~真・恋姫✝無双 孫呉伝~第一章第三幕
人を殺した。
人を助けるためだとかいうのは、言い訳だ。どんな理由があろうと、人を殺した事の免罪符になんかなりはしない。
この手に触れた命の重さが、頭の中を、胃の中をかき回す。
腑の底からこみあげる吐き気を抑える事が出来ない。そして霞んでゆく意識を留めておこうという気持ちが全く起きず。
そのまま流れに身を任せ、北郷一刀は全てを吐き出し、そして意識を手放した。
「え、と・・・大丈夫、か?」
一刀の背後にいた少女が恐る恐る一刀に声を掛けるが、気を失っている一刀は声に応える事が出来ない。
どうしたらいいかわからずおろおろとしてしまう少女。
と、そこに、特に慌てるでもなく歩み寄る人影が。
「・・・心配せずとも、気を失っているだけだ。・・・小娘、中々どうして強いじゃないか」
おろおろとしている少女に、香蓮が尋ねると、少女はたどたどしく答える。
「・・・修行・・・積んで、いたから」
「ほう・・・ただの兵にしておくには惜しい腕だ。お前の腕、この男のために使わないか?」
香蓮に問われ、少女は一寸考え、香蓮に抱えられた一刀を一度見て、頷いた。
「あたしは孫堅―真名は香蓮という。小娘、お前の名は?」
――「賀・・・斉・・・公苗・・・真名、燕」
やはり、たどたどしく少女は名乗るのだった。
――数日前。
香蓮達に拾われて少し経ったが、一刀は変わらず鍛錬を続けていた。
ただ、変わった点があるとすれば一つ。それは早朝にしたということぐらいだろうか。
理由は簡単で、そうでもしないと雪蓮が面白いもの見たさに仕事をさぼってしまうからだ。
ちなみに、今一刀が着ている服はフランチェスカの制服ではなく、此方の世界の物だった。
あちらの服は目立ちすぎるため、暫くは控えてほしいという冥琳の指示の下こうして、今の服を着ているのだ。
「孫呉が独立するまで・・・か。ま、動きやすいから全然いいんだけどね。そもそも、あれ一着しかないわけだし」
鍛錬を続けながら一刀は呟く。彼の頭の中は少し前に言われた香蓮の言葉が頭から離れずにいた。
『・・・意味がない。結局は使い手の心次第だからな。だからこそ聞いておく・・・一刀よ、戦でそれを使えるか?』
彼女の問いかけに、一刀は頷く事が出来なかった。
しかし、それは当然の事。何故ならば、ほんの少し間まで戦争からあまりにも離れた世界にいたのだから、答える事が出来なくても仕方がない。
第一、この場合はすんなりと答える事が出来る事の方が異常と言えるだろう。
無言でいる一刀の肩に、香蓮はそっと触れた。
『答える事が出来ないなら、それでいい・・・ただ、あたしが言った事は覚えておけ』
彼女の言葉はハッキリと一刀の記憶と心に刻まれ、その言葉が一刀を常に思考させた。
使う事の禁じられた技を、使う。それは即ち人殺しをするという事に他ならず、それが一刀を鍛錬に没頭させた。
鍛錬を終えて一刀は、香蓮と共に街を歩いていた。
ここ最近は、昼どきにこうして街を歩く日が増えていた。
「一刀・・・何が食いたい?」
「取り敢えず何でもいいかな・・・とにかくお腹いっぱいになりたいです」
「はて、朝はちゃんと食べたのだろう?お前の鍛錬は早朝だし、腹が減る事があったか?」
聞かれて一刀は顔を赤くした。どうして顔を赤くする必要があるのかと考えた香蓮だが、一刀に勉学を師事しているのは穏である事を思い出すと、すんなりと納得できた。
勉学――書物が関わっている時の穏を知っている彼女は、一刀に勉学を教えている時の穏の姿が容易に想像できる。であれば、いかに一刀が煩悩と戦っているかも同じく容易と言えるものだ。
「襲ったか」
「襲ってない!」
一刀がムキになって返すと、香蓮は豪快に笑った。
平穏と言ってもいい日常だったが、一刀はすぐに知る事になる。
平穏のためには何が必要であるのか、そのためにはどうしなければならないのか。
一刀が覚悟を決める時はもう、近くまで歩み寄っていた。
その日の夜、一刀は香蓮とともに近くの森の川の傍にいた。
