機動戦士ガンダム サイド アナライズ ストーリー
第四話 「サイド0(ゼロ)降下阻止命令!!」〈前編〉
1.ジャブローの悪夢
私は〈夢〉なんて大嫌いだ。
〈夢〉なんてくだらないものだ。
荒唐無稽でつまらないものだ。
嘘っぱちでありえないものだ。
あまりの馬鹿馬鹿しさに寝起きに
笑い過ぎて涙が止まらなかったことが……
何度あったことか。
追跡していたホワイトベースと共に、大気圏に突入して地球に降りたシャア少佐は
彼らしくもなく、上司のドズル・ザビ中将が溺愛していた弟のガルマ・ザビ大佐を
ホワイトベースの攻撃から守りきれず死なせてしまう大失態をおかし、左遷されて
しまった。
ところがどんな裏取引をしたものか、ドズル・ザビ中将の姉キシリア少将に拾われ、
おまけに階級も二階級特進の大佐に昇進して、戦場に復帰した。
復帰早々に、彼は地球連邦軍の本拠地ジャブロー秘密基地の入口を発見し、それを
突破口にして地球上のジオン軍を総動員した大部隊が出撃した。
連邦軍にまさか?!と思わせる完全な奇襲でそれは大成功するかに思われた。
だが、さすがに敵の総本山に殴り込みは焦りすぎた。
地球連邦軍の大将で最高司令官レビル将軍の本拠地だ。手薄なわけがない。
長年さんざん探し続けてようやく見つけた敵の秘密大要塞の進入経路だ。奇襲が
成功すれば戦果をあげるチャンスだ。猛る気持ちはわかる。
でもムチャすぎた。調子にのりすぎた。
物量が違いすぎる。
敵の地元だ。アウェーの戦いにも程がある。
いくらザクで宇宙や地球を一時的に制覇したとはいえ、宇宙育ちが多い
ジオン公国の人間達が、初めての地球の重力や環境にそうそう簡単には慣れない。
〈地球連邦軍〉というぐらいだ、地球での戦い方には場慣れしている。
しかも最悪なことに、私が恐れていた地球連邦軍の最新型主力モビルスーツ〈ジム〉が
よりによって、ここで大量生産されていたのだ。
格好の実戦テストの標的にされてしまった我がジオン軍大部隊は健闘したが結局
ほぼ全滅してしまった。
勢いに乗った地球連邦軍はジオン公国のある月の裏側のサイド3を一挙に落とそうと、
宇宙の戦力を固めて大軍勢で進行し始めた。
改修工事を終えて避難民を全て降ろし、身軽になった〈木馬〉――ホワイトベースも
その戦力になるべく宇宙へ向かった。
完全な負け戦だ。それ幸いとシャア大佐もその後を追った。
だが、ジャブロー基地周辺の調査、検地は私たち〈決戦兵器開発部・回収分析班〉が
何よりもしたかったことだ。
ベールに包まれていた地球連邦軍の最新型主力モビルスーツ〈ジム〉を調べられるのだ。
ハーミットに搭載されている大型の大気圏降下カプセル〈コムサイ〉に格納されていた
ザクを蹴飛ばすようにどかして、詰められるだけのメンバーと機材を載せ、期待で高鳴る胸を
押さえて私達はジャブロー基地周辺にコムサイを降下させた。
負け戦で終わりはしたものの、ジオンの総力を結集した戦闘だ。
ジャブロー秘密基地にもかなりの打撃があり、着地した南米アマゾン森林地帯の空き地は
死んだように静まりかえっていた。
連邦軍の高射砲で蜂の巣にされて墜落した、膨らんだフグのような格好をしたジオンの
戦闘航空空母〈ガウ〉の残骸やパラシュート降下中に撃墜されたモビルスーツ〈ザク〉
〈グフ〉〈ドム〉の破片、戦闘機〈ドップ〉の破片があたり一面、山のように積み
重なっている。
重力に不慣れな訓練不足の兵達を降下させれば無理もない。
ふと川を見れば〈ゴック〉〈ズゴック〉〈アッガイ〉〈ゾック〉など、そうそうたる
顔ぶれの水陸両用モビルスーツたちが新型の水中用敷設機雷でことごとく沈められていた。
全機種、対水中機雷用装備が備わっているはずだが、ジオンの水陸両用モビルスーツに
さんざん手を焼いてきた連邦軍がいつまでも手をこまねいているはずがない。
深海の水圧に耐える重装甲で造られている水陸両用モビルスーツを簡単に破壊する高性能
爆薬と超高性能センサーの固まりの機雷は安く大量にばらまけるだけあって脅威といえる。
ズゴック一機の製造予算でいったい何万個の機雷が購入できることやら。
費用対効果抜群だ。
一見いつもジオン軍の後手に回ってばかりいるように見えるが、確実に、
こちらの出方を見て要所要所を的確に押さえ、良策を打ち出してくる。
連邦軍はザクに大敗したルウム戦役以降、ここ一番の大部隊が動く、巨大な戦場では
全戦全勝なのだ。
先手必勝と図にのるのもいいが、後出しジャンケンも必勝なのだ。
私にはそれが恐ろしい。
もちろん友軍のおびただしい残骸の群れの中にも善戦した機体はあって、水陸両用
モビルスーツ ズゴックと相討ちになった連邦軍の新型主力モビルスーツ〈ジム〉の
残骸も山ほど残っている。
その中でもなるべく状態の良い物を探し出し、ジオン・連邦両パイロットを弔った後、
持ち帰るサンプルやデータの採取に全力を注ぐ。
本職なので全員動きが嬉しそうに生き生きとしている。
持ち帰りたい物が大量だ。
ここは宝の山だ。
例によって迅速にデータ収集を完了させ、早々に消え去るのが鉄則の我々はテキパキと
作業を完了させた。
後は六時間後に迎えに来る高速戦艦ザンジバルを待って乗り込むだけだ。
そのザンジバルに大気圏用離脱ブースターを取り付け、ジオン軍の基地から宇宙に
向けて発進し、大気圏艦艇待機区域で待機中のハーミット一番艦と合流すれば今回の
肝心の仕事が予想以上に上々な首尾だったので、六時間後に迎えに来るザンジバルを
待つ間、私はメンバーに五時間の休息を与えた。
アマゾンの気が狂うような暑さと湿気の中、私といっしょに汗まみれ泥まみれ虫まみれに
なりながら、ナガイ中佐以下のメンバーはよくやってくれた。
着陸させた大気圏降下カプセル〈コムサイ〉には超高熱の大気圏降下に耐えるぐらいだから
強力な冷却空調はあるが、本来シャワールームなんてものはない。
だが仕事柄、宇宙と地球の往復が多くなりがちで、地球のどこへ着陸するハメになるか
判ったものじゃないので、申し訳程度のシャワールームや仮眠用カプセル、食料庫など
簡単な滞在設備を私がメンバーに命令して、無理矢理設置させたのだ。
本来、楽にザクを二機格納できるはずの大気圏降下カプセルなのにザクが肩身を
狭くしないと格納できないのはそういう理由だ。でも今回はその申し訳程度のシャワー
ルームが役に立ちそうだ。
なにせ南米アマゾンは猛烈な暑さに湿度100%、
不快指数・疲労指数
こんな緑の地獄では冷たいシャワーでも浴びないと、とてもやってられない。
そんなわけで五時間の休息はシャワーを浴び、汗を流した後はビールを一杯やって
目覚ましタイマーが鳴るまで仮眠というコースを全員一致で選択した。
一つしかないシャワールームだ、取り合いになるのを覚悟していたので、
「今日はみんなよく頑張ったから私は一番後でいいよ」
と労をねぎらうつもりで言ってみたら、
「レディファーストです、少将殿お先にどうぞっ!!」
と、みんな低姿勢で遠慮する。
こいつらミエミエで怪しい!
