No.174658

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol09

黒帽子さん

ゴビ砂漠の連中はやりすぎた。ルインデスティニーのシアトル行きを偶然目にした子供から秘密基地の所在が露呈する。統合国家の戦力に取り囲まれたクロは――
40~44話掲載。

2010-09-25 22:00:26 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1126   閲覧ユーザー数:1102

SEED Spiritual PHASE-40 抵抗など考えるな

 

 呼び寄せた〝ルインデスティニー〟のコクピットの中でクロは思わず呻いていた。

「やっぱりコーディネイターってのはバケモノかもな」

〈…………どうだったの?〉

「殺した、と思う。多少の減衰はあっても――」

〈そ、そう……〉

 そう言えば彼女はここの代表と面識があったのだったか? ルナマリアの覇気のない声にクロは彼女の胸中を量りかねた。カガリ・ユラに好意を抱いていながらこの反応なら心の制御に長けていると賞賛すべきだが、嫌っているとしたらどうなのか。

「そんなことより、さっきの通信は何だ? あんなもんが来たから今回のミッション中途半端になっちまったじゃねえか」

〈あぁ! 詳しく話せなかったけど、急いで。どうやらゴビ砂漠、バレたみたいなの!〉

「……なんだと」

 一瞬止まった指先が冷たく痺れるのを感じる。先ほどのヴィーノの混乱ぶりを見ていながらそれに思い至れない自分に苛立つ。不安定がキーボード操作を何度かしくじらせ無駄にデリートキーを叩く時間を費やした。

〈わたしはここを適当に混乱させて戻るけど、あんたの方が絶対早く着くし、どれだけいても潰せるでしょ!〉

「了解」

 ロックをすべて解除し、操作の6割以上を取り返したクロは〝ルインデスティニー〟にミラージュコロイドをまとわせる。

「お前も、気づかれないように帰れよ。あいつらはオレらを『頼りになる味方』って認識なんだから」

 一つ頷いて通信を切ったルナマリアは再び〝ストライクノワール〟を戦禍の中へと放り込む。

 オーブ領海を越えたクロは、ミラージュコロイドはそのままにスラスターに火を入れる。基地がバレてしまった以上隠密を優先する意味がない。

「ティニが出ねぇってのが……大丈夫か?」

 〝ルインデスティニー〟が爆発的な加速音をあとに残して行き過ぎた。

 

 

 遊牧民の少年がそれを見たのはもう一月以上も前のことだった。ブレイク・ザ・ワールドの影響で物資供給路は寸断されたが故の、数世紀前の生活にも慣れ、食べ終えた獣の骨を包(パオ)から離れた場所へ捨てに行くことにさえ何も思わなくなって久しい日常が大きく揺さぶられたのがその日。

 巨大な巨大な〝ユニウスセブン〟コロニーの破片が南の砂漠に突き立っていることは知っていた。一日前にはなかったものが次の日には空高く屹立している様は子供の心を昂揚させたものだが、一年過ぎてしまえば見慣れた風景になり下がる。そんな扱いに腹を立てたか、その日いきなり破片が『噴火』した。

「は!?」

 がらがらと音を立てて落ちた骨片に足を打たれてもそれを痛みと認識できないほど彼は呆然としていた。今見たものを思い返せばコロニー破片の脇に馬鹿デカイ蟻地獄の巣ができたかと思うといきなり噴火。流されるように視線を空へと流したが、雲のない空。もうなにも見受けられない。

「お、おかーさーーん!」

 集落に戻ってありのままを家族も含めたみんなに話したが誰に言っても一笑に付されて終わりだった。

 

 ――故に、血眼になって探していた統合国家にこの情報が届いたのはようやく今になってからだった。

「モビルスーツ、数……げ、三桁はいかねーだろうな?」

 パニックに陥りそうになる自分を叱咤するも応えてくれる人はいなかった。そうだろう。皆いっぱいいっぱいだ。ヴィーノは次々に送られてくる情報をあるいは覚えこみ、あるいは必要個所に転送しながら一度だけモビルスーツ拘束枠に目をやったが、どれだけ目を凝らしても半壊した〝インパルス〟しか見られない。そしてどこを見渡しても技術者ばかりでモビルスーツのパイロットは見受けられない。

「防衛のためにルナマリアを残しとくべきだったんじゃねーのか?」

 悔いてもなにも出てこない。ティニの元からヨウランが戻ってきたが表情は予想通り暗い。

「駄目だ。二人ともオーブでの戦闘に入ったあとだ。ティニはミッション終了まで伝えず持ち堪えろ、とよ」

「そんな……持ち堪えるって……ここにはモビルスーツの一機もないのよ?」

 ディアナが激鉄をスライドさせた。

「まぁ、できる範囲で時間稼ぎ。プラス思考しないとすぐ死ぬよ。私達はそれだけのことしてるんだから」

 注目されて居心地が悪かったか、彼女は皆から目をそらして銃口を壁に向けた。

 一様に緊張を隠せずにいる子供達を遠巻きに見ながらノストラビッチは画面へとカタカタ指で語りかける。画面の奥、部屋の奥のティニへと。『奴らに外のことを伝えんでいいのか?』

 その回答はヘッドセットに返ってくる。

〈なにか好転すると思いますか? それを伝えて〉

 今、ゴビ砂漠に落ちた〝ユニウスセブン〟の破片は大部隊と知って差し支えのないモビルスーツの群れに取り囲まれている。大部隊は先ほどから執拗に武装解除と投降を呼びかけている。ヨウラン、ディアナ、ヴィーノ、フレデリカはその事実を知らない。ティニからは、ただ何者かに攻め込まれたという情報しか与えられていないからだ。ノストラビッチは密かに彼らに視線を投げ、暗澹たる面持ちを抱えた。

〈この場の戦力ではどう足掻いてもどうしようもありません。しかしクロが戻ってくれば、どうとでもなります〉

『そのクロにオーブ侵攻を優先させたのはどういうわけじゃ?』

〈必要だからですよ。これで結果を出さずに撤退すれば、オーブも防衛を固めますし、踊ってくれてる〝ターミナル〟に不信感を与えて次からもう邪魔モノになるようでは問題です〉

『次がなくなる可能性を、お前は考えんのか?』

〈クロは間に合います。誰一人殺されることはありません〉

 その自信はどこから来るのか。ノストラビッチは自分だけが砂漠を囲む敵軍を見せられているような気がして聞き咎められるほどの溜息をついてしまった。

「お? 博士、ティニはなんて?」

「お……あぁ、外と交渉中だから話しかけるなとなぁ。全く勝手に生きとるのぅ」

 間に合う――のか? ここの全てが灰になった後で〝ルインデスティニー〟が舞い降りても何の意味もない。苦い唾液を飲み込んだノストラビッチの耳に小さな電子音が届いた。

「ティニ? どうした!」

 ティニが強制的にかけていた情報規制が取り払われ、いくつかのディスプレイが生き返る。そこでは軍用スーツで頭頂から爪先まで人間らしさを隠した人間達がレーザートーチを手に隔壁の解体作業を行う様が見て取れた。

「こっ!」

「おいおいおいおい警告もなしにいきなりかよ……!」

 警告はあったのだがこちらのシステム管理者がシャットアウトしただけだ。いきなりモビルスーツの火力にものを言わせなかっただけ穏便だとさえ言える。

「いや、奴らはここのデータと、ティニを狙っておるのかもしれんな」

「え?」

「最強のモビルスーツと、木星返りの謎の生命体。わしらが世界に及ぼした結果を鑑みれば、価値を見いだすのも致し方ないのではないか?」

 言っている間にも隔壁が次々と破られ皆が扉に張り付いていく。ここの出入り口は通用口と非常口の2カ所だけだがこの人員ではその2カ所を固めることすらできそうにない。

 ヴィーノとフレデリカが扉に張り付き、ディアナが別れて走り出すのを見たヨウランはその後を追っていく。だが敵の侵略は思いの外迅速だった。いや、統制された軍隊と烏合の衆の集まりの差と見るべきか。グレネードランチャーあたりをぶち込まれた最後の扉は脆くも砕け散り、煙幕に紛れて無数の武装兵がなだれ込んでくる。タクティカルベストとアサルトライフルで武装した顔のない兵士達は機銃を構えた作業員を瞬く間に取り囲んだ。フレデリカなどは怯えて銃を取り落としている。ヨウランとディアナも呻きつつ群れへ銃口を向けるも、時を同じくして背後の扉が破られる。ヨウランは何とかそちらに銃口を突き付けたが、一つに対して十も返されればなすすべがない。

(どうしたもんかのぅ……)

