No.173991

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 

YTAさん

投稿十二作目です。

恋ちゃん大活躍のお話の前編になります。
用語が分からない方は、設定資料をご覧下さい。

続きを表示

2010-09-22 01:44:34 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:5534   閲覧ユーザー数:4460

                            真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                  第五話 深紅 前編

 

 

 

 魑魅魍魎の群れ。

 目の前の光景を言い表す言葉があるとしたら、音々音にはこれしか思いつかない。

 前方にそびえる峡間からワラワラと際限なく湧き出て来て、二千余りの呂布隊を取り囲んでいる異形の軍団が、既にどれ程の数に上っているのか、想像するのも恐ろしい。

 不幸中の幸いだったのは、奴らこちらを見つけるより先に、こちらが奴らを見つけられた事だ。

 

 その日の夜明け前、陳宮こと音々音が目を覚ました時、同じ天幕の中で寝ていた筈の主の姿は、既に無かった。

 寝惚け眼(まなこ)を擦りながら、主である呂布こと恋を探して外に出た音々音が見たものは、十里程先の大地に空から“降って来た”、怪物の群れだった。

 茫然とその光景を見守る不寝番の兵達の中に主の姿を認めた音々音は、その背中に駆け寄った。

「五万は、居ない・・・・・・」

 音々音が口を開こうとするより早く、恋はそう言うと、ゆっくりと音々音の顔に視線を移した。

 

「何ですとーーーー!?では、四万は確実に居るのですか!?」

 恋は、音々音の叫びにコクンと頷いた。

 それが、答えである。

「それに、将が、居る・・・・・・」

「は?罵苦に、ですか!?」

 恋は再びコクンと頷くと、すらりとした美しい右手で、怪物達が降りたった辺りを指差した。

 

 音々音がその指先を辿って視線を動かすと、そこには信じられない、いや、信じたくない光景が広がっていた。

 大地を埋め尽くさんばかりの数の怪物たちは、地上に降り立った順に整然と隊列を組み、“陣形”を形成し始めていたのである。

 それは嘗(かつ)て、音々音が一度だけ見た事がある陣に、良く似ていた。

 

『あれは、五胡の・・・・・・!?』

 

 そう、それは名称すら知られていない、五胡の者たちが用いる陣にそっくりだった。

 だが、真に恐れ、警戒するべきはその点ではない。

 

 

 いみじくも恋が言った通り、怪物が陣形を用いていると言う事は、それは最早“群れ”ではなく、れっきとした“軍団”であり、軍団には、それを指揮する“将”が居るのは自明の理である。

 罵苦の将、それは即ち、近づくだけで相手を“消滅”させる事が出来る、『中級種』から上の存在、と言う事になる。

 未だ組織化された罵苦と戦った経験の無い音々音には、四万と言う規模の軍団を指揮するのが『中級種』なのか、それとも更に高位の種なのかは分からない。

 しかし、自分達が今、罵苦による初めての本格的な攻勢を受けようとしている事だけは、間違いなく分かっていた。

 

「ねね、どうしようか?」

 

 恋のいつもと何ら変わらないその声で、音々音は我に返った。

 恋が戦の時に音々音に聞く『どうしよう?』は、退くの進むのと言った、身の振り方を尋ねるものではない。 

 それはつまり、『どういう風に戦ったら良いのか?』と尋ねているのである。

 音々音は、大きく深呼吸を一つして、着々と原野に集結しつつある敵を見据えた。

 例え詠に将棋で勝てた事がなくても、朱里や雛里のように天下に鳴り響く二つ名が無くても、自分は“飛将軍、呂奉先”の軍師である。

 今この時、彼女を知略で支えられるのは、自分しか居ないのだ。

 

「この近くに、抜けて直ぐの正面が断崖になっている峡間があるのです。奴らに一当てして挑発した後にそこに誘い込んで迎撃できれば、少なくとも、完全に包囲される事は当面は防げる筈なのです。後は、援軍が来るまでもたせられるかどうか、ですね・・・・・・」

「分かった。援軍は、お願い」

 恋はそれだけ言うと、襟巻をたなびかせて自分の馬の所に向かって行った。

 音々音は暫くの間、じっとその後ろ姿を見つめていたが、やがて、大きく息を吸い込んで叫んだ。

「誰かある!大至急、巴郡の警備部隊と、高順殿、費禕に伝令を!!」

 音々音は、恐怖にカチカチと鳴りそうになる歯を気力で押さえ付け、伝令の兵士に要件を伝えて送り出すと、今一度、異形の群れに目を遣った。

 

