「初日からしんどかったな~♪」
言葉とは裏腹に勇斗は、充実した様子でグラウンドをならす。
「勇斗君がそんなこと言っても全然説得力無いでやんすよ」
「何でさ」
「オイラたちのこのナリを見て、何とも思わないでやんすか?」
そう言って凄む矢部に圧倒されながら勇斗は思案する。
「……何だろう?」
「だぁぁぁ!! オイラたちは硬球は初めて受けるでやんす。にも関わらずどうして勇斗君だけが余裕でキャッチ出来るでやんすか!?」
「あれ、言って無かったっけ? オレ、中学卒業までの5年間、アメリカで過ごしていたんだ。アメリカではリトルの時から硬球だからね」
「初耳でやんす。勇斗君は帰国子女だったでやんすか。どうりで一人だけ動きが違うように感じたでやんす」
「そうかなぁ……でも、皆も中学で野球をやっていたんだろ? だったら、慣れればすぐにキャッチ出来るようになるさ」
そんな会話をしながら、彼らは他の一年たちとも軽く雑談を交わしながら、最後は黙々とグラウンドの整備を終わらせた。
「じゃ、お先~」
「またな~」
「あ~、腹減ったぁ」
などなど、それぞれ声を掛け合いながら着替えの終わった生徒から部室を後にする。
「じゃあ、後は宜しくな。最後はマネージャーが着替えるから、終わったら彼女らに声を掛けてから帰るように」
「分かりました。先輩、お疲れ様です」
「お疲れ様でやんす」
勇斗と矢部の声に満足そうに肯くと、石原は静かに部室を後にした。
「全く。勇斗君がノンビリしているからオイラたちが最後でやんす」
「悪かったって。でも、そんなに文句を言うなら先に帰ればよかったじゃないか。オレの家と矢部君の家って、方向逆だろ?」
「うっ、そ、それは……久方振りの日本で慣れてないであろう勇斗君が心配だからでやんすよ。道に迷って帰れなくなったらどうするでやんすか?」
「んなアホな……だったら朝、学校に来れやしないよ。ま、大方女子マネージャーの着替えでも覗こうなんて思ってたんだろ? な~んて、いくらなんでもそりゃないか」
冗談交じりに勇斗が放った一言に、あからさまな態度で硬直する矢部。
「……ヲイ」
あまりと言えばあまりの反応に、半眼で睨む勇斗。
「そそそそそそそそんなわけ無いでやんす!! いくらオイラでも初日から成功するとは思っていないでやんすよ」
「って事は、いつかはやる気だったんだ?」
その後、言えば言うほど墓穴を掘る矢部の姿に、勇斗は心底呆れた様子で首を振った。
必死の形相で口止めと弁解を行う矢部に、適当に相槌を打ちながら着替えを続ける勇斗であった。
着替えが終わり、部室を出た勇斗は、近くにいる筈の女子マネージャーの姿を探した。
「ん~、と。先輩たちはどこかな?」
辺りをキョロキョロと見渡す勇斗は、近くで談笑をしている二つの人影に気付き、声をかけるべく小走りに近付いて行く。
「原崎先輩、皆川先輩。遅くなってすみません。今、部室が空きました」
「全く、待ちくたびれちゃったわよ」
「す、すみません」
「まぁまぁ、優希ちゃん。そんなに責めなくてもいいじゃない。私たちだって、さっきまで監督に呼ばれてて、ここには今来たばかりなんだから」
「あ、梓先輩!!」
「あー、酷いッスよ」
「さ、さてと。じゃあ、そろそろ着替えないとね」ジト目で呟く勇斗に苦笑しつつ誤魔化す優希。と、そこへ――
「遅くなってすみませんっ!」
「あ、舞ちゃん。ちょうど今部室があいた所よ」
「そうなんですか? よかった~」
そう言ってほっとしたようにニッコリと微笑む赤い髪の少女。
梓や優希と違い、どこかにまだ幼さを残すその微笑みに、勇斗は思わずドキリとさせられた。
(な、なんだ? 今のは)
呆然としている勇斗を見て、優希は意地悪そうな笑みを浮かべながら遅れて来た彼女を紹介する。
「杉村君は竜介との無断ノックで罰を受けていたから知らないでしょうけど、マネージャーにも新入部員くらいいるのよ。舞ちゃん。彼は杉村勇斗君。練習前に無断でグラウンドを使った罰としてず~っとランニングをさせられていた彼よ」
「杉村……勇斗君? もしかしてキミ、勇君!?」
「えっ? キミは……舞ちゃんって、もしかして、栗原舞か!?」
「うん、覚えていてくれたんだ!」
「忘れるわけ無いだろ。だからここにいるんだし」
「そ、そうだよね。エヘヘ」
「…………………」
「…………………」
微妙な空気が流れ、沈黙が続く。
呆気に取られて居た優希が、はっと気がついたように彼らに声をかける。
「な、何? あなたたち知り合いだったの?」
「あ、は、はい。私と勇君は小さい時からの幼馴染で、小学四年生までずっと同じクラスだったんです」
「なぁんだ、そうだったの。でも、今の様子だとすっごく久し振りのような感じがしたんだけど?」
「それは……」
言い澱む舞を庇うように、勇斗は彼女に優しく微笑む。
「実はオレ、小5の時からアメリカにいたんです、親父の仕事の都合で。だから、舞と会うのは本当に久し振りで」
そこでやっと合点がいったように梓がニッコリと天使の微笑で爆弾を落とす。
「ああ。じゃあ、先ほど杉村君が舞ちゃんをぼ~っと見詰めていたのも、あまりに綺麗になってしまっていた幼馴染に、ビックリしたからなんですね?」
「はぁっ!?」
「えっ!?」
「ほほぉ~♪」
見事に直撃した爆弾に、勇斗と舞が真っ赤になっているのを、傍らの優希が「ふぅ~ん」やら「へぇ~」などと、意味ありげな声でからかう。
その姿に、まず舞がキレた。
「も、もうっ、先輩たち!! 私たちも早く着替えて帰りましょうよ!! ほらほらほら!!」
そう言いながら強引に二人の手を引いて部室へと入って行く。
数秒後、ズタボロになった矢部が放り出されて来たが、勇斗の目にそんなものは最早映っちゃいなかった。
今はただ、幼き日に誓った約束に思いを馳せていた。
『僕、絶対にパワフル高校で野球をやる!! その時は、舞ちゃんを甲子園に連れて行くよ!!』
『うん、絶対だよ!! その時はきっと、勇君の一番近くで応援するからね!!』
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スポーツを題材にすると、情景描写をいかにリアルにかつ、簡潔で分かりやすくするのか。
そのあたりのテクニックの大切さを、深く痛感しますね。
ルポライターと言う仕事柄、文章を書く事には自信があったのですが、如何せん、ソレと小説との違いに多少ならずとも戸惑っております。
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