「まったく、ヨコシマは何処に行ったのよ」
タマモは神社の境内で横島を待っていたが、何時まで待っても来ないので石段を降りながら愚痴っていた。
そこで彼女は見た、見てしまった……
子狐を抱いて優しく微笑んでいる横島を。
ゾクリッ
とたんに辺り一面を凄まじい限りの殺気が支配した。
「な、何だ!この殺気は!?」
恭也はなのはを庇う様にして敵の襲撃に備える。
「ど、どうしたのお兄ちゃん?」
「動くな、なのは!!」
「きょ、恭也さん……はっ、久遠は?」
那美は怯えながらも久遠を捜す。
その久遠は殺気に怯えて横島にしがみついていた。
その横島はこの殺気に心当たりがあるのか脂汗をだらだら流しながら「は、はは…はははは……」と引きつった笑いを浮かべていた。
「よ、横島さん?」
「おい、どうした?」
「忠夫お兄ちゃん、大丈夫?」
「く~~ん」
そして其処に、殺気の元が現れた。
「ヨ、コ、シ、マ?私を待たせておいて浮気とはいい度胸ね」
「ま、待てタマモ。ワ、ワイはやな……」
横島達の目の前にはナインテールを放射線状に広げ、悪鬼の様な黒いオーラを放ちながら立っているタマモが居た。
(な、何なのこの威圧感は?まるであの時の久遠の様)
(くっ…勝てるのか俺はコイツに?いや、勝たなければ…せめてなのはだけでも。癪だがここはコイツになのはをまかせて…)「おい、横島とか言ったな。ここは俺が食い止めるからなのはを」
「ヨコシマ、先方を待たせちゃ悪いわ、早く行きましょ」
「あ、ああ……。じゃあ俺達は用事があるからこれで帰るね」
タマモはさっきまでの殺気を嘘の様に消すと笑顔で語りかける。
横島は久遠をなのはに預けるとタマモと一緒に石段を降りていく。
「お、おい」
恭也は横島を呼び止めると真剣な顔つきで聞く。
「逝くのか?」
「多分な……」
横島は虚ろな笑顔でそう答える。
「忠夫お兄ちゃーん、またねーー!!」
「く~~~ん」
それから暫くたった夕暮れ時、ようやく『復活』した横島とタマモはさざなみ寮へと向かっていた。
第二話「さざなみ寮と翼を持つ少女なの」
「酷い目に会った…」
「自業自得でしょ」
横島とタマモは人に道を尋ねながらやっとさざなみ寮にたどり着いた。
「ようやく着いたか」
「早く入りましょ」
俺達が建物の中に入ろうとすると買い物帰りなのか、大量の荷物を持った人が話しかけて来た。
「あの、此処に何か御用ですか?」
「あ、はい。このさざなみ寮の方ですか?」
「ええ、僕はこのさざなみ寮の管理人をしている槙原耕介というものです」
…なんか、こう爽やかで、何と言うかピートタイプのイケメンだな。
いかんいかん、これから世話になる人なんだからな。呪うのはやめておこう。
「初めまして、俺は今日からこのさざなみ寮でお世話になる横島忠夫という者です」
「…は?……あの、場所を間違えてませんか?確かに横島忠緒さんという女性の入寮予定はありますけどこのさざなみ寮は女子寮ですよ」
「へ?……でもこの紹介状には確かにここの住所が」
「ちょっと見せてもらえますか?」
俺は言われた通りに槙原さんにキーやんから預かった紹介状を渡した。
「木川ヤンさんと佐山チャンさんからの紹介ですか、確かに本物の紹介状ですね。しかし、どうしましょう…」
「どうしましょうと言われても…」
「とりあえず中に入れてくれない?こんな所じゃ話しあいも出来ないわ」
俺と槙原さんが途方に暮れているとタマモがそう提案してくれた。
「そうですね、とにかく紹介状は本物だし詳しい話は中でしましょうか」
俺とタマモはそう言う槙原さんと寮の中に入って行った。
「あら、耕介さん。その方達は?」
「今日入寮予定だった横島さんなんですけど」
「え?でも横島さんは確か女性の筈では」