そろそろ寝ようかと思った時に、香蓮に(ほぼ強引に)連れてこられたのだ。最初は何事かと思っていた一刀だったが、辿り着いてみればそこはとても綺麗な場所だった。
「いい場所だろ?あたしのとっておきの場所だ。月見酒をするのにこれ以上の場所はない」
「え、と一人で危なく・・・ないか」
「そういう事・・・さあ一献。飲め飲め♪」
流されるままに、一刀は香蓮と酒を酌み交わした。
それからだんだんとペースが落ちて、のんびりと――本当に月見酒になり始めた頃。香蓮は微かに頬を染めながら一刀に語りかけた。
「一刀、お前が何に苦しんでるかは分かっているつもりだ・・・だが、否応なしにお前は戦う事になる・・・その事に関してはすまんとしか言えないし、だから許せとは言わない・・・」
どうしてか、一刀は心が静かに落ち着いていくのを感じていた。
心の奥に何かがカチリとはまる感覚。
「お前がこの地に来て少し経った・・・今まではおぼろげだったであろうこの大陸の現状も、我ら孫呉の現状も知った」
香蓮はただ続ける。月を見ながら、杯を時折口に運びながら言葉を止めない。そして一刀も何も言わずにただじっと香蓮の話を聞く。
「あたしたちは・・・国を取り戻すために、孫呉千年の大計のために戦っている。お前は、戦う理由がないから・・・怖いんだろう?」
そう、一刀には戦う理由がなかった。香蓮と戦ったのはそうしないと死ぬ事を彼女の気迫を通して知ったからだ。
だが、それはその場しのぎの理由にしかならないし、戦い続ける理由にならない。一刀は別に、免罪符が欲しいわけではなく、踏み出すためのきっかけが欲しいのだ。
「一刀・・・お前は、好きな・・・大切なモノはあるか?勿論、自分の命以外だ」
自分で言っておきながら香蓮は笑った。
そして、一刀は考え、一つ思い浮かんだ。
「あった」
「なら、そのために・・・踏み出してみろ。この世界に」
優しく笑って香蓮は再び杯を軽く呷る。そこで、ふと一刀の大切なモノが気になった香蓮が好奇心そのままに一刀に聞く事にした。
「なあ、お前の大切なモノってなんだ?それで戦えるのか?」
「これで戦えるのかは・・・ちょっと不安だし自信もないけど、・・・っていうか言わなきゃだめ?」
「興味があるなぁ・・・聞かせろ」
一刀は気がついた。目の前の人は酔っぱらっている。そして、なまじ強い人が酔うと色々と危険な事を一刀は知っていた。
家にいる母然り、鹿児島にいる祖父然り、酒に強い筈の人が酔うと色々と面倒な事があるのだ。
関係のないこと故割愛させていただくが、とにかくその度に一刀は地獄を見させられたために自然と酔っぱらいには(といっても二人)警戒心が生まれてしまうのだ。
(母さん・・・爺ちゃん・・・この人はアンタら二人と同じだよ。絡まれる方に拒否権なんてない・・・逃げ場なんてないんだチクショウ)
軽く自棄になった一刀は諦めて白状する事にした。
「笑顔」
「笑顔?」
「そ。笑顔・・・俺、香蓮さんの笑顔好きだよ。・・・凄く綺麗だから・・・雪蓮も冥琳も祭さんや穏も・・皆の笑顔って凄く綺麗で俺は好きだよ・・・ううん、好きだと思う。もっと見て大好きになりたい・・・そのためなら、俺は・・・なんてね。正直これで戦えるかはわからないんだよね・・・って、あれ?どうしたの香蓮さん」
眼が点になって固まる香蓮。心なしか一刀には、彼女の頬の朱がより深まったように思えた。どうしてだろうかと顔を覗き込もうとした次の瞬間、顔面に拳が叩きこまれ、一刀はそのまま気を失ってしまう。
「・・・しまった。つい本気で殴ってしまった。しかし、笑顔ねぇ・・・それじゃあ踏み出す事は出来ても命は背負えないぞ」
囁きかける声は一刀には聞こえていない。
香蓮は苦笑しながら、気を失った一刀を抱え館に戻った。
――「気付けよ一刀・・・あたし達が戦う事で守れるものがあるんだ」
〝戦う事で守れるものがある〟
その言葉だけが、僅かに意識の戻った一刀の耳に確かに届いた。
部屋で目を覚ました一刀は、その言葉をもう一度反芻し、その心に確かに刻み込むのだった。
――ギンッ、ギャッ、キィィン!!
