No.176070

蒼翼-アオバネ- 第五話

篤弭 輝さん

第四話からの続きです。

もう一ヶ月ほど間が空いてしまってます。

第五話ということで、第一話のURLを載せときます。

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2010-10-03 01:12:39 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:400   閲覧ユーザー数:395

 

 

立ち尽くしていた。

 

『誰?』って、意味が分からない。

 

だから、確かめたい。

本当に俺が誰なのか分からないのかを。

 

分からなければ、俺も他人として扱うことが出来る。

 

「自己紹介が遅れてごめんなさい、私は―」

 

俺が立ち尽くしているのに気を遣ったのか、言葉切り出してくる氷柱という彼女。

 

それを俺は遮(さえぎ)る。

 

「氷柱、だろ?分かってるって。」

 

正直、今の氷柱の言葉の途中に俺が言葉を発することが出来るなんて思えなかった。

 

しかも昨日会った時と同じ態度を取れたと思う。

 

少し整理したいな。

 

氷柱が俺に『誰?』と言って来た。

 

要するに、氷柱にも昨日の記憶がないということか?

 

安堵(あんど)しているのか、悲壮(ひそう)してるのか分からない。

 

「………………、私の事、知ってるの?」

 

―だが、今の氷柱の発言により状況が変わる。

 

今の氷柱の発言、"私の事"、の前にボソッっと言った氷柱の声が聞こえてしまった。

 

 

『…昨日の事覚えてるの?そんな筈無い、だけど……、』

 

 

と。

 

聞こえてしまった。

 

覚えてる、氷柱は覚えてるんだ。

 

そして俺に昨日の記憶が無くなることが分かっていたんだ。

 

なんでだ!俺は記憶を失って、氷柱とは初対面なのに……、あいつの気持ちが分かっちまう。

 

気持ちだけ言うならば、氷柱は諦めてない。何を?と言われれば吃(ども)るが、諦めてない。

 

氷柱は今のが俺に聞こえてるとは思ってないだろう。

 

今俺が何をすべきか、優紀のおかげで決心がついた。

 

グッと、拳を作る。

 

多分俺の考えてる事は正解だ、後は思い切って話を切りだそう。

 

そう思い、氷柱の目を見て言い放った。

 

 

「氷柱、昨日会ったのに、もう忘れちまったのか?冗談でも笑えないぞ。」

 

 

俺は、俺がやらないほうがいいと言われた方を選んだ。

 

 

 

 

叶馬憲病院、その中にあるスタッフオンリーの部屋。

 

何もない部屋、そこで私は幼馴染みの友と話をしていた。

 

「―では、見つけたのですか?」

 

「黒渕 桃華(くろぶち ももか)、あいつは叶馬憲学院の二年です。」

 

偶然なのだろうか、引越し、転校、それによって離れたのに、また再会出来るとは。

 

「―ただ……」

 

「ただ?」

 

「黒渕はしっかり者で、思ったことを直ぐに言う、真面目な子だと言いましたよね?」

 

「言いましたが……」

 

「昨日確認しに行ったのですが…、どうも全部"逆"なんですよ。……合ってるのは真面目な子ぐらいですかね。」

 

「え?」

 

黒渕 桃華はいつも人一倍元気で、いつも先頭に立っていた子だ。

 

私の記憶にも残っているのだ。間違いない。

 

実際今の桃華ちゃんを見ていないから、そこまで言えないのだが……。

 

「今ここでこの話をしても仕方がない。一度、高瀬に会わせて見ますか?」

 

「ふむ……、少し時間を下さい。秋乃くんにはまだ話してないことがたくさんあるので。」

 

多分今日も彼は608号室に行っているだろう。

氷柱の事を忘れたまま、ね。

 

帰り際にでも話してみるとしよう。

それに話さずとも、彼から話し掛けて来るだろう。

 

「そうですか、では私はそろそろお暇(いとま)させてもらおう。」

 

そうだ、まだ彼は勤務中だ。

 

無理言って来てもらったので、出来るなら早く帰してやりたい。

 

「今日はありがとうございました。」

 

「はっはっは、何言ってるんですかあなたは。」

 

何かおかしいことを言っただろうか。

 

「いや、すみません。ではまた後日。」

 

そう言い彼はスタッフオンリーの部屋のドアを開けた。危ない、まだこちらは挨拶してないのに。

 

「殺戮先生、また会いましょう。」

 

最後に殺戮先生は振り向き笑う。

 

そして、部屋から出て行った。

 

一人スタッフオンリーの部屋に残る。

そこでポツンと呟いた。

 

「……殺戮先生、笑うと更に怖い。」

 

その刹那、殺気を感じたのは気のせいだろう。

 

 

 

 

「―今、何て言った?」

 

俺の言葉に反応した氷柱はこちらを睨み付けていた。

 

「だから、昨日会ったんだから―」

 

「嘘吐かないで!」

 

……見破られた!?