「ええ、しかし紹介状は本物なのでとりあえず話をしようと思って」
玄関を入るとかなりの美人が出迎えてくれた。いつもの癖が出る所だったが…
「分かってるわよね、ヨコシマ?」
と、威嚇されたので大人しくしておく事にした。ガクガクブルブルガクガクブルブル
「槙原さん、その人は?」
「ああ、僕の妻でこの寮のオーナーでもある」
「槙原愛と申します。よろしく」
人妻だったのか、危ない所だった。
「俺は横島忠夫です。よろしく」
「私はタマモよ」
「お茶の用意をしますので中へどうぞ」
そして俺とタマモはリビングルームへと案内された。
そこには入居者だろう何人かが集まっていた。
「あれ、お兄ちゃん。その人達は?」
「知佳ちゃん、今日入寮予定の人だったんだけど何か行き違いがあったみたいでね。これから詳しい話をしようと思って」
「そうなんだ。初めまして仁村知佳です」
「私は知佳の姉の真雪だよ」
「あたしは陣内美緒だよ」
「うちは神咲薫です」
(神崎?さっきの娘と同じ名字だな。それにあの美緒って娘はたぶん猫又だな)
自己紹介をして来たので横島達も挨拶をする。
「どうも、横島忠夫です」
「私はタマモよ」
「え~と、タマモちゃんって横島さんの妹なの?」
「違うわよ、どっちかと言うと恋b…むぐっ!!」
「ははははは、い、妹の様な者です。(何を言おうとしとるんじゃお前は!!)」
「むぐぅ~~~(何よ、いいじゃないケチっ!!)」
「住人はまだ他にもいるんですけど今日は留守にしているんです。もうそろそろ後一人帰って来る頃なんですけど」
「ただいまー」
「あっ、帰って来ましたね」
とたとたと足音が聞こえてくるが。
(ん?確かこの妖気は……)
「ねえ、見慣れない靴があるけどお客さん?…あれ、あなたはさっきの」
扉を開けて入って来た女の子はやはり、さっき神社への石段の所で会ったあの娘だった。
すると、胸に抱いていた久遠が腕の中から飛び出して、
ぽんっ!!
「ただおっ♪」
人型に変化すると俺に飛びついて来た。
「おっと!」
「ああーっ!!こら、なに勝手に抱きついてるのよ、離れなさい!!」
「やーーっ!!」
タマモは久遠を俺から引き離そうとするが久遠はしがみ付いて離れようとしない。
「ちょ、ちょっと久遠ちゃん!いきなり何を!?」
「何で久遠が変化を?」
「にゃーー!!久遠が妖怪だとばれちゃうのだ!!」
「て言うか、美緒ちゃん!!耳、耳、しっぽも出てるよ!!」
皆は久遠がいきなり人前で変化したので慌てまくっている。
「……なあ、おい」
「真雪さん、何落ち着いてるんですか?久遠の事がばれちゃったんですよ?」
「いや、だからな。……アイツ、目の前で狐が人の姿になったのに平然としてるんだが」
「え?……そう言えば…」
そして、横島の方を見ると久遠とタマモに挟まれている横島に那美が話しかけている。
美緒は美緒で耳としっぽを隠そうともせずに横島を見ている。
「あ、あの~。たしか横島さんって言ってましたよね」
「うん、君は神崎……那美ちゃんだったっけ?」
「那美、そん人の事知っとるんか?」
「うん、さっき神社への石段の所で会ったの。それより横島さん、久遠の事変だと思わないんですか?」
「いや、変も何も妖狐が変化するのは別におかしくないだろ」
「えっ!?……久遠が妖狐だって知ってたんですか?」
「まあね。邪悪な気は感じなかったし、那美ちゃんに懐いているようだったから何も言わなかったけど」
「じゃあ、あたしはあたしは?あたしの事も分かってたの?」
「ああ、美緒ちゃんだったね。猫又には知り合いもいたし分かってたよ」
そう言いながら美緒ちゃんの頭を撫でてやると顔を真っ赤にしながらも大人しく撫でられている。
「えへへ」