なにか企んでる!
「念のためいっとくが、覗こうとしても無駄だぞ。内側からロックできる防音の小部屋だし、
ドアも頑丈でカーテンも私が確認済みだ」
「い~~え、めっそうもないっ!! 我々は紳士であります。紅一点の女性に対して、
そんな卑劣な真似はいたしませんっ!! 第一、少将殿にそのような無礼を働けば全員
軍法会議ものでありますっ!!」
なんなんだナガイ、ギレン閣下にもしたことないような、そのマジメ腐った敬礼は?!
ケロロ軍曹かお前は?!
「そのわりにはみんなニッコニコしてるような気がするのは私の気のせいかい?!
それとも蚊に刺されて頭をTウイルスにやられたのカナ?」
「我々は少将のシャワーのお邪魔は一切致しません!! 我々自身も正々堂々シャワーを
浴びることを誓いますっ!!」
「そのニッコニコした表情がすっごく気持ち悪いけど、まあいいでしょう。みんなの
好意に甘えて先に使わせてもらうわね♪」
「イエッサー!!」
了解でしょ、うちの部隊は。
シャワールームへ入り、帽子を取り、丸メガネをはずし、上着とレギンスを脱いだ
ところでそっとドアの狭い隙間から外の様子を伺う。
人に覗くなと言っといて、自分で覗いてりゃ世話がない。
メンバーのことは信用も信頼もしているけど私は用心深いのだ(笑)
確かに彼らは誓い通り、覗きもせず紳士的だった。
私が入った後のシャワー順を紳士的にジャンケンしたり、どつきあったりして眼を
血走らせて決めていた。
「あっ、きったねー、おまえ先かよっ?! 俺に代われッ!!」
「あっ、バッキャロー!!、少将の後におまえが入ったらソーテルヌ
薄まっちまうだろーがっ!?」
「濃厚なソーテルヌ分は俺が吸うんだ――っ!!」
「なにっ、俺が最後だと?! ふざけるな!! なにが悲しゅうて俺がおまえらの濃い成分
吸わにゃならんのだ!!」
「少将は俺の嫁~~っ!! 」
あ、あのバカ共、眼、血走らせてなにやってんだ……
なんなんだ、ソーテルヌ分というのは?! (笑)
ていうか、ナガイ、おまえもいっしょかいっ!! (怒)
おまえら全員明日から二等兵に格下げ!! 南極条約抜きの独房行き!!
ミラン操舵長やチェーンちゃんを連れて来なくてよかったよ、ったく……。
情けない盛りのついたプレデター共の醜態に呆れた私はさっさとドアを閉めて
シャワーを浴びることにした。
「ソーテルヌ分でも、なんでも好きに吸いなさいな」
よくわかんないけどシャワー終わったら、後でオーデコロンでもハデに撒いて
ソーテルヌ分とかいうのグチャグチャにしておこっと(笑)
汚れた着物を脱いでアナハイム製の全自動瞬間洗濯機に入れる。シャワーが
終わった頃には畳まれて綺麗さっぱりふんわり仕立てで仕上がる。
シャ――――ッ
バルブを開けるとシャワーノズルから冷水が頭から降りかかる。
「う~~ん、気持ちいい♪」
綺麗さわやか、気分爽快。
やはり女性はいつもこうありたいね。
手入れ不足になりがちな戦場の二十四歳のお姉さんだが、玉の肌は未だ健在で、
肌についた水が玉になってはじいてくれるのはうれしい。
「それにしても……」
自分でいうのもなんだが、私はちよっと……
胸が大きい。
訓練では徹底的に重力負荷をかけたりするが、基本、宇宙育ちで無重力生活が大半なので
胸も肩も負担を感じたことがまるでないのだ。
けれどこうしてたまに地球に降りてきたりすると、とたんに肩や胸にズシッと
重みがきてつらい。
自分の身体ながら、いきなり変なところに四六時中慣れない負担が、急に大きくかかるので
バランスが狂って歩き方も少し不自然になり、身体のあちこちが痛い。
「ジオンが負けたら少将なんて長生きできないよ。お子様産んで育てる前に、先がない命なのに、
これがほんとの無駄に巨乳ってやつね……」
胸を自分で抱いてつぶやいた。
むなしくなったので、さっさとシャワーを済まして服を着替えて外に出る。
シャワールームのドアの前で、眼に鉄拳の痣ができたナガイが突っ立っていた。
「ソーテルヌ少将、円満な会議の結果、僕が次に入ることに決まりました!」
「ナガイ、紳士もいいけど、あとで顔にドーラン塗っときなさいよ。帰ったらミラン操舵長や
チェーンちゃんが心配するから」
「へ?!」
「入ったらシャワールームの鏡で顔見てみ」
一言忠告してやり、仮眠用カプセルへ戻る。
狭い仮眠用カプセルの中に設置されたベッドに座る。
厳しいジオン公国の酒税法をくぐり抜けた第三十のビールと呼ばれる合成疑似クローン
ポップで造った生ビール缶のプルトップをプシっと開ける。
なんとなく黄金色をしてメレンゲみたいな固い泡をしたビール(?)っぽいのがよく
冷えている。
炭酸ガスはボコボコ入っている。
「よ、ようは冷えてて黄色くて炭酸とアルコールが入ってればいいのよ、アルコールが……」
自分を慰めるように言って一口飲んでみた。
私の名字にソーテルヌなんて、甘口の美味しい貴腐ワインの名前がついているのに実際
本国から支給されて口にできるのは、スティーブン・キングの〈灰色のかたまり〉に
出てくるようなおかしなビールというのはいい加減にしてよねって感じだ。
「うげ……、マズ…… これビールに対して存在が失礼な味っ!!」
疲れていたせいか、元々アルコールに弱いせいか、二口、三口すすってるうちに
アルコールが身体に回ってきたのか耐えられない眠気が襲ってきた。
「た、たいまー 、目ざまし…… 」
少将という立場の責任と根性だけでかろうじて目覚ましタイマーをセットした私は
