No.174230

どようび!! 2

バグさん

ちょっと短めに区切りました。
一応中編なので、何か事件的なものを盛り込んで行こうと思いました。

2010-09-23 16:17:56 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:461   閲覧ユーザー数:440

 寒さに身震いしつつ、澪の方を振り返ると、彼女もまた両腕で身体を抱きしめるようにして暖を取る努力をしていた。

「しかし、ほんとに寒いな。なあ律、部室って、こんなに寒かったっけ?」

「まあ、何時もよりは寒く感じるよな」

どうしてだろうか、と考えるが、律に思いついたのは2つだけだった。

まず1つに、午前中はまだ気温が上がりきっていないという事。最高気温もそう高くは無いだろうが、現在の気温はどちらかといえば最低気温により近い方だろう。部室を使用するのは、まあ当然の事だが、いつも午後からだった。仮に、何時もの放課後時刻までに、あと2、3度も気温が上昇すれば、少しは感じ方に差が出てくるのかもしれない。

そして、もう1つに…………まあ、恐らくこれが唯一にして最大の理由だろうが、お茶が無い、という事だ。暖かいミルクティーでもあれば、暖を取るには十分だろう。

「ああ、ムギのお茶があればな…………」

澪も思い至ったのか、そう呟いた。

「じゃあさ、澪…………」

帰る時に、せめてホットドリンクでも飲みながら帰ろう。そう提案しようとして、ふと気が付いた。

どうして澪は部室に来たんだろう、と。まさか、自分と同じ理由では無いだろう。まあ、近い理由ではあるかもしれないが。

「なあ、澪…………」

律が理由を聞こうとしたその時。

律の声に被せるようにして、

「それじゃあ、お茶にしましょうか」

無駄にほわほわした感じの声が、そして嬉しさを湛えた声が…………その声の主と同時に現れた。

「……………………はい?」

「……………………え?」

律と澪は、それぞれが間の抜けた声であることを自覚せざるを得ないほどに、間の抜けた声を出して、数秒ほど彼女を見てしまった。

「え、ええと…………紬さん、いつからここに?」

澪よりも早く硬直から脱した律が聞いた。

さも当然の様に、何時からかそこに居た彼女は寿 紬。澪と同じくらいのロングヘアーだが、髪の色はメープルやキャラメルシックよりも明るめで、本人の性格と同じくらいにふわふわ、あるいはぽわぽわとした巻き毛だった。性格がそのまま顔に出たかの様に、その表情は常に優しげで、それは今日も変わっていなかった。家が尋常では無いほどの金持ちで、箱入り娘。律としては天然記念物に指定して永久に保護したいほどに可愛いキャラクターを有していた。

ムギはティーポッドを持って、本当に嬉しそうに笑っていた。

いつからだろうか。

いつからそこにいたのだろうか。

先ほど、律はそう聞いた。そんな事、どうでも良いだろう。そんな風に切り捨てることなど出来るはずが無い。

だって、先ほどの澪とのやり取りを見られていたとしたら、これはかなり恥ずかしい。

本当に恥ずかしい。色々な意味で恥ずかしい。想像力豊かなムギだからこそ、余計には恥ずかしい。

「いつから…………?」

 ムギは何故か、考えるような素振りを見せた。

頼むから、先ほどのやり取りを見ていないと言ってくれ。

「律っちゃんが、『笑うなら笑え』って言った辺りかしら? 気が付いたのは」

「だあああああああああああああああああ!」

最悪だった。全部見られてる。

それはそうだ。ムギが律よりも後に部室へ入ってきたのなら、そんな事、当然気が付かないはずが無いのだ。死角が有るとはいえ、扉が開けば何処に居ても気が付く。しかも、律が居た場所は部室の扉のすぐ前だ。気が付かないほうがどうかしている。

ならば、どういう事か。

律よりも先に、ムギは部室に来ていたのだ。

「い、い、一体、一体何処にいたんだあぁぁぁぁあぁぁ!? ていうか、見てたのか!?聞いてたのか!? 頼むから忘れてくれえぇぇぇぇぇ…………」

ムギの肩に縋り付いて揺らしながら、ほとんど絶叫に近い感じで律は主張した。大いに主張した。

ちなみに、澪は恥ずかしさのあまり、今にも床を転がって悶え苦しみそうな勢いだった。具体的には、真っ赤に上気した顔を隠して、床に額を付けて震えていた。

「え、ええっとね…………」

律に迫られて、戸惑いながらもムギは言葉を捜し、そして、

「取り敢えず、お茶にしましょう?」

素晴らしい名案を思いついた、とでも言う様に、ムギの顔は誇らしげだった。

 

「で、何処に居たんだよ」

ムギの入れてくれたミルクティー(銘柄までは知らない。ただ、部室では飲みなれた味であり、茶葉はかなり高価だ)を口にしながら、律は言った。

濃く入れているのだろうか? 味は濃いが、しかし不思議と渋みを感じない。ミルクを入れているせいも有るのかもしれないが、紅茶の香りがミルクと相まって、とても美味しく感じられる。