「また出た。人外キラースキル」
その横では耕介が項垂れていた。
「どうしたんですか、耕介さん?」
「…いえ……俺が美緒に懐いてもらうのに結構苦労したのに横島君はあんなりあっさりと……」
美緒達はそんな彼を無視して横島達に注目している。
「はーなーれーなーさーいー!!」
「やーー!やーだー!!」
「ねえ、那美おねえちゃん。久遠は何であんなに横島さんに懐いてるの?」
「私にも分からないの。初めて会った時にも怯えもせずに自分から近づいて行ったし」
「でも那美、あん人……」
「うん。お姉ちゃんも気付いた?横島さん、かなり強い霊力を感じる」
あいからわず久遠とタマモは横島を取り合っているが。
「いい加減にせんかタマモ」
「うう~~、でも~~」
「いいから、ほれ」
横島はそう言いながら自分の頭の上を指さす。
「仕方ないわね」
タマモは溜息と一緒に呟くと狐の姿になって横島の頭の上に飛び乗る。
「なっ!?」
それを見て皆は、特に薫と那美は驚愕する。何しろ狐の姿に戻ったタマモは久遠とは違い九本の尾を持っているのだから。
狐になったタマモを見たとたん薫の目つきは鋭くなり、十六夜を抜くとタマモに切りかかるが、
キインッ
横島は霊波刀で十六夜を受け止める。薫と同じように目つきも鋭くなっていた。
「タマモに何をする!?」
「な、何……、光る剣?…貴様こそ何故その九尾を庇う?操られているのか!?」
「九尾だから何だ?」
「何だって……(何やこん人の目、怒ってるような、辛そうな……何て哀しそうな目)」
「タマモが何かしたか?いきなり襲われなければならない事を何かしたか?」
「い、いや……しかし九尾と言えば…」
周りの皆はいきなりの事に呆然としているが二人から目は離せないでいた。
「ならこの久遠はどうだ、妖狐だから退治させろと言って来る奴がいたらどうぞと差し出すのか?」
「それは……」
横島の質問にうまく返せない薫だがそこに真雪が話に入って来た。
「もうそこまでにしときな。薫、あんたの負けだよ」
「はい……」
薫は少し項垂れながら十六夜を鞘に戻し、横島も霊波刀を消した。
「さて、横島だったね。その狐やアンタのその力の事を含めて詳しい話をしてもらうよ」
「え、はい、分かりました」
もうここまで来たら隠しきれないと横島は事情を説明する事にした。もっとも、さすがに話せない事もあるが。
「はあ、平行世界……ですか」
「はい、そう言う訳で向こう側の事態が改善されるまでこの世界で暮らす事になった訳です」
「まあ、嘘を付いているようには見えないから信じるのはいいとして住む所はどうするつもりだい。さすがに男を入寮させる訳にはいかないよ」
真雪がそう言うと槙原達もすまなそうな顔で横島を見る。
「別に問題は無いんじゃない。あっちの姿になればいいだけだし」
「あっちの姿って?」
「やっぱりそれしかないか……」
タマモの言った事に知佳が聞くと横島はため息をつきながらそう言った。
「まあ、妖狐と猫又は居るし幽霊…いや、刀に憑いている精霊が居てもあんまり問題がない所だから大丈夫だろうけど」
「横島さん、十六夜の事が分かるんですか!?」
「当然よね、ヨコシマは『能力だけは』一流のGSだから」
「言い方がとげとげしいな」
「フンだ!!」
結局膝の上を久遠に取られたままのタマモは横島の隣でふてくされていた。
「初めまして、私が十六夜です」
十六夜が姿を現すと横島は反応するがタマモの殺気によって飛びかかる事は出来なかった。
「じゃあ、次はヨコシマの番よ」
「そうだな」
横島はあらかじめポケットに入れておいた文珠(【開】の文字込め済)を取り出すとブレスレットにはめ込み神魔人の姿になる。
体は女性体になり、瞳は真紅に染まり、背中には薄緑色の一対の翼が現れる。