無意識のうちに薄布団の中に潜り込み、うたた寝を始めてしまった。
それが長い悪夢の始まりだった。
2.サイド0(ゼロ)降下阻止命令!!
それは私、ハルカ・ソーテルヌがまだ中佐だった頃の話だ。
当時も丸メガネは付けていたけど、髪はボブにしていたっけ。
今から数年前、月の裏側にある、地球から一番遠く離れたスペースコロニー〈サイド3〉に
建国された、宇宙で生まれ育ったスペースノイドの国ジオン公国と地球連邦との対立が
決定的になり、ルウム戦役が勃発して地球連邦軍の星間戦争が激しくなり始めた頃だ。
この時、画期的な新兵器がジオン公国に誕生した。
今まで宇宙生まれ、コロニー育ちのスペースノイドを弾圧・虐待してきた地球連邦軍の
巡洋艦サラミスや戦艦マゼランを核弾頭搭載のバズーカで一撃のもとに蹴散らしてきた
一つ目の巨人ロボット。
ジオン公国がミノフスキー博士の協力により開発した新型モビルスーツザクmarkⅠだ。
まだまだ不完全な所が多いまま実戦に投入されてしまったモビルスーツ。
現在ジオン軍の主力兵器として完成した、みんながザク、ザク言っているザクmarkⅡの
一つ前の型だ。
実のところ、私が当時十代の後半で中佐にまで昇進できたのは、重巡洋艦〈チベ〉による
艦隊戦の功績があったこともさることながら、ザクmarkⅠの開発に私が携わり貢献した
ことが大だったと思う。
なにせザクmarkⅠは虐げられてきたジオン国民が独立戦争を始める自信を持つきっかけに
なった機体なのだから。
十代の後半で中佐にスピード出世したことにより、ついに私は当時ザビ家のキシリア少将
クラスしか搭乗できなかったジオン公国最強の巨大戦艦〈グワジン〉の艦長を務める栄誉まで
頂いてしまった。
グワジンは見た目は美しいワインレッドで塗装され、ジオン公国の紋章が装甲板に
ゴールドで彫り込まれた、ひたすら豪華絢爛、スラリとした優美なデザインをしている。
ジオン公国の頂点であるデギン・ザビ公王がお乗りになるときにも不遜なことがないよう
内装まで豪華絢爛な作り込みがしてあり、ほとんどの床に赤い合成カシミアの絨毯が敷き
詰められている。
素晴らしいのは見た目だけではなく、戦艦マゼランをはるかに上回る数の大型メガ粒子砲や
ミサイルランチャーなどの武装に加え、遠距離からの戦艦の主砲なら簡単に弾く強靱無比な
装甲を持つ。
推進スピードも高速戦艦ザンジバル並だ。
少将が率いる三百名の人員がホテル感覚で悠々と搭乗でき、(船内の重力発生装置も完備で
なんとカクテルバーもあるのだ)二十機程度の重モビルスーツなら楽に飲み込める。
つまり攻守共に完璧、おまけに優美という宇宙一の素晴らしい戦艦だ。
これには比較的昇進には冷静だった私もさすがに有頂天になってしまっていた。今思えば
本当に取り返しのつかない未熟さだったけれど。
艦長に就任したその日、うれしさのあまりウキウキ舞い上がった私の肝を潰してくれたのは
マゼラン一個艦隊の征伐に向かい、損傷して私のグワジンに飛び込んできた二機の
ザクmarkⅠだった。
グワジンは艦首がそのまま艦橋になっている設計のため、そいつらは私の指揮する
艦橋を危うくかすめ、主砲が並んでいる甲板を滑走路代わりに不時着したのだった。
巨体のグワジンをも小揺ぎさせる衝撃と艦内に響く不快な摩擦音をしばらく奏でた後に、
ようやくザクは停止した。
「損傷してるから操縦しにくいのは判るけど、だからってやっていいことと悪いことが
あるでしょう! 誰か行ってパイロットひきずって来なさい!」
私の怒りが爆発したのは、損傷はしているがそのザク達からはその気になれば、そんな
危険な真似をしなくても軟着陸できる、悪質パイロット特有の余裕と悪ふざけの悪意が
にじみ出ていたからだった。
所属部隊の識別ビーコンランプも切ってある、やましいところ満載の確信犯だ。
部下にひきずられてきたのは見覚えのあるダブル馬鹿だった。
私の馬鹿弟と、その馬鹿を良心的にいつも停めようとするんだけど結局、輪をかけた
馬鹿をしでかしてくれる馬鹿男イチロー・ナガイ大尉だった。
「ヒロタカ!! また馬鹿な操縦して! あんたもうパイロットなんか辞めなさい!!」
「やだね。人のせいにするなよな、ハルカ姉ちゃんが操縦しにくいウスノロザコなんか
造るから弟の俺がえらい目にあってるだけじゃん、三発しか撃てない核バズーカ以外
ロクな武器使えねえしさあ」
ヒロタカ・ソーテルヌ少尉。
頭も切れると思う。
だけど誰に似たのか、とにかく口が悪くて言い出したら聞かない命知らずの無鉄砲。
おまけに私以上に運動神経がいいから誰も手が付けられない。
腕が良すぎてモビルスーツの性能を限界まで引き出しすぎて、すぐにおしゃかに
してしまうモビルクラッシャーの異名がある。
そしてイチロー・ナガイ大尉。
重巡洋艦チベの使い手として有名な、伯父のコンスコン少将の部隊に所属
している腕利きのモビルスーツパイロットで艦隊指揮も上手い前途有望な、私より
二つ年上の気のいい男だ。
今回のような合同作戦になると、気が合う私の部隊の弟と連れだって出撃し、
ケンカをしてボロボロになった野良猫みたいになってフラフラの様相で二人で
帰還してくる。
世話好きで普段は冷静沈着な奴だが、おとなしそうな外見とは裏腹に、根は愚弟に
劣らぬ熱血野郎の困ったちゃんだ。
「危険行為と識別ビーコン不使用の罰として、二人とも一日、反省房行きを命じます!
