曹操軍は、人間を追いかけ回しているオークたちに出会った。おそらく何進軍だと思われる、統率などされていない50人ほどの集団だ。
すぐさま、華琳の命で春蘭が精鋭を率いてオークたちを蹴散らした。助けた人々の話では、彼らの街が今もなお襲われているらしい。
「春蘭は先行しなさい。連中を倒すことよりも、住人の救助を優先すること。いいわね?」
「はっ! 行くぞ、季衣!」
「はい、春蘭様!」
春蘭と季衣が精鋭部隊を率いて、街に急いだ。それを見送り、華琳は助けた人々を安全な所まで護衛するよう流琉に命じ、春蘭たちの後を追って出発する。
やがてしばらく進むと、視界に立ち上る黒煙が飛び込んで来た。
「秋蘭!」
「はっ! 騎馬隊は私に続け!」
華琳の一声ですべてを察し、秋蘭が騎馬隊を率いて本隊から駆けだした。すぐに華琳も残りの部隊を率いて進む。途中、逃げて来た人々を保護しながら街に到着した時、そこには幾度の戦場を経験してきた華琳ですら眉をひそめたくなるような光景が広がっていた。
「……華琳様」
先に到着していた秋蘭が声を掛け、そばにやって来た。
「ひどい有様ね。まるで癇癪(かんしゃく)を起こした子供が、おもちゃをメチャクチャに壊してしまったみたい……」
「はい……私が来た時はすでに……。姉者は逃げ出した残党を追い掛けて行きました。深追いはせぬよう言いましたが、少し頭に血が昇っている様子でしたので、しばらくは戻らないかと」
「そう。まあ、これでは仕方がないわね」
ただ、弄ばれて切り刻まれただけの死体が、あちこちに転がっている。食べるためでもなく、犯すわけでもなく、意味のない殺戮の繰り返し。子供がおもしろ半分で虫を殺すように、オークたちは街の人々を殺したのだ。
華琳は重い気分で、部下たちに片付けを命ずる。うずくまって嘔吐する者もおり、静けさを取り戻した街は、どこか息苦しかった。
亡くなった人々を埋葬していると、悲しみの声に混じって悲鳴が響いた。再びオークたちが襲ってきたのだ。
「秋蘭、街の人の避難を優先しなさい!」
「しかし……」
「足止めは私がするわ」
有無を言わさず、華琳は大鎌を持ち走り出す。
「はっ! てりぇああーー!」
逃げ惑う人々を襲うオークに向かって、華琳は大鎌を振り下ろした。硬く厚い肉のせいで、致命傷にはならない。そのため、攻撃を避けながら何度も斬りつけなければならなかった。そんな中、華琳は一撃で断ち切ることの出来る手首を狙う。
オークたちはみな、甲冑などを身に纏っていないため、弱点を見つければ後は容易だった。
「殺す必要はない! 手首を切り落とせ! 目玉をえぐれ! 耳をそぎ落とせ! 戦うことさえ出来なければ、オークといえども敵ではない!」
味方を鼓舞するように、華琳は声を張り上げた。その間も、大鎌を振りオークたちを戦闘不能にしてゆく。叫び、自身の血にまみれながら地面を転がるオークたちを、冷たい目で見下ろす。
その時だった。
「華琳様、何か来ます!」
「――!」
秋蘭の声にそちらを見ると、蠢く無数の影が飛び込んで来た。
「何……?」
カタン、カタン……と、何かがぶつかり合うような音がいくつも聞こえる。その音はどうやら、徐々に近付いて来る影の集団から聞こえているようだった。
「人形……? いえ、絡繰り兵ね!」
訓練用の木人兵を思わせる姿に、華琳はそれが報告にあった絡繰り兵だと気付いた。数万体近くの絡繰り兵が整然と並んで、ただ敵を倒すためだけに進む。それは不気味な、死者の行進にも似た光景だった。
「弓兵、前へ!」
秋蘭が指揮を執り、絡繰り兵に向かって無数の弓矢が放たれた。だが予想通り、全身に矢を刺した絡繰り兵は歩みを止めることはない。
すぐさま、剣に切り替えて攻撃が開始された。
「くっ!」