高い金属音が朝の孫家の屋敷に響く。
音は中庭から響き、そこには人影が二つ――一刀と雪蓮だ。
「ほーら、次はこっちよ♪」
「っと、ふっ!!」
「ふふん♪じゃあもっと疾くするわよ!!」
「ちょっ・・・・ええい、こなくそっ!」
手合わせをする二人の攻防は、更に加速する。雪蓮の疾さについていくために一刀も負けじと体を氣で強化してそれに対抗するが、戦いの天才たる雪蓮についていくだけで一刀は精いっぱいだった。
「へぇ~・・・やるじゃない、それって〝瞬刃〟の応用かしら?」
「逆!〝瞬刃〟はこれを攻撃の一点に特化させたものなの!!」
攻める一刀。対する雪蓮は未だに楽しむ余裕があった。
自身の知らない戦い方をする一刀に雪蓮は高鳴る鼓動を抑える事が出来ない。ただこの時がもっと続けと願うばかりだ。
が、いつの時代も時間の流れとは無情なモノ――楽しい時ほど、終わりとはあっという間に訪れてしまうのが世の常である。
「楽しかったわ♪一刀、また戦りましょ♪」
肩で息をする一刀に対し、雪蓮の御機嫌は最高潮だった。
軽やかな足取りで中庭を後にする雪蓮。残された一刀はそのまま仰向けに倒れ、力一杯深呼吸をした。
「つえー・・・香蓮さんに祭さんもだけど、全ッ然勝てない・・・」
空を見上げて温度は小さく溜息をつく。
改めて思う。鍛錬はこんなに楽しかったのか――と。どうして自分は腑抜けていたのだろうと。
目指す背中なら自分のいた世界にもいた。
母、祖父、祖母、剣道部の主将たる不動 如耶――これほどの背中を見ておきながら何故自分は向上心を忘れていたのだろうと今更ながらに後悔してしまう。
戻らないと知りながらも自分が無為に過ごしていた数年を悔いずにはいられない。
ただ、それと同時に考える。
果たして自分は他人の命を背負えるのか――と。
戦に駆り出されるのもそう遠くない筈だと一刀の勘は訴えていたし、一刀もその勘を否定する気は全くなかった。
「戦う事で守れるものがある――か」
一体今日までに何度この言葉を口にしたことだろうか。
だけど、この言葉を口にせずにはいられなかった。自身の心の深いところに確かに宿ったこの言葉を一刀は何度も口にして噛みしめていた。
日が昇り、一刀が穏と共にいつもの勉強にいそしんでいた頃。
「冥琳、一つ提案してもいいかしら?」
雪蓮がいつもの様なお茶らけた雰囲気ではなく、孫呉の王としての顔を以って友、己が片腕たる軍師に語りかける。
問いかけられた冥琳は無言で眼鏡を軽く押し上げるとそのまま続きを促した。
「野盗の討伐・・・一刀を連れていくわ。反論は聞かないから」
「承知した・・・であれば、北郷には」
「その時まで知らせる必要はない。・・・〝いつか戦場に駆り出される〟事についてなら、あいつも覚悟はできている」
だから好きにしろといって香蓮は中庭を後にする。
そのまま、話しあいは特に難航することなくすんなりと終わるのだった。
翌日。
「・・・面目次第も御座いません」
「構わん。・・・ただいつまでもこういうわけにもいかんからな。追々覚えてくれよ?」
香蓮の操る馬に一刀は乗っていた。
その理由は実に単純で、一刀が単に馬に乗れないというだけだった。バツの悪そうにしていた一刀に香蓮が自身の馬に乗れと促したのだ。
ただ、乗って暫くしてから一刀の様子がおかしかった。
「・・・・・・」
ぶっちゃけると顔が赤いのだ。
その顔は何かを必死にこらえているようで、懸命に意識を逸らしているようにもみえる。
(気にするな・・・気にしちゃだめだ。平常心平常心・・・)