コンスコン少将にナガイ大尉のことは私から伝えておきます」
「うぇ――っ、人が必死になって戦ってきたのに反省房行きかよっ!? せめて三時間
くらいで手打たねぇか、身内割引ってもんがあるだろ姉ちゃん?」
「んなもんあるか馬鹿! 身内だからこそ、他の部下より厳罰に処す必要があるの。
ハイ、これ今日の晩ご飯。持っていって中で食べなさい」
にっこり笑って手持ちのチューブ食を二人に手渡した。
「わお、気が利くねさすが我が姉! この水色の奴、うめぇーんだよな。マヨネーズ味の
バリウム入りマッシュポテトに、ブルーハワイとペパーミント混ぜたような謎味!!
食べる人間のことなんて考える気がサラサラない味付けなんか俺に似てもうサイコ――!!」
「そう……かな……?!」
ナガイには私の言いたいことがちゃんと伝わったようだ。もう一方の大喜びしている
馬鹿には、なーんにも伝わってないようだけど。
「シロアリだって木を食べるし、パンダだって笹食べるし、あんたがそれ食べて
満足してりゃ幸いだわ。まあ明日までゆっくり噛みしめて反省してちょうだい」
「おおよ、そんじゃあ明日の晩まで我が最愛の姉よアデュー!」
「わきゃっ?!」
去り際にあんにゃろ、人の胸を思いっきり揉んでいった。
「相変わらず無駄にでかいな、おっぱい」
「やかましいわ!! さっさと牢屋に行ってすすり泣けっ!!」
思いっきり蹴り飛ばすが、ハッハッハと紙一重で躱され、空振りしてしまい、
その隙を狙われ軽く軸足を刈られて尻餅をつかされてしまった。
後頭部を壁に打ちかけたが、さりげなくヒロタカに手を入れられて助かった。
「ほんじゃ、すすり泣いてきますわ」
手を挙げてナガイと反省房へ歩いていく。
くっそ~~、スケベで女に手が早いサイテー野郎。ホントにあいつ、私と血が
つながってるのか?
あれで女性に結構もてるんだからジオンの女性の質もドン底まで落ちたものだ。
翌日の晩、コンスコン隊の全体演習のため、ナガイ大尉は帰って行った。
ヒロタカは昨日ザクで帰還したとき顔に少し疲労が出ていたが、反省房で惰眠を
貪ったらしくコンディション絶好調で戻ってきた。
「いい骨休みさせて頂き、ありがとうございました中佐殿」
にやりと笑う。
「みっともないから無精髭剃って、さっさと持ち場に戻りなさい馬鹿少尉」
だらしなく開いたカッターの襟元のボタンをはめてやり、ブリッジから馬鹿を退去させる。
……と思ったら近くにいた若い女性レーダー手がホケ~~っと髭面に見惚れていた。
こら、そこ! 相手を選べ。興味を持つな(苦笑)
呆れて軽く舌打ちすると、突然、非常通信のアラーム音と共に、今まで外の宇宙空間を
映し出していたグワジンの大型ブリッジモニターが切り替わってドズル中将の顔が
アップで映し出された。
「ソーテルヌ中佐はおるか?!」
「はっ、ドズル閣下」
「そうか、突然呼び出して悪いがトラブルが起きた。済まんが極秘でおまえ達に火消しを
頼みたい。それも大至急。重要任務だ、成功の暁には全員二階級特進に褒賞も考えておる」
慣例では二階級特進というのは死者に対して行われるのが常だ。生者に対しては、
素晴らしい功績を挙げた者でも極めて短期間のうちに一階級ずつの特進しか行われない。
うまい話なんてこの世にはない。
そうした慣例を破る場合といえば、ジオン軍全体に関わる大失態が発生したに決まっている。
この場合、火消しに成功すれば公にはされないものの褒賞は多大な物になるが、失敗した場合は
リスクも最大級だ。
「二階級……特進ですか?!」
「そうだ。最もその火消しに選ばれたからには、おまえ達に拒否権はないが」
「でしょうね」
「それで早速トラブルの内容だが――」
大型ブリッジモニターに、建造途中の見慣れないスペースコロニーが写し出された。
一応使用可能らしく、一定速度でちゃんと回転している。重力が発生して、中に住んでいる
住民達に〈上下感覚〉を与えているはずだ。
サイド1からサイド7まであるスペースコロニーの外見やデータは私の頭の中に全部
入っているが、これは私が知らないコロニーだ。
存在するはずがないコロニー……
人間が居住できる大型スペースコロニーは全長が約四十キロ、直径が八キロ程度の
円筒状の物が大半で、少なくとも7つのサイドが完成するまでは協力体制にあった地球連邦と
ジオン公国が、その総力を結集してもたったの7つまでしか造れなかったという点からしても、
いかにコロニーの建造には莫大な時間と費用が必要なのかよくわかる。
そんな数少ない大型スペースコロニーの一つを使い、ザクの能力とジオン公国の底力を