 ノストラビッチも諸手を挙げながら渋面を作り思案する。雪崩れ込んできた兵士の群れは周囲に銃口を向けながら〝インパルス〟を取り囲んでいくが、あちらはどうでもいい。

「ノストラビッチ博士。抵抗――」

「――せんよ。データ見るのも勝手にせい。わしのプロテクト破れたらな~」

 表情判断できない相手に嫌味を言ってもあまり面白くはなかった。

「教えてやらないよ! くそっ!」

「テロリストが……嘗めたこと抜かすなっ!」

「あぁ! こっちですっ! 酷いことしないでください……」

 フレデリカが指差した先から推測するに、ティニのことを聞かれたヴィーノが拒んで、殴られたと言ったところか。ティニに義理人情を感じていたなら大したものだし、自分の矜持だけで殺意を持った相手に逆らえたのなら尚更大したものだ。拘束されるヨウランも頑なに銃を放さない。思いの外絆の強い組織だとノストラビッチは密かに微笑みを漏らした。

 

 

 捕虜扱いなら寝続けるだけなのだが、騒音がそれも許してくれない。

「……なんなんだよ…」

 シンは宛がわれていたパイプの寝台から背を浮かせた。半眼で髪の毛の隙間に爪を差し込むも唐突に閃いた危機感がその指先を固めた。

 敵意。

 軍人精神が空気に混じったそれに反応し、咄嗟に姿勢を低くさせる。耳を澄ませば遠くから無数の足音と金属音が聞こえてくる。部屋の中を見回すが、何もない。連れてこられただけのこの場の武器庫など知るはずもない。気配を脳裏で視覚化し、彼我の距離を想像しながら部屋から抜け出る。

 異様な静けさは呼吸すら憚られる。壁に体をすり寄せながら曲がり角まで進んでいけば、迷彩服にタクティカルベストを纏った人型が駆けていくのが見える。彼らの所属を示す印にシンは思わず声を上げていた。

「オーブ!? なんで!?」

 曲がり角に身を隠すものの、分散していく奴らの一部が近づいてくる足音が聞こえた。

(くそっ…! なんであの国は、おれに、こんなっ!)

 進む断続的な足音、

 それに突き付けられる弾ける足音っ!

 虚をつかれた兵士の首には既に腕が巻き付いている。シンはこちらに銃口を向けた敵が仲間の目に驚愕している間にホルスターに収まったままの銃口を驚愕に囚われた体に突き付け、ゼロ距離から心臓を撃ち抜いた。

 ベストのポーチから引き抜かれた銃が彼の手の中に収まっている。が、撃つと同時に手放される銃。次いで収まるナイフが被拘束者の首筋へと吸い込まれた。

「こいつら……なんでっ!」

 一発の銃声と一人の呻き声が響いたが、気づかれた様子はない。だが無線から聞こえる「どうした?」が危険を知らせてきた。シンは胸中に吹き出しきれない怒りを溜め込みながらもその装備をチェックして奪い取っていく。アサルトライフルの弾倉を確認し、

「大丈夫かよみんなは!」

 格納庫(ハンガー)へと走り進んだ。しかし思った以上の兵数に壁に隠れるしかなかった。盗み見る視線の先では銃を突きつけられ動けずにいるヨウランとヴィーノ。

 口論する彼が、殴られた。

 その瞬間、シンから自制心は消えた。殴打を放った男が脳髄を貫通されて倒れ伏す。

「なんだっ!?」

「隊長! 隊長! 襲撃を受けています。敵位置は不明」

 沸き立つその場に紛れるシンは手近なものから暗殺していく。彼に背後をとられては、首筋に刃物を埋め込まれて死んでいく。しかしいつまでも闇に紛れてはいられなかった。

「こっちだ!」

「き、貴様動くな!」

 号令とともにシンに向かって無数の銃口が突きつけられる。瞬時に投げた視線の端ではより厳重に拘束され、銃で黙らされる5人の姿があった。

「動くな!」

「銃を捨てろ!」

「――なんで……」

 指示にも従わず項垂れるシン。その肩の震えを眼にしたヨウランとヴィーノは戦慄を覚えた。

「貴様、シン・アスカか? おい銃を捨てろ!」

「見えるように両手を挙げるんだっ!」

 怒りに染まる深紅の瞳。二人は躊躇わず軍人と銃口を払いのけそれぞれの女を押し倒した。

「なんでアンタ達はぁぁあああぁあっ!」

 目を剥く軍人の渦中でシンはフルオートにしたアサルトライフルを乱射した。

「お、お前達はあちらを押さえろ!」

「しかし……いえ、了解!」

 一抹以上の不安を覚えながらも〝エヴィデンズ〟の確保を優先する。ちらりと振り返るその間も自軍は一人のコーディネイターを捕らえられずにいる。アスラン・ザラの白兵戦も神業だと舌を巻いたが、シン・アスカの戦闘力はそれに迫るものがあった。聞くところによれば彼も戦闘技術トップクラスで卒業したはず。怖ろしさが胸中ににじり寄った。

「おいお前ら」

 両手は挙げたまま、にやりとするノストラビッチに兵士達は弾かれ、それでも恐怖は見せず怪訝な視線を投げかけた。奇異を歓喜と受け止めながら博士は先程フレデリカの示した道筋を指差す。

「完全武装でも気をつけていけよ。あいつは銃で脅したくらいじゃぁ従わんよ」

 何かを思い出したか、彼らは総じて一歩後ずさった。それでも任務放棄するわけにはいかず、数人が固まって奥へと駆けていく。

「お前達は完全に包囲されている。抵抗など考えるな」

 暴力に笑顔を返されたことが、無性に腹立たしかった。

 

SEED Spiritual PHASE-41 ヤなもんだな

 

 白い通路に無数のエナジーライン。広いダクト裏を通っているような気分にさせる通路は思いの外長い。喧噪を置き去りにして銃を構えて駆けていけば徐々に静寂が支配していく。

 その静寂が、なにやら怖い。

 曲がり角にさしかかる度フィンガーサインだけで意志を伝え、足音も殺しての進行はやがて扉に阻まれた。息を殺す皆。再度ブロックサインで意志を伝え、ロックパネルに齧り付くも数分を費やしてさえ無駄に終わったためレーザートーチの準備にかかる。灼熱する棒状物体がゆっくりと隔壁に差し込まれ、更にゆっくりと四角い空洞を作り上げていく。重々しい音を立てて内側に崩れた鉄扉を跨ぎ、その中心へと一斉に銃口を突きつけた。

「ご苦労様です。現状大好き兵士さん」

 それは祭壇のようだった。見上げるほどの小高い台座に数え切れないほどのコードが収束している。それすら神像への道筋のように映り、殺人武器を手にした人の群れでありながら怖じ気づく。数歩、踏み出し歩み寄る。

「これで世界は平和になる。俺たちは英雄になるとお考えでしょうか」

 祭壇の上に座すのは神官か、それとも神か――。近づくことに増すプレッシャーはその姿がコードを繋がれた少女にすぎないと認識した今でも消えない。構え直した銃器達が金属音で応えて行った。

「質問です。私を殺すか捕らえるかしたあと、各地の〝ターミナル〟対処法を答えてください」

 目を合わせられた一人が短い悲鳴を上げて思わず引き金に力を込めてしまった。

 吹き上がる皮膜の翼。

 三点バースト。

 背より伸び上がった悪魔のかいなが眼前に翳され銃弾をくわえ込む。その皮膜に5.56㎜弾が食い込むも、損傷らしい損傷を見せず、吹き払われ、遠くで軽い音がした。

『ぐ!!』

 恐怖か矜持か、両方か。一斉射撃が少女を肉片に変えんと絶叫した。永劫に続くかと思われる銃弾の狂想曲に遠くで聞いたヨウラン達も息を飲む。ヴィーノが拘束を振り解こうと足掻き、殴られる。ヨウランが銃器を振り回したが銃口を突きつけられ黙らされ、やはり殴られる。その間もシンはまるで翼でも持つかのように飛び回り、殺していく。殺していく。殺していく。

「シン!」

 そんな彼も、肩口に銃弾を受け、呻いて床面を転がっていく。

 そしてこちらの銃嵐が止んだ。

 弾が切れる。再装填――

「暴力より、言論を優先しましょうよ」

 振り払われた翼に続いて驟雨を思わせる断続的金属音。マガジンを手にした兵士達は反射動作で行えるはずのその腕を止めていた。

「ねぇ? 平和の国の兵士達」

 続く轟音は、声と悲鳴と動作を止め、天井をも突き破る。悪魔の背後に巨人が降臨。戦闘員達が呻き思考を混乱させる中、翼を持つ少女は彼らを一顧だにせず振り返った。

「お帰りなさいクロ」

〈生きてるか!?〉

 気遣う〝ルインデスティニー〟がティニを乗り越えビームサーベルをゆっくりと兵士達に翳す。高熱が悲鳴ごと人間数人を跡形もなく蒸発させる中、クロはハッチを開いてティニを招き寄せた。彼女は翼を折りたたみながら厳かに頭輪に繋がった無数のコードをはずすと重力を感じさせない動きでコクピットへと流れ込んできた。

