――拝啓 父さん、母さん、じいちゃんに妹へ
皆、元気でやっているでしょうか?
俺のほうは、目が覚めたら突然、異世界か過去か、はたまたパラレルワールドかという世界にやってきてしまったものの元気でやっています。
三国志の時代にタイムスリップして、あの黄巾党の指導者である張角たちと出会い、さらにはそれが可愛い女の子達だったり、果ては俺自身黄巾党の旗揚げに参加したり……この世界に来てからというもの、驚きの連続だったりします。
ただ、こちらでの生活が続くにつれその現実にも慣れ親しんできて、人とは慣れる生き物なんだなぁ、などと達観し、今後はどんな事があっても驚かないだろうと思っていました。
……そう、思っていたんです。
「それではこれより~……」
けれども『事実は小説より奇なり』なんて言葉もあるように、人生のうちには思いもよらない事が起きるようで、まだまだ俺には、達観の域には達する事ができていなかったみたいです。
それというのも――
「美羽様……じゃなかった、領主である袁術様対旅芸人一座による、喉自慢大会を開催しま~す♪」
「「「「「わあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」
――これが、驚きの原因だったりします。
「何でこんな事に……」
父さん、母さん、じいちゃん、妹よ
何故俺は、三国志の世界に来てまで喉自慢大会に出場しているんでしょうか……?
話は少し遡るが、水鏡先生を仲間に加えた俺達は新野から少々北に戻った所にある袁術のお膝元、南陽を訪れていた。
此処に来るまでの間、水鏡先生の助言及び紹介もあり士人からは龐徳公(ほうとくこう)さん、徐福(じょふく)ちゃん、韓忠(かんちゅう)さんなどを仲間に加え、侠からは波才(はざい)、張曼成(ちょうまんせい)といった人達を味方に付けることに成功したのだった。
特に侠者達を引き込むのは最初は難航するかと思ったものの、その大半は天和達の歌を聞くや否や、熱烈なファンになってしまったらしく、皆が協力を快諾してくれたのだった。
(これも、もしかしたら俺の知っている歴史と、何か関係があったりするのかもな)
波才、張曼成といえば黄巾党でも中核を担っていた人達だし、関係があるのかもしれない。
まあそれはともかくとして、荊州に来る以前より規模を大幅に増した俺達は当初の目的である袁術がどんな人物かを知る為に暫くの間此処に滞在する事にしたのだった。
「……なんか、変に時間が空いちゃったな」
南陽の街をぶらつきつつ、一人ぼやく。
今日はこの街での公演をする予定で、俺はその許可を取りにいっていたのだが思いのほか簡単に許可を貰えてしまったのだ。
そのため、公演までの時間を潰そうと思ったのだが、天和と地和はもうどこかに出かけてしまっていて、人和は水鏡先生と話があって……と、誰とも予定があわず、一人寂しく暇を持て余す事になってしまっていた。
「う~ん……別に見たい物もないし、腹も減ってないし……やることが無いな」
誰かといるのならともかく、一人であても無く歩いていると言うのは存外つまらない。
こうなったら宿にでも戻って公演の時間まで寝てたほうが有意義か……などと思いながら、俺がきびすを返そうと思ったその時……
「うぅ……ななのぉ~……」
震える声と共に、金髪の女の子の姿が見えたのだった。
「ななのぉ~……グスッ、どこなのじゃ~」
女の子は迷子なのか、声を震わせて右往左往としてるのだが、彼女は誰かの名前を呼ぶばかりで誰かに助けを求めるわけではなく、周りにいる人は人混みにまぎれている彼女に気付かないのか、誰も話しかけたりしない。
そうこうしているうちにも、とうとう泣き出してしまいそうな女の子。
(……まあ、幸い時間もあるし)
俺はそれを見かねて、声をかけてみる事にしたのだった。
「きみ、どうしたの?」
「ぴぃっ!?」
突然話しかけられたことに驚いたのか、変な声を上げつつこちらを見てくる少女。
俺は怖がられないよう、出来る限り優しく話しかけ、笑顔で接してみるのだが、少女は俺を見るなり、怯えた顔を見せて……って、え、何で?