見せつけ、地球連邦に早期降伏させるためにスペースコロニーをザクで誘導して地球に落とす
〈コロニー落とし〉と呼ばれる悪名高い残虐非道な作戦が数年前に強行実施された。
それは事前のシュミレーションの結果を遙かに超える未曾有の大惨事を巻き起こし、その後に
起きた各地の異常気象も手伝い、地球の総人口の四分の一を死滅させる恐ろしい結果を招き、
そのあまりの無惨さ、大量虐殺ぶりに地球連邦・ジオン双方が震え上がった。
核兵器でもここまではしないと。
そのような経緯から、残された大型コロニーは非常に数少なく、サイド8にあたる
新造コロニーの建造も全く見通しが立たない現状のはず。
なのに……
ブリッジモニターには、見慣れない大型スペースコロニーが確かに映っている。
「驚いてるな。俺も今回の不祥事で初めて存在を知ったぐらいだから当然か」
「これは一体?!」
「サイド0(ゼロ)だ」
「サイド0?!」
「0番台のサイド。つまり二分の一サイズでテスト建造されたコロニーだ」
「いきなり実寸で造ったら、万が一失敗した時の損害が大きすぎるからですね」
「うむ。連邦と地球がまだ協力体制のころに、地球と月の間の重力ポイントでこいつを使って
実証実験をしてみたところ問題がなかったので、実寸のサイド1の建造に取りかかったわけだ」
「サイド0は用済みになりますね」
「用済みになったサイド0は地球から一番離れたサイド3から、さらに先の宇宙を望むための
宇宙基地にするため運ばれた」
「その後、連邦とジオンは戦争状態になりますよね」
「サイド3の目の前のサイド0は当然、我々の物になるから、それを我々は極秘のうちに
運んで行ったのだ」
「えっ、どこへですか?!」
「アクシズだ。アクシズだよ。アクシズの建造工事の作業ベースに使ったんだ」
「あのアクシズに! それはまた、ずいぶん遠くまで運びましたね。前線任務ばかりだと
後方情勢に疎くなりがちで申し訳ありません」
アクシズとは簡単に言うとジオン軍の避難場所だ。
さすがに何も考えずにただ、ザク頼りで国力が三十倍の地球連邦に独立戦争を挑んで
絶対勝てると思うほどジオン軍も脳天気じゃない。
アクシズは万が一、サイド3が落ちた場合にも逃げ延びて再起が図れるよう準備した、
サイド3のはるか後方、木星近辺にある、重力を持った超大型の小惑星を開拓したジオン軍
最後の砦……最終避難場所だ。
今はほぼ無人だが、アクシズは都市機能を持った一つの〈巨大要塞国家〉といっても
過言ではない。
物資が不足している昨今ですら戦争には回さず、着々と宇宙艦艇や武器弾薬、重モビルスーツ、
大型モビルアーマーの備蓄が進行している。
「現在アクシズの建造工事が完了して、工事関係者もサイド0から引き揚げて、最近まで
無人になっていたが、ここでトラブルが起きた」
「トラブル?!」
「ああ。腰抜けのジオン公国総議会メンバー共を我々ザビ家が完全に掌握したと思って
おったんだが、メンバーの中にとんでもない過激派の連中がいてな」
「とっても嫌な予感がします」
本当に嫌な予感がして私は苦笑した。
「予感的中だよソーテルヌ。メンバーの連中がこう言い出しよった。『コロニーを落とされて
あれほど大打撃を受けたにも関わらず、捕虜のレビル将軍を取り戻したせいで連邦軍は
また調子にのり始めた。コロニーをもう一度落として今度こそ息の根を止めてやろう』と」
「なんですって?!」
「もちろんおやじ殿(デギン・ザビ公王)は、前回のコロニー落としの時の兄者……ギレン大将
同様に猛反対したよ。あれだけやればもう充分だ、まだ気が済まんのか!!と」
「顔に似合わず穏健派の優しい方だから」
思わず口が滑ってぼそっとつぶやいてしまった。
「何か言ったか?」
「いえ、なにも」
「ん。だが親父に隠れてその馬鹿共、自前の技術者を使って、なんとサイド0を地球に
向けて加速させおった!!」
「な……っ!! なんて馬鹿な真似を! 狂ってる!」
「最初はゆっくりだったので停められると思ったのだが、奴らサイド0に様々な仕掛けを
施しおって徐々に加速がついてきている。なにせあの大きさ、質量だ。手がつけられない」
「現在、どの地点まで向かっているんですか?!」
「月の裏側、サイド3付近を超高速で通過したと先ほど報告があった。ムサイとザンジバルの
一個艦隊で砲撃してみたが、なぜかたいした手応えもなく振り切られた」
「一個艦隊の砲撃でもほぼ無傷……?」
たかがコロニーを一個艦隊使っても大破できない? なぜ?
