はじめに
この作品はオリジナルキャラが主役の恋姫もどきな作品です
原作重視、歴史改変反対な方
ご注意ください
「何故これが…ここに」
彼女はそれを見上げ息を呑んだ
それが何であるかを知る故に此処にあるはずが無いと
先の戦の折、解体させられた彼女の軍においてもコレを知る者は少ない
将軍であった霞を始め恋や華雄にすらコレの存在は秘匿されていた
董卓軍において「コレ」は最高機密のはずだった
それが…何故?
「前の戦の直後、田豊殿の命により密かに試作三号機を此処翼州に解体して運んでおりました」
許攸の言葉にも信じられないと彼を見る
「発見したのは偶然と田豊殿は言っておられましたが、同時に天命でもある…今はそう思えてやみません」
視線の先の彼は屈託の無い笑みを浮かべポンポンとそれを叩く
黄巾の乱において将の駒が足りず、得意の騎馬隊を使えなかった事から露呈した董卓軍の弱点
対攻城戦で勝負手がない
それこそが元来野戦を得意とし、それに特化していた董卓軍の言わば泣き所
これを踏まえて軍師である彼女の親友が打ち出した考えは城門突破を図る大型兵器の開発の着手
主戦力である騎馬隊を損なわず突進と一点突破に長けた機動兵器
恰も羽を広げた蝶のようなその姿から蘭の花にその名を因み「胡蝶蘭」と名づけられていた
「これを用いてこの街より突破を図ります」
呆気にとられていた月だったが彼の言葉に我に戻り
周りを囲う兵達へと振り向く
見れば彼等が纏う鎧は何れも見たことがある
かつて彼女に忠誠を近い
どんな場面においても彼女が見放す事を良しとしなかった者達
「董卓軍騎兵隊…此処に出揃いました!」
片膝を付き、臣下の礼をとる兵達の姿に息を呑む
…私は
「私は…既に太守でもなければ、貴方達の主たる資格も持ちえてはいません」
彼女の言葉に兵達は皆下を向き目を閉じていた
彼女が何を言おうと、その一言一句聞き逃すまいと
そして暫くの沈黙
「今一度…私に力を貸していただけますか」
彼女の問いに一斉に兵達が立ち上がった
「「「御意」」」
何故いまになってこんなことを思い出しているんだろう
「上出来だ…よくやった」
手が震えている
弓を引いた感触がまだ残っているのに
人を殺した感触がない
それでも手の震えが治まらなくて
自分の手を噛んで震えを止めようとしていた
俺が殺したのは賊だ
俺は間違っちゃいない
口の中に広がる鉄の味に震えは治まるどころかますます酷くなった
初めての実戦
初めての戦場
初めての『人殺し』
何で俺はこんな処にいる?
何で俺はこんな事をしている?
ついこの間まで無縁だったこんな場所
徴兵の話が来たときだって実感が沸かなかったってのに
この討伐戦が始まる直前ですらこんな震えることはなかったってのに
この戦そのものだって
圧倒して終わりじゃねえか
だというのに
掃討が終わった途端に噴き出る冷や汗と震えが止まらなかった
(怖い俺は生きている大丈夫だ戦は終わった怖い怪我もない俺は生き延びたんだ俺は生きている怖い俺は人を殺したんだ怖い怖い怖い怖い…)
と、ポンと頭に誰かの手が乗せられて
俺はその手の主を見上げた
見上げた視線の先には
先日に将軍職についたばかりの
「張郃…将軍」
「無傷で戦を終えたというのに、貴様変わった奴だな」
怪訝な表情を浮かべる将軍と顔を合わせられず俺はまた下を向いた
一瞬で目が覚めた
目の前の存在に
『初陣』でありながら『将軍』という肩書を持ってこの場に立つ存在に
俺はあんたとは違う
「痛え…痛えよう」
「…うるせえんだよ」
初陣から数年が経っていた
あれからいくつかの戦に出て
何人もの人を殺した
背中に背負ったコイツは今日が初陣で
自分は徴兵できたのではなく志願したのだと
腕っ節には自信があると
周囲に言い回っていた
「それがこの様か?おっ?」
肩から流れ落ちてくるのは俺の血じゃない
この新米からだ
「もうすぐ自陣につく…だから少し黙れ」
いざ始まってみりゃこれだ
何の役にもたちゃしねえ
「母ちゃん…母ちゃん」
「…うるせえってんだよ」
その夜に振る舞われた酒の不味いこと
あのバカの所為だ
となりで騒ぐ同僚の声と
遠くで鳴く鈴虫の声が
やけに耳障りだった
そういや徴兵の前日に釣りに行ったんだよな弟と妹つれて
もう収穫の時期なんだよな
ああ、早く終わらないかな
帰りたいな
徴兵されてもう何年経つんだよ
おかしいだろう
こんなに人を殺したのに
まだ太平が来ないなんて
「あんたを殺せば俺は元の生活に戻れる!」
右に左に
「あんたを殺せば俺の兵役は解かれる!」
上から下から
「戦なんざ!人殺しなんざ!!」
突き出される切先を
「やりたい奴がやってりゃいいんだ!」
振り下ろされる切先を全て紙一重に避わす
それでいて
(なんであんたは!?)
目の前の
かつて自身が将軍と呼んでいた男は
(泣きそうな面してやがんだ!?)
