へ。
某所の視聴者参加型ストーリーに寄稿したものです。