「な、なんなのじゃおまえは!?おぬしの様なものが妾に声をかけるなど……」
強がった風にいう少女だったが、そこまで言うとハッ、とした表情になり、
「むっ!!そ、そういえば、以前七乃が妾のような可愛い子は街に出ると人攫いにあうといっておったが……ま、まさかおぬし、妾を攫おうとしておるんじゃ……!!」
「はぁ!?ちょ、ま……」
なにやらあらぬ誤解をしている少女に弁解をするものの、少女は俺の言葉を全く聞かずに喚くように叫ぶ。
「い、いやぢゃーー!!七乃!!助けてたも~~!!」
「いやだから誤か……」
「何処なのじゃ、ななのぉ~!!」
「いや、だからね……」
「なぁ~なぁ~のぉ~……」
「……」
……ヤバイ、物凄く面倒な子だった……
周りの人達には怪しい者ではないと通じたのか、侮蔑の視線で見られる事はなく、可哀想な人を見る目だったのが唯一の救いだ……いや、可哀想な目線を向けられている時点で救いでもないか。
(まあそれはともかくとして、どうしたもんか)
喚き叫びながらもこの場を離れようとはせず、泣きじゃくる女の子へと視線を向けながら俺は一人困り果ててしまう。
いくら面倒な子でも、見捨てていってしまうのは流石に可哀想だし、だからといって話を聞いてもらえないんじゃなぁ……と考えつつ、腰に手を当てると、ある感触と共に良いことを思いついた。
「あ、そうだ。君、飴要らないかな?」
俺はそう話しかけながら、先程購入した蜂蜜の飴を腰に下げた袋から取り出す。
本当は蜂蜜はのどに良いという話を聞き、これから公演がある天和達の為に買ってきた物だったが少しくらいなら良いだろう。
そう思いながら、蜂蜜飴を数個袋から取り出して彼女の前に差し出す……すると先程まで泣きじゃくっていた女の子がガバッと勢い良く差し出した手……というか、飴を凝視する。
「……蜂蜜の匂いがするのじゃ」
「あれ、良く分かったね。これ、さっき買った蜂蜜飴なんだけど、良かったらどうだい?」
「む、むぅ~……知らない人に物を貰ってはいけないと、七乃に言われておるのじゃが……」
そういいながらも、飴を凝視しながら逡巡する少女……どうでも良いことだが、先程から出てくる『ななの』さんというのは保護者か何かなのだろうか?
暫く迷う素振りを見せる女の子だったが、とうとう食欲のほうが勝ったのか、恐る恐る俺の手から飴を取り、取った瞬間物凄い勢いで口へと頬張る。
「ほわぁ~……蜂蜜はやはり甘くてよいのぢゃ~……」
心底幸せそうに微笑む彼女。それを見ていると、あげた甲斐があったというものだ。
「そう、気に入ってくれたみたいで良かったよ。それで、聞いても良いかな?」
「む、なんじゃ?」
そう答えながら、もう一個くれといわんばかりに手を差し出してくる彼女に苦笑しつつ、飴玉を渡しながら聞く。
「え~っと、君はこんな所で何をしているんだい?」
「むぅ、それがじゃのう……七乃と共に街を見物しにきたのじゃが、七乃の奴、妾が少し目を離したうちに、迷子になってしまったようなのじゃ」
困った奴じゃ、と肩をすくめる少女……うん、間違いなく彼女の方が迷子になったんだろう。
まあ、折角機嫌が直ったのにいらない事は言わないほうが良い、と俺は続けて質問する。
「それって、その人の真名?」
「うむ、そうじゃ。だから勝手に呼ぶでないぞ。ちなみに七乃の名は張勲じゃ」
「張勲さん、か。それで、張勲さんを探してみたのかい?」
「うむぅ……探してはみたのじゃが、もう足が疲れてしまったのじゃ……」
だからさっきから近くをうろうろするだけで、俺に話しかけられたときも逃げ出さなかったのだと言う。
俺は時間を確認すると――とはいえ、時計なんてものが無い状況では日の高さで計るくらいしか出来ないのだが――まだ少しぐらいなら時間があると判断、少女に提案してみる。