平常心の三文字を念仏のように心の中で唱え続けている。
だが、必死に念じる言葉とは裏腹に一向に心は静まってはくれない。ともすれば、理由は非常にわかり易くもあった。
一刀の平常心を乱しているのは香蓮の腰にまわした手だ。
それだけならば――いや、それだけでも充分な破壊力を有している。
密着している時点でかなり危険なのだが、それ以上に危険なのは馬の疾走に合わせて揺れる彼女の大きな胸に他ならない。腰にまわした手にその感触が伝わってくるのだから、健全(?)な男である一刀の心中は、暴風並みに荒れてしまう。
その中でも、自分の分身を抑え込むのに多大な精神力を有していた。
「ふふ・・・一刀、お前の手は温かいな」
「え?」
「気にするな。ただの独り言だ」
そっと笑って香蓮は馬腹を蹴った。
そして、虫も寝静まった頃。
「さぁ、戦よ♪ゾクゾクくしちゃうわ♪」
「危ない発言だなぁ・・・」
「いつもの事だ。気にするな・・・震えているのか?」
楽しげな雪蓮を見ている一刀の横で、香蓮が問う。
一刀は、情けないけどねと言ってスッと手を挙げた。
「覚悟していたつもりだったんだけど、いざその時が来るとこうなんだ・・・カッコ悪いよ」
「阿呆、それが普通だ」
香蓮は軽く一刀の頭を小突き、そしてそっとその頭を撫でた。
「一刀・・・こうして戦場に立ってくれた事・・・礼を言うよ」
「役に立てるかはわからないけど・・・ね」
そういう一刀の言葉には、確かに恐怖心が感じ取れたが、香蓮はその事を咎めたりはせず、ただ申し訳なさそうに、小さく笑って見せるのだった。
それから始まった戦は、一方的という言葉が似合っていた。
夜襲に戸惑う盗賊たちは、孫呉の兵たちに追い詰められ、火矢により広がった火に焼かれ、一人、また一人とその命を散らせていく。一刀は、そんな阿鼻叫喚の戦場を香蓮に守られながら彼女に離されないように走った。
(人が・・・死んでいく・・・道を誤ったというだけで・・・こんなに一方的に)
―あたしから決して離されるな。お前の全てを使い、あたしについてこい―
一刀は香蓮にそう言われ戦が始まってからずっと彼女の背中を追い続けた。
そこで一刀が見続けたのはただ〝死〟である。
雪蓮は言った。彼らは人に非ず。人の姿をした、ただの獣であると。
であれば、これは害獣駆除なのだろう。
それで納得するしかない・・・自分のいた世界でも、あまりにも害を及ぼし過ぎた生き物は害獣にされ駆除されるのだから。
考えて――結論を出す。
(納得なんて・・・できない)
口の中が苦い。別に口の中を切ったわけでもなんでもないが、口の中が苦かった。
「!」
ふと視線を香蓮の背中から外した一刀はその眼で見た。
自分よりも小柄な少女が戦っているのを。
少女は強かった。朱と蒼の二振りの剣を自在に操り、一人、また一人と斬り伏せていく。
ただ、時折動きに違和感を感じた。
そして、眼を凝らして見ると左腕に紅い筋が見える。それが意味する事はただ一つ――。
「怪我してる・・・!?拙いッ!」
それまで圧倒的と言って差し支えのなかった少女の表情が微かに曇った。恐らく、これまで気力だけで捻じ伏せていた痛みが体を強張らせたのだろう。
だが、そのほんのわずかな隙が決定的な時を生む。剣の一振りが弾き飛ばされた。
次の瞬間、一刀の周りから一切の音が消えた。あまりにも静かすぎて、時が止まったかのような錯覚を覚えてしまう。
(瞬刃・・・いや、これだけ周りに死体があっちゃ無理だ。抜刀してる状態のまま攻撃・・・それなら!)