「過激派メンバー共や技術者共は全て処分してやったが、既に手遅れだ。サイド0は
奴らの悪意だけで地球に向かって加速しておるわ」
「つまり我々にサイド0の地球降下阻止を依頼されるわけですね」
「そうだ。さすがにサイド0を地球に落とすわけにはいかん。仮に我々がこの件で地球に
勝利しても今度こそザビ家に大量虐殺者の汚名がかかって民衆の猛反発を喰らうわ、壊滅した
地球全土しか残らないわでは、なんの利もない」
「確かに」
「前回我々はアメリカ大陸及びオーストラリア大陸一帯の壊滅を狙ったので、奴ら、今回は
チャイナとジャポンのトヤマケン付近の海に落下させるコースでアジア並びユーロ圏一帯を
壊滅させる計画だったらしい」
「うわっ、ジャポンのトヤマケンって言ったらナガイの出身地じゃないの! なんて運の
悪い奴!」
「俺の艦隊にシャアの部隊、コンスコンの部隊で、邪魔になりそうな連邦軍の艦隊は
ひきつけて時間稼ぎするから、おまえのグワジンが実働隊になり、なんとしても
サイド0を止めろ。いいな!」
「かしこまりましたドズル閣下!」
「参考データはそちらのスーパーコンピューターに送った。たのんだぞ、成功を期待する」
「はっ!」
敬礼する。
ブリッジモニターからドズル中将の顔が消え、外の宇宙空間の画像に戻る。
「大変なことになっちゃったな。夢のグワジンに就任早々一大事なんて……」
ドズル中将の前で虚勢を張ってみたものの、顔が青ざめている。
「なあ~~に、めげてんのハルカ姉ちゃん。話は聞いたよ。さっさと行って片付けようぜ」
「ヒロタカ!」
正直、就任したばかりでまだブリッジメンバーにも慣れていないのに、一大事が降りかかり
正直参っていたところ、愚弟とはいえ、身内がそばにいてくれるのは、精神的にとても
心強かった。
不安を紛らわせたかったんだろう、無意識に側に寄ってヒロタカの制服の袖を掴んでいた。
駄目なお姉ちゃんだ。
日頃馬鹿だサイテーだとさんざん罵しっておきながら、困ったら頼ろうとしている。
サイテーなのは私の方だ。
「ほら、みんな姉ちゃんの指示待ってるよ。中佐で無敵のグワジンの艦長様だ、
なに怖ってるんだ?」
「でも……」
「ハルカ姉ちゃんは頭とスタイルだけが取り柄だろ? やっこさんの前に出ていきゃあ、
なんか思いつくさ」
ポンと肩をたたく。
「うっさい馬鹿、頭とスタイルだけって何よ?! わかったわよ行けばいいんでしょ
行けば……」
「そうそう」
ニシシと笑う馬鹿。
軍帽につけた艦内放送用マイクを口元にもっていき、指示を出す。
「ゴホン、艦長のハルカ・ソーテルヌ中佐です、みんなよく聞いて。本艦は現在、
地球に向かっているスペースコロニー〈サイド0〉の落下を阻止する特命をドズル中将より
受けました。よってこれよりただちにサイド0の正面位置に急行します。機関全速前進!!
技術関連関係者は、すぐに作戦会議室へ集まること。以上!!」
優雅な艦内の雰囲気に乗組員は慣れ親しんできたのだろう、寝耳に水の事態にグワジン
艦内が騒然となる。
「やっとエンジンかかってきたな。ところで姉ちゃんちよっと頼みがあるんだけどさ」
「なにね? 忙しくなってきたから手短に言いなさいよ」
「今、テストやってるだろ、姉ちゃんが調整してる新型のザクmarkⅡって奴。
あれ回してくんねえか」
「markⅡを?! あれはまだ駄目よ。全体的に性能上げた分、熱冷却の問題が残ってて、
動力パイプを外に剥きだしにして自然冷却に頼ってる位なんだから。markⅠ以上に
不完全なのよアレ」
「コロニー落としの時にも少し数出してたじゃん。多少のボロは目つぶるから頼むよ。
機械のことはよくわかんねえけどmarkⅠじゃ最近の俺についてこれないんだわ」
「う~~ん 、わかった手配しとく。でもホントまだ不完全だから使ってみて手に負えなく
なってきたら、無茶しないでmarkⅠにすぐ乗り換えるのよ、いい?」
こいつには釘刺しとかないと心配で心配でたまんない。
「わかってるって」
ヒロタカと別れた私は作戦会議室へ急いだ。
作戦会議室では、各方面の技術関係から代表者が二十名ほど集まってざわついていた。
大画面モニターを背に、席に着いた私は会議の開始を宣言する。
「先ほどの放送でお話ししたように、みんなにはサイド0を止める対策を考えて頂きたいと
思います。手段は選びません。破壊もやむなしです。シオザワ技術士官」
「はっ、それでは」
サイド0の全表面を覆うキラキラしたソーラー電池付強化ガラスと太陽光線収集用ミラーが
モニターに写る。
「ソーテルヌ中佐がここに来られる前に、我々でも対策を考えておりました。それについて
ご説明します」
「サイド0の表面を覆うガラス。これって弱そうに見えるけど相当な強度があるんでしょ?」
「はい。外宇宙から超スピードで飛来するスペースデブリ(ゴミ)に耐えるため、超硬質処理が
施してあります」
「でも、私が腑に落ちないのはムサイとザンジバルの一斉砲撃でたいしたダメージがないって
ことなのよ。なんでだろ?」
サイド0をムサイとザンジバルの一個艦隊が砲撃しているビデオをモニターに映す。
「いくら超硬質ガラスでも宇宙戦艦のメガ粒子砲や大口径主砲弾、高性能ミサイルの直撃には
普通は耐えられません」
「てことは普通じゃない仕掛けがあると?」
「その通りです。地球落下を妨害されることを予測して死ぬ前に技術者達が施した仕掛けが
少なくとも二つほど見受けられます」
「手回しのいい馬鹿たちね!」