「あのさ、もしよかったらその張勲さんを探すの、手伝おうか?」
「な、なんと!!本当かえ!?」
「うん、俺も少しぐらいなら時間があるしね」
「そうかそうか!!では……む?名はなんと申すのじゃ?」
少女の問いに、まだ自己紹介も済ませてなかった事を思い出した俺は「俺は北郷一刀。姓は北郷、名前は一刀」と説明する。
「ふむぅ、変わった名前じゃのう。ん、では一刀、早速七乃を探すのぢゃ!!」
こうして俺は張勲、と言う人を探す為、迷子と共に歩き出したのだった……
「うむうむ。らくちんなのじゃ~」
「……そりゃあ君はらくちんだろうね」
嘆息しつつ、俺は答える。
あれから歩き始めて間も無く「もう歩けないのじゃ!!」と、この迷子はふんぞり返って言うものだから、俺は仕方なく彼女を背負って街を歩いていた。
(でも、なんだかお嬢様って感じの子だし、それも仕方ないのかなぁ)
見た目からしてもフリルのついたようなドレスを――この時代に何故フリルのドレスがあるのかは謎だが――着ているし、なんだか喋り方も貴族然としているし、案外良いとこのお嬢様なのかもしれない。
「ほれ、一刀!!ボーっとしておらんでしっかりと探すのじゃ!!」
「はいはい、分かりましたよお嬢様」
後ろでわーわー、と喚く少女にややうんざりしつつ答えると、少女は満足げに頷く。
「うむうむ、良い返事じゃ。……うむ、もし七乃を見つける事が出来たら、一刀を下男として雇ってやろうぞ」
「下男って……遠慮しておくよ」
「よいよい、遠慮は無しじゃぞ」
いや、やらないといけない事があるし、心の底から遠慮します。
そう口にしようとした矢先、何処かから「……お嬢様~!!」という声が聞こえてきた。
「むむっ!!あれは七乃のこえじゃ!!」
俺達はその声のする方向に向かっていく。
するとそこにいたのは……なんというか、スチュワーデス?風の服を着た女の人だった。
「おお!!ななのぉ~~!!」
叫びながら俺の背中から降りると、女の人のほうへと向かって走り出す少女。
対する女の人(恐らく張勲さん)も、その声に反応すると、走ってくる少女を見つけて抱きかかえるように飛び付く。
「お嬢様~!!もう、何処にいってたんですか~!!」
「なぁ~なぁ~のぉ~!!あいたかったのじゃ~!!」
まさに感動の再会、と言う場面を前に、俺も一安心する。
「……っと、そろそろ行かなきゃ不味いかも」
大分時間を食ってしまったし、そろそろ会場に向かわないと遅れてしまうかもしれない。ここを離れる前に、二人に声をかけようとも思ったのだが……
(まあいいか。無事会えた訳だし)
折角の空気に水を差すのもアレかと思い、俺は声をかけないままその場を後にしたのだった……
「……所でお嬢様。一人で私を探してくれてたんですか?」
「いや、此処におる一刀という男が一緒に探して……あれ、あ奴何処に行ったのじゃ?」
「そこにいた人なら、さっき急いでどこかに走って行っちゃいましたけど……」
「なに!?あ奴、妾が折角下男にしてやるといってやったとゆうに……!!七乃!!あ奴を探すのじゃ!!」
「ああ、待ってくださいよお嬢様~~!!」
「……ふぅ~、今日もい~っぱいお客さん来てくれたね~」
汗を拭いつつ、天和が良い笑顔をする。現在俺達は公演を終え、一息ついている所だった。
「そうだな。今までと比べてこの辺りは人も多いみたいだし、天和達の歌にも磨きがかかってきてるしな」
これはお世辞ではなく事実だ。この旅……黄巾党を結成して各地で歌を歌うようになってからというもの、彼女達の歌唱力は大分向上していた。
元々の人を惹きつける歌声に経験が上乗せされ、更に勢いを増した感じだ。