「恋殿もねねも、こんな所で死ぬ訳にはいかないのです。あの馬鹿に、新技を喰らわせてやるまでは・・・・・・!」

 

 その言葉は、物騒な内容とは裏腹に、限りない親しみを込めて、音々音の口から零れたのだった。

 

 

 狼の中級罵苦、黒狼は焦っていた。

 まさか、転移陣の真下に、これ程の手練れが率いる部隊が居ようとは想像もしていなかったからである。

 奇襲を受けた時も、峡間に誘い込むつもりだと察した時も、まさか、こんなにも粘られるとは思ってもみなかった。

 彼らは、寡兵ながらも善戦し、未だに殆ど死傷者を出していない。

『シクジッタカモ知レヌナ・・・・・・』

 黒狼は内心ひとりごちると、峡間の出口に陣取って、たった一人で殆ど全ての下級種を屠っている、紅蓮の髪をした少女を見据えた。

 一万近くの下級種を斃(たお)しながらも尚、その覇気が衰えを見せる事は無い。

 この分では、撤退しようと背を見せたが最後、喉元に喰らい付かれるのは目に見えている。

 

 つまりこの戦は、受けたが最後、どれ程の損害を出そうとも決着を付けるしかない戦、と言う事だ。

 どうにか少女の巻き起こす死の旋風を逃れた者たちも、後ろに控える精兵達に討ち取られてしまっている。

 峡間に誘い込まれている以上、数に頼んで一気に押し潰してしまえないこの状況でジリジリと戦力が削られて行くのは、『多寡が人間』と相手を侮った、黒狼の過失であった。

 

「魔魅ヨ・・・・・・」

 黒狼は、自分と同じく、骸骨を纏った様な異形の黒馬に跨って隣りに控える狸の中級罵苦、魔魅に話し掛けた。

「如何した、黒狼?」

「アノ女ハ、俺ガ抑エル。オ前ハソノ隙ニ、本隊ノ半数ヲ率イテ、アノ女ノ部隊ヲ潰シテクレ」 

 魔魅は目を見開いて驚くと、諌める様な口調になって言う。

「黒狼、焦る事は無い。如何な剛の者とて、所詮は人間、すぐに疲れて隙を見せる。さすれば、そこで一気に・・・・・・」

「一気ニ畳ミカケラレル、カ?峡間ニ誘イ込マレタ、コノ状況デ?」

「むぅ・・・・・・」

 

 魔魅は、正鵠(せいこく)を突いた黒狼の言葉に唸るしかなかった。

「今デスラ手ガ付ケラレヌノニ、手負イニシテオイテ楽ニ討チ取レルトハ、俺ニハ思エンナ。コノ上ハ、俺ガ往クシカアルマイ?」

「しかし・・・・・・」

「饕餮(とうてつ)様カラオ預カリシタ兵ヲ、ココマデ失ッタノハ俺ノ責ダ。始末ハ、自分デ着ケル」

 黒狼はそう言うと、ゆっくりと紅蓮の少女に向かって馬を進めた。

 

 

 轟、と方天画戟が振るわれる度、二十体程の罵苦の身体が真っ二つに両断され、黒い泥に還っていく。

 一体どれ程の敵を屠ったのか、既に恋にも分からない。

 千辺りまでは数えていたのだが、そのうち面倒になってやめてしまった。

 ただ、人間を相手にするよりは随分と気が楽だ、とはずっと感じていた。

 それは、罵苦の外見が化け物だからでは無い。

 奴らは、“屍体にならない”からだ。

 

 恋に限らず、豪傑が一つの場所に踏み止まって、多数の敵を相手にする場合、最も注意しなければならないのは、数に呑まれる事ではない。

 そもそも、数に勝る程の武を誇るからこそ、その様な状況に自らを置くのだから、当然と言えば当然であろうが。

 