思考は一瞬。体はすぐに行動に移る。
氣による身体能力の強化。そして、剣に更に氣を纏わせそのまま振り抜く。
――北郷流・奥義の弐〝衝破〟
放たれた氣は衝撃波となって少女に止めを刺そうとする野盗をふっ飛ばした。
一体何がおきたのだろう。
己が剣、〝焔〟が弾き飛ばされた時、ハッキリ言えば覚悟を決めていた。
〝澪〟を持つ左手は怪我もあって野盗の一撃を防ぐ事はできないと思っていたのに、幕引きの一撃は一向に来ない。
「大丈夫!?」
空耳だと思った。自分を心配する声なんてある筈がないとずっと思っていたからだ。
幼いころから少し〝ズレて〟いた自分は周りから変人扱い。
なまじ誰からも師事されていないにも拘らず、この身はそれなりに強かったというのがその事に拍車をかけていた。
家にあった剣は母ではなく、会った事のない祖父が使っていたものだと聞いていた。祖父の事を語る母はそれこそが自慢であると楽しそうに語ってくれて、自分はそんな見た事もあった事もない人に憧れたのを今でも覚えている。
既に亡き父、自分を好きだと、愛情を注いでくれた母も病で逝き、この身はとうとう一人となってしまった。
友がいなかった少女は、母の埋葬が済んだ後、早々に故郷を出た。
この身は天涯孤独、死んだとしたところで誰も悲しんだりはしない。だから、もういいかと思って諦めていたのに、声に呼び戻されてしまった。
眼を開けると、そこには男がいた。最初は野盗の仲間かと思ったが、着ている服が味方であると教えてくれた。
「・・・・・・」
言葉が出ない。いや、どんな言葉を使ったらいいのかわからなかった。
だから、反応が一瞬遅れた。
つい先刻ふっ飛ばされた野盗が立ち上がり襲いかかってきた事に。
「一刀!!」
一刀と呼ばれた男は、その言葉で野盗に気が付き、振り下ろされた剣を持っていた剣で受け止めた。
受け止めた剣は自分の知らない細い、美しい剣でどうやったら受け止められるのかと疑問に思うほどだったが、氣が使える身にはその細い刀身が纏っている氣が確かに見えた。
野盗はその細身の剣に受け止められた事に驚いていたが、体制の優位性から体重を掛け圧倒しようとしていた。
野盗には自分の姿が映っていない。ならばこれは好機であると少女は確信し、袖に仕込んでいた暗器を放つ。
暗器は弓の弦を括りつけた代物で、苦無の様な形をしており、放たれた暗器は野盗の肩に刺さり、走った痛みで野盗は怯んだ。
「今!!」
自分でも驚くほど大きな声が出たと少女は思う。
そして、彼女が作った決定的な隙と彼女の声で彼は反射的に動き、野盗を袈裟切りにした。
炎とは違う赤を撒き散らし、野盗は二度と起きあがらなかった。
そういえばと思い周りを見渡すと、まだいたであろう野盗たちは既にこと切れている。
そこには一人の戦姫の姿が。
孫堅文台――〝江東の虎〟の異名を持つ先代の孫呉の王。
その手に握る愛剣が周りにいた賊の全てを切り伏せていた。
その姿たるや圧巻の一言。あまりにも桁違いの覇気に思わず息を呑んでしまう。
尊敬と畏怖の念を持って彼女を眺めていたら突然、自分を助けてくれた男が吐きだす。
あまりにも唐突過ぎて、一体どうしていいかわからず頭が混乱してしまう。
遂にはそのまま倒れてしまった。
「え、と・・・大丈夫、か?」
声をかけてみたものの、気を失っているこの人は目を覚まさない。
どうしてら良いものかとオロオロしていると。
「・・・心配せずとも、気を失っているだけだ。・・・小娘、中々どうして強いじゃないか」
まさか声をかけてもらえると思っていなかった。驚きすぎて口をパクパクさせてしまったけど、とりあえず深呼吸して問いかけに対して答える事にした。
「・・・修行・・・積んで、いたから」
「ほう・・・ただの兵にしておくには惜しい腕だ。お前の腕、この男のために使わないか?」
孫堅は感心して、そして改めて問いかけた。
少女は、孫堅に抱えられた自分を身を呈して助けてくれた男を見る。