「まあ、慢心はよくないと思うけど……今日の所は素直に喜ぶとしましょう」
いつもは厳しめな人和もそれを感じてか、若干嬉しそうにいう。
「それは後でもいいでしょ~?それよりちい、お腹すいた~」
「ん、それもそうだな」
見るからにへとへとな感じの地和に苦笑しつつ答え、確かに昼をまともに摂っていなかったな、ということで俺達はとりあえず腹ごしらえをしようと立ち上がり、その場を後にしようとするのだが……
「おおっ!!ようやく見つけたのじゃ!!」
ふと、そんな声が後ろから聞こえ、俺達が振り向く。
振り向いた先にいたのは……さっきの迷子と張勲さんだった。
「あれ、君達はさっきの――」
「これ、一刀!!妾に声もかけずどこかにいってしまうとはどういう了見じゃ!!」
俺が言いかけると同時、女の子が大声で叫ぶ……いや、どういう了見かって言われてもなぁ……
「……あの子、一刀さんの知り合い?」
「ん?ああ、え~、っと、知っている子ではあるんだけど……」
訊いて来る人和に、かくかくしかじか、と先程までの出来事を話す。
天和達にあらかたの話をして、少女のほうを見ると……彼女は腕を組んで不満げな表情をしていた。
「なにをごちゃごちゃいうておるのじゃ?全く……ほれ、ゆくぞ一刀や」
少女はそう言うなり、俺の袖を掴むとそのまま歩き出す……え?事情が見えてこないんだが……
「ちょ、ちょっとあんた!!いきなり出てきたと思えば、なに勝手に一刀を連れてこうとしてんのよ!?」
俺の気持ちを代弁するように地和が叫ぶ。だが少女はしれっ、とした態度で答えた。
「むっ?なんじゃおぬし等は?」
「お嬢様、この人達はさっきまでここで公演をしていた歌い手さん達ですよ~。さっきまでお嬢様も聞いていたじゃないですか~」
「うむ?……おおっ、確かに良く見ればそうじゃのう。おぬし達の歌なかなかに良かったぞよ」
「あっ、本当~?ありがと~」
「いやいやいや、姉さん。話が違ってきてるから」
全く違う話になっている天和達に地和が冷静に突っ込む。
「失礼ですけど、そもそも貴女達は誰なんですか?」
会話を仕切りなおすように人和が聞くと、「なぬ?妾を知らんと言うのかえ?」っと驚いた表情をする少女。
「お嬢様、この人達は旅の歌い手さん達なんですから知らないのも無理ないですよ」
「そうなのかえ……では七乃や。説明してやってたも」
は~い、と張勲さんは笑顔で答えると、
「こちらにおわすお方はなんと!!南陽太守、袁術様であらせられま~す♪皆さん拍手~♪」
「うむうむ、よきにはからうのじゃ」
大仰な感じに発表した……は?
驚きのあまり言葉を失う俺……いや、この世界では有名人の女の子率が高すぎるのはわかってた事だし、曹操の一件もあったから耐性は付いてたと思ったが……まさか、こんな小さい子が、南陽太守、袁術だって?
「……む?なんじゃおぬしら黙りこくってしもうて」
「多分お嬢様が太守だと知って、恐れ多くてなにもいえないんですよ~」
俺達が絶句していると、女の子……袁術ちゃんと張勲さんが好き放題と言った感じで話す。
「いやそれは分かったけど、俺は――」
「……あ、あんた達が太守様だっていうのは分かったけど、だからって一刀をつれてく理由にはなんないでしょ!!」
「そ~だそ~だ!!」
俺が喋ろうとすると、地和と天和が被せるように叫んだ。
「あ~それなんだけど、お――」
「な、何をぅ!?下男とはいえ、名門袁家に召しだそうと言うのじゃぞ!?」
「そ~だ、そ~だ♪まあ、私自身としてはどうでも良いんですけどね♪」
……何?この人達。打ち合わせか何かしてるの?
ってか、袁術ちゃんはともかく、張勲さんのほうは明らかにワルノリな空気を感じるんですけど!?