先に聞いていたとはいえ目の前で見るとさすがに驚きを隠せない。
顔を赤くして見とれていた耕介は愛に尻を抓られていたが………
「そ、その羽は本物なんですか?」
『うん、本物だよ』
「リアーフィンとは違うんやな」
『リアーフィン?』
HGS<高機能性遺伝子障害病>と呼ばれる数十万人に一人という割合で発症する先天疾患。
幼児死亡率が高い為その病気は近年までその存在は確認されて無かった。
HGSの患者は念動や精神感応などの特殊な能力を持ち、その放熱や能力制御を行うのが光の翼、リアーフィンである。
知佳は簡単な説明をするとその背中にリアーフィンを展開する。
知佳のリアーフィンは実体化はしていないがまるで天使の様な白い翼の形をしていた。
「これがリアーフィン、私もそのHGSの患者なんです」
「知佳……」
『綺麗な翼ね』
「あんたなーっ!!」
真雪は横島のその言葉が無神経に聞こえたのか憤るが。
「怒ったって無駄よ。横島は魔族や妖怪だって簡単に受け入れちゃうんだから、病気の影響だからって変に思うなんて事はしないわ。ただ、単純に綺麗だから綺麗っていっただけよ」
「そうなん…ですか?」
『まあね、それを言ったら見た通り私だって普通の人間じゃないし』
横島のその笑顔に知佳も安心したように笑顔を返す。
「でも横島さん、とても綺麗です。きっともてますよ」
『あはは…中身は男だからもてても嬉しくないけどね』
とりあえず横島はこの姿でさざなみ寮で暮らす事になったが、知佳がある疑問を口にする。
「ところで横島さん。翼は隠せるんですか?」
『うん、ちゃんと体の中に隠せるわよ』
そう言うと翼は薄い光を放つと吸い込まれるように背中の中に消えて行く。
「で、ヨコシマ。学校はどうするの?」
『え?』
「えって、学校には行くんでしょ?でも此処で暮らすんだったら学校にも女として行かなけりゃ不審に思われるわよ」
横島は思い出したように鞄の中を探るとこっちのキーやんが渡してくれた学校の資料を見る。
するとちゃっかりと転校届けなどの資料には女性として登録されていた。
『……………』
「あ、私と同じ学校。同級生ですね」
「ま、そう言う訳よ。頑張りなさい」
タマモは優しい目をして横島の肩を叩く。
「くーー」
「何だかよく分かんないけどがんばってね」
久遠と美緒もその背中を優しく叩く。
薫や真雪達は乾いた笑いで見守る事しか出来なかった。
横島はおもむろに立ちあがると何処からともなく二つの藁人形を取り出し五寸釘を打ち込みだす。
『何考えてるのよ、あの最低指導者共はーーー!!』
さざなみ寮の住人達はいきなりのその行動にただ、唖然とするしかなかった。
『『ぎゃああああああああーーーーーーー!!』』
二柱はいきなり襲って来た苦しみにもだえ苦しんでいた。
『よ、横島さんが怒ってるようですね……』
『やっぱ、悪ふざけが過ぎたか……』
その苦しみはしばらく続いたらしい。
ともあれ、横島とタマモの新しい世界での新しい生活はこうして幕を開けたのであった。
続く。
オマケ
此処は次元を隔てた横島が元居た世界。
『『ぎゃああああああああーーーーーーー!!』』
二柱はいきなり襲って来た苦しみにもだえ苦しんでいた。
『な、何やいきなりーーー!?』
『こ、これは横島さんの呪いの様です!!』
『向こうのワイらは横っちに一体何をしたんやーーーー!?』
ズズーー
『そんな事、考えるまでもなかろう』
苦しみ悶える二柱の傍で猿神は呑気にお茶を飲んでいたとさ。
ちゃんちゃん
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ようやく二話目。
待っててくれた人、いるのかなあ?