 そんな時、本当に注意しなけれはならないのは、既に記した通り、敵の屍体なのである。

 積み重なった屍は、自由に身動きするだけの足場を奪うばかりか、やがては退路すら塞いでしまう。

 そうなると、圧倒的な強者によってもたらされる生命の危機という極限の恐怖によって、半狂乱になっている敵兵士は恐ろしい。

 そこに転がっているのが、例え竹馬の友であろうが、長年の戦友であろうが、躓(つまず)こうがつんのめろうが、数に任せてお構いなしに吶喊(とっかん)して来るからだ。

 

 だから、様子を見ながら場所を変えたり屍を吹き飛ばしたりしなければならないのだが、そのいずれも、恋は好きではなかった。

 つまり、場所を変えるという事は屍を踏み付ける事になるし、屍を吹き飛ばす事も同様に、勇敢に戦った者を侮辱している様な気がした為である。

 だから恋は、そういった状況の妥協案として、“生きている内に吹き飛ばす”という方法を採用していた。

 

 これならば少なくとも、勇敢に戦って散った者の屍を辱める事にはならない。

 最も今度は、及ばないと分かっていながらも向かって来る相手の勇気を穢している様な気分になるのだが、こちらも命が懸かっている以上、そうそう殺さねばならない者の事ばかり考えてばかりはいられないのである。

 その点、捕食欲と悪意の塊の様な、この異形の怪物達を殺す事に心を煩わせるのはそもそも無いにしても、一々足場を気にしなくて良いのはありがたかった。

 思い切り吹き飛ばす必要もないから、無駄な力を使わずに済むのも大きな利点だ。

 おかげで、まだ体力は十分に残っている。

 

 

「ふっ・・・・・・!!」

 方天画戟は、恋の小さな気合を掻き消す程の唸りを上げ、飛びかかって来ようとしていた猿の化け物を空中で縦に両断すると、地面に届く寸前にその軌道を変え、距離を取って機を窺っていた者達の胴を薙ぎ払った。

 泥の血が円を描く様に大地を穢し、その上を再び新たな怪物達が埋める。

 恋は方天画戟を担ぎ直して体勢を整えると、次に飛びかかって来る気配に神経を集中させた。

 

 しかし、今まで間断なく四方八方から襲いかかって来ていた怪物達は、方天画戟がギリギリ届かない所で足を止めて不気味に蠢くばかりで、攻めてくる気配がまるで感じられない。

 かと言って怯えている様にも見えず、恋は小さく首を傾げた。

 と、罵苦達が湧き出て来ている峡間から、今まで聞いた事もない様な不気味な馬蹄の音が、はっきりと聞えて来た。

 その不気味さを言葉で表すならば、『生気が感じられない』と言うところだろうか。

 

 生き物の足音を、こんなにも不気味に感じた事は、恋の生涯で一度として無かった。

 恋は、周りを取り囲んでいる怪物達から、注意力の比重を、その馬蹄の音のする方へと移した。

 暫く見ていると、大地を埋め尽くしていた化け物の群れが、まるで海を割るかの様に二つに別れ、そこから、身体の上から更にもう一つ骨格を纏った様な、異形の黒馬に跨った漆黒の鎧武者が姿を現した。

 

「大シタモノダナ、娘。我ガ魔獣兵団ノ精兵ヲ相手ニココマデ持ツトハ・・・・・・。コノ黒狼、心カラ称賛ノ言葉ヲ送ラセテモラオウ」

 

「犬が、喋った・・・・・・」

「狼ダ」

 恋の、そのものズバリの言葉を、黒狼は間髪入れずに訂正した。

「そう、ごめん」

「構ワヌ、時タマ間違ワレル故ナ」

「うん・・・・・・。お前が、将?」

「ソウダ、黒狼、黒イ狼ト書ク。見知リ置キ願イタイ」

「恋は、呂布。よろしく・・・・・・」

 恋と黒狼は酒家の席で隣り合わせた客同士がそうする様な気軽さで、互いの名を名乗り合った。

「呂布・・・・・・。ソウカ、貴公ガ、“コノ時代最強”を謳ワレル武人デアッタカ。コレハマタ何トモ、喜ブベキカ悲シムベキカ」

 黒狼はおどけた口調でそう言うと、悠然と黒馬の背から降りた。

 

 

 