「……いや、だからさ――」
「そんなの関係ない無いよ~!!一刀は私達の大切な仲間なんだから!!」
「ぬ、ぬう……だ、だが妾とて、名門袁家の長。一度口にしたことを曲げるのは矜持にもとるのじゃ!!」
「おい!!ちょっとは俺のはな――」
「だったらお嬢様。こうなったら勝負をして決着をつけると言うのはどうでしょうか~?……そのほうが私的には面白そうですし(ボソッ)」
「勝負~?面白そうじゃない!!受けてた――」
「受けて立つんじゃねぇ!!!」
スパーンッ!!と地和の頭に突っ込みを入れつつ叫ぶ。
突込みを受けた地和は「いったーい。なにすんのよ!!」と抗議してくるがそんなのは無視。人の話を聞かない方が悪い。
「ってか、本人抜きにして話を進めないでくれよ」
「まあ、確かにそうよね」
姉の暴走でこのような事態に慣れているためか、一人冷静に成り行きを傍観していた人和が呟く……先程の騒ぎに顔色一つ変えない所に、彼女の苦労が窺えるよな……
まあそれはともかく、今はこの場を何とかしないといけない。
「えっと、袁術……様、でいいのかな?俺は見ての通り、旅の歌い手一行ですので、申し訳ないですけど袁家に仕える事はできません」
ここで曖昧な答えをしては、また大変な事になる恐れがあるため、多少失礼かもしれないと思いつつもきっぱりと断る。
対する袁術ちゃんにとっては俺の答えは予想外だったのか、「なぬぅ!?」と驚きの声を上げた。
「ぬぅ……絶対かえ?」
「うん。絶対です」
「……残念じゃが、それならば仕方ないかのう」
うんうん唸っていたものの、はっきりと答えた事で俺の気持ちを分かってくれたのか、諦めの言葉を漏らす袁術ちゃん。
これでやっとひと段落か……そう思い、安堵の溜息を漏らす俺達だったのだが……
「いえいえ、諦めるのはまだ早いですよ~、お嬢様♪」
「はぁ!?何いってんすか、張勲さん!!」
空気を読めてない、というかあえて読まない発言をしやがった方がいらっしゃった。
「?どういうことじゃ、七乃」
「んふふ、それはですね~。お嬢様が一方的に諦めるんじゃなく、さっきも言いましたけれど勝負で決着を付けたら良いと思うんですよ♪」
「じゃが、一刀達にはそんな勝負を受ける理由がなかろ?」
「ええ、ですから~……勝負を受けなきゃ、この領内での公演の一切を禁じる、って言うのはどうですか?」
『はあ!?』
俺、天和、地和、人和の四人が声をそろえて叫ぶ。公演の禁止って……俺達にとっては一大事じゃないか!?
「ちょ、それは流石に横暴過ぎるでしょ!?」
「そうかもしれませんね~。……でも、この領内ではお嬢様が規則ですので♪」
ピンッと指を立てつつ答える張勲さん……その顔にはしっかりと『そうしたほうが面白そう』と書いてあるような、悪い笑顔が浮かんでいた。
「……張勲さん。明らかに悪乗りしてますよね……?」
「え~?なんのことですかぁ?」
しれっと答えやがる……この人タチが悪すぎるだろ。
そんな会話は露知らず、といった感じの袁術ちゃんは「おお!!流石七乃なのじゃ~!!」と完全乗り気になってしまっていた。
「さて……いくらなんでも試合内容までこちらが有利に決めてしまっては不公平すぎますし、歌の勝負にしてあげます。さて、この勝負、受けられます?」
「……面白いじゃない。受けて立ってやるわよ!!」
先程までとは違い公演権がかかっている以上、今回ばかりは地和の発言に突っ込む事ができなかったのだった……