だが、体が木で出来ているため、剣の攻撃もあまり効果はない。華琳や秋蘭のような武将が使う得物ならまだしも、大量生産の安物を持つ一般兵士ではすぐに刃こぼれしてしまう。
「膝を狙いなさい! 動けなければ、ただの人形よ!」
華琳がすぐに叫ぶ。彼女はこれまで、戦いにおいて相手を苦しませずに殺すことこそ最低限の礼儀だと部下に教えて来た。たとえ殺し合いとはいえ、守るべき一線があると華琳は考えている。だが今は、そうした戦い方では勝てないオークや絡繰り兵を相手にしていた。わかってはいるが、気が重い。
しかしだからこそ、自分自身が手本のように実践して見せなければならないのだ。
(橋玄様……)
今は亡き、恩師の言葉を華琳は思い出す。
「民は上に立つ者に潔白を求める。だが上に立つ者は、その身を汚さずにはいられないのだ。清濁併せのむ者こそ、相応しい。よいか、政治は常に潔白であり、戦いの闇を背負い生きる。お前が目指す覇道とは、そういう道なのだ」
その言葉の重さを、華琳は今、痛感していた。何かを守るため、何かを奪わなければならない。きれい事だけでは進まぬのが、世の中なのだ。
(覚悟は出来ている!)
背負った命の重さに、膝を付くつもりはなかった。
「死体を土嚢のように積み上げなさい! 絡繰り兵の足止めをして、少しでも多くの時間を稼ぐのよ!」
絡繰り兵が段差が苦手なのを見抜き、華琳は指示を飛ばす。ためらう者も多いが、華琳は自ら味方の屍を引きずって積み上げた。こちらは寡兵、次々と現れる絡繰り兵をすべて相手にしていては勝ち目はないのだ。
合流した流琉の部隊によって、街の人たちは安全な場所まで避難することができた。足止めの役目も終わり、華琳は早々に撤退命令を出す。
「殿は私が――」
「頼んだわよ、秋蘭」
信頼する彼女にすべてを任せ、華琳は馬に乗って走り出した。頭はすでに、次の戦いのことを考えている。
(先遣隊にしては少ない気がするわ。統率が取れていない様子から考えると、どこかの部隊から離れた可能性が高いわね。いずれにしても、何進軍はもうここまで来て居る。恐らく、本隊も間近に迫っていると考えた方がよさそうね……)
ただ運が良かったのは、絡繰り兵をその目で見ることが出来た事だ。
(伝聞と実際に見て戦うのでは、やはり違う……本隊とぶつかる前に一戦を交えることが出来たのは、不幸中の幸いかも知れない)
華琳は、早ければ後、数日ほどで何進軍の本隊と遭遇するだろうと考えていた。地形や距離、これまでの経験から考えれば、その予想に間違いはないはずだった。しかし、華琳の予想は残念ながら外れていた。なぜなら、すでに何進軍はすぐそばに居たのだ。
「見ツケタゾ、曹操!」
2頭の馬に引かれた一人乗りの馬車から、何進は丘の下を進む隊列を見て笑う。彼らは三日三晩、寝ることも食事を取ることもなく、ただ走り続けていたのだ。オークと絡繰り兵だからこそ出来た荒技であり、さすがの華琳もそこまで予想することは出来なかった。
「曹操! オ前ノ喉元ニ喰ライツイテヤル!」
何進は後ろを振り返る。餓えと不眠で、血走った目をギラギラと獣のように光らせたオークたちが、大地を埋め尽くすほど連なっていた。
「獲物ダ! 人間ドモヲ食イ尽クセ! 餓エヲ満タシ、渇キヲ癒セ!」
「ウオオオオォォォォーーーーーー!!!!」
「突撃ーーーーー!」
地鳴りと共に、何進軍が丘を駆け下りる。飢えた獣の群れが、ようやく安堵して撤退を始めている曹操軍へ突撃した。
Tweet |
|
|
37
|
0
|
追加するフォルダを選択
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
曹操軍VS何進軍。今回は少し残酷な描写がありますので、ご注意ください。
楽しんでもらえれば、幸いです。