「ええまったく。で、その第一の仕掛けが、ミノフスキークラフト効果を発生させて一種の
バリアーをコロニー全体に展開させる装置です。現在開発中のモビルアーマー ビク・ザムに
使われているバリアーの大型版と考えて頂くとわかりやすいでしょう」
「でもあれはエネルギー消費が莫大すぎて長時間使えないはずじゃ……」
「中佐、敵はコロニーです。太陽エネルギーが無尽蔵に使えます」
「あっ、そうか忘れてた! それで一斉射撃が効かなかったワケね!」
「このバリアで艦砲射撃の大部分は防げますが、それでも防ぎきれずにコロニー内に飛び込む
砲弾やミサイルもありますが、それをコロニー内で何者かが全て排除しているようです。それが
第二の仕掛けです」
「何者かってなに?」
「わたしの推測ですが、生物反応がないコロニーですので、おそらくコロニー内でコンピューター
制御のザクの無人機を使い、ミノフスキーバリア発生機の監視警護に当たらせていると思います」
「ザクの無人機……、妙なこと思いつくわね」
「連邦軍でもオートパイロットの研究は進んでいます。ましてジオンにできないはずがありません」
「そうか……。わかった。ありがとう」
腕組みしてちょっとうつむいて考えてみる。
そんな仕掛けがあったらグワジンの全力艦砲射撃でも 多分歯が立たない。
相手は全長二十キロの怪物だ。いくら一隻で一個艦隊に迫る破壊力があっても大型戦艦一隻と
コロニーではエネルギー生産量が違いすぎる。
でも中の護りが無人機ね……
ピン!ときた。
「そうか、あの手を使ってみるか」
「なにか思いつきましたか中佐」
「うん、ちょっとね。みんなありがとう。もういいわ、持ち場に戻ってちょうだい。解散!」
ブリッジにもどり艦長席に着いた私は、必要な戦力を招集するため各方面に伝令を飛ばした。
本当はナガイのいるコンスコン隊から支援が欲しかったが、今回の任務はジオン軍の手綱が
緩んで起きた不祥事なので、出来る限り内密のうちに処理する必要があったため、やむなく
あきらめ結局ルナツー方面に都合良く停留していた軽巡洋艦ムサイ五隻を自分の元に呼び寄せた。
とりあえず最低限の予備戦力は確保できた。
「あとはコロニーの中にいるらしい無人ザクの始末ね」
短期決戦が得意で近場にいるスゴ腕のモビルスーツパイロットといえば……
「私しかいないじゃん!」
いや、心当たりがもう一人いるが、そいつはこういう危険な任務に一番使いたくない
馬鹿野郎だ。
「ハルカ姉ちゃんは指揮に決まってるだろが。餅は餅屋にまかせとけって」
呼んでないのに、いつの間にか心当たりが横にいた。
「あ、あんたなんか呼んでないわよ。何しにきたの!」
「markⅡ、試したけどアレなかなかいけるぜ。気に喰わねえトコもわんさか
あるけどmarkⅠよりずっと使えるわ。さすが姉ちゃんだ」
「markⅡなんか乗らなくていい! 独房でも行って寝てなさい!」
「独房は出たばっかりだ」
「馬鹿は何回でも行けばいいの!!」
なに言ってるんだろ私。
「技術士官の女の子から聴いた。なんか、無人のザクが中にいるんだろ。
そいつを片付けねえと、どうにもならねえとか」
「なんつー、口の軽い女」
「姉ちゃん大丈夫、俺が行って片付ける」
ヒロタカらしくない真剣な目で見つめてくる。
「相手は加速Gなんか全然感じない、操縦席に直結したコンピューター操縦の無人機よ、
あんた そんな奴相手に今まで戦ったことあるの!?」
「ねえよ。けど人の痛みも感情もわからねえ奴に負けねえよ」
「ヒロタカ……」
「いつでも出撃できるよう格納庫で待機しとく。好きなときに指示してくれ」
後ろを振り向かず足早に格納庫へ向かう。
「ヒロタカちょ、ちょっと、待ち……」
「中佐、サイド0 正面、到着しました。次のご指示を!!」
「わ、わかったわ! 主砲の射程距離内にサイド0を収めたら、そのまま待機!」
見てなさいよ狂った亡者共!!
地球は荒らさせない!!
大量虐殺なんて許さない!!
あんた達のコロニー、
必ず私が止めてやる!!
作戦開始だ!!
サイド0をズームアップしたモニターで目の前にする。
漆黒の宇宙に浮かんだ超硬質ガラスで造られた
全長約二十キロ 直径四キロの美しい円筒。
それを狂った亡者が難攻不落の死の爆弾に変えてしまった。
「シオザワ技術士官を呼び出して!」
「はい中佐」
オペレーターに命じるとしばらくしてシオザワ技術士官がモニターに顔を見せた。
「なんでしょう中佐」
「確認したいことがあるの。サイド0で金属で出きている一番固いところってどこ?」
「やはり
封鎖ハッチなどは最も強固かと」
「過去にそれを破って進入した艦艇の記録は?」
「サイド1から7までそのようなことをした前例はありません。ムサイの中型メガ粒子砲も
通じない超マイクロ鋼の封鎖ハッチを破るくらいなら超硬質ガラスの側面をミサイル一発で
破った方が楽に進入できるからです」
「なら、そこはミノフスキーバリアーの防御はないわね」
「ないです。封鎖ハッチで閉鎖されています。防御する必要がないでしょう」
「やっぱりね! 決めた!! 金属製で丈夫だと思ってるから隙ができてる! そこから
グワジンで強引に中に進入する! 中と外から艦砲射撃してやればいくらサイド0でも
おしまいでしょ!?」
「なるほど良いアイデアです…… ミノフスキーバリアの〈無限の防御〉がないのを逆手に
取るわけですね。ですが超マイクロ鋼のハッチ、果たして敗れますかな?」
「ジオン軍最強の戦艦グワジンの一点集中攻撃で破れないものなんかないわ!