――そうして冒頭の独白へと繋がるのだった。
あの後、勝負をする事に決まると、張勲さんが「では直ぐに準備を始めますね~♪」といって、先程まで俺達が使っていた舞台を使い瞬く間に勝負の会場へと整え、部下を使って客を集め、と、とんとん拍子に事を運んでいた……あの人、有能なのにその力を余計な所に使いすぎだろ。
ちなみに俺は賞品扱い、という事で勝負に介入する事はできず、一人別席で成り行きを見守る事になってしまっていた。
「本当、何でこんな事に……」
「まったくですねぇ」
俺の独り言に思わぬ答えが返ってきた事に驚いた俺が声のほうを見ると、声の主は水鏡先生だった。
「え?何で此処に?」
「それはどちらかといえば、私の問いの気がしますよ?何で一刀君がこんな事になっているんです?」
うっ、と俺は言葉につまり、どう答えたものか返答に困ってしまう。
するとそんな俺を見た水鏡先生はからからと笑い出す。
「ふふふっ、冗談です。人和ちゃん達に事情は伺いましたよ。……しかし、噂には聞いていましたが、袁家の棟梁様というのはずいぶん変わった方の様子ですねぇ」
「そうですね……」
水鏡先生の意見には全面的に同意だった……ただ、主君だけじゃなく、むしろ臣のほうがずいぶんな変わり者だと思うが。
「はてさて、それでは袁術殿のお手前を拝見、といった所ですかね」
水鏡先生はそういうと、ステージの方向に眼を向ける。
すると、ちょうど袁術ちゃんの歌の始まりのタイミングだった。
「それではまずは、領主、袁術様の歌から行きましょ~♪あ、伴奏は私、張勲が勤めますね~」
前説が終わり、そこから袁術ちゃんの歌が始まったのだった。
「♪~~~♪~♪~~」
ゆったりとしたテンポの音楽にのり、透き渡る様な袁術ちゃんの歌声が響く。
その歌声は、天和達のような派手さには欠けるものの、聞いている人を穏やかにさせるような、かなりのレベルの上手さだった。
「ほう……」
隣で聞いている水鏡先生も驚いたように感嘆の声を上げる。
そうして終始穏やかな曲が流れ……そして、終わりを迎えた。
「「「「「……うをおおおおおおおお」」」」」
終わると同時に、観客から拍手と共に、声援が挙がる。
「いやはや、まさかあれほどとは……なかなかに好々でしたねぇ」
「いやいや、相手を褒めてどうするんですか!?」
俺が突っ込むも、水鏡先生は「事実ですから」と笑顔でスルーする。
「まあ大丈夫ですよ。万一の時の為に、波才さん達に頼んで逃走経路は確保してあります。公演禁止がかかっているとはいえ、一刀君が居なくなってしまっては元もこもないですから、いざとなったら逃げてしまいましょう」
まあ、でも……、と水鏡先生が続ける。
「正直な所、天和ちゃん達の気合の入りようから見れば、天が落ちてこないか心配するが如し……まさに杞憂に終わると思いますけどね」
「そんなに気合が入っていましたか?」
俺が訊くと「それはもう」と先生は笑顔で答える。
「尋常じゃないくらいの気迫でしたよ。はてさて、なぜでしょうかねぇ」
そういって俺のほうを見ると、ニヤニヤと笑う水鏡先生……いや、何でって。
「公演禁止がかかっているからでしょう?死活問題なんですから必死になるのも当たり前ですよ」
当然でしょう、と俺が答えると……何故か水鏡先生は溜息を吐き、残念な人を見る目で俺を見てくる……え?何で?