「イズレニセヨ、コウシテ将同士ガ戦場デ顔ヲ合セタカラニハ、スルベキ事ハ、タダ一ツ・・・・・・。宜シイカ?」

 恋は黒狼の問いに頷いて答えると、ゆるりと戟を肩に担ぎ直した。

 それを見た黒狼は、ニヤリと口を歪めた。

「獲物ノ重量ヲ身体デ殺ス・・・・・・カ。貴公モ、“一人デ戦場ニ立ツ事”ニ慣レテイルト見エル」

 黒狼のその見立ては、正しかった。

 方天画戟を持った恋の立ち姿を見た者は、まずそれを、圧倒的な力量差から来る“余裕”と取るだろう。

 或(ある)いは、その武が、既に“型”を必要としないまでの“高み”にあるのだろう、と。

 だが、それはある意味で正しく、またある意味では間違いであった。

 

 初めて戟を握ったその日から、恋は常に多くの敵の只中に、一人その身を置いて戦ってきた。

 それは、長時間に渡って数十キロにも及ぶ重量の武器を“握り続け”なければならない、と言う事を意味する。

 如何な呂奉先とはいえ、その体力は無限ではない。

 ましてや、その間に一兵卒より数段上の強さを持った敵将とも戦わねばならないとあっては、“握力の低下”は致命的な隙を生みかねない。

 

 戟をゆったりと肩に乗せて構えるその立ち姿は、特定の師に教えを乞うた事のない恋が、独力で その経験から編み出した、自身の疲労を最小限に抑える為の唯一の“型”と言っても過言ではないのである。

 即ち、端(はな)から一人で大軍を相手にする腹積もりである、と言う点に於いては“余裕”であると言えるし、殆ど独力でその境地に到達した、と言う点では、その武は既に、一流の武人達ですらも考えの及ばぬ“高み”にある、とも言えた。

 ある意味で正解、ある意味で間違いとは、そう言う事である。

 

 恋は戟の柄を握り直し、その茫洋とした紅い瞳に確かな警戒の色を浮かべて、黒狼を見返した。

 黒狼が指摘した事は、彼女が今までに干戈(かんか)を交えて来た当代随一の武人達ですら、看破した事の無い真実だったからである。

 

 

 最も、師に教えを乞い、一挙手一投足に意味の存在する、武を“学んだ“者達が、その獣の如く峻烈な、“生まれついて武を識る者”の理論を見抜けなかったからと言って、それは当然の事なのである。

 

 恋が黒狼を警戒したのは、黒狼が彼女の“型”を正確に見抜いたという事の意味を、瞬間的に理解した為であった。

 即ち、今対峙しているのは自分と同じく、“生まれついて武を識る者”であると悟ったのである。

 

「ムンッ!!」

 黒狼が気合を込めて右手を強く握ると、黒い輝きと共に、その掌中に彼の武器が姿を現した。

 持ち主の牙にも似た、漆黒の二振りの片刃剣。

 その柄頭は、それぞれの刃が反対を向く形で接着されている。

 黒狼は、異形の双剣を肩にゆるりと乗せて構えた。

 まるで、恋の歪な合わせ鏡のように。

 全てが異形の戦士は、隙を見せる事なく背筋の凍る様な遠吠えを上げるや、疾風の如き素早さで恋に吶喊した。

 

 金属同士がぶつかり合う、鋭い剣戟の音が戦場の響き渡った次の瞬間、峡間から現れた怪物達が恋と黒狼を囲んだ者達の脇をすり抜けて行った。

「済マヌナ、コレモ務メダ」

 黒狼は、方天画戟で初太刀を受け止めた恋が、僅かに目線を切って走り去る怪物たちを確認したのを見て、呟く様に言った。

「将は、そう言うもの。気にしない・・・・・・」

 恋はそう言うと、黒狼をその獲物ごと押し返そうと、渾身の力を込めようとした。

「!?」

 しかし、彼女の強靭な四肢はいつもの力を発揮する事はなく、逆に力を込めて双剣を押し込んだ黒狼の力に負けて、宙を舞った。

 

「クッ・・・・・・!!」

 

「重ネテ済マヌ、呂布ヨ。出来得ルナラバ、“コノ様ナ”真似ヲセズニ、貴公ト死合イタカッタノダガ・・・・・・。コレモ、一軍ヲ任サレタ者ノ宿命ダ」

 恋がどうにか空中で体勢を立て直して着地すると、黒狼は間を詰めるでもなく、再び武器を構え直して、心の底から残念そうに、そう言った。

 

 