 その間にも今空けた穴、引いてはこちらの背目がけてレールキャノンが降り注いでいるが、犬歯を見せるクロはまるで気を払っていなかった。

「クロ。この施設は放棄します」

「いいのかよ?」

「いいのです」

「わかった。あ、あぁ、博士達は? オレは拾っていくぞ」

「お願いします。でも、ここにあと6人も入れますか?」

「逃げるだけなら詰め込みゃいいだろ」

 放棄と聞かされたからには遠慮はいらない。クロは〝ルインデスティニー〟を立ち上がらせると機体で天井を削りながら格納庫へと突き進んだ。

「皆さんご無事ですか? 私は無事ですが」

〈クロ!? お、おま――アブねーよっ!〉

 ヨウランの声をスピーカーが拾い、その間にクロは両手を挙げる博士を確認。拘束者達は視線を泳がせた。銃を突きつけている彼らを人質として利用できるか? 外の軍勢は何をしている? まさか全部やられた? 混乱する心目がけてクロは人の身の丈を遙かに超過したビームライフルを突きつけた。あるいは蜘蛛の子を散らし、あるいはこちらに小さな銃口を突きつけながら6人が解放される。仲間が全員手の届く圏内に辿り着いたところでクロは二つの出入り口にビームを叩き込んだ。

 一瞬の熱線が目を剥いた敵兵を巻き込み炸裂する。

〈おぉいっ!? そ、そこまでやるかっ?〉

「ハッチ開けた時に撃たれたらヤだろうが」

 AIに周囲の走査をさせたが潜んでいるスナイパーなどの反応は返らない。クロは機体をかがませると6人を抱え込み、ハッチを開いた。

 ノストラビッチ、フレデリカ、ディアナ……くらいで手狭になる。

「ティニ、もっとよれ。羽仕舞えよ!」

「元々後ろには一人張り付くスペースくらいしかないんですから」

「みんな立てば乗れる」

「おれは外でいい」

「馬鹿言うな! ほら」

 肩を押さえたシンが二人の友人に付き添われて乗ってくる。クロはその横顔を盗み見たがまさか目を合わせられるとは思わなかった。もし、シンが無傷であったなら、自分を押しのけてこのシートに着いていたかもしれない。

 ヨウラン、ヴィーノがシートを挟むように乗り込んだが、サイドモニタに干渉する位置が気に入らない。それでも、振り返れば我慢するしかない。

「いいか。外にはすげぇ数の〝バクゥ〟とかいた。絶対戦闘になる。急加速は控えるつもりだが……せめてルナマリアが来るまで転けたりするなよ」

「無理言わないで――ちょとぉおおっ!」

 皆まで言わせず真上に一射。長距離砲を展開しながら上昇する。視界が開けたとき、真っ先に飛び込んできたのは砂漠ではなく地を這う青い機体群だった。

 TFA/A‐802〝バクゥ〟。

 〝ザクウォーリア〟と〝ウィンダム〟を比べれば、大抵の国が前者を採用しているようにモビルスーツの質についてはやはりザフト製のものに軍配が上がる。その中でもより際だっているのはこの機体ではなかろうか。

 後継機として〝ラゴゥ〟、〝バクゥハウンド〟が生まれてもその基本フレームに変更が全くないところなど、その基本設計の素晴らしさが伝わってくる。

 背部ハードポイントにレールキャノンの備えた〝バクゥ〟が、この機体にしてはゆっくりと上昇した〝ルインデスティニー〟目がけて一斉放火を開始した。クロはレバーの前にAIスイッチに手を伸ばし、回避を抑制する。AIが非難の声を上げてくるが、急制動かけてヴィーノあたりがスラスターレバーにでも倒れ込もうものなら目も当てられない状況になりかねない。次々と装甲に着弾する超音速の鉄塊にアラートとサインが真っ赤に染まり女共が悲鳴を上げる。クロはそれらを無視して、〝ゾァイスター〟の照準をリング状〝バクゥ〟の一点に定めるなり高濃度のエネルギーを砲身に流し込んだ。

 一閃に吹き散らされる数機の〝バクゥ〟。〝ルインデスティニー〟はそれだけに飽きたらず極太の赤光を照射し続ける。こちらの意図に気づいた何機かがクローラーを引っ張り出すがこちらの旋回の方が速かった。

 押し流されるようにぶち込まれる高エネルギービーム砲が砂上の戦場に円を描く。爆発するもの熔かされるもの様々なれどその全てが沈黙していく。残るのはさらけた砂漠に刻まれる飴状に爛れた歪な円のみ。

 空戦用の機体が統制を失う中、クロはその渦中へとさらにエネルギーの奔流を叩き込んだ。

〈みんな! 大丈夫っ!?〉

「ルナマリアか。ちょっと手が離せねぇ!」

 叫ぶ内、いつの間にか右端がヴィーノからティニに入れ替わっていた。ティニは念だけで通信機のスイッチを入れるとルナマリアとの通信を肩代わりし始める。

「ルナさん、取り敢えず〝ユニウスセブン〟の破片の近くに〝ノワール〟つけてください。私達はクロの邪魔です」

〈え? どーゆう意味?〉

「映像も送れないこの状況での通信は苦痛です。まず従って下さい」

〈わ、わかったわ〉

 やがてナビゲーションにサインが点り、砂の隙間から〝ストライクノワール〟が飛び上がる。ルナマリアを発見した敵機が照準をそちらに向ける中、クロはその間隙に赤光を撃ち込み続け、〝ストライクノワール〟の接近を追うように降下していった。

「二人ともハッチを開けて下さい」

「何考えてんだティニ?」

 疑問に思いながらもモビルスーツ二つをコロニーの破片に隠し、向かい合わせてハッチを開ける。

「〝ノワール〟に移してもらいます。私は次の拠点を探しますからクロはここの痕跡を完全に消し去って下さい。目撃者も含めて完全に、お願いします」

 わざわざ振り返って念を押してきたティニの眼からその意図を悟ったクロはまずエネルギーメータに目をやった。

 二人入れば手狭なコクピットから三倍近い容量が流れていくのはクロにとっても鬱陶しかったがそれに苦言を呈する余裕など周囲の状況が与えてくれない。

「わしは、残ろうかの」

「博士?」

「そっちにパイロット除いて5人は入り切れん。仕方なかろう」

 特に反対意見も出ないまま若輩達がルナマリア機に収容された。ハッチを閉める。途端に静かになったコクピット内に老人の溜息が響いた。

「博士……シアトルより激しく動いて、脳が耳から出ますよ?」

「どんなもんの耐G性能かはわかっとる。わしが解析したんだからな」

 覚悟を見て取ったクロはルナマリアに通信を送る。モビルスーツの中から複数の視線に覗き込まれるのはなんだか落ち着かないがその全てが自分を心配してくれていると思えば悪い気はしない。クロは小さな微笑を隠しきれずにいた。

〈しつこいようですがここは完全に破壊してください。ついでに、いつも言ってることですが鹵獲されることも撃墜されることもどちらもタブーです〉

「わぁってるようるせーな。そっちこそステルス重視で行けよ。そんな状態じゃ戦闘なんか無理だろ」

「待てルナマリア。エネルギー足らんだろう」

 背を向けようとした〝ストライクノワール〟を制した博士はクロを押しのけカバーを掛けられていたパネルを操作、事細かに指示しながら〝ルインデスティニー〟と〝ストライクノワール〟を正対させる。

「何ですか博士? 包囲狭まって――」

「〝デュートリオンビーム〟じゃ。流出データのもらいもんなんでな。至近距離でないと役に立たん」

「こ、こんなものどこに流れてるんですか!?」

 目を丸くするルナマリアの視線の先で瞬く間にバッテリーの充電が完了した。〝セカンドステージシリーズ〟とその専用運用艦であった〝ミネルバ〟にのみ許されたC.E.73当時の最新鋭独占技術。そこに所属していた彼らにとってはこれらの専売特許は誇りですらあった。状況はまるで変わった現状とはいえそれらの誇りが当時を知らないもの達の手に渡っているのは……何とも言えない思いが蟠る。

「よし飛んでけ。後はオレが任された」

「あ……うん。気をつけて」

 それでも今は蟠りにこだわる時間は与えられていない。こうしている間にも敵機を示す赤い円は狭まっている。ルナマリアはクロに何か声をかけようと思ったのだが、思いは一向に言葉にならず、語った視線を受け取ってくれたかは判断できず、眼前をクロの放った結果の花火が咲き誇る。包囲網が綻びを見せたとあってはスロットルを全開にするしかなかった。

