シラギの部屋。
仕事をさっさと片付けたシラギとカグラは、マイム言うところの「侘しい酒盛り」を始めた。元々シラギはあまり飲むタイプではなかったが、奇妙な旅で鍛えられたのだろう、立派な酒飲みに成長していた。カグラも然りである。
2人の中では、きっとこれはカガミの影響だろう、ということで意見の一致をみており、良いのか悪いのかは別にして、まあ、仕方のない事なのだろうとの結論に達した。
それはともかく、部屋には様々な酒が揃っている。いいことじゃないか、タダ酒だこれから入り浸ってやろうとカグラはこっそりと思った。
良いも大分回ってきた頃、マイムが効果音付きで登場した。
飲む気満々である。鼻息も荒い気がする。手には大量のつまみも持参していた。
「来たわよ」
見りゃわかる。
男2人は内心突っ込んだが、黙って頷いただけだった。
「なによー。辛気臭いわねー。美女が来たのよ、もっと喜びなさいよ」
本人が言うか。
マイムは宣言通り、大荒れに荒れた。絡んだ。
どうやら新しい体制の踊り子たちが全然なってないらしい。
「なんであいつらは言っても言ってもぜんっぜん聞かないのよ第一センスってものがないのよ情緒ってものがないのよあーもーねーちょっと聞いてるのー」
吠えながら目の前の酒を煽っていく。グラスが空になると
「ん」
注げと催促した。酒瓶はどんどん空になってゆく。
こんなマイムは初めて見た。いつもはつまらなさそうに、ゆっくり酒に口を付けるだけの女が台風一過のように荒れている。
「うんともすんとも言いなさいよ、それともあたしの話がきけないってか!?」
隣のカグラの首を絞めにかかった。カグラが苦しそうに机を叩く。
シラギが慌てて諌めようとすると、今度は矛先がこちらに向いた。
「聞きたい事があったんだけど」
「な、なんだ」
カグラの首から手を離して、おもむろにシラギを覗きこむ。
「あんた、陛下とできてんの?」
思わずグラスを落としてしまった。首をさすっていたカグラもこちらを向く。
「スザクを発つ前さぁ、宿の裏で2人で会っていたじゃない。すっごく怪しかったわよね」
ねえ。同意を求めるようにカグラを見ると、カグラも頷いた。
「抱き合っていましたよね」
シラギは背中に汗が伝うのを感じた。まさか覗かれていたのか。
「絶対に死んじゃ駄目だから!」
マイムが高い声を上げて手を合わせ、縋るようにカグラを見る。
「あなたは我儘な方だ」
調子を合せるようにカグラも低い声を出して、マイムの手を取りその顔を見つめた。
「シラギ」
「リウヒ」
2人は芝居がかったようにヒシッと抱きあうと、同時にシラギを見る。
「で、どうなの」
「いつからなのですか」
その目はからかいと好奇で光っていた。
「いやいやいやいや、ちょっと待て」
シラギの目は泳いでいる。頬を汗が伝った。今だかつてないほど動揺する黒将軍。
おもしれー。
2人はそんなシラギを穴のあくほど見つめている。
「お、お、お、お前ら、覗いていたのか!」
白将軍と踊り子はうんっと元気よく首を振った。
「あたしらだけじゃないわよ」
「トモキとキャラもおりました」
シラギは卓に手をつき、頭をかきむしった。右左からマイムとカグラが近づいて挟む。
「無粋なことはしたくないから立ち去ったんだけどー」
「あーでもトモキは残りましたねー」
「しばらくあんたたち、帰ってこなかったわよねー」
「何があったんでしょうねー」
「正直に話してごらんー」
「トモキは泣いていましたねー」
「……」
「え、なに、聞こえないなぁ」
「だから、そういうことだ……」
「そういうことと言うことは」
「黒将軍と王女様が渚の片隅で愛のやり取りを」
頭を垂れて、両手をそこに付けたままシラギは頷いた。
ヒョーウと奇声を発してマイムとカグラが、シラギから勢いよく離れる。
「いつからなのよ、全然気が付かなかったわ」
「わたくしもです、こういうのは敏い方だと自負していたのですが」
スザクの港に入ってからしばらくして、とシラギが小さな声で答える。
そうだったのか。本当に全然気が付かなかった。マイムはおくれ毛を撫で上げながら、小さく息を吐いた。
「本気なのよね」
シラギが弾かれたように顔を上げる。信じられない、とその表情は語っていた。
「当たり前ではないか」
そうか。
マイムは悲しいような寂しいような気持ちになる。
この男はあたしに優しくしてくれた。それは自分だけに向けられたものだと勘違いしていた。今度こそ本気の恋ができると思ったのに。
今更ながら、キャラが港で泣いていた気持ちが理解できたような気がした。
「これから大変たとは思うけど、応援するわ」
マイムがグラスを掲げると、カグラも同じく掲げた。
「お相手は国王陛下ですからね。苦しい事もあるでしょうが、頑張ってください」
「ありがとう」
シラギも小さくグラスを掲げる。その気恥ずかしそうな仕草が妙に可愛らしい。
今、あたしは酔っ払っているし、無礼講でも構わないわよね。
「やだ、もうシラギ可愛いっ! あたしが食べていい?」
マイムがシラギに抱きつくと、反対側からカグラも抱きついた。
「駄目ですよ、わたくしが頂きます。男なら浮気に入らないでしょう」
「お前ら……お前ら、酔っ払っているだろう!」
「酔ってまーす」
「ベロベロでーす」
はしゃいだ声を上げながら、マイムがふと思った。自分はよしとしてカグラがぶっ壊れている。こんな男じゃなかったはずだ。もしかして、こいつも……。
その時、部屋の扉が開いた。
「何だお前ら、また飲んでいたのか」
リウヒだった。一応国王陛下である。慌てて礼を取ろうとする3人を、手で止めた。
「よければ陛下も飲まれますか」
声をかけたカグラの後頭部を笑顔ではたき、
「じゃあ、あたしたちはこれで退散するわ。お休みなさい」
マイムは白将軍を引きずって部屋を出た。ちゃっかり酒瓶を4本ほどがめて行くのも忘れなかった。
一息つく。
深夜に男の部屋を訪ねる目的など、一つに決まっているではないか。
「あんたの部屋で飲むわよ。案内しなさいよ」
高圧的に言う女にカグラは苦笑する。
「やけ酒ですか」
「あら、最初からそのつもりだったわよ」
「酒などよりも、体で慰めて差し上げるのに」
「胸やけ起こしそうだから、御辞退しておくわ」
そうね、でも。とからかうような流し眼を送った。
「必要になったらお願いしようかしら」
こういうのも悪くない、とカグラは思う。
酒の肴に恋の駆け引きをするのもまた一興。合図はその流し眼と言葉で。
それぞれの長い夜は始まったばかりである。
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「Princess of Thiengran」下書きの落書きをサルベージ。
*シリーズ一のクールビューティーがぶっ壊れている。