 恋は、異形の双剣を受け止めるその度に、黒狼に向かって引きつけられる様な、不可思議な感覚に戸惑っていた。

 もしも彼女が海辺の砂浜に立った事があったなら、こう表現するだろう。

『まるで、波打ち際にじっと立っている様だ』、と。

 自分は確かにそこに立っているだけの筈なのに、海に向かって引き込まれて行く様な、そんな感覚に、“吸収”される事は良く似ていた。

 

 黒狼の“吸収”は、その感覚に肉体的な疲労感を伴って、恋の体力を確実に削っていたのである。

 しかし、戸惑っていたのは恋だけではなかった。

 黒狼もまた、今までに遭遇した事の無い事態に、言い知れない不安を抱いていた。

 

 何故なら、彼は既に“満腹”だったのだ。

 

 罵苦の“吸収”が一種の捕食行為である以上、“吸収”を行う個体にその上限があるのは、至極当然の事である。

 しかし、『四凶』に次ぐ『八魔』である黒狼の“吸収”許容量は、そこいらの低級種の比ではない。

 その力を全て注ぎ込んで目前に居る一人の少女に向けたにも拘らず、少女は、その動きにキレこそ無くなったものの、未だ“存在”して、黒狼の刃を受け止め続けていた。

 

「ヨモヤ、コレ程マデトハ・・・・・・」

 黒狼は、心中でひとりごちながら、双剣を振るい続けた。

 本来であれば跡形の無く消滅するか、少なくとも、実像が朧気になる程の“幻想”を吸収されながら、ここまでその存在を維持していられる様な英傑を相手にするのは、初めてだった。

 

 この時代から、遥か二千年近くの未来にまで語り継がれる、“三国志”と言う物語の中で“最強”を誇った武人に注がれていた“幻想”は、それ程に膨大であったのである。

『勝テルノカ・・・・・・?』

 圧倒的に有利な状況であるにも関わらず、己の剣を受け止められる度に、黒狼の心の隅に芽生えたその思いは、彼を苛んでいた。

『本当ニ勝テルノカ?コノ、真ナル英傑ニ・・・・・・』

 黒狼は、恋を弾き飛ばして距離を取ると、猛虎でも身体を竦ませる様な、凄まじい雄叫びを放った。

 

 勝てるかどうかではなく、勝たねばならない。

 

 それが、彼が己の主と定めた人物の心の澱(おり)を掬い取る為に彼が出来る、唯一の事だったからだ。

 黒狼は、圧倒的に不利な状況の追い込まれて尚、静かな光を湛えた瞳で彼を見つめる美しい敵に向かって、再び疾駆した。

 

 

 ギィン、と言う甲高い金属音と共に、恋は踏ん張った体勢のまま地面に砂埃を上げながら吹き飛ばされ、方天画戟がその手を離れて地面に突き刺さった。

 既に体力は底を尽き、最早、立っている事もままならない。

 

 「クッ・・・・・・!!」

 

 かつて、蜀の誇る五虎将の内、三人を同時に相手にしてすら一歩も引かなかった『飛将軍』は、その生涯で初めて、一騎打ちの相手に膝を着いた。

「素晴ラシイ武働キデアッタゾ、呂奉先・・・・・・」

 そう言って近づいて来る黒狼の足音を聞く恋の胸に去来していたのは、初めての敗北を喫した屈辱ではなく、死への恐怖でもなかった。

 

『ごめん・・・・・・』

 

 それは、自分の後ろで戦っている音々音と部下達に対して、出城に残してきた部下たちと聳孤(しょうこ)に対して、“護る”と誓った、全ての愛すべき人々に対しての、謝罪の言葉だった。

 

 黒狼の双剣が頭上に振り上げられた瞬間、恋は、この世界で最も愛しい人の笑顔を想った。

 生きる意味と、どんなに苦しい時でも立ち上がる勇気をくれた、あの笑顔を。

 

 そして静かに目を閉じ、

 

「ご主人様・・・・・・」

 

 最後にもう一度、その名を呼んだ。

 

 

 

「はいよ」

 

 聞える筈のないその声は、空から降って来た。

 

 

 次に聞えたのは、一合の剣戟の音と、それに被さる様な、黒狼の唸り声。

 

 きっと、夢だ。

 

 そうに決まっている。

 でなければ、死に際に聴こえる幻聴か。

 