生まれて初めて自分のために動いてくれた他人。それが咄嗟の出来事であったとしても、この人のお陰で自分は死なずにすんだ。
ならば、自分の様な変人を助ける変わった人のために頑張ってみるのも悪くないと思った。
「あたしは孫堅-真名は香蓮という。小娘、お前の名は?」
――「賀・・・斉・・・公苗・・・真名、燕」
だから、少女は承諾の代わりとして頷き、真名を口にした。
一刀が意識を取り戻した時、事情を聞いた雪蓮が盛大にからかいに来たのだが、暫くからかった後で香蓮に手痛い拳骨を喰らっていた。
「・・・俺、人を斬ったんだよね」
「ああ、そうだ。お前はその手で人を斬った。それで?気分はどうだ」
「最悪・・・多分今はなにも胃が受け付けないと思う」
「そうか・・・それで、お前はこれからどうする?これからも戦うか否か」
「・・・戦う・・・つもり、だけど」
「ならそうしろ。ああ、お前に一つ言いたい事があるんだが聞く気はあるか?」
「お願いします」
「賊の命を背負うな。背負うなら国の・・・民達の命を背負え・・・そして、次からはコイツの命も背負ってやれ・・・入れ」
香蓮に呼ばれてはいってきた少女に一刀は覚えがあった。二振りの剣を操っていた自身が助けた少女だ。
少女は、少し恥ずかしそうな顔をして小動物を思わせる感じで天幕に入ってきた。
「以降、お前にはこの娘を就ける・・・燕、自己紹介をしろ」
「賀斉、公苗・・・真名、燕・・・え、と?」
「?あ、ああ俺ね。一刀、北郷一刀。真名はないから、北郷でも一刀でも好きな方で呼んで。あ、そういえば、賀斉さん・・・腕の怪我は大丈夫?」
一刀が賀斉に尋ねると、彼女は顔をポッと赤らめた。一刀は知る由もないことだが、生まれてこのかた異性に気遣われた事などがなかったこの少女は、一刀からすれば些細な気使いに照れてしまったのだ。
「さん・・・は、いらない。それに・・・燕、でいい。燕も・・一刀・・・って呼ぶ、から」
それだけ言うと燕は一刀の傍にまで歩み寄るとすぅっと深く息を吸った。
「一刀、燕は・・・一刀に惚れた。きっと役に立って、見せる」
次の瞬間、天幕の中の時が完全に止まった。
いや、ことの発端となった燕は別だろう。一刀と香蓮、特に一刀は頭の中が真っ白になってしまっていた。
(キ・・・キス?俺が?燕、と?え?は?)
さっきからこの思考が堂々巡りをしてしまってロクな思考が浮かんでこない。
唇を離した燕はニッコリと見惚れてしまうほど可愛らしい笑顔をしていた。
「これは・・誓い。燕は・・・一刀の剣になる、よ」
そんな良くわからない光景を少し離れていた香蓮はというと。
「・・・さて、何故こんなに面白くないんだろうな」
取り敢えず後で一刀の頭に拳骨を御見舞してやろうと心に誓う香蓮。
程なくして、それは実行に移されるのだった。
~あとがき~
第一章第三幕をお届けしました。
今回は『出逢い』と一刀が『踏み出す』お話のつもりで書かせていただきました。
さて、今回も奥義が披露されました。
奥義の弐〝衝破〟
具体的に言うと衝撃波をぶつける技です。
〝衝破〟は氣の量次第で威力が変化します。〝瞬刃〟もそうですが、七つ目の〝無名〟以外は技に対して使用する氣の量によって威力や技の範囲が変わります
その分、欠点としては溜め時間が長くなってしまうわけです。
三つ目以降の奥義は後々披露します。っていうか別に第一章中に全部出したりはしませんからご安心を。
さて、第一章はこれをもって終了・・・拠点へと移ります。
なので、アンケートを取ろうと思います。
アンケートは〆切りました。〆切り後も投票をしてくださった皆様、感謝と共に、申し訳ありませんとお詫びさせていただきます。
次回のアンケート投票の際はしっかりとこちらで期限を明記しますので、次回の方でご協力お願いします
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第三幕。あとがきでの予告通り、燕登場。
今回はあとがきのページにアンケートも掲載してます。
感想等お待ちしてます。
それではどうぞ