ぶち抜いてやる! 操舵長、サイド0進入ゲート正面へ急速移動! これよりサイド0封鎖
ハッチを破壊してグワジンは内部に突入する。前方主砲塔砲撃手、全砲弾撃ち尽くして
いいから一点集中攻撃でなにが何でも撃ち破れ!! 前方副砲塔のメガ粒子砲、グワジンの
動力エネルギー70%、使用許可する。主砲塔の援護射撃をお願い!」
きっかり二分後、グワジンはサイド0進入ゲート正面に着いた。
「用意!!」
艦内に緊張が走る。
「撃て!!」
前方に向けて手を振る。
それを合図に恐ろしい大きさの砲弾と大容量のビームが炸裂する。
戦艦グワジンが始めてみせた全力の一斉射撃だ。
無音の宇宙空間と違い、艦内は爆音・轟音・振動が渦巻いている。
主砲塔に近い艦橋にもそれらが津波のように押し寄せる。
五分間の非常識で猛烈な火力の集中により、さすがの封鎖ハッチもズタズタに
引き裂かれた。
これが連邦軍の戦艦マゼランなら三隻は沈めているに違いない。
「よし、ハッチは破った! これよりコロニーに突入する。微速前進!!」
「ちよっと待った!! いくらグワジンでも身動きできないコロニー内で、高機動の
ザク相手は分が悪い」
「問題ない、無人ザクなんか進入がてらグワジンで蹴散らしてやるから!」
「駄目だ! 俺が先に行って露払いする。姉ちゃん達は後で入るんだ」
「でも……」
「俺のことは嫌っても信用してくれなくてもいいから、腕の方は信用してくれよ」
「違う!! 嫌ってない! 信用してる! でも……」
ドウゥゥ――ン!!
いつものように、私の言うことには聞く耳持たず、あの子はmarkⅡで
出撃していった。
そして、いつものように私はそれを見守ることだけしかできなかった。
〈それ〉はコロニーのちょうど真ん中あたりの空中で、スラスターを使って静止していた。
侵入者が ―― ヒロタカが来るのをずっと待っていたかのように、消灯していた一つ目が
不気味に光る。
〈それ〉は私やヒロタカが予想していた相手、ザクとはまるで違っていた。
確かに人型の鉄の巨人……モビルスーツだが、巨人というより全長三十メートルは
あろうかという大巨人だった。
全身は全くの無塗装でシルバーの金属地のまま。
特徴のある一つ目でジオン軍の重モビルスーツと判るが、両耳に角のようなレーダー
アンテナ(?)があり口元には小型のメガ粒子砲らしき砲門が一つ、両腕の五本の手の指が
全てメガ粒子砲、腰にも二つのメガ粒子砲、計十三門のメガ粒子砲を備えた目の前の敵を
火力で殲滅することだけに特化した機種らしい。
ザクのように汎用性を持たせることなど一切考慮しない潔さはあっぱれだ。
名もない極秘開発の試作機らしいが、こんなモビルスーツが開発されていたことなど
もちろん私は知らない。
「おいおい、ハルカねえちゃん、聞いてねえぞ無人機のザクじゃなかったのかよ、
超ヘビー級じゃねえか!! 話が違うだろ、おい!!」
ザクの通信画像でヒロタカのビックリ仰天、焦った顔が艦橋の大画面モニターに、
どアップで写る。
「強そうで大きいわね。ザクが十八メートルで〈それ〉が 二十八メートルとしたら
十メートルくらいの差かしら?」
「かしら? じゃねえよ、かしらじゃ! 想定外だこんなの!」
「私もよ! 露払いしてくれるんでしょ? カッコよく出てったけどどうすんのよ
あんた?!」
「どうすんのか考えるのが姉ちゃんの役目だろーがよ!」
見苦しい兄弟ゲンカのせいでブリッジにあきれた空気が漂う。
「ヒロタカ、手持ちの武器は?!」
「新兵器のザクマシンガンが 一、ヒート・ホーク(斧) 一、 目くらましのクラッカーが二」
「核バズーカは?!」
「南極条約で使用禁止になって廃棄されちまった!」
「ま、まあいいわ戦ってみなさい。あのメガ粒子砲にみえるのもただの機関砲かも」
「うそつけ! 第一、機関砲でも十三門あったら危なくて近寄れねえつぅーの!!」
ビシュゥゥ――――ッ!!
超高熱を帯びた重金属の粒子を加速させて撃ち出すメガ粒子砲特有のビーム音だ。
「うわっとっと、あぶねえっ!!」
シルバーの大巨人が口から放ったビームは、なんとか躱したヒロタカの横を通って
コロニーの壁面に大きな風穴を開けた。
大穴は緊急隔壁でかろうじて塞がれたが破壊力は機関砲と比較にならない。
「なんだよこれっ、ムサイの主砲並みの威力じゃねえか!」
「う~~ん、私なら逃げ帰るな」
「俺だって、逃げ帰りてぇよ!」
「でも、おそらく――」
ビシュゥゥ――――ッ!! ビシュゥゥ――――ッ!! ビシュゥゥ――――ッ!!
私の言葉を遮るようにシルバーの大巨人は指のメガ粒子砲を三連射した後、全弾、
ヒロタカに躱されたのを見るとぴたりと停止した。
両足と背中のスラスターをふかしながら、ゆっくり地上に降り立つと半身の姿勢になり、
ヒロタカのザクを見上げた。
「なんだ、あいつ?! 砲撃をやめやがった」
「おそらく砲撃はすぐにやめると思うわ。コロニー内で使うには強力すぎるのよ武装が。
コロニーを地球に落とす前に自分で破壊してしまったら意味ないでしょ。あの大巨人を
動かしてるコンピュータは徹底的にドライな奴よ、気をつけて!」
「ああ、ドライでクソ生意気な奴だ」
大巨人は腕を出すと、あまり曲がらない人差し指でチョイチョイと手招きした後、
親指を地面に向けた。
「地上での格闘戦がお望みらしいわよ」
「あのくそでかい足は伊達じゃねえってわけか、おもしれえ!」
ヒロタカはザクを地上に降ろし、脇にザクマシンガンを放った。
「さてと、お手並み拝見といこうか?」
大巨人と同じく半身の構えにして、ザクを格闘戦の姿勢にもっていく。
もう、どうあがいても死闘は避けられそうにない……
第四話 「サイド0(ゼロ)降下阻止命令!!」〈中編〉につづく
Tweet |
|
|
0
|
1
|
追加するフォルダを選択
今回はソーテルヌ少将視点の現代から過去につながるお話
です。ファーストガンダムファンのための見たい物みせまショー的展開を目指したらめっちゃ長編になりましたので
やむなく前編、後編に分割します(笑)。
十代のヤングソーテルヌ少将に、巨大な悪意を持った亡者が
立ち塞がります。