「貴様、何者!?」

「何者、ってお前、今のやり取り聞いてなかったのか?この子に“ご主人様”って呼ばれて返事したんだから、俺はこの子のご主人様に決まってるだろう」

 

 その会話を聞いて、恋は漸(ようや)く、恐る恐る目を開けた。

 さっき迄ですら、こんなに怖いとは思っていなかった。

 もしも、そこに声の主などおらず、本当にただの幻聴だったら、まだ命があったとしても、悲しみで心が壊れてしまいそうだ。

 

 恋の開けた視界に映ったのは、真っ白な袖付きの外套を着た男の後ろ姿だった。

 その、大きな背中を。

 黄金に輝く記章に描かれている紋章の元で、仲間たちと共に駆け抜けた、戦いの日々を。

 

「よぉ、恋。待たせたな」

 

 いつでも、恋の心に温かな灯りを燈してくれた、その声を。

 一日たりとて、忘れた事はない。

 

「ご主人・・・・・・さま?」

 

 北郷一刀は、恋の呼び掛けに振り向いて微笑んだ。

 

 

「呂布ノ主、ダト?・・・・・・マサカ、北郷一刀カ!?」

 黒狼の驚愕の声に、一刀は視線を戻した。

 それと同時に、今まで黒狼にその切っ先を向けてい神刃を、ゆっくりと下ろす。

「おぉ、まさかしなくても、その北郷一刀さ。どうだ、驚いたか?」

「馬鹿ナ!貴様ハ、正史デ黒網蟲ニ・・・・・・!!」

「あんな腐れ外道に命(タマ)取られたんじゃ、あの世でご先祖様に合わす顔が無いもんでね。それより・・・・・・」

 一刀はそこで、場違いとも言える朗らかな微笑みを引っ込め、射抜く様な視線で黒狼を見返した。

 

「“俺の”可愛い恋に傷を付けてくれた礼は、高くつくぞ。犬っころ・・・・・・!!」

 

 黒狼が、全身が総毛立つ程の殺気に呑みこまれたその刹那、一刀の腹部から輝く小さな龍が出現し、瞬く間に上半身に巻き付いて、吸い込まれる様に消えた。

 

「“鎧装”・・・・・・!!」

 

 激しい光の奔流に思わず目を背けた黒狼は、次の瞬間、そこから現れた黄金の腕によって、怪物で作られた醜悪な円形闘技場(コロッセオ)の壁を突き破っていた。

 

「ナ・・・・・・ニ・・・・・・!!?」

 怪物達の身体がクッションになったのが幸いして、どうにか意識を手放す事を免れた黒狼が、起き上がり様に後転して体勢を立て直すと、その眼前に、黄金の鎧を纏った魔人が、紅蓮の戦神を護る様に立ちはだかっていた。 

 

「泥に還る覚悟は出来たか?」

 

 魔人は仮面の下から静かにそう言うと、黒狼に向かって疾駆した。

 

                  

                     あとがき

 

 

 今回のお話、如何だったでしょうか?

 また例によって長くなりそうなので、前後篇に分けさせて頂きました。

 今回のサブタイトルの元ネタは、Another Century's Episode 3 THE FINAL イメージソング

 

 深紅/島谷ひとみ

 

 でした。

 

 この曲は、歌詞の内容まで恋ちゃんのイメージにぴったりだと、個人的にずっと思っていたので、恋ちゃんのssを書く時には、是非サブタイトルにしたかったんですよ。

 もしかしたら、もう誰かMADとか作ってらっしゃるかも・・・・・・。

 御存知の方がいたら、教えて下さいwww

 

 さて、内容について、なんですが・・・・・・。

 恋ちゃんの戦い方に関する心情などに、随分と私見が入ってしまいました。

 恋ちゃんファンで違和感を覚えられた方、すみませんorz

 

 蛇足ですが、更新情報に『投稿作品、六作目と七作目を修正しました』と書いてしまいました

が、正しくは『五作目と六作目』でした。

 気付いた時には、更新情報の削除が出来なくて、そのままになってしまいました。

 七作目を改めてご覧になって下さった方がいたら、この場を借りてお詫び申し上げます。

 いずれは七作目の修正しますので、御容赦下さい。 

 

 さて、次回はいよいよ、黒狼・魔魅との決着です。

 どうぞ、お楽しみに。

 

 では、また次回、お会いしましょう!

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
42
3

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択