「……あ」

 ルナマリアとは別のモニタを見つめていたヴィーノが身につまされるような声を漏らした。そこから強引に視線をもぎ離しても、声に力はないままだった。

「だ、大丈夫かな…クロ。っつーかむしろ博士……」

「一度、経験してる。博士はそう簡単には死なないと思う」

「ヨウランさんちょっと場所変わってください。ルナさん、通信系統全部借りますよ」

 許可も取らずに通信装置の解体を始めたティニにルナマリアは思わずぎょっとした。

「ち、ちょっと! モビルスーツの通信機能で何する気よ!? ティニが繋いでたようなホストに心当たりあるの?」

 質問の間もティニはどこからともなくコードを引っ張り出すと、〝ストライクノワール〟の耳と自分の意識を繋いでいく。

「データで見ただけですが、〝ストライクノワール〟は〝ファントムペイン〟が秘匿していた特殊なフレームバーストが搭載されており、センサー機能では指揮官機として設計された〝イージス〟を超えるとさえありました」

「答えに――まぁいいわ。そっちはあんたに任せるから。索敵機能だけは頂戴よ」

 ルナマリアはティニの横顔に嘆息しながらリアモニタに意識を注ぐ。花火の傷痕は遙か遠く。二機ほど追い縋った機体を撃ち落としても誰も悲鳴を上げるものはおらず、ヴィーノがぽつりと呟くまでは機内はただただ静寂だった。

「…………やっぱ、い、家ぶっ壊されるのは、ヤなもんだな……」

 ルナマリアとヨウラン、そしてシンは〝ミネルバ〟の自室を思い出したが何も言えずに進むしかできなかった。

 

SEED Spiritual PHASE-42 心配できて良かったじゃないか

 

 この機体、あらゆるチャージが瞬く間に終わる。ルナマリアが飛び去ったその道を開くためもう何発目になるかわからない長射程砲による破壊閃光を見舞う。〝ストライクノワール〟を追い抜いた一撃が何機かの空戦用モビルスーツを飲み込むのを確認するなり空を撫でれば円陣が大きく綻びた。

「砲身がレアメタルだと言っても限度はあるぞ。冷却はAIの方に任せろ」

「はいはい」

 二度注意してようやくベルトをしてくれた博士の言葉に耳を傾けながらクロはティニの念押しを思い返した。眼下に〝ユニウスセブン〟の破片。

「…………」

 寂れた組織のアジトにすぎない。そう胸中で呟いても過ごした記憶は走馬燈のように走り――トリガーにかけた指が、震える。ノストラビッチはそんな反応に気づき、こんな状況ながらも微笑ましく感じた。

「クロ、お前も、躊躇うことがあるんだのぉ」

「それ以上言いますと幾ら博士でもコクピットから叩き出しますよ」

 設定を変え、……トリガーを引き絞る。

 AIが許可を出すより先に〝ルインデスティニー〟は〝ゾァイスター〟にビームライフルを接続し、破滅の光を解き放つ! 砲口からの咆吼がコロニーデブリを、その下に犇めく情報と思い出の空間を飲み込み蒸発させ消滅させた。

「……ふぅ」

 感傷に浸る時間は与えられない。モニタの四方から電子警告音(アラート)が降り注ぎ、クロは悩む間もなく操縦桿を傾けざるを得なかった。

「むしろ、アラート、オフにせんか?」

 答える気は毛頭なかったが一理あるように思える。モニタに映る全てが敵。上空には〝ウィンダム〟大地には〝バクゥ〟が犇めく敵意の海。どうせ回避しきれないのなら正面に移る奴片っ端から撃ち落としていくしかないのだから。

 メインウェポンをビームライフルに変更するとオートエイムがロックオンする度トリガーを引き絞る。流石に地上滑走速度屈指を誇る〝バクゥ〟に全弾命中とは行かないが翻弄されない程度には撃ち抜いていける。

「飛んだ方が良くないか?」

「心配範囲は二次元で済んだ方が楽ですっ!」

 電磁加速砲(レールキャノン)と言う奴は着弾のみならず引きずり込まれる衝撃波での振動が凄まじい。〝ジン〟の装甲はビーム兵器が普及した今、紙同然のように扱われているが、アレは至近からのリニアキャノンの一撃に耐えきる代物。PS装甲は表面の傷跡に対してなどは確かに無敵だが……どちらにせよこの衝撃波だけはどちらも防ぎきってくれない。

「駆動系がイカれるぞ。この振動、何とかしろ!」

「静かにしてください。その内キレますよオレも」

 左右に流れる〝バクゥ〟達をクレー射撃の的の如く一射で確実に爆散させる。被弾数は――下手をすれば戦艦ですら撃沈しかねないほどの域に達しているが〝ルインデスティニー〟は未だ五体満足で破壊を撒き散らしている。

「ど、ど、どういう機体なんだ? バケモノか!?」

「地上部隊の損耗率、予想レベルの……七倍ですっ!」

「ホーク次官から出されたデータが大袈裟かと…思っていたが、まさか使い切るかもしれんとはな……!」

 軍の士気が右肩下がりでガタ落ちしていくが物量だけはそれを支える。クロが撃墜した〝バクゥ〟や〝ウィンダム〟の数は優に三桁を超えていた。機体のエネルギー残量は十二分だがパイロットは徐々に疲労が溜まってくる。クロはまだまだ大丈夫だが、戦場慣れしていない博士の疲労は如何ばかりか。徐々に増えていく金切り声が彼の心中を物語っている。

 砂を蹴立てて疾走する。地球軍での潜入任務を思い出す。宇宙戦ばかりだったクロだが、あの任務では信頼されない自分は〝ソードストライカー〟着せられて放り出された。腰部と足裏のスラスターを使って走らず滑ると言うのは制御が困難なはずだが、AIがオートバランサーまで兼ねてくれる。走行と似た操作で問題はない。

 『犬』の群れへと怯まず突っ込み、CIWSを乱射し牽制しながら当たるを幸いに撃って撃って撃ちまくる。照準操作にストレスをかけられず、トリガーを引けば敵対者が爆発して死ぬこの現状は、…――はっきりと快感だった。

 と、〝バクゥ〟の群れが二つに割れる。誘導炸薬弾やら電磁加速実弾を散発的に放ちながら。その殺意に、突如熱量兵器が差し込んだ。

「っ!」

 とっさに掲げたシールドで弾けたのは間違いなく2条のビームだった。

「なんだあの機体?」

 青に陽光色が混じる。ライブラリは TFA/A‐803と返してく来たがクロの頭にはいまいちその機体が浮かばなかった。

「元ザフトが知らんのか? 〝ラゴゥ〟じゃよ。かつて砂漠の虎が駆ったというビームデカ〝バクゥ〟じゃな。量産には向かんスペックとか聞いとったが……やはり金かの?」

 知らないわけではない。聞かされて思い出したが少数生産機をいちいち研究していられるほど暇ではなかっただけのこと。ハイスペックの機体に引かれ、再び士気を取り戻した地上部隊が包囲を固めていった。照準を転がしトリガーを引き絞るも〝ラゴゥ〟のサイドステップは予想以上に素早く、捉えきれずに無駄弾を散らす。

「ちっ! 凝視してると酔ってくるな……!」

 背後から襲いかかる〝バクゥ〟へとシールドバッシュを繰り出す。頭部のビームサーベルと衝突し、拮抗する。続けて出力されたビームシールドがサーベルごと頭部のカメラを破壊する。その間に躍りかかる〝ラゴゥ〟。クロは逡巡した。これだけ囲まれた状況でライフルを封じ、デッドウェイトになりかねない対艦刀を手にするべきか? だが悩む間にも〝ルインデスティニー〟はその右手に光の大剣を握り込んでいる。AIは、人の悩みを意に介さず責任感を感じない。

「仕方ねぇなぁっ!」

 振り下ろされた巨大刀が虎型の巨体へと喰らい込む。副座のガンナーが意地を見せたかこちらの胸部でビームが弾けるが何の傷手も与えられぬままなます斬りにされた。

 しかし敵機が減ってもレッドアラートは一向に減らない。剣を選んだのは間違いだったとクロは悟るがAIはどうか。見上げた先には天を圧する青い装甲。

「ぐ……!」

 急制動とともに真上の〝バクゥ〟を避けきったが飛び上がった敵機は予想を超えた広域に及んでいた。苦し紛れに振り上げた剣は〝バクゥ〟2機を貫通したものの、それ以上の質量が降りかかってくる。

「こいつらっ! 正気か!?」

「うぉおおお! ま、まぁ、あらゆる兵器を無効化するこいつも、重力まで遮断しとるわけではないから、有効だわいの!」

「れぇっせぃに分析しないでください! っちくしょ!」

 前面側面を映すモニタが犬の腹に埋め尽くされていく。闇が誘うのは紛う事なき恐怖だった。砂にめり込む〝ルインデスティニー〟へと更なる加重がのし掛かっていく。圧壊させるつもりなのか、砲の一つも放つことなく仲間の上へ上へとのし掛かっているらしい。

「こ、いつらっ!」

 機体状況に目を通しながらもAIへと語りかけるが、芳しい回答は返らない。クロはレバーを強引に押し上げる。主の怒りに応える機体は数機分のモビルスーツ重量を徐々に押し上げる。

〈ふぉおっ!? どぉゆう機体だっ!〉

〈脱出は済んだ! 次の機体行ってくれ!〉

「そんな原始的な手にかかってたまるかあああああああああああああああああああああぁっ!」

「ま――」

 業を煮やしたクロはスラスターを全開にした! 吹き飛ぶ〝ルインデスティニー〟は〝バクゥ〟共をも突き飛ばし高々度にまで吹きあがる。必死で左のレバーを引き戻せば博士が後ろで呻いている。気づけば眼下に〝ウィンダム〟の群れが見える。

(オレも一瞬気絶してたか……?)