「いえ、そう考えてるんじゃないかとは思っていましたが……予想通りで少しがっかりしてるんです」
どういうことだ?と俺は水鏡先生の言葉の意味が分からず、頭を傾げる。
「……まあ、まだ若いのですから自分でしっかりと悩むと良いです。それもまた好々ですよ。ではそろそろ私は行きますね」
「え?何処へ?」
「そろそろ張角ちゃん達の番でしょう?あちらに周さんや裴さんが席を取ってくれてありますから、そちらで落ち着いて聞かせてもらいますよ」
ちなみに先生のいう周さん、裴さんというのは周倉さんと裴元紹さんのことだ。
「いや、別にここで聞いても良いんじゃ……」
「いえいえ、折角の張角ちゃん達の本気の歌ですもの。良い席で腰を下ろして聞きたいのですよ。それに、一刀君にもしっかりと集中して聞いてほしいですしね」
では、といいたい事だけいうと水鏡先生は去ってしまう……相変わらず、つかみどころの無い人だ。
「それでは旅芸人一座さん達の準備が出来たようなので、そろそろ次に行きたいと思いま~す♪」
「お、始まるみたいだな」
見ると、ちょうど天和達が出てくるところだった。
この席は少し離れている為、彼女達の表情ははっきりとは見えないものの……水鏡先生の言うとおり、いつもより気迫が篭っているように感じた。
「……ってそういえば!!俺がいないと楽器担当が居ないじゃないか!?」
今更ながら気付く。曲がないんじゃ圧倒的にこっちが不利じゃないか!!
「では張角さん達。始めちゃってくださ~い」
そんな俺の動揺など全く解する事は無く、開始の合図が出されてしまう。
そして天和達は……息を合わせると、そのままアカペラ状態で歌いだしたのだった。
だが
「♪~~~♪~」
曲が無いにもかかわらず、その歌声は全くぶれる事は無く
「~~♪~♪~~♪~」
寧ろ、歌声だけなお陰で、彼女達の声の美しさが更に際立ち
「~♪~~~♪♪~~~」
いつしか、会場全体を包み込むような歌声だけが、その場を支配していた
『♪~~♪~~~♪~~~~』
そして三人の声が混然一体となり、会場へと……いや、聞いている人たちの心へと直接響き……そして、終わりを迎えた。
『……ありがとうございました!!』
三人が観客へと頭を下げる。
そして、一瞬の静寂の後、
『……うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
先程の袁術ちゃんのそれとは比較にならないほどの歓声が沸き起こった。
……決めるまでも無く、勝敗は、明らかだった。
「凄かったのじゃ~!!妾が負けたのはちと悔しかったが、まこと天晴れな歌だったのじゃ!!」
興奮冷めやらぬ、といった感じで話す袁術ちゃん。
喉自慢大会は天和達の勝ちという結果で無事に終了し、今俺達は対戦者同士の称え合い?のような事をしていた。
「そうですね。まさか曲無しであそこまでとは予想外でした~」
張勲さんも感嘆の声を漏らす。
「うん、ありがと~。袁術ちゃんもすっごいうまかったよ~♪」
俺達が和やかに談笑をしていると「あれ、そういえば……」と地和が何かを思いついたように言葉を漏らす。
「結果は私達が勝った訳だけど、その場合の私達に対する褒賞とかって何にも決めて無かったわよね?」
「……そういえばそうね」
人和が同意するように頷く……そういえば、確かにこの勝負、負けたり勝負を受けなかったりしたらデメリットがあるのに対して、勝った時のメリットのついては全く話してなかった。
袁術ちゃん達もそれに気付いたのか、「おお、確かにそうじゃのう」と言って思案顔をする。
「……むっ!?そうじゃ!!妾に勝った褒美として、一刀を含めおぬし達一行を妾付きの楽隊にして進ぜようぞ!!」
「いやいやいや、それじゃあ意味が無いでしょう!?」
袁術ちゃんの提案に地和が突っ込む……確かにそれじゃあ折角勝った意味が全く無い。
「うぬぅ、名案じゃと思ったのじゃが……」
「あ、それなら専属楽隊になるかならないかを勝負で――」
『それはもう良いです!!』
また面白半分で場をかき乱そうとする張勲さんに俺達が全力で突っ込む。
「じょ、冗談ですよ~。流石に私でもそこまではしませんって」
指をピンッと立てながら言う張勲さんだったが、全く信用ならなかった。