 

だが俺は次の氷柱の言葉で平静を取り戻す。

 

「ここの院長に言われたんでしょ!?だからそんなこと言うんだ!」

 

怒気を含んだ言葉。呆気に取られたのは一瞬、直ぐ安心出来た。

 

氷柱は、俺がレポートを書いてることを知らない。だから俺には話すことが出来る。

 

「意味分かんねぇ。まさかあれか、これが昨日言ってたゲームなのか?」

 

「……っ!」

 

俺はレポート10枚も書かないといけないから、些細なことも書いていたと言うことは覚えている。

 

その中でゲームを持ち掛けられたことが書いてあったのでそれを採用した。

 

「……本当、なの?本当に……。」

 

そしてそのまま氷柱は俯(うつむ)いた。

 

「全く何言ってるんだか……」

 

「…ほん、とうなんだ…、っ、本当にぃ……、私は……!」

病室のベッドの布団の上に、雫(しずく)がこぼれていた。

それが何かに気付いたのは氷柱が俺の方を向いた時だった。

 

それは氷柱の涙だった。

 

「お、おい、どうした?」

 

何かまずいことを言ったか?と思いつつ声を掛けた。

 

「……ん……っ、ごめんなさい。何でもないよ。なんか、変な事言ってごめんなさい。」

 

氷柱は、少し暗い面持ちの中、笑った。

 

俺が氷柱と会って"初めて"見た笑顔だった。

 

「いや、別に気にしては…」

 

この時俺はフツフツと胸の奥で何かが涌(わ)き上がるのを感じた。

 

 

これは、"罪悪感だ"。

 

 

「それでもだよ。ねぇ……今日は私の話、聞いてくれる?」

 

「ああ。」

 

俺はもしかしてとんでもない事をしてしまったのではないか?

 

「話せば長くなるけど話して良い?」

 

「ああ。」

 

でも今更、時間を巻き戻せるわけでもない。前向きに考えよう。だが、昨日書いたレポート用紙は家に起きっぱで来てしまった。

 

「……私の話聞いてないの?」

 

「ああ。」

 

罪悪感を感じた時に、脳に入れてた昨日の出来事のあらすじがすっぽりと抜けてしまったのだろう。

 

どうすれば……

 

「えい!」

 

「むふっ!」

 

急に視界が真っ暗に!

 

ここは新天地か?温かい。そして苦しい。

 

でもなんか、

 

「やふぁあふぁい(柔らかい)……」

 

「んっ、にゃぁ!」

 

「うっ!」

 

思ったことを言うと、氷柱は俺を突き放した。

 

……もしかして今のは胸だったのか?

俺の故意じゃない、氷柱は自分で俺を"あの場所"に連れ込んだのだろう……。

いや、余計な詮索は止めよう。しちゃったけど。

 

「窒息させてやろうかと思ってやったのに第一声が『柔らかい』ってどういうことよ!」

 

おぉ、あれ聞き取れてたのか。じゃなくて!

 

「何で窒息させようとすんだよ!」

 

その言葉にピクッと反応する。

 

……あ、なんか言っちゃまずかった?

 

「ほぉ、何でか分からないんだ?そうねぇ、あんな生返事じゃ覚えてないよねぇ

?『ああ』ばっかでさぁ。」

 

やべ、全く話聞いてなかった。

だがカウンセラーとしてここで引き下がるわけには……

 

「な、何言ってんだよ。"ああ"には深い意味があってだな、なんか理解して納得

する時とか、承諾する時とか、いろいろ使える凄い言葉であって……」

 

「こっちおいで♪」

 

やば、どうしよう。

 

怖いよ、♪がめっちゃ怖いよ。

でも行かなきゃ駄目だ。

 

「何故なら俺は……」

 

全然距離もないのに病室のベッドまでスローで走る。

 

 

「カウンセラーだから!…んぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

病院に空しく、俺の叫び声が響いた。

 

 

 

 

「……もうお婿に行けない。」

 

「何でよ、別に×××が××××で××しただけじゃない。」

 

「もうそれ犯罪じゃね?」

 

「そうかな?まあカウンセラーの仕事だと思ってさ。」

 

"あれ"をカウンセラーの仕事には出来ない。

 

"あれ"をしている間に時間はそろそろ18時を迎える。

 

やばかったもんな、"あれ"。

 

それは置いといて、そろそろ帰らないとまた優紀に怒られる。切り上げるか。

 

「氷柱、そろそろ俺帰るわ。」

 

「うーん、分かった。」

 

俺はドアノブに手を掛け、開けた。

 

「ねぇ。」

 

ふと、弱い声が背後から聞こえた。

 

「私の事、忘れないでね。」

 

冗談混じりの真剣な氷柱の言葉。

 

だけど、

 

「忘れるって、何馬鹿なこと言ってるんだよ。じゃあな!」

 

俺はその言葉を肯定出来ず、ごまかしていた。

 

 

―そして俺は逃げるように病室を出たのだった。

 

 


 
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