 機体を反転させれば対艦刀をロストした旨が伝えられた。羽虫の群れを思わせる数で追い縋る〝ウィンダム〟に向けてビームライフルを撃ち込むが、数を減らせたようには思えない。その間にビームとレールキャノンとミサイルの乱射がこちらに襲いかかってくる。ビームシールドを前に向けて脇から狙撃を試みるが、〝ウィンダム〟が同高度で包囲を完成させたら自分一人の処理能力では捌ききれなくなる。

「ちっ! だから飛ぶのはヤだっつったんです!」

「お? …………おぉ? なんだクロ、どうなった?」

「呑気に気絶しとったんですかっ!」

 博士は鼻白んだが今のクロには与えられる刺激何もかもが腹立たしい。そうしている間にビーム豪雨の一発がこちらのライフルを捉え、爆破させる。

「げっ! この野郎共……!」

 左のビームブーメランを抜き取り最前列の敵機目がけて投げつける。同時に自機は別の編隊へとつっこませた。至近で撃たれるビームを盾と装甲ではじき飛ばしながら接近し、〝ウィンダム〟がサーベルを抜いたときには〝ルインデスティニー〟の掌が突き出されている。携帯兵器を全滅させられてもこの機体にはビーム兵器が残っている。握られた〝ウィンダム〟が爆発。その直線上にいた数機も貫かれて落下していく。自動追尾で戻ってきたブーメランが定位置に定まるが流れるマニピュレータが再度抜き取り投げ放つ。両手のTM01-X340ジェネレータ直結型火束砲〝パルマフィオキーナ〟掌部ビーム砲が敵機を次々殴りつけ焼き滅ぼしていく。撃破数はもはや数え切れない規模に達しているかもしれないが、戦闘は終わらない。ノストラビッチは先程の加速の影響か暗くかすむ視界に辟易していたが、そんな眼球でもはっきりわかるほど憔悴しているクロの顔色が見えた。

(オーブでやり合って、そのままこっちでサバイバル戦じゃ、軍人文民関係ないわな……)

 振り下ろされたビームサーベルをシールドで受け止めるも、別の一機が背中にシールドと〝ジェットストライカー〟を貼り付けていった。怪訝に思いながらもまず前面の〝ウィンダム〟を弾き飛ばせば背中目がけてM2M5〝トーデスシュレッケン〟12.5㎜自動近接防御火器を乱射していった。無視するつもりだったが――

「おぐっ〟!?」

 次いで襲った衝撃はCIWSの比ではなく、遅まきながら貼り付けられた二つにはMK438/B 2連装多目的ミサイル〝ヴュルガーSA10〟が積まれていたことに思い当たる。

(やべぇな……疲れまくって脳が膿んでくるわ……)

「博士」

「…………………………なんじゃ?」

 凄まじい沈黙の後に返事。簡単な受け答えすら億劫だという証か。器だけは元気全快だが心に当たる部位の気力が残っていない。その事実にクロは腹を決めた。

「あーもー嫌です。アレ使います。許可下さいくれなくてもやります」

「何!? 待てクロ! この規模じゃ! 燃え残ったらどうする!?」

「知りません。自爆よかマシだし巻き込める可能性も高いでしょう」

 口論の間にも星流炉が汲み上げるエネルギーは圧縮されていく。半ば原始的な格闘戦を演じる〝ルインデスティニー〟、そのクロムシルバーのフレームが不気味に鳴動し、より強く鈍色の輝きを放ち始める。センサーに連動したインターフェースが警告音を発しながら自機を中心とした三次元サークルを形成する。円に囲まれる世界の中には無数の点。クロはそれを全敵軍だと祈りを込めて信じ込んだ。

 装甲のシフト率が臨界する。

 遅れてフレームの輝きが臨界する。

 視界を圧する禍々しい光に最前の〝ウィンダム〟及び〝バクゥ〟のパイロット達が警告を発しようとしたときにはもう遅かった。

 

 砂漠に小恒星が生まれ弾ける。

 

 生まれたのは言語を絶する静寂と、白色だけだった。

 …

 ………………

 ……………………………………………………………

 からんがしゃんぱらぱらぱら、ぼす、ぼすぼす、ぼすぼすぼすっ……。

 ――空には何もなくなった。雲霞の如く犇めいていたモビルスーツも、例えられた雲さえも。大地は一変していた。とろけた砂が渦を巻くがすぐさま乾き、粘つく砂漠ができあがる。

 そんな見放された地に一つ、遅ればせながら石くれが落下した。全身を鉄色に変じた人型の石くれが ぼす と気のない音を立てて砂地に突き刺さり、それっきり動かない。

 周囲にも、動くものはもうない。

「おま、お前ええっっ! これが環境に与える害とか考えたんかぁあいっ!」

「…………………仕方ないじゃないですか……。どうせ地球の壊死部分(さばく)ですし。それ考えて死ぬのは――。人間自分が一番かわいいんですよ」

 一時間と少しが経過する。どうやら燃え残ったモビルスーツは存在しなかったらしい。鉄灰色に変じていた装甲が再び漆黒に色づき、鋼の指が自らを砂地獄より引き上げる。

 〝ルインデスティニー〟クロムシルバーのフレームは〝ストライクフリーダム〟、〝インフィニットジャスティス〟に使用されたフェイズシフト素材を転用したフレームとほぼ同一のものだ。〝フリーダム〟らのフレームはあの常軌を逸したパイロット達が行う急制動時、機体の負担を軽減するため余剰エネルギーを光として散らす仕組みである。〝ルインデスティニー〟も基本的には同じ用途だが、ノストラビッチは設計の際、一つの遊びを取り入れた。

 全方位攻撃システムである。〝ドラグーン〟システムと異なり「自機を中心に据えた」ものである。原理は至極単純、熱量兵器を全身から放つだけである。欲を言えば装甲を全てパージしてからの運用が望ましい。

 クロは今、そのシステムに圧縮した全貯蔵エネルギーをつぎ込んだ。

「結果、これか……街でやったら怒られるな。これ……」

「ふごわぁあぉわぉっ! わしはなんつーものを与えてしまったんじゃろーなぁっ! クロ! 地上でこれは二度と使うなよっ!」

「……良かったじゃないですか。株以外に心配事ができて……」

 なおも色々苦言を並べ立てる博士を意識の内から閉め出しながらルナマリア達が飛んでいった方角へレーザー通信を試したが、何も返ってはこなかった。

 途方に暮れたクロは…………取り敢えずカメラを探り、表示される小さなデータ群へと足を進めた。中心付近は流石に跡形もないが、数キロ離れた場所にはいくつかの燃え残りがある。

「……パーツでも、ジャンク屋買い取ってくれますよね。あぁ、ビームカービンだ。持てるだけもってこ」

「………………………よく予算のことが心配できるな……」

「いえ……ちょっと気分転換したいだけです。それに放置して、権利が全部ジャンク屋行きは損でしょう。ほら、ストライカープラグとか、需要ありません?」

 なんか色々観念したノストラビッチは携帯端末を取り出すと株価を調べる。銘柄まで細かく調べるのは面倒だったが、二人で協力した取捨選択の結果、抱えられるだけの財産が得られた。――ような気がした。

「……こんなもんでいいか。博士飛びますから喋りまくって舌噛んでも謝りませんよ」

 死をちらつかされた極限の疲労はどこへ行ったのか。安心に駆逐されて消え失せたというのなら、心のみならず体も適当にできている。

 人間はすべからく結構いい加減にできています。クロはそんな思考に辟易した。

 

SEED Spiritual PHASE-43 離せ! 悪魔!