「ではそうですねぇ……じゃあ、お嬢様。この人たちに真名を許すと言うのはどうでしょうか?」
「むっ?……おお、それは名案なのじゃ!!」
さすが七乃なのじゃ~、いえいえ、それほどでも~、とお互いを褒めあう主従。
「え、いや、真名ってそんな簡単に許して良いもんじゃ……」
「良いのじゃ良いのじゃ、これからは妾のこと、美羽と呼ぶが良いぞ?」
「いや、だからえんじゅ――」
「だから、美羽と呼べと申しておろうが」
「だからあの――」
「美羽と呼べと言うておるのが分からんのかえ!?」
怒鳴られてしまった。
「お嬢様が言い出したら後には引かないこと、分かってるんじゃありませんか~?あ、あとお嬢様が真名を許すので、私の事も七乃って呼んでくださって構いませんから♪」
ある意味元凶とも言える張勲さんは無責任な発言してるし……全く。
「……じゃあ、よろしく美羽。俺は真名が無いから返す事ができないけど、一刀って名前が真名みたいなもんだから今までどおりそう呼んでくれると助かる」
「よろしくね美羽ちゃん。あ、私は天和って呼んでね」
「私は地和よ。よろしく美羽」
「……私は人和です。よろしくお願いします、美羽様」
「うむうむ、よきにはからうのじゃ。歌で競い合った仲じゃ、今後何かあったら、友として気兼ねなく妾に言うがよいぞ?」
袁術……いや、美羽はそういうと、満面の笑みで微笑んだのだった。
こうして、珍騒動に巻き込まれ、尚且つ太守様と友誼をという結ぶという予想外の展開になりつつも、無事に南陽での公演を済ませる事が出来た俺達であった……
人和 おまけ
「……全く、一時はどうなるかと思ったんですからね」
「だから悪かったって」
ある日の事、俺は人和と街を歩いていた
あの珍騒動の後、俺は三人に対するお礼として、食事を奢らされたり、頼みごとを聞かされたりしていたのだが、人和は事あるごとにその話を持ち出してきていたのだった。
今日だって、別に買出しに出るだけだから、別に俺一人だって良かったのだが……
「一刀さんから目を離すと、またあんな事になりかねませんから」
「……まだ何もいって無いだろう?」
俺の心を読んだ風に離す人和にそう返すと、「顔に書いてありますよ」と嘆息する人和。
「でもさ、心配しなくても、あんな事はもうないって」
なんだか信用されていないみたいで不満に思った俺は反論してみる。
「そうだとしても、私がついて行ってはいけない訳でも無いでしょう?」
それとも……、と人和はなんだかトーンを落とした声で続け、
「私と一緒じゃ、嫌ですか?」
大きな瞳を潤ませてこちらを見てくる……って、えぇ!?
「いや、そんな事は無いぞ!?俺としては寧ろ、人和と一緒に街を歩けるって言うのはなんていうか、役得っていうか……」
「だったら平気ですよね」
「へ?……え、っと」
俺がしどろもどろで返答していると、いきなりシレッとした態度になる人和……あれ?嵌められた?
「なにやってるんですか一刀さん。行きますよ」
そういってさっさと歩いていってしまう人和……その足取りに、先程までの湿っぽい雰囲気は全く感じられない訳で……
「……そういうのは良くないと思うぞ?」
俺がふてくされたように突っ込むと人和は「あら、何の事ですか?」と笑いながら答え、
「私だって女の子ですから。女の子は、魔性なんだそうですよ?」
そう、俺に微笑んだ。
俺はその笑みに何も言えなくなってしまうと、両手を挙げて降参のポーズをとる。
そんな俺を見て満足げに笑う人和と共に、俺は買出しの為、歩を進めるのだった……
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皆様、お久しぶりです 黄巾√第九話です
前回の投稿から一週間近く間が開いてしまい、待ってくださっていた方(いればの話ですがw)には大変申し訳ありませんでした
只今、仕事関係の忙しさ及び、今後の展開やら、書き方についてやら色々迷走しておりまして……今後も遅くなる恐れ及び、ただでさえ低い作品のクオリティが更に下がってしまう恐れがありますが、頑張りますのでこれからも読んで頂けると幸いです
とまあ、言い訳はここまでにして……前回のお話は少々恋姫っぽさが少なかったので、今回はそれを意識してみました
誤字脱字、おかしな表現等御座いましたら報告頂けるとありがたいです