ああそうか
そうだった
あんたも…平民出だったんだっけ
比呂を取り囲む兵達は息を呑んで彼を見つめていた
足元には無数の残骸
かつて彼と共に戦場を駆け、生死を共にした者
既に動くことなく物言わぬ躯と化した物
その中に比呂は立ち尽くしていた
体中に無数の傷を作り
肩で息をし
雨に濡れた髪を背中に貼りつかせて
虚ろな目で此方を見据えている
既に満身創痍なのは目に見えて明らかであるにも拘らず
彼等はそれ以上近づく事も出来ず
彼を取り囲んだまま動けずにいた
と
「庶人の噂なんて所詮尾鰭の付いた物だと思ってたけど」
女の声と共に目の前の兵達は二つに分かれた
その真ん中を通ってくるのは見知らぬ女
「実物を見ればこれだわ…存外馬鹿にした物じゃないわね」
雨音に交じりコツコツと彼女のヒールの音が響き
比呂の目の前でそれが止んだ
「噂?」
「張将軍の前では女は皆自分の顔を隠す…自身が比べられるのを嫌がってね」
妖絶という言葉はこんな女性のためにあるのだろう
藍色のチャイナドレスから惜しげもなく晒された脚
張り付いた服の下から押し上げんとする肢体
だが触れれば指先を切り裂かれそうな雰囲気を纏い
それでいて無防備に比呂の前へと進み出た彼女~聖は
赤い紅をを差した唇を指に押し当て
「貴方を前にしたら世の女は皆嫉妬するわ…男の癖に女より美人だなんて」
その紅の付いた指を比呂の唇へと押し当てた
「…女の嫉妬ほど怖いものはないな」
「喋らなければ完璧」
腰に手をあてやれやれと嘆息する聖
比呂と背格好に差はあれど
傍から見れば美女二人が並び立っているようだ
「それにしても大した者ね、張郃軍は袁家精鋭と聞いていたのに」
「今思えば最初に教えるべきだった…相手を間違えるなと」
足元の水溜りが赤く染まっていくに気づき
彼女が辺りを見渡す
物言わぬ屍となった彼の元部下達
「それをわかってて殺したのでしょう?」
「そう仕向けたのは貴様等だろう?」
にんまりと微笑む聖と冷たい比呂の視線が再び交差する
「袁家将軍として認めるわけにはいかん」
その理由がなんであっても
「董卓はどうしたのよ?一緒に来たんでしょ」
「…もう十分だろう、彼女は既に太守の座から降りている」
聖の言葉に『彼女が此処に来た理由』を察知し首を振る
「冗談じゃないわ」
途端、聖の顔が歪み唾を吐き捨てた
「私の家は代々朝廷に仕える官僚の家柄だったわ、董卓に没されるまではね」
彼女を見れば誰とて彼女が名家の令嬢だと思うだろう
「蝶よ花よと育てられた私が一般階級まで落とされた上に都を追い出された気持ちがわかる?」
董卓が洛陽に来て数日後に彼女に突きつけられた太守の命
「先代もその先代も甘い蜜だけを啜って生きてきたのに…どうして私の代に限ってこんな落とされ方をしなきゃならなかったの?」
それまでの生活がまるで夢であったかのように終わりを告げ
そのあとに続いたのは彼女のそれまでとは無縁で知り由もなかった生活
憤怒の形相に比呂から出てきたのは嘆息と憐み
詠が月からこの女を遠ざけたのも容易に理解できる
それでも命まで取らなかったのは彼女等故の優しさ基…甘さか
「利権に群がる蠅の分際が蝶気取りか…哀れだな」
フンと鼻を鳴らす比呂の首元に聖の爪が突き立てられた
「あの娘の居場所を吐きなさい!…あんたが匿っているのは解っているのよ」
(ああ、この女もそうだ)
喉元に突き付けられた爪先から血が滲むのにも構わず
比呂は笑ってみせた
「…気でも触れたかしら?」
眉を吊り上げる聖に
「いや…」
尚も不敵に笑い続ける比呂
「月は俺よりも遥かに強い…そのことに気付かぬ貴様が可笑しくてな」
(匿う…馬鹿な)
その時
雨音に交じり
地響きが辺りに木霊し
比呂を取り囲んでいた兵達がざわめく
そして
「おい!あれ!?」
一人の兵が通りの先を指さす
その先には
「な!?なんだあれ!?」
「家が動いている!?」
否!
それは家屋にあらず
「鋼鉄の…馬車?」
「さすがにこれは予想だにしてなかったがな」
地鳴りを上げて近づいてくるソレに聖が息を呑み
その横で比呂はポリポリと頬を掻いていた
「胡蝶蘭…突貫します!!」
四頭の馬に惹かれる鋼鉄の超巨大な馬車
その手綱を引く月の声が
地鳴りを押し分けるように通りに響いた
あとがき
ここまでお読みいただき有難うございます
ねこじゃらしです
というわけで月がデンド〇ビウムに搭乗して再登場!
ああ…やっちまったよ俺
ヒロインの座どころか主役の座まで持っててしまいそうだw
…まあいいか
どうせ風雲だし
それでは次回の講釈で
Tweet |
|
|
30
|
5
|
追加するフォルダを選択
第48話です