 

 ゴビ砂漠から光圧推進だけで数時間。砂漠を越えて平原を越えて、山を一つ越えた辺りで通信機がノイズで唸る。

「お。博士――って、聞いてねぇか………」

 モニタ以外に意識を向けたらいびきがノイズに混ざったので諦めた。クロは通信機に指先を伸ばすと未知の周波数域近辺をうろうろしてみる

〈――ロ…、クロ?〉

「おう。ルナマリアか……。疲れたぞ今回は……」

〈博士は!? 耳から血ィ流してたりしないよねっ!?〉

「オレよりも元気だよ……。今すげぇ寝てるし」

 通信機の奧から滲んでくる安心感に感染し、クロも肺の奥底から息を漏らすことができた。

「誘導、頼めるか?」

〈はい、もうちょっと南下してください。森の中ですから、少し離れたところに誘導させてもらいます〉

 ようやく気が抜ける。クロは肺の中から二酸化炭素を全部吐き出したが、その思考が甘過ぎたと数十分後に思い知らされる。

 

 

 

 赤道連合中央付近。バングラデシュにほど近い木々に囲まれた山腹に〝反クライン派ターミナル〟の一施設があった。

「お世話になります」

「こちらこそ。あの黒い〝デスティニー〟所有の皆さんを手助けできるなんて光栄ですよ」

 口調に似合わぬ粗野な男が薄い笑顔を振りまいてティニ達を迎え入れた。着陸した〝ストライクノワール〟の腹から規定数以上の人間が零れ出てくる。ようやく涼しくなったシート周りに思わず溜息を漏らしたルナマリアは操縦桿とフロントパネルをダウンさせ――ディオキアでのことを思い出してシステムにロックをかけ、眼下に降りていったラダーを引きずり上げる。自分以上に閉塞感を感じていたか、足下の整備員達は挨拶もそこそこに息を漏らして伸びをしている。床に足をつけたルナマリアは取り敢えず手近なところにいたディアナに耳打ちした。

「やっぱ博士にいてもらった方が良かったね」

「ん?」

「だってほら。子供(ティニ)が交渉係じゃさまにならないでしょう?」

「成る程」

 二人が見つめるその先では粗野な男を少女が見上げている。圧倒的に威厳で負けているように見えるが、ティニがこの場で羽根を広げたらどうだろうか? そう言えばあのテレビ中継、この男も見ていただろうか。直接聞けばすぐさま氷解する問いも、直接聞けないのだから永遠に闇に葬るしかない。

「――っと、なんだこのコード? あぁ、そっちのモビルスーツに行ってるな。もしもしー、アンタ達への通信なんじゃないか?」

 フレデリカから伝言され、指差されたルナマリアは再び〝ノワール〟へと乗り込み、通信士から渡されたコードを覗いてみれば――案の定、〝ルインデスティニー〟からのものだった。ルナマリアは安心半分心配半分の心地で遠慮を思いつけぬままその通信を受け取り、眦を下げながらがなり立てた。

「こら返事しなさいクロ! シンに〝デスティニー〟譲るわよクロ!」

 元気な声を期待して言いたい放題言ってやったが、返った声には元気が丸ごと抜け落ちていた。

〈おう。ルナマリアか……。疲れたぞ今回は……〉

「博士は!? 耳から血ィ流してたりしないよねっ!?」

 博士はいつも、特に動いていない。運動していない。筋力ゼロの壮年にモビルスーツでの多対一は負担が大きすぎるのではないか? 軍人から見る文民は全てが虚弱に思える。そんな偏見がルナマリアに必要以上の心配をさせた。

〈オレよりも元気だよ……。今すげぇ寝てるし〉

 耳をそばだてれば、確かに鼾が聞こえる……ような気もするがノイズとの差が判断できないルナマリアはこの周波数を下の通信機に転送すると中途に挟んだブースターを調節する。

〈誘導、頼めるか?〉

「おぉ!」

 ノイズリダクションされた音声に返事を返そうとしたらティニが横から割り込んで来る。

〈はい、もうちょっと南下してください。森の中ですから、少し離れたところに誘導させてもらいます〉

 そのまま誘導を始めたティニに憮然とするが、

(まぁ、いいか)

 レーダーを見たところでミラージュコロイドを張り巡らせた〝ルインデスティニー〟は映らない。そのため自分が通信に出たところで誘導のしようもないのだから彼女に任せるのが一番だろう。

(でもティニって何でナビゲートできてるの?)

 初めて見るネットワークでも即座に把握できる知識量?

 変な生物ならではの超感覚?

 それともただ傍若無人なだけのテキトー?

 答えが得られないまま格納庫(ハンガー)へと〝ルインデスティニー〟が運ばれてきた。何やら両腕いっぱいにジャンクを抱えているが、匿ってくれた者達は誰もそれに拘泥しようとはしなかった。ただ、嘆息を漏らし、偉容を見上げている。

「……あれが、世界を変えた『運命』ですか……」

「おや、意外と詩人ですね」

 仲良く談笑するそれぞれの責任者達には目もくれずルナマリア達は固定された機体を注視している。と、重量感に満ちた音とともに運搬された〝ルインデスティニー〟が停止する。クロはコクピットの中で聞こえよがしに思いっきり溜息をついた。

「お疲れ様じゃな。クロ」

「――ぁあ……。博士こそ。ルナマリアが耳から脳が出てないか心配してましたよ」

「この機体性能は把握しとるといったじゃろが。……とは言え、確かにキツかったがなぁ」

 確かに体外に何か噴出と言うことはなかったが、強烈なGで血流はイカレて意識が飛んだ。休息を欲しているのは自分だけではないだろうと博士の言葉に相づちを打ちながら機能を次々とシャットダウンさせ、ハッチを開け放つ。砂漠から持ってきた空気よりも湿度に満ちたここの方が不快であった。空調というのは、手放せない機能ではある。

「博士、ラダー大丈夫ですか? 下見てると結構怖いですよ」

「馬鹿にするな。年寄り扱いもするな」

 エスコートするまでもなく、ノストラビッチはハッチから生えた取っ手に足をかけると通常速度で降りていった。再び引き寄せたラダーを使い、クロも鋼の床に爪先を着ける。

 刹那無数の銃口が突きつけられた。

「な、ちょっと何だよっ!?」

 皆が事態を把握するより一瞬速く、シンの低い沸点が食って掛かった。より多くの銃口が突きつけられたが彼は怯むことなく唸り続ける。彼の後を、ティニが次いだ。

「決め台詞、当てましょうか?――世界を変えた運命、私がいただきます――そんなところですか?」

「いや済みませんねぇ。わたくし共も統合国家と交渉したいことが幾つかありまして。こういったカードは是非とも必要なのですよ」

 好意の持てないどっかのおっさんに愛機を指差されることがこんなに不快だとは思わなかった。クロは自分の装備を思い描きながら周囲の隙を求めて視線を彷徨わせ――

 シンが最前の銃口を握り、飛び出す。

(こいつは人質扱いの仲間のことを考えねーのか)

 呆れはするが、綻びができる。シンに続いてルナマリアが沈み込む。ここの奴らはナチュラルばかりかそれとも戦闘慣れしていないのか、『赤い』コーディネイターの高速挙動に全く反応できずにいる。無照準でトリガーを引かれたアサルトライフルが固定された機材で跳ねて皆の首をすくませる中、シンがライフルを奪い取り睨み付ける人間たちの四肢それぞれを立て続けに撃ち抜いていく。

 ルナマリアの放った水面蹴りに両足を救われた男が奪われた銃座で後頭部を痛打され意識を失ったとき右隣の人間も鼻面に掌打を受け涙にむせぶ。奪った銃の一撃は敵を掠めず通り過ぎていくがそんな敵もゼロ距離で押し付けられた拳を押し返した瞬間、女性にあるまじき膂力で押され、肋骨を折られて倒れる。

 ルナマリアの背後を取った男の頭部に照準を合わせる。クロが放った音の無い閃光に脳髄を焼ききられ一人死んだ。

「馬鹿な……!」

 ここのシステムを完全に把握できたわけではないが、先程の通信操作で多少は理解した。露出したケーブル部分を視認しながら次手を考えていると先程とは打って変わった絶望に満ち満ちた声が聞こえる。ケーブル一本摘んだティニが『操作』すると通信機からけたたましい笑い声が響き、どこかの何かが盛大に爆発した。

「はい。データ全部消されたくなかったら皆さん銃を捨てて壁に手を着いてください。十数えるうちにやってくれなかったら皆殺しになってもらいます」

「なんなんだよっ!? アンタら……!」

「喧嘩売る相手間違えたなおっさん。ラク目的で動いてるあんたと覚悟と場数とその他諸々色々違うんだよ」

 そうは言ってもここの全人員に銃を突きつけられたらどう転ぶかはわからない。目に見える者が全てかもしれないし、知らない場所に隠れているものがいるかもしれない。その判断ができないのだから。それでもソフトウェアを盾にとられ、勢いで完全に飲まれた彼らは一人、また一人と銃を捨て恭順の意を示し始めた。

「…………ぐ…!」

 周囲全員が無抵抗になり責任者が苦鳴を漏らす。必死に頭脳を酷使して打開策を模索したが何も思い浮かばなかったのだろう。彼もがっくりと肩を落とし、武器を捨てた。

「……参りました…………」

「解っていただけて嬉しく思います」

 まったく嬉しく思ってなさそうなティニの返事と共に通信装置を占拠していたウィルスが取り除かれたらしくディスプレイが嗤いまくるおっさんの映像から平坦な文字列に変わっていく。それでもシンとルナマリアは奪った銃を手放さず、ヨウランが不満の声を上げた。