暖かい紅茶でリラックスしたからだろうか? それとも時間が経ったからだろうか。律も、澪も余裕を取り戻していた。

「えっと、そこよ」

ムギは少し身体を捻って、澪の向こう側を指差した。

今は、部室に置かれた何時もの机に向かっている。3年間きっちり愛用した机だ。教室で使用したものよりも長く使用しており、部員毎に定位置が決められているため、席替えも無かった。だから、実は結構愛着があったりする。

机は4つ。イスは5つ。部室の奥側の机の1つが律のものであり、律の対面は澪。その隣はムギだ。

ムギが指差した場所は、壁際に置かれたオルガン、その側面だった。なるほど、そこに座っていれば、部室の扉からは死角になって見えないだろう。なにせ、部室の扉と律達が使用している机の間には、スペースを区切るようにして長椅子が置かれているからだ。しかも、これが結構大きい。

「なんで、そんな所に居たんだ?」

澪が、全くもってさっぱり分からないと言った声音で聞いた。正直、律にも全く分からなかった。

だが、意外にも、澪はすぐに理解の色を示した。

「まさか、私達を驚かすために、隠れてたのか?」

それならば得心がいく、などと、いっそ喜ばしげだった。受験勉強時、解けなかった問題が解けたときに、自分もこんな顔をしていたのだろうか、と律は思った。しかし、それはちょっと無理があるのでは無いだろうか。

「いや澪、それは違うだろ。ムギは私たちが来る事なんて知らなかったはずだろ? 私も、澪が来るなんて思いもしなかったし」

 ムギは超能力者か。

「いや、でも…………」

「うん、別に驚かすためじゃ無いの」

「え?」

反論しようとした澪だったが、ムギが否定して、律としてはそれを当然だろうと感じたが、澪にはむしろそちらの方が意外だったようだ。

「部室に来て…………」

ムギは話し始めてすぐに、少し言葉を切った。考えながら話しているというより、何か思うところがあって、言葉を切ってしまったかの様な感じだった。

「…………なんとなく、そこに座って、何だかとても眠かったから、何時の間にか寝てしまっていたの」

「寝るのは理解できるけど、なんでよりによってそんな場所で寝るんだよ…………」

思わず苦笑する律。だが、律も人の事は言えない。さきほど、ホワイトボードの所で強い眠気に襲われた律としては。まあ、だからこそ、眠ってしまったのは理解できるのだが…………せめて長椅子で眠れば良いものを。

「うん…………ちょっと、なんとなく、そうしたかったから」

ムギにしては珍しく言葉を濁して、そう言った。

なので、律は話題をずらして、

「じゃあ、ムギが部室の鍵を開けたのか?」

 気になっていた事を聞いた。自分よりも早く来ていたのならば、部室の鍵を開けたのはムギという事になり、閉め忘れだとか、そうした不明瞭だった部分が解決する。まあ、律は初めからその線は無いと、ほとんど確信していたが。

だが、

「それが、私が来たときには、すでに開いていたの」

 との返答。

いよいよ、『愛すべき顧問が開けたまま何処かへ行った』説が律の中で濃厚になっていった。まあ、ムギが来ていたくらいだ。唯や梓辺りがムギよりも先に来ていて部室の施錠を開放、一時的に席をはずしている、という可能性も無くは無い。

ともあれ、ムギがあんな場所で居眠りをしていた理由に関しては、まあ、何か有るのだろうと、律は考えておくことにした。さきほど、ホワイトボードに落書きした律だから、誰が何処で何をしようと、深く追求しようとは思わない。

もっと言えば、どうして休みの日に部室へ来たのかなど、聞くに及ばない。それは澪に対してもだ。

…………と、思っていたのだが。

ちょっといいか? と澪。

「律もムギも、唯からメールが来たから、部室に居るんじゃないのか?」

私はそうなんだけど…………と、ティーカップをソーサーに置いて、やや不安げな色を表情に浮かべた。

「唯から?」

「唯ちゃんから?」

律とムギは顔を見合わせて、そして首を振った。

「いや、唯からメールなんて…………」

来てない、と言いかけて、律は気づく。

そういえば、携帯は家に置きっぱなしだった。更に言うならば、電池切れだったので充電器に差しっぱなしだった。朝、起きた時から電池が切れていて、充電器に差して、そのまま学校へ向かったのだ。

そう言うと、澪は納得したとばかりに頷いた。

「ああ、だから電話に出なかったのか…………」

「あー、ごめんごめん。したのか、電話」

「何度も電話したのに出ないから、心配したんだぞ。挙句の果てには泣いてるし…………」

そこまで言って、自ら地雷を踏んでしまった事に気がついたのか、顔を赤くして手で覆った。

律は苦笑しながらムギに眼を向けた。鞄の中から携帯を取り出して、確認している所だった。

「あ…………本当。唯ちゃんからメールが来てる」

 速やかにメールを開いて内容を確認した彼女は、その大きな眉を少し動かして、首を捻った。

「どれどれ…………」

律はムギの後ろに回りこんで、液晶を覗き込む。

そこに書かれていた内容を観て、律はムギと同じようなリアクションをとった。

 

『大変だよ~! 早く部室に来て!』

 

メールに書かれた内容はそのようなもので、切迫感に溢れていた…………と、言えなくも無かったのであった。


 
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