「参りましたですむ問題か? ティニ、俺はこんないつ裏切るかわからねー奴らと一緒に仕事する気はないぞ!」

「そーよ。『整備できましたー』と『爆弾積んどきましたー』の判断ができなくない? ここにいるのは嫌よ。別の場所探しましょうよ!」

「折角匿ってもらったのに酷い言い様ですね」

「異星人っ! 私達の理論理解してよぅ! こいつらが私ら匿ったのは〝ルインデスティニー〟盗ったろーって打算があったからなの!」

 当然ながらこちらから出る苦情の数々はとどまることを知らず、あちらはただただ項垂れている。それが完全に観念したのかそれとも寝首を掻く隙を窺っているのか外から見ただけではわからない。

 クロはにやりとした。

「全員ふん縛っておきゃいいだろ」

「クロ! 解決になってない」

「なるって。ティニ、オレが前言ってたあれ、試してみてくれないか?」

 その不敵な微笑の意味を悟ったノストラビッチはぞくりとした。

「思考の、検閲か?」

「できるよな? あの時は広めるのは難しいが技術的には垣根高くねぇって言ってただろう?」

「成る程……」

 別次元で進む会話にヨウラン達すらぞくりとした。ルナマリアはシンの横顔を盗み見――呼び覚まされた記憶に吐き気を覚える。

「あの時の検査結果も〝ターミナルサーバ〟に残ってるはずですから可能だと思います。博士、形にするのを手伝ってもらえますか?」

 ノストラビッチは反発を覚えたが、代替案は浮かばなかった。

「お、おいクロ、ちょっとそれは――」

「いや、新技術導入への抵抗はあるだろーが、思考操作を没ってするとあとはこいつら殺すしかねーぞ? 殺すよりヒデェと考えるのはどうかと思うがな」

 クロの言うことも一理ある。存在の抹消、以後の道を完全に絶つより別の可能性を残すと考えれば確かに後者が理想的だ。

 だが、そのものの究極のプライベートであり人格の根幹であり個人を決定する最重要要素であり魂たる精神の改変など殺人と同義ではないのか? 認知症で自分を忘れた家族を、魂を消された親友を当人だとは信じられない。さりとて顔の良く似た別人と切り捨てることもできまい。その時心に叩き付けられる衝撃は下手をすれば死への直面を超えるかもしれないではないか。

 クロの考えを異常と断じながらもそれぞれがここの先住者たちを拘束していく。バングラデシュの人員はゴビ砂漠のそれよりは多かったが、それでも規模はそれほど変わらなかった。伏兵をモビルスーツの熱紋センサーまで使ってスキャンし、格納庫に並べ、不寝番を数時間……。

「お待たせしました」

 それを待ち望んでいたのか。判断はつかない。博士は引っ込んだままだったが代わりか、ティニが姿を現した。

「脳外科手術までやってられませんし、〝エクステンデッド〟作成では時間がかかりすぎますのでこんなの作ってみました」

 ティニが差し出したそれはアイスピックや千枚通しを連想させる掌サイズの鋭さだった。

「前頭葉ならどこでも大丈夫のはずです。刺して下さい。後は〝ファントムペイン〟のアレと同じ要領で記憶を選択して制限できます」

「な……! お前、そんなものをっ!?」

「死にませんから平気です。痛いのが問題ですが」

「は、離せぇえっ! あ、悪魔ぁああああぁぁ!」

 全ての対象者が抵抗したので唯一の賛成派戦闘技能者であるクロが6割程度気絶させる羽目に陥った。

「気力で抵抗しないほうが良いと思います。信号と競合が起きると記憶野に深刻なダメージが残ってしまいますよ」

 そういわれても自我の破壊に反発を覚えれば抵抗しないものはいない。

 ――出来上がってしまった廃人は一人だったがこれを多いと見るか少ないと見るかは判断に迷うところだった。

 

SEED Spiritual PHASE-44 気持ち悪い

 

 シン・アスカを研究した結果得られたデータをクロはひたすら睨んでいた。

「精が出ますねクロ。まだ以前の考えに固執してるんですか?」

 見知らぬ土地の知らないシステムをあっという間に掌握してしまったティニが、嘲るように笑いかけてくる。彼女の言葉を意にも介さずクロはただただデータに目を通し――否。想像を繰り返していた。

(記憶を任意に操作……いや、そこまで行かなくても一部を消去できるような兵器があったら……それは核みたいな戦略兵器を超える武器と考えられないだろうか……)

 ティニを盗み見る。今日もまた、目を閉じたまま情報収集に勤しんでいるのか。

「ティニ」

「何でしょう?」

「…………あぁ、すまない。出来ちまってるんだよな。〝ファントムペイン〟の真似事なんて……」

「はい。実例が格納庫(ハンガー)で働いてますから、信じられなくなったら見てきてください」

「お、おぉ……」

 見るまでもなく吐き気がする。アンテナを生やした笑顔で整備を手伝うあの男達を見るのは、はっきりと恐怖だった。提示したのは自分なのだが……被検閲者達を指差すヨウランに半眼で尋ねられた言葉にはこう返すしかできなかった。

「く……クロ、これ、本っっっ当に、いいのか?」

「お……おぉ、流石に気持ちは悪ぃな……」

 彼らは人格が一変したわけではない。「こちらに危害を加えること」と「アンテナを引き抜くこと」のみ考え至れないよう制限されただけだ。主張や記憶を焼き消されたりはしていない。恐らく彼らの知り合いが視覚情報抜きで会話をすれば違和感など感じないのではないかと思う。

 しかし、気持ち悪い。

 自分はティニと博士の語る思想を信じているからこそ、全世界を敵に回しても平気な顔をしていられるが、その記憶が唐突に消されたとしたら――恐らく自分は皆を見捨てて安全なところに逃げるだろう。今、究極の恥と考え、死んだ方がマシと考え得ることが、自分の魂から消えてしまう。数日前銃を突きつけてきた男達はそんな状態に置かれた。心はどこへ行ったのか?……想像することさえ恐ろしかった。

(だが人が戦いをやめられないのは、その心故だ。恨み、妬み、欲望。つまり向上心と希望を消せなければ、競争――つまり争いはなくならない。そんなことしちまったら死と同義って言うが、放置が最良の対抗策なのか? せめて制御、と考えるのは……気持ち悪いだけか?)

 その対抗手段として思い描いた技術は、形になることが証明された。もし、ティニが事も無げにこれを全世界に施せると言い出したら、実行に移すべきと考えるか? 「気持ち悪い」と感じてしまったクロはただただデータを睨み続けた。

(情けねぇ。他に恒久平和を実践できる案があるってのか?)

 思いつきは、しない。こんな心を〝エヴィデンス〟共はどう受け取る? 未成熟と断じるか?

「そーいや、ルナマリアは?」

「知りませんでしたか? シンさんと買い出しに行ってもらってます」

 

 

 

「何が要るんだ?」

「ん……と、食料関係。歩兵用弾薬はここ在庫あるってことだから。あと――」

 ヨウランにああ言われたが、シンは決して彼らの思想に賛同したわけではない。しかし、無駄飯喰らいも気が引けて、衣食住分だけは手伝おう――そう考えているだけだ。

「でけーモノとか、どうしてるんだ? その、ター……おれらって」

「ティニがツテ持っててオーブ製のパワーパックとかも手に入ってるよ。…………こう言うとまたシン怒るかもしれないけど……〝ロゴス〟に関係してるものがまだゴロゴロしてるってことかも」

 堂々と話せない。会話は自然と小声になる。周囲が気になるこの惨めな心地は……やはり裏側に生きるが故だろうか。言葉の端々に混じる、日常とは異質な単語が心を縛り、声を顰めさせる。

 バングラデシュ人民共和国首都ダッカ。統合国家所属国ではある。それぞれに首都がある統合国家とはなんなのか? 二人は悩んでも嘲る気にはなれなかった。

 赤道連合から汎ムスリム会議にかけての地域は「暑いというより熱い」という先入観を持っていた〝プラント〟育ちは意外と過ごしやすい気候に気づくこともなく買い出しを続けていた。場所によってはターバンなどの民族服も見られるが地球連合化、地球圏汎統合国家化の弊害か、どこでも普段着は似たものになってしまっている。

「あ、シン」

「ん、どうした?」

「ねぇこれ買って」

 経験則1。妹が何か欲しいとせがんだら、笑顔で何でも買ってあげると母に怒られる。シンは手を伸ばしかけ、その手を頭に持ってきた。

「こ、こう言うとき、買ってやるべきなんだよな?」

「うあ……! なによそれ? いーわよ別に。それがシンの本心だってゆーんならっ!」

「ご、ごめん! あの、おれは…どうやって付き合ったらいいのかわかんねーんだよっ!」

 真横の男に誤解される確率九割強の絶叫をされたルナマリアは慌てて周囲を憚ったがもう遅く、中年女性を中心とした視線掃射が二人を、いや気づかずノーダメージのシンをすり抜けルナマリアだけをやたらめったら打ち据えた。

「わ、わ!わ! シンっ! ちょっとこっち来なさいっ!」

「何だよ! これだけ買って帰らねぇと――」

「若いっていいわねー!」

「昼間っからイチャイチャしやがってよぉ!」

(殺ス…!)

 今すぐとって返して〝ノワール〟に乗りたくなったが、残念なことにウチには〝ランチャーストライカーパック〟がない。羞恥を苛立ちで、次いで殺意で塗り潰しているとシンは我関せずと言った面持ちで紙面に眼を走らせ、意外とうまく交渉しながら糧食を集めてくれている。あの人も知らずに、世界規模のテロリズムに荷担してるんだなーなどと考えると何も信じられなくなる。そんな気持ちを込めても、店主と客が談笑するその光景は――平和に見えた。

「シン……。ま、いいか」

 彼の後について歩くだけで、デートになりそうな気配を見つけて彼女は周囲を無視して彼に歩み寄った。

 だがその手をつかむより先に、危機感が訴える。

『っ!?』

 平和が遠くから突き崩されてくる。声、声、声が流れるように悲鳴へと変わっていく。遠くからの悲鳴が徐々にこちら側へと流れてくる。そのさまは津波を連想させた。

 そして驚異は誰も対応させぬまま上空に顕現する。

「あれは――!」

 声も掻き消し陽光を飲み込み闇の化身が虚空を横切る。

「…………ステラ……!」

 シンの呻きを、ルナマリアは聞き逃せなかった。そして何も問えなかった。遅れて突風が露天を揺らし、その一部を弾き飛ばしていく。上空を越えた〝デストロイ〟の威容にすら気を払えない。そしてシンはそんな彼女の心情にすら気を払えなかった。ステラの苦しみを再び味わわせる連合の悪魔。それに併走していたあの機体は家族を肉塊に変えた連合の災厄ではなかったか?

 ――あれは、なんだ?

 ――なんなんだこの世界は?

 ――こんなモノが、未だウロウロしているのか!?

 糧食全てを投げ出してシンがいきなり駆けだした。

「シン!」

 慌てて投げ出されたものを回収し、彼の後を追うがシンは迷いなく突っ走っていく。

(帰る気?)

「速く乗れ!」

 小型ジャイロに飛び乗るなり浮かせながら怒号を放つシンにルナマリアは思わず足を止めてしまった。

「速く乗れぇっ!!」

 声に弾かれて自分も飛び乗る。

「シン……どうしたのよ? アンタ、なんか怖いよ……」

「っ……いや、許せねぇんだよ!」

 シンの脳裏に浮かぶのはインド洋に面した大地ではなくオーブの土塊。風で飛ばされた露天を臨む世界ではなく、千切れ飛んだ父と母と…………妹!

 シンの絶叫に肝を冷やしたルナマリアが無理矢理押しのけ操縦を変わる。

「基地帰ればいいのね?」

 シンの怒りに充満した機内で、自分も平穏なまま帰り着けるのか、不安になった。

 

 

 

「あ~ぁ。先越されちゃった……」

 オーブを攻めるつもりだった。っつーかちょっと前に攻めた。〝デストロイ〟の性能を遺憾なく発揮して軍事工廠オノゴロを地獄に変えてやれた。何度か夢に出てきた自分の思い出にも実弾ぶち込んでやることができた。それでもニュースが『オーブを攻めた』と取り上げるのはあの黒い〝デスティニー〟達だ。

「遅らせれば良かったね。そーすれば雑魚兵軍団に便乗して、オーブを国ごと沈めてやれたかもしれないじゃない?」

〈悪い国、やっつける〉

 代わりに赤道連合中心国地域であるシンガポール近辺を瓦礫の山に変えてみた。もともと〝ユニウスセブン〟の一撃というか連撃で死にかけていた地域ではあるのであまり意味はなかったかもしれない。ただ、『中立』と言う言葉を叩きのめしたかっただけだ。

「でも、なんかあたし達あの黒い奴の真似事してるだけかもね?」

〈ライラ?〉

「ん……何でもないわステラ。あなたはよくやってるし」

 嬉しそうな笑い声に満足しながらライラは別の回線に繋ぐ。

「で、どう?」

〈まだですね。偉いさん達の監視拘束が甘くなるとかありません。ですが、この間のオーブ戦での大西洋連邦兵力損耗率がけっこぉな勢い行きました。チャンスかもしれませんよ〉

 『世界の警察』の攻撃力低下がそのまま犯罪件数の増加に繋がるかは分からないが、自分たちのような犯罪者への抑止力が弱まったことは間違いない。この小型組織の軍事力では弱小国家や疲弊場所を殲滅させられることは証明されたが、最先進国を相手取れるかは疑問が残る。オーブを余裕残しで殲滅することができなかったのだから。

「まだね。英雄は別にキラ・ヤマトやアスラン・ザラだけじゃないの。大西洋連邦にもホントにナチュラルかわかんねーよーな英雄さんが3人ばかりいたでしょ。あの半分以上が事故死しましたとかニュースないの?」

〈ぜーたくですよ隊長〉

「何で命張るのに妥協しなきゃなんないのよ? 撤収撤収。大西洋連邦はもうちょっと世界を引っかき回してからよ」

 世界規模の軍事力を減らさなければならない。それを思うとくらくらくるが世界がまとまっているのだからそうするしかない。

 ……恐らく頑張って諜報に精を出せば国家間の綻び、十や二十は見つかるのだろうが、本部オーブで支部ユーラシア西側程度の組織が世界に点在している軋轢全てを把握するなど夢物語だ。

(それでも想像くらいはできる。元地球連合と親〝プラント〟で考えれば、ここ赤道連合とカーペンタリア基地を有する大洋州連合は仲が悪い。オーブなどは中立どころか世界の支配者になっている。全てが味方とも敵とも見える。

 どこからも切り離した中立と考えられるのは……今ではスカンジナビア王国だけではないか? しかしあそこも親オーブと考えれば、敵のない地域などあり得ない。地球圏汎統合国家という思想自体が愚かなのだ。

「ステラ、補給と休憩済ませたらもう一個行くけど、どっか希望ある?」

〈………きぼお?〉

 聞くだけアホだったか。ステラは軍隊教育受けただけで国だ風土だ風習だなど何一つ知識として持っていない。参考にする記憶自体のない人間に希望も何も問いようがない。

「んじゃ、山奥か水辺かどっちがいい?」

〈みず……うみ。海がいい!〉

 ……この子を馬鹿にしすぎていたかもしれない。

「了解。んじゃ帰るよ」

 動くモノが何もなくなった焦土の海岸に潜水艦が浮かび上がる。遮蔽物だらけでNジャマー(妨害電波)だらけの地上にミラージュコロイド(ステルス迷彩)など必要ない。目撃者を全て絶って見咎められない路を開けば事足りる。

「あ、熱紋」

〈こっちも〉

 軽い返事とともに〝カラミティ〟が飛び立ち〝デストロイ〟が五指を挙げる。〝ケーファ・ツヴァイ〟、5連装スプリットビームガンが生き残った熱紋――命達に向けられた。

「……悪魔だ」

「地獄だ」

 それぞれが負の感情を吐き出した直後焼き尽くされた。

 動くもの、見ているものがなくなって吐息を漏らし、潜水艦に通信を送ろうとしたライラだったが〝カラミティ〟が接近する機影群を認め気を引き締めざるを得なくなった。

「何よもぉ……! ステラ、なんか来るわ」

〈見えてる。あれ、〉

 潜水艦に潜伏継続の指示を出す最中、いきなり飛んできた一条の光がこちらの右腕寸前を貫いていく。機体は無事。だが間近で爆発音。

「っっぁあー! あたしの処刑台(トーデスブロック)がー! ナニ、砲撃型?」

〈あれ、〝フリーダム〟!〉

 二門の砲の連結を解いた〝バスターフリーダム〟が数十の編隊を組んで迫り来る。ビームライフルの射程外からの砲撃も頷くしかないが……腹の虫は収まらない。

「あァ!? あいつは宇宙(ソラ)に帰ったって聞いたわよ! 何?やだガセネタぁ?」

 愚痴る間にも後続を置き去りに〝フリーダム〟が加速をかけた。空中で鋭角な軌道を描きながら両肩のプラズマ収束砲を〝デストロイ〟目掛けて叩きつける。反応したステラがその殺意を虹に変えるが相手はかまわずさまざまな砲をぶっ放してくる。通信機から聞こえたステラの呻き声にライラは舌打ちした。

「ったくゥ! やっぱ〝フリーダム〟ってムカつくわ!」

 群がってきた烏合の衆を〝シュラーク〟で散らしながら〝カラミティ〟が〝フリーダム〟